破軍学園では無許可のデバイスの展開は校則で禁止されている。そんな事はこの学園に所属しているなら誰でも知っている事だ。
規則は遵守しなければならないもの、しかし若人にとって規則とは破るもの。目の前の事しか見えず、考えられず、向こう見ずに行動出来るのは彼らの特権だ。
今日もその特権を行使している生徒が二人いる。一人は2丁拳銃を構えたセミロングの黒髪の美少女。背は女性にしては高く、肉付きも女性らしく優美な曲線を描いている。
もう一人は同じ女生徒ではあるが体格は対照的。小柄な体にリボンが特徴的な少女。姿は可愛らしく手には2対の鉄扇が握られている。
二人の名は滝沢黒乃と西京寧音。友人であると同時にライバルでもある将来有望な騎士の卵だが、自分達の関係を友情と呼ぶには彼女たちはまだ青すぎた。
この日の争いも毎日のように繰り返される喧嘩の一部でしかない。原因が何だったかなどもう忘れてしまった。学生としては圧倒的な実力を持つ二人を止める事は教師陣にすら出来ず、二人が力つきるまでこの喧嘩は続く。
「お、おい!先生呼んでこいよ!」
「無理だよ!この前呼ばれて止めようとした先生、壁に減り込まされたじゃん!!」
もう止めようとする生徒はおらず、避難する事を優先する生徒たち。この光景も普段通りだ。誰もいなくなったのを確認すると、二人の決闘は一気に加速する。
「なんだ、騒がしいな」
「騒々しいですね、何の騒ぎです?」
そう、普段なら。
あいにくこの日は違った。今日の決闘が行われた場所は、通常関わる機会が無い為、関与しなかった二人の通り道だったのだ。
「『絶対零度』………神宮寺零」
「『白き頂』………エーデルワイス」
破軍学園どころか、全国生徒で間違いなく最強の二人。いつも二人でいるがペアだから強いわけではない。単体でも誰も並ぶ者がいない程圧倒的に上の段階にいる騎士。白と白銀。似て非なる色をした二人の並び姿はまるでフォトグラフィックのように幻想的だ。
「白き翼のお二人さんだぜ」
「いつも二人でいる連中だ。トップ二人でお高くとまってやな感じだぜ」
やっかみの視線が二人に注がれるが二人はまるで気にしない。妬み、嫉み、集団心理。それはそれで弱者の武器だと理解している。それでもハッキリ言って眼中にない。それより今は興味が惹かれる存在が二人の目の前にいる。
「なんだこいつら。面白そうな連中だな。喧嘩か?大いに結構だが通り道でやるな、校庭でしろ校庭で」
「ゼロ、争いを奨励しないでください。デバイスを取り出しているでしょう。これはもう喧嘩と呼べる次元ではありません。まあ子供の諍いだとは思いますが」
不躾に放たれた声に黒乃と寧々の眉は大きく歪む。最強であるはずの自分達の常に一歩先を行く天才。目の上のタンコブの二人だと彼女たちは見なくてもわかった。
「ハハッ。良い目つきで睨んでくるじゃねーか。そいつ以外に負けた事がねえってツラしてるぜお前ら。名前は?ああ、俺は神宮寺零」「知ってる。馬鹿にしてるのか」
その質問に彼女らの怒りは更に燃え上がる。コイツは同世代のライバルの名前すら知らないのか、おるいはライバルなどと思っているのは自分達だけなのか。
二人とも柳眉をあげるのみで答えない事に銀髪の剣士は苦笑をもらし、隣を歩く白い美少女に訪ねる。
「名前は?」
「滝沢黒乃と西京寧音ですよ。自分と同じクラスとランクの生徒の名前くらい覚えておきなさい」
「エーデだって俺の名前覚えられてねえじゃん。ゼロじゃなくてレイだって何度言えば覚えるんだよ」
「もうゼロで覚えてしまったのです。仕方ないでしょう」
つまり自分達など眼中にないという事。先程までの相手に感じていた怒りは今や学園どころか世界でも最強の一人に数えられるであろう二人組に注がれていた。
「おーこわ。ハハッ、いいね。来いよお前ら。敗北ってヤツを教えてやる」
彼らこそ神宮寺零とエーデルワイス。二人がまだ『比翼連理』と呼ばれていた頃の話である。
零が破軍学園の理事に就任してから一週間が過ぎた。その間で過去の学園の実績及び教師陣の能力全てに目を通し、一つの事実にたどり着き、零と黒乃は心底呆れていた。
なるほど、コレでは結果を残す事は難しいだろう。
「教師陣の質がここまで悪かったとは……」
屋敷に設けられた自分の書斎。誂えられた豪奢な椅子に腰掛けながら嘆息する。手中のリストにある名前は日本の名家筆頭である黒鉄家の息がかかった愚劣な人間ばかり。カリキュラムも魔力重視のもので占められている。
もちろん魔力量は騎士の強さを決める重要なファクターだ。軽んじる気は毛頭ない。しかしそれだけで勝敗が決まるほど騎士は単純な世界ではない。
前例を見る限り、前任者はそれすらわかってなかったとしか思えない。コレはもう改革云々以前の問題だ。
「しかし理事会の前任者を全員クビは少し思い切り過ぎたんじゃないか?」
「仕方ねえだろう。俺だって出来れば内情を知る人間を一人は味方につけたかったが……」
生徒達のカリキュラムの見直しも勿論図る。それでも彼らはまだ白いキャンバス。描く者次第で如何様にも色は変わる。まず優秀なデザイナーを揃える事が急務だ。
「その辺は折木がいるからなんとかなるだろ……それからこっちが生徒達のリストか」
手に持ったもう一つの資料を取り出す。ほぼ無名の有象無象の名前ばかりが並んでいる。ステータスも細かく書かれている。この辺の仕事は流石黒乃といったところだ。
「…………知った名前もチラホラあるな。生徒がザコばかりというわけでもない。南郷のジーさんとこで見た奴だ」
ほぼ流し読みをしていたリストの中で東堂刀華という名前が引っかかる。何度か太刀筋を見てやった事もある。施設出身の娘だが一目で才能は見抜けた。前回大会もベスト4。この学園の白眉と言って過言ではない。
「ん?」
再び引っかかる。それは名前を知っているとか面識があるとかではない。いや、よく見ると名前も気になったが、それより上下にある名前と明らかに異なっている点が二つあったからだ。
ーーーーランクF……17歳で1年生
つまり留年しているということ。それだけならああ、落ちこぼれかで終わる話だが彼のランクがそれを阻む。腐っても伐刀者のエリートが集う破軍学園でFランク。コレは入学すら出来ないと判断されても不思議ではないランク。
もちろんランクが強さの全てを分けるなどという事は思っていない。自分より下のランクで目をみはる騎士は何度も見てきた。それでもやはり限度というモノがある。
17歳でランクF。コレはヘタなEやDなどよりよほど希少な存在だ。
「黒鉄…………カズキか?まさかあの黒鉄家?いやまさかな」
「その黒鉄家の子息だ。そいつは。名前はそれでイッキと読むらしい」
妻から独り言に対しての答えが返ってくる。それで色々と納得がいった。明らかに偏った教師陣に判定基準。カリキュラムに試験内容。なるほど、あの石頭がやりそうな事だ。鉄血の名は伊達ではない。
「て事はこの子が圧力かけられて進級できなかったっていう少年か。しかしよく入学出来たな」
「選抜試験で折木に勝ったらしいぞ。それでムリクリ入学した」
「へー!」
友人として折木の実力はよく知っている。就任した際にも直接顔を合わせた。教師をしているとはいえまだまだ現役騎士と言って差し支えない強さを持っている事は確認している。それほどの相手をランクFが倒した。
ーーーーランクFがこの学園に来ているという時点で相当頑固な事は想像つくが……
子供のダダとはどうやら違うらしい。乏しい魔力で己を鍛え上げたのだろう。なるほど頑固は血筋か。ある意味であの石頭の息子らしい。
「面白いな、一度見てみたいものだ」
「ああ、近いうちに実力を直接見なければならないだろうな。折木に勝ったんだ。まぐれはないと思うが念のためだ」
「で、こっちが例の大型新人か」
その他大勢に含まれるリストの中で特別扱いされている2名のデータを手に取る。直接はまだ会っていないが目に入る数値だけで逸材とわかる。
「黒鉄 珠雫。ランクB。氷雪系の使い手。俺と同系統。興味あるね。それともう一人が……」
ステラ・ヴァーミリオン。なんと破軍学園では俺たち黄金世代以来のランクA。間違いなく天才の部類に入る騎士。しかも皇国の皇女様。何もしなくとも裕福な未来が約束されてる立場だろうに、騎士の道を目指し、しかもこの日本にやってくるという異分子。その理由も想像はつくが……
「わざわざ海を渡って来るあたり、彼女も相当の負けず嫌いだな。天才扱いが気に入らないか。わかるねぇ。どんなツラしてるか見えるようだぜ。絶対負けた事ねえって顔したお嬢だ。誰かさんと誰かさんを思い出す」
「…………フン、自分か?」
「今度質の良い鏡をプレゼントしてやろう」
そして今朝ほどに届いたもう一枚の便箋に手を伸ばす。差出人はなんとヴァーミリオン皇国の現皇帝。内容は表向き日本の名家である神宮寺家の当主である俺宛てへの招待状だったが、このタイミングで俺の元にコレを送りつけた理由は一つしかないだろう。
「大事な娘が海を渡るんだ。預ける組織の長と会っておきたいというのはわかる」
「ハハハ、母親が言うと説得力が違うな」
「貴方は違うのか?」
「うーん、俺は特に何も。あの子には広い世界を知ってほしいと思ってるしな。総司が娘だったら違ったのかねぇ」
母親にとって息子とは子供であり、同時に恋人でもあると聞いた事がある。愛の形が違うので細かくは真実じゃないんだろうが異性に愛を捧げているのは違いない。
「行くのか?」
「事がこうなるとな。俺もこの子に会ってみたいし」
さて、この手のパーティは基本夫人同伴となっている。俺も本来なら迷わず黒乃を連れて行くところだ。しかし今の状況で日本をカラにするわけにもいかない。
「黒乃、お前は……「私も行くぞ」
残れ、と言おうとして遮られる。同時に机に叩きつけられる招待状の便箋。
「魔導騎士見習いの娘の送別会なだけあって世界トップの騎士が数多く招待されているらしい。寧音のところにも来たと言っていた」
「マジか……」
なら知った顔にもきっと会う事だろう。下手をすればあの石頭とも会わなければならないかもしれない。
「一気に行きたくなくなった……」
「心配するな。独身時代にお前がナニをやっていたとしても過去の事だ。私は何も気にしない。ああ、気にしないとも。私が理解ある妻だった事を感謝するといい」
「怖えな!そんな心配はしてねえよ!むしろ逆の心配してたんですけど!!」
現役だった頃、俺は黒乃と一時距離を取っていた。あの頃俺は大切な女ができる事に怯えていた。大切だから背負いたくなかった。背負う重さに耐えられなかったのだ。
そんな俺が作っていた壁を叩き壊してくれたのが寧音であり、黒乃だった。
突き放していた黒乃と結局一緒になったのだ。あの時の知り合いに会えば確実に何か言われるだろう。
「もう式で十分囃し立てられただろう。今更だ」
「俺がその手の連中、招待してたと思うか?」
「あぁ…」
一つ大きく息を吐き、諦めたように頭を一度横に振ると内線の電話を取った。
「咲世子。ヴァーミリオン皇国の魔導騎士会議に出席する。二人分の外出の用意をしてくれ」
『かしこまりました。若様のお世話は引き続き我々が行うという事でよろしいでしょうか?』
「ああ、かなり堅い会議になる。上物のスーツを用意してくれ」
『奥様の装いはいかがいたしましょう』
「お前、スーツでいい?」
「私個人ならスーツが良かったが、お前の同行者として出席するならそうもいかないだろう」
「だよな……咲世子、ドレスで。差配は任せる」
『かしこまりました。旦那様』
受話器を置いてもう一度息を吐く。一度顔を手で拭うと、不敵な笑みを漏らした。
「ステラ・ヴァーミリオン。特級の才能は時に努力の価値を曇らせる。さてこの子はどうかな」
「…………そうだった場合、どうするつもりだ」
「価値を知らないんなら教えればいい。研磨されてない才能だというならそれもまた一興。どちらに転んでも楽しみだよ」
戦意混じりの笑みに思わず胸が高鳴る。滲み出る闘気は現役時代に勝るとも劣らない。
結婚とは慣れ、恋心はやがて冷めるものと言われている。しかし黒乃はその事を全く実感できずにいる。もう結婚し、子供もいるというのにこの恋は冷める気がしない。
ーーーーやはりお前はまだ騎士だよ。
学生だった頃より遥かに精悍になったその横顔に若き日の彼の姿がダブる。
『はい、俺の勝ち』
あの頃、生まれて初めて言い訳のしようのない、現時点では100回戦っても勝てる気がしない敗北を喫した頃を思い出す。その時も彼は自分という才能を前にこんな風に笑っていた。
『此方も終わりましたよ』
対面ではエーデルワイスに双剣を突きつけられた寧音が尻餅をついて倒れている。目の前の怪物の相手に精一杯だったおかげで見てる余裕などなかった。どうやらあちらも完敗だったらしい。
『しかしスゲえな。こんなヤツがウチのクラスにまだいたとは。いやはややっぱり世界は広い』
それは此方のセリフだった。自分はもう世界でも戦えるという自信があったのに学生に完敗させられた。自信を打ち砕くには充分過ぎた。
『なに凹んだ顔してんだ、お前は。強え魔導騎士は世界の宝だ。俺もエーデも何かに選ばれた。そしてお前も選ばれているんだぜ』
手を差し出す。倒れた彼女を起こすためだ。共に歩む最強の一人を彼らの世界に連れて行くために。
『怒りのままに力を振るい、何かを壊す事なんてつまんねえ事、誰にでもできる。お前にはもっと他の誰にもできない事が出来るはずだ。俺と一緒に来い、滝沢。頂点の世界に』
ブルリと震えた。目の前の男の熱が黒乃の身体に移り、その熱が黒乃を駆け巡った時、思わず身震いしてしまったのだ。未来を思い、挑戦的に雄々しく笑うその姿は黒乃の女を刺激するには充分過ぎた。鍛えられた剣客の手に、自分の手を握られ、その言葉に、強さに、心に魅せられてしまったあの時を黒乃は一生忘れない。
年月を経て、共に同じ時間を過ごしても、彼から感じる熱は彼女が恋したあの若者と変わらなかった。
あとがきです。久しぶりに見たら評価が赤くなっててびっくりでした。というわけで連載していく事にしました。次回はヴァーミリオン皇国に旦那が行きます。親バカ皇帝の喋り方とか色々想像でいきますけど矛盾があってもご容赦ください。それでは感想、評価よろしくお願いします。他二作もよろしくです