『そこまで!!勝者、新宮寺、滝沢ペア!!』
会場にスピーカーの大音声が響く。倒れ伏す五十人を前に立っているのは息一つ乱れていない男女。
今日行なわれたのは序列上位クラスのみに実施される学園のカリキュラムの一つ、タッグ戦。
魔導騎士とは国の盾であり鉾である存在。いつでも何処でもどんな状況でも戦える人間でなければならない。そして魔導騎士の実戦とは殆どが多数対少数の戦闘。多数との戦いとなると単独での戦いとはまるで勝手が違ってくる。たとえ一人で百人を倒せる実力を誇る人間でも味方が複数になった途端、足手纏いになる事もある。
その最も分かりやすい例がエーデルワイス。彼女の実力はあまりに突出しすぎている為、連携をとるどころか補助に回る事すら難しい。半端に何かをすると彼女の足を引っ張りかねない。
そんな事にならないように今のうちから慣らしておく為に作られたカリキュラムが今回の2対50マッチ。黒乃と零がこなしたプログラムである。
「いぇ〜い」
「…………フン」
零が広げた手に不服げに黒乃は拳を合わせ、パチンと小気味良い音がなる。不機嫌そうな濡れ羽色の少女に苦笑をする。
「機嫌悪いな滝沢。いつもの事だけど」
「…………全部お前のせいだ」
なんで俺のせいなんだよと聞いても無視する。別に黒乃が機嫌良かろうが悪かろうが構わないが好き好んで不機嫌な女と一緒にいたくはない。
ーーーーやれやれ、女ってのはよくわからん。
「お疲れ様でした。ゼロ、クロノ」
「ま、全然疲れてなさそーだけど」
一般生徒用に作られた観客席からエーデルワイスと寧音の声が聞こえてきた。いつの間にか近くにまで来ていたらしい。
「なんか最近比翼連理、あの二人といる事多くないか?」
「学園トップ四人の天才グループか。スゲえな」
「へっ、気に入らねえぜ。きっと俺たちの事なんか見下してるんだろうさ」
「でも男一人に女三人って怪しくない?」
「新宮寺くんあの中の誰かと付き合ってんのかな〜。あーあ、狙ってたのに」
「諦めなさい、同学年の女子ならほぼ全員狙ってたわよ」
「てゆーか絶対零度の野郎、比翼連理とか言われてながら他の女に囲まれやがって……爆ぜろイケメン」
「モゲろ天才」
「褒め言葉でしか貶せねえって悲しい」
あの決闘以来、比翼連理に世界時計と夜叉姫が加わり、ただでさえ一般生徒の手の届かない存在だったのがさらに際立った。全員タイプは違うが容姿も整っており、実力は言わずもがな。話題にならないはずがなかったし、男女ともにやっかみは増加した。
まあこの四人が周りの視線を気にするなどということはありえなかった。まるで聞こえていないようにエーデルワイスは手を広げ、零とハイタッチを交わした。
「おう、エーデ。勝利祝いになんか奢れよ」
「フン、あんな雑魚相手、勝って当たり前だ」
傲慢一直線の黒乃の発言。学生が口にして良いモノではあまりないけれど、その言葉を注意するものはこの中には存在しなかった。黒乃の言葉も間違いなく真実だったから。
「滝沢、友達が労ってくれてるんだ。もっと素直に受け取れねえのか」
「っ!!この中に私の友人なんかいない!忘れるなよ『絶対零度』。私の目標はあくまでお前だ!剣王の称号などどうでもいいが、今度の七星剣武祭で必ず倒してやる!」
黒乃の苛立ちが一気に爆発する。その火種は一緒に行動するようになったにも関わらず、いつまでたっても零が苗字でしか自分の事を呼ばないこと。そして友人という単語が彼女の不機嫌をさらに煽った。
柔らかく笑って「楽しみにしてるよ」と片目を瞑って余裕たっぷりに応えてくるのも、その仕草に思わず胸が高鳴ってしまった自分の心臓にも気に入らない。そして爆発に至った最大の燃料は………
「ゼロ」
「ああ、ありがとうエーデ」
壁に背を預けた銀髪の剣士にエーデルワイスが水を差し出し、窓から吹きつける冷たい風から守るように零が白の美少女の横に立った。言葉もなくそれだけの事をごく自然にやってのけた二人にどうしようもなくイライラする。当たり前のように零の隣に並ぶエーデルワイスにも。それを当然のように受け入れている新宮寺にも。自分達と違って愛称で呼び合う姿も。全てが黒乃を苛立たせた。苛立ちを鎮めるように自分も用意していた水をグッと煽る。
「フゥ……でも確かにこのカリキュラムってあんま意味ねえよな。わざわざ訓練で一般生徒と実力差見せつけてやる必要もないだろうに」
「へ?別に意味なくはないっしょ?れーくんが縦横無尽に力使ったら連携なんて取れないじゃん」
「答えの解ってる問いはするもんじゃねえぞ西京」
悪戯な笑みを浮かべてそんな事を言う小柄な怪物を嗜める。彼らの話を聞いている周囲の人間には理解できない言葉だったが、ここにいる四人だけはその意味がはっきりと分かった。
複数になった途端、力が発揮できなくなるのはペアと自分の実力差があまりに大きい場合。
彼らのような怪物同士が鉄火場を命がけで共に戦うというなら………
『身体は勝手に動く』
▼
テロが起こった場所はやはり高等区。この国の貴族や資産家達が住む高級街。各国の重鎮が集うパーティが行われていた為、こちらに警備が集中している隙を突かれて行われたテロだった。
テログループはやはり
その思想的に一般では伐刀者の組織だと思われているが、実のところ、構成員の大半は『信奉者』と呼ばれる解放軍の掲げる世界秩序に賛同する非伐刀者であり、『使徒』と称される伐刀者はほんの一部。伐刀者が非伐刀者を兵士として指揮するという部隊運用で活動している組織だ。
既に犯行声明は出されている。資金調達と逮捕されている同志の解放。そして逃走手段の用意といったありふれた要求。唯一特別と言えるのは魔導騎士会議に出席していた騎士達を高等区にて拘束しろというモノ。
今日世界のトップを集めてのパーティがあった事はもちろん彼らも知っている。人質の犠牲覚悟でランカー達に一気に突入されてはこちらは壊滅するしかない。この要求は当然と言える。ヴァーミリオン皇国はこの要求には従っており、騎士達は高等区入り口にて拘束されている。テロリスト達が独自に手に入れたパーティに出席していた世界ランカーのリストにいる人物達とも一致している。
しかしそれ以外の要求はまだ満たされていない。立て籠もりを始めてそろそろ1時間が経とうとしていた。それなのにヴァーミリオン皇国からの返答は時間が欲しいの一点のみ。そろそろ強硬姿勢を見せなければならないと思っていたその時だった。
「
唐突に自分たちの立て篭っていた建造物に火柱が眼前を覆う。突然の大爆発に驚く間もなく穿たれた穴から四つの影が飛び出て来た。
「なっ、なんだてめえら!というか此処3階だぞ!貴様ら一体どうやって此処に……がはっ!?」
影の一つ目の正体は見慣れない服装をした小柄な少女。一目で戦士と連想する事は難しい人物だった。
その手を出しにくい外見から生まれたテロリストの一瞬の躊躇のうちに小柄な少女は何もないところから鉄扇が現われる。
「地縛陣」
周囲にズンと重い圧力がかかる。自身を中心に10倍もの重力を働きかけることが出来る寧音の伐刀絶技。敵の動きを縛るならこれ以上の技はないが、その伐刀絶技は味方のいる集団戦には向いていない。重力の影響下には味方も晒されてしまうからだ。
今回もその例外ではなく、その場に現われた影にも十倍の重力が襲いかかる。並の戦士なら間違いなく動けなくなる。
しかし……
「動けるだろ?
その言葉は行動によって肯定される。人質に手を掛けていた信奉者達は即座に全滅される。影の一つである黒髪をアップに纏めたドレス姿の麗人が白黒の二丁拳銃で彼らを撃ち抜いていたのだ。使用された伐刀絶技はクロックドロウ。 瞬間的に時間を止めて、その間に 銃で連続射撃をおこなう技。彼女クラスの使い手になれば敵が何人いようが大抵はコレで屠る事ができる。
捕らえられていた令嬢達の眼前には既に氷壁が展開されている。これでそう簡単には人質に手出しはできなくなった。
「くっ、貴様らぁ…」
十倍の重力の中で使徒の一人がデバイスを顕現しようとしたその瞬間。
「眠れ、白雪姫」
雪のように淡い白の剣が影の最後の一つである白銀の髪の騎士の手に顕現される。
「
粉のような細かな雪が舞い上がる。一つ一つは脆弱な氷の粒でしかない粉雪だが眼前を完全に白く染める膨大な量のおかげで使徒はデバイスの使用に躊躇が生まれる。
Aランクにはその一瞬が命取り。
まるで打ち合わせでもしていたかのように、生まれた一瞬の隙を逃さず三人が動き、一刹那遅れて赤髪の少女も動く。人質から離れていた使徒と信奉者達をそれぞれが今まで鍛錬を重ねてきた技で瞬時に制圧した。
「クリア」
「クリア」
「クリアー」
細雪が晴れた頃、敵の中で立っているものは一人もいない。テロリスト達の手には例外なく氷でできた足枷と手枷が嵌められ、地面に伏せさせられている。
「黒乃、こちらの被害は?」
「ゼロ」
まるで作業を済ませたかのように自分達を制圧した四人の姿にリベリオン達は戦慄する。何が起こったのかまるでわからない内に倒されてしまった。
「な、なんなんだ。てめえら。ブレイザーか?だがリストにはてめえらの名前なんて……」
ふぅ、とひと段落したリーダーらしき男に向けて問いかける。会議に出席していた世界ランカー達は拘束されていたはず。しかし彼らが使った力は間違いなく魔導騎士の能力。
「そこにあるのは現役のリストだろう。俺たちは一応民間人だからな」
ーーーー寧音だけは俺の氷人形だけど
「嘘だ!ただの一般人にこんな見事な連携と強さがあるわけない!」
「本当だよ」
地面に伏す使徒と視線を合わせるためか、白銀の髪の男が目の前にしゃがみ込む。その後ろに3名の女性達も佇んでいる。その誰もが一流の使い手だと一目でわかる。
「ただちょっと
目の前の魔人はそんな事をのたまった。
▼
時は少し遡る。
「さてと、先手は打たれてるワケだがこれからどうするか」
城の中の一室で地図を広げて集っているのは今回の会議に出席していた世界ランカーの伐刀者達と元シングルナンバー二人。そしてこの国の地理に明るい皇妃と皇女。
関係者以外の立ち入りを禁じ、選ばれた人間だけが今回のテロ対策グループとして急遽決定した。
「どうするも何も突入しちまえばいいだろ!オレ達を止められる連中なんか存在しねえよ!」
「ああいった連中は玉砕覚悟で動いてるヤツも多い。どれだけ迅速に動いてもそんな強硬策では犠牲者が出る」
「そんな簡単に人質に手を出すか?連中に取ってそれは切り札だ。おいそれと切り捨てはしねえだろ」
「普通のテロリストならな。だが奴らはリベリオンだ。自分たち以外の非ブレイザーなんて切り捨てるのに何のためらいもねえだろうよ」
「なら要求を呑めってのか!?」
あらゆる意見が出されるが中々結論に至らない。彼らの言うことはどれも正しい。コレだけの手練れが現場に集いながらテロに屈するなど許される事ではないし、人質に取られた資産家の令嬢や奥方を見捨てるなどという策は取りにくい。もめるのも仕方ない事だ。
しかし、そんな大人の思慮を無視する言葉が後ろから放たれる。
「なにごちゃごちゃ言ってんのよ!一気に突入して相手が人質に何かする前に《使徒》を倒しちゃえばいい話じゃない!後の信奉者なんて敵じゃないでしょ!」
自分の国でテロをされたという怒りからか、ステラ・ヴァーミリオンから放たれた激昂には威厳があり、彼らを黙らせるには充分だった。武装した信奉者達程度なら人質にも犠牲は出させないという自信は世界ランカーの彼らならもちろんある。しかしゼロではない可能性を思慮に入れるのが大人である。歳を重ねれば何事においても腰が重くなるのは必然だろう。
しかし物事には全てにおいて例外が存在する。
この場にいた例外三人は未だ世界の広さを知らない未熟な魔導騎士の言葉に笑みを浮かべた。
「結論が出たな。意見は主に三つ。一つはテロに屈しない。もう一つは犠牲は出さない。最後に迅速に対応する。この三つを全て取り入れた上で行動するなら方法は一つしかない」
指を3本立てたかつての世界の頂点。『絶対零度』新宮寺零が全員の前に立つ。
「なに指図してんだてめえ!お前もう民間人だろーが!」
当たり前のように仕切り始めた元世界ランカーに不満の声が飛ぶ。実力に陰りがない事は彼らなら見ればわかるがやはり現役のプライドはある。いきなりリーダーされては不平もあるだろう。
「そう怒るな。民間人だからこそ第三者の視点で冷静な判断が下せるってもんだろう?別に仕切ろうなんて思ってない。意見を出すだけだ。反対なら普通に言ってくれればいい」
「…………チッ」
不満そうにしながらも椅子に腰掛ける。取り敢えず文句は引っ込めたといった感じだ。
「よし、まず実際に動く人数は少数にしよう。多人数で動けば動くほど察知されやすいし、対応も遅れる」
軍勢とは軍勢にしか対処できない。どんな優秀な指揮官が指揮する軍だろうと多人数を動かすには必ずタイムラグが生じる。後手の自分たちが相手を出し抜くにはココを突くしかない。
「ま、それが無難だろうね。で?具体的には何人で動く?」
「ここにいる手練れのウチ三人と地理に明るい人間を一人で合計四人」
「素早く動けてかつお互いのフォローを考えればそんなところか……」
「選考基準は?」
「遠距離に対処できる、相手の動きを縛れる能力、そして実力。この三つを兼ね備えている人物」
少数で多数に対処し、かつ人質に手を出させないという前提を踏まえたらこの条件が必須だろう。
「その三つを兼ね備えている人間って言えば……」
零は集まった世界ランカー達をぐるりと見回し、その中でベストな魔導騎士を三人挙げた。
「『世界時計』新宮寺黒乃、『夜叉姫』西京寧音、そして……」
最後の一人を選ぶ前に、一度瞑目し息を吐く。目を開いた時、場をまとめるリーダーの目から戦意を宿した騎士の瞳へと変わった。
「俺だ」
見事に身内で固まったが仕方ない。客観的に見てここに集まった連中で自分たち三人以上の騎士はいない。世界ランカー達も人選に不満はありそうだが口に出す者はいない。相手の実力を正しく判断する力も騎士の重要な能力だ。この件にこれ以上の適任はいないとこの場にいるランカー全員が理解していた。
「道案内役は私がやるわ。皇族だけが知る城から高等区に繋がるルートに連れてってあげる」
紅い瞳に意志の炎を燃やし、声を上げる。同行する事は決めていたとわかる。正直不安要素はかなりあるが、こうなった能力のあるお嬢様にダメだと言えば逆効果だ。人目を盗んで必ず動くだろう。なら目の届く位置にいてくれた方が守りやすい。それに実際、道案内も要る。ヘタな素人を連れてくわけにもいかない。
「わかった。だが一つ条件だ。俺から離れるなよ」
「わかったわ」
「ちょっと待ちたまえ」
今までずっと黙っていた黒鉄巌が急に口を開く。立場上この場にいる事は許可したが正直戦力外なので放置していた。
「何かご不満でも?」
「君達の実力は承知している。しかし西京君はともかく、君達夫婦は実戦から離れてかなり経つ。腕が鈍ってるんじゃないのか?それに才能があるとはいえ、言葉の通じない未熟な魔導騎士を連れていくなど、非常識だとは思わないのか」
予想していた言葉に心の中で溜息をつく。未熟と言われたステラが巌に食ってかかろうとした所を零が手で制した。
「うっかりしていました。貴方は優秀な経営者ではあっても騎士ではないのでしたね」
巌に背を向ける。歩き始めた零に着き従うように黒乃と寧音、ステラもついて来る。
「修羅場の空気を吸えば……」
『身体は勝手に動く』
「
▼
零達が瞬く間にテロリスト達を制圧した後、警察組織が突入。幻想形態にしての攻撃であったため、動けはしないが身体は無傷だ。警察組織により一斉に拘束され、テロは収束を見せた。今は事後処理のため、零や黒乃がなにやら話し合っている。
そんな様子を見ているステラ・ヴァーミリオンには一つの疑問が浮かんでいた。
新宮寺零の名前は当たり前だが知っている。しかも自分と同じく10年に一度の才気だと言われていた人物だ。気にならないわけがない。彼女なりに彼を調べてもいた。
確かに才能はある。鍛錬もしている。間違いなく強い。でも……
あの男は本当に自分と同類なのだろうか?そんな考えが消えることはなかった。デバイスもその力も直接見たが自分のような圧倒的な何かを感じる能力ではなかった。確かにAランク相当の実力はある。しかしアレで10年に一人というのは言い過ぎだろう。
ーーーー本気でなかった可能性は大いにあるけど。
それでも三流がどう足掻いても一流には見えないように、ないものをあるように見せることは基本的に不可能だ。経験の浅い彼女では彼の底を見切るのはまだ少しできない。
「ねえ、先輩」
ごちゃごちゃ考える事は性に合わない皇女様は思い切って直接聞くことにした。観察する事もアプローチの一つならまっすぐ切り込む事も一つの方法だ。
「先輩?俺の事か?」
「さっきの攻防戦についてちょっと聞きたい事があるんだけど。あの時のあなたって本…」
気だったの?と続く彼女の声は遮られる。二人ともゾクリとイヤな予感が背筋に奔った。
「新世界のために!!」
微かにカチリという機械音が耳に引っかかる。音は拘束していたテロリストの一人がなんとか指を動かし、服の中に隠した何かのボタンに触れたことにより発せられた。その様子が視界に入った瞬間、轟音が鳴り響く。
ーーーー爆弾!?
そう紅髪の皇女が悟った時にはもう遅い。テロの失敗を確信した信奉者は事件が収束したように見せて、要人が集まるこの機会を伺っていたのだ。爆炎が視界を覆い、集まった要人は軒並み爆殺される。ステラ・ヴァーミリオンでさえ、もう目を瞑るくらいしかできない
ハズだった
いつまで経っても予想される熱が来ないことに不思議に思い、ゆっくりと目を開ける。すると爆炎は目の前でまるで時間が止まったかのように停止しており、辺りを覆いつくしてはいなかった。
「なんで黙って不意打ちできないのかねぇ。まあどっちにしろ無駄だけど。ナイスショット、黒乃」
現在起こっている事態を理解している一人、新宮寺零は笑って妻をねぎらう。二丁の拳銃を抜いた美女は当然だと言わんばかりに不敵に笑っていた。
ーーーー停めたっていうの?!あの一瞬で!?
黒乃の能力を知るステラがようやく現状を理解する。世界時計の伐刀絶技、クロックロック。これによって爆炎の時間を停めたのだ。Aランクのステラをもってして驚愕せしめる早業に一同驚きを隠せない。
「しかしいつまでも停めてはいられんぞ。私が解いた途端にデッドエンドだ」
「ならここはれーくんの出番だねぇ」
「わかってる」
一歩前に出て爆炎の前に立つ。天に立ち昇らんとばかりに燃え盛る炎を前にデバイスを構えた。
ーーーー能力で消す気かしら?でもさっき見た程度の魔力じゃこんなの……
炎を操るステラでさえ、この炎を御する事ができるかと言われれば出来ないと答えざるを得ない。もし自分が指揮官なら一刻も早く全員をこの場から移動させた後、黒乃に能力を解いてもらうだろう。もちろん間に合わない危険は伴うし、高等区に絶大な被害は起こるが人命は助かる確実な手段だ。
「やれやれ、こりゃ雪姫を眠らせたままでは少しキツイか」
カチリと鍔を鳴らし剣を立てる。同時に湧き上がる魔力。その高まりは莫大な魔力を持つステラでさえも驚く物だった。
ーーーーや、やっぱり本気じゃなかったって事!?でも手を抜いていたようには…
その感覚は正しい。確かに零は本気ではなかったが手を抜いてはいなかった。あくまで先ほどの状態ならば。
魔力にはブレイザーそれぞれでテーマがある。
黒乃なら時間。寧音なら重力。ステラなら炎。零は水系の熱。
そして伐刀絶技はそれに属した技だと思われがちだがそれは違う。伐刀絶技とはデバイスを媒介にした技であり、系統に属しているとは限らない。
もちろん属している物もある。黒乃も寧音もテーマに沿った技を使う。
しかし零は違う。彼の伐刀絶技には魔力の質とは異なるテーマを持つ。
それは進化。
「眠りを覚ませ、修羅雪姫」
デバイスが白く輝き、先ほどの小太刀のような剣から大振りな日本刀へと変化する。それに伴って零の総魔力量が一気に飛躍する。
ーーーーこ、これが……絶対零度の本当の魔力量!?
10年に一度の天才と呼ばれた男の実力の片鱗。先ほどの白雪姫とはデバイスに彼が勝手につけた渾名。必然、本来の力とは比べるべくもない。発揮されたまぎれもない世界の頂点の力にまだ未熟な井の中の龍は圧倒され、それと同時に確信した。
彼は自分の同類……いや、それ以上の怪物だと。
「吞みこめ、
日本刀から放たれたのは白い炎としか形容しようのない揺らめき。白銀色の極低温の温度を持つ炎。
勘違いしているものが多いが零は氷の使い手というわけではない。冷却系に属する熱を操る能力者。絶対零度の炎を操る事も彼なら容易に可能とする。
周囲の熱を奪い、凍結させる。酸素の供給が出来なくなった爆炎は氷炎に呑み込まれる。気化熱により勢いは急激に衰え、やがて消滅した。
あまりに力任せの荒技にその場にいた現役世界ランカーを含め、誰もが唖然とする。驚いていないのは寧音と黒乃くらいのものだ。
もちろん未来の怪物も例外ではない。
ーーーー凄い……
いずれ彼女がたどり着くであろう頂きの高さに世界の広さを知らない幼い龍は憧憬を持たずにはいられなかった。
彼の事を知りたい。そう思ってステラが一歩を踏み出した時……
自分を支えていた地面からの抵抗がなくなり、浮遊感が彼女を襲った。
「え、ちょっ、キャアアアアーー!!」
▼
ーーーーおかしい……
デバイスを消しながら零は思う。どう考えても手応えがなさすぎだ。俺や黒乃の存在はイレギュラーだったとしても世界屈指の魔導騎士達が集っていたことは彼らも知っていたはず。自分ならAランクとはいかないまでも、ランカーから逃走出来る程度の使い手は寄越しただろう。それなのにここにいる連中でやれる使い手は一人もいなかった。
ーーーーっと……
体から緊張感が薄れた事で足元が危うくなっていることに気づく。寧音の地縛陣に爆弾。確かに屋敷に負荷がかかり過ぎた。崩壊しても無理はない。
「お疲れ様」
いつの間にか来ていた黒乃が夫を支える。このような言葉を彼女が躊躇いなく口にするようになったのはいつからだったろう。少し笑みがこぼれる。
「黒乃、どう思う?」
「どう?とは?」
「チョロ過ぎねえか?今回の一件」
「彼らは末端も末端だろう。こんなモノじゃないのか?」
「末端にここまでの仕事をさせるか?人質の犠牲覚悟でランカー達が踏み込む可能性だってあったんだ。雑魚にやらせたんじゃどう転んでも逮捕者が出た。俺が黒幕なら少なくともこの場から逃げられる程度の使徒は用意する。だが連中にはそれすらない」
「じゃあれーくんはどう思うんさ?」
「連中には何か別の本命がある。ここはそこから目をそらすための捨て石ってのが思いつく限りでは定石か」
皇妃殿下から預かった高等区周辺の地図を広げる。
「奴らの要求に同志の解放があった。そして王城から通じるステラに案内された地下通路。俺たちが通ったのはこの道だ」
スッと地図には載っていない道なき道を武骨な指でなぞる。それは王城から高等区へと繋がる皇族のみが知る緊急避難通路。零たちはステラの先導の元、ここを通って奇襲を仕掛けた。
「今も使えるのはこの道だけだと言っていたが、かつては高等区からどこかへと繋がる道もあったと言っていた。そこを使われたとしたら、囚人の解放くらいなら出来るんじゃないか?」
「でももうその道は塞いだってお姫様言ってたじゃん」
避難口を多く作るという事はあまりない。このような隠し通路、使わずにいられればそれがベストなのだ。そして通路というのは可逆的だ。敵にバレればこれ以上侵入に便利なものも無い。
ヴァーミリオン皇国が建国して間もない時に危険を考えて作られた余計な通路は現在はもう使えないようになっている。
「甘いな寧音。人が塞いだモノは人の手でこじ開けられる。しかもリベリオンには少数とはいえブレイザーがいる。人力で塞いだ壁なんて……」
背筋に寒気がゾクリと奔る。同様の感覚は黒乃と寧音にも感じられた。反射的に壁際へと跳躍したその刹那、過負荷に耐えきれなくなった屋敷の床が崩れ落ちる。事前にステラが壊した事もあってその穴は地下にまで通じてしまっていた。
「え、ちょっ、キャアアアアーー!!」
逃げ遅れたステラが真っ逆さまに落ちていく。壁際に捕まっていた零たちは難を逃れはしたが、その様子を見ている事しか出来なかった。
「あーあ、ついに崩壊したか。ま、無理もないけど」
手加減したとはいえ、Aランクが散々暴れまわった。屋敷の一つや二つ、壊れてもなんら不思議はない。
「大丈夫かな、あの子」
「なーに、Aランクなら高所落下ぐらいで死にはしねえよ。多少痛いだろうが、まあ修行が足りねえって事で」
伐刀者は魔力がバリアの役割を果たす。ゆえに魔力を纏った伐刀者を傷つけることが出来るのは魔力を纏った攻撃のみ。
その威力はオーラ量に比例する。零も黒乃も寧音も勿論ステラも魔力を纏う事が出来、その防御力は尋常ではない。雑魚ならブレイザーの攻撃すら通らない。だから彼らが通常の生活で怪我をすることなどまずない。屋敷から落ちた程度なら痛いで済んでしまうのがAランクの総魔力量。
ゆえに心配はあまりしていないのだが……
ーーーー………なんか気になる。
この暗闇の底に何かがある。そんな気がしてならない。額の傷が軽く疼く。
「ちょっと追っかけてくる。お前たちは周囲の警戒しててくれ」
「え?あっ、おい!零!」
妻の声を無視し、奈落の底へと壁伝いに降りていく。飛び降りても良いのだが、焦ってはいない以上、好き好んで痛い思いをしたいとは思わなかった。
▼
「いったた……」
地下まで落下したステラは地面に強打した場所を手で抑え、尻餅をついていた。零が予想した通り、大した怪我はしていないし、ステラ自身も慌てていない。現状は正しく把握できている。
「床が抜けたのね。まあ無理もないわ。私も派手に壊しちゃったし。早く上に戻らないとっと」
救助が来るのを待ってもいいが、それは性に合わない。五体満足なのであれば自分から動くのが彼女の信条だ。
身体に力を入れた、その時だった。
「随分派手な来客ですね」
刹那。
空気が。周囲の気配が。空間が。世界が凍った。
なんでもないような、むしろ丁寧な程の女の言葉。背中から掛かった声にステラは戦慄する。
あらゆる毛が逆立ち、嫌な汗が毛穴から滲み出る。
目の前が一瞬暗闇に染まったが、それは即座に本来の色を取り戻す。
まるで全力で戦った後のように、呼吸も侭ならない。鉛をつけているのではないかと錯覚するほどほどに四肢は重く、自由が効かない。
自分がこれまで感じたことの無い脅威。
言葉では表現できない相手。まるで頂が見えない巨峰。そんな存在感を背後に感じた。
未だ世界を知らない幼き井の中の龍。やがて彼らの領域へと辿り着くであろう未熟な魔人は表と裏、二つの世界の『白き頂』との邂逅をその日の内に果たしたのであった。
後書きです。早くもエーデ登場。そんな予定じゃなかったのにどうしてこうなったorz。次回で皇国編終了予定です。原作にない所やメインでない人を中心にを書いているので色々矛盾があるかもしれませんがご容赦ください。励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。それと低評価ももちろん受け付けていますができればその理由もお聞かせください。よろしくお願いします