世界時計の旦那の英雄譚   作:フクブチョー

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ランク4 魔人の邂逅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある早朝、目の覚めてしまった黒乃は朝の空気を吸いに外に出ていた。まだ靄がかかり、薄暗い中で硬質な何かがぶつかり合う音が聞こえてくる。

 

音源が気になり、走っていくとそこにあったのは二つの人影。

一人は純白の日本刀を振るい、朝露にその肌を濡らす白銀の髪の少年。もう一人は大ぶりな白い剣を二振りを操る少年と似て非なる色を宿した白い少女。二人とも汗と朝露で濡れており、打ちあう姿は本気でなくとも真剣そのものだ。

 

二人の打ち合いに黒乃は思わず見とれる。自分のデバイスは銃なので剣の事は詳しく分からないが二人がどれほどの強さなのかはわかる。

優れた動体視力をもつ黒乃でさえ二人の動きを完全に目で追う事は出来なかった。それほどまでに彼らの剣戟は疾い。武というのは一定レベルを超えると見て反応するなどという事はできなくなる。

魔導騎士に限ってはその常識を覆せる人間も存在するがそれは本当に反射に特化した伐刀者でなければ無理だ。そんな時、武人が何を頼りにするかというとそれは気配。

 

相手の視線から、肩の動き、全身の動き、そして殺気。人間どんな動きをするにも気配を完全に断つ事は難しい。無心で戦える人間はそれはもう武の極地に達していると言っていい。

つまり全身を目にして相手に対応するのが一流の武人のテクニックだ。二人はその技倆を世界最高峰のレベルで行っている。武芸者としてその見事さに息をつくのも無理は無い。

 

しかし黒乃が見惚れた理由はそれだけではなかった。

 

ーーーーなんて息の合い様……まるで相手が何をするか事前に分かっているかの様な…

 

袈裟懸けに、薙に、振り下ろしに、どれも完璧な角度とタイミングで二人は撃ち合う。コレは気配を読んでいるとかだけではない。その華麗さはまるで舞踊。積み上げられてきた二人の絆の長さをまざまざと見せつけられたようで苛立ちは抑えられなかった。

 

苛立ちのまま二人に怒気を込めて睨みつけると唐突に二人とも手が止まり、同時にこちらに振り向く。怒りに込められた敵意を感じ取ったのだ。敵意の主を確認すると二人とも強張りをなくし、破顔する。

 

「なんだ、ここまで近づかれるまで気づかなかったからどんな手練かと思ったら……お前か」

 

日本刀を一振りして肩に掲げる。エーデルワイスに今日はここまでだと告げた。

 

「良いところだったのですが……仕方ないですね」

 

少し物足りなさげな色を表情に浮かべながら二振りのデバイスをエーデルワイスも収める。先ほどまでの高揚感は見る影もない。寧ろ不機嫌になったようにさえ見える。上がっていた最中に落とされてはただ邪魔されたより遥かに気分は悪くなるのは黒乃にも理解できる。

しかしそのような事に構ってはいられない。恋とは戦争だ。タダでさえスタートで出遅れている立場なのに遠慮などしていては置き去りにされる。

 

「お前も朝稽古か?精が出るな」

「お前たち、こんな事をしてるならなんで私も誘ってくれなかったんだ」

「いや、これは朝の運動みたいなもんだからなぁ。お前のデバイスじゃ軽く手合わせなんて出来ないだろう。それに近所迷惑だし」

 

黒乃のデバイスは銃だ。普通の拳銃よりは小さいがそれでも銃声は鳴る。こんな朝っぱらから爆発音を鳴らす訳にもいかないだろう。厳密に言えばここでデバイスを使って稽古してるのも本来なら校則違反だ。

まあ早朝なら誰も見てないし、大っぴらに能力を使うわけでもないので、二人ともバレなきゃ犯罪じゃないんですよの精神でやっている。しかし銃声が轟くようになれば犯罪になる可能性は跳ね上がる。

 

「朝の運動が目的なら別に斬り合いでなくともいいだろう。明日からランニングするぞ新宮寺。エーデルワイスと立ち合い稽古をやりたければその後いくらでもやれ。ここで待っていろよ」

「え、マジで」

「ランニングですか……それも悪くないですね。ゼロ、やりましょう。何をするにしても体力は必要だと思います」

「それは否定しないけど……俺長距離嫌いなんだよね……」

 

身体を動かす事は好きだがマラソンがあまり好きではなかった。まあランニング程度ならいいか、と承諾した。

翌日から寧音も巻き込んだ早朝ランニングが四人の朝の日課となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喧嘩しながらもなんとか入場を果たし、パーティが本格的に始まった。その中で、グラスを片手に周囲を見渡せば、財界人から一度は剣を交えた連中まで有名どころがゾロゾロ参加している。

実質ステラ・ヴァーミリオンの送別会のようなパーティだが表向きは魔導騎士会議。表の世界で名が売れた連中はだいたい出席している。

 

「『雷神』トールに『豪傑』グレン。見知ったツラがゴロゴロと」

「こういう場には滅多に現れん連中まで……やはりランクAは気になるか」

 

現役騎士でもランクAは少ない。近い将来の怪物を気にかけるのはなんら不思議ではない。ここに呼ばれる程の騎士は皆体も心も頭も強い。情報の大切さを何より知っている。

 

「新宮寺君」

 

低音の日本語で呼ばれる。その瞬間、声主が誰か大体想像がついた。

 

心の中で溜息を吐きながら振り返ると背後にいたのは壮年の男性。立場上何度か会って話をした事もある。

 

「これは黒鉄さん。お久しぶりです。お元気そうで」

 

黒鉄巌。鉄血の二つ名を持つ元魔導騎士。と言っても実力は大した事はない。現役時代の零が騎士として出会ったなら歯牙にもかけない存在だ。

しかし、第一線を退き、今は名家の当主として大人の世界を生きる人間。日本でのその世界の頂点に立つ人間を無視する事はできない。ざっくばらんなこの男からは想像できないほど謙虚な態度となる。

 

「久しいね、新宮寺君。いや、もう新宮寺殿と呼ばなければならないかな?最後に会った時はまだ若さが抜けきっていない印象を受けたが………うむ、随分といい顔になった。壮健そうでなによりだ」

「黒鉄さんもお変わりなく。呼び方はご随意に」

「では新宮寺君と呼ばせてもらおう。今朝ホテルで走っていたのを見た。鍛錬は怠っていないようだね。流石だよ」

「アレは学生の頃からの習慣のようなものでして……いやお恥ずかしい」

 

習慣づいたトレーニングは一度サボると身体に妙な倦怠感をあたえる。イメージで言うと筋肉がダレるような感覚がするのだ。それは零にとって全身運動をした後の疲労よりも気色悪い。

 

二人とも笑顔を見せながら握手を交わす。はたから見れば今と未来の日本を背負って立つ二人の友好的な素晴らしい光景に見える。が、零の側で控えている妻と友人はそんな二人に白い目を向けてる。心中を表すなら……

 

ーーーーうわー。しーらじーらしぃ〜

 

だ。そんな視線を感じ取ったからでもないだろうが、若き日本の頂点は女性陣二人に自然と手を向けた。

 

「二人とも面識はあると思いますが紹介します。妻の黒乃です」

「お久しぶりです。夫がお世話になっております」

「こちらが友人の西京寧音」

「よろー」

 

礼儀正しく一礼する黒乃とヒラっと手を振る寧音。立場が違うとはいえ、あまりにフランクな態度の寧音に零は心中で苦笑し、目の前の壮年の男性は眉を少し動かした。零ならしょうがねえなぁで済ますが、秩序を最も重んじるこの男はこの手の事に信じられないほど頭が固い。

 

「久しぶりだね、二人とも。それぞれの活躍は良く知ってるよ。日本支部長として誇らしい限りだ。黒乃君は残念だったがね」

「申し訳ございません。私事でご迷惑をおかけしました」

「いや、構わないよ。責任を持たず、己の幸せと安寧を求めるのは女性として当たり前だ。私は君の生き方を尊重するよ」

 

ありがとうございます、と頭を下げながら黒乃はセリフの中にあるチクリとしたトゲを感じ取る。

それも無理はない。手の中にあった日本の宝とも呼べる逸材がスルリと零の腕の中に収まってしまったのだ。落とした宝石の美しさに惜しいと思うのは仕方ない事だろう。

引退以来、夫に連れ添ってこの手のパーティに参加したら何か言われるようになった。その言葉に不快感を感じないわけではないが、それぐらいしか老人達にできる事がないのだと思うと、愉悦感にも浸れる。

 

「ところで新宮寺君。今度破軍学園の理事に就任するそうだね。おめでとう」

「流石に耳が早いですね。ありがとうございます」

 

来たか、と思いつつ零は用意していた言葉で答える。

芝居がかっているわけでもないのにどこか白々しい二人の会話。そんな話、知ってる事も知られてる事もお互い知っているだろうに、お前たちは政治家か、と突っ込みたくなる。事実、政治でもあるわけなのだが…

 

「詳しくは知らないが随分と思い切った経営方針にしているそうだね?大丈夫なのかい?」

(私の構築した制度は全て変更したそうじゃないか。完全に敵対していいのか?こちらの手が必要な事もあるだろう?)

「ええ、なにせ根本からの改革をと言われたものですから。母校のためにも力を震わせてもらう所存です。コレからを楽しみにしていてください」

(優勝出来るようにしろと言ったのはあんたらだろう。なら俺が何をやっても口出し出来ないよな?まあ見てろ。答えは結果で返してやる)

「頼もしいが君は優秀な騎士ではあっても経営者ではないだろう?思春期の子供達は何かと反抗的だ。輪を乱して困る事もきっと出てくる。その時は以前に採用していた公平な制度を参考にしてくれ。きっと生徒達も納得してくれるだろう」

(図にのるなよ騎士風情が。貴様がどんな改革をしようと勝手だが秩序を乱す事は許さん。間違っても下位ランクの人間が評価されるような環境にはするな)

「それこそが彼らの武器だと私は思っています。私も10年前まで彼らと同じ立場でした。だからわかるのですが彼らの実力というのは日によってまるで川の流れのように変わります。恥ずべき事ですが私の原動力も妻に負けられないというちっぽけなモノでした。しかしそのエネルギーが強者との戦いを勝たせてくれた事も多くあったのです。想いの力というのは中々バカには出来ませんよ」

(別に不当に優遇するつもりはない。だが冷遇するつもりもない。本当に強い者。それだけを選んで七星の頂を目指す。そこに不平等を持ち込むのがあんたら古い人間の限界だ。俺はその限界を壊すために舵をとる。それだけだ)

 

二人の副音声が聞こえてくるようだなぁと黒乃は呆れた。寧音も寧音で大人二人の陰険な口喧嘩が面白いのか、先ほどからずっとニヤついている。

 

「なら今は若い力に期待するとしよう。今年は私の娘も破軍に入学する。私が言うのも何だが才能のある子だ。よろしく頼むよ」

「存じています。微力を尽くしましょう」

 

ところでご子息の事は?と喉元まで出掛かった声を飲み込む。家での黒鉄一輝の扱いはだいたい調べた。組織の長として知っておくべき一件だったが他人が首を突っ込んで良い話でも無い。機会の平等については言明したのだ。ならわざわざこの場で口にする必要は無い。

 

「では失礼。私も挨拶周りがあるのでね」

「また後ほど」

 

一礼して巌がその場を後にする。フゥと一つ零が息をつくとその背を支えるように黒乃が手を夫の腰に添えた。

 

「お疲れ様」

「ん。あー、肩凝った〜。デバイス振り回したーい」

「ハハー。お偉いさんも大変だねぇ。ま、仕方ないやね。ノブレスオブリージュってやつさ。がんばんなよれーくん」

 

うるせーと一つ呟き、飲み物を口に運ぶ。

 

それからはしばらく宴を楽しんだ。三人で料理に舌鼓を打ちつつ、次々と現れる貴族や諸侯、そして現役時代の友人達の対応をせねばならなかった。

前者二つは何とかなったが最後の一つが大変だった。出席していた現役騎士達のほぼ全員は零や黒乃に辛酸を舐めさせられた連中だ。そしてトップ騎士のプライドは厚く高い。まだまだ戦える彼ら二人に何度も私闘の申し込みがあり、いちいち断らなければならなかった。

 

「大人気だねぇ。れーくんは」

「あいつの人柄だ。なぜか周りに人が寄ってくる。というか、私たちもその一人だろう」

 

穏やかに笑いながら諸侯と話している零を見やり、呆れたような、感心したような息を吐き出す。そんな悪友の様子を見て幼い容貌をした淑女は眉に皺を寄せた。端的に言えば面白くなさそうな顔だ。

 

「なんか余裕あんねくーちゃん。昔はちーちゃんがくっついててもイライラしてたのに。正妻の余裕ってやつ?」

「義姉さんの話はしないでくれ。あの時は私も若かったんだ。結婚して余裕が出来たというのも本当だが、やはり形になって残る絆が出来た事が一番の要因かな」

 

数年前まで命が宿っていた腹部を撫でる。騎士としてそれなりに痛みには耐性はあったのだがあんな痛い思いをしたのは初めてだった。

 

『零と斬られたときよりいったぁあああい!!』

 

手を握ってくれていた零がこの一言に吹き出したのは今だから笑える思い出だ。

しかしあの痛みと腕の中の暖かさが幸せと絆をくれた。自分の産んだ子を抱いた時に見たあの光景はきっと一生忘れない。

 

「それに、夫がモテるというのは妻として中々気色が良い」

「あーあーごちそーさま」

 

眉に寄せた皺を深くしながら悪友は口をへの字に曲げる。お前はそういう話はないのか、と聞こうとして止める。女として幸せの絶頂にある黒乃が聞いては嫌味になりかねない。

 

「おい黒乃!ちょっと来てくれ!」

 

少し失礼な事を考えているうちに夫はかつての戦友達に迫られていた。どうやら結婚式に呼ばなかった事を責められているらしい。苦笑を零しながら夫の元へと歩み寄っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

挨拶、言い訳諸々の対応を終えて一息つけるようになった時、零はもう疲労困憊だった。騎士としての鍛錬はまだまだ怠っていないおかげで現役騎士に勝るとも劣らない体力があると自負しているが、この疲れはまた性質が異なる。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃない。しんどい、も帰りたい」

「はは。ま、れーくん一杯やんなよ」

 

渡されたワインを干し、ようやく落ち着きを取り戻す。そのタイミングを見計らったかのように一人の男が近づいてきた。

 

「俺に何か用か?」

 

男は答えず、こう言った。

 

「レイ・シングウジ様。ヴァーミリオン陛下がお待ちです」

 

来たか、と零は思う。朝ホテルに一度使いが来た。会いたいと事前に言われていたのだ。

 

「奥様もどうぞ。この場でお一人にされては不安でしょう」

 

男は笑って黒乃に言った。しかし彼女にとってこの男の許可などどうでもいい。隣の彼が許してくれるかどうか、だ。気遣わしげな視線を夫に向ける。

 

「来たい?」

「ああ」

「よし来い」

 

肘を差し出す。自然に手をかけ、二人で大広間を出た。

それから男は全く何も話さず、廊下を歩く。若き夫婦も無言で彼に続いた。

 

「愛想ない使いだな」

「お前がソレ言うか……いや、最近はそうでもないか」

 

ある部屋で立ち止まった。二人もそこで喋るのをやめ、立ち止まる。仕草で入るように促した。扉を叩き、開ける。

広い部屋だ。内装は豪奢で壁に設えられた装飾も見事だ。部屋の中央には大きな椅子が二つあり、そこには女性が二人、腰掛けていた。

一人は写真で見知った顔。見事な紅い髪に軍服のような礼装をした少女、ステラ・ヴァーミリオン。もう一人は亜麻色の髪の淑女。二人とも見目麗しく、どこか似ている。恐らくは茶髪の女性が少女の母親なのだろう。しかし一つ引っかかる。皇帝陛下の姿がない。

 

「どうぞ、お二人ともお座りください」

 

穏やかな口調で茶髪の女性が促す。テーブルを挟んで用意された二脚の椅子に二人とも一礼をした後座る。身体が沈み込むほど柔らかく、すこしバランスを崩しそうになった。

 

「ヴァーミリオン陛下と会えると聞いていたのですが」

 

取り繕ってもしょうがない。入って第一に疑問に持った事を率直にたずねた。

 

「夫は今獄中におりまして」

「っ!」

 

用意されたワインに口をつけた黒乃が思わず咳き込む。国王が投獄など大事件だ。息を呑んだのは零も同じだった。

 

「これは内密の話です。口外はせぬようお願いします」

「…………でしょうね」

 

人差し指を前に置き、片目を瞑る妙齢の美女に苦笑を返す。実質国主が不在というこの状況、外部に知られたらそれはもう面倒な事になる。どこか幼さのある皇后に零は好感を持った。

 

「理由を聞かせていただいても?」

「実はこの子の留学にまだあの人は反対しておりましてね。でも私はこの子の意志を尊重したくて。面倒な妨害をされない為にはこれが一番手っ取り早い」

「はは。流石、豪胆でいらっしゃる」

「まあ、貴方に言われても皮肉にしか聞こえませんわ」

 

たおやかに笑い、華奢な手を伸ばしてくる。女性らしい可憐な手だ。見た時からわかってはいたが母親は武に関して素人らしい。

 

「お噂はかねがね伺っております。新宮寺様。お会いできて嬉しいですわ」

「光栄です、皇妃殿下」

 

握手を交わす。物腰も柔らかく、所作にも品がある。流石は王妃様。上流階級の女性にも少なからず会ってきたがその中でもかなり上位に食い込む品の良さだ。

 

「紹介します。こちらは妻の黒乃です」

「まあ!貴方があの黒乃様ですのね!お二人の事は私も聞き及んでいますよ!とても素敵なロマンスでしたわ」

 

身に覚えがありすぎる零と黒乃は驚きに顔を見合わせる。自分達が一緒になるときはそれなりに苦労があり、日本では有名な話だったがまさかこんな小国のお姫様が知っているとは思わなかった。キラキラと顔を輝かせる母娘を前に二人揃ってあははとこわばった笑みを浮かべた。

 

黒乃が引退を表明した際、それはもう激しい引き止めや反対、バッシングがあった。

その容姿から一部アイドル視されていた事もあり、バッシングにはスキャンダル的なモノもあった。

以前から零との付き合いは公表していたし、彼女は別に清廉で売っているアイドルでも何でもない。超有名騎士である事を除けば結婚適齢期(少し早いが)の一人の女性。よって卒論の提出は必要なかった。

が、その頃は零が本格的に騎士として復活し、彼とその側にいつもいた黒乃も注目を集めていた時期での事件だったため、世間は大いに騒いだ。

 

黒乃が引退を表明したその日の内に二人は記者会見を開いた。この時、新宮寺、黒鉄両家にもその情報は伝えられていた。彼らも多くの国民と同様に、テレビによって黒乃の居場所と今後の方針を知ることになった。

フラッシュの中に立つ若き日本の逸材二人を画面の向こうに見て、黒鉄厳が激怒したのは言うまでもない。

 

主だったメディアが集まった会場で、零はただ真実のみを伝えた。

 

自分達は高校生の時から交流のある恋人で、結婚を約束した仲である。お互いもう大人なのだから、将来の事を考えるのは当然だと。

そして、騎士とは束縛される存在ではなく、己の意思で剣をとった存在。その剣をどのタイミングで置こうと誰にとやかく言われる筋合いはない、とマスコミ相手に持論を説いた。

ぐうの音も出ない零の正論にマスコミも黙り込む。トドメとなったのが、会見も終わり、退出する段となった時、黒乃の手をとって立ち上がった零が急に彼女を引き寄せ、柔らかな微笑を浮かべたまま、ポケットからビロードの箱を取り出し、その薬指にプラチナのリングを嵌めた。

その行為が意味するところは目の前の急な真実を受け入れるのに時間のかかった黒乃を除いて全員が理解していた。一度は収まったフラッシュがまるで閃光のごとく焚かれる。

 

『お前が俺の隣にいる奇跡を……一生の当たり前にしよう』

 

白銀の剣士が紡いだ一生に一度の言葉(プロポーズ)に感極まった黒乃は大粒の涙と縋り付くような抱擁。そして強引に奪った熱い唇がその返事となり、煌めくシャッターと報道は外堀を完全に埋め尽くし、もう二人を止める事は誰にもできなくなってしまった。二人のこの会見は現代のラブロマンスとして今もなお語り草だ。

これによって話の通っていた新宮寺家はもちろん、色々と圧力を掛けようと画策していた黒鉄家も表向きは黙らざるを得ない状況に追いやられたのだった。

 

「お恥ずかしい限りです」

「なんでよ、素敵な話じゃない。恥じる事ないわ」

 

ステラ・ヴァーミリオンが初めて口を開く。やはり思春期女子。紅い瞳を輝かせ、こちらに身を乗り出してくる。若さが少し眩しい。

 

「君がステラ・ヴァーミリオンか。なるほど、確かに使えそうだ」

 

となりに座る夫の目が当主の物から騎士の目に変わる。やはり彼はこの顔が一番魅力的だ。

 

「ところでお姫さん、日本語は?」

 

先ほどからの三人の会話は異国の言葉で行われている。零の質問は尤もだ。

 

「まだ勉強中。ま、言葉くらいなんとかなるでしょ」

「お姫さん、海外を舐めているな?言語の壁とはお姫さんが思っているよりでかく厚いぜ?」

「でも、日本語なんてマイナーな言葉の師匠なんてこんな小国にはいないし」

「ふむ、俺の知人を紹介しても良いんだが……時期がなぁ」

 

日本の学校は海外と比べて5ヶ月早い。もうわざわざ師を招いても手遅れだろう。学園教師の誰かを派遣しても良いんだがあまり特別扱いしても良くない。

 

ーーーーいっそ俺が残るか?実力と才能も一度直接見てみたいし……でもなぁ、今国を空けてるのもあまり良くない状況だってのに

 

流石にそれは無理か、と瞠目したその時、爆発音が鳴り響き、屋敷が揺れる。

 

「これは……」

 

ーーーー爆発?音の遠さから発生源は此処じゃないな。けど近いな。どこだ?

 

「皇妃さま!」

「何事です!?」

「高等区にて暴動!テロです!」

 

警備が屋敷に集中している隙に上流階級の暮らす区画でテロが起こしたのだろう。なるほど、計画自体は悪くない。速やかに終わらせれば成功する確率は高い。

唯一の誤算は此処に世界最強が揃っていた事だろう。

 

「行くか」

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。パパ皇帝に直接会うのはまた後日。皇妃様の喋り方は想像です。次回は旦那がテロリストに暴れます。白いあいつは出すかどうか思案中です。それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします
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