感想ください。
ある女性が、薄暗い部屋で巨大なモニタを見つめていた。鼻歌交じりに画面を操作する女性の横顔はあどけない少女のそれであり、新しい玩具に目を輝かせる子供のようだ。
「ふふ~ん」
室内に女性の鼻歌と画面の操作音だけが響いている。流れるように操作していくその様はまるで一流のピアノ奏者であり、まだ幼さを残す顔には不釣り合いに思えた。
しかし、部屋にそれを指摘するものはいない。否、全世界を探しても、彼女にそんなことをいう人間はいないだろう。
誰もがこの女性を見て納得してしまう。意図的ではなかったとしても、そうであるように世界を造り替えたのが彼女自身なのだから。
けれど、そんな世界に一つのイレギュラーを見つけた。
彼女を凡人と言ってしまえるような存在だ。
故に彼女は何年かぶりに気分を高揚させている。といっても、年がら年中ハイテンションな彼女の気分を読み取れるのは長い付き合いである『世界最強』だけであろうが。
そんな彼女が操っているモニタには、意味不明な数字の羅列とデータグラフの他に『白式』と『ブラッディ・ロード』の文字があった。
「いっくんも彼も、なんで動かせたのかなぁ?いっくんはとりあえず納得できるとしても、彼はできないよねぇ」
ぶつぶつと呟きながら、女性はある施設の監視カメラにハッキングする。ある市営の多目的ホール。IS学園の入試が行われたところである。
その中にある、噂の男性操縦者である織斑一夏と五反田弾がISを動かした時の映像を探し、抽出する。
ハックに要した時間は数秒もなかった。
とりだした映像を確認し、次に彼らの動かしたISの情報を引き出していく。
「ふぅん、いっくんが乗った時点でバグが出てるねぇ。さすがの私でもわからないなぁ」
表示されたデータを分析し、さらに調べていったところで、今まで休むことなく動いていた彼女の動きが止まった。
呆然と口をぽかんと開いたその姿は、彼女を知るものがいれば例外なく、自身の目を疑ったことだろう。
「……うそでしょ」
思わずそうつぶやいた女性の先には、ある結果が出ていた。
それは五反田弾が動かした時のデータ。
「ISのコントロールを、力尽くで奪うなんて……」
そんなことはあり得ない。
ISが、究極の科学兵器が生身の存在に屈服するなど、非常識にもほどがある。だが同時に、それならばISを動かせることに納得が行く。
事実を事実として受け入れるのが現実だ。
それを否定するのは馬鹿のやること。そして女性は馬鹿ではなかった。
女性は、彼に送ったIS『ブラッディ・ロード』のデータを見る。血盟の王を意味するその機体は、本来動かせるものではないのだ。
あまりにも癖が強すぎた。実験と称して様々な改造を施した結果、女性にも反応しなくなった欠陥機の欠陥機。
まるで孤高の王のようだったからこそ、女性は『ロード』と名づけたのだが、それすらも無理矢理に従わせてしまうとは。
わがままな王女すらも手懐けたその男に、女性は興味が尽きなかった。
>>1
「よう、鈴。さっきぶり」
「あら、弾」
放課後の第三アリーナに向かう途中の廊下で、五反田弾は凰鈴音とばったり出くわした。ちらと見れば、鈴は抱えるようにスポーツドリンクやタオルを持っている。
そういえば、アリーナでは織斑一夏が篠ノ之箒とセシリア・オルコットに訓練をつけてもらっていたはずだ。終わりを見計らって献身的に奉公でもするつもりなのだろう。
「まめだねぇ。一年ちょっとで冷めたりしねぇのか」
「んなわけないでしょ。むしろ、俄然やる気になったわ」
「ははは、そうかい。そいつはいいや」
えへんと胸を張る鈴の頭を、弾はよしよしと撫でてやる。その手つきはかなり雑で、鈴の髪がくしゃくしゃになるのだが気にしない。
その手を、鈴は強引に振り払った。
「うがー!止めなさいよっ。子供扱いすなっ!」
「ははは、悪い悪い」
鈴はいかにも怒ってますという感じで睨んでくるが、弾としてはやかましい餓鬼を扱っている感じでほほえましくすらある。
くしゃくしゃに乱れた髪型を直してから、鈴はいぶかしげにこちらを見てきた。
「ていうか、どうしたのよ?頭撫でるなんてらしくない」
「ん?あぁ……」
そう言われてみればそうだ。つるんでた時期にもからかうことはあっても、頭を撫でるなんてやったことは一度もなかった。
確かにらしくない。
しばし考えると、一つの結論にたどり着いた。
「最近、蘭を撫でてやってねぇんだ」
「はぁ?あんた、定期的に妹の頭を撫でてんの?」
「ああ、結構な」
五反田蘭。弾の実の妹で、今は中学三年生だ。有名お嬢様学校の生徒会長をやっていて、普段はきりっとしているのだがその実態は甘えん坊。小さなころから行ってきたということもあり、もはや頭を撫でてもらうのが癖になっている。
どこに出しても恥ずかしくない自慢の妹だ。
「このシスコンめ……」
鈴がそう言って、『こいつもか』という目で弾を見てくる。ちなみに、身近にいるシスコンの代表格といえば一夏だ。
まぁ、そのシスコンに恋しているのが鈴であり、蘭である。そのほかにも多数存在しているので、シスコンはモテるのかもしれないと思う。そんなことは全くないが。
「いいんだよそんなことは。そろそろ終わるみたいだぜ、一夏のやつ」
「えっ、急がなきゃ!」
一夏の訓練が終わるらしい内容がアリーナから聞こえてきたので鈴に教えてやると、あたふたと慌ててスポーツドリンクを取り落しそうになりながらもアリーナへ駆けだしていった。
「幸せもんだな、一夏は。まったくうらやましい」
呟いて、弾も鈴を追ってアリーナへと歩き出す。一夏に鈴、箒にセシリアといれば、面白いことが起こるのは必至だろう。みすみす見逃す手はない。
鈴より少し遅れてアリーナのスライドドアを開けて入ると、鈴が一夏にスポーツドリンクを投げたりタオルをあげたり世話しているのを箒が呆然と眺めていた。
「サンキュー。あー生き返る……」
スポーツドリンクを飲んで一息つく一夏の姿はものすごく年寄り臭い。どうせ、運動の後は生ぬるい飲み物のほうが体に良いとか考えているのだろう。思考も年寄り臭かった。
「変わってないね、一夏。若いくせに体のことばっかり気にしてるところ」
「あのなぁ、若いうちから不摂生してたらいかんのだぞ。クセになるからな。後に泣くのは自分と自分の家族だ」
「ジジ臭いよ」
「う、うっせーな……」
にやにやと見透かすような視線で見てくる鈴に、一夏は落ち着かなかった。自分をわかっているような眼差しは、妙に落ち着かない。
というよりも、一夏は鈴に落ち着かない。一年とちょっとしか経っていないはずなのに、昔のやかましさがなりを潜め、『女の子らしさ』が態度の節々から感じられるせいだ。
簡単に言えば、一夏は鈴の可愛らしさにあてられていた。
あの唐片木・オブ・唐片木ズ、織斑一夏としては考えらえないようなことである。
そして面白くないのは箒だ。さっきから完全に蚊帳の外。どうにも入り込めない『結界』ともいえる空気があり、それが彼らの関係の深さを如実に表していた。
「一体、なんなのだ……」
そうつぶやいた箒に答えたのは、意外にもさっきから二人の様子を弾だった。
「面白くないのはわかるが、今日ぐらいは勘弁してやってくれ。一年ぶりだからな。色々話もある」
「それはいいが……お前は話さなくていいのか?」
「これでいいんだよ。俺は鈴を応援できない。箒、お前の肩を持つこともできない。セシリアも言わずもがなだ。見守るのが、俺の役割なのさ」
「……そうか」
弾の口ぶりから何かを察し、箒は黙る。傍観者にしかなりえない現状をよく思っていない彼女だからこそ分かったのだろう。
それはそれとして、内心どぎまぎとしている一夏に、鈴はにこにこと笑いながら問いかけた。
「一夏さぁ、やっぱあたしがいないと寂しかった?」
「まあ、遊び相手がいなくなるのは大なり小なり寂しいだろ」
「そうじゃなくってさぁ」
「……鈴」
「ん?なになに?」
「何も買わないぞ」
「なんでそうなるのよ……」
がっくりとうなだれるた鈴はやるせないといった様子でため息を一つ吐く。甘酸っぱいロマンスが香る空気を破壊する機能が一夏には付いているとしか思えなかった。
「アンタねぇ……久しぶりに会った幼馴染みなんだから、いろいろと言うことがあるでしょうが」
「……?」
「例えばさぁ――」
「あー、んんっ。話を折ってすまないが、私はそろそろ帰らねばならない。一夏、今日は先にシャワー使っていいぞ」
「おお、ありがたい。つか、もうそんな時間か」
また後で、と箒は言ってピットを出ていく。剣道場にも顔を出さないといけないようだし、彼女も彼女で大変なのだろう。
『こちら』の方も、ちょっとした会話の応酬でも気は抜けなかったようだ。邪魔してはいけないという常識と、言わせてはいけないという敵対心がぶつかり合った末でのあの態度だ。
それ以上を話させず、しかしもう邪魔をしないためにはあれが一番。しかも爆弾を残していくとなるとずいぶんな高等手段だ。
あれ、箒さん結構策士じゃね?
……まあいい。
さてその後、爆弾を無視できない人間が一人存在する。
「……一夏、今のどういうこと?」
「ん?いや、いつもはシャワーは箒が先なんだが、今日は汗だくだから順番を代わってくれって頼んで――」
「し、し、シャワー!?『いつも』!?い、一夏、アンタあの子とどういう関係なのよ!?」
「どうって、前に言っただろ。幼馴染みだよ」
「お、お、幼馴染とシャワーの順番と何が関係あんのよ!」
ヒステリックに叫ぶ鈴を、一夏が若干理解しきれていないので弾は助け舟を出してやることにした。とりあえず、鈴に説明してやらねばなるまい。
「鈴。一夏の奴は、今あの子と同じ部屋なんだよ」
「は?弾、アンタと一緒じゃないの?」
「ちげぇよ。急な部屋割りで都合がつかなかったらしくてなぁ。特殊な措置を取ってんだよ」
「じ、じゃあ、あの子と寝食を共にしてるってこと!?」
「そういうことだな」
「『そういうことだな』じゃねぇぇぇぇ!ちょっと一夏!今の話本当なの!?」
「あ、ああ。でもまあ、箒で助かったよ。これが見ず知らずの相手だったら、緊張して寝不足になっちまうからな」
一夏がはっはっは、と笑いながら言うと、不機嫌面をしていた鈴がうつむいて肩を震わせ始めた。そして、ぶうぶつと何かを呟いている。
「…………」
「ん?どうした、鈴?」
「……ったら、いいわけね」
「?」
「幼馴染みだったらいいわけねっ!?」
「うおっ!」
うつむいた状態から一気に顔を上げて叫んできた鈴に、一夏は驚いて身を引いた。
「分かった、分かったわよ。ええ、分かりましたとも。一夏っ!」
「お、おう!」
「幼馴染みは二人いるってこと、覚えておきなさいよ」
「いや、忘れないが……」
じゃあまた後で、と言い残して、鈴はピットを飛び出していく。後に残された一夏は不思議そうに首をひねり、弾はまた面白いことが起こると笑っていた。
「なぁ、弾。さっきのどういう意味だったんだ?」
「そのままだろ。面白いことになりそうだ」
「わっかんねぇ」
「くはは。まぁ、そう遠くないうちにわかるだろうぜ。今夜あたりとか」
「マジか……」
楽しみにしとけ、と言って弾もピットを出ていく。
結局、終始女心を理解できない一夏だった。
>>2
「最っっっ低!女の子との約束も覚えていないなんて、男の風上にも置けないやつ!犬にかまれて死ね!」
隣の部屋から聞こえてきた騒音で、弾はおおよその事態を把握した。少し前から部屋を代われだの無理だの終いには木刀の振られた音とそれが金属にでもぶつかったような鈍い音も聞こえていたので、実は最初から把握していたのだが。
それなりに防音がしっかりしている壁を突き抜けてくるとは、どれだけ騒いでいたというのか。十代女子の活力には舌を巻く。それとも、恋する乙女というジョブの補正なのか。
いずれにしろ、この状況は一夏がまたポカをしたという一点に尽きる。
乱雑にドアが開閉する音と直後に聞こえた荒々しい走行の振動が、さらにそれを裏づけした。走って行った人間の背丈を推測すればかなり小柄。やはりというか、鈴だろう。
「アフターケアは俺の仕事か……」
ベッドに寝転がっていた弾は仕方なしに立ち上がり、ドアから外に出る。廊下には何事かと出てきた生徒の姿がちらほらと見られたが、事の発生源が一夏であることを理解しまた部屋に戻っていった。
お騒がせキャラが定着しつつある一夏が部屋から出てくる様子はなく、やはり弾がいってやるしかない。ここで追いかける程度の甲斐性があればアイツも苦労しないのに、と弾は思った。
空気の微細な振動を感じ取り、音の反射を聞き分けることによって鈴の位置を特定する。
鈴は通路の端、自動販売機の置いてある区画でうずくまっていた。
近づいて、弾はポンと頭に手を乗せる。
「大丈夫かよ?」
「うぅ……ぐす」
弾が声をかけると、鈴は涙を見られたくないのか顔をこそあげなかったが「弾……」とつぶやいた。
自動販売機に硬貨を入れて、コーヒーとお茶を買う。
「ほれ」
「ありがと……」
鈴は目元をごしごしと拭いてお茶を受け取ったが、飲もうとはしなかった。
飲まずとも受け取ったのを確認して、弾はコーヒーに口をつける。
「……」
「……」
会話はない。鈴は手元でお茶を弄んでいるだけであり、弾は弾で喋る気はなく、鈴が落ち着くまで待っているのだ。
鈴がやっと口を開いたのは、弾がコーヒーを飲み終わってからだった。
「……弾。弾は、昔あたしが一夏にした約束覚えてるよね?」
「あぁ、あれ。酢豚のやつ。確か『料理が上達したら、毎日酢豚を食べる』だったな」
「そう。それ、どんな意味に聞こえた?」
「回りくどかったが、プロポーズだろ」
「うん……」
プロポーズという言葉に反応して、鈴は顔を赤くしながら伏せる。いまだ十五才の彼女には、破壊力のある言葉だったようだ。
「一夏さ、あれ、ちゃんと覚えてなくて。奢ってもらうとか言ったのよ」
「一夏らしいな」
「うん……。すごくアイツらしい。あたしが好きなのはそういうアイツだけど、やっぱり許せないよ」
「……」
「でもね、許せないけど、考えてみればあたしも回りくどかったなって思う。誤解してても、仕方ないなとも思うの」
「でも、許せないのか?」
「うん……」
あたしはどうすればいい?と鈴は弾に問いかけてきた。
正直、弾だって分からない。常軌を逸した経験もあるし、前世の記憶もある。様々なキャリアを含めて、弾は鈴や一夏よりも年上になる。
だけど、恋愛はからっきしだ。人を愛すという心はわかるが、行動なんて知らない。
知らない、と言いたい。分からない、と。綺麗ごとを述べて問題を無かったことにすることもできるだろう。
しかし、鈴が頼ってきたのは弾で、求められたのは弾で、収められるのも弾なのだ。
だからこそ、弾は思ったことを口に出す。
「許さなくてもいいんじゃあないか」
「でも……」
「譲れないんだろ?勇気を出して言葉にしたその気持ちを否定されたくないんだろ?だったら、退くな。譲ってやるな。
間違っているのなら、矯正してやれ」
「力尽くでも?」
「力尽くでも、だ」
言い切ってやる。少しでも不安を取り除けるように。
鈴は数秒心の中で葛藤をしていたようだが、すぐに立ち上がった。そして、いつものはつらつとした笑みを浮かべて弾を見る。
「大丈夫かよ?」
同じ質問。
「うん」
今度は迷いなく。
「なら、行け。うずくまってるのはらしくない」
「言われなくても行くわよ。あたしらしくね」
にっと笑って、鈴は飛び出していった。弾には鈴が何をする気かはわからないが、すこしでも彼女を救えたのなら僥倖だ。
自分を救ってくれた恩返しは、こんなものでは返せないけれど。
それでも、力になれたのなら気分が良い。
薄く笑って、弾は自室に戻っていった。