五反田弾は強かった。
異常なまでに、異質なまでに強かった。
赤みがかった髪を長く伸ばし、すらりと細く長い体からは想像できない強さ。生物学、人体の構造、物理法則といった常識をはるかに超える規格外。
地を割り、天を裂き、万物をことごとくに吹き飛ばす。
そんな強さが五反田弾には存在していた。
おそらくそれは、なぜか持っている前世の記憶に起因しているのだろうと彼自身思っているが、しかしそんなものは関係ないとばかりに己が道を生き続けた。
なぜなら前世でも同じであったから。
化け物のような強さも、快楽主義者のような性格も、自分が自分である証拠であり、他の何物でもないと証明しているのだから。
前と何も変わらない。畏怖される態度だろうが恐怖される視線だろうが、己が変わらないのだから、当然他人が変わるはずもない。
そう、思っていた。
けれど違った。
五反田弾は変わらなかった。変わったのは他人。
畏怖もある。恐怖もある。しかし家族は、数少ない友人は受け入れてくれた。変わってくれた。
ならば己も変わらなければならないだろう。
せめて彼らが誇れるように。
それが。
たった一つ、五反田弾ができる恩返し。
そして――
たった一つ、五反田弾と、その周囲の人間との取り返しのつかないすれ違いだった。
>>1
「おぉ寒い」
二月某日、五反田弾は寒い寒いとぼやきつつ道を歩いていた。
中学三年生、受験真っ只中である。
かくいう今も、駅を四つ超えて高校の入試会場に行く最中だ。
カンニング防止のため、受験会場が二日前に知らされるとか意味が分からない。
私立藍越学園。それが弾と、今隣を歩いている少年が受ける学校だ。
「ああ、確かに寒い……。なのになんでお前はちっとも寒そうじゃないんだ?」
その少年、同じく寒さに体を震わせている織斑一夏が怪訝そうに尋ねた。
それもそのはずだ。なにせ弾は寒いと言いながらもシャツにコートを羽織っているだけであり、隣の一夏が体を震わせているのに、弾は澄ました顔で身震い一つ起こさない。
疑問に思っても当然だ。
しかし当の本人は「気合だ、気合」と言ってはぐらかしてしまった。
納得いかねぇ、と一夏は愚痴りつつ、会場までの道を二人で歩いていく。
いろいろとくだらない話をしていると、目当ての建物が見えた。
名前は知っているが場所までは知らないという場所の代名詞、市立の多目的ホールである。
中に入ってうろうろするが、目的の試験会場が見つからない。
つまり。
「迷ったよな完全に」
そういうことである。
「おいおい一夏。てめぇの案内で来たんだぜ。迷ったってどういうことだよ」
何ともやるせない顔をした一夏にそう言うと、さらに残念な顔になってうめきだした。
「いや、ほらなんだ。二階にさえ行ければどうにかなるって。な?」
「そうか。まぁ、この『常識的に作らない俺カッコイイ』みたいな建造物をてめぇが把握してるっていうんならそれも可能だろうよ」
「うっ……」
「無理だよなぁ?」
「い、いや……まだ……」
「むりだよなぁ」
「む、無理です……」
がっくりと首を落とす一夏をしり目に、弾はため息をついた。
「ったく、中三にもなって迷子とか恥ずかしすぎんぞ」
「ええい、皆まで言うな。じゃあ、次に見つけたドアに入ろう。それで大体正解だろ」
「あ、おい一夏」
一夏はそれだけ言って、弾の静止の声も聞かずに丁度あったドアの中に入っていった。仕方ないので、弾もそれに続く。
部屋に入った途端に神経質そうな女性が、移動しろだの着替えをしろだの一夏と弾をろくに見もせずに指示を出して出て行ってしまった。
呆然とそれを眺める一夏と弾。
「着替えってなんだ?」
「知るかよ。カンニング対策じゃあねぇのか」
「ああ、なるほど」
納得している一夏を促しカーテンの奥に進むと、奇妙な物体が鎮座していた。
『IS』、『インフィニット・ストラトス』と呼ばれる、マルチフォーム・スーツだ。宇宙空間での活動を目的とされていたが、兵器へと転用、さらにスポーツとして定着したそれが、まるで騎士が忠誠を誓うように跪いている。
人型の、鎧のような印象を受けるそれを見て、一夏が顔つきを変えた。
それもそうだろう。なにせ、一夏の実姉がこれで『世界最強』なんて呼ばれているのだから。
だが、弾と一夏(というより全男性)には関係ないものだ。
『IS』は、女性にしか反応しないという、謎の性質があるのだから。
だからこそ、一夏が『IS』に触れようとしても、特に気にすることはなかった。
「――な、なんだ!?」
情けない声を出して、一夏が飛びのく。
一瞬、光が駆け、次の瞬間には、一夏が『IS』に乗っていた。
何が起きたのか分からないというような、なんともアホみたいな顔をしている一夏を見て、
「マジかよ……」
弾は唖然とするしかなかった。
女性にしか扱えないという常識が、目の前で覆されたのだ。弾自体、常識外れといわれることも、その自覚もあるが、まさか友人がそれをやるとは思わなかった。
ありていに言って、少し引いた。
静まり返るその場に、不意に爆発音に似た音が響く。一夏が何をどう間違ったのか、スラスターをふかしたようだ。それも、絶句している弾に向かって。
「ちょっ、だ、弾っ!?」
「!馬鹿やろ……ッ!」
弾はとっさに、向かってくる一夏に腕を突きだした。
その腕が一夏にあった瞬間、また光が駆け、今度は弾がそれに包まれる。
光が収まった後から姿を見せたのは、『IS』を身に纏った五反田弾その人であった。
「……」
「……」
二人の間に、言葉は――なかった。