刀剣乱『腐』に万事屋がログインしたようです   作:空飛ぶ鶏゜

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エピローグ

 審神者の言葉通り開かれた宴。

 ガチャガチャと酒器が触れる音と、ベンベンとビワの音が響く本丸をぬけ出す人影が一つ。

 障子戸から(こぼ)れる薄明かりで足元を確かめながら、貧乏徳利を片手に玉砂利を踏みしめる。向かった先は平城の一角。――人に忘れられたかのような場所だった。

 そこには桜の木が一本。深く根を張っていた。

 その場所を護る様に、どっしりと、見事な枝ぶりで花を咲かせている。時期外れもいいところだが、不思議と寂しいこの場所に良く似合っていた。

 桜の木に向かい合う様に立ったその人物は、懐から取り出した盃になみなみと酒を注ぐと、その根本に置いた。そして自身もその場に腰を下ろすともう一つ取り出した盃に己の為の酒を注ぎ、遠慮がちに口をつける。

 

「一人、手酌で飲むには上等すぎんじゃねーの? その酒」

 

 草を踏みしめる音と共に、そんな言葉が審神者の背に投げつけられた。

 

「鼻がいいね。そうだよ――とっておきなんだから」

 

 振り返る事なく審神者は答える。

 月の光が白髪だ、陰毛だと揶揄される髪を照らす。光を受けた髪はキラキラと光り、銀色にも見えた。

 

「何? 余ってんの? 貰っていい?」

 

 座る審神者の隣に立った銀時は、桜の木の根本に置かれた盃を見下ろしながら伺いを立てる。誰かの為の――ここにはいない誰かのものである事は明らかなそれであったが、銀時は悪びれた風もなく――伺いを立てたものの――返事を待たずに手を伸ばした。

 そして、 桜の木に背を預ける形で、片膝を立て、審神者に向かい合う。

 

「随分しけた面してんじゃねーの。あの日か? バ◯リン貰ってきてやろうか?」

 

 言葉こそいつも通りだったが、魚の目は少しだけ鮮度を増していた。

 

「残念、バ◯リンよりもイ◯派でね……その前に、予定日は二週間後だよっ!」

「うごっ」

 

 クイッと盃を空にした審神者は、銀時に徳利を投げつける。

 乱暴に投げられた徳利を顔面で受け取った銀時に、審神者はずいっと盃を差し出した。注げという事だろう。

 薄っすらと赤くなった鼻を擦りながら、銀時はとくとくと酒を注ぐ。

 桜の枝が夜風に吹かれザワザワと揺れ、花びらが舞う。

 

「……刀装ってのはね、使い捨てで、剥がれたらまた創ればいいんだって」

 

 同じようにフワフワとした審神者の声は、酒気を帯び、糖蜜のように甘かった。

 

「剣は折れてもまた創り直して鍛え直せばいいんだって。……皆、皆。政府も、他の審神者も……刀装も刀剣(あの子達)もそんな事を言うんだ」

 

 夢みがかった目で暗闇に舞う花びらを見つめる。

 それを銀時は聞いているのか聞いていないのか、空になった己の盃を酒で満たす。

 

「最初、どうしてもそれが分からなくてね。いっぱい喧嘩したんだ。今は少し分かるようになってきたよ……それがあの子達の生き方だって。だけど、たまーにね、嫌になっちゃうんだ。それで何にもわかんないあの子達にそれらしい言い訳をして、職場放棄」

 

――最初は三日のつもりだった。

 その趣に目覚めた時から皆出席を果たしている祭りが終わったら帰ろうと、審神者は決めていた。

 それが、少しぐらいならとずるずる予定を延ばし、不毛に、手帳に書きつけた数字――残してきた霊力が尽きるおおよその日数――を数え、ボーダーラインを一歩踏み越えた所まで心が決まらずに……。

 それでも戻らなければいけないという義務感から、重い足を引きずり戻った本丸には誰もいなかった。霊力はレッドゾーンを割り込み、ブラックゾーンに突入していた。

 あの時の事を思い出すと今でも鳥肌が立つ。湧き出す汗と早鐘を打つ心臓をなだめ、霊力を注ぎ、皆を起こし、こんのすけを呼び慌てて向かった函館では……二振りの刀が血に塗れていた。

 全て己の弱さが原因だった。

 

「軽蔑するでしょう? それを謝りもしないんだ私は」

 

 全てなかった事にしてなんでもないように、遅れて悪かったねと言い繕った。

 酒に映る己の顔なぞ見たくもなくて、一気に飲み干す。腹の底にともった熱さえもそれを忘れさせてはくれない。

 

「知ってるか? 大将の頭ってのは飾りなんだよ。ぎらっぎらの王冠だか、トサカだかわかんねーもんが乗った飾りだ。クソ重くって面倒臭いったりゃありゃしねぇ。だからこそ簡単に下げちゃいけねぇ。下げりゃあ、それを目印にしてた奴が迷う」

 

 銀時の瞳は戦場を見ていた。

 迷いは死に繋がった。怯えは判断を誤らせた。だから背筋を伸ばして先頭を走らねばならなかった。

 

「……そうだね」

 

 何も見えない空の盃に審神者が視線を落とす。

 罵倒される事で、少しでも荷を軽くしたかった。審神者のそんな思いはあっさりと見ぬかれ、足元を掬われる。むしろ重りを追加されたような気すらする。それを抱えて歩いて行けと言われた気さえした。

 逃げ出したくなる様な荷の重さを眼前に突きつけられ、それから逃れれられぬ事に、ずぶずぶと泥に沈んでいくような息苦しさを覚える。――生きていかれない――そう思うほどに。

 そんな審神者の耳を良く通る声が打つ。

 

「けどな……その重荷を一人で背負う必要なんてねーんだよ。後ろ振り返りゃあ荷物持ちなんてたーんといる。精々こき使ってやるこった」

「そんなの……いないよ」

 

 惑う。

 それに対して銀時は――。

 

「そりゃ、お前がちゃんと見てないだけだろ。よく見ろ」

 

 きっぱりと言い切った。

 そうだろうか? 喧々諤々(けんけんがくがく)と言い争った日々。

 剣は戦いに散るものだと、散って良い命などないと、平行線をたどり、曲がり、衝突し歩いてきた。

 結果、お互い相手に踏み込み過ぎないそんな立ち位置に落ち着いたのだ。

 そんな審神者と刀剣の間に、荷物を預け、預けられるような信頼関係など……と審神者が瞳を迷わせた時だった。

 

「主! ここにおられましたか、探しましたよ」

 

 長谷部(はせべ)が心配そうな顔で歩いてくる。その声に、一人、また一人と刀剣が集まってくる。

 ほらな? というような銀時の目をすり抜け、審神者としての、大将としての仮面を被る。

 

「ごめん。心配かけたね、ちょっと酔いざましに出たら、そこの悪いお侍さんに捕まっちゃって」

 

 探しましたよ、どこいってんですかと騒ぎ立てる面々に、えへへと笑う。ぎゅっと締め付けられるような孤独を押し潰し、さあ戻ろうかと皆の先頭に立つ。

 そんな審神者に――……。

 

「別に戻んなくてもいいんじゃねーの? 夜桜。オレこーいうの好きだぜ? 月も明るいし」

 

 和泉守(いずみのかみ)が桜を見上げて言った。

 

「ボクもこーいうの好きだよ」

「雅が足りないと思っていたんだ。ここは風流で良いねぇ」

 

 (みだれ)が、歌仙(かせん)が、次々と声を上げる。

 

「待って、ここは……」

「主は座っていて下さい。すぐに準備を整えますから」

 

 止めようとした審神者(さにわ)を長谷部が制し、次々と酒器や、肴が運ばれる。誰が持ってきたのか、緋毛氈(ひもうせん)まで敷かれ、ワイワイガヤガヤと再び宴が始まる。

 場所を再び変えようなど言い出せる雰囲気もなく、審神者は諦め、酒を傾ける。

 

「なあ、ちょっときてくれ」

 

 そんな中、審神者は和泉守に呼ばれる。手を引かれ、連れて行かれたのは、桜の木の根本。宴が開かれている場所とは反対の位置だった。

 

「なぁに? 告白? 堀川君に刺されるのだけは勘弁願いたいんだけれど」

「ちげぇーよ。なぁ、いつもどの辺に埋めてんだ?」

 

和泉守の真っ直ぐな眼差し。

 

「何を……?」

 

 声が裏返った。何も隠し通せていない事を知りながら、そんなモノはいらないと、否定されるのを恐れて白を切り通す。

 

「悪かった」

「えっ?」

「今までアンタの想いを踏みにじって悪かった」

 

 神妙な面持ちで、和泉守が頭を下げた。

 夢でも見ているのだろうか? あの、プライド高い和泉守が頭を下げるなんて――と固まる審神者に、もう一度、和泉守は、「で、どこなんだ?」と問う。

 迷いながらも審神者は、そこ――と、桜の木の根本にある一つの石を指し示す。

 赤子の頭程の石を和泉守が退けると、ぽっかりと地面が口を開いた。その中にはくすみ、色の抜け落ちた玉や、折れた鉄片が埋まっていた。

 そこに和泉守は懐から同じような玉と、折れた刀の破片を取り出すとそれに加え、また元のように石を戻した。

 手を合わせる姿に、審神者は銀時の「ちゃんと良く見ろ」という言葉を思い出していた。

 

「いずみん!!」

「な、なんだよ、その呼び方。やめろカッコ悪い!!」

「えー、可愛いじゃない。いずみん、戻って一緒にお酒飲もう! 特別にお酌してあげる!!」

 

 ぐいぐいと手を引いて、宴の輪に加わった審神者に、「和泉守だけズルい! 俺も!」「ボクも!」と皆が杯を次々と差し出す。

 それに回し注げば、空の杯を渡され、これまた己が己がと酒瓶が回る。

 くるりくるりと、酒が周り、月も周り、日が登るまでそれは続いたのだった。

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