世界時計の旦那の英雄譚   作:フクブチョー

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ランク6 嘘から出た華

 

 

 

 

 

 

 

衣摺れの音が夜の闇に響く。同時に感じる誰かが動く気配。その二つのおかげで白銀の髪の少年は目を覚ました。先ほどまで彼を包んでいた柔らかな温もりがなくなり、少し肌寒くなったせいかもしれない。

 

「…………ん」

 

目を開けても視界に入ったのは黒のみだった。闇に慣れてきた目はだんだんと見慣れた天井を反射していく。

 

「…………あぁ……」

 

新宮寺零は全て思い出した。昨夜鍛錬を終えた後、ルームメイトの白い少女と二人きりで談笑し、発酵した液体を酌み交わし、そっと目を閉じた彼女に唇を重ね、抱き合ったこと。

このような夜をエーデルワイスと過ごしたのは初めてではない。昨年の春に出会って、戦って、いつの間にか恋に落ちていた二人は幾度もお互いを求め合った。しかし目を覚ました時に隣に彼女の白い裸身が無いことは初めてだった。

周囲を見渡すと彼女はすぐそこにいた。裸身に毛布一枚のみ掛けて身体を起こしている。まだ零が起きた事には彼女は気づいていない。

それを良い事に零はエーデをじっと見つめる。整った輪郭、華奢なかた、艶を感じさせる浮きでた鎖骨、程よく大きな乳房、細い腰、鍛えられ、締まったしなやかな太腿。何度も何度も見てきたというのに何もかもがため息が出るほど美しい。

 

「あ………」

 

視線に気づいたのか、零と目が合う。おはよう、と言おうとしたのだがこの空気を壊すのが少し惜しく、二人とも無言で見つめあい、どちらからともなく微笑を浮かべた。

 

「すみません、起こしてしまいましたね」

「いや、勝手に起きたのさ」

 

薄闇に包まれていてお互いよく顔は見えないが、今の零のウソで笑ったのは声音でわかった。

少し昔を思い出す。今でこそお互いこんなに悠然としていられるが、お互いが初めてだったあの時は全く余裕はなかった。エーデは痛みに零の肩を彼女の爪が切り裂き、零も無我夢中だったため翌朝のシャワーで肩に激痛を感じるまで気づかなかった。

彼女も彼女で下腹部に激痛を感じていたらしいのだが二人とも虚勢を張って平気なふりをし、お互いそれをわかってしまった。その時感じた愛しさは今でもよく覚えている。

 

「ゼ、ゼロ?その……あまり見ないでください。寝起きはあんまり……可愛くないので」

 

毛布一枚で胸を隠すが身体を隠すにはまるで面積が足りない。恥じらう彼女も可愛らしい。

手を伸ばしてエーデの腕を掴む。軽く引っ張るとこちらの意図を察して、勢いよく倒れこんできた。毛布ごと彼女を抱きしめる。

 

「今、何時?」

「4時くらいではないでしょうか?まだ暗いですし」

「ならあと一時間はこうしていられるな」

「はい、私ももう少しこのままでいたいです」

 

自分と似て非なる白い髪を優しく梳いてやる。するとブルッと身じろぎした後、零に身体を預けて、戦士の胸板に細い指を這わせた。

 

「知ってたけどお前って華奢だよなぁ。こんな細い身体のどこにあんな力があるんだか」

「女の子には不思議ぱわぁがあるのですよ。知りませんでしたか?」

「伐刀者の魔力とは違うのか。女は強いわけだな」

 

クスクスとお互い肩を寄せ合って笑いあう。少し眠気が戻ってきたため、零が欠伸をすると彼女の笑いが止まった。

 

「どうした?」

「急に目の前で大きな口を開けられたから食べられるかと思いましたよ」

「食べたくはあるけどなぁ」

 

腰に腕を回してグッと抱きよせる。男の匂いがエーデの嗅覚を満たした。エーデの目つきがとろんと甘く揺蕩う。

 

「今はこうして静かに過ごしたい気分」

「…………そうですね」

 

甘えるように零の首筋に頭を預ける。お互いのぬくもりを肌で堪能し合うひとときは心地よく、幸せだった。

 

「そういえば今日から4月か…」

 

思い出したように零が呟く。お互いまだ一年生だがもう数日で進級する事になる。それは同時に腕の中の少女と出会ってもうじき一年が経つ事を示していた。

 

「て事は今日はエイプリルフールですか」

「ああ。そういやそうだな」

「私は日本で初めてこの習慣を知りました」

「ハハッ、騙されまくったろ?お前ってマジメちゃんだもんなぁ」

「ゼロは騙されなかったんですか?」

「俺は騙す側だったからな」

 

そこまで言ったところでニヤリとイタズラに口角を上げる。普段の彼女は天使と見紛う外見だが時折零にのみ見せるこの顔をする時は堕天使、もしくは悪魔を彷彿とさせる。

 

「確かにゼロが騙されてる所は想像できませんね」

「ハハッ、なんか嘘ついてみるか?」

「んーー」

 

考え込む。静かになってしまったため、再び眠気が零を襲い、少しウトウトとし始める。

 

 

「あ、そういえば先月生理きてません」

 

 

眠気が一瞬で吹っ飛んだ。身体についていた寝汗が急速に冷たくなる。鼓動が早い。

 

「………ウソですよ?」

「っ………お前なぁ」

 

文脈の流れから嘘の発言が出てくる事は大いに予想できたはずなのにその言葉を聞いた瞬間、世界が停止した。冷や汗を流す零とは対照的にエーデは心底愉快そうに笑っている。

 

「人を騙してなにか楽しいのかと一年前は思ったものですが……なるほど、コレは確かに面白いですね。人間とは本当に自分勝手な生き物だと理解させられます」

「分かっててもビビる嘘をつくなよ………今のはついちゃいけねえ嘘だぞ。退学まで考えちまったじゃねえか」

 

ハー…と大きく溜息をついて、同時にエーデの胸に顔を埋める。すこしでも安堵する為だ。

 

ーーーーもう、いつもは飄々としてるくせに……意外と子供っぽいんですから

 

しょうのない人、と零の頭を抱きしめ、絹のような艶やかな白銀の髪を柔らかく梳く。

 

「ゼロ」

 

少し暗さを帯びた彼女にしては珍しい不安げな声が零の鼓膜を揺らす。いつもと違うその声音にゼロと呼ばれだ男は顔を上げた。

 

「もし私達に子供が出来たら……貴方はどうしますか?」

 

語られたのは未来のif。質問の意図を察せられない零は即答する事ができなかった。エーデが続ける。

 

「私は貴方とは違います。もし子が出来てもきっとその子には苦労をさせてしまうでしょう。もしかしたら貴方にも不幸を招くかもしれません」

 

自分と零は違う。彼女が口癖のように何度も何度も言ってきた言葉だ。その意味を何度か尋ねた事もあったが、答えてくれた事は一度もなかった。訊かれたくない様子を見せていたのは知っていたのでしつこく聞くマネはしなかった。

この言葉はきっと零が知らない彼女の真実が関わっているのだろう。

皮肉げに口角を上げ、零は答えた。

 

「お前の意思に俺は関係ないだろう。俺がやめろって言ったらお前は俺の言う事聞くのか?」

「…………それは…」

 

初めて出会ったあの日からずっと一緒にいたがこの誇り高き白い華が零の言う事を聞いてくれた事など数えるほどしかない。どうしてもぶつかった時は剣を交えて決めてきたし、喧嘩だって数え切れないほどしてきた。

 

「お前がどうしたいか、大切なのはそれだけだよ。そうなった時、お前はどうするつもりなんだよ」

「それは…………」

 

腕の震えが零に伝わる。未来の不安、彼女しか知らない真実、それに伴う絶望。それら全てを考慮した罪悪感に苛まれているのが彼女の細い腕から伝わった。

 

「…………ぃ」

 

小さな呟きが洩れる。

 

「…………産みたいです、ゼロ。たとえ貴方に苦労を強いるの事になっても、子を不幸にするかもしれなくても………」

「なら俺は反対なんてしねえさ。それくらい信じてくれよ、俺のエーデルワイス」

「…………はい………はい!」

 

白い華が露を漏らす。絶対零度と呼ばれる男には似合わない暖かな熱でその露を払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーなに……コレ……

 

目の前の白い女性から発せられた強烈な圧力。それは未だ世界を知らない未熟な龍の自由を奪うには充分過ぎた。

 

「…………素質はあるようですが……所詮、まだ(みずち)ですか」

 

紅の皇女を見下ろす白の鋒はその様子からそう評価する。蛇は千年をかけて竜に昇華すると言われる。蛟は蛇の一つ進化した形。今のステラを評するには適した表現だ。

 

「しかしいずれは竜になりうる芽です。今のうちに摘んでおいた方が良さそうです………」

 

両手を広げ、何かを握る所作をする。手の中に顕現されたのは二振りの純白の日本刀。恐らくは彼女のデバイス。

 

「かね?」

 

眼光に冷たい殺気が込められる。背筋に寒気がはしり、生命の危機を感じ取ったステラは自分のデバイスを構えた、というより構えさせられる。

誰でもいきなり熱湯に触れば、その指は引っ込めるし、寒さを感じれば身体は震える。ステラが取った行動はそのような反射に近い何かだった。

 

「はぁああああ!!!」

 

デバイスにありったけの魔力を込める。剣は燃え盛り、その魔力量はプロ騎士のトップクラスに勝るとも劣らない。

しかし紅蓮の皇女から発せられた辺りを全て呑み込んでしまう程の力も純白の騎士には舞い散る火の粉程度にしか脅威を感じない。

 

「エンジンだけはそこそこのようですね。しかし暑い。手早く終わらせる事としましょう」

 

白の少女の圧殺するような冷たい気配がまた膨れ上がる。張り詰めた空気の中、冷気と熱気がぶつかり合い、激突寸前となったその時。

 

 

「…………っ!?コレは………っ?」

 

 

それは現在における魔人の一人。蛟から進化を遂げたまごう事なき本物の白銀の龍が戦場に舞い降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落下していったステラを追いかけて地下に降り立った零。そこにステラ以外の誰かがいた事に関して、特に驚きはなかった。ステラと誰かの殺気のぶつかり合いは感じ取っていたし、最低でもあと一人は使える敵がいるはずだと考えていた零にとってここに手練れがいる事は驚くに値しない。

そもそも零が驚くという事自体が珍しい。強敵とは常に非常識に行動する。ありとあらゆる可能性を考慮して事にあたるのが経験を積んだ強い騎士の心得だ。たとえ相手の思考を読み切れなかったとしても指揮官なら驚いてはいけないのだ。

 

その零を持ってしても現在の状況には驚かされてしまった。

 

ーーーーエーデ?

 

視界に入った白い少女を見てそう思ってしまったのは仕方ない事だろう。それほどまでにこの子はあの白い華に似ていた。

 

「…………っ!?コレは………っ?」

 

氷の男の一瞬の動揺。その隙を逃す少女ではない。

 

二振りの日本刀を同時に振り抜く。その速度は圧倒的で、まるで0から100に加速したような剣尖。

 

ーーーー貰いました!!

 

先手は少女。彼女の今までの経験上、発動に至ったら捉えられなかった敵はいない。勝ったと思うのは自然だ。

しかし次の瞬間、少女の剣が捉えたのは空。零の姿は消えている。

 

ーーーーっ!?どこへ…

 

そう思った時にはもう手遅れだった。首筋に感じるゾッとした寒気。視線をその感覚へと向けると純白の鋒が自分の首に向けられている。

 

「ーーーー流石ですね………今のが抜き足、ですか」

「ほお、知っていたか」

 

抜き足。それが今、零が使った武術の名だ。相手の感覚の無意識に入り込む技で極めれば相手はまるで瞬間移動をしたかのように錯覚させる事ができる。

しかしタネを知ってしまえば一定の実力を持った騎士なら再現はさほど難しくない。

 

「お前、エーデじゃないな。何者だ?」

 

エーデルワイスならこうもやすやすと抜き足には引っかからない。彼女の前でこの技は何度も使った。 それでも効果がゼロとは言わないが、あっさり背後を取らせるなどありえない。

 

そして何より見た目と年齢が違う。

 

寧音ほどではないが零も黒乃も見た目は若い。実年齢より3、4歳は若く見られる。

それでも十代に見られる事はまずない。見た目もあるがそれ以上に纏う雰囲気や佇まいが十代のソレとはやはり違うからだ。

 

しかし今、鋒を突きつけているこの少女はどう見ても十代後半。20は確実に超えていない女性だ。エーデは自分達と同世代だ。年齢がどう見ても合わない。

 

零の問いかけに少女はフッと笑い顔だけを彼の方へと向けて、答える。その答えは零に驚きをもたらすのに充分過ぎる衝撃を与える。

 

 

 

 

 

 

 

「母は今、極東です。ランと申します、父様」

 

剣を突きつける男と同じ、琥珀色の瞳が闇の中で輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書きです。エーデだと言ったな?アレは嘘だ。旦那のチェリー卒業の相手はエーデでした。つーかオリキャラ登場?隠し子発覚!?なんかドロドロしてきたな旦那の英雄譚。どうなってんだ作者(⇦俺だよ)。娘の年齢おかしいだろというそこの貴方。安心してください。一応理屈は考えています。因みに娘の名前は胡蝶蘭から取りました。花言葉は『純粋な愛』。因みにエーデルワイスの花言葉は『高潔な勇気』『大胆不敵』。つまり勇気を持って大胆不敵に動いた結果、純粋な愛が出来たと……
ゴホン、それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。
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