「あーもー!疲れた!今日はもうやめ!」
デバイスを解除し、訓練場で尻餅をつく。辺り一面凍りついた地の上ではセミロングの黒髪の女生徒が仰向けになって倒れている。
「ま、待て新宮寺……まだ、終わって」
「終わってるよ!いい加減にしろ!何試合お前に付き合ったと思ってんだ!日が暮れちまうよ比喩じゃなく!今日はもう終わり!あーしんど。面白かったのは最初だけだったぜ」
息を整えて黒乃を抱き上げる。倦怠感で動けなかった黒乃だったがそんな感覚は一瞬で飛んで行ってしまった。顔を真っ赤にして零の胸板をドンドン叩く。
「わ、私に触るにゃ!!」
「ほらもうロレツ回らねえほどお前も疲れてんじゃねえか。無理すんな、休んでろって」
「わ、わかった!今日はもう終わるから下ろしてくれぇ…」
「ははっ、随分嫌われたな」
「あ………いや、そんなつもりじゃ」
本当は逆なんだ、と心の中で叫ぶ。触るななんてひどい事、本当は言いたくなかった。それでも赤くなった顔や潤んだ目を零に見られたくなかったのだ。
「ゴメン」
「イイって。確かに少し不躾だった」
一応の言質は取れたため、従ってやる。そっと黒乃を下ろすと乙女座りで俯いた。なんか可愛い。
「はっはー……くーちゃん……だっせー」
疲労困憊とありありと感じられる声が隣から掛かる。西京寧音も黒乃と大差ない状態になって大の字で寝転がっていた。
「貴様は……コテンパンにやられたようだな……言っておくが私は新宮寺に一撃掠ったぞ」
「掠ったくらいで……何自慢してんだ………誰も殺した事ない殺人剣(笑)かよ。ウチはこの真っ白の剣戟………受け止めてやったぜ。一発も当たらなかったけど」
「ははは……その程度で………駄目だ、笑うのもキツイ」
へえ、と少し驚き、いつの間にか隣に立っていたエーデに零が目を向ける。すると肯定の意思を込めて視線を返してきた。
「貴方こそ一撃もらったのですか?」
「まーね。擦り傷だったけど」
白い美少女が持ってきていた水を受け取り、一口煽る。見ればわかる。エーデもかなり疲労している。この女がここまで疲れさせられるのは珍しい。俺以外では初めてかもしれない。
「本当に面白いヤツらだな」
「ええ、同感です。叩けば叩くほど強くなる」
「明日は相手交換しねえ?西京とも戦ってみたい」
「いいですね、私もタキザワと戦いたいです」
コッチが笑うのもしんどい状態だというのに余裕綽々に明日の予定を話している。理不尽とわかってはいても苛立つのは止められなかった。
「ウチら……強いと思ってたんだけどなぁ」
「強いさ、間違いなく。だが上には上がいて……」
悔しい、けど同時に楽しい。自分達以外に敵がいなくて、理由もなく苛立ち、燻っていたあの頃とはまるで違う。毎日が挑戦の日々は本当に面白い。
「天井知らずだぜ……あの二人の強さは。目指しがいがある」
「とりあえず……今に見てろよ、という事で」
なんとか息は整ってきた。起き上がろうと腰に力を入れるが上手くいかない。
「ホラ」
目の前に手が差し出される。それは初めて会った時と同じ、鍛えられた強く美しい手。この手を見せられるたびにドキリと胸が高鳴る。
「行こうぜ」
白銀の髪の美少年が笑う。その向こうで白い少女が待っている。どこへ?とは聞かない。どこでもいい。どこへでも。
貴方とならどこへでも。
光溢れるまばゆい高みに向けて四人は歩き始めた。
ノックの音が聞こえる。鏡の前で黒を基調としたスーツを着こなし、身だしなみを整えていた零は開いていると答え、入室の許可を出す。
「失礼いたします。旦那様、そろそろお時間です。ホールの方へお急ぎください」
「ああ、わかっているシルヴィ」
設えられた部屋の中へと入ってきたのは胸元に白いリボンをつけ、軽い装備を施してあるメイド。胸当ての下は豊満な胸が窮屈そうにしている。西洋人にしては珍しい黒髪ロングをアップに纏め、青い瞳をした美女。
名前はシルヴィア・ライグリス。新宮寺家に勤める語学に堪能な美女。新宮寺家に仕えるメイドは皆、高い戦闘力を有している。もちろん彼女も優秀な伐刀者であり、今回零と黒乃の護衛として同行してきた。
「黒乃は?」
「慣れないドレスに手間取っているご様子でした。こちらの邸宅の使用人が数名付いておりましたので時期にいらっしゃるかと」
最後にネクタイを締めて部屋を出た。小国とはいえ流石は王城。広さは神宮寺の屋敷と比べても遜色なく、まさに幻想のような空間が広がっていた。
革靴の音を軽快に鳴らしながら廊下を堂々と歩く。何人かの着飾った貴婦人とすれ違う。その誰もが彼の凛々しい姿に見惚れ、ため息をつく。
「まあ、あの涼しげな紳士は?」
「どこの殿方かしら?」
「あら、ご存知ありません?世界ランク1位の魔導騎士様であらせられる……」
「では彼の方が『白い奇跡』?」
「素敵ですわ……」
そんな声が聞こえてくる。飛び交う言葉は英語だけではない。近隣諸国の言葉やアジア圏の言語もある。幾つかは零すらも知らない言語もあった。
特別視にも扱いにもだいぶ慣れてはきているのだがあの呼び名だけは何度されても慣れない。まだ絶対零度の方がマシだ。そんな主の心境とは裏腹に、後ろに控えているシルヴィはフフンと言わんばかりに誇らしげに胸を張っている。
「…………嬉しい?」
「とても」
「そっか……」
今俺に仕えている彼女たちはメイド長の咲世子以外俺が世界を回って見つけ出した生え抜きだ。正直酷い生まれの人間も少なくない。そんな彼女らにとって俺は救いの神のように見えるらしい。
伐刀者の存在は希少だ。千人に一人の才覚を持つ自分を誇ればいいものを、といつも言っているのだが、一歩間違えれば自分達はリベリオンなどのテロリストになっていたかと思うと感謝をせずにはいられないそうだ。
「では、私は奥様のご様子を見て来ます。その後はいつも通りに」
「ああ、頼む」
スッと影に紛れるようにシルヴィが姿を消す。それを確認し、ふと会場に目を向ける。大広間の入り口には受付があり、そこで招待状を見せ、署名した後入場出来るようになっていた。
「あのーーーー、もしかしてお一人ですか?」
所在なさげに立っていたせいだろう。上品な令嬢に声をかけられる。アッパーな発音のブリティッシュだ。無視して広間に入ってしまおうかとも考えたが、あの人だらけの無駄に広い部屋の中で黒乃が俺を探すのは大変だろうと思い直し、向き直る。強めの香水の匂いが香った。
「この辺りの貴族の方ですわよね?よろしければお話でもどうかしら」
「お気遣い感謝いたしますが、人を待っておりましてーー」
白銀の髪のせいか、零は海外に出ると外国人に間違えられる事が多々ある。元々日本人離れした容姿もその間違いに拍車をかける。
「あら、貴方のような素敵な殿方を待たせるなんて悪い人ですわね。ではその間どうか私たちと話をいたしませんか?見たところさぞや名のある騎士様とお見受けしますが、所属はどちらで?」
「いえ、私はーーーー…」
思ったよりしつこい婦人達に少し焦る。既婚者だと告げようかとも思ったがこういった上流階級の世界では結婚指輪は虫除けにならない事が多い。 貴族の当主 ともなると愛人の一人や二人いて当たり前だ。
さて、少し強い言葉を使うか、と口を開きかけると、
「あーー、ダメダメ。そいつ、敵に回すと鬼よりおっかねー嫁がいるから」
カランと乾いた音が鳴ると同時にじゃれつくような甘い声。その瞬間尋ね人が誰かを悟り、笑みがこぼれる。
「ゴメンね、れーくんはウチの友達なんだ。あんまり困らせねーでやってくれるかい?」
桜を描いた白地の着物に鮮やかな赤の羽織を着た小柄な女性。ぱっと見は十代後半……下手すりゃ前半にさえ見える。丈のあっていないダボダボの着物に着られていれば尚更だ。サイズが合っていないから必然だらしなく着崩れる。しかし大事な部分は隠れているのは西京寧音の着こなしテクなのか。
「まぁ、何かしらこのお嬢さんは。おチビさんは黙ってらっしゃいなさいな。コレは大人の……」
「いけませんわ、アイリス様。この方、世界ランク3位の夜叉姫ですわよ」
「っ!まさか……どう見てもまだ子供」
「ハッハー。理解の悪い奴には百聞より一見だねー」
鉄扇を顕現させたところで俺が慌てて寧音を止める。ガキ呼ばわりはこいつが一番嫌う事と知ってはいるし怒る理由もわかる。とはいえここで死人を出すわけにもいかない。
「きょ、興がさめましたわ!失礼します」
デバイスを取り出した事で本物だと理解したのか、そそくさと去っていった。一つ息を吐き、黙って隣に陣取った少女………いや、熟女……いやいや淑女に目を向けた。
「助かったよ寧音。ありがとう」
「気にすんな。ウチも久しぶりにれーくんと喋りたかったからなー。邪魔なオバン共に退いてもらっただけだよ」
ニッと笑い、こちらに手を差し出してくる。俺も笑みを返し、出された手を握る。
「元気そうだな、寧音。KOKでの活躍はもちろん見てる。凄いな」
「まったく、れーくんがウチらを
悪いな、と零が謝るとバーカ冗談だよと返し、二人とも壁に背を預ける。
「しかし実際会ってみると久しぶりという感じはしねえな」
お前の見た目のせいもあるんだろうが。
「私的な場ではとやかく言う気はねえけどこういう場ではキッチリしたらどうだ」
「バカだなー、こういう場でキッチリしてないからいつもだらーんとしてられるんじゃねーか。れーくんは相変わらずその手のピシッとした服着こなすのがうまいなー」
礼儀としてまずお互い衣服の感想を述べる。二人とも本音の感想のため、褒めているとは少し言い難い。
「ところでくーちゃんは?」
「そういや遅いな。どんだけ着慣れてねえんだよ、ドレス」
「ははー。式ん時もくーちゃんのお色直しチョー遅かったよねー」
「そんなどうでもいい事をよく覚えているな貴様は」
やっと来たか、と聞き慣れた声と共に姿を見せる。と同時に零は少し息を呑み、黒乃は輝くような笑顔を見せた。
「すまん、待たせた」
艶やかな黒髪は丁寧に結い上げられ、整った顔にはうっすら化粧が施されている。纏っているのは黒を基調とした絹のドレス。フリルをふんだんに使っており、丈の長さは足元に達するほど長い。両肩は剥き出しになっており、底の見えない深い胸の谷間が覗かれ、首元は以前俺が贈ったネックレスが輝いている。
黒乃は元々日本人離れしたスタイルを持っているため、大人らしい美しさは充分にあるのだが結婚し、女の色香とも言うべきものが飛躍的に上がった。
「いきなり隣に立つなよくーちゃん。殺しちゃうところだったぜー」
「貴様ごときに私が殺されるとも思えんが、今は私の旦那が目の前にいる。そんな事をしようものなら即凍結だぞ」
「寧音にそんな事はしねえよ。ダチの喧嘩は自分でなんとかしろ」
「だってさ、残念」
フン、と不機嫌そうに黒乃が鼻を鳴らすと、ジッと零を見つめてくる。視線の意味を理解すべく同じように見つめ返す。
ーーーー怒り……というより不満?今の発言に対してか?いや、こんな事でとやかく言う女じゃないはず。となると、それ以前……あぁ。
不満の元凶にようやく思考が届く。一つ笑うと黒乃に向けて手を差し出した。
「綺麗だよ、黒乃。よく似合っている」
正解にたどり着いたらしく、パッと不満は消え去り零の手を取る。そのまま零の肘に自然と手を掛けた。
「遅い、愛しい妻の艶姿だぞ。見たらすぐ褒めろ」
「ホント色っぺーよな、くーちゃんは。ウチとは別の意味で歳取らねえし。れーくんがウチじゃなくてあのおっぱい選んだだけはある」
ゴツンと鈍い音が鳴る。頬は紅潮しており、恥ずかしさと誇らしさが混ざったような表情だ。俺と二人ではなかなか見られない。俺も結構からかうけど同性にやられると言うのはまた違うのだろう。
「とっとと入場するぞ、歩く公然わいせつ罪!」
「なんだよー!くーちゃん待ってたんだぜー!!一言くらいなんか言ったらー!?あ、そーちゃん元気?あの子かっわいーよなぁ。も少し大きくなったらつまみぐいさせて」
「総司に手を出したら殺すぞ」
「うわー、殺気がマジすぎて引くわー。マザコンの原因って母親にあるらしいぜ、気をつけなよれーくん」
動き始めた二人に対して零は笑ってその様子をジッと見ていた。ついてこない事を不思議に思ったのか、頭にハテナを浮かべながらこちらに振り返る。
「零?」
「れーくん?」
この二人とはもう10年近い付き合いになる。かなり離れていた時期もあったにもかかわらず、この二人の関係は何年経っても変わらない。
人は変わる。それが当たり前だし、それは概ねいい事だとおもう。俺も黒乃も学生の頃とは変わった。しかし、変わらなくて良いものも確かにある。この二人を見ていると思い知らされる。
手を取られる。黒乃だ。その先に寧音が待っている。学生時代がフラッシュバックする。俺が手を引き、エーデが待っていたあの頃とは逆の光景だ。
「行くか」
肘を差し出す。するとごく自然に黒乃も手をかける。結婚してからこの手のパーティーにも何度か出席している。昔はぎこちなかったがもう慣れたものだ。
寧音だけはケッと面白くなさそうな声を上げた。
あの頃の四人は三人に変わってしまった。そしてその三人それぞれの関係にも変化はあった。それでも………
並んで歩く三人全員の友情という関係はあの頃となんら変わらなかった。
あとがきです。他の小説の息抜きで書いた思いつきの作品が予想外の高評価に驚いています。ちなみにメイドのイメージはオーバーロードのナーベちゃんです。次回は皇女とご対面。旦那に対してそのチョロさは発揮させないように頑張ります。てか、頑張れ私の頭の中のステラ。励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。