アクセル・ワールド 22番目の金属   作:傍から観る者

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『』は思考発声です。


第2話 インストール

 7月18日水曜日、天気は晴れ。かなり気温が高く、夏真っ盛りといった雰囲気。今日は放課後、敦司からゲームをインストールする日だ。2ヵ月前から待ち続けていたので、かなり興奮気味である。そのせいか秋地はいつもより30分以上早く起床してしまっている。2度寝する気分でもないので、支度をして学校へ出発した。

 

 教室へ入ると、敦司は珍しいものを見たといわんばかりの驚きの表情を秋地に向けた。

 

 

「おいおい、秋地がこんなに早く学校へ来るとはな。明日は雪でも降るんじゃないか?」

 

 

「本当だね。びっくりした」

 

 

「空さんまで……」

 

 

 敦司に続いて空までもそんなことを言い出した。空のイントネーションはいつも通り平坦だったが、本人が言うには驚いているらしい。まぁ、いつもホームルームぎりぎりで登校していること秋地の立場からして、そんなに驚くなとも言えない。話題をそらすことにする。

 

 

「空さんまで……。それより、今日の放課後でいいのか?」

 

 

「おう、今日は空も放課後空いてるらしいからな。ボーンに集合だ。そこで「インストール」する」

 

 

「ボーン」は、老夫婦が去年の春に開店した喫茶店の名前だ。3人で帰るときにちょくちょくによっている。空とボーンのおばあさんが遠い親戚で、そのよしみで懇意にさせてもらっている。ちなみにおすすめはチョコレートケーキ。

 

 

「了解。しかし今日は暑いよなぁ。歩いてきただけなのに、汗かいたよ」

 

 

そう言いながら、秋地はカッターシャツの服をつまみ、服の中に教室の冷たい空気を取り込むためにばたばたと動かした。

 

「確かにな。ニューロリンカーの予想気温見たか? 今日は35℃超すらしいぜ。この時期だけは教室が天国に思える。」

 

敦司もうんざりした様子だ。

 

「じゃあ、外は地獄だね。灼熱地獄」

 

 

 そんな会話を3人でしていると、チャイムが鳴った。いつの間にか、ホームルームの時間になっていたらしい。椅子を前に向き直す。ほどなく汗びっしょりの教師が話をし始めた。

 

 空があいさつの号令をし、帰りのホームルームが終わる。

 

 

「よおし、やっと終わった。じゃ、ボーンに向かうとしますか。あ、グローバル接続は切っとけよ?」

 

 

「おっと、忘れてた。……よし切った。それじゃあいこうか」

 

 

 冷房の効いた教室から熱気のこもった廊下へ出る。窓は全開だが、風がほとんど入ってきていないらしい。3人で夏に文句を言いながらボーンへ向かった。

 

 

 学校を出て十数分、桜新町商店街に入って3分ほど、ようやくボーンの前にたどり着いた。ドアの色は漆黒である。おじいさんの好みの色らしい。空が先頭になってドアを開く。カランコロンと、ドアベルの音が鳴る。

 

 

「いらっしゃ……おお、空ちゃんたちか。いつもの席空いてるよ」

 

 

「ありがとう。お邪魔します」

 

 

 おじいさんと空がいつものように話した。ボーンの内装はドアと同じく黒をベースにした落ち着いた色。秋地たちのほかに客はいない。というかこの2ヵ月、秋次はボーンで客を見かけたことがほとんどない。このお店の経営は大丈夫なのだろうか。

 

 そんな失礼なことを考えながら、いつもの席――お店の一番左の奥のテーブル席――に座る。すると、おじいさんが冷たい麦茶を持ってきてくれた。サービスらしい。3人でお礼を言い、ゲームをインストールする前に注文を済ませることにする。

 

 

「俺は……よし。スーパービッグチョコレートケーキにするわ」

 

 

「え。それめちゃくちゃ大きくなかったっけ?」

 

 

 秋地は敦司の注文を思い返した。敦司は度を越した甘党である。が、スーパービッグチョコレートケーキ、通称SBCKは直径15センチのどでかいケーキで、少なくとも1人前の量ではない。

 

「いいんだよ。今日は記念日だからな。あ、今から記念日になるのか」

 

 

秋地も心配もよそに、敦司はうきうきした様子で軽く返した。

 

「ゲームをインストールするだけなのに、大げさな気がするけど。まぁいいか。僕はえーと、チョコレートケーキで」

 

 

「じゃあ、私はいちごショートケーキで」

 

 

 3人とも注文を済ませると、敦司が急にゲームの話に移った。

 

 

「……よし、じゃあ今からゲームをインストールする」

 

 

「ええ? ケーキが来た後でもいいじゃん。というか、せめてタイトルぐらい先に教えてくれてもいいのに」

 

 

 2か月前から、面白いゲームといわれた割には、タイトルすら秋地は教えてもらっていないので、さすがに少しばかりつまらない気持ちになっていた。

 

 

「あー、このゲームはちょっと特殊なんだよ。インストールすればわかるさ。まぁ、お前ならインストールは成功するだろ。えーっと、ケーブルは……」

 

 敦司はカバンをごそごそとあさり、1メートルの白いケーブルを手に取り、秋地と空に渡した。4人まで直結可能なケーブルだ。受け取り、首につけているニューロリンカーにケーブルをつなぐ。目の前にワイヤード・コネクションの警告の文字が浮かぶ。無視していると敦司もケーブルをつなげ、空もケーブルをつないだ。敦司が何度かディスプレイを操作して数秒すると、秋地の目の前に【BB2039.exeを実行しますか? YES/NO】の文字が浮かんだ。特に何も考えずにYESのボタンをタッチする。

 

 

「うわっ」

 

 

 直後、視界全体に炎が走り、秋地は思わずのけぞってしまった。すぐに炎は視界の中央に集まり、<<BRAIN BURST>>という文字が現れた。ゲームタイトルだろう。インストールの最後に、先ほどより小さなフォントで<<Welcome to the Accelerated World>>と表示され、炎は完全に消えた。目を見開いていると、眉間にしわを寄せた敦司が思考発声で訪ねてきた。

 

 

「『文字、読めたか?』」

 

 

「ん?『 ああ、加速世界へようこそってやつだろ? 読めたけど』」

 

 

 秋地も思考発声で返すと敦司は満面の笑みを浮かべた。

 

 

「よし! まぁ、間違いなく成功するとは思ってたけどな」

 

 

 敦司がかなり大きい声を出し、それをたしなめるように空がちらりと敦司を見た。

 

 

「わり。……『じゃあ、このゲームについても説明するわ。<<バースト・リンク>>っていってみな。あ、一応小声で頼む……驚くなよ?』」

 

 

「わかった。<<バースト・リンク>>」

 

 

 そう発声した直後、耳元で雷鳴が響いたと思ったら、周囲が青く凍っていた。先ほどの炎とはけた違いの現象に驚愕し、思わず立ち上がる。敦司の言葉はこのことか。しかもなぜか秋地の姿が学内ネットで使用する男子生徒アバターに切り替わっている。振り向いて店の中の時計を見ると、秒針が微動だにしていない。それどころか、一切の物音が聞こえない。そこで気づいた。

 

 

「時間が、止まってる?」

 

 

「いや違う。加速してるんだ」

 

 

 俺たちがな。と、声が背後からから聞こえた。敦司のほうを向き直ると、そこには学内ネットで敦司が使用している男子アバター――既存のものをそのまま使用している――がいた。空のほうを見ると、そちらにも既存の女子アバターに魔女のとんがり帽子を身に着けただけのアバターがいる。

 

 

「加速? どういうこと? 「アクセル」って名前がついてたから、てっきりレースゲームかなにかと思ったんだけど」

 

 

「あー、お前もそう思ったか。俺も空からインストールされたとき同じ質問をしたわ。まぁ今は加速の説明をしよう」

 

 

 そう言って敦司はゲームの説明を始めた。今見ている青い世界――「ブルー・ワールド(初期加速空間)」――はソーシャルカメラ――犯罪防止用にいたるところに備え付けられている――がとらえた映像を3Dに再構成して、それをニューロリンカー経由で見ているらしい。時間が止まっているように見えるが、自分たちの意識を1000倍まで加速させているためそう見えるだけとのこと。しかし、これで終わりということではないだろう。

 

 

「それで、このアクセル・ワールドっていうのは結局どういうゲームなんだ?」

 

 

「気持ちはわかるが、そんなに焦るな。このゲームは一日置かないとプレイ出来ないんだよ。今日はグローバル接続を切ったまま、ニューロリンカーをつけて寝るようにな。あと、一応明日の放課後までグローバル接続はやめとけ」

 

 

 まぁ世田谷だし、大丈夫とは思うけどな。といって、敦司の説明は終わった。かなり疑問が残るが、明日全部説明するからと言われ、とりあえず納得する。

 

 この世界から離脱するには<<バースト・アウト>>とコマンドを唱えればいいらしい。バースト・アウトと発声すると、ジェット機のような音が聞こえ、青い世界から現実に戻った。

 

 

「それじゃあ、乾杯と行きますか!」

 

 

敦司が満面の笑みを浮かべながらそう言った

 

「そうだね」

 

 

 空もわずかに笑みを浮かべた。

 

 

「何に? あ、インストール成功のことか」

 

 

 秋地は少しだけ敦司のテンションに戸惑ったがすぐに原因に思い当たった。冷たい麦茶が入ったグラスを持ち、3人で「乾杯!」といいグラスを軽く当てる。というか結局「加速」する前に麦茶を飲んでいなかったので、のどが渇いている。ごくごくとのどを鳴らして麦茶を飲む。その後おじいさんが持ってきてくれたチョコレートケーキを食べながら長い間しゃべり続けた。

 

 

「ご馳走様でした!」

 

 

 3人でおじいさんにそう言い、ボーンを出る。午後7時を過ぎているので、すでに外は暗くなり始めていた。商店街を出て2人と途中の別れ道で解散し、家に帰宅した。

 




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