《ぐーたら男と終焉の剣》~拾ってみたら日常生活でめっちゃ使えましたw~   作:どるふべるぐ

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Q、なんでいきなりシリアスなん?
A、気にせんといて。基本はまったり日常系よ



史上最大の開幕とぐーたら男の大学生活

 開幕は、世界樹(ユグドラシル)が支える九つの世界の一つ、神々が住まいし至高の天(アスガルド)人の世界(ミッドガルド)を繋ぐ虹の橋(ビブロスト)にて。

 ――総ては、ただ一柱の神の悪戯から始まった。

 

 

 それは、神話の如く美しい光景だった。

 無限に広がる暗黒の宇宙に抱かれた星々の海。その中を、七色に光り輝く虹の橋が遥か彼方まで伸びている。

 美しく、幻想的で、そしてありえざる物である。そも虹とは、空気中の水分子に光が屈折して起こる現象だ。水分子の存在しない真空の宇宙空間では、けっして現れるはずのない物なのだ。だが、それは確かにここに在る。輝き、伸びて、宇宙の果てまでも続く七色の虹は。

 

 そして、そんなこの世の法則を超えて存在する虹の橋(ビブロスト)の上を、悠然と歩く者がいた。

 それは妖しく、そして異様な魅力を持つ男だ。

 全身を漆黒のローブで覆い、その顔すらもフードに隠れて見ることはできない。だが、フードの中の暗闇から覗く二つの瞳。悪魔じみた奸智と狡猾さを湛え、そして何よりも森羅万象を欲望のままに楽しみ尽くさんと輝く悪童のような瞳は、見る者の心を酒のように惑わせ、麻薬のごとく魅了する。

 男は進む。優雅な足取りで、異形の童歌を口ずさみながら。

 

「♪踊れよ踊れ、運命がお前を殺すその前に。歌えよ歌え、運命が私を殺すその前に。所詮我らはただの道化。定めのままに死ぬしかないならば、歌い踊ろう運命が総てを殺すまで!」

 

 それはまるで残酷な歌劇を観に行く観客のように、あるいは喜劇の舞台へ上る道化師のように、楽しみでならないと男は哂い、歩み続けていた。

 と、その歩みが――止まる。

 

 刹那、宇宙にもう一つの歌が鳴り響いた。

 それは高く澄んだ勇壮な旋律。星々の海に美しく響き渡り、同時に輝くオーロラが出現する。それはまさに暗黒の宇宙空間を埋め尽くすかのような光の乱舞。揺らめき踊る光の帯が、男の周囲を幾重にも覆い取り囲んだ。

 

「おやおやこれはこれは……」

 

 その美しさに、男はフードの奥で感嘆の声を漏らした。……例えその正体が、己が仇敵の御使いだとしても。

 

「――逃がさんぞ悪紳よ!」

 

 そしてオーロラの中から、煌めく鎧を纏い天馬に跨った、麗しき乙女達が姿を現す。

 鮮烈なまでに美しく、そして勇ましい彼女達の鎧が煌めくそのたびに、新たなオーロラが生み出され宇宙を染め上げた。

 

「大罪によってアスガルドを追われた身でありながら舞い戻り、ヴァルハラの宝物を盗みし恥ずべき者よ! 答えよ! 何故(なにゆえ)にこのような愚行に及んだのか!」

 

 その中でもひときわ美しい金髪の少女が、碧眼を怒りに燃やして問いかける。

 銀河に轟くその声は、可憐な乙女の物とは思えぬほどの殺気に満ちて、気の弱い者ならばショック死しかねない物だ。だがそれを叩きつけられた男――悪神は、変わらず悠然と佇み、むしろ面白がるような瞳を少女に向けた。

 

「『戦乙女』『死者を運ぶ者』『英霊の導き手』――ワルキューレ。私一人のために、わざわざこんな所までご苦労さま……と、言いたいけれど、随分つまらないことを聞くんだねぇ」

 

 優雅で美しい、だがどこか悪戯な子供を思わせる声。フードが作る闇に隠れて見えないが、それが嘲笑と共に紡がれたのはその響きだけで明らかだった。対して、金髪のワルキューレもまた嘲笑を返す。

 

「ふん。答える気が無いのならばかまわんとも。もとより貴様は紳族ならぬ巨人の生まれ。名を呼ぶことすら汚らわしい貴様などに、まともな答えなど期待していない!」

 

 叫び、鞘から輝く剣を抜き放つ。彼女がその鋭い切っ先を男に向けたのに応じて、周囲を取り囲む他の戦乙女ワルキューレ達も一斉に己が武器を男に構えた。

 

「さあ返してもらうぞ。貴様が盗みし、宝物全てを!」

 

 前後左右、あらゆる方位から向けられる死の刃を前に、だが悪神が漏らしたのは、やはり嘲りの笑みだった。

 

「穏やかじゃないなぁ。せっかく可愛らしい女の子なんだから、そんな武骨な剣なんかじゃなく花でも握ってなよ。……それに、ねぇ」

 

 瞬間――オーロラを掻き消す閃光が、宇宙に爆発した。

 

「んなっ!?」

 

 宇宙開闢を思わせる光の爆発に、星明かりもオーロラも総ての物が飲み込まれる。

 瞼を焼くそれに、ワルキューレ達は堪らず腕をかざし瞳を閉じて、その猛威が治まるのを待つ。そしてようやく光が止んだ時、恐る恐る瞼を開けた彼女達は――

 

 

 ――伝説を、見た。

 

 

 ルーンを刻まれし主神の槍が在った。

 雷電迸る槌が在った。

 痛みの剣を納めし箱が在った。

 円卓の王剣が在った。

 

「返せ返せと言われても……」

 

 宿木の樹槍が、猛犬の魔槍が、日の本一の妖刀が殺戮の呪剣が勝利の聖剣が。星々よりも煌めいて、暗黒天体よりなお禍々しく、あまたの英雄達と共に伝説を紡いできた無数の武器が――

 

「さて、一体どれから返せばいいのかなぁ?」

 

 大宇宙を埋め尽くすが如く――降臨していた。

 無限の宇宙空間に荘厳と並ぶそれらの武具は、一様に圧倒的な存在感を放ち、見る者の魂すらも押し潰さんとする真の超兵器。

 その光景を前に、ワルキューレ達はただ目を見張り、戦慄の声を漏らす。

 

「なん……だと……ッ!? 貴様は、一体どれほど……ッ!!」

「すっごいよねぇ。さすがはヴァルハラ、人世界(ミッドガルド)の名だたる英霊が集う神々の館。あらゆる人と神の武器に溢れて、どれから盗むか迷ってしまう程だったよ。……まあ結局はこの通り、全部頂いたんだけどねぇ」

 

 嘲り嗤うその瞳を、世界すらも滅ぼせる超兵器群を手にして、まるで愉快な玩具のように語るその声を聴いた瞬間、ワルキューレ達を率いる金髪の戦乙女は怖気と共に確信した。

 

「――ッ総員戦闘用意!」

 

 ここでこいつをッ、この悪神を止めなければッ

 

「かかれえええええええええ!」

 

 ――世界が滅ぶよりも恐ろしい何かが起こるッ!!

 

 沸き上がる恐怖を振り払う雄叫びを上げ、ワルキューレ達は一斉に突撃した。

 その燃え猛る戦意。振りかざされた幾多の刃。主神に仇なす世界の敵を滅ぼさんとする尊き意思を前に、悪神は――嗤う。

 

「おやおやそんなに欲しいのかい? だったらいいよ返してあげる」

 

 優雅に虚空に手を伸ばし、無数に並ぶ武具の一つ、只ならぬ妖気を纏う日本刀を指さした――瞬間、

 

「さあ、受け取ってよ。――死なないようにねぇ」

 

 刀は凄まじい速度でワルキューレ達へと放たれた!

 

「――ッ!? 全員避けろぉぉ!」

 

 妖気を放ち弾丸の如く迫るそれを見た瞬間、金髪のワルキューレの生存本能が警鐘を鳴らした。即座に叫び、全員間一髪で回避する。

 避けられた刀は虚空を貫き、虹の橋(ビブロスト)が伸びる遥か彼方に消えた。その様に、悪神は楽しげに拍手を送る。

 

「お見事! あれはミッドガルドの極東にある島国で日の本一と称えられた兵の刀。最高権力者に対する憎悪と殺意が染みついた妖刀さ。主神の従僕たる君達が触れれば、たちまち死の呪いに侵される。流石はワルキューレだねよくぞ避けた!」

 

 その心からの賛辞は、だが悪意の毒が滴っている。

 

「き、さまぁ……ッ!!」

 

 込められた悪意に更なる怒りが燃え上がり、噛みしめた奥歯を軋ませ睨みつけようとした金髪の少女の瞳は――

 

「じゃあ、次はどうかなぁ?」

 

 楽し気に輝く瞳と共に向けられた無数の武器を見て、凍り付いた。

 今や宇宙を覆い尽くす全ての武器の先端はワルキューレ達を向き、その命を狙い定めている。剣が、弓が、槍が槌が斧が、撃ち放たれるその時を待っていた。

 

「欲しいんでしょ? そのために来たんでしょ命を懸けて? だったら上手く取ってね取れなきゃ死ぬよぉ。ではでは皆さま張り切って――レッツ・ダンシング☆」

 

 ワルキューレ達の視界は、降りそそぐ無数の刃に埋め尽くされた。

 

 

 ×××

 

 

 俺、九十九洋吾は怠惰で自堕落的なぐーたら男だ。

 彼女無し。やる気なし。ついでに金も無ければ夢も無い。無い無いづくしの駄目人間。ちなみに動物占いはナマケモノ。

 人生に求めるものも特に無し。甘い恋愛やら熱い青春とかは、あったらあったで楽しいんだろうが無くても別に構わない。だって何だかんだでしんどそうだし。

 同じ理由で恋人も友達も積極的には求めない。別に孤高を気取っているわけではないけれど、ただ単に一人でいるほうが気楽でいいのだ。

 そう、俺はただ何事も気楽にのんびりと、退屈でも平穏な日々をぐーたら過ごせればそれでいい。そんな怠惰上等自堕落万歳なぐーたら男なのだ。

 

 

 だがそんな俺が唯一、他の人間には持ち合わせていない物がある。

 ……いや、物というか体質というか超能力か? 

 

 それがこの――

 

『ボクは見ての通りの埴輪だよ! キュートでお尻の小さいのがチャームポイントのキューティーハニワと呼んでね☆』

「ふーん。……で、生まれは?」

『二千年くらい前かな。悪霊や魑魅魍魎を鎮めるために作られたのさ。くれぐれもボクを壊さないでよ。封じられていた悪霊たちが大量に蘇るからね』

「へー了解」

 

 ――《人工物と話ができる能力》だ。

 金属だろうが木材だろうが、それが加工品で完成した状態ならば総ての『物』と意思の疎通ができる。理由? 知らん。生まれつきだ。そういえば母方の実家が付喪神を祀る神社だとか言ってたから、それが関係しているのかもしれないなぁ。だが特に調べる気はない。だって面倒臭いもの。

 

『いやーそれにしてもボク人間と話すなんて初めてだよ! まさかボクらの声が聴ける力を持つ人間がいるなんてビックリだね』

「うーん別にそこまで大したもんじゃないぞ。能力っても漫画みたいにバトルができるもんじゃないし。利点は……良くも悪くも話し相手には困らないくらいだな」

 

 で、もちろん難点は……。

 

「おい見ろよ。あいつ埴輪に向かって話しかけてるぜ」

「ハッ何だあれ。頭おかしいんじゃねえか?」

 

 周りの目がとんでもなく冷たい事だなー。

 ここは桜の花びらが春風に舞う神原大学の中庭。うららかな昼下がりともあって、学生たちがベンチに座って雑談したり芝生に寝っ転がって昼寝したりと、それぞれにキャンパスライフを謳歌している。そんな中、柔らかな芝生の上に胡坐をかき、目の前の地面から頭をのぞかせた埴輪のキューティーハニワと話をする俺に、ただ今何人もの学生連中が白い眼を向けていた。

 

「あいつ知ってるわ。たしかうちの大学で一番の変人の九十九でしょ」

「あー聞いたことある。置物とかに話しかけてるヤバイ奴って聞いたけどマジだったんだ~」

「キモっ! てか怖いわ。何で大学はあんな奴ほっておくのよ」

「それが偉い教授の何人かに気に入られてるんだって。この大学に入れたのだってコネって噂よ」

「うっわ最低~」

 

 とまあヒソヒソコソコソ陰口を囁き合う奴もいれば、これ見よがしに罵倒してくる奴もいて、うんまあいつも通りの反応。生まれてこの方何万回も見てきた光景だな。

 

『ひどいなぁ。キミは怒らないのかい?』

「うーん。さすがにいい気はしないが、当然っちゃ当然の反応だからなぁ……。」

 

 俺以外に物の『声』は聞こえないし、傍から見たら独り言をブツブツ言ってるヤバイ奴にしか見えないだろう。大体俺もテレビとかで自称霊能力者が見えない霊に向かってブツブツ話しかけてる映像を見たら「うわキモッ」と思うもんなー。

 

『だったら堂々と話しかけるのがいけないんじゃないかなー。特殊能力者ってこう……闇に紛れて自分の能力を隠しつつ生きてるイメージがあるんだけど』

「必死に隠すのとか大変そうだしストレス溜まるからやだ。あと周りの目とかいちいち気にすんのはめんどいし」

 

 こう言うと、キューティーハニワは呆れたような感心したような溜息をついた。動ければまず間違いなく肩をすくめていただろうな。

 

『いやー何ていうかストイックだねキミは』

「ぐーたらなだけだよ」

 

 そんな風に一人と一個でのんびり会話に花を咲かせていると、ますます周りがドン引く中、俺の名を呼ぶ声が響いた。

 

「九十九くーん」

 

 穏やかなその声に振り向けば、眼鏡をかけた中年男性が人のよさそうな笑顔を浮かべていた。ひょろりとした体にヨレヨレの白衣。昼の日差しを浴びて燦然と輝くバーコードヘアがなんとも眩しいこの人は、俺が所属する考古学科の名物教授だ。

 

「あ、七谷(しちや)教授。会議は終わったんですか?」

「ああ。今ようやく終わった所でねぇ。いやぁ途中から年寄りの茶飲み話になって長引いちゃったよ」

 

 やれやれと呟くその疲れた顔は、日ごろの気苦労やらが滲み出ているようだった。毛髪はあれだけどこう見えて30代、きっと年寄り連中には逆らえんのだろうなドンマイ。

 

「こっちは中庭から出た土器の調査があるってのにまったく……。ああそうだ。で、『話』はできたのかい?」

「あ、はい。何でもここに封じられてる悪霊だか何だかを鎮めてるらしいですが、大学の敷地内から出したり壊したりしなけりゃ大丈夫だそうです」

「なるほどなるほど……。やっぱり土地の霊を鎮めるための物か……。うん、ありがとう九十九君。後は民俗学科の知り合いともっと詳しく調べてみるよ」

 

 教授はそう礼を言って、地面からキューティーハニワを丁寧に掘り出し、よいしょと抱え上げた。

 

「いやーすまない。結局調査は全部君に任せてしまったねぇ」

「あーいいですよ別に。考古学科と民俗学科の教授方には日ごろから世話になってるし……」

 

 主に昼寝したい時に研究室のソファーを貸してくれたり、お茶菓子を恵んでもらったり。

 

「いやいや、こっちも年寄り連中の話し相手になってもらってるからお互い様だよ。……それにしても、いつもながら本当に便利な『能力』だね~。資料と睨めっこするまでもなく直接本人に聞けばいいんだから」

 

 大多数には幻聴の類と思われている俺の『能力』も、両学科の教授陣にはあっさり信じられている。心が広いとか頭が柔らかいんじゃなくて、単に使える物なら何でも使うというノリだからだろうな。うん。

 きっかけは今回のように出土した謎の土器。教授たちが調べても何もわからずお手上げ状態だったのを、俺が直接本人に身元を聞いて解明してからだ。以来、ちょくちょく今のように頼まれ事をされるかわりに、大学生活で色々助けてもらってる。

 

「まあ……言うほど大したもんじゃないんですがね。役に立てたんなら良かったです」

「はは、謙遜するねぇ。まあそれはともかく、何かお礼はさせてよ」

「んー……別にいいですよ何かもらっても運ぶのめんどいし」

「……知ってはいたけど、ぐーたら具合もここまで貫かれると立派に見えてくるから凄いよねぇ」

「どうも。まあそういうわけなんでお礼とかは別に――」

「じゃあ食事を奢るよ。その様子じゃ昼食はまだなんでしょ? たしか食堂のレバニラ定食、好きだよね?」

「おかわりは何杯までOKですか?」

 

 うんそのお礼ならいくらでも受け取れるな。

 ゼロコンマ一秒で即答すると、教授はそのリアクションに苦笑した。

 

「相変わらずレバーが絡むと途端に元気になるねぇ。そんなに好きなのかい?」

「レバーは命の源ですから」

 

 きっぱり答えると教授は更に苦笑し、キューティーハニワを片手に食堂の方角へと歩き出した。もちろん俺もついて行く。天にも昇るように軽やかなスキップでな。

 さあいざ行かん食堂へ。魅惑のレバニラ定食が待っている!

 

 

 ×××

 

 

 

 そこは、破壊し尽された戦場だった。

 死の豪雨が降りそそいだ虹の橋(ビブロスト)。貫き、穿たれ、無残な破壊痕と亀裂が刻まれたそこには、無数の武器がつき立っている。

 

「く…ぅあ……ッ」

 

 墓標の如く並ぶその中で一人、金髪のワルキューレは崩れ落ちちそうな体を必死に保っていた。

 その姿は正に満身創痍。流れる金髪は乱れ、白磁の肌は血に汚れ、煌めいていた鎧は今や無数の傷で埋め尽くされている。だが、それでもまだ彼女はましな方だ。他のワルキューレ達は皆全て、既に倒れ地に伏しているのだから。虹の橋の七色の表面は、今や彼女達から流れ出る血によって赤一色に染まっていた。

 血を滴らせ、震える体でそれでもただ一人を剣を構える少女に、変わらず悠然と佇む悪神は心からの喝采を送る。

 

「すごいすごい見事なものだね! ここまで耐えられるとは驚きだよびっくりした」

「だ……まれぇッ……私は、負け……ないッ……」

 

 血を吐き、汗を垂らし、五体が傷にまみれても、それでも少女は倒れない。

 

「ワルキューレとして………あの人に……誓ったんだ……ッ」

 

 その青の瞳の奥に燃える炎は、決して消さない!

 

「負けるものかああああああああああ!」

 

 想いを叫び、魂すらも燃え上がらせて、少女は叫んだ。

 

「ひははっ頑張るなあ。じゃあその頑張りに敬意を表して――とっておきをあげよう」

 

 嗤う悪神が手を振りかざす。その手の中に新たな閃光が弾け、一つの剣が降臨した。

 それはこの場に在る無数の武器の中でも一際美しく、そして強大なる力を宿す大英雄の剣。

 

「それ……は……ッ!?」

「《バルムンク》。かの悪竜ファフニールを討った竜殺しの剣だ。君にとっては思い出深い物だよねぇ? でも、まだまだいくよぉ」

 

 その声とともに、再び閃光が宇宙に輝き新たな武器群が出現する。

 だがその輝きは先ほどまでの物とは比べ物にならず、顕れた武器はその全てが神気を纏っていた。さきほどまでの物が人の紡ぐ伝説の象徴ならば、これは神々が創る神話の顕現。

 

「これは神々のッ!? …だが我らアース神族でもヴァン神族でも無いこの神気は……ッ!?」

 

 天主の雷霆。草薙の神剣。無敵の盾に猿神の如意棒。数える事すらも恐ろしいそれらは皆全て――アスガルドとは異なる神々の神器である。

 

「実はアスガルドに行く前にちょっと他の神界巡りをして来たんだ。どうだいこの神器の数々。なかなか壮観でしょ?」

 

 自慢げに語られる悪夢じみた事実と絶望的な光景。触れるだけで五体どころか魂すらも消し飛ばされかねない神界の兵器群を前に、金髪の少女はただただ戦慄した。

 

「あ……ああ……ッ!!」

 

 質量すらも帯びた神気の圧に、もはや言葉すら紡げず、震える瞳を見開くのみ。それを楽しげに眺め、悪神は更に口を開く。

 

「ひはっ。絶望しちゃった諦めちゃったぁ? でも気落ちすることは無いんだよ。どのみちもう手遅れなんだ。……ねえ考えてもみてよ。私が散々放った武器の数々、宇宙の彼方まで飛んでいったあれらは、最後には一体どこに行きつくと思う?」

 

 からかう様に問い掛けつつ、悪心は宇宙空間のある一点を指さした。

 そこはアスガルドの反対側、銀河に架かる虹の橋の遥か彼方の終着点。

 

「まさか……っ!?」

 

 人ならざる半神であるワルキューレの瞳が、その超長距離上に在る物を捉えた。瞬間、彼女の顔から血の気が消え失せる。

 そこは無数の星々の中で、ひときわ青く輝く水の星(セカイ)。青き海と雄大な大地に抱かれて、数十億の人類が息づく太陽系第三惑星――

 

「そう。――地球(ミッドガルド)だよ」

 

 告げられたその事実。恐るべきその意味に、彼女は絶叫した。

 

「なんて事を……お前は自分が何をしたか分かっているのか!!」

「ああ分かっているよ。僕が手放した数百の伝説の武器、その全てが地球(ミッドガルド)へと渡る。それを手にした人間たちが一体何をするのか……ひひっ…考えるだけでワクワクしない?」

 

 世界を滅ぼしかねない危機を楽しげに語る悪紳は、子供のように無邪気で、だからこそ何よりもおぞましい。

 

「――さて、君達との遊びは面白かった・け・どぉ、そろそろお開きといこうか。仕上げは華々しく……盛大にいっくよぉ!」

 

 高らかに叫び両腕を広げた瞬間、満天の宇宙に閃光ではなく――炎光が爆ぜた。

 それは暗黒の宇宙を赤々と照らし、超新星爆発よりもなお燃え輝く炎の塊。

 金髪の少女は知っていた。それが何であるのが、それが一体、()()()()()()()()()――

 

「そんな…ッ…お前は…()()()()まで……ッ!?」

「この終焉の炎で虹の橋(ビブロスト)を焼き払えば、君達神族はもうミッドガルドへ渡ることは出来ない」

 

 少女にはもう止められない。総てを焼き尽くす灼熱を。銀河に鳴り響く悪神の哄笑を。

 

「せいぜいヴァルハラで眺めていなよ。私がプロディースする史上最大のショウを! なに退屈はさせないさ。――楽しませてあげるよぉ。総てが滅ぶ一大スペクタクルをね」

 

 もはや誰も、止める事などできないのだ。

 

 迫る絶望的な死の予感と、悪神が成さんとする事へのそれ以上の恐怖に、少女は絶叫する。

 

「お、お前は…ッ……なにを……何をするつもりだぁぁぁ!!」

 

 響き渡る悲痛な問いは――だが愚問。

 

「ひははっ。随分とおかしな事を聞くねぇ。……私がする事なんて、いつもたった一つだろう? 総ては――」

 

 彼の者は狡知。不老の果実たる黄金の林檎を持つイズンを巨人に引き渡し、神々に老いを与えた。

 彼の者は狡猾。女神フレイヤを妻にすることを条件にアスガルドの城壁を作っていた石工の巨人の愛馬を誘惑し、その完成を阻んだ。

 彼の者は悪辣。盲目の神ヘズをそそのかし、その兄である光神バルドルを殺害した。

 

 時に善を。時に悪を成し、神々に繁栄と災厄をもたらした彼の者。

 それは一見して何を考えているかも分からぬ混沌の所業。だがもしも、その総てがただ一つの目的、いや、そうとも呼べぬ()()によって成された物だとするならば、それは即ち――。

 

「――ただの悪戯だよ☆」

 

 そして、炎が総てを粉砕した。

 撃ち貫かれた虹の橋(ビブロスト)は燃え墜ちて、後に残るのは虚空を漂う七色の残滓と、傷ついた戦乙女達のみ。

 そして炎は――地球(ミッドガルド)へと飛び去った。

 全宇宙に響き渡る、悪神の哄笑に見送られて……。

 

 彼の者の名は《ロキ》――悪戯の神である。

 

 

 ×××

 

 

 そして時は経ち、現在時刻は夜の11時。

 食堂でレバニラ定食をたらふくご馳走になった俺は、満腹になると同時に眠くなり、そのまま考古学科のソファを借りて爆睡した。いやーしかし、レバー様に満たされたおかげで心身ともに充実してよく眠れたなー。おかけで目覚めた時にはすっかり日も暮れていたよ。

 

 というわけで今、俺は春の夜風に吹かれつつ、住んでいる神原市の夜道を歩いて帰宅中である。

 地方ながらお洒落な国際都市を売りにしているだけあって、ヨーロッパ風の建物が並ぶ異国情緒漂う街並みを歩いていると、人気の無い公園の前に差し掛かった。

 それなりの規模のある公園だが、今は夜中ともあって人影は無い。

 あーそういやここを突っ切れば近道になるか……。

 でも何か人気の無い公園って不気味だよなぁ。夜闇に紛れて何かが隠れてそうだし。それに……何となく嫌な予感がする。

 

「よし行こう」

 

 でも行くことにした。だって遠回りとかめんどいもの。

 

『夜の公園は最近物騒でクロック。行くなら早く通り抜けるクロックよ』

「あ、うん。忠告さんきゅ……」

 

 途中声をかけてきた、人気の待ち合わせスポットらしい親切な時計台に礼を言って、公園の中に足を踏み入れた。

 一歩、二歩、月明かりが降り注ぐ桜並木の遊歩道をゆっくりと歩いていく。

 夜風に吹かれた桜の花弁が月光に踊るのをぼーっと眺めていると、幻想的な美しさに心が安らいでくる。……うん安らぎ過ぎてちょっと眠くなってきたなぁ。

 

「寝るか……」

 

 なんかもう家に帰るのがめんどいや。リュックにはこういう時のために日用品一式は入れてあるし、こんな感じで野宿するのも初めてじゃない。ただ朝帰りするとマイ抱き枕が文句を言ってくるのが気がかりだが、まあ後でお詫びに高級洗剤を使って洗ってやればいいか。

 んじゃ、そうと決まれば早速、良い寝床になりそうな場所を探して――

 

 ――瞬間、夜闇が灼熱の光にかき消された。

 

「……ん?」

 

 それは突然の閃光。焼けつくような熱すらも帯びて降り注ぐそれに、思わず空を仰いだ瞬間、俺は言葉を失った。

 

 (そら)が、燃えていた。

 

 それは、太陽よりもなお赤く猛々しく輝く――『炎』。

 夜闇の黒を赤く染め、月明かりすらかき消して、夜天の全てを赤々と照らす炎が、空一面を覆い尽くしていたのだ。

 

「なんだ……これ?」

 

 絶えず降り注ぐ光は、だが陽光のような暖かいものではない。これはただただ総てを焼き尽くし、何もかもを灰燼に帰す破壊の輝きだ。星明かり消える。月光が飲み込まれる。超熱量に雲すらも蒸発し、その熱風は大地に吹き荒れた。

 

「なんか分かんねえけどヤバそうだなぁ……」

 

 立っていることすらも辛い熱風にあおられ、倒れぬように踏ん張りながらつぶやく俺の顔には、冷たい汗が滴っている。

 その原因は暑さと恐怖。いくらグータラでも怖いものは怖いのである。あれが落ちてきたら熱そうだし痛そうだし。ならばここは走って逃げるべきか。でも逃げられなそうだなぁ……だったら逃げて疲れるだけ損な気がしてきたぞ。

 

 そういえば、どっかの地方では疲れる事を『こわい』と言うそうだ。つまりは疲労こそがかの地において何より恐ろしい物なのである。ならば俺にとって死の恐怖と疲労のしんどさ、どちらが上かと聞かれれば……。

 

「よし楽に死のう」

 

 覚悟完了。

 

 でもできれば一瞬で終わらせてほしいなぁ。炎にそんな事言っても無駄だろうけど。

 燃える空を見上げつつ、そんなことをぼーっと考えていた――瞬間、天を覆う炎がにわかに輝きを増したかと思うと一気に収束。灼熱の塊となったそれが炎の尾を引き隕石のごとく墜ちてきた。

 

「あ、これは死んだ」

 

 刹那、轟音が轟き衝撃が地を揺らす。砕けた路面の欠片と舞い上がる粉塵。閃光と吹き荒れる熱風に俺は思わず顔を覆い、死んだ後三途の川を渡るのめんどいなぁと思っていた、ら……。

 閃光と衝撃の嵐が、ふっ……と止んだ。

 

「あ、助かった」

 

 天地鳴動し熱風吹き荒れていたのがまるで嘘だったように、世界に夜の静寂が戻る。

 

「おぉ、すげー……」

 

 目の前にはクレーター状の穴が、直径数十メートルはあろうかという巨大な口を開けていた。

 一体どれほどの破壊力があったのだろうか。遊歩道のブロックを砕き穿たれたそれが、すり鉢状の底に赤い光を湛え存在している。

 

「てかなんだあの光?」

 

 それは今まで見た何よりも幻想的に美しい、揺れる赤の色。導かれるように、俺は穴の中へと足を踏み入れた。

 転ばぬように慎重に斜面を下り、穴の最深部に近づいていく。底へ下りれば下りるほど赤の輝きはますます強くなり、視界を染め上げた。

 そしてたどり着いた穴の底、燃えるような赤に満たされた世界で――。

 

 

 

 

『――ここが、我が滅ぼす世界か』

 

 

 

 

 ――炎の剣と、出逢った。

 

 




あけましておめでとうございます! 新年一発目からこの文字数とかアホじゃないかと思われたならごめんなさい。ちょっと気を抜いたらすぐ文字数が膨らんでしまう作者です。短くさらっと読める話を書きたいんですけどねぇ……。

あさて、今回は北欧神話ネタを書く上では欠かせない、ある意味では北欧神話の真の主役ことロキさんを出しました。ゲームやラノベで引っ張りだこの超人気キャラだけあってキャラが立たせやすい神様ですね。個人的にはマジ天使な嫁さんも好きですが……。うん、まあ何が言いたいかというとね……ゲートオブヴァルハラやっちまったなぁ……と。武器召喚からの一斉掃射って憧れるよね(鎧武とかその他諸々とか……)一度やってみたかったからやっちゃった。後悔はしていない。でも文句は受け入れます。遠慮なく罵ってください。

それでも怒らないという心の広い読者様は、この作品を今年もどうぞよろしくお願いします<(_ _)>
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