Scribed a bullet hole   作:byとろ

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Dyed red requiem

世界には意思というものが存在している。

 

それは進化を促していく成長意思。

 

それは現状を保とうとする保護意思。

 

そして、邪魔なものを排除する破壊意思である。

 

これらがバランスを司り、生物と世界の間に介在し均衡を保っている。これを人間的にとらえて生み出されたのが神という偶像。

 

創造神であり、破壊神であるのが世界意思というものだ。

 

ある時、この世界意思が見過ごすことのできない化け物が発生した。

 

あまりに異常。あまりに異質。

 

当然、化け物は邪魔なものだと認識され破壊意思が働いた。

 

だが、あろうことかその化け物は世界規模の破壊意思を受けて尚、すぐには消えなかった。

 

十五年。それだけの年月をかけてようやく、世界は化け物を自滅という結末へと追いやることができた。あとは輪廻に加わる前のむき出しの魂を消し飛ばし、二度と生まれ出でることができないようにするだけ。

 

そのはずだったのだが、化け物の魂は消えなかった。

 

溢れ出る『何か』への渇望が、破壊意思を凌駕したのである。

 

消えなかった魂はシステムの通りに世界意思が介入できない輪廻に組み込まれ、次へと行った。このとき、あまりの魂の強度に通常輪廻の中で洗浄される前の記憶が無くならなかったのは、やはりそれが化け物であったという証左か。

 

ともかく、化け物はまんまと世界意思に邪魔されることなく次の生を得たのである。

 

だが、世界意思は化け物の存在を認めない。また同じく十五年かけてでも化け物を排除し、今度こそは魂まで消し飛ばすと思考する。

 

だが、世界意思という外部からの接触では排除しきれなかった。けれど、自滅では前の二の舞になるかもしれない。ならば、外部接触が自滅という形であればどうであろう。

 

つまり、外部から自分で死ぬ(・・・・・・・・・)

 

その為に、世界はかつての化け物の残滓をかき集め、意思をなくして足らない分の力を補ってやって傀儡として形成する。

 

元々、その時間軸のものではない故に馴染むまで顕現することは難しいだろうが、化け物が運命に関わってくれば大いなる意思が働き、その間は存在できる。そこで殺せれば僥倖。できなくとも、馴染み切れば顕現し続けることができる。その時に排除できる。

 

なにせ、同じ存在だ。どうあっても、相打つ結果にしかならない。

 

これで完璧。

 

かくして黒は生まれ。

 

奇しくも前世で弾が自滅した十五年という年月をかけこの世界に定着し、化け物である弾を排除しようと彼の前に立ちはだかったのである。

 

 

 

>>1

 

 

 

握られた拳が、空を切る。

 

まるで隕石が落ちたかのように眼下の海に大穴が空くが、肝心の黒には当たらなかった。いや、当たらなかったというよりは、攻撃をそらされたと言った方が正しい。

 

横の軌道は、上からの干渉に弱い。弾の腕は、黒に上から払われたことによって狙いをそれたのだ。

 

直後、弾の拳を払った黒の手が、星の如き重さで飛来した。

 

下からえぐる様なアッパーカット。

 

弾は上半身をそらして紙一重でそれを避け、反動をつけて渾身の頭突きを見舞う。

 

人体が出したとは到底思え重厚な打撃音が響き、黒が未だふさがる様子のない海の穴に落下して行った。

 

弾の頭は冴えきっている。

 

故に、黒がまだ存在していることはわかっていた。そもそも、黒は弾自身であるのだから、これぐらいでくたばるわけがないのは当たり前だ。

 

今のは体をほぐす為の準備運動。以前の、最も強い時の自分へと戻る為の前段階。

 

弾も黒も、まだまだ程遠い。互いのギアは上がり続けるのだ。どこまでも。

 

そして弾は、生を受けてから始めて、全力で拳を握って構えた。

 

 

「ォォラァッ!」

 

 

前触れはなかった。だが、目の前に突如現れた黒に慌てることもなく、弾は知っていたかの様に黒を殴った。

 

だが、その一撃は黒の片手で止められている。衝撃波だけが空間を伝播し、空間を揺らした。

 

弾は掴まれた腕をそのままに、むしろ逆にそれを利用して黒を引き寄せて蹴りを放った。黒の脇腹に食い込んだ脚が僅かに痺れたが、力に任せて吹き飛ばす。

 

黒の体が蹴りに負けて折れるが、掴んでいた弾の腕に自分を絡めてまとめて吹き飛ぶ。

 

嫌な予感がした。グルグルと回る視界の中で黒を引き剥がそうと躍起になるが、絡みついた黒は生半可なことでは動じない。

 

およそ数キロメートルは吹き飛んだ先で、黒は回転の勢いを利用し、そして絡みつかせた自身の体をバネにして弾の体を海の中に叩き落とした。

 

盛大な水柱を立てて弾の体は海中を落ちて行き、ついには海底にクレーターを作ることでようやく勢いが止まった。巨大なクレーターの中心に埋まりながら、弾は遥か上空の黒を睨みつける。

 

黒が両腕をこちらに突き出しているのが見えた。瞬間、弾は見えない何かに押し付けられた様にクレーターに沈んだ。

 

空礫。弾によって生み出された、人外の技術。瞬間的な発動ではなく、永続的にかけられているそれのせいで、弾の体は徐々に海底に埋まっていく。

 

それに抗い、弾は体を起こした。海の底で二本の足で立ちあがり、腕を振って流れを作る。

 

螺旋を描く様に、周囲の海水をことごとく巻き込んで形成されたのは巨大な渦潮だった。

 

弾は渦によって中心に集められた海水を掴む。ただ掴むのではなく、圧縮をかけるようにしてだ。

 

出し惜しみはしない。

 

 

「――!」

 

 

射出。

 

渦一つが槍となって超高速で飛んで行った。黒はそれをギリギリで避けたが、それで終わりではない。

 

超高速で投げられた水は、空気との摩擦によって気体を通り越してプラズマへと昇華。膨大な熱が空間を焼き、黒の動きが止まった。

 

二発目の水槍が黒を貫く。大きく吹き飛んだ黒に、続けて四発。計五発もの水槍が黒に直撃した。

 

吹き飛んだ黒は、もはや対流圏をやすやすと越え、成層圏の中頃にまで追いやられていた。光を返さぬ体表からは、わずかに湯気が立ち上っている。

 

 

「殴ったら殴り返して、吹き飛ばされたら吹き飛ばして。……まるで子供の喧嘩だ」

 

 

鼻で笑いながら、弾は黒の目の前に立っていた。表現は間違っていない。弾は空中に立っていた。今までのように『グラビティ・アトラクション』を使って浮かんでいるのではないのだ。文字通りに、立っていた。

 

考えてみれば、あるいは黒をみればわかることなのだ。

 

空には立てる。

 

そうでなければ、生身の弾と同じスペックの黒が浮かんでいられるわけがない。

 

そして、それが分かれば『グラビティ・アトラクション』の制御に大部分を回していた『ブラッディ・ロード』の能力を十全に使える。

 

パキパキ、と『ブラッディ・ロード』の装甲が剥がれていく。

 

それを能力と言っていいのかは分からない。だが、弾にとってはそれこそが本気の全力を出す為の鍵となる。

 

 

 

『ワンオフ・アビリティ』――起動

 

 

 

その能力に名前はない。

 

なけなしの絶対防御とシールドエネルギーを解除し、『ブラッディ・ロード』の展開維持に全てを注ぐ。ただそれだけの能力。

 

だが、そうでもしなければ弾についてこれない。いくらISであろうとも、衝撃に耐えきれず自壊してしまうのだ。

 

ワンオフ・アビリティの起動に伴って、『ブラッディ・ロード』が装甲を変える。より洗練され、強固なそれへと。

 

真紅に染まった双眸で、弾は黒を睨みつけた。

 

 

「これでようやく『その気』になれる。ここからだぜ。覚悟はいいな? テメェに弾痕刻み込んでやるぜ……ッッ!」

 

 

黒は答えず、静かに拳を握った。

 

 

 

>>2

 

 

 

弾の指示に従って旅館まで戻ってきた一夏達は、状況を把握しきれていない千冬や真耶に事情を説明した。

 

銀の福音は無事に沈静化できたこと。

 

その後、突然黒い人型が出現したこと。

 

弾が今戦っていること。

 

それら全てを、震える体に叱咤をいれながら説明する。

 

事情を聞いた千冬は神妙な顔で考え込むが、やがて苦虫を噛み潰したような表情で口を開いた。

 

 

「……どういうことなのか判断がつかん。満身創痍のところ悪いが、全員指令室までついてきてくれ」

 

 

千冬に促され、一夏達は素直について行った。

 

正直な話、一夏達だって把握してるわけではないのだ。福音を倒したと思ったら黒いのが来て、弾がいつになく真剣で、何がどうなっているのか判断ができていない。それでも、尋常ではないことはわかる。弾がそれに立ち向かっていることも。

 

何が起きているのか、確かめなければならなかった。

 

 

「……なんだと」

 

 

指令室に入ったところで、千冬が声を漏らした。遅れて、一夏と箒がそれぞれ声を失う。

 

薄暗い部屋に設置された数台のモニターの前に、それらを楽器のように使いこなす、作戦開始前にいずこかに消えたはずの篠ノ之束の姿があったからだ。

 

 

「束……どうしてここに」

 

「やあやあちーちゃん。束さんちょっと今手が離せないから、ほんの少し待っててね」

 

 

モニターから目を離すことも、手を止めることもなく束はいつもとは全く違う真剣な口調で言った。その言いようのない迫力に、千冬すらたじろぐ。

 

モニターには何桁もの数字の羅列と意味不明な記号、アルファベットが所狭しとならんでいた。膨大なそれらは、さらなる追加によってひたすらに膨張していく。

 

やがてそれが終わると瞬時に画面が切り替わり、所々に馬鹿でかい穴の空いた海の映像が映し出された。

 

 

「ふいー、終わった。で、ちーちゃん何かな?」

 

「……お前はどうしてここにいるんだ? その映像はなんだ?」

 

「ちーちゃんが一度に幾つも質問するなんて珍しいねぇ。だいぶ焦ってるみたい」

 

「束、今はそんなこと――」

 

「分かってる」

 

 

千冬の言葉を束は切って捨てた。そしてもう一度、「分かってる」と呟いた。

 

 

「まず、二番目から答えようか。この映像はさっきまでいっくん達がいたところ」

 

「……は?」

 

 

束の言った言葉に、だれもが理解できなかった。一夏達がいたところには、渦潮もなければ穴なんて空いていなかった。

 

皆の気持ちを代弁するように、セシリアが冷や汗を垂らしながら前に出る。

 

 

「そ、そんな、あり得ませんわ! 海に穴が空くなんて!」

 

「それをできるのが、彼だよ」

 

 

束の言葉に、反論はできなかった。

 

ではその彼、五反田弾はどこへ行ったのか。映像の中には、人の影など見えない。

 

疑問を感じ取ったのか、束は映し出している場所を変える。

 

今度は空だった。

 

 

「彼は、さっきの地点から上空約五十キロメートルの成層圏界面で戦っている」

 

 

そろそろさらに上の中間圏に突入するね、と束は付け加えた。

 

開いた口がふさがらないとは、今の一夏達のことを言うのかもしれない。全員揃って、口をわなわなと震わせていた。

 

映像の中では、五反田弾と黒い人型が人智を越える戦いを繰り広げていた。視認できないほど速く動き、姿が見えたと思ったら両者の拳がぶつかり合って爆発にも似た轟音を発生させる。

 

黒のガードを強引にこじ開け、弾が吼えた。獣を通り越し、もはや怪物を思わせる咆哮と共に激流の如き連打が叩き込まれるが、黒は呼応するように同じく連打でそれを迎え撃つ。

 

拳と拳がぶつかり合うごとに周囲の景色が歪み、赤と黒の飛沫が弾けている。間違いなく、それは彼らの血肉とその欠片であった。

 

そこにいた全員が始めて見る、五反田弾の本気の全力。

 

 

「これが……五反田?」

 

「そう、箒ちゃん。その彼の全力だよ。本気のね」

 

 

箒の無意識の言葉に、束は優しく諭すように言った。やはりいつもとは違う様子の姉に箒は少しうろたえたが、けれど今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

束は一夏を見据えた。明確な意志を持った視線に貫かれ、一夏の心臓が跳ねる。静寂に包まれた部屋の中、一夏の生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。

 

 

「いっくんは彼の、五反田弾のことをどう思っているのかな?」

 

「弾のこと……? そりゃ……」

 

「友達?」

 

 

束が一夏の言葉を先回りしてかぶせて来た。いつものふざけた様子はなく、箒と同じで一夏としてもやりにくい。

 

それでも、言われた言葉に違いはないので素直に頷いた。

 

 

「そっか。まあ、そう答えるよね」

 

「……束さん?」

 

 

含みのある言い方をする束に一夏は聞き返したが、返ってきたのは微笑だった。

 

そして、束はもう一度千冬に向き直り、その真意を言葉にしていく。

 

 

「私は人間。なによりも愛しい家族と、大切な友人がいる。どれだけ私が馬鹿をしても、隣にいてくれる人がいる」

 

「姉さん……」

 

 

束はまず箒を指し示し、次に千冬と一夏を見た。優しく、温かい笑みだ。本当に嬉しそうな、幸せな表情。

 

 

「私は人間だよ。『天災』なんて呼ばれていても、それは変わらない」

 

 

一転。

 

それまでの穏やかな気配はなりを消し、凛とした、ある種冷酷さすら感じる雰囲気が束を包んだ。

 

言葉は、鋭利な刃となって飛ぶ。

 

 

「でも、彼はどうだろうね。果たして彼の隣に立てる存在があるのかな」

 

「なにを……」

 

「もう一度聞くよ、いっくん。いや、織斑一夏」

 

 

そこで束は一度目を伏せた。躊躇ったのは一瞬。

 

そして、告げる。

 

 

「君は本当に、五反田弾を友達だと思っているのかな?」

 

 

一夏に出せる言葉は無かった。

 

もはや膝を折ってしまいそうな一夏を庇う様に、千冬が束と一夏の間に割り込む。後ろにいたシャルロットやラウラが、それをフォローする形に動いた。

 

 

「何を言っているんだ、束!」

 

「分かってるはずでしょう、ちーちゃん。彼の隣には、誰もいないんだよ」

 

「そんなことはない! 私がいる! 一夏も、凰もだ! 皆が彼の強さを拠り所としていた!」

 

「そう、誰もが彼の強さを見ていた。いや、魅せられてしまっていた。だからこそ、彼はたった一人なんだよ」

 

「わからない……。私にはお前が何を言っているのかわからない……」

 

「逃げるのはやめなよちーちゃん! 本当はわかっているのでしょう? 皆が抱いていたのはただの畏敬。彼の強さへの羨望と憧れ、そして怖れだった。真の意味で彼の隣に立つ者など、どこにも居やしない!」

 

 

誰もが弾の隣に立つことを拒否していた。その高みには行けないと自分勝手に決めつけて、五反田弾という圧倒的な強さの庇護の下、ただ停滞のぬるま湯に浸かっているだけ。

 

力という光に眩まされて、根源たる弾に目を向けない。いつしかそれを疑問に感じる事もなくなり、彼に見向きもしなくなる。

 

――弾なら大丈夫。弾だったら。弾だから。

 

――だって彼は強いから。

 

五反田弾に対する言動の根底には、彼の強さへの依存があるのだ。結局のところ、信頼なんて高尚なものはなく、ただの他人任せ。思考することを放棄した、人外に対するそれである。

 

 

「違う!」

 

 

鈴が叫んだ。今にも束に飛びかかっていきそうな程であるが、目尻に涙を溜め、小さな体を震えさせている姿は、いっそ悲痛と言ってしまえるものだった。

 

 

「違う違うちがうちがう! 昨日今日会ったばかりの部外者に、何がわかるっていうのよ!」

 

「部外者だからこそわかるんだよ。彼の異常性も、君たちの諦観もね」

 

「諦めてなんて……!」

 

「いや、君たちは彼と対等になる事を放棄している。それを諦めと言わないで何て言うのかな」

 

「……っ!」

 

 

鈴だけではない。セシリアやシャルロット、ラウラまでもが何も言い返せずに唇を噛みしめていた。

 

悔しさに顔をゆがませる少女たちを尻目に、束は千冬の問いに答えるべく口を開いた。

 

 

「ちーちゃん、最初の質問に答えるよ。私がここにいる理由」

 

「……ああ」

 

「私は最後のチャンスを提示しに来たの」

 

「最後の、チャンスだと……?」

 

「そう。全てが変わるか、何も変わらないかの両極端。ハイリスクにして成功する確立が無いに等しい最悪の大博打」

 

 

シャルロットとラウラに支えられていた一夏が、束の言葉を聞いて勢いよく顔をあげた。

 

 

「これから私の権限でISにかかっている機能を全てアンロックする。そうすれば、彼のところに行ける」

 

「弾のところに……?」

 

 

IS全機能の制限解除。普段使っている時のような半端な状態ではない。だが、それは同時に広大な宇宙空間で光をとらえるための視覚補佐や、これまでとは比較にならない出力を扱いきらなければならないということだ。

 

それでも、弾のところに行けるだけなのだと束は言った。

 

 

「戦えるかどうかはその人次第。それに、時間的に全機能の解除ができるのは一人が限界」

 

 

一人だけが、命をチップに参加できる。

 

 

「さて、いっくん。君はどうする? この世界に――運命に抗ってみたくはないかい?」

 

 

決断の時。

 

一夏は拳を握りしめながらシャルロットとラウラの支えから脱し、自分の足で立った。

 

織斑一夏の答えは、決まっていた。

 

 

 

>>3

 

 

 

中間圏。オゾン濃度の違いにより、この層は高度に比例して気温が減少する。高ければ高い程、温度は低くなっていくのだ。

 

その気温、最高地点である中間圏界面でマイナス百度を下回る。

 

そこを、弾と黒は幾度となく衝突しながら駆け上っていた。二人が生み出す破壊は、もしもこれが地上で行われていたら、そこら一帯が焦土と化してもおかしくないものだ。

 

けれど、ここは何もない空の上。数十キロメートル規模で発生する衝撃波を、なんの憂いもなくぶつけられる。

 

ある意味で、この場所は弾にとって最高の戦場だった。

 

 

「オオォォォッ!」

 

 

雄叫びを上げて、弾は疾走する。穿つように突き放たれた貫手は空気との摩擦で真っ赤に染まり、炎を纏って黒に突貫した。

 

しかし、黒は寸分の狂いもなく同時に貫手を返してきた。両者ともに狙ったのは胸の中心部、鳩尾である。

 

ゴガッ、という鈍い音と共に、貫手と貫手が衝突しあって二人もろともに吹き飛ぶ。

 

その反動を利用して弾は裏拳を繰り出した。一回転して速度を増大させた一撃は黒の鼻先を掠っただけに終わったが、弾の狙いはその後にある。

 

すなわち、攻撃をよけた為に生じる硬直である。

 

大きく、そして痛烈に。

 

弾は空中を踏みしめ、本命の一撃を叩きつける。けれど、黒は見越していたかのようにそれを受け流し、弾の腹を蹴りつけた。

 

耳を覆いたくなるような音とともに、弾の腹が穿たれる。飛び散った肉や血が、発生した衝撃で飛んだ直後に消滅していった。

 

 

「おおおおおおオオオラアアァァァァァァッ!」

 

 

だが、弾はそれを気に留めない。むしろ攻撃によって硬直した黒を好機と見て、右のアッパーを叩きつける。さすがに躱すことができずに、黒の体が浮いた。

 

さらに弾は左の拳を握りしめる。血管が浮かび上がっているその拳に、周囲の空気や光が爆発的に引っ張られた。

 

それはブラックホール。あまりの圧力で握りしめられた拳の中に生まれた、光すら逃れることのできない超重力の塊である。

 

周囲にある存在総てを巻き込んで、弾は拳を振りぬいた。

 

 

 

――瞬拳

 

 

 

遥か下の雲海までもが消し飛び、直撃した黒が第三宇宙速度を超えて亜光速で吹き飛んでいく。中間圏を超えて熱圏、高度約八百キロメートルのあたりまで打ち上げられた。

 

もはやその上は外気圏と宇宙空間のみ。定義としては宇宙と言っても差支えのないその場所に、弾は迷うことなく足を踏み入れる。

 

 

「オオオオオオォォォォォォッ!」

 

 

人語を話す余裕などない。ただ気合を咆哮に込め吐き出し、敵を消し飛ばすためだけに存在する。

 

そこにあるのはまさしく人外。生物とすら言えぬ化け物だ。

 

光の速度で黒に突進、爪を立てるように掌底を繰り出し、さっきのお返しとばかりに腹を穿っていく。

 

だが、それは同じく硬直を生むということ。それを見逃す黒ではない。

 

弾がすることは黒にもできる。黒が行うことも、弾にはできる。

 

黒の貫手が弾の右目を潰す。

 

 

「ガアああアアァァァぁラアアァァぁぁぁッッ!!」

 

 

右目を潰されながらも、弾は蹴りで黒の片足を砕いていく。

 

黒は大穴を開けた弾の腹を残った足で蹴り、大きく吹き飛ばした。そして、あたりを漂うスペースデブリ、その残骸を掴み、連続で投擲する。

 

物体として一瞬で溶け、破壊エネルギーとなって飛来するそれらを、弾は空礫を使って圧し潰した。

 

黒はその隙を使って弾に接近、正拳突きを放つ。

 

弾はそのストレートに交差させるようにカウンターを撃つ。左から繰り出されたクロスカウンターを受け、黒が弾かれたように吹き飛ぶ。が、カウンターの起点となった右手で弾の左腕を掴み、吹き飛ばされる勢いを使って掴んだ弾の左腕を千切っていく。

 

 

「ぐ、がっ……ッ!」

 

 

噴き出る大量の血を筋肉を膨張させることで止めるが、攻撃手段の一つがなくなったことが純粋に惜しい。

 

こちらは顔を砕き割ってやったが、割に合わない。

 

毒づく弾に、黒が虚空を蹴って突貫。両腕を鞭のようにしならせ、挟み込むように叩きつけてくる。弾はそれがインパクトを起こす前に黒の右腕を蹴り上げ、さらに左腕の関節を殴って折る。

 

そこから肘で黒の顎を打ち付けたが、そこで蹴り上げたはずの右腕が勢いを取り戻して横薙ぎにされた。

 

間一髪上体を逸らすことで躱すことに成功するが、直撃を免れただけで完全には躱しきれていない。喉をかすった黒の腕はそこらの肉をごっそりと抉っていく。

 

なんとか血を止めるが、

 

 

「ぎ、ぃぃ……ッ!」

 

 

弾に殴られ折られたことによってボロボロになった黒の左腕を、怯んでしまった弾は躱すことができない。

 

そして、オーロラを構成する粒子が飛んできた。

 

 

「極光――刹那アアアァァァァァァッッ!!」

 

 

不可視の斬撃と数百を超える斬撃が折り重なったその一撃が、黒の左腕を断ち切る。

 

 

「おおおおおおオオラアアアァァァァァッッ!!」

 

 

その隙をついて、弾が黒を蹴り飛ばした。そして、粒子を纏って疾走してきたそいつを、織斑一夏を睨みつけた。そして、血を吐きかすれた声で言う。

 

 

「どう、して……来たんだァッ!」

 

「来るに決まってんだろッ! 俺を舐めるな!」

 

 

叫び、一夏は抜き身の『天音雪片』を握りしめる。

 

今の一夏には、それしかできないのだから。

 

故に。

 

 

「俺は戦う……ッ! おまえの隣でッ!!」

 

「……チッ。ああ……そうかい。分かったよ、まったく」

 

 

一夏の答えを聞いて、弾は仕方ない、と薄く笑った。一夏がこうなったときは何を言っても退かないのは、よくよく知っていることだった。

 

それに、この状況を打開するには不確定要素が必要だ。どうやら一夏は弾と黒の戦いについてこれるようであるし、迷う暇はなかった。

 

 

「これで、決めるぞ。一夏……おまえのそれ、長くは、もたねぇだろ?」

 

「ああ、今でも結構ぎりぎりだぜ」

 

「なら……ほんの少し。時間、稼いでやっから、全力にかけろ」

 

「おうッ!」

 

 

一夏が居合いの構えで精神統一をしだしたのを確認し、弾は黒に向かって攻撃を仕掛けた。仕留めることが目的ではなく、あくまで時間稼ぎ。

 

軽く右腕で牽制し、一夏の方へ行かないように蹴りで動きを止める。ダメージこそ与えられはしないが、弾自身の体力と目的を考えれば最適だ。

 

軽いジャブの後、黒が回し蹴りを放ってくるが、回転するように力を流動させさばく。

 

時間が過ぎれば過ぎるほど、周囲には粒子が満ちていく。黒は何度か一夏の方へ行こうとフェイントを織り交ぜて誘ってくるが、弾はそれを冷静に看破、向かわせる余地を与えない。

 

強引に一夏迄の道をこじ開けようと、黒が突っ込んでくる。しかし、そんな直線的なものは弾にとって格好の的だ。

 

空間を裂きながら強襲してくる手套を受け流し、黒の腹部にアッパーカットを叩き込む。

 

そして、ついに。

 

極光が奔る。

 

 

――風は落ちて星は逃げ

 

――けれど空は知っている

 

――その輝きを

 

――かの地にて今現れん

 

 

「極光――刹那ァァァァッッ!!」

 

 

斬撃の嵐と共に、疾走居合いが黒に叩き込まれた。弾によって動きを固めていた黒はそれをまともに受け、その体表に細かな傷を作っていく。

 

ISのバックアップを受け、かつて繰り出したどんな斬撃よりも鋭く、そして重い一撃が刹那の間に幾重にも刻み込まれていく。

 

さらに、斬撃に呼応するようにオーロラが爆発的に広がっていく。

 

視界総てを極光に染め上げて、一夏は黒の体を弾き飛ばした。

 

 

「行けぇぇぇぇぇッ、弾ぁぁぁああああんんんッッ!!」

 

「オオオオオオオオォォォォォォォォォォォォッッ!!」

 

 

一夏によって体勢を崩された黒の体に、弾が拳を合わせる。

 

 

「私はあなたを愛している」

Ich liebe dich

 

 

 

――瞬拳

 

 

 

まさしく全力。まさしく決死。

 

初めから光を凌駕する一撃が黒に叩き付けられ、木の葉のように吹きとばす。

 

 

「あなたに魅了されたのだ」

mich reizt deine schöne Gestalt;

 

 

 

――瞬閃

 

 

 

間髪入れずに次の一撃が叩き付けられる。

 

周囲のスペース・デブリを吹き飛ばし轟音を上げて叩き込まれるそれは、その詠唱も合わさってまるで悪魔のようであった。

 

 

「されどあなたが望まぬというのなら、私は力を揮おう」

Und bist du nicht willig, so brauch' ich Gewalt

 

 

 

――瞬天

 

 

 

すまんな、と。

 

弾は一撃放つたびに壊れていく愛機に語りかけた。もはや『ブラッディ・ロード』は、その原形をとどめていることすらできていない。

 

それでも。

 

 

「覚悟はとうにできている」

Ich habe bereits entschieden

 

 

 

――支瞬天

 

 

 

『私なら大丈夫です。あの時、覚悟をつけましたから』

 

 

声を出すことはできずとも、伝えられることがある。『ブラッディ・ロード』から流出してくる思いが、弾を焦がす。

 

あまりにも熱く、そして儚い。

 

 

『ありがとう――あなたといっしょにいられてよかった。』

 

 

「己の道を行け」

Geh deinen Weg

 

 

 

――悲想天

 

 

 

そしてここに瞬拳から派生する総てが黒に叩き込まれ、そしてまた詠唱が完成した。

 

もはや外気圏を超え宇宙空間まで吹き飛ばされた黒の姿は、四肢が消し飛び身体にいくつもの大穴を開けた凄惨たるものだが、ここに最後の一撃を与えるべく弾は拳を握る。

 

魔人を超えて。

 

 

 

極拳――魔王

letzte Faust――Der Erlkönig

 

 

 

振りぬかれた拳の先に存在するものに、等しく与えられる死という結末。

 

運命すら打ち壊し、世界意思すら駆逐するその拳を受け、黒は跡形もなく消滅した。

 

 

――これで、終わり。

 

 

反動で砕け、消え果てていく愛機と右腕を眺めながら、弾はゆっくりと地球へ落ちていく。

 

身動き一つとれずに落ちていく弾を、オーロラが包んだ。斬撃へと昇華する極光の粒子が、なぜだか弾にとっては温もりを持っているように感じた。

 

 

――ああ、そうだったのか……。

 

 

己の下まで駆けてくる一夏を見て。

 

弾はやっと、自分が『救済』されたことを実感した。

 




次は明日に投稿します。
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