「そこまで!勝者、滝沢!」
喝采が巻き起こる。デバイスを収め、歓声に応えながら選手控え室へと黒髪の麗人が戻っていく。
ホールにパチパチと拍手の音がなる。音につられて視線をあげると、壁にもたれかかっている人間が一人いた。
「いよっ、鮮やかなお手並み……」
茶化すような口調で褒め言葉を零が口にする。しかしそれが額面通りではない事は流石にわかった。眉が寄る。案の定、続きがある。
「と言いたいところだが、随分と手こずったな。お前なら秒殺出来た相手だろうが」
零の言葉は真実だった。今日行われた校内ランキング戦。この結果如何で七星剣武祭の出場選手が決まる。今日の黒乃の相手は3年生。負ければもう後がない立場の人間だった。
ランクはD。雑魚というほど弱くはないが黒乃クラスなら歯牙にもかけない相手。普段通りの力が発揮できれば問題なく勝てる試合だった。
それを思いの外苦戦させられた。いや、させられたというより自らしてしまった、という表現の方が正しいだろう。
後がない3年生が1年生と戦う。それはもう死力を尽くして挑んできた。精神が肉体を上回り、ほぼ捨て身の戦い方だった。
そんな相手に黒乃は何度も何度もチャンスを逸した。後のない相手の立場。対処を誤れば殺してしまうかもという恐怖。思うように動いてくれない自分への焦り。敗北の怖れ。それら全てが黒乃から精彩を奪っていた。
「これからこんな戦いは幾らでもある。相手の事なんて考えてちゃやっていけねーぞ。騎士は自分の為に戦えばいい」
俯く黒乃の肩を叩く。下唇を噛んだ。
そんな事はわかってるよ、零。
どんなお題目を並べても、騎士とは戦いの為に存在する。人を蹴落としてなんぼの世界だ。正義は強さのみ。モノを言うのは結果のみだ。そんな事はとっくに知っている。今まで何度も何度も他者を蹴落としてここまで来たのだ。
お前と出会わなければ……
こんな事を考える事もなかっただろう。ただ強者として弱者を打ちのめす事になんの躊躇もなかった。
しかしこの男と出会って、完膚なきまでに負かされて、負かされ続けて、負ける側の立場を理解してしまった。彼と一緒にいる心地よさを知ってしまった。初めて得た自分の居場所だった。
それを自分が奪われたら……考えただけで足が震える。
all-or-nothing。勝者が全てを得て、敗者にはなにも残らない。コレが騎士の世界だ。知っている。それでも、自分がこの相手に勝つ事は相手の全てを奪う事になるという事も知ってしまった。
普通ならそんな事はまだ思わない。負けてもまだ次がある。コレで終わりではないという相手ならこちらも普段通りの力が出せる。
けれど、今回のような何もかも投げ打って戦うような相手には感じずにいられない。感じた分、躊躇が生まれ、苦戦した。
「…………私は間違っているのか」
わからなかった。確かに苦戦などしないに越した事はない。しかしこの感情が間違っているとはどうしても思えなかった。
「まったく、しょうがねえな」
自分をこうさせた原因が苦笑する。出来の悪い弟子に対して本当にしょうがないという師匠の笑顔だ。
「…………でもお前はそれで良いのかもな。お前は弱さを知らない所があったから」
プライドが高く、気性が激しい。以前の黒乃だ。騎士としてこの強さは貴重なものだ。猛々しさのない騎士などなんの怖さもない。
だがそれはともすれば脆さになりかねない。輝かしい彼女の未来、期待や緊張感といった重圧はこれから黒乃に多くのしかかる事だろう。その時、固いだけでは砕けてしまいかねない。しなやかにたわむ事を知らない者は脆いのだ。
零が目指す強さとは違う。同じ訓練、同じ環境で生きていても違う人間が出来上がる。当然だ。彼と黒乃は違うのだから。だからこそ面白い。一体これからどんな騎士になるのか、零には予測がつかない。それだけでワクワクする。
「お前はお前が正しいと思う戦いをすれば良い。安心しろ、お前の前は俺が走ってやる」
最後にもう一度肩を叩くと、光溢れる闘技場へと進んでいく。これから始まる零のランキング戦最終戦。勝利すれば文句なく七星剣武祭の出場が決定する。
「わかんねーなら見せてやる」
そこで見ていろ
「先に行って待ってるぜ」
零が光の下に姿を現した。歓声が湧きおこる。白銀の騎士は気品ある態度でそれに応えていた。待ち受けるのは暫定序列1位にして彼の姉、『羽々斬』新宮寺千里。二人とも自信にみなぎる強者の笑みを浮かべていた。両者とも一流の騎士。手加減などできる筈がない。そんな相手と本気で斬り合う。家族との戦いなど躊躇いという点では先ほどの黒乃を遥かに上回るだろう。
ーーーーだからこそ、お前が見る意味がある。
俺が正しいと思う戦いを……俺は俺なりに姉さんに畏怖も敬意も躊躇もある。そんな相手に応える為の俺の全力を。
二人とも興奮を抑えきれない。これから始まる素晴らしい戦いの高揚が彼らに血と肉を躍らせた。
畏怖も、敬意も、躊躇もある。だからこそ最高の一閃を。畏れながらも剣を握られる存在でいたい。それが出来るからこそ最高の騎士、侍なのだ。
俺は侍であり続けたい。
威風堂々と立つ背中が黒乃から見える。何も言わないその背中が今の彼の心を雄弁に語っていた。
ーーーーああ、クソ。カッコいいなぁ、ちくしょう。
昂りが抑えられない。震えを抑えるため、肘を握り、冷たい空気を吸い込んでみる。
選手ゲートの入り口へと引き返した。ここからならよく見える。何度も挑んできた彼の剣も、一流同士の騎士の戦いも、誰よりもよく見る事ができる。壁にもたれかかった。
『LET’s GO AHEAD!!』
ゴングが鳴った。
▼
轟音が聞こえてくる。空を飛ぶ巨大な鋼鉄の鳥の羽ばたきの音だ。地を揺るがす程の振動にもかかわらず、あたりを歩く大勢の人々はなんの動揺もない。その音はここにいる人間達にとっては通常のことだった。
ファーストクラスの搭乗口から出てきた男にとってもそれは同様。頭を下げるキャビンアテンダントに礼を言いながら、スーツ姿の銀髪の美丈夫は荷物を背負いなおし、歩き始めた。
「とーあま!」
どこかから声が聞こえてくる。その声の主が脳裏に浮かび、自然と破顔する。今日帰国することは伝えていたが、まさかあの子も来てくれるとは思わなかった。
声の先にいたのはスーツ姿の麗人にして、零の妻である黒乃と母親とよく似た艶やかな黒髪に少しつり気味な切れ長の目。そして父親と同じ琥珀色の瞳を宿した今年で2歳になろうという赤子。母親に抱きかかえられながらこちらに手を伸ばしていた。
「ソウ、迎えに来てくれたのか。ありがとな。それと父さま、な」
「おとーあま!」
「……練習してからでいい」
撫でてやる。心地よさそうに目を細め、父へと手を伸ばしてきた。妻から手渡され、抱き抱えてやる。
ーーーーおお、しばらく見ない間に重くなったなぁ。
たった一か月、大人なら絶対に外見に変化など現れない期間、それでも今まさにスクスクと育つ子供にとっては別人となりうる時間。育つという事の偉大さを零は実感していた。
「おかえり、あなた」
「ああ、ただいま、黒乃」
新宮寺零が日本に帰ってきた。
▼
「どこまで?」
「破軍学園へ」
タクシーに乗り、行き先を告げる。国際機関の認可を受けた、魔導騎士の免許と資格を与える伐刀者の専門学校。日本の東京都でドーム10個分という広さを持つこの学園の名前と場所は東京都に住む人間なら誰でも知っている。運転手は一度頷くと、扉を閉め、車をスタートさせた。
「ヴァーミリオンはどうだった?」
腕の中で眠る総司をあやす黒乃に、隣に座った零が尋ねる。入学試験のため、一足先にステラは日本に来ていた。
「ああ、日本語はもう問題ない。まあ漢字書くのはまだ出来なさそうだが」
「そっちじゃなくて、試験のほうだ」
わかっていて黒乃は話をはぐらかした。この結果を告げれば彼の手柄を認めるようで気に入らなかったから。
「…………首席入学だ。歴代最高クラスの成績でな」
「ま、そうだろうな」
誇るでもなく、当たり前の事を聞かされたような反応。少し意外なような、彼らしいような態度だ。
「そんな事当たり前だ、か?一体どれだけシゴいたんだ?」
「人聞き悪いな、別に特別な事はしてねえよ。お前の時と大して変わらない。襲いかかられてはボコボコにしていただけさ」
くっくっ、と笑いをこぼす。思い出しているのだろう。心底愉快でたまらないといった顔だ。こんな彼の顔を見たのは久しぶりだ。
「だろうな、ヴァーミリオンの実技は試験で私も見た。戦闘スタイルこそ貴方に似ていたが剣技はまるで違う。技術は全く教えていないな」
「まあね。俺の技を教えても良かったんだがな。それで出来るのは新宮寺零のコピーだ。あの逸材をそんなつまらねえものに育てる気はねえよ」
自分の騎士としての生き方に後悔などない。自分に憧れる騎士は未だに多くいるだろう。
それでも自分はあの敗北してしまった。今でも胸に突き刺さる、拭いがたい一敗をあの白い華に喫した。運命に自分は負けた。
騎士が持つ総魔力量は、その騎士が生まれ持った運命の重さに比例する。あれほどの魔力量を持つステラだ。彼女に待ち受ける運命の試練は自分と同等か、あるいはそれ以上に熾烈な事が、容易に想像できる。
その時、自分のコピーでは彼女は運命に屈する。かつて零がそうだったように。
次代を背負って立つ自分の後輩に自分と同じ思いはさせたくなかった。
「あいつはあいつの戦い方で、俺より強くなってもらわなきゃならねえのさ」
だから技術は教えない。技を教えて成長出来たとしても、それは自分の予想を上回る事は絶対にない。運命に屈しない精神を。この数ヶ月でステラに叩き込んだ事はコレのみだ。
零に匹敵する絶対的な才能にまだまだステラは追いついていない。そこに辿り着くためには、たとえ回り道でも自分の足で歩かなければならない。自分で苦しみ、足掻き、もがいてその高みにたどり着いた時、始めてステラは零の予想を上回る事ができるはずだ。
「お前の予想を上回る、か。それは大変だな」
「当たり前だ。誰にでもできる事をAランクにやらせるかよ」
手元の資料を読みながら笑う。先ほど黒乃から受け取った不在時の報告書。入学試験の結果の内容や学園の動向など細かく記載されている。データは非常に見やすくまとめられていた。明らかに見る者に気を配った記載の仕方だ。世界各国で様々な報告書に目を通してきたが、こういう気の利いたデータは日本以外ではなかなか見られない。
「そういえば、あの少年はどうしてる?」
「少年?」
「ほら、落第少年。Fランの頑固頭くん。名前はえーっと……ほら、変わった読み方の」
「ああ…」
黒鉄一輝。在校生の一年生の中で唯一気にかけていた騎士。10年に一人の劣等生。
「あの試合のビデオ見たぜ、おまえホンット弱くなったなぁ。昔からあの手のタイプには弱かったけど、今回のはひどかった」
夫の罵倒に、麗人は不服そうに息を吐いた。言い分はあまりと言えばあまりだが、それでも間違いなく真実だ。
零が留守にしている最中、黒乃とイッキは一度立ち合っていた。尤も、コレは零が黒乃に頼んだこと。仮にも名門の破軍にFランクが在籍するにはそれなりの理由が必要になる。それを確かめてもらうために妻に頼んでいた。方法は任せていた為、まさか黒乃自身が立ち合うとは思っていなかったが……
「ハンデ戦とはいえ、まさかお前が負けるとは……」
そう、かつて世界最強の一人に数えられた世界時計、新宮寺黒乃がこのFランクに敗れたのだ。
確かにFランクとは思えない程の実力、そして悲壮なほどの覚悟を決めた少年だった。並の騎士ではあの一分間に勝てる者はそうそういないだろう。それは認める。常人なら戦うことも難しいハンデを黒乃は背負っていた。少年を大怪我させない為の手加減も大いにあった。それも認める。
しかし、それでもどちらに優位があるかと言われれば圧倒的に黒乃だった。たとえ牙がなく、爪を折られていたとしても野獣は野獣。怪物は怪物。剣一本しか持たない普通の人間がサーベルタイガーやグリズリーと戦う場面を想像してほしい。人間が勝てるなど、一体誰が思うだろうか。
二人にはそれ程の力の差があった。事実押していたのも黒乃だった。あの一分間を発動してもなお、その優位に変わりはなかった。
戦況が激変したのは一分間が終わりに差し掛かるまさにその時に放たれた黒鉄の最期の一撃。
それは自分が命を失う事も覚悟したまさに命懸けの剣閃だった。もし、黒乃が対処を誤れば本当にあの子は死んでいただろう。
しかしそれも所詮人間技。黒乃なら躱す手段は幾らでもあった。
にもかかわらず彼女は対処を誤った。一つは勿論黒鉄の命を奪ってしまうかもしれないという躊躇、そしてもう一つが……
「自分の命に関わるかもしれない一撃にビビった。いやはや嘆かわしい。10年前のお前が見たら泣くぜ」
「…………フン」
自分の命を犠牲にしてでも挑んでくる相手を黒乃は昔から苦手としていた。それでも現役時代はその突出した能力のおかげでなんとかなっていた。
その欠点がもう取り返しがつかなくなったのが結婚後。零と一緒になり、新たな命を授かったことで、もう自分の命を的にするような戦いができなくなった。魔人の覚醒へと至る資格を手にしながら、運命に抗うことの恐怖に竦んでしまった。
それを零は悪いなどとは全く思っていない。家族を守る生き方も立派な戦いの一つだ。自分などよりよほど真っ当な人間と呼べる。敬意すら払っている。
それでも騎士としては致命的と言わざるをえない。命懸けなど一流の騎士なら珍しくないし、そんな一撃がこちらに危機を及ぼさないほど軽いわけもない。その事は現役時代、何度となく全てをかけて俺に挑んできた黒乃自身よくわかっている。だからこそ引退を決意したのだ。
しかしわかっていても、弱くさせられた原因に改めて弱くなったなぁと言われていい気がするわけがない。たとえ引退しても騎士としてのプライドはあるのだから。滅多に見られない、ふてくされる妻に愛しさが湧き上がる。頭を撫でてやった。
「お前はそれでいいんだよ。自分と総司のために生きてくれればいい。安心しろ。どんな敵が相手でも俺が必ず護るから」
総司を起こさないように、トスッと零の肩にもたれかかる。ふてくされながらも、白い肌は紅く染まっている。一度だけゆっくり頷いた。
「…………ん?」
愛しい妻の艶やかな髪を梳きつつ、学生寮の組み合わせに関する資料に目を通している最中、零の眉にシワが寄る。別に違反や不正などがあった訳ではないが、少し気になる事が引っかかった。
「おいおい、男女同室にしてるのかよ……大丈夫なのか?」
そう、何組か男子生徒と女子生徒が同室となっている組み合わせがあったのだ。破軍の学生寮は二人一組だ。同世代の騎士との交流を深める事も兼ねて、この制度を設けている。問題は男女の組もちらほら存在していること。
「私達の代はそうだっただろう」
「それはそうだが……近年男女は分けてたじゃねえか。なんで戻した」
思春期の男女が一つ屋根の下など何が起こるかわからない。悪しき前例は自分。学生の頃、同室をいい事にそれはもう色々とヤッた。もちろん事件にならないように細心の注意は払ったが、それでもそんな危険が起こる機会をわざわざ作る必要はない。
「お前が言っても説得力ないぞ」
「ばっか、同じ過ちを犯さねえように忠告してるんだろうが。何かあってからじゃ遅えんだぞ」
「その時は学生に責任をとらせれば良い。彼らも騎士としては卵でも、もう元服している年齢なんだ。自分の尻は自分で拭かせる」
一応、黒乃の言い分は筋が通っている。やっていい事と悪い事の分別くらいはつくと零も信じたい。しかしブレーキが効かず、若さのままに突っ走る事が出来るのも若者の特権だ。
「悪意はない。お前の言う完全な実力主義、徹底した実践主義の方針の結果だ」
「…………実力の近いライバルを近くに置く事で、常に緊張感を持たせる、か」
意図はわかる。騎士の強さに性別など、年齢さえ関係ない。競争意識というのは目に見えるライバルがいてこそ磨かれる。競争意識を誘発させるには有効な手段だと言えなくもない。
大きく嘆息する。まあ自分の代もこの制度だったのだ。それでも大きな問題は……少なくとも在学中には起こらなかった。なら大丈夫だろう。
そうこうしているうちに車は破軍学園に到着していた。同行するメイドに総司を頼み、二人は理事長室へと向かう。
「知らねーぞ、問題が起こっても。最近のガキどもは、ませてるからな。就任初日に問題なんてのはゴメンだ」
「まぁ初日から問題など起こらんだろ……」
美しく磨かれた廊下を歩く二人の足と、黒乃の言葉が止まる。朝の静寂を切り裂く若い女の子の悲鳴と爆発音が寮から起こったのだ。
「…………あーあ、黒乃がフラグ立てるから…」
「私のせい!?」
つい最近まで嫌という程見てきた見覚えのある炎が立ち昇ったことに、新米理事長は未来を憂い、また一つ嘆息した。
最後までお読みいただきありがとうございます。さて、次回からようやくみんなのイッキ君が登場。本編の主要キャラがようやく活躍し始め、物語は加速していきます。それでは励みになりますので感想、評価よろしくお願いします。面白かったの一言でも頂ければ幸いです。