Scribed a bullet hole   作:byとろ

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Old tale

一夏と鈴が中学一年生の時のことだ。その日も、いつものように学校から帰る途中だった。

一夏と鈴の二人、肩を並べて帰り道を歩く。薄暗い廃工場の近辺。放課後に遊び過ぎたせいで遅くなったため、近道しようとこの道を選んだ。

 

「結構遅くなったな」

「あんたがクレーンゲームに熱中し過ぎたせいでしょうが」

「鈴だって楽しんでたじゃないか」

「うっ、それはそうだけど」

「そうだろ?しかし、クレーンゲームに随分使ったな。明日からもやしだ」

「うちに来ればいいじゃない。奢ってあげるわよ」

「それはだめだろ」

「ほんっと、一夏は変なところで律儀よね」

 

他愛のない話をしながら歩く。身長さのせいではたからすれば兄妹にしか見えないが、鈴としては幸福な一時である。

しかし、

ドシャァァァ!

とその一時を破って、横から何かがとんでもない速度で飛んできた。

 

「うおっ、なんだ!?」

「な、なにっ!?」

 

驚いて身をすくませる。そして飛んできた物体を確認して、さらに驚いた。

人間、である。

見るからに不良といった雰囲気の男性だが、ピクピクと痙攣しているので死んではいないようだ。

 

「なんだよこれ!?」

「し、知らないわよ!」

 

一夏と鈴が慌てふためいていると、廃工場の敷地から怒声が聞こえてきた。

 

「何してんだ、テメェら?」

 

一夏と鈴は、突然背後からかけられた声に、緊張で体を硬直させる。

見れば、そこにいたのは赤みがかった髪を伸ばした長身の少年だった。

一夏と鈴には見覚えがある。同じクラスの、確か五反田という名前だったか。

その五反田という少年は値踏みする様に一夏と鈴を見た。

 

「テメェらもこれの仲間かよ?」

 

これと指差したのは、さっき吹き飛んできた男だ。

 

「い、いや違う。たまたま通り掛かっただけだ」

「そ、そうよ」

「そうかい、そいつは悪かったな。当たんなかったか?」

「大丈夫だけど。いや、待ってくれ。お前が投げたのか?」

「どうでもいいだろ、んなこと。俺は行くから、テメェらも早く帰れ」

「に、にゃによ!指示しにゃいで!」

「鈴、呂律回ってないぞ」

「うっさい!クラスメイトに偉そうに指図する奴の言うことなんか聞く必要ないでしょ!?」

「クラス、メイト?」

「あ、ああ。五反田だろ、お前?」

「確かにそうだが……そういえばおまえらみたいなのが居たような居ないような」

 

興味なさそうな顔で五反田が呟く。最後に鼻で笑って、二人を置いて廃工場へ歩きだした。

 

「あ、待てよ!」

「とっとと帰れ。巻き込まれたくはねぇだろ」

 

それだけ言って、五反田は今度こそ立ち止まらずに去っていく。

五反田の向かう廃工場からは、異様な雰囲気が感じられた。そんなところへ何をしに行くというのか。

 

「どうするの、一夏?」

「いくだけいってみるか。なんか心配だし」

 

何とも無謀だが、もともとのトラブルに遭いやすい体質と思春期特有の好奇心で廃工場へ行くことを決める一夏。

鈴は呆れながらも、五反田を追う一夏について行った。

 

 

>>1

 

 

 

ここの工場は、稼動していた当時には運送用の車輛がよく行ったり来たりしていたので、そのために大きな広場が設けられている。そこに今、三百人を数えようかという人間が集まっていた。

全ては、五反田弾を倒すために。

 

「来たか」

 

数百にのぼる不良の先頭に立った一人が、廃工場の門から入ってきた五反田を見て呟いた。それに呼応し、全体が割れんばかりの咆哮を放つ。空気が震動し、怒声が雨のように降り注いだ。

 

「うるせぇな、猿ども」

 

だが、五反田はそれを一蹴する。

明らかに敵意を持つ集団を、怯みもせずに挑発した。

 

「こっちは三百人以上だぞ!人質もいる!」

 

五反田の挑発を聞き、男が吠える。

人質と聞いて、五反田が顔つきを変えた。

 

「蘭はどうした?」

「はっ!いくら魔人と呼ばれていても、妹は心配だってか?」

「蘭はどうした」

 

重く、怒りを感じさせるには十分な声で五反田は言う。有無など言わせぬ口調だ。男は怯んで「お、奥にいる」と素直に答えてしまった。

 

「そうか。見逃してやるから、消えろ」

「消えろ、だと?どっちが命令する側かわかってねぇみたいだな。こっちは三百人だ!たった三人でどうにか出来るわけねぇだろ!」

「三人?」

 

ここで初めて、五反田は一夏と鈴が後ろにいるのに気付いた様だ。

 

「なんでついて来てんだ。帰れって言っただろうが」

「クラスメイトが困っているのに助けない訳ないだろ」

「それだけでか?」

「なによ、文句あんの?」

 

鈴が強気に出る。それを見て五反田は、呆れたように、けれど嬉しそうに笑った。

 

「お前ら、名前は?」

「織斑一夏」

「凰鈴音。あんたは?」

「知ってんだろ」

 

「アンタから聞きたいのよ」

 

「ハッ、いいぜ気に入った。五反田弾だ」

 

名乗りを交わしあう。それ以上の言葉は無粋だった。

弾は笑い、髪を逆立てながら拳を不良どもに突き付ける。

 

「織斑、凰。話は聞いてたか?」

 

「ああ、わかるぜ」

 

「そうか、ならここは俺に任せて奥へ行け」

「妹を救って来いってわけか」

「任せなさい。でもアンタは大丈夫なの?」

「くは、俺は『魔人』だぜ。いくら数があろうと関係ねぇ」

 

そう言って、弾は横に放置されていた業務用のトラクターを片手で軽々と持ち上げた。まるで木の棒でも振るかのように、空気を唸らせながら二、三回振る。

 

 

「アンタ、本当に人間?」

 

「さぁな。時々自分でもわからなくなるよ」

 

 

弾が一歩踏み出した。それが合図。

 

ニッと笑いあって、三人は三人ともに駆け出した。

 

 

>>2

 

 

 

「という感じだったな」

 

 

週末の夜、一夏を中心としたいつものメンバーは食堂で会話に花を咲かせていた。とりとめのない話をするだけであったのだが、いつの間にか昔話をすることになっていた。

 

一夏が語り終え、集まった少女たちは一様に苦笑する。一夏と鈴がどうやって弾と知り合ったのかという話だったが、予想を完全に上回っていたのだ。

 

 

「結局、私たちが駆け付けた時には蘭も自力で拘束を破ってたのよね。ああ、兄妹なんだなって思ったわ」

 

「すごかったよな、あれ。一応俺らがチンピラを倒したけど、実際蘭ちゃん一人でもなんとかなったんじゃないのかな。弾も弾で、蘭ちゃんと合流して戻ってみたら広場が世紀末状態になってたし」

 

 

一夏達が遠い目をして言うと、シャルロットが目を爛々と輝かせていた。シャルロットが女子だとわかったあの一件から、彼女は弾に対してある種宗教的な憧れを抱いているのだ。

 

 

「さすが五反田さんだね!すごいなぁ」

 

「この場合、なんと言っていいのか判断しにくいですわね」

 

「悪魔的だな……」

 

 

セシリアと箒が呆れたようにため息をついた。一夏も鈴も、乾いた笑いしか出てこない。

 

 

「なに話してんだおまえら?」

 

噂をすればなんとやら、弾が会話に入ってきた。

 

「いや、皆がどうやって弾と知り合ったのか聞きたいって言い出して」

「馴れ初めだ?んなもん、あれだろ。河川敷で殴り合ってた一夏と鈴を俺がさっそうと現れて止め……」

「いや、そんな熱血青春ストーリーじゃなかったよ!?」

 

あいかわらず弾の記憶はいろいろとぶっ飛んでいた。けらけらと笑いながら、弾は冗談だよと一夏の背中を叩く。

そこでラウラが何かを思い出したようにぽんと手を打った。

 

「ああ、そうだ。五反田。今思い出したんだが、うちの隊のクラリッサがおまえによろしく伝えてくれと言っていたんだ」

「クラリッサ?クラリッサ・ハルフォーフか?」

「うむ。知り合いだったのか?約束がどうのとか言っていたんだが」

「ああ、少し縁があってな。しかしそうか、あいつはおまえの隊にいるのか」

 

顎に手を当て、しみじみとつぶやく。そんな弾の様子に一夏達が興味を示すのは、ある意味当然だ。

鈴が不意に投げられた格好の餌に飛びついた。

 

「ちょっと、話しなさいよ弾。気になるでしょう。それとも、私たちには言えない関係なのかしら?」

「そうだな、私も気になるぞ。部隊員の人間関係を知っておくのも悪くはあるまい」

 

ラウラも便乗し、一夏やシャルロットも食いついてきた。箒とセシリアも口には出さないが知りたそうだ。

 

「しかたねぇなぁ。一夏には少し痛い話になるだろうが、あれは二年前のことだったよ」

 

 

>>3

 

 

 

第二回モンド・グロッソが開かれているだけあって、街は活気に包まれていた。人の横を通り過ぎれば、あの国のISは良いだの悪いだの必ずと言っていいほど話し合っている。

良くも悪くも、街は祭りのムードに包まれていた。

 

「暇だ……ふあぁ」

 

大きなあくびをしながら、弾は熱を持つ街中を歩いていた。一夏の姉がモンド・グロッソにでると聞き、暇だったので観戦にきていたのだ。

明日の午後から決勝戦だが、それまでは暇だった。ホテルで惰眠を貪っていればいいとも思うが、それもつまらない。結局、街中を徘徊するしかないのだ。

がやがやと騒がしい街にひときわ大きな声、悲鳴が響き渡った。

 

「きゃあああぁぁぁ!ひったくりよぉぉ!」

 

喧騒を駆け抜けた悲鳴は外国語であった為弾には意味がわからなかったが、気の良さそうなおばさんがカバンを抱えて猛ダッシュしている黒づくめの男を指差していることから、ひったくりにあったのだということを理解させた。

女尊男卑のこの時代、ひったくりなんてすれば男性の立場はますます下がってしまう。せめて同じ男の手で捕まえてやればプラマイゼロ程度にはなるだろう。

かくいう弾も、こっちに滞在している間に三回ほど高圧的な女にパシリさせられそうになった。その時には瞬間的に相手の目の前から消え、最初からいなかったように見せて難を逃れたが。

ともあれ、これ以上めんどくさいことになるのは勘弁して欲しい。男の名誉の為にも、ここは弾が動くことにしよう。

逃げるひったくりのもとへ先回りし、足を引っ掛けてやる。ひったくりは体勢を崩し、転びそうになりながらもなんとか持ち直した。そして、逆上したようにナイフを取り出して弾に向ける。

 

「おんどりゃあ、なにしてくれとんのじゃわれぇ!」

※日本語ではない為、弾には伝わっていません。

 

男はめちゃくちゃにナイフを振り回し、自分に近づけようとしない。その間も弾にはわからないがわめき散らしている。

めんどくさいので、デコピンの要領で空間を弾き、衝撃弾として打ち出してナイフを吹き飛ばした。

 

「うぎっ!?」

「日本語しゃべれ!」

 

叫び、空礫で吹き飛ばす。ポストに叩きつけられた男は二、三ピクピクと痙攣した後、そのまま動かなくなった。

数瞬の沈黙の後、喝采が沸いた。被害にあったおばさんがしきりに頭を下げてくる。おそらく感謝されているのだろうが、何を言っているのか全くわからない。

しばらくしてようやく騒ぎが収まり、弾はやかましい人混みから解放された。そこへ、

 

「すごいすごいすごい!貴方がジャパニーズ・NINJAですか!?さっきのは忍法!?」

 

やけに興奮した女性の言葉が聞こえた。驚くほど流暢な日本語ではあったが、内容は誤解に誤解を重ねたようなものだった。

ぐいっと弾に顔を寄せてきたのは綺麗な髪が映える年上の美人。美人なのだが、興奮して子供のように目を輝かせている様子はとても愛らしい。

 

「あ、すいません。私、大の日本好きで。クラリッサ・ハルフォーフと言います」

「あ、ああ、五反田弾だ」

 

勢いに押され、つい答えてしまった。クラリッサは止まらず、まるで機関銃のように言葉を飛ばしてくる。

 

「ここにはアレを見に?」

 

 

ここでのアレとは世界大会しかない。他に何かあったらそっちの方がびっくりだ。とりあえず、素直に頷いておく。

 

「まあ、そうだが」

「珍しいですね、男性がISの大会を見にくるなんて」

「友人の姉が出てて」

「へぇ、そうなんですか。今は観光?」

「暇だったからな。街中がよくわからないから、適当に歩いているだけだが」

「あの、よろしければ街を案内しましょうか?」

「いいのか?こっちとしてもありがたいけど」

「いいんですいいんです!その代わり、さっきの忍法について教えてくださいね」

「それが狙いか……わかった、よろしく頼むよ」

「やった!」

 

そこから、クラリッサに連れられていろんなところを回った。有名人が泊まったホテル、歴史を感じさせる時計塔、隠れた名店など、気づけば空が暗くなるほどに夢中だった。

クラリッサが忍法と勘違いしている空礫についても教えた。忍法ではないと知った時はがっかりしていたが、簡単にできるちょっとした技を教えたら随分喜んでいた。

別れ際にはお互い名前で呼ぶようになり、身の上話すらするようになっていた。

 

「クラリッサは軍人なのか。似合わないな」

「ひどいです弾。これでも部隊では慕われているんですよ」

「ああ、それは想像できる。なんだかんだで面倒見がいいからな、クラリッサは」

「ふふ、そうでしょうそうでしょう」

「しかし、軍属なのに今日はいいのか?」

「抜かりはありません。この期間中の為だけにずっと根回しをしてきましたから!」

「そうか、よかったな」

「ええ。ですから、その、明日は午後から決勝戦がありますが、午前中は予定がないのですよ。だから、えっと、明日も会えませんか?」

「明日?」

「え、ええ。やっぱり、ダメですよね……」

「いや、いいけど」

「ほ、本当ですか!で、では明日、また会いましょう!」

 

 

花が咲いたように笑顔になって、クラリッサはいかにも良いことがありました、というような雰囲気で自分の止まっているホテルへと帰っていったのだった。

 

 

 

>>4

 

 

 

翌日、弾は早めに指定された待ち合わせ場所に行った。少々早すぎる気もしたが、それならそれで周囲のカフェで暇をつぶすのも一興だろうと思ったからである。

 

実際のところ、そのその必要はなかったが。

 

 

「遅いですよ弾」

 

 

頬を膨らませ文句を言ってくるクラリッサに、弾は呆れたようにため息をついた。

 

 

「まだ予定の一時間前なんだが」

 

「私はさらに一時間前からいました」

 

「何してんだよ。馬鹿かおまえ」

 

「た、楽しみにしてたんだから仕方ないじゃないですか!それに、弾だって一時間も前に来たでしょう!」

「チッ……で、今日はどこ行くんだ?」

「え?どこ行くって……」

「……おまえ、自分から誘っておいて予定も立ててなかったのかよ」

「う、うるさいですよ!誘うだけで舞い上がっちゃ悪いですか!」

「悪かないが……」

「……では、とっておきの場所に行きましょう。私が教えるのは弾が始めてですから、光栄に思ってくださいね」

「はいはい、コーエイコーエイ」

 

ふふん、と胸を張るクラリッサを適当にあしらう。クラリッサはぶーぶーと頬を膨らませ抗議してくるが、弾はどこ吹く風で笑っていた。

 

案内されるままたどり着いたのは古いレコードショップだった。厳かな雰囲気の建物と流れているシックな調子の曲が絶妙に合わさって、ただ店の中にいるだけでも安らげる。

 

 

「いいところでしょう?いるだけで落ち着けます」

 

「ああ、確かにな」

 

 

弾には音楽の心得など全くないが、それでもここにいたいという思いが自然とこみあげてきた。もはやほとんどがデータによって構成される今のご時世に、レコードというアナログな品を取り扱っていて潰れていないというのはとてもすごいことだ。きっと、皆自然に安らげるこの雰囲気を求めてくるのだろう。

 

あまり大きくはない店内を、時間をかけてゆっくりと見て、聴いて回る。クラリッサのおすすめや、有名どころにマイナーでも名曲といわれるものまで。その全てに、今のデータにはない温かみというものを感じることができた。

 

一通り見て回ったところで、クラリッサの足が止まり、ある一点に視線が釘付けになっていた。見れば、そこにあったのはゲーテの詩にシューベルトが曲をつけた名作、『魔王』だった。

 

それを見ながら、クラリッサがドイツ語で口ずさむ。

 

 

「私はあなたを愛している

Ich liebe dich

 

あなたに魅了されたのだ

mich reizt deine schöne Gestalt

 

されどあなたが望まぬというのなら、私は力を揮おう」

Und bist du nicht willig, so brauch ich Gewalt

 

「……?それは、『魔王』の詩か?」

 

「はい、作中での魔王のセリフです。私この部分が大好きなんですよ。特に、力付くで連れて行くという部分。変わってるってよく言われます」

 

「ふぅん。俺は『魔王』自体よく知らないんだが」

 

「簡単に言っちゃうと、ある子供を気に入った魔王がその子を連れ去ろうとする話ですよ。最初は甘く囁くんですが、子供が拒むので最後は力付くで連れて行くんです」

 

「そこらの喜劇とは違うわけだ」

 

「ぜんっぜん違いますよ」

 

 

クラリッサはむきになって『魔王』の説明をしてくる。相当な熱の入りようだ。それだけ、この作品が好きなのだろう。

 

 

「私が初めてこの詩を知ったときは、それはもちろんこの部分を好きではなかったですよ。でも、成長していくにつれ、力というものの本質を知って少しずつ認識は変わってきたんです。顕著だったのは、白騎士事件の時ですね。あの時から、私の力というものに対する認識は百八十度ひっくり返りました」

 

「力、か……」

 

「ええ。白騎士事件で、かの白騎士はその圧倒的な力でもって立ち向かった兵器をすべて撃退。しかも死者を出さず、無力化するだけでです。正直、感動すらしました。強大な力っていうのは、誰かを傷つけないこともできるのだと」

 

「強大な力は、結局ただの暴力だぞ」

 

「そうですね。でも、それで誰かが救われることだってある。だから私は軍人になったんです。誰かを救える力になるために」

 

 

この詩は、いわば反面教師のようなものです。そう言って、クラリッサは照れくさそうに笑った。弾は強大な力、つまり暴力が誰かを救うなんて考えたこともなかった。正直な話、クラリッサの脳を疑ったほどである。

 

だから、店を出たところで言った。

 

暴力は所詮暴力だ。おまえの理想を笑う気はないが、誰も救えなかった時お前はどうするんだ、と。

 

弾の言葉を聞いて、彼女は少しも迷わずに即答した。

 

 

「覚悟はとうにできている

Ich habe bereits entschieden

 

己の道を行け」

Geh deinen Weg

 

「……誰の言葉だ?」

 

「私のです」

 

 

えへんと胸を張るクラリッサを見て、弾は呆気にとられたものだ。目を見開き、口をぽかんとあけたその姿はさぞ滑稽だったろう。現に、クラリッサは爆笑していた。

 

 

「私の力の揮う先は、私が決めるんです。それが何を成すのかも、全部私次第。だから、救えなかった時のことは考えません。絶対に救うんですから」

 

「……答えになってないな」

 

 

それでも、クラリッサの答えは新鮮だった。とりわけ、惰性で超常的な力を振りまき続けた弾には考えもつかなかったことである。

 

黙る弾を不審に感じたのだろう。クラリッサが恐る恐るといった様子で顔を覗き込んできた。

 

 

「だめですか?」

 

「いや、十分だ。参考になった」

 

「そうですか。よかった」

 

 

ふっと安堵のため息をつくクラリッサの横を、一台の車が通り過ぎた。黒塗りの、どこにでもありそうな車だが中から感じる気配は弾のよく知っている奴のものだ。

 

 

「一夏か?なんで車になんか乗ってるんだ……?」

 

「イチカ……?」

 

「ああ、いや。なんでもない忘れてくれ」

 

 

首をかしげるクラリッサに、どうでもいいことだと伝える。しばらく疑問が尾を引いていたようだが、そのうちに戻った。

 

そこからしばらく、二人で街を歩いた。目的もなくただ街を徘徊していただけで、昨日弾がしていた行動と変わりはない。それなのに、二人いるというだけで街は見えなかった色彩を浮かび上がらせ、飽きを感じさせない。

 

 

「そろそろ、時間ですね」

 

 

クラリッサが言い、時計を見れば確かに時間だった。広場の中心にある噴水が、定時になったのを察して勢いを強める。クラリッサともここでお別れだ。おそらく、もう会うことはないだろう。素直に、名残惜しいと感じた。

 

礼と別れの言葉を言って、弾はクラリッサに背を向け歩き出す。だが、一歩踏み出したところで後ろに引っ張られた。振り返れば、クラリッサが弾の服の裾を掴んで俯いていた。

 

 

「どうした?」

 

 

尋ねても、返答はない。何を言っていいのかもわからず、弾も黙り込んだ。しばらくして、俯いていたクラリッサが意を固めたように顔を上げた。

 

 

「一つ、約束してほしいんです」

 

「約束?」

 

「はい、約束です。いいですか?」

 

 

内容による、と言いかけたのをすんでで飲み込んだ。せっかくなのだ。大見得を切っても罰は当たらないだろう。

 

 

「おう、いいぜ。何でも言えよ」

 

「そ、そうですか。では……また、私と会ってくれますか?」

 

「なんだ、そんなことかよ。もちろんいいぜ。約束だ」

 

「はい!約束ですよ!」

 

 

まるで太陽のような笑顔を浮かべたクラリッサと約束を交わし、弾は再び歩き出した。

 

誰かを救う力。力の成すことは自分次第。

 

クラリッサから学んだ力のあり方。今まで惰性でなんとなく振りかざしていた自身の力と、真摯に向き合ってみるのもいいかもしれない。そんなことを考えながら、弾はクラリッサと別れたのだった。

 

 

 

>>5

 

 

 

少しずつ小さくなっていく弾の背を見つめながら、クラリッサは不思議な充足感を得ていた。五反田弾という不思議な男性。訊けば未だ十三才というのだから少年という呼称が妥当だが、しかし彼にそれは合わない。

 

巨大で雄大で、心から安らげる雰囲気。まるで大樹のような人だった。

 

そんな彼だからこそ、今まで誰にも語ることのなかった自分の夢を吐露したのかもしれない。照れはあったが、不快ではなかった。

 

 

「さて、私も決勝戦を見に行きますか」

 

 

気持ちを切り替えるようにそう言ったところで、懐で携帯電話が鳴った。ディスプレイを見れば、表示されていたのは軍の上司。休暇中なのに、と愚痴を吐いてみるが無視するわけにもいかないので電話に出る。

 

 

「どうしたのですか?私は今休暇中で……え?織斑千冬の弟が行方不明?」

 

 

上司から伝えられたのはかの『世界最強』織斑千冬の実弟、織斑一夏が行方不明であり何者かに拉致された可能性がある、ひいては現地にいるクラリッサに手伝ってもらいたいということだった。

 

そこで、ふと思い出す。たしか弾は、友人の姉がモンド・グロッソに出ると言っていた。弾は日本人なのだから、当然その友人も日本人だろう。そして大会に出ている日本人はたったの数名。さらに、さきほど通り過ぎた車を見て弾の言った「イチカ」という言葉。

 

クラリッサの中で、それらが一つに纏まっていく。

 

 

「私に心当たりがあります――」

 

 

誰かを救うという自分の正義を貫くため、クラリッサ・ハルフォーフは事件解決に動き出した。

 

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