今回も相変わらず場面転換が多いですね。しかも、分かりにく過ぎる最後。
そのうち加筆修正すると思います。
週末、五反田弾は久しぶりに帰ってきた自宅で、タンスを漁っていた。
臨海学校の為に海へ行くのだが、寮には必要最低限のものしかなく水着も置いていなかったので、こうして取りに来たという訳だ。
どうも一夏達は新しい水着を買ったらしいが、弾は去年まで使っていた黒のトランクスタイプで十分である。新しくする意味はない。
しばらく物色していると、目当てのものを見つける事ができた。サイズがあっているかどうかだけ確認して、水着をバッグの中に乱雑に突っ込んでおく。
他に持って行くものは有ったかと一人弾が唸っていると、ノックの音のあとに蘭が入ってきた。
「相変わらず殺風景な部屋だね。というか、前よりも片付いてない?」
「そうか?」
入ってくるなり部屋のダメだしをしてくる蘭の言葉に、弾は首をかしげた。
部屋にはベッドと、すかすかの本棚が一つ。机には時計が置いてあるだけである。
なるほど、確かに殺風景だ。
「いや、もう片付いてるとかじゃなくて、人が住んでないみたい」
「おいおい……」
「あっ、他のものは寮に有るのか。こんな時ぐらいしか帰ってこないもんね、お兄は」
一人納得し、うんうんと頷いている蘭は一旦置いておき、弾は苦笑しながら臨海学校のしおりを見て持ち物を確認する。
着替えと水着、生活用品に筆記用具と教科書を持てばいいだけだ。荷造りは簡単に終わった。
「お兄はこれから臨海学校だっけ?いいなぁ、海」
「これからお前もいくだろう」
「そういうことじゃないの!まったくこれだから……」
じゃあ、どういうことだよ、とは突っ込まない。行ってない者からすれば、羨望の対象になるのは知っている。
弾は口を尖らせる妹をなだめ、荷物を持って立ち上がった。そろそろ学園に行かないと、寮の門限に間に合わない。
部屋をでる前に、弾は一度だけ立ち止まった。
「……蘭」
「ん?なに?」
無垢な顔で聞き返してくる蘭に、弾は優しく微笑んで言った。
らしくないが、たまには兄貴風を吹かせたって罰は当たらないだろう。
「じゃあな。元気にしろよ」
「……うん、じゃあね」
少しの間をおいて、蘭は答えた。
弾には、うつむいた蘭の表情を知ることはできない。
けれど、その声はどこか掠れて聞こえた気がした。
>>1
「海だぁぁぁぁ!」
窓から見えた光景に興奮し、バスの中では祭りのような騒ぎが起こっていた。何人かの生徒が教師の注意を受けるが、着いた火を鎮めることはできてきいない。そのうち教師も無駄だと悟ったのか、生徒達の興奮を遮る防波堤は無くなった。
「すごく騒がしいですわね」
「そういうお前も楽しそうではないか、セシリア」
「あら、箒さんも随分期待されているようですが?」
「な、なっ!違うぞ、私は!ええい違うったら違うのだ!」
箒とセシリアもなんだかんだで騒いでいるし、海は人を開放的な気分にさせるというのは本当のようだ、とひとり考察する弾は窓際の席でぼけっと海を眺めていた。悲しいかな、超人的な身体能力を誇る弾には海での遊びがことごとくつまらないものとなってしまい、楽しみを感じることはできないのだ。
「そろそろ旅館に着くぞ。降りる用意をしておけよ」
千冬の言葉に、生徒たちは声を合わせて「はーい!」と答えた。相変わらずイベントにおいてのこのクラスの団結力はすさまじいものがある。
数分も経てば旅館に着いた。女将さんに頭を下げ、各々割り当てられた部屋に荷物を置きに行く。その後はもう自由。今日一日は講義も何もなく、完全フリーだ。
それはまあともかくとして、弾は千冬を呼び止めた。
「千冬さん、男子の部屋割りが書いてなかったんだけど?」
「あ、それ俺も思った」
ひょっこりと一夏が現れる。いつもの取り巻きは各自の部屋に行ったようだ。
「ああ、書いておくと夜這いに来る女子がいるかもしれんからな。織斑は私と同じ部屋だ。これで夜中に来るバカはいなくなるだろう」
「ちふ……織斑先生となら、そりゃまあ確かに来ないかな」
苦笑した一夏が臨海学校のしおりで千冬に叩かれているのはどうでもいい話。
気になるのは弾である。
「で、俺は?」
「五反田は私たちの隣だ。喜べ、一人だぞ」
「弾は一人部屋かよ。というか、男子をまとめれば良かったんじゃ……」
再度一夏の頭にしおりが振ってきた。どうもそこは言ってはならないところだったらしい。いつもの様子を見ているとわからないが、千冬はなかなかどうして重度のブラコンなのだ。
「いいじゃねぇか、たった二人の家族なんだ。学園じゃそんなに話さねぇんだろ。たまには姉弟水入らずってのも悪くないさ」
いつもの意地の悪い笑みを浮かべて、弾は一夏の背を軽く叩いた。軽くだったつもりだが、案外力が込められてしまったらしく一夏が呻いた。それを見て弾はもう一度笑い、荷物を取って自分の部屋へ行く。
とりあえず部屋に入った弾は荷物を放り投げ、今日一日どうしようかと悩んだ。
「まっ、無難に海へ行くか」
放りだした荷物からちらりと見えた水着を見て、弾は即決する。せっかく海に来たのだ。楽しめるかどうかは抜きにして、行かなければ損だろう。
そうと決まれば行動は早い。すぐに海へ行く用意をして部屋を出た。
「あれ、弾じゃない」
「ん?鈴か」
部屋を出たところで弾はばったりと鈴と出会った。荷物を見る限り、まだ部屋にもいっていないようだ。
「どうした?」
「いや……迷ったわ」
「ああ、おまえ方向音痴でもないのによく迷うよな」
「こう……勘に任せたら迷うのよね」
「意味のねぇ勘だなオイ」
正論である。
「とりあえず弾、あんた地図持ってないの?」
「持ってない」
「……はあ、仕方ない。一度ロビーに戻ることにするわ」
「そうしとけ」
だるそうに荷物を抱えなおして、鈴が来た道を引き返していく。ちらりと見えた水着で、鈴が海水浴を楽しみにしていることが分かったが、残念なことにまだまだ時間がかかりそうだ。
だが、鈴には悪いが、そんなことはどうでもいい。とにもかくにも、海である。
弾は淀みない足取りで専用の更衣室に行き、水着に着替え、夏の暑さが照りつける浜辺へと足を踏み入れた。
青く美しい海は焼けた砂浜を行っては帰り、水平線の先には大きな雲が浮かんでいる。
ウミネコの声に交じる少女たちの声が波の音に巻き込まれ、いつもなら騒音のようなそれはこの時ばかりは雰囲気にマッチしていて、なんだかとても美しかった。
弾は顎に手を当て、大胆な水着で青春を謳歌している少女たちを見る。
「……ふむ、いいな」
ぽつりと呟いた弾の背中では、夏の日差しを受けてファイアパターンの刺青が赤く輝いていた。
>>2
「おう、弾」
「一夏か」
しばらく弾が足にサンダルをひっかけながらぶらぶらしていると、一夏が律儀に準備運動をしているところに出くわした。
ふむ、と一呼吸置き、弾は思ったことを口にする。
「一夏、おまえ水着買いに行ったんじゃねぇのか?」
「いや、行ったけどさ」
「トランクスタイプはまあいいとして、なんで紺なんだよ。冒険しろよ」
「去年の使ってるおまえにだけは言われたくないな!」
やれやれ、と弾は首を振った。わざわざ買いに行ったのだから、少しぐらいの勇気を出しても罰は当たらないというのに。
「じゃあ、どんなのが良いんだよ」
「スパンコールとか?」
「女子じゃあるまいし……鳥が寄って来なさそうではあるが」
「あとは褌か?」
「そんなん履いてたら、人が寄って来ないだろうが!」
まさしくその通りだった。学校行事の臨海学校に褌を持っていくようなやつとはお近づきになりたくない。
でも漢らしいよなアレ、と弾。
それはわかる、と一夏。
「なーに馬鹿なことを話し合ってんのよ、アンタらは!」
褌の持つ浪漫に頷きあっている男二人のもとへ、軽快に砂を蹴る音と呆れ声が飛んできた。
オレンジ色のタンキニを着た鈴がひょいっと一夏の上に乗り、けらけらと笑う。それを見ていた他の生徒が、きゃいきゃいと黄色い声を上げた。どうも一夏の行うサービスだと捉えたようだ。
「り、鈴、降りろ!まずいことになる!」
「たく、仕方ないわねぇ……」
焦る一夏を見て、さすがに状況が悪いと察した鈴は口を尖らせ名残惜しそうに地面に降りた。一夏が必死に女子生徒たちに弁明しているのを見て、さらに不機嫌になる。
「勘弁してくれよ……」
一夏が事情を説明して解放されるまで、数分を要した。まだ来たばかりだというのに、一夏は早くもグロッキーだ。
予期していなかった精神的疲労にうなだれる一夏の背中を、鈴は元気づけるように軽く叩く。
「しっかりしなさいよ一夏」
「誰のせいだと思ってるんだ?」
「アタシじゃないことは確かね」
「おまえしかいねぇよ!」
一夏が叫ぶと、鈴は露骨に目を逸らし口笛を吹き始めた。自分の都合が悪いことは認知しないらしい。とはいえ、一夏も伊達に幼馴染みをやっていない。鈴のおふざけだということはわかっている。
「まったく、仕方ないな……」
「そうそう、過ぎたことは気にしない気にしない!」
「一夏よぉ、おまえ基本的にどっか甘いよな」
「言わないでくれ弾。俺も薄々感じてた」
あっはっは、と豪快に笑う鈴を見て、一夏はもう一度うなだれた。
「何呆けてんのよ一夏!せっかく海に来たんだから泳ぐわよ!」
「あ、こらっ!ちゃんと準備運動しろよ!」
「いまどき準備運動なんて小学生でもしないわよ!」
「ばか、それでなにかあったらどうするんだよ?」
「あーもう!いい?競争だかんね!負けた方はパフェ奢り!」
「なっ、ずるいぞ!」
言い終えるが早いか、鈴が海に飛び込んでいく。一夏が慌てて追いかけるように駆けだした。おそらく、一夏が負けた場合に奢らせられるのは巷で有名な『@なんとか』とかいう店のパフェだ。おいしいのだが、いかんせん値段が張るので、一夏も必死にならざるを得ない。
「元気だねぇ」
自分には関係ないので、弾は一人砂浜に残って高みの見物だ。二人の賭け事の立会人になるのは、いつものことである。
だが、今回は少しばかり様子が違った。
「鈴っ!」
一夏の焦ったような、切羽詰まった雰囲気をはらむ声が耳をついた。
見れば、鈴が手足をばたつかせてもがいている。どうやら溺れているようだ。それを、一夏が勇敢にも救助に向かっている。だが、弾は一夏のその行動の危険さを理解して舌打ちをした。
素人が何の用意もなしに救助に行くことが、どれだけ危険なことか。
溺れている人間は、大抵パニックに陥っている。その状態では何かにつかまろうとするのが普通であり、救助者は要救助者が求める掴まれるものに相当するのだ。
それならばいいのではないかとも思うが、それは違う。
要救助者は必死になって対象にしがみつこうとするのである。ただでさえ身動きのとりづらい水中だ。しがみつかれた救助者ともどもに溺れてしまう、ということは十分にあり得るのだ。
歴戦のライフセーバーであっても「道具を持たずに救助に行くことはない」というほどである。案の定、正面から助けに行った一夏に鈴がしがみつこうとし、状況は好転するどころかむしろ悪くなっている。
「一夏ッ!鈴ッ!」
叫び、弾は浜を蹴って一気に加速。海水面を滑るように跳び、一夏と鈴を引き上げる。
「一夏ァ!聞こえてるんなら、しっかり鈴抱きしめとけよォッ!」
「ぐへぇっ!?」
ボスン、という間の抜けた音とともに、一夏が背中から砂浜に落っこちた。それでも鈴を抱いて守っているあたりは褒められるべきだろう。
「けほっ、うぅ……くるしい」
「ああ、鈴。大丈夫か?大丈夫なら俺の上から退いてくれ。熱いし痛い、それに重」
「えいっ」
「ぐはぁっ!?」
上に乗っかっている鈴から容赦のない踏み付けを受けて、一夏は焼けた砂浜の上で転げまわった。思いのほかいいのが決まったようだ。
そこへ、一夏と鈴を放り投げた張本人である弾が海から上がってきた。
「二人とも怪我ねぇか?」
「あたしは大丈夫だけど」
「鈴に蹴られたところがやばいんだけど」
「大丈夫そうだな。よかったよかった」
「あからさまに無視しないで!?」
バカヤローと叫んで、一夏は砂浜を叩いた。
「あっつ!砂アッツい!」
砂浜が熱いのは当然である。
「いや、でも無事でよかった」
「迷惑かけたわね、弾……」
「いいってことよ」
「ホント、アンタにはかなわないわ……」
めずらしく鈴がしおれて小さくなっているので、弾は気にすんなと背中を叩いた。らしくない、笑顔を見せろと鈴を励ます。
それでもなかなかいつもの調子を取り戻さないので、いまだに砂浜の暑さに悶絶する一夏を蹴りおこし、強引に引っ付けてやる。
「ちょっ!?だ、弾!なにして!?」
「さあな?何の事だか」
わけもわからず首をかしげる一夏を置いて、弾は鈴に意地悪そうに笑った。まったく、もう……などと呟きながらも鈴は満更でもなさそうな顔をしているので、もう大丈夫であろう。
しかし、一夏とくっつけただけで直るとは、素直にすごいと褒めればいいのか。
「あ、いたいた!」
「ん?ああ、シャルじゃないか。どうしたんだ?」
声に反応して振り向けば、黄色い水着を着たシャルロットと、そしてタオルを全身に巻きつけたタオルの化身ともいうべき何かがいた。
シャルロットがそのタオルのお化けに「ほら、ラウラ。タオルとって」と言っているので、中にいるのはラウラなのだろうが、いかんせん一夏と鈴はタオルの圧倒的な存在感に気圧されていた。
端的に言って、ドン引きである。
「もう、ラウラがそのままなんだったら、ボクも一夏と遊びに行こうかな」
「な、なに?」
「うん、そうしよ。一夏、鈴行こっ!」
「ま、待て!私も行くぞ」
「その恰好で?」
「うっ……わ、分かった。脱げばいいんだろう脱げば!笑いたければ笑うがいい……」
自暴自棄といった風に、ラウラがタオルを取った。後ろでにっこりと笑っているシャルのことは、とりあえず触れないでおこう。
ばっと勢いよくタオルを脱ぎ捨て去ったラウラの肢体を包んでいたのは、大人の下着といってもそれほど間違っていないだろう黒の、レースをふんだんにあしらった布面積が非常に少ない水着。
「に、似合わんだろう……?」
顔を赤くしたラウラは体を小さくしながら、一夏を見る。その身長さの為に一夏から見ればラウラは上目づかいであり、それもいつもの冷水と呼ばれるものではなく花も恥じらう乙女といった態度なわけで、それは高い破壊力をたたき出すわけであるが、悲しいかなそれを気付きもせずに受け流すのが一夏であった。
しかも、強烈なカウンターを自然に出してくる。
「いや、よく似合ってるぞ?うん、可愛い」
「なっ!?か、可愛いだと……」
一夏の言葉に、ラウラはさらに顔を赤くして落ち着かなさそうに両手をいじりだす。その前で不機嫌になった鈴に蹴られている一夏を見て、弾は爆笑していた。
と、そこへ一年一組のメンバーがビーチバレー用の道具を持ってきた。
「ねぇねぇ。織斑くーん!」
「ビーチバレーやろうよぉ!」
「それ、パース!」
ぺしんと叩かれたボールが一夏の手に収まる。
「ビーチバレーか。いいけど、メンバーどうする?」
「俺は抜けるよ」
弾は早々にやらない意を示す。どうせそうなるのである。ならば、さっさと自分から抜けておくのが吉だ。
「いいのか、弾?」
「俺が入ると勝ち負けが決まっちまうからな。なあ?」
意地の悪い笑みを浮かべながら、弾は女子生徒の一人に同意を求めた。
「ああ、うんまあ、五反田さんがいるとちょっと……」
案の定、言い辛そうにではあるが肯定が返ってきたので、それみたことかと笑ってやる。一夏も苦笑し、じゃあと言って弾を誘うのを諦めた。
その後、ラウラがポンコツと化していたので必然的にメンバーが一夏と鈴とシャルに決まったようだ。
皆が楽しそうにしているのを見届けて、弾は一人旅館に昼食を食べに戻った。
>>3
少し変な話をしよう。
あるところに世界から、そして同種からも理解されない存在があった。それは存在自体が本来あるべき枠組みを超越してしまったからだ。
種がはこびる世界を、一新するだけの大きな力。あるいは能力。
いつしか同族であったはずのその種からも追われるようになり、ふらりふらりと一人で世界をめぐるのだ。
「面白い話だろ?」
「なるほどねぇ、興味を惹かれるよ」
深夜、生徒のほとんどが寝静まった頃に、弾は旅館を抜け出して波打ち際に立っていた。その背後からは間延びした、人をからかっているような声。
不思議の国からでも抜け出してきたような衣装に、頭から天に伸びる白い耳。
月下に兎。
「おまえが篠ノ之束か」
「そうでぇす。ハロハロ」
小さな手のひらを握ったり開いたり交互にしながら、束は笑みを浮かべた。新しい友達ができたかのような、無垢な笑顔である。弾のことを同類とでも思ったのだろうか。
そして、すぐに束はじろじろと弾を観察してきた。時折、わざとらしく声を出してうんうんと頷いている。
「ふーん、へぇ、ほぉほぉ……えへへ、わかんないや」
弾のつま先から頭頂部までゆっくりじっくりと見ておきながらも、束はダメだこりゃと言って観察を放棄した。それでも豪快に笑っている辺り、束も頭のねじがいくらか外れているのであろう。
間違うことなく、変人である。
「さてっと。さっきの話の続きをしてくれないかなぁ。その『天災』のような存在がどうなったのか、束さんはとっても気になるよ」
「別になんてことはないさ。ちっぽけな世界に退屈していたそいつは、おそらく宇宙を目指したんだろう。だからそのためのツールを作った」
そうだろ?と、弾は口角を釣り上げて言った。
返事はない。けれど続ける。
「けれど、矮小な世界にばらまかれたそのツールは、本来の用途を外れ兵器になってしまった。そいつのように世界の外を見るものは存在せず、決められた枠組みで生きることを是としている」
「……そうだね。ISを発表してから数年が経っても、人間は進化しようとしない。救えないバカばっかり」
「救えないバカどもと違って、アンタは救いを求めたんだろ?進化の歩みを止めた人類を昇華させ、同類を作りたかったんだろう?」
「……そう、だね。そう、だから君に会いに来た。私は仲間が欲しかった。同類が欲しかった。停滞を良しとする馬鹿どもとは違う、進化していける人間を。
君にだってわかるでしょう?人類の枠を超えた君なら、同じ気持ちのはずだよ」
束の言葉を受け、しかし弾は笑った。自分の本音を笑われて、束は露骨に顔を歪ませ弾に食って掛かった。おそらく初めて口にしたであろう、束の根幹ともいえる部分を笑われたのだから当然である。
だがそれすらも、弾にとっては可笑しなことだった。
「一緒にするなよ。俺とおまえは違うんだ。確かに似ているが、俺とおまえは絶対的に違っている。
それにな、おまえはそもそも一人じゃないだろうが」
「え……?」
「ただ一人世界を飛び回ることになったそいつにも、ちゃんと家族はいるし、友人の一人や二人はいるだろうがよ」
篠ノ之箒という最愛の妹が。
織斑千冬という大切な友人が。
その弟の織斑一夏が。
確かに、存在しているだ。
「忘れてやるな、おまえの宝物だろう」
「ああ、あぁ……」
目を見開き絶句している束が、膝を折った。目じりに大粒の涙を浮かべ、月を仰ぐ。
弾はもはや役目は終わったと言わんばかりに、束の横を通りぬけて旅館へと帰って行った。
そうして夜の浜辺に一人になって、束の思いは決壊した。あふれ出る熱さが大粒の涙となって頬を伝い、やがて海に巻き込まれていく。
束がそうしていたのは、実際のところ一分もなかった。けれどその短い間に束は、彼女なりの、彼女だけの答えを見出し立ち上がった。
目的は達成された。それも、とびっきりの成果を出して。ならばならばここにいる必要はない。今日のことを受けて、明日の計画の必要性が跳ね上がった。直ちに取りかからねばならない。
立ち去る前に、束は弾の帰っていった方向へ目を向けた。
「……なるほど、私と君は確かに違う。君の本質が『それ』ならば、世界のどこにも、あるいは宇宙の彼方を見渡したってないだろうね」
故に。
「君に、■■はないのか」
この世界において確実に何かが変わったその時に、束の姿は暗闇に消えた。