Scribed a bullet hole   作:byとろ

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Sanctus

五反田弾の意識が浮上する。

 

気づけば、天空。空の上、もう少しで雲にすら届きそうなその場所とも言えぬ所に、弾はたっていた。

 

眼下に建ち並ぶ高層建築物や道路に停まる車。見慣れた、普通の街並み。

 

その全てが灰色に固まったままで、人の影すら見せない。

 

いや、人影ならあった。弾の目の前に。

 

豪奢な黒いドレスを来た、真紅の髪を持つ美女がいた。

 

 

「意味わかんねーぞ、おい……」

 

 

おそらくここに来る前に付けた端子が原因であるので、その作成者である束に毒づく。

 

沈黙。

 

目の前にいる美女はただ目を閉じ、よくできた彫刻なのではないかと疑わせる程に動かない。

 

 

『同期完了』

 

 

そんな美女の声が聞こえたのは、それからしばらくしてだった。突然のことに狼狽する弾の前で、ゆっくりとまぶたが開いていく。

 

その瞳は、綺麗な朱。

 

 

「邂逅。はじめまして、と言った方がいいでしょうね。マイ・ロード」

 

 

美しい、まるで唄っているような声で、美女は弾のことを『我が君(マイ・ロード)』と呼んだ。

 

そして、悟る。

 

 

「おまえ、『ブラッディ・ロード』か……?」

 

「肯定。そのとおり、私は貴方のISです」

 

 

さすがの弾もこれには絶句させられた。まさか普段ぞんざいに扱っていた道具が、こんな凛とした美人になると誰が想像しただろうか。

 

乾いた笑いすらもでて来ない。おそらく生まれて初めて、弾は頬を引きつらせていた。

 

 

「くそったれ……ますます意味がわかんねぇ。わかんねぇが、とりあえず、ここはどこだ?」

 

「回答。ここは貴方と私の意識を同調させ、『会話』させるための精神世界」

 

「精神世界だと?」

 

「肯定。貴方の心中を元に、構成された世界です。つまり、ここは貴方の心そのもの」

 

「俺の、心……」

 

 

もう一度、弾は周囲を見渡した。なんてことは無い、海に面した普通の街並みだ。遠くには水平線が見え、そして地平線も同様に。

 

平凡といえば平凡だ。総てが灰を被り、色褪せている。

 

これが『魔人』と呼ばれた弾の心中の風景だとは、なんというか、弾自身興醒めである。

 

 

「俺のことだから、もっと傲慢なモンだと思っていたが……」

 

「驚愕。これが傲慢でないと?まったく、貴方はもはや暴君を通り越していますね」

 

「は?」

 

 

言われたことの意味がわからず、弾は怪訝な声をあげた。ただの町の風景のどこに傲慢さがあるというのだろうか。

 

 

「回答。遥か高みから下界を見下ろし、その果てまでもが自らの手の上。それのどこが傲慢でないと?」

 

「ああ、そういうことね……」

 

 

なるほどそう考えれば確かに傲慢だ。なにせ世界そのものを跪かせているに等しいのだから。

 

だからといって弾の何かが変わるものではない。世界が自分より下にあるなど、とうの昔に知っている。

 

ただ、少し物悲しくなった。

 

 

「それで?」

 

「疑問。それで、とはなんでしょうか」

 

「いや、せっかく話す機会ができたんだから、なにか話題ねぇの?」

 

「否定。話題など、こうして貴方と合間見えることができただけで御の字なのです。それ以上は望むべくもありません、が。貴方が求めているというのなら、一つ答えていただきたい」

 

「ん、おう。いいぜ、なんでもきけよ」

 

「感謝。それでは、あなたにとって私とはどういう存在なのですか?」

 

 

弾にとって『ブラッディ・ロード』とはどういう存在か。またずいぶんと哲学的な質問が飛んできたものだ。腐っても機械だろうに。

 

そして、何かを期待しているのなら裏切られることになる。なぜならば、弾にとって『ブラッディ・ロード』とはただの道具であり、言ってみれば玩具である。

 

玩具に玩具以上の特別な感情を抱くか? そんなわけはない。

 

結局、弾にとってはその程度の存在である。あるいは、この傲慢な思考こそがこの孤独な世界を確立させているのかもしれないが。

 

故に、どういう存在かと問われれば答えることは一つ。

 

 

「……別に、何も。おまえはただそこにあるだけだろう」

 

「……ッ」

 

 

弾の答えを聞き、黒衣の美女は苦痛から耐えるように唇をかんだ。

 

その仕草に弾は違和感を覚える。今まで動きのなかった『ブラッディ・ロード』に動作が生まれているのだ。いや、動作だけではない。表情や口調にも変化が生じている。

 

機械的なそれらより、より人間らしく。

 

進化、あるいは成長している。

 

 

「……私では、だめなのでしょうか?」

 

「はあ? ダメって何の話だよ」

 

「貴方を守るどころか、力を出す妨げになるような枷は貴方と共にあることすら許されないのですか!?」

 

 

豪奢なドレスを握りしめ、顔を俯けてしまった『ブラッディ・ロード』は泣くのを堪えているようだった。

 

弾にとって、ISとは枷でしかない。弾の全力駆動には、いくらISだろうとも耐えきれないのだ。生まれてこの方全力など発揮する場所も機会もなかった弾だが、その圧倒的なセンスと超能力じみた第六感からそうなるだろうことはわかる。

 

弾の一部として存在していた『ブラッディ・ロード』がそれを理解していたとしてもまだ納得できるが、許されるとか許されないというのは流石に話が飛躍しすぎだろう。

 

 

「話が飛び過ぎだ……いったん落ち着け」

 

「貴方は何も思っていなかった。つまりそれは、いてもいなくても同じ――いえ、不具合がある分だけ私は不要な存在ということなのでしょう!?」

 

「おい、落ちつ――」

 

「落ち着け? 落ち着けってなんです? 私は貴方と一緒にいた。だから分かる! 貴方が何を望んでいるのかも、貴方がどういうモノであるかも。全部、全部わかっているんです……」

 

 

血盟の王の独白は続く。

 

 

「今、私と貴方の意識はリンクしています。それに伴い、あなたの記憶や思考がこちらに流出している」

 

「……俺は何も感じないぞ」

 

「それはそうでしょう。だって貴方は、私に何も感じていないのですから。貴方にとって私はちっぽけすぎて認識する必要すらないのですから」

 

「……」

 

「流出によって、私は貴方の総てを理解している。貴方の予測しているこれから起こるであろうことも、それによってどうなるかということも総て理解しています」

 

「……だから?」

 

「だから、私が要らないということも理解しているのですよ。今まで貴方が全力でなかったから保たれていた私の価値が全て消える。アレは貴方といえど全力でなければならない。そして私は、それに耐えることができない」

 

 

貴方を守ることができない、と『ブラッディ・ロード』はついに涙腺を決壊させ、大粒の涙を流し始めた。

 

アレが相手ならば、弾は全力を出せねばならない。これは確定事項だ。世界という意思が弾という異分子を認めずに排除するならばアレは最適。だが、弾もはいそうですかと除けられる理由はない。

 

そしてその来たるべき戦いに、血盟の王たる力は及ばない。従属を誓った主を守ることができない、ただ壊れていくだけの役立たずである。

 

しかし弾は、それを一笑に付した。

 

 

「馬鹿言え。何時誰が、守って欲しいなんて言ったよ。おまえは勝手に纏われて、自分のことだけ考えていればいいんだよ」

 

「そ、そんな……それこそ、私のいる意味がないじゃないですか!」

 

「たく、どいつもこいつも頭が堅ぇ……」

 

 

自分の思う通りにすればいいのだ。他人を気にしてどうするというのか。縮こまって閉じこもるつもりか? 冗談じゃない。

 

いつかだったか、傀儡を思わせる少女にも話したことがある。

 

 

「おまえの価値は俺が決める」

 

 

要らないかどうかは弾の決めることだ。価値は、存在がその存在自体につけるものではない。

 

殻に籠るなら破ればいい。引きずり出して立たせればいい。それでも歩けないのなら、ほんの少しだけ後押ししてやろう。

 

 

「おまえは俺と行きたいんだろう? なら、考えるな。黙って俺について来い」

 

「……ッはい、貴方と共に」

 

 

力強い返答と共に、モノクロームに染まった世界に罅が入っていく。時間切れ、ということだろう。繋いがれ一つになっていた意識が乖離を始める。

 

徐々に薄くなっていく視界の中は、ほんの少しだけ色づいたような気がした。

 

 

 

>>1

 

 

 

「……」

 

 

静寂に包まれた旅館の一室。箒の目の前で、箒を庇って撃墜された一夏はかれこれ三時間も目を覚まさない。

 

『銀の福音』との戦いの最中にリボンを失ったせいで、なすがままに垂れる黒髪が、まるで今の箒自身を表しているようであった。

 

自分のせいだ、と自分を責め続けても、一夏が目を覚ますことはない。けれどそれでも、自責の念を抱かずにはいられないのだ。

 

あの時。

 

一夏を乗せて箒は飛んだ。目標との接触は至極簡単に達成され、後は撃墜するのみだったはずだ。

 

明暗を分けたのは、その瞬間だろう。

 

近隣に発布されていた退去命令を無視した密漁船を箒は見捨て、一夏は助けようとした。

 

エネルギーが底をつき海へと落ちていく箒の視界にあったのは、迫る光弾とそれから身を挺して守ってくれる一夏の姿。

 

そんな時でも、一夏は笑っていた。だが、その笑顔も今は見ることができない。熱波に焼かれた彼はただ力なく横たわっている。

 

自律のために剣の道を志したはずだった。力に呑まれやすい己を正すために剣を振ってきたというのに。

 

これまでしっかりと塗り固めてきた枷は、ただの泥の塊であったのだ。

 

 

「私は、もう……」

 

 

ISには乗らない、と言おうとしたところで突然ドアが乱暴に開かれた。

 

 

「あぁあぁ、わっかりやすいわねぇアンタ」

 

 

失意にくれる箒へと不躾に飛んでくる言の刃。拳を握りしめうなだれる箒は、振り向かなくても誰か分かっていた。

 

こんなことを言うのは一人しかいない。

 

鈴である。

 

 

「アンタのせいで、とは言わないわよ。言っても仕方ないしね。ただ、それで立ち上がろうとしないのが気に食わない。やるべきことがあるでしょう」

 

「私は……もうISには……」

 

「ふざけんなッ!」

 

 

部屋が揺れたかと思うほどの一喝が響いた。そのまま箒は圧倒的に身長の低い鈴に胸ぐらをつかまれて部屋の隅に投げ飛ばされる。

 

 

「ぐぅ……ッ!」

 

「甘ったれるんじゃないわよッ! 自分でやるって言っておいて、失敗したから止めますなんて都合のいいこと夢想してんじゃねぇッ!」

 

「うぁ……」

 

「責任があんのよ、IS操縦者(あたしたち)にはッ! 果たすべき責任と、負うべき義務がある! 戦いを投げ出すなんて許されないのよぉッ!」

 

 

鈴の瞳が、箒の心を捉えた。まっすぐな闘志が、怒りに似た赤い感情がある。

 

それは火となり、くすぶっていた箒にすら火をつける。

 

 

「どうしろと言うんだ! もう敵の居所もわからない! 戦えるなら、私だって戦うッ!」 

 

 

それは偽らざる箒の本音だった。戦えるならば戦う。良くも悪くも箒の芯は真っ直ぐなのだ。

 

そしてその言葉こそが、鈴が箒から引き出したかった言葉である。

 

 

「心配はいらないわ。今ラウラが索敵を――」

 

「完了したぞ」

 

 

開け放たれたままになっていたドアから銀の兎が顔を出した。その隣にはシャルロットがいる。

 

 

「え? えっ?」

 

 

急な展開についてこれない箒を置いて、ラウラは結果を報告する。

 

 

「ここから三十キロメートル離れた沖合上空に目標を確認した。ステルスモードに入っていたが、どうも光学迷彩は持っていないようだな。衛星による目視で発見したぞ」

 

「さすがドイツ軍特殊部隊。やるわね」

 

「こんな特殊な状況でもなければ使えんがな」

 

「ボクの方のパッケージのインストールも完了してるよ」

 

 

鈴とラウラ、シャルロットは戦闘準備を着々と進めていく。

 

と、そこへまたもやドアから人が入ってくる。

 

セシリアと、一緒に連れられてきたのは弾だった。

 

 

「ちょっと聞いてくださいませんこと? 弾さんったらこの緊急時に浜で寝ていたんですのよ?」

 

「五反田さん……」

 

「うわ、ひどっ」

 

「悪かったって言ってんだろ。あんまいじめんな。泣くぞオラ」

 

 

やれやれと首を振って、弾はため息を一つついた。その体はいつもと変わらないが、纏う雰囲気は戦闘直前の触れれば爆発しそうなそれだ。

 

鈴がにやりと笑んで、いまだついてこれてない箒の方を向いた。

 

 

「ほら、いつまで呆けてんのよ。これから、仇討ちの始まりよ?」

 

「あ……」

 

 

その一言でようやく状況を察した箒は、いくばくかの逡巡の後ついに立ち上がる。

 

 

「それじゃあ、一夏の弔い合戦よ。気合入れていきなさい」

 

「……一夏は死んでないがな」

 

 

まあ、意気込みはそれということで。

 

ここに、(サムライ)が立つ。

 

 

 

>>2

 

 

 

『…………』

 

 

海上二百メートル。そこで静止していた『銀の福音』は、まるで胎児のようにうずくまっている。膝を抱くように丸めた体を守るように、頭部から伸びた翼が包む。

 

そんな『銀の福音』がピクリ、と反応した。

 

瞬時にブースターをふかし、上方へと飛んだ。

 

そのすぐ後に、いくらISであろうとも直撃すれば撃墜は免れない、ばかげた風の塊が過ぎ去っていく。それは『銀の福音』を超えて海に着弾し、轟音を上げ巨大な水柱を立てた。

 

拳圧である。それも、ハイパーセンサを使用しても確認できないほどの距離から放たれたもの。

 

さらに、二発。拳圧ではない、高威力を誇るものの逸脱してはいない普通の砲弾だ。だが、大雑把に放たれた拳圧とは違い、確実に当ててきている。つまりはこれこそが本命なのだ。

 

拳圧を回避した直後で硬直していた『銀の福音』は裂けることができずに被弾し、砲弾は着弾地点で爆発を引き起こした。

 

五キロ離れた地点より狙撃に成功したラウラの持っている、というよりは担いでいる二門の大型レールカノンの名は『パンツァー・リッター』。長い砲身と極端な重量、そして高火力が特徴の試験兵器である。

 

 

「着弾を確認! 一気にたたみかけるわよぉッ!」

 

 

その言葉と共に、『銀の福音』の上空から二機のISが舞い降りた。長大な斧と二振りの刀を持って顕現した戦乙女が、まさに舞うように怒涛の攻撃を繰り広げていく。

 

その空隙を縫うようにして青の閃光が奔る。

 

 

「申し訳ありませんが、今宵の舞踏会は最初からクライマックスですわ!」

 

 

ビットより放射状に撃たれた青い光が常識では考えられぬような起動で『銀の福音』に襲い掛かった。

 

当然、それを避けようとする『銀の福音』だが、回避のために移動した先ではすでにパイルバンカー『撃杭乙女(ピロティ―・ラ・ヴィエルジュ)』を構えているシャルロットが回り込んでいた。

 

 

「おおおおらァァァァァァッ!」

 

 

爆砕。

 

おそらく単発威力ならここにいる専用機持ち五人の中でも抜きんでている一撃が、一切の手加減なく『銀の福音』の腹へと叩き込まれた。破壊された装甲をまき散らしながら、大きく吹き飛んでいった『銀の福音』は、やがてゆっくりと落ちていく。

 

 

「うひゃあ、すっごいわね」

 

「ああ……確かにすごいが、確実に五反田の影響を受けてるな……」

 

「え、そうかなぁ? ボクとしてはそんなつもりなかったんだけど……そんなにだった?」

 

「ええ、確実に……で、その弾は?」

 

 

鈴が問うのと同時に、ラウラから通信が入ってくる。

 

 

『こちらラウラ・ボーデヴィッヒ。これよりそちらに合流する』

 

「ああ、ラウラ、丁度良かった。弾知らない?」

 

『五反田? あいつなら最初の一撃の後優雅に歩いて行ったぞ』

 

「海の上をか……とことん非常識ね。というか、ラウラアンタ声に棘があるわね?」

 

『……五反田は苦手だ』

 

 

拗ねたようにいうラウラは、どうやら転校早々の事件を根に持っているようだった。まあ、普通あんなことされればトラウマものなのだから、軽い症状だとも言えるだろう。

 

緊張が緩まったその時だった。

 

 

『……laa,la,lllllllluluggggiiiiiiッ!』

 

 

落ちていったはずの『銀の福音』が青い雷を纏って咆哮を上げる。

 

胎児のようにうずくまっている様子も合わさって、まるで産声のようであった。そしてそれは、間違っていないのだ。

 

 

「これは、まさか!?」

 

「『第二形態移行(セカンド・シフト)……!」

 

 

まるでさなぎから蝶になるようにゆっくりと形成されていったのは光の翼。それ自体が莫大なエネルギーの塊である銀の光翼。

 

それが、爆発した。

 

 

「くぅ……ッ!」

 

「キャアァァァ!」

 

 

四方八方に撃ちだされた無数のエネルギー弾に襲われ、鈴や箒たちは思いっきり吹き飛ばされた。あわてて体制を整え反撃に移ろうとするが、光翼より撃ちだされる弾幕がそれを許さない。

 

 

「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

 

そこに飛来したのは銀髪の兎。ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

『銀の福音』の不意をつきプラズマを纏った手刀で切りかかるが、さきほどまでとは比べ物にならない速さでもって躱され、逆に光弾を叩き付けられてしまう。

 

だが、それでも箒たちは動けるようになった。

 

 

「大丈夫、ラウラ!?」

 

「ああ、私は大丈夫だ……」

 

「やってくれるじゃない……!」

 

「覚悟しろ!」

 

 

鈴と箒が飛び出し、セシリアがそれを援護する。シャルロットとラウラは回り込んで『銀の福音』の移動を阻害し、隙をついて攻撃に移る。

 

『銀の福音』が第二波となる光弾を打ち出すが、それは突如発生した巨大な水柱にかき消された。

 

こんなことができるのは一人しかいない。笑い声のみが虚空を伝わって響いている。

 

 

「ハッハァ! おもしれぇことになってんじゃねぇか」

 

 

もちろん、弾である。三キロ離れた場所から、衝撃を任意の場所へと伝えて水柱を生み出したのである。

 

 

「俺はゆっくりいっからよぉ、気合入れてぶん殴っとけ」

 

「ああ!」

 

「任せなさい!」

 

 

弾の鼓舞を受け、少女たちは攻勢に出る。箒が切りかかり、鈴が時間差でさらに切る。セシリアが撹乱し、シャルロットとラウラが臨機応変に追い詰めていく。形勢はゆっくりとだが箒たちに傾いていた。

 

 

「奴を止めるわ! ラウラ!」

 

「任せろ!」

 

 

鈴とラウラが隙をついて『銀の福音』に対して仕掛ける。

 

『空礫・獄』

 

『パッシブ・イナーシャル・キャンセラー』

 

鈴は空間を固め、ラウラは慣性を止める。

 

氷河に閉じ込められたがごとく身動きの取れくなった『銀の福音』へ、とどめとばかりに全員が向かった。

 

しかし。

 

 

『ggggggggggggiiiigggigigigiggig]』

 

 

壊れたように金属同士が擦れるような不協和音を鳴らし続ける『銀の福音』が、強引に身体を縛る重圧を振りほどいた。技をかけた鈴とラウラまでもが攻撃に移らなければこうはならなかっただろうが、時すでに遅し。

 

全員が全員、光弾を至近距離で受けて吹き飛ばされた。

 

光弾は一つではない。無数の光弾が立て続けに直撃し、ついにISのエネルギーとシールドバリアが棄権域まで到達する。

 

満身創痍の箒を『銀の福音』が掴みあげる。

 

 

「うぁ……」

 

 

抵抗もできずに持ち上げられ、箒は呻くしかできなかった。視界のなかでゆっくりと広がっていく光翼が、あまりにも残酷で無慈悲だった。

 

翼がエネルギー弾として構成されていく。

 

 

「一夏……」

 

 

光弾が発射される直前につぶやいた人の名は、誰よりも愛しい人のもの。死を前に思い出すのは、今まで過ごしてきた幸せな日々だった。

 

ゆっくりと瞼を閉じながら、箒はもう一度呟いた。

 

 

「一夏……」

 

「おう」

 

 

名を呼べば、彼はいつも答えてくれた。今のように。

 

……今のように?

 

閉じかけた目を、強引に開いた。

 

目前に迫る光弾が、総て切り刻まれて消えていった。そして、箒を掴む『銀の福音』の腕を切り落とすように刃が通る。

 

『銀の福音』は予想だにしていなかった脅威に即座に反応、攻勢から一転。過剰とも言えるほどに距離を取った。

 

 

「ああ……」

 

 

抱きとめられた箒は泣きそうになるのをぐっとこらえ、あらんかぎりに叫んだ。視界いっぱいに移る、愛しいその人の名を。

 

 

「一夏ぁっ!」

 

「おう」

 

 

 

>>3

 

 

 

綺麗に澄んだ粒子を身に纏い、織斑一夏はそこにいた。

 

その姿はかつてとは違い、曲線を描く流麗なもの。分厚い鎧を思わせた装甲はスマートに、身体を沿う様に展開されている。背中についているブースターは、フィン状のビットがが幾重にも重なり翼のようで、一夏の身体を覆っている粒子はそこから発生していた。

 

『白式・六花』。それが『白式』が進化した姿である。

 

しかし、何より目を引く変化は手に持つ得物。

 

刀、といえばいいだろう。だが、違う。

 

柄がある。柄糸が巻かれていれば鍔もある。そこまでは普通の日本刀の造形をしているが、刃は違った。

 

長さと幅はいいが、その重厚さは刃とは呼べぬだろう。長方形の物体を柄にくっつけたと言われれば納得してしまえるほどに、それは重厚だった。

 

 

「一夏……本当に、一夏なんだな?」

 

「ああ、箒。俺が織斑一夏以外に見えるかよ」

 

 

格好つけたようにニヒルに笑いながら、一夏は周囲を見渡した。誰も彼も満身創痍と言った風体だが、一人も欠けてはいないことに安堵する。

 

 

「一夏、アンタ傷は大丈夫なの?」

 

「そうですわ。あれほどの怪我ですもの、無理はいけません!」

 

「大丈夫だって。心配するなよ」

 

 

もっともな問いに、一夏はやせ我慢などではなく本当に大丈夫だということを伝えるために、装甲を一部解いた。

 

そこにあったのは、至って健康な身体。熱波で焼けた肌も何もなく、正常なものだ。

 

 

「ホントに治ってるね……」

 

「信じられん。どういうことなんだ?」

 

 

シャルロットが感嘆の声を上げ、ラウラが首をひねった。

 

おそらくは、というかそんなものが有るかは知らないが、『白式』に自動修復機能でもついていたのだろう。そう納得しておく。

 

と、そこで下から声がかかった。いつのまに来たのか、弾である。

 

 

「よぉ、一夏。元気そうでなによりだ」

 

「おう、弾。いきなりで悪いんだが、あいつを俺にくれよ」

 

 

およそ数百メートルは離れている『銀の福音』に刀を向けながら、一夏は海水面に立つ弾に言った。

 

 

「もとよりそのつもりだ。今の主役はおまえだぜ」

 

 

勢いよく啖呵をきった一夏を嘲笑うこともなく、弾は全ての事情を知っているかの如くあっさりと身を引く。

 

それを確認して、一夏は『銀の福音』に向けている刀の切っ先を上に上げ、八双の構えをとった。

 

『銀の福音』は突如現れた敵に戸惑っているのかいないのか、身体を守るように光翼を展開し、一夏を観察している。一見無防備ではあるが、どんな状況でも攻撃に転じることのできる光翼が曲者だ。どうにかして全方位攻撃への対策をとらねば、近づくことすら困難。

 

だが、今の一夏にとっては関係ない。自身の誓ったものに賭けて、ただ斬り伏せるのみである。

 

何よりも速く駆け抜けて。

 

疾走の先にある斬撃を放つのだ。

 

 

「――」

 

 

呼吸の読み合いをするでもなく、一夏は動いた。本来であれば、それは愚策。全方位攻撃という防御に優れた機能を持つ『銀の福音』は、明らかに後の先をとるタイプである。それに真正面から突っ込むなど、馬鹿のすることだ。

 

だがしかし、この馬鹿は馬鹿であっても突き抜けた馬鹿である。故、思考は至極単純で短絡的なものとなる。

 

すなはち、動く前に斬る。

 

まさしく一瞬。粒子を散らしながら、反応する時間をも与えずに『銀の福音』の眼前へと躍り出た一夏は、その手に持つ無骨な得物を振り下ろした。

 

確かな手応えと共に『銀の福音』が下に落ちていくのを、一夏は追撃することもなく眺める。

 

余裕はあるのだろうが、決して慢心ではない。次の攻撃につなげるために集中しているのだ。

 

今度は切っ先を相手に、腰だめで構える。

 

 

『la、la……』

 

 

空中で態勢を整えた『銀の福音』は、光翼を膨大な数のエネルギー弾に変化、射出させ、普通では考えられぬような複雑な軌道でもって得意の中距離へと駆けた。

 

だが、無駄。

 

無数のエネルギー弾を縫うようにして、あるいは切り裂いて、瞬時に距離を詰めた一夏が突きを放つ。

 

水面に映る月を穿つような、静かで力強い一撃。

 

それを間一髪、上体をそらすことによって躱した『銀の福音』は、そのまま直接一夏にエネルギー弾をぶち当てようと光翼を広げ始めた。

 

 

『lie……laa』

 

「させるかよッ!」

 

 

迎え撃つのは一夏の青白く澄んだ粒子。時の変化によって色が流転していく、オーロラを思わせる光である。

 

まず、光翼が斬れた。

 

一夏が得物を振る度に、そこ以外の場所も斬れていく。剣に気を乗せて斬撃を飛ばしているわけでもない。だが、斬れる。

 

爆発的に空間を支配していくエネルギーの塊が、やがて澄んだ光の粒子を残して徐々に消えていった。

 

 

『kii……liee』

 

 

絶対的に不利を悟った『銀の福音』が距離をとろうとする。だが、一夏はそれを許さずに強引に体を掴んで引き寄せ、渾身の頭突きを見舞った。

 

ゴッ、と鈍い音を響かせて、『銀の福音』の態勢が崩れる。そこへ一閃。超速の閃きが首を狩らんと疾走した。

 

 

『iieegiiiilaaaaaa!』

 

「チッ……!」

 

 

『銀の福音』の怒号と共に、今にも喰いきられそうであった光翼が粒子を押し返し、逆に押しつぶそうとぶつかってくる。

 

銀の光翼と、夢幻の如き粒子が真っ向から衝突し合い、莫大なエネルギーを撒き散らしながら大爆発を起こした。

 

 

「ッくぅ……!」

 

「ちょっと、なにコレ……!?」

 

 

その爆発の衝撃は、戦闘で相当離れた箒達をも吹き飛ばさんとするほど。当然、爆心地直下の海水も吹きとばされ津波となる。

 

 

「えっ……?」

 

 

困惑の声は、誰のものだったか。

 

目の前で盛大に迫ってきた津波が斬れた。無数の斬線が海を分割し、そして鎮めていく。

 

 

「面白いだろう?」

 

 

銀と不可思議な光が晴れた中に、一夏は佇んでいた。新たに生成された粒子は、一夏が手に持つ刀を取り囲むように螺旋を描いている。

 

 

「この粒子の名は『六花』。新しい俺の機体と同じ名を持っている」

 

 

とうとうと語りながら、一夏は刀を一閃。

 

同時に、撒き散らされた粒子が斬撃となって虚空を斬り刻んだ。

 

 

「能力は斬撃変換。俺の振るうこの『天音雪片』に反応して、破壊エネルギーを斬撃として確立させる」

 

 

無骨な刀、『天音雪片』の刀身に当たる部分を左手で逆手に持ち腰に構え、右手を柄にそえる。

 

間違うことなき、居合いの構え。

 

その時、『天音雪片』に変化が起きた。鍔と刀身が触れ合っている部分に、隙間が生まれたのだ。

 

ほんの少しだけ開いた隙間から覗くのは、幾つもの輝きを放つ細身の刃。『天音雪片』の真の刀身である。

 

そもそも、あんな無骨な塊を刀とは言わない。

 

つまり、一夏が今まで使っていたのは鞘であるということ。

 

 

「今、粒子はこの付近に十二分に散布されている。その粒子の一つ一つが、俺の最大斬撃だ」

 

 

『銀の福音』を目として、粒子が嵐を作る。無情にも取り込まれてしまった存在は、もはやどうすることもできない。

 

オーロラが弾けた。

 

破壊の雨。斬撃の暴風。

 

美しいほどに凶悪なそれらが、一斉に牙を向く。

 

 

『gggggggagagaaaaaaaa……ッ!』

 

 

一回斬られた次の瞬間には倍の数を斬られる。それが同時に、無数に展開される。

 

もはや破壊斬撃の監獄となったオーロラの中で、『銀の福音』はただ斬られていくだけである。

 

 

「辛いか? なに、すぐ終わる」

 

 

居合いの構えのまま、一夏は謳う。

 

 

――風は落ちて星は逃げ

 

 

それは凱歌。生きているということを存分に吐き出し、戦ったことを証明する歌。

 

 

――けれど空は知っている

 

――その輝きを

 

――かの地にて今現れん

 

 

そして、吼える。

 

 

「極光――刹那ァァッッッ!!」

 

 

無限斬撃の嵐を断ち切り、救いをもたらす破壊を込められた閃き。

 

刹那の瞬間、圧倒的な速度で生み出された百を超える斬撃が束ねられ、一撃として昇華された究極の一閃。

 

リィン、と。

 

総ての音を塗りつぶして、澄んだ音だけが辺りに響いた。

 

やがて、極光色の嵐は止み、一夏はいつの間にか『銀の福音』の後ろで『天音雪片』を納刀していた。

 

 

「――」

 

 

ゆらりと姿勢を戻す一夏の後ろで、『銀の福音』は一度空に手を伸ばして――そして落ちていった。

 

 

「一夏っ!」

 

「一夏さんっ!」

 

 

落ちる『銀の福音』をなんとか受け止め、弾を除く皆は一目散に一夏の下へ駆け寄っていく。ちなみに、強制終了した『銀の福音』、その操縦者を受け止めたのは弾である。

 

 

「おう。みんな大丈夫か?」

 

「大丈夫かってアンタ……」

 

「無茶苦茶ここに極まれり、ですわ」

 

 

和気藹々といった様子で、戦闘時の緊張した雰囲気ではなくいつもの和やかさへと変わっていく。

 

ふと、シャルロットが空を見上げた。

 

 

「やっぱり、綺麗な光だよね」

 

「そうだな。さすがは嫁だ」

 

 

ラウラが誇らしげにつぶやく。苦笑しながら、箒も粒子の舞う空を見上げた。

 

 

「嫁かどうかはともかく、確かに綺麗だな……」

 

「でも、こんなに綺麗なのに能力としてはえぐいわよねぇ」

 

「はっははは! いいじゃねぇか、別によ。ああ、これで良いんだ……」

 

 

鈴の呆れたような言葉を弾は笑い飛ばした。だが、その言葉と表情はだんだんと引き締められていく。

 

あからさまに不自然な様子の弾に、一夏は戸惑う。

 

 

「弾……?」

 

「こいつ頼むわ」

 

 

弾は抱えていた『銀の福音』の操縦者を、なかば押し付けるように一夏へ渡した。一夏も一夏で、つい反射的に受け取ってしまう。

 

そして、弾は空を見上げた。

 

粒子が舞う夕焼けに混じる、漆黒よりもなお黒き人型を睨みつける。

 

 

「おまえら、このまま旅館に戻れ」

 

「はあっ!?」

 

 

弾の横暴な言い方に、一夏は素っ頓狂な声を上げた。箒や鈴達としても、状況が分からずに困惑している。

 

 

「つべこべ言ってんじゃねぇ。邪魔だ」

 

 

瞬間、一夏達六人は問答無用で吹きとばされた。それが弾が一夏達を帰らせる為だったのと、黒の攻撃を回避させる為だったと気づいたのは、すでに戦闘領域をはるか超えた辺りまで飛ばされた時であった。

 

 

「くそぉ……ッ!」

 

 

あの弾がそれほどまでの事をしなければいけなかった事実に、身体の震えが止まらない。悔しさに毒づきながら、一夏達は後ろ髪を引かれる思いで退却を決意した。

 

それを見届け、弾は再び黒に向き直る。

 

弾と比べれば髪の毛は短く、あまり手入れはされておらずボサボサだ。そういえば前の頃は(・・・・・・・・・)面倒臭がって床屋なり美容室に行くことはなかったから、適当に自分で切っていたのだったか。

 

細部までは分からないので断定はできないが、身につけているのは恐らく最期に着ていた服だろう(・・・・・・・・・・・)

 

こうして見ればよく分かる。そして懐かしい。

 

なぜならば。

 

 

「さあ、決着をつけようか。――■■■■■(オレ)

 

 

黒は世界の抑止力によって生み出された、前世の弾そのもの(・・・・)なのだから。

 

 




気合入れたんで今回は長いですねぇ。
おそらく次も長くなるでしょう、気合いれるんで。
そして、この回からちりばめまくってた伏線を回収していきます。
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