世界時計の旦那の英雄譚   作:フクブチョー

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ランク1 遠くない再会を祝して

 

 

 

 

 

 

 

 

「エーデ!」

 

髪も、肌も、瞳も、剣も何もかもが白いまさに人間離れした美貌を持つ女剣士は闇の中に姿を消そうとしていた。その背中を捉え、一人の男が呼び止める。

息を切らして現れた男もまた銀髪の剣士。背丈は180cm近い。整った顔立ちに琥珀色の瞳を宿した若者。歳は少年と青年の間といった頃合いだ。

若者の名は新宮寺 零。二つ名は『絶対零度』。

 

「待てエーデ!行くな!!」

「…………ゼロ」

 

背を向けて歩んでいた純白の美女は男に呼ばれ、歩みを止める。彼女を止められるのは多くの意味で彼だけだろう。振り向いた彼女は純白の天使と見紛う程美しい。

 

「お前はまだ戻れるはずだ!」

「…………残念ですが、私の居場所はもうそちらにはありません」

「そんな事はない!俺も、黒乃も、寧音もいるじゃねえか!お前の居場所はここに在る!」

「…………それでは私と貴方は対等であれない」

 

なにもしなくてもこの世界で騎士として生きていける彼らと自分は違う。この世界で生きていくには自分は彼らに居場所を作って貰わなければならない。そんなものは対等とは言わない。友とはいえない。

 

「貴方達は私にとって大事な友です。そうあり続けたい。そしてゼロ、貴方は私の生涯の好敵手で、そして……」

 

私が初めて愛した男性です。

 

喉奥まで出掛かったその言葉は吞み込む。言葉にしてしまえば、もう我慢が出来なくなるとわかっていたから。堪えられなくなることを知っていたから。

 

「いつか貴方の全てを私が手に入れる。そのためにも私はもう表にはいられない」

「エーデ……」

 

強い意志が込められた白い瞳で見返され、もう何も言えなくなる。思いも何もかもが白いこの剣士を変える事は出来ない事を銀の青年は誰よりも知っていたから。

 

握りしめた拳に力を込める。もう言葉で引き止める事は出来ない。なら……

 

「眠りを覚ませ!!修羅雪姫!」

 

純白の日本刀が冷気をまとって顕現される。剣とは思えない程美しい霞みがかった刀身が現れる。零の固有霊装、修羅雪姫。

 

「真名解放!」

 

その物の本質を引き出す零のノヴルアーツ、真名解放。本気で闘う時のみ見せる彼のデバイスの真の姿。解き放つのはAランクの魔力が込められた己の刀。

 

「則天武后修羅雪姫!!」

 

氷の津波が立ち登り、その津波が翼になり、氷の純白が彼に纏われる。

辺り一面に放たれる冷気は、周囲を瞬時に凍てつかせた。まるでこの場所だけが氷河期にでもなったかのようだ。これこそが『絶対零度』またの名を『白剣が峰』と呼ばれる彼の所以だ。

 

「絶対に行かせないぞエーデ!両手両足凍りつく覚悟はしておけ!!」

「愚問ですね。貴方と戦う時、私は常に命を失う覚悟をしています」

 

純白の双剣を構え、腰を屈める。0から100への加速を可能とする彼女の戦闘態勢。

 

『行くぞ!!』

 

「エェえええええエデェエェええええエエ!!!」

「ゼぇええええええロぉおおおおおおおお!!!」

 

声にならない咆哮が二人から放たれ、二つの白き頂が激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒乃が駆けつけた時、戦いは既に終結していた。

大地は凍りつき、斬撃の爪痕は無数に刻まれている。見ただけで凄まじい死闘が行われた跡だとわかる。

 

その惨状の中には二つの純白の人影。地面に倒れ伏す銀髪の男に双剣を地面に突き立て、身体を支える白い美女。

 

「零!!」

 

駆け寄り零を抱き抱える。満身創痍の姿に息を呑むが、同時に安堵する。極寒の中にいるおかげか、身体の熱は明確に感じ取る事ができ、生きている事はわかったから。

 

ーーーー間に合った……

 

急いでデバイスを取り出し、自分の能力で零の時間を止める。死んでいないとはいえ大怪我をしているのには変わりない。特に額の傷は深い。一刻も早く治療が必要だ。

 

「クロノ」

 

剣を支えになんとか立っていた世界の頂点がいつの間にかこちらに来ていた。瞬時に戦闘態勢を整える。零にトドメを刺そうというのなら今の自分では敵わないとわかりきっていても戦うしかない。

 

しかし黒乃の様子を見てもエーデルワイスは何もしなかった。殺気を叩きつけることも、剣をこちらに向ける事も。裂傷のある左胸を手で押さえ、その場に立っているだけだった。

なんのつもりだ、と声を上げようとしたその時。

 

「クロノ、ゼロをお願いします」

 

エーデルワイスから紡がれた言葉に驚愕する。戦意に燃えていた黒い瞳が見開かれ、呆気に取られてしまった。

 

ーーーーあのエーデルワイスが私に零を託した…

 

ああ見えて人一倍プライドの高い彼女が。絶対零度を下した今、紛れもなく世界の頂点に立っているあの白き頂が、だ。

 

「ゼロに伝えてください。いつか必ず貴方の全てを奪います」

「ま、待て!エーデルワイス」

「それまでは貴方に預けておきます、クロノ。次は負けません」

 

背を向けて姿を消す。その背中を止める事は黒乃には出来なかった。

それが唯一出来る騎士は黒乃の腕の中で眠ってしまっていたから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーん……

 

意識が目覚め始める。それでも視界は暗い。どうやらまだ夜中のようだ。額につけられた刀傷がズキリと痛む。

意識が完全に覚醒し、頬が濡れているのを感じた。拭おうとすると自分とは異なる別の手がソレに触れてきた。

 

「………黒乃」

 

生まれたままの姿で心配そうに眉を顰め、同じベッドの中からこちらを見上げているのは妙齢の美女。烏の濡れ羽色をした艶やかな髪に漆黒の瞳を宿した銀髪の男の妻。

名前を神宮寺 黒乃。旧姓滝沢 黒乃。元世界ランク3位の騎士にしてKOKAリーグ所属のAランク騎士。すでに一児の母だがその実力に陰りは全くない世界最強の一人。

 

「悪い、起こしたか」

「いや……」

 

頬を流れる滴を指で掬い取る。そのまま黒乃は零の胸の中に体を寄せた。

 

「また、か?」

「…………ああ」

 

夫がこのような夜を過ごしたのは一度や二度ではない。眉間に皺を寄せて胸を掻き毟り、一筋の滴を落とす。そんな寝姿を彼女は隣で何度も見てきた。

 

「…………貴方のせいじゃない」

「わかってるよ……それでも」

 

あの夜からかなりの年月が経った。KOK・Aリーグに所属し、一時は世界ランク1位にまで登りつめ、数多の勝利を収めてきた。10年に一人の天才と呼ばれた才覚を存分に発揮し、周囲の期待に十全に応えてきた。

 

ーーーーそれでも………

 

たとえ幾百幾千の勝利を積み上げようと……

 

あの一敗が彼の胸から消える事はない。数年経った今でさえ心にはあの純白の双剣が突き刺さったままとなっている。

 

「未練だ……なぁ」

「零……」

 

ーーーー俺なら出来たはずなのに。事実出来ていたんだ。あの一時、刹那の躊躇が全てを分けた。

 

「受けるのか?あの話」

 

唐突に話が変わる。あれから何年も経つのに過去と自分を責める夫を救いたかったのだろう。妻のそんな気遣いを理解し、心中で感謝しながらいつも通りの口調で言葉を返した。

 

「あの話?ああ、破軍学園の理事にってアレか……もう表の第一線からは引いたワケだし、俺が受けてもいいんだけど」

「…………あまり高い地位を与えられると身動きが取りにくい……か?」

「その通り」

 

黒乃も零も現役騎士としては表向き引退している。黒乃の理由は命をかけたような闘いが出来なくなったから。己の命より大切な存在が出来たからだった。その中の一つに自分が入っている事は素直に誇らしい。

そして零の引退の表向きは後進の育成及び神宮寺家の家督相続の為となっている。しかしこれは表向き。当然裏向きがある。

 

いずれ動き出す四人の世界最悪の犯罪者達。その強さは既に捕らえることを諦められている程。そんな彼女らに対抗できるのは零が知る限り、表では三人しかいない。

 

『世界時計』旧姓、滝沢 黒乃

 

『夜叉姫』西京 寧音

 

そしてもう一人が……

 

『絶対零度』新宮寺 零

 

黒乃を戦わせるワケにはいかない。寧音もダメだ。あいつの人生を俺が左右するような事をしてはならない。自分の意思でKOKリーグを引退するならともかく、あいつには自由にあいつらしく生きて欲しい。となれば戦えるのはもう俺しかいない。

 

彼女らの動きにいつでも対応出来るようにする為には公式試合が詰め込まれているKOKリーグに所属していては不可能だ。これが無敗の『ゼロ』神宮寺 零の引退の本当の理由だった。

 

「お前が受けたら?黒乃」

「は?私が!?」

「改革とかそういうのはお前の方が向いてると思うぞ」

「確かに私にもこの話は来ていたが、それでも正式に依頼されたのは貴方だろう。それを私が受けては……」

 

旦那の尻拭いを妻がした、という事になる。もちろんその事に対して黒乃が不満を持つ事はない。支えあってこその夫婦なのだし、幸い出産も無事に終え、自分はまだまだ働ける。かつての母校の改革ならばやり甲斐もある。

 

しかしそれはあくまで私的な感情だ。

 

神宮寺家の当主が妻に面倒を見られたとあっては対外的な印象が非常に良くない。大人の政治の世界とはほんの少しの火種にガソリンを撒いて山火事を起こす物なのだ。つけ込まれる隙を作ってはならない。

 

「ああ、だから表向きは俺が理事に就任する。だが学校経営及び改革はお前に一任したい。まあ理事長代理の身分でも作るか。それにお前を任命すれば問題ないだろう」

「でも総司の面倒は……」

「なにを今更。今でもほとんどウチのメイドにやらせてるだろうが」

 

騎士としてトップを走り続けてきた弊害か、黒乃には家事の素養があまりない。妊娠中は流石に控えていたが、出産を終えた今ではタガが外れたようにスパスパ煙草も吸っている。幸い新宮寺家は名家だし、この手の仕事が出来る人間も山ほどいるので特に困る事はない。てゆーか黒乃のあまりに雑な扱いに見かねてメイドが取り上げたくらいだ。

 

あ、一気に落ち込んだ。しまった、言いすぎたか?自覚がなければ落ち込む事はあんま無いんだろうが、こいつはあるからなぁ。

 

「…………お前、本当の事だからって、そんな無茶苦茶言うこと無いじゃないか」

 

ギュッと胸元に拳を握る。もういい歳だというのにこいつはいつまでも可愛い。

 

「あーあー、悪かった。それでも総司の母はお前だけだ。人一人の命を、お前は守り通したんだ。誇っていいことだぞ。胸を張れって」

「…………わかってる。まあ総司の面倒もあるがそれは確かにあまり心配してない。私が恐れているのは……」

 

不安そうな顔で頬を擦りよせてきてようやく気づく。彼女は間違いなく神宮寺総司の母だがこうも面倒を見れていなければ我が子に母と思って貰えなくなるのではと不安になっているのだろう。そしてこの話を受ければその可能性は確実に増える。

零に言わせれば考え過ぎだと一笑に伏すところなのだが黒乃にとってはそんな話でもないのだろう。女とは想像と現実をいっしょくたに考える生き物だ。世界最強といえどその例外ではない。

 

「大丈夫だよ。理事長のやる事なんてそんなに多くはねえさ。毎日顔を見せてやる事くらいは出来るって。心配すんな」

「…………どうせ私は総司に何も出来やしないからな」

「むくれんなって、悪かったと言ってるだろう。なに、今時共働きの親なんぞ珍しくもない。それにもう総司もパパママくらいは言えるし、俺たちの事はそう呼んでるじゃねえか。大丈夫だよ」

「…………そう思うか?」

「思う思う。絶対だ」

 

寄った眉が若干和らぐ。刻まれた皺は完全に消えてないけど多少安心してくれたらしい。

 

「それに母校が情けないってのも不愉快な話だろう。未来ある若者を鍛えてやろうじゃねえの。な?」

「……………………それもそうか」

 

ようやく黒乃が納得を見せる。破軍学園は二人が出会った思い出の場所だ。そこが弱いというのはたしかにあまり良い気分ではない。

 

「ただし、改革にはお前も手伝うんだぞ」

「それは無論。表向きは俺が理事長なんだし、特に緊急を要する事態がなければ基本的な仕事は俺がやるさ。心配すんな」

「なら良し。引き受けよう」

 

引き受けると黒乃が決めた途端、額の傷がズキリと疼いた。ここ数年、昔の夢を見ない限り疼かなかった刀傷が焼けつくようにひりつく。痛みをごまかすために思わず黒乃を抱きしめてしまう。

 

「まったく、お前はこうすれば私の機嫌が良くなると思っているだろう」

 

腕の中で不服げに夫の行動を皮肉る妻に何とか苦笑を返す。どうやら顔には出さない事には成功しているらしい。勘違いを正さない為にもそのまま強く抱きしめる。

 

ーーーーコレが疼くって事は……

 

理事長を引き受ける事がエーデルワイスとの再会を早めるということだと絶対零度は本能的に察していた。

 

ーーーーまさかおまえの方から会いに来てくれるとは……再会を祝おうじゃねえか、なあ?エーデ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、名前すらない地の闇の中で白く輝く美女は痛みに顔を歪めていた。

左胸の鎖骨に刻まれた刀傷の唐突な疼きにエーデルワイスの表情は歪んでしまっていた。苦悶に喘ぐその姿もまた神秘的なほど蠱惑的な美しさがある。

 

ーーーーそう遠くない未来、互いに敗北したあの決闘の決着をつける事になりそうですね。ゼロ

 

零は完全に敗北したと思っているあの死闘。敗れたと感じているのはエーデルワイスも同じだった。殺すつもりで戦った自分が殺せなかった時点でエーデルワイスにとっては敗北だった。それにあの戦いの中、たしかに一度自分の命は彼の中に握られていた。零の優しさと覚悟からその一太刀は振るわれなかったが、もし彼が殺すつもりで戦っていたなら屍になったのは自分だっただろう。

 

ーーーーいつか必ず貴方を奪います。それまでゼロは貴方に預けておきますよ、クロノ。

 

いずれ出会うだろう好敵手達に思いを馳せながら、世界最悪の犯罪者、比翼のエーデルワイスは白すら飲み込む闇の中へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか思いついたので気分転換も兼ねて書いてみました。連載するかどうかは反響次第でと考えています。まだあまり原作で明らかになっていない人達がメインになりそうなので間違ってる所や矛盾があるかもしれませんがお許しください。黒乃の子供の名前と性別も自分が勝手に決めてます。とりあえずオリキャラプロフィールを紹介しておきます。

神宮寺 零
所属:破軍学園

伐刀者ランク:A

固有霊装:修羅雪姫

伐刀絶技:真名解放。禁技・摩訶鉢特摩(マカハドマ)

二つ名:絶対零度

人物概要:破軍学園理事長

攻撃力:A
防御力:B
魔力量:A
魔力制御:A
身体能力:A
運:B

元KOK『A級』リーグ選手で、引退時の世界ランキングは1位。
表向きは家督相続と後進の育成の為となっているが真実は世界最悪の魔人達の切り札の為。霊装は純白の日本刀(モデルは袖の白雪)。氷結系の能力者。摩訶鉢特摩は世界そのものを凍らせる絶技。使用後は大津波などの天変地異が起こる為、禁技指定とされている。伐刀者としての才能は他を圧倒しており、いわゆる黒乃達の世代のステラ的存在。

とまあこんな感じです。いやぁ、チートですね。因みに真名解放後の固有霊装の名前は則天武后修羅雪姫。則天武后とは中国に実在した唯一の女帝の名前です。そこ、それなんて卍解?とか言わない。子供は勝手に男にしています。名前は神宮寺 総司。このチート夫婦の子供なら絶対天才だろという事で天才といえば沖田総司というのが筆者のイメージです。幕末大好きなんで。それでは次があるかどうかはわかりませんが感想コメントよろしくお願いします

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