《ぐーたら男と終焉の剣》~拾ってみたら日常生活でめっちゃ使えましたw~ 作:どるふべるぐ
A、シリアスを書いてたら長くなった。二人称ムズイ。でもやっと北欧神話モノっぽくなったよ。でも最初に言っておく、作者はマイナーキャラ萌えだ。「誰こいつ?」が活躍してても生暖かい目で見てね。
そこは、荘厳なる神域だった。
天を衝く城壁の中、その城は悠然とそびえている。
その外壁を飾るは、人の手では決して造り得ぬ天上の美を宿す幾多の彫刻。鍛冶に長けるドワーフ族や小人族が、持てる技術と誇りの全てを以て造り上げたそれらは、そこに住まう神々の財力と権威をその美しさで示していた。だが同時に、その造りは堅牢を極め、無数の衛兵と闘いの為の建築構造が示すのは――圧倒的な軍事力。
どれほどに美しくとも、そこはまさしく闘いの為に造られた場所。
美しさと雄々しさを備えた神々の館――《ヴァルハラ》
その奥深く。壮麗なる玉座の間は、だが今は重く不穏な空気に包まれていた。
男神がいた。女神がいた。巌の如く押し黙る軍神。静かに黙考する智神。憂い顔の美神。苛立ちを隠さぬ英雄神。その場に集うは、神話に描かれ、数々の伝説を紡いできたアスガルドの戦神達。
彼らは皆、その顔に一様に不安げな陰を浮かべ、囁き合い、騒めいている。
その光景をただ一人、高き玉座から見下ろしていた一柱の神は、おもむろに口を開いた。
「――静まれ」
それは、威厳そのものが音となって流れたかのような――声。
けして激しくは無い、だが逆らう事の許さぬその一声で、ざわめきが止み、張りつめた沈黙が下りる。誰もが口を噤み、その眼に畏怖を浮かべて玉座の神を見た。
それは、不思議な男だった。
深い知性を感じさせる静かな佇まいは賢者か、あるいは真理を求める哲人に見える。だが同時に、滲み出る戦場の香りと、対峙するだけで総身が震えるようなその凄みは、歴戦の武人にも思わせる。
静かなる『智』と猛き『武』。対照的な二つの雰囲気を纏うその男は、深い黒のローブに身を包み、帽子を目深にかぶっている。豊かな髭を垂らした顔は老人のそれだが、ただ一つの瞳――男は隻眼だった――には、この場に存在するどの若き神よりも強い力が宿っていた。
その名を《オーディン》――神界アスガルド全ての神々を統べる主神である。
「……まずは、慌ただしい中集まってくれた事に礼を言おう。突然の非常事態に、皆よくぞ恐怖を抑え混乱を防ぎ、そして兵の統率を保ってくれた。それでこそアスガルドの軍神。――儂は、卿等を誇りに思う」
まずは労をねぎらい、その隻眼で集った神々を眺める。
いずれも勇壮にして精強。だがその表情は硬く、余裕の色は無い。
それも無理からぬ事だろう。修羅場を幾度も潜り抜けたはずの軍神達ですらも緊張させる程の事態――現在このアスガルドが直面する、未曽有の危機を思えば。
「さて、此度集まってもらったのは他でもない。――我がグングニルをはじめとする神々と
重々しく紡がれた一言で、場の空気が一層張りつめる。
「これによって、アスガルドの戦力は現在大幅に低下している。仮に今、巨人共が攻め入って来たのならヴァルハラは戦いの末に陥落するだろう」
そのオーディンの言葉は、神々を動揺させるに十分だった。
ある者は息をのみ、またある者は顔を青ざめる。パニックこそ抑えているが、想定していた最悪を更に超えた災厄に、誰もが戦慄した。
そして、主神は告げる。この災厄の元凶。アスガルド最凶の悪神の名を――
「そして此度の事態を引き起こした者は――ロキだ」
その名に更なるざわめきが巻き起こった――瞬間
「そんなはずはねえ!」
雷鳴の如き声が、全てのざわめきをかき消した。
隆々たる筋肉に覆われた肉体から憤怒を迸らせるその神は《トール》。アスガルドの武の頂点に立つ最強の英雄神である。
かつてロキと共に旅をし、幾多の苦難を共に乗り越えた漢の顔は、怒りとやるせなさに染まっていた。
「そんなはずはねえよオーディン! ロキは……あいつはッ、バルドル殺しの罪でアスガルドを追われ幽閉されているはずだろ!」
そうであってくれと、どこか祈るように問いかける雷光の如き眼差し。並みの軍神ですら震え上がるそれに、オーディンは自らの玉座――座りながらに世界全てを見通す神具《フリズスキャルブ》――に座して淡々と答える。
「すでにフリズスキャルブで確認した上での事だ――トールよ。確かに彼奴の体は我らが幽閉した島《暗黒と悲嘆の深遠》に在り、腸で幾重にも縛りつけられていた。その肉体だけはな……」
奇妙な言い回しに、固唾をのんで聞いていた神々は怪訝に眉を顰める。
だがその表情は、続く言葉で驚愕に変わった。
「魂が、其処に無かったのじゃよ。在ったのはただの魂無き抜け殻。――おそらくは、何らかの手段を以って魂のみで拘束から抜け出たのであろう。今の彼奴は
「そ、んな……ッ。じゃああの人は……あいつと共にいる筈のシギンさんは!?」
「そこに在ったのは、彼奴の体だけだ。……共に逃げ出すような女ではなかった。おそらくは彼奴を止めたのだろうが……」
ただの人間に、神が止められるはずもない。そして悪神は、邪魔する者に容赦はしない。例えそれが、自分にとってたった一人の――
「……くそッ。何でだよ……ロキ……あの人は幽閉されたお前のために、自ら望んで……ッ」
岩の如き拳を握りしめ、やるせない怒りと悔しさに肩を震わせるトール。
豪放磊落で誰よりも活力に満ちていた男のそんな姿に、見ていた者は痛ましく沈黙する。
「報告いたしますわ」
そんな中、一人の妖艶な女神が口を開いた。
豊満な胸部にくびれた腰つき、丸い尻は白桃のよう。その淫靡な肢体を飾るはきらびやかな衣装と宝飾類。美の化身ともいうべきその女神は《フレイア》。
アスガルド一の美しさを持つ女神にして、全てのワルキューレを指揮する女傑である。
普段ならば艶やかな笑みを浮かべているその美貌は、だが今は憂いの色に染まっていた。
「そのロキですが、アスガルドを離れ逃走中の所を追跡に向かわせたワルキューレ部隊が捕捉。戦闘になるも、……取り逃がしました。死者こそ出ませんでしたが、隊員50名のうち49名が重傷を負い戦闘不能、一人が行方不明。戦闘で虹の橋は破壊され、更なる追跡は現状不可能となっていますわ」
固い声で語られるその報告は、空気をさらに重くさせる。
「なお戦闘の際、ロキは他の神族の物と思われる武器を多数召喚したとの報告があります。そして自身が他神族にも盗みを働いたと発言したとも……」
墓所のような沈黙が、この場を包んだ。
刻一刻と悪化していく事態。最悪を超えた最悪に誰もが言葉を無くし沈黙する中――
「……厄介ですね」
その神は、絶望することなく熟考していた。
それは奇妙な神だった。その神には腕が無い。足も無い。胸も腹も尻も無い――その神には、首から下が無かった。
かつて首を刎ねられるも、その知恵を惜しんだオーディンによって腐敗せず言葉を話せる魔術をかけられた知恵の神《ミーミル》は、ただ一つ残った灰色の脳髄を全力で稼働させ、冷徹な思考の下に導き出した更なる危機を皆に伝える。
「英霊を集めるため、我々は他の神族の支配地域を侵すことも度々あった。ゆえに疎む者も多い。もしロキが今回やった事が我々アスガルドの意思だと思われれば、最悪他神族との戦争にもなりかねません。――あるいは、それがロキの狙いなのかもしれませんね」
――戦争。
再び起こるざわめきは、だが最大の戦慄を孕み玉座の間を駆け抜ける。
他神族との戦争。それは下手をすればアスガルド――否、全ての世界そのものすらも滅ぼしかねない未曽有の大戦争となるだろう。海を蒸発させ大陸を粉砕する神々の戦に、果たしてこの世界が耐えられるのか……。その答えを言う勇気のある者は、この場には誰もいない。
殆どの神が恐れ慄く中――だが、この漢だけは違った。
「……上等だ。来るってんなら返り討ちにするだけだ。異神だろうが外神だろうが全員ぶっ斃して、それからロキの馬鹿野郎をぶん殴ってやるよッ!」
ただ一人、恐れず慄かず戦意を燃やし、今にも出陣せんとするかのようなトール。
その鬼気迫る姿に周囲から悲鳴すら上がる中、ミーミルは落ち着いた声でそれを諫めた。
「冷静になって下さい。無論、我々が木っ端の神々などに負けるなどとは思いませんが、それでも戦えば少なからず被害が出、疲弊する。そこを悪辣なロキに衝かれればどうなるか……それが分からぬあなたではないでしょう? 英雄神トールよ」
「……ッ。分かってる……ああ分かってるよ……ッ」
冷たさすら感じる冷徹な声で問われ、トールは奥歯を噛み締めながらその怒気を収めた。だがそれはけして消えたと言う事ではなく、その身の内では未だ憤怒が轟雷の如く荒れ狂っている。
そんな彼を鎮める様に、オーディンは告げる。
「すでに他の神族には、虹の橋を渡らず移動できる烏を使いに出しておる。あ奴らから我々に敵意が無いことを伝えさせよう。そして先刻、高天原――日本神族主神アマテラスからは『あい分かった』との返答を受けた」
「良い知らせです。彼らを敵に回せば、必然的に同盟を結んでいる仏教勢力も出てくる。三大宗教の一角を敵に回す事は何としても避けたかったですからね。彼らの口から、仏教勢力にもこちらに敵意が無い事が伝わるでしょう」
そのやりとりに初めて、張り詰めていた場の空気が僅かに和らぐ。無論全ての危機が去ったわけではないが、少なくとも最悪のシナリオの一つは回避できた。
「だが安心はできぬ。それ以外の神族の返答は未だ無く、いつ戦いを仕掛けてくるかもわからぬ。特にゼウス率いるギリシア神族は我々とは度々対立している。そして奴ら以外にも警戒すべき神族は多い。依然として、状況は予断を許さぬものだ……」
「かといって、不用意に動くのも危険。ロキの狙いが何処にあるのかも分からない以上、我々は後手に回らざるをえない……歯痒いですね」
然り、今だ現状は最悪、詰みの一歩手前で何とか踏みとどまっているに過ぎない。
重い空気が再び圧し掛かり、皆の顔を暗くする。
「くそ……ッ!! 一体何を企んでやがるんだアイツは……ッ」
それはまるで、チェスで成す術も無く追い詰められていくような感覚。
苛立ちを叫ぶトール。やり場のない怒りをぶつけるその声に、答える者は誰も――いや、いた。
「――おやおや~、そんなに教えてほしいのかい?」
それは、悪意そのものが音となったような――声。
「それくらい自分で考えろと言いたいところだ・け・ど、君に頭脳を求めるのも酷ってものだよねぇトール?」
それは、嘲りの笑みを浮かべ、幻のごとく現れる。
「いいともならば教えてあげよう。さあさあ皆さまお耳を拝借。一度言った気もするけど聞かれたのなら何度でも答えよう! 私のやること成すこと皆皆全て――」
それは、暗黒のローブを纏い、フードの奥の闇の中から覗く瞳で、神々が浮かべた驚愕と混乱の表情を――嗤う。
「――ただの悪戯だよ。親愛なるアスガルドの諸君」
それは、優雅であるがどこか道化じみた神。
全世界の危機を憂う皆の眼前に悠然と現れ、その総てを嘲笑う、その神こそは――
「《ロキ》イイイイイイイイイ!!!!!!!!」
轟く雷鳴の如き怒声。その主たるトールは、拳を振り上げ殴りかかっていた。
怒れる雷電を迸らせる拳が宙を貫きロキに迫る。だが、それはロキを捉えることなく――
「相も変わらずすっごい気合だねぇ。でも考え無しだ。いくら力があっても馬鹿じゃあ意味が無い」
その姿は蜃気楼の如く揺らめき、拳がすり抜ける。雷神の怒りは届かず、床を虚しく粉砕するのみで終わった。
「だぁかぁらぁ、こうも簡単に騙されるんだよバーカ♪ いくら馬鹿だからって力しか取り柄が無いのはどうかと思うよぉ馬鹿。これがホントの馬鹿力だね馬ぁぁぁ鹿」
「ッテ、メエエエエエエエエ!!」
比類なきアスガルドの最強神。その一撃が不可思議にも防がれ……いや無効化された?
在り得ざる光景に神々が驚愕し瞠目する中、静かに眺めていたオーディンは――
「――幻術か」
「さすがはオーディン我が義兄上。そうだよこれは幻術だ。幻影の巨人王《ウートガルザ・ロキ》には及ばずとも大したものだろう? 少なくとも馬鹿一人は簡単に騙せた」
玉座を見上げ不遜に嗤うロキと、悠然と見下ろすオーディン。
対峙する二柱の大神を、他の神々はただ固唾を飲んで見詰める事しかできない。彼らが発する凄まじい神気が、何人たりともその間に入るのを許さないのだ。
「……して、何用だ? 実体無き幻影では儂の首を落とせぬだろう?」
「ひははっ。相変わらず固いなぁ。久しぶりに会ったんだからもっとフレンドリィにいこうよ」
軽やかにターンし、真意の見えぬ瞳で居並ぶ神々の顔を眺めるロキ。
「まったく揃いも揃って表情固くしてさぁ。人生――もとい神生に必要なのはいつだって笑顔だよ~。ほらほら笑ってレッツスマ~イル♪」
フードから僅かに覗く口元を笑みの形にして笑いかけるも、返ってくる表情は――殺意の瞳。害意の眼差し。慄く恐怖。燃える憎悪。神々のあらゆる敵意が、ロキに降り注ぐ。
「……やれやれ。冗談も通じないとは嘆かわしいものだね。ほらフレイアもそんなおっかない顔をしないで。そんなだから旦那が出てったっきり帰ってこないんだよ~」
大仰な仕草で溜息を吐き、天を仰いだ後、ロキは再び笑みを浮かべた。
今まさにとっておきの悪戯をしかける、悪童のような笑みを。
「じゃあそんな君達を笑顔にさせるため、一ついいことを教えてあげよう。君達が知りたがっている各神族の状況だけど――大混乱さ」
その言葉に、神々の表情が驚愕――そして困惑に変わった。
「ゼウスが雷霆を失った事を知ったタイタン族が攻めてきて、ギリシア神族は今オリュンポスに立て籠もり交戦中。中華神族は如意棒を奪われた斉天大聖が怒り狂って大暴れ。ははっ、神仙総出で止めにかかっているよ」
朗々と語られるその内容は、はたして嘘か真か。
……分からぬ。誰も言葉の奥に在る真意を掴めず、故に誰もがそれに聞き入らざるを得ない。
「そして神具を無くした事で
まるで笑い話のように語られる、世界の危機。
語る者は楽しげに、聞く者は戦慄しながら、恐るべき現状が明かされていく。
「大小様々な神族がひしめくアフリカや中近東にいたってはさながら戦国時代だ。その他エジプト、アステカ、シュメールにケルト、どこもかしこも絶賛混乱大パニックでアスガルドに攻め込む余裕なんてないよ。……とはいっても安心はできない。油断してたら戦いに勝利した神族がそのまま攻め入って来るかもしれないからねぇ。いやぁ大変大変アスガルドの命運は今や風前の灯火だぁ――まぁ」
詰まるところ、嗚呼即ち百厄万難諸々全て――
「ぜーんぶ私のせいなんだけど・ね☆」
悪神は、そう子供のような笑顔で締めくくった。
呆然とした沈黙が、下りる。
語られたそれはどれも信じられぬ、否、信じたくないモノだったが、……今や誰もが分かっていた。分かってしまった。
「……それを我々に教えて、貴方はどうするつもりなんですか?」
誰もが打ちひしがれ言葉を無くす中、冷静沈着なるミーミルだけは静かに問いかけた。
「どうするって?」
「敵である我々に、何故わざわざ情報を与えるような事をするのか聞いているのです」
緊張と疑念を以ってかけられた問い。
見えざる真意を見極めんとするそれに、ロキが返したのは――プッと吹き出す音だった。
「……敵? 敵だって!?」
瞬間、爆発する狂笑。
吊り上がり涎すらも垂らすほどに開かれた口から、最大最狂の笑い声が轟いた。
「ひいいいいいいははははははははははははっ! ああごめんねほんっとごめん! ただのついでに教えてあげただけだったのに、君達にそんな勘違いをさせて悪かったよ済まなかった!」
腹を抱えて体を震わせ、狂笑をまき散らす。
そのおぞましき狂態に息をのみ、後ずさる神々達に、ロキは
「ああ、じゃあもう一つ教えてあげよう。君達の哀れな勘違いを正してあげよう。さあ、よく……聞くがいい」
この時初めて、笑顔以外の表情を浮かべる。
それを見た瞬間、神々は――恐怖した。
総身が震え、全ての血液が凍り付くような感覚に死の危険すら覚える。
それは、たとえ歪んだ口元しか見えなくとも分かる程の――
「――私の敵は、お前達なんかじゃ、ない」
――無限の如き、憎悪。
凍えるように冷たく、燃えるように熱い、光無き暗黒の底で煮え滾るようなそれが、ロキの総身から立ち昇る。
「私が挑み、超え、打倒する敵は――お前らなどより遥かに強く、悪辣で、そして総てを支配し縛り付けるモノだ」
それは狂える怨念が形を成した声。聞く者の心を、魂すらも凍り付かせるほどの。
一体何をどれほどに憎めば、このような声が出せるのだろうか。
分からない。分かりたくもない。きっとこれを理解し共感してしまえるような者は――正気を喪っている。
「ああそうだ。ここに来たのは、お前にこう言うためだよ――
正気も倫理も何もかもを喪って、憎悪にのみ燃える瞳が玉座の王を捉える。
対する王の瞳は、揺るがない。凪のような静けさを以て、眼前の憎悪を迎え打つ。
狂おしく、燃えるように、凍り付くような怨念が二人の間で高まり空間すらも軋みを上げて――
「私は勝つ。お前が負け、膝を屈した総てに。私が勝利し全てを終わらせるその光景を、傀儡の玉座で眺めているがいい――
その復讐の完遂を宣言し――悪神は消えた。
まるで幻のように。まるで最初から居なかったかのように。
粉砕された床と、今だ慄き凍り付く神々の姿だけが、その名残りだった、
「……アスガルド全ての神々に告げる」
オーディンの声が、呆然とした沈黙を破る。
威風堂々たる王の声にハッと己を取り戻し、神々は一斉に姿勢を正した。今だ張り詰めてはいるが、その顔はすでに主命を待つ精鋭のそれだ。
そして整列する全ての神々へと、王は告げる。彼らが成すべきことを、アスガルドの生存戦略を――
「ヴァルハラの警戒レベルを最大に引き上げ、臨戦態勢を整えよ。例え何が来ようとも打ち倒せるようにな。同時に虹の橋の復旧作業を急げ。全ての小人とドワーフを招集し、一刻も早く完成させるのだ」
「「「「御心のままに!!!!」」」」
命を下された神々は一斉に答え、そして行動する。
一礼して踵を返し、足を踏み出して各々の持ち場へと征く。成すべきことを成すべく立ち去っていくその背中達に、迷いは無い。ただ勝利のために突き進む軍神の姿がそこに在った。
そして皆が立ち去り、沈黙だけが残された玉座の間。
ただ一人残された王は、静かに呟く。憐れむように。哀しむように。あるいは――羨むように……。
「――まだ、お前は抗い続けるのだな。
老いた呟きは、誰にも聞かれること無く虚空に消えた。
×××
災厄はいつでも、平穏の中に巧妙に紛れ込む。
何も知らぬ哀れな獲物を、容赦なく捕らえるべく。
今宵彼らに起こった事は、つまりはそういう事だった。
「痛ってぇぞ……コラ」
「大丈夫っすかアニキ?」
「病院に行った方がいいんだな。もしもの事があったら遅いんだな」
無機質な街灯の光だけが照らす夜道を歩く、三人の若者。
それぞれがリーゼント、モヒカン、パンチパーマという昭和の不良のような髪型で、学ランに身を包んだその姿は、昼間に九十九洋吾に絡んだ挙句返り討ち(?)にされた三人だ。
「そうっすよアニキ。やっぱ病院に行った方が……」
「バッカ野郎。ヤンキーが病院になんて行ってられっかコラ。……それよりもあの野郎。次に会った時は絶対にブン殴ってやるぜコラ」
怒りと屈辱を滲ませたその顔は、だがやはり血の気が無い。逃げた後で強引に嵌め直した右腕もジンジン痛み、左手で無意識に肘を押さえていた。
「……でもあいつ、あの変な剣を持ってますよ」
「い、いきなり火が出て、熱かったんだな、怖かったんだな……ッ」
今も脳裏に恐怖と共に刻まれる、何もかもを焼き尽くすような熱と燃える赤。青ざめ震えるモヒカンとパンチパーマの姿に、リーゼントは苛立たし気に舌打ちする。
「ビビッてんじゃねえよコラ。……だが確かに、あの剣相手に
「バットやナイフでも……心許ないっすねぇ」
復讐を誓うも、どうしようもない現実に二人揃って肩を落とす。
そんな彼らを路地裏の猫が「ニャー」と嗤い、よけいに惨めになる。今日はもう一層家に帰ってふて寝しようかとリーゼントが考えた時……。
「アニキ! あ、あそこを見るんだな!!」
パンチパーマが、顔の脂肪を盛大に揺らして声を上げた。人気のない横道を指さし、興奮した様子で叫んでいる。
「うおっ!? なんだコラびっくりしただろコラ!」
「くうぅ耳がキーンとするぜ……ッ。テメー腹も声もデカいんだから喋る時は声を抑えろっていつも言ってるだろ!」
「ご、ごめんなんだな! でもあれ、あのゴミ捨て場に突き刺さってる物を見るんだな!」
「は? なんだってんだよ……って、ありゃあ?」
訝し気にパンチパーマ指さす先に目を向けたモヒカンが、それを見つけた。
路地裏へと続く横道のゴミ捨て場。無造作に積まれた黒いゴミ袋に突き刺さった――日本刀を。
その姿を見た瞬間、彼らの瞳はその刀に捕らえられた。目を逸らそうとしても、出来ない。その刀が纏う妖しくも抗いがたい何かが、それを許さないのだ。
かくして
「あ、アニキ……ッ」
「……おう」
どこか怯えたような二人の舎弟に頷きを返し、強張るリーゼントの右手が、その柄を掴んだ。
そして一気に――引き抜く。引き抜いて、しまった……。
「すげえ……」
月光を浴びて妖しく煌めくその刀身に、モヒカンは怯えを忘れて感嘆の声を漏らした。
それは決して華美ではなく、豪奢な飾りも無い。だが、触れる全てを斬り裂き屠る刃の輝きはどんな装飾よりも美しく、見る者の心を捕らえる魔性の美が、そこに在った。
「…………」
「すげえ! すげえっスよアニキ! こんなの見た事ねえ!」
「きっと名刀なんだな! これならどんな奴もイチコロなんだな!」
「…………」
はしゃぐ二人は、知らない。
それが昨夜、遥か天上から地球に墜ちてきた無数の武器の中の一つだという事を。
「でもなんでこんな物がこんな所にあるんだな?」
「知らねえよ。たぶんどっかの金持ちが要らなくなって捨てたとか、ヤクザの落としもんじゃねえか? どっちにせよ拾っちまったのなら俺達の物だぜ。な、アニキ!」
「…………」
二人は知らない。
それが一体何人の血を吸い、どれほどの憎悪と怨嗟を喰らってきたのかを。
「…………」
「ってどうしたんすかアニキ? さっきから黙って――」
二人は知らない。
もう何もかもが――手遅れだという事を。
最初の災厄がここに、目覚めてしまった事を。
――――トス。
それはあまりにも軽やかに、モヒカンの胸を貫いた。
「――え?」
胸元から鳴った奇妙な音に、視線を下に向ける。銀の輝きが在った。切っ先を胸板に沈めた――美しい刃の輝きが。
「――え?」
呆然と、目を向ける。刃の先、柄を握る指、伸ばされた腕、その向こうに在る……顔……は……。
「アニ……キ……?」
掠れた呟きを残して、モヒカンの体が崩れ落ちた。
路上に倒れ、ピクリとも動かないその様は、まるで死んでいるかのようで
「う、うわああああああああああああ!?」
パンチパーマの悲鳴が、路地裏に木霊する。
恐怖に引き攣り混乱した顔。震える瞳はモヒカンに刀を突き刺した下手人――リーゼントを見た。
彼の顔に、表情は無い。まるで死体のような無の貌で、パンチパーマを眺めている。
「な……なんで……ッ。なんで殺したんだな……ッ」
震える声で問い掛けると、リーゼントは虚ろな口調で答えた。
彼の物ではない無い、しわがれた声で――
「殺してはおらぬよ」
その声、冥府より響くようなそれを聞いた瞬間、理解した。
こいつは……違う。身体こそ確かにアニキの物だけど。いま目の前にいるこいつは、こいつは――!?
「誰なんだなお前はあああああああああああ!?」
「――ただ、
彼が今宵最後に見たのは、己を貫くあまりにも美しい――白刃の煌めきだった。
…………。
………。
……。
「……馳走になった。礼を言うぞお若いの」
意識を失い、骸の如く倒れ伏す二人にリーゼント、否、その肉体を乗っ取った者は礼を言った。
だがその声に、満足の色は無い。男の刀はまだまだ飢え、そして乾いていた。
足りない。まだまだ足りない。死んでもなお諦めきれぬこの大願を成就させるためには、
「血を、熱き
更なる血を求む男の耳がその時、一つの音を捉えた。
それは、何も知らずこちらに向かってくる足音。若い歩調。歩幅からして男性か。これはよい。好い――獲物だ。
男の唇が、吊り上がる。血に飢えた鬼の笑みだ。
湧き上がる歓喜のままにその男は、新たな獲物の到来を、新たな凶行の始まりを、己と文字通り一心同体の刀――幕府を転覆させ、一つの時代を終わらせた日本史上最恐の妖刀に語りかけた。
「――征くぞ。《村正》ァ」
その光景をただ一人、天上の神にすら見つからず観賞する者が居た。
それはただただ楽し気に、これから巻き起こるだろう災厄を、まるでサーカスの開幕を待つ子供のような瞳で、
「そうだオーディン。私は抗い続ける。私が勝利するその時まで」
悪辣なる策謀を紡ぎ全てを欺いて、
「遊び相手は用意してあげた。せいぜい君等は他の神々と面白おかしく戦争してなよ。――その間に、私がこの
光無き闇の中で事態は進行する。災厄の種は芽吹き平穏の世界を侵食していく。
嗤う悪神の凶笑は、誰にも知られることなく響き渡るのだった。
読了ありがとうごさました。
何故かエピローグが一番長いという異常事態ですが許してください。作者が悪いんじゃないです全てはロキの長台詞のせいです。
あさて、次回からはいよいよ新章《妖刀村正編》が開幕します。
物語が動き出し、ヒロイン待望のバトル展開も……あるかなぁ?
それでも基本はまったりのんびり日常系にしたいと思っています。さあ執筆頑張るぞっと。
とは言っても、次章はとにかく書き溜めてから投稿することにいたしますので、更新は半年ほど間が空くかと思います。忘れた頃にやって来るので気長お待ちください。