刀剣乱『腐』に万事屋がログインしたようです   作:空飛ぶ鶏゜

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 吹きすさぶ風、荒野に突き刺さるは折れた刀。数えきれない程の刀が朽ち果て土に返るのを待つ場所、それが函館であった。

 

「ううっ。さみー」

 

 突然変わった温度に、銀時は身を縮こめる。

 

「銀ちゃんその着流し貸してヨ」

「なにいってんだよ、ボンボンあんでしょ。それで我慢しときなさい」

「じゃあ、ボンボン貸すから、服、全部脱げヨ」

「二人共、喧嘩してないで。国広さん探しに行くんでしょう?」

 

 寒さに見を震わせているのは銀時だけではない、新八と神楽も、二の腕を擦り荒野に立っていた。

 ポツポツと顔を出す薄緑の葉。遅い北国の春を示すかのような光景に、季節感ぶち壊しですかと銀時が思うも、場所はおろか、時代さえも渡る力を前に、季節なんて瑣末な事であった。

 時代は明治維新、函館。一人の侍が散った場所でもあった。

 

「で、どこをどう探すわけ? こんな広い場所で」

「なぁ、寄越せヨ、銀ちゃんならツラの皮で防寒できるダロ」

 

 視界に収まらない程、だだっ広い荒野。

 地球の果てまで見えるのではないか? と思われるほどの、遠くに霞む地平線に、あてもなく一人の人間――刀身を探すことは銀時には無謀に思えた。

 着流しを神楽に引きちぎられそうになっている銀時に、和泉守は「まあ、焦るな」と枕詞をおき、懐から金色の玉を取り出す。

 

「ちっちぇーキン◯マアルナ」

 

 キラキラと太陽に煌めく刀装に、神楽は銀時の着流しを引っ張るのを止め、見入る。

 

「まあ、見てくれはちっちぇーがな、ほーら……」

 

 もう慣れたのか、神楽の下品な言葉にも動じず、和泉守は手の平に取った刀装を空へ軽く投げる。

 すると、宙に浮かんだ玉が光を放ち――飛び出したのは軽騎兵の刀装だった。

 

「お前等、国広の場所までちゃーんと案内しろよ」

 

 刀装、それは刀剣男士の身を護るモノ達。絆で結ばれた刀装は、その主の場所を的確に察知し、無音の声でいななくと空を駆ける。

 一直線に向かう先、そこに国広がいるはずだと、もう一方の絆で結ばれた和泉守も硬くそれを信じて、刀装達の後を追った。

 どのぐらいだろうか、軽騎兵等を追い始めてかなりの時間が経っていた。

 道無き道を、ただ走る。

 

「ちょっ……待って下さい……ゼー……ハー……」

 

 息も絶え絶えに、新八が限界の声を上げる。

 彼の根性や、体力といったものを(さげす)むべきではない。

 距離を測る樹木もない中、先の見えない追走というものは体力と共に精神力も著しく消費する。逆に、ここまで持ったということを賞賛すべきである。

 先陣を切る和泉守も、その後をついていく銀時と神楽も皆がバケモノなのだ。

 和泉守が、足を止めた。

 新八の声に従った訳ではない。

 くるくると、迷子の犬の様に辺を回る軽騎兵。

 

「どうした?」

 

 そんな軽騎兵に和泉守が声をかける。

 見失った?

 一瞬そう思った和泉守だったがありえないと首を振る。刀剣も刀装も精密にして強固な呪により創られた存在。むしろ可能性として考えられるのは……。

 しばらく彷徨っていた軽騎兵が一点を指し示す。

 何かが光ったように見えた。

 和泉守はその地面に手を伸ばし、草をかき分ける。そこに落ちていたものは、赤いピアスであった。ワンポイントのボール状。どこにでもありそうな、特徴といえばその色だけ。和泉守の右耳で同じ色をした派手な耳飾りが風で揺れる。

 人差し指と親指でそっと、割れ物に触れるかのように拾い上げる。そして懐から取り出した手巾に包むと、ゆっくりと懐に戻した。

 

「それ……アイツのアルか」

 

 後ろから覗きこんでいた神楽がそう口にした。

 国広の左耳、確かに同じものがあった事を覚えていた。

 

「恐らくな……お前等帰るぞ」

 

 膝の汚れを払いもせず、立ち上がった和泉守はそう言うと、その場に留まる神楽を置いて歩きだす。

 どういう意味か……ワンテンポ遅れて気づいた神楽が勢い良く振り向く。横に流した前髪が揺れ頬を打った。

 『帰る』と言ったのだ。すなわち探すのを止めるということ。

 

「ちょっと待って下さい! たかがピアス一つ落ちてたくらいでなんだって言うんですか!」

「そうアル! 諦めんナヨ。立ち上がれジョー」

 

 新八と神楽が風にはためく浅葱色に訴えかける。

 

「……誰がジョーだ。心配すんな、テメーらの事はなんとかしてやる。手がないこともねーんだ」

 

 けれど、その声は届かない。和泉守は一切の動揺も見せず、ただ真っ直ぐに前を見ていた。

 

「そういう事を心配してると思ってるんですか!」

 

 見くびられた新八はそう受け取った。

 

「だったらなんだ? 安い同情してんじゃねーぞ。俺達は刀だ。片腕取れようが、足引きちぎられようが戦う。戦って戦って折れるまで戦う。戦って果てればそれは本懐だ」

 

 仲間の死を踏み越えいく覚悟ならとうの昔にできていた。今までもそうしてきた。真剣必殺。折れる寸前まで戦い破壊された刀剣を踏み越え歩いてきた道。いつ破壊されてもおかしくない戦いを何度もくぐり抜けてきた。

 

「待てよ。何悟ったような顔してんだよ。幾らなんでも諦めが早すぎんじゃねーの?」

 

 それは場違いな程に酷く間延びした声で、現状を理解してないない。そう和泉守が決めてかかるのは無理からぬことだった。

 外からきた人間は何も分かっちゃいねえ。今でこそ主も現状を理解するようになったが、外からきた人間は皆そうだと過去を思う。

 

函館(ここ)はなぁ……生まれたばかりの刀剣が実戦経験を積む地。いくら脇差しだからといって得意な夜戦で、実戦経験豊富なアイツがくたばるような地じゃねえ。何か戻れなくなるような理由があったんだろうさ」

 

 過去を偲ぶような和泉守の声からは何も読み取れなかった。

 

「だったら尚更!」

「例えどんな理由があろうとも! 例え首だけになっても本丸へ戻る。それが審神者(さにわ)代理――いや、刀剣としての務めだ。それが出来ない奴には刀剣としての資格はねぇ。それにな……これ以上無為に時間をかけて万が一本丸を落としてみろ、戦い果てた奴らへの申し訳も立たねぇだろ。そんなことアイツも望んじゃいねえさ」

 

 新八に対する反論は、和泉守のルールであり、刀剣としてのルールであった。

 国広だけを特別扱いすることは、今まで踏み越えてきた魂を汚す行為に思えた。

 

「分かったら帰るぞ。その辺の刀拾っていけ、形を保っている奴らはまだ霊力が残っている証拠だ。二、三十もあればしばらく持つだろう。国広から代理権を剥奪し、オレが審神者(さにわ)代理となる。それで主が帰るまでは持たせてやる」

 

 魂喰(たまく)らい。緊急事態における措置。そうやってかつて戦って折れていった刀の(かばね)すら喰らい生きていく。本丸を護る事を主命とし、遡行軍と戦う。そこには一切の憐憫も(ぬる)さも存在しなかった。

 不敵に和泉守は笑う。

 たしかにここは戦場だと、急に和泉守が見知らぬ人となったように思え、新八は何かを言おうとして、何を言えば分からなくなった。

 神楽も同じだ。

 荒野に突き刺さる幾本もの刀。それら全てが遡行軍のものであり、刀剣男士、彼等であったかと思うと、和泉守が乗り越えて来たものの重さに絡め取られ、指一つ動かせなくなる。

 それでも一人――。

 

「さっきから聞いてりゃあ綺麗事をチャラチャラチャラチャラと、格好だけにしてくれませんかね。そーいうの」

 

 よく通る声だった。神楽が唇の動きだけで「銀ちゃん」と呟く。

 

「言うじゃねーか。口だけの腰抜け侍が」

 

 銀時の煽りに対しても、和泉守はふんっと鼻を鳴らし笑うだけだった。

 だが振り向いたその瞳だけは笑っていない。

 

「腰抜け? テメェも似たようなもんじゃねえか。主だ主命だ本丸だと、テメェの(たま)はどこついてんだ。この玉なし野郎。死んだ奴らは語らねえんだよ。死んだ奴らの所為にしてんじゃねえ! 見捨てる理由を押し付けんじゃねえぇぇええええ!!」

 

 聞く者の魂を貫くような声。

 幾つもの戦場を駆け抜けてきた白夜叉の記憶――血に倒れ、背中で力尽きる仲間達を送った記憶が許さなかった。

 普段死んだ魚の目だと揶揄される眼孔が、鋭く和泉守を射抜く。

 思わず息を止めてしまった。だが、彼にも彼なりの挟持があった。

 

「もっぺん言ってみろ」

 

 浮かべていた笑みをかき消し、それ以上何か言おうものならと刀に手をかける。

 研ぎ澄まされた空気にキーンと耳鳴りすらしそうだった。

 和泉守の重心が下がり、(かかと)が草をすりつぶすようにズリッと一歩さがる。

 

「何べんでも言ってやるよ。玉なし野郎。テメエの背負う理由を全部他人に押し付けて言葉を飾るんじゃねぇ」

 

 その言葉に、刀を握る手に力が篭もる。同時に、何万ものシンバルを一斉に打ち鳴らしたような音が轟いた。

 ――光る稲妻。

 

「な、なにが?」

 

 耳を押さえ、新八が空を仰ぎ見ると、先ほどまでの薄い空は一変、暗雲が分厚く広がっていた。

 

「……クソッタレが」

 

 状況を悟った和泉守がいち早く刀を抜き、駆ける。身構えた銀時。けれどその身は銀時を通り過ぎ、その向こうへと抜けていく。

 (けぶ)るように、ゆらりと姿を見せる無数の人ならざるモノ。例えるならばそう――鬼。

 割れた鎧兜の隙間から覗く眼孔は虚無を写しだし、青白い鬼火がチロチロ舞う。

 

「なにアルかアレ……」

 

 現実離れした光景に、神楽が唾を飲み込む。

 その間にも和泉守は駆け行く。

 その先には槍を構えたものが(ひと)(ふた)()。大太刀、太刀、薙刀。計六つの骸が糸が切れたマリオネットの様に佇む。

 

「うぉおおおおおおおお」

 

 数の不利に構うことなく和泉守は抜身の刀を腰に構え、鬨の声と共に、荒廃した大地を蹴りあげる。

 その足が見えない防衛ラインを踏んだ。カッと黒い眼孔に火が灯る。一斉だった。

 ゆっくりとその身が起きていく。

 そして、背後から飛び出すは――刀装。青白いオーラを放つ刀装はシャレコウベをカタカタと言わせる。骸骨であった。

 ガチャガチャと骨と骨がぶつかる音をたてながら、刀装が掲げる火縄銃の銃口を和泉守に向ける。

 

「兼定!?」

「兼定さん!!」

和泉守(イズミン)!!」

 

 神楽が傘を、新八と銀時が刀を抜き走る。致命的な距離――銃口から火が放たれるのがゆっくりと見えた。

 

「しゃらくせええええ。軽騎兵!」

 

 和泉守の目の前に軽騎兵が躍り出る。ズズンッと重なりあう響きと立ち込める煙。

 全ての弾を一身に受けバラバラと目の前で軽騎兵が堕ちていった。

 地面に触れる瞬間ふわりと溶けて消え、トントンと……草の上を薄汚れた玉が転がる。

 神楽と新八が目を見開く中、それを一瞥(いちべつ)もせず和泉守は刀を構え、振り下ろされる槍を受け止める。

 

「ぐっ」

 

 激しい音をたてぶつかる槍と刀。押しつぶさんとばかりの重量にたまらず声が漏れた。

 和泉守の全身の筋肉がギシギシと軋みをあげ、黒い長靴(ちょうか)が地面に沈む。

 だが、伊達で和泉守(太刀)をやっているわけではない。短刀や脇差し、打刀にはない化け物じみた力こそが和泉守の真骨頂。

 受けた槍を全力で押し戻す。

 

「ぬぉおおおおお!!」

 

 弾き返されバランスを崩す。その隙をつき、和泉守がその腹に刀を叩き付ける。

 骨を打ち砕く――例えではなくそのままの音がして砕け散ったのは、火縄銃を構えた刀装であった。

 その間を使い相手方はバランスを持ち直す。対する和泉守は腕が伸びきり――。青い鬼火がまるでほくそ笑むように揺れた。

 

「ほちゅぁああああ」

 

 紫の一閃。それが今まさに和泉守に攻撃を浴びせようとしていた敵の右足を砕く。

 たまらず地響きを立てて倒れる。

 

「うるぁああああ」

 

 降ってきた木刀が――兜割り――その兜ごと頭蓋骨を叩き割る。

 一体目。ビクンッと体を震わせ、沈黙した。

 背中合わせで立つのは新八と神楽であった。

 

「なに一人で格好つけてんですか」

「リーダー差し置いて、抜け駆けは許さないアル」

 

 割り込んできた珍客に敵が固まったのは一瞬のことであった。

 ゴウッと唸りを上げて払われる薙刀。それを受け止めたのは洞爺湖の文字が入った木刀。

 

「横入りたぁー随分とマナーがなってねぇじゃねえか。順番も守れねえ馬鹿はそこでおねんねしてろっ!」

 

 飛び出してきた刀装ごと木刀が貫き通す。もんどり打って巨体が吹き飛ばされる。

 地響きが鳴った。

 

「――テメエの手なんざいらねえ」

 

 和泉守が叫ぶと同時に、迫る太刀を避ける。

 

「あっそ。じゃあ勝手にしろ――俺も俺で勝手にするからっっよ!」

 

 二体目。銀時が、がら空きになったドテッ腹に、息吹を上げ刀を突き刺す。それ引き抜くと、背後から迫るもう一体へ、腕を返し振りぬく。

 受け止められ、鍔迫り、打ち合う。止まらない猛進。

 和泉守はチッと舌打ちし、それでも今は目の前の敵が先だと思考を切り替える。

 その合間に、刀を突き刺された筈の敵が再び立ち上がり、和泉守に襲いかかる。後ろに飛び退り、距離を取る。

 打ち合い、なぎ払い、突き刺す――ヒートアップした戦いは――足払い、頭突き、果てや目潰し――おおよそ正統な剣とは外れた戦いへとシフトしていく。

 

「無限一気アップでもサービスされてんですか!? 初心者マップにしては難易度高すぎんじゃねーのッ!」

 

 大太刀を相手にしていた銀時だったがたまらず愚痴る。

 それもそのはず、刀装が不規則な動きで立ち(ふさ)がり、本体へのダメージを肩代わりする。それを撃ち落としても生半可な攻撃は通らず、例え通ったとしても直ぐに立ち上がる。

 人間であれば戦闘の続行が不可能な傷であったとしても、痛みを感じた様子も見せず、動きが変わることはない。

 

「こいつらは違う……検非違使(けびいし)がなぜ?」

「検非違使?」

 

 検非違使(けびいし)遡行軍(そこうぐん)とも刀剣男士(とうけんだんし)とも違うもう一つの勢力。圧倒的な力を持って時間を(さかのぼ)る全ての物共を問答無用で(ほふ)る謎に包まれた存在。

 だが、函館に検非違使が出現するという記録は長い戦いでも存在せず、だからこそ実戦経験を積ませる地として候補に上がるのであった。

 

「話は後だ……。こっから上がっていくぞ気をつけろ」

 

 和泉守の言葉通り、小手試しは終わりだと言うように、攻撃の速度が上がっていく。スピードに比例してその重さも。

 いつの間にか互いの背をかばい合うような陣形になっていた。

 

「ぐっ……」

「神楽ちゃんッ!?」

 

 猛攻を受け損ねた神楽が二、三度バウンドし、土埃を上げる。追撃する薙刀――は空を切った。

 振り下ろされる直前、後方に一回転した神楽は、その勢いを両手をブレーキに使い反転。そのまま薙刀の柄を駆け上がり、顔面に飛び蹴りを見舞う。

 

「たぁあああああ!」

 

 ズズンッ、背を下に沈んだ。

 神楽は血液混じりの唾を吐き捨て、手の甲で口元を拭う。

 

「やられたら倍返し。覚えとくヨロシ」

 

 ガインガインと刀と刀が打ち合わさる音。

 踏みつけられた草の上にボタリ、ボタリと灰色に濁った玉が落ちていく。

 新八が刀装を打ち砕く。その影から迫る太刀(エモノ)。それが届く寸前、ギャリッ……リッ――金属同士が擦れる音を立てながら、和泉守が逸し、脇から躍り出た新八が――。

 

「らぁあああ!」

 

 鋭い突きを叩き込む。キリモミし吹き飛ぶ。土煙が上がった。

 止めとばかりに、神楽の傘が突き刺さる。

 衝撃で地面が陥没し、三体目。黒い煙と共に崩れていった。

 さすがの神楽も荒い息を付く。

 それでも油断なく構える神楽だったが、

 

「後ろだ!」

「え?――ふわっっ!?」

 

 和泉守の警告に疑問を覚える間もなく、神楽の足首を骨ばった腕が掴み引き摺り倒す。

 それは確かに新八が頭蓋骨を叩き割ったはずの一体目であった。

 その隙を見逃す敵ではない。

 新八は槍と相対するもリーチの差に手こずっている。

 間に合わない。そう判断した銀時が急ぎ止めに入ろうとするが、大太刀が行く手を遮る。

 

「そこをどけぇええええ!!!」

 

 振り下ろされる刀を避け、迷わずその(よこ)(つら)に木刀を叩き込む――だがそれはあらぬ方向へ折れた左腕を犠牲に防がれ――ニヤリ……そう笑った気がした。

 

「神楽ぁああああ!」

 

 そのまま腹に蹴りを叩き込み距離を取るも、その僅かな時間差で、長槍が神楽の頭めがけ振り下ろされる。

 取られた――銀時の立ち位置からは少なくともそう見えた。

 長槍の影から聞こえた、獣の唸り声。

 

検非違使(けびいし)風情が……舐めた真似してくれたなァ……ぶっ殺してやる!」

 

 和泉守が倒れた神楽の頭上に立ちふさがる。刀で逸らすも十分ではなく、槍は肩へ深く突き刺さっていた。

 更に深く突きささんとする検非違使(けびいし)。そうはさせじと和泉守は左手でそれを掴む。

 ギシギシと力と力が拮抗する。片腕のみの和泉守に対し、検非違使は両手。分ははるかに悪い。

 それでもミシミシと和泉守が握った柄から音がなり、ゆっくりと引きぬかれていく。

 そして――。

 

「ぬぉおおおおお」

 

 地面に投げ捨てられる。

 ダンッと地面を蹴る。人間離れした――事実人間ではないのだが――速度で詰め寄ると、その勢いのまま右手に構えた刀で、袈裟懸けに断ち切る。

 人ならざるモノにも死の恐怖はあるのか、鬼火は哭くように最後の炎を上げ――ズルリと半身と共に崩れ落ちていった。

 

「離せこの……!」

 

 神楽が足首を掴んだ手を逆の足で踏み潰し、背中の中心、そこへ膝を落とす。

 今度こそサラサラと崩れいった。

 ダクダクと流れる血液が和泉守の衣を染めていた。

 ダラリと下がった右腕。痛みに顔を歪め、それでも立ち上がる。

 利き腕とは逆の左手で刀を持ち爛々(ランラン)と飢えた獣のような目つきそのままで、戦場へと舞い戻る――鬼神の如く。

 

「邪魔だ下がってろ」

 

 防戦一方の新八との間に和泉守が割って入り、相手取る。

 突かれる穂先が頬を掠め赤い血が飛び散る。だがそれすらも和泉守の意識を高揚させる材料にしかならない。

 斬りかかる刀は、槍の柄に阻まれるが、そのままくるりと刀を回すと、頭でアゴをかち上げ、仰け反った胴に()()()を添え、刀を突き立てた。傷口から血が噴き出る。

 グリグリと力任せに押し込まれる刀に、二、三度痙攣した体はそのまま溶けていった。

 

「るぁああああああ」

 

 丁度同じく、銀時も相手取っていた大太刀の心臓部に木刀を突き刺し、勝敗を決めた。

 

「和泉守さん!」

和泉守(イズミン)!!」

 

 ゆらりと立つ和泉守に新八と神楽が手を差し出すが、バシリと払われる。

 

「……どうということはねぇ。かすり傷だ」

 

 深く抉られた傷口。動かない右腕を無理に動かした所為か肩から先は感覚すらなかった。もっともそんな事は和泉守にとってどうでも良いことだった。

 次の戦いに挑める体が残っている。刀を握れる腕が片腕残っている。それだけあれば十分だった。

 

「……たしかに、戦う理由をオレはオレに持っちゃいねぇ。だがな、オレは武器だ。刀だ。だからそれでいいんだよ」

 

 戦う理由はあの人と共に散った。だからその魂の残骸を糧に生きるだけなのだ。それが和泉守に残されたものだった。

 だから、行くぞと血だらけの体を引き摺り、背を向ける。

 小さな赤い背が、怒りに身を震わせ、拳を握る。

 

「お前馬鹿ダロ。戦う理由? そんなんな、誰も持って無いんダヨ。お前が護りたいもんは何アルか? 本当に護りたいもの。みんな、そのために必死こいて生きてるだけなんダヨ! お前にもあるんだろ護りたいモンが」

 

 今まで神楽が知り得たもの全てを和泉守に伝えようと、魂を震わす。

 和泉守の赤が戦場に散る血の色ならば、神楽の赤は生命の色だった。

 何者にも負けない強さがそこにはあった。

 護りたいもの――『兼さん』と屈託なく呼ぶ声、『しょうがないですね』と少し困ったように笑う顔、『ダメですよ』と怒り指を立てる姿。和泉守の脳裏をよぎるのは全てそんな国広の姿だった。

 確かに護りたいモノ。

 それでも残された魂は叫ぶ、士道はどこにあるのだと。

 

「オレは……」

 

 和泉守に迷いが生じる。

 

「もう少しだけ、探してみましょう。それぐらいならきっと許してくれますよ」

 

 誰がとも何がとも新八は言わない。和泉守の戦いを見て刀剣がどういう存在かを知った新八だからこそ、ようやく言葉にできた。

 和泉守は確かに仲間を犠牲にしても前に進むのだろう。けれど、それは無駄にしている訳ではない。だからそうしても大丈夫なのだと。

 けれど、本当にそうだろうか? 都合のいいように捉えているだけではないか? その思いが和泉守の足を縛る。

 

「受けちまった依頼キャンセルする訳にもいかねーしなァ」

 

 あーあ、こんなことになるんだったらもっと足元みときゃあ良かったと捨て台詞がついた。

 ダルそうな態度の割に、目は死んでいなかった。

 木刀を一振りし、腰にさす。

 

「まったくです。こんな大仕事、全然割に合いませんよ」

「しゃーねえだろ、受けちまったモンは」

「万年ジリ貧慣れてるネ。お茶漬けサラサラ働いた後に食べる。これ以上贅沢言わないアル」

 

 頭を掻きながらぼやく銀時に同意する新八、澄ました顔で指を立てる神楽。

 背を向ける三人が先へと進む。

 残された和泉守は、

 

「……依頼主が、動かない訳にはいかないだろ」

 

 と、肩を抑えながら一歩づつ、足を前に。

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