《ぐーたら男と終焉の剣》~拾ってみたら日常生活でめっちゃ使えましたw~ 作:どるふべるぐ
A,何それおいしいの?
プロローグ。戦国村正伝
《妖刀》と呼ばれる、刀が在る。
乱を呼ぶ刀だという。血を求める刀だという。
事実、その刀が歴史に姿を現すのは、常に戦の時代だった。
血と戦いに誘われるのだとも、はたまたやはり自ら戦を起こしているのだとも囁かれ、恐れられ、忌まれ、妖しき刀と称えられしその銘は――《村正》。
時は戦国。戦の時代。
奪い、殺し、辱める。人の道ならぬ外道の所業がまかり通る、まさに日の本が鬼畜の巷と化した時代にて、かの妖刀の物語は幕を開ける。
いざ物語ろう。最初の一幕は、蝋燭の明かりだけが夜闇を密やかに照らす、ある一室にて。
床に座して向かい合う、老いた刀工と一人の青年。彼らの一夜の問答からである。
「――我が一門の刀がどう呼ばれているか、……ご存知ですかな?」
それは静かな、だが拒むことも偽ることも許さぬという意思が込められた問い。
それを投げかけたのは、異様なる老人であった。
まず、獣の如く伸びるがままに任せた白髪はざんばら。顔には老いが皺として深く刻まれ、だがその鋭き瞳は老人とは思えぬ程の精気に満ちている。刀工というよりも、修験者か仙人を思わせる怪しき人。それが、《村正》という鬼才の刀工だった。
そんな怪人物の問いに対し、向かい合う青年――身なり良く、また品のある顔立ちは卑しからぬ生まれであろう――はしばし沈黙したのち、静かに口を開く。
「曰く、その刀は一度抜けば人を斬るまで鞘に収まらず、また持つ者は殺しを求むるようになる」
それは、この戦国の世に在りて、まことしやかに語られる怪談。
「曰く、その刀は持ち主に祟り、振るい振るわれし者その悉くを死に至らしめる」
朗々と、青年は眼前に座る老人とその一門が築いた恐怖の物語を語る。
「曰く、その刀は血を欲する魔の刀なり。曰く、乱を呼ぶ凶の刀なり。――曰く、《妖刀》なり。……そして――」
ほんの刹那、言葉が途切れる。
それこそ蝋燭の炎が一つ揺らめく、わずかな間。だが彼は確かに言葉を切り、暫し沈黙した後に、言った。
「……そして、我が一族に祟る刀なり」
脳裏に蘇るは、村正の刃にて斬り殺された祖父の死に顔。そして、血に染まった父の体。
村正にまつわるおぞましき逸話。その一つは、己が一族の血で描かれている。
「然り。……ゆえ、驚きましたぞ。まさか、貴方様から刀を打てと依頼されようとは……」
解せぬ……。言葉無くそう語る老人の瞳が、向けられた。
「聞かせてもらえませぬかな。……何故、貴方様の祖父の御命を奪い、父君を殺しかけた我々の刀を求めるのかを。貴方様にとって、村正の刀とは何であるのかを」
刃の如く鋭く、心の奥底まで貫くようなその眼差し。
対して青年は臆することなく、ただ真っ直ぐに答える。
いまだ若くとも、大業を成さんとする強い意志を宿す瞳で
「村正は、妖刀に非ず」
「ほう……」
「村正の刀は値が安く、また切れ味においても申し分無し。かつての美しさを愛でる為に作られた物とは一線を画す、真に戦のために生み出された武器。ゆえ、今の戦国乱世にあって多くの者がこれを求め、特に三河の武士はほとんどが村正を所持している。……なれば、我が祖父を殺し、父を暗殺しかけた刀に村正が使われていようと何の不思議もござらぬ」
淡々と、ただ事実のみを述べていく口調で。
「おぞましき噂もまた同じ。これほどに使われ人を斬ってきた刀ならば、妖しき噂の一つもつこうというもの。いや、たとえ根も葉もなくとも、箔をつけるために持ち主が自らそのように言うのやもしれぬ。『この村正は妖刀にして、それを使いこなす我こそ真の兵なり』と。――故に、村正は妖刀に非ず。ありもしない噂と怪談が付けられただけの、ただの刀よ」
青年は語り終え、そして沈黙が下りた。
静まり返る夜闇の中、揺らめく蝋燭の炎だけが、微動だにせず押し黙り向かい合う、老人と青年の顔を照らし出す。
そして……。
「く、くくく……」
老人の唇から漏れたのは、愉し気な声だった。
「――然り。ええ、ええ、その通り。この村正の刀は妖刀に非ず。妖しの力も呪いも皆ただの噂話。何の変哲も無い、ただの刀に御座いますよ」
愉快愉快。むしろ痛快だと言わんばかりの笑みを浮かべ
「故に面白い。儂めに刀を打てと依頼するのは皆、妖刀の噂を信じた者達ばかり。だが貴方様はただの刀だと見破りながら、それを知った上でなお村正を求める。くっくっくっ……まことに愉快。――いいでしょう。この伊勢千子村正とその一門、貴方様の依頼を確かに承ります」
「宜しく、お頼み申す」
恭しく頷く老人に、青年は静かに返し、そして安堵の息をついた。
緊張していたのだろう。若く強き意思の持ち主であろうとも、この尋常ならざる異端の刀工との対話はそれほどに心身が張り詰める物であった。
その姿を、老人はしばし微笑まし気に眺めていたが、ふと、口を開く。
「一つ、お話をいたしましょうか。ただの刀である村正の本質。その真なる意味を」
「真なる……意味……?」
「妖刀の噂に惑わされなかった貴方様ならば、きっとお分かり頂ける事でしょう」
怪訝気に眉を寄せる青年に真意の読めぬ笑みを返しつつ、老人は一度部屋を出、そして何処から一振りの刀を持って戻って来た。
「これはさる御家に頼まれ、まさに今日完成したばかりの真打。どうぞご覧になり、そして見定めなされ」
何かを試すように差し出されたそれを青年は静かに受け取り、ゆっくりと引き抜いた。
瞬間
「おおぅ」
鞘から現れたその刃に、思わず感嘆の声を漏らす。
「なんと見事な……」
今まで青年が見た村正の刀は、全てが量産品の数打ちであった。
だがそれでもその切れ味は申し分無く、華やかさは無いが質実剛健の刃は気に入っていた。ゆえにこう思ってもいたのだ。ならば村正の真打とは、果たしてどれほどの物なのだろうか、と……。だが、まさか――
「これほどとは……」
目が離せぬ。手が震える。
蝋燭の光に照らされ、闇に浮かび上がる刃の輝きは、それほどに心を打つ物であった。
だが、しかし……。
「なん、だ……?」
たしかに美しい……。だが、何かが足りぬ。物足りぬ。この刃には何か、決定的なものが欠けている。刃を彩り、更なる美を添える、何かが……。
美しいからこそ、見惚れるからこそ、その僅かな欠如が気に入らぬ。
何だ何だ何が足りぬ。いったい何がなにが……ッ。
焦燥にかられ、心乱される青年。その刀を持たぬ方の手の指がその時、すう……と動いた。
それは本人ですら意図せぬ無意識の事。だが自然と、まるで川を流れる木の葉のように、その指は村正の刃へと吸い寄せられて、
「――ッ!?」
感じる、ぴりりとした異様な痛み。
血が、流れた。
切れた指の腹から湧き出た血。それが刃に流れ落ちて、艶やかに濡らす。
それは刃の冷たくも澄んだ銀を彩る、いと妖艶なる赤の色。
「おおおっ……」
これだ。この美だ。
刀は斬るもの殺すもの。ならば、この血に濡れた姿こそが在るべき姿。最も美しき姿なのだ。
何と、何と美しく、そして恐ろしい。
血に濡れた刀ならば幾度とて見たことがある。だが、これは……、これほどに血が映える刀などがあるというのか……!!
「これは、なんだ……?」
ざわり……。
心が騒めく。何かが湧き立つ。
己が奥底より今、ある狂おしい想いが、おぞましき欲求が、濁流の如く溢れ出て理性すらも呑み込もうとしている。
美■い素晴■■いもっともっ■赤く美■く彩りた■嗚呼これ■■に美しき刃なら■切れ味は■■■■だろう■りたい愛でたい斬■たい斬り■い!!!!
村正は、妖刀に非ず。
ああ確かに。これは呪いも妖力も宿らぬ、ただの刀だ。
ならば、ならば何故、今これ程までに――人を斬りたくて堪らぬのだ!?
「何なのだ……ッ! 妖刀でも無く、だがこれほどまでに心狂わせる、村正とは何なのだ!?」
慄き、恐れ、魅入られ叫ぶその声に、恐るべきその刀を生み出した老人は、ただ穏やかな眼差しで……答えた。
「村正とは――」
…………。
…………。
…………。
「ただの刀である……か」
戦場で一人、地に突き立った一本の刀を眺め、かつての青年は呟いた。
時は流れ、幾つもの戦場を駆け抜け、出会いと別れを経て、少年は老人となり……そして、天下人と成った。
時は慶長二〇年(1615年)。大阪夏の陣。
長く続いた戦国の世の幕を引く徳川と豊臣の戦い。その最後にして最大の戦である天王子・岡山合戦は今、終わりを迎えた。
勝者たる葵の紋がはためく戦場で、彼――徳川家康はじっと、その刀を見つめる。
天下人たる己を討たんとし、命を懸けて迫った日の本一の兵が最期の力を以て投げた刀。幸い、この身を貫くこと無く地に落ちたが、刃は今だ凄絶な輝きを放ち、見る者の心胆を寒からしめている。
だが、それでもなお――美しい。
「あの時と、変わらぬな……」
忘れもせぬその美。それはまさしく、かつて家康が手に取り、その血を吸った刀であった。
「村正……。まっこと、お主らとは不思議の縁よな」
村正とその一門が打った刀は、確かに徳川家の力となった。
もともと精強で知られる三河武士に、さらに優れた武器を与えた事で徳川の軍事力は大幅に飛躍。徳川が天下を獲る、その大業は村正無くば成し得なかっただろう。事実、家康自身も忠臣・本田忠勝の振るう蜻蛉切――村正一門の係累たる三河文殊派・藤原正真の作――や、武将・服部半蔵の刀に幾度も命を救われている。
だが同時に、己に立ちはだかる者達が掲げた刃もまた、村正であった。
家康が勢力を増すにつれ、徳川に祟る刀と言われる村正を多くの敵が求め、その刃を向けてきた。この村正の持ち主も、また……。
徳川の刀が村正ならば、徳川を殺さんとする者の刀もまた村正。この戦国の世とは、思えば村正同士の殺し合いだったのやもしれぬ。
「血を欲する魔の刀なり。乱を呼ぶ凶の刀なり……か」
村正を振るう者。忠義、大義、憎悪、悪意、様々な思いを抱き殺す者達の中に、かつての己のように村正に魅入られた者も居たのだろか。
天下泰平を夢見て、重き荷を背負いここまで来た。そのために村正を求めた。
だが……もしや、己のした事は決して表に出してはならぬ刀を世に放ち、戦乱の世を更なる狂乱と混沌の地獄に墜としただけではないのか………。
「…………」
「戦の終わりに黄昏ているのか? 家康」
思考の淵に落ちていた家康に、妖しき声が掛けられる。
「禿鼠の一族を滅ぼし安堵するのも結構だが、人間気を抜きすぎると不意打ちで死ぬぞ。現に儂も寺で死にかけた」
「天海……」
南光坊天海。
法衣を纏い、深々と頭巾を被り素顔を見せぬ異装の僧侶。
僧侶でありながら風水・陰陽道にも通じ、家康の側近の中でも特に謎めいた者である。
「ほお……。これは凄いな」
天海は頭巾の小さな覗き穴より村正を見、感嘆の声を漏らす。
「恨み、辛み、嘆き悲しみ苦しみ呪い……戦国乱世の怨念が染み付いている」
愉し気に呟く頭巾の奥の瞳には、一体何が見えているのだろうか。
家康には分からない。だがおそらくは尋常な物ではあるまい。刃からここまで漂う濃密な血の香り、立ち上る妖気からすれば。
「くれぐれも触るなよ家康。これはもはや真の妖刀。祟られて死ぬぞ」
「触らぬよ。今のこれは正真正銘、徳川への祟り刀だ」
ただの刀であったはずの村正は今や、戦国乱世の中で幾百の憎悪と幾千の怨念を吸い呪われて、真なる意味での《妖刀》と成り果てた。
「ふ、はは……。誰よりもその村正の刀を振るってきたのはお前達だろうに」
「……そうだな。だがもはや戦国は終わった。天下泰平の時代に、村正は必要あるまい。むしろ、在るべきではない」
「ああ確かに。人間五〇年、だがその恨みは千年経とうと消えはせん。この刀は世に在る限り徳川に祟り、泰平の世を乱すだろうよ。そうなれば世は再び戦国乱世。天地万物ことごとくが血の海に沈むだろうな」
確信を込めた天海の言葉に家康は深く頷き、そして命じた。
「故に天海よ。お主はこれより日の本各地に散った村正の刀を集め、これを封じよ。よいな?」
「是非も無し。どうせ儂以外には出来んだろうしな。……なに、こうなる前は天下を獲るために殺しまくってきた。憎悪だの怨念だのには慣れている」
「で、あろうな……」
なんとも坊主らしからぬ事を言うその姿に苦笑する。
そして家康は再び村正に目をやり、妖気を放ち恨めし気に刃を光らせるそれに告げた。
たとえどれほど重き業を背負おうとも日の本の泰平を守らんとする、天下人の瞳で
「――村正の刀よ。その一門よ。恨むなら恨め。罵りたくば罵るがよい。都合良く使い、そして都合が悪くなれば捨てる恩知らずとも。許せとは言わぬ。だが後悔もせん」
そうだ。村正は決して世に在ってはならない。
闇に封じ、そして二度と目覚めさせてはならぬのだ。
――村正が再び世に出たその時、泰平は終わり、屍山血河の大戦が始まるのだから。
かくして一旦、物語は戦国の世と共に幕を閉じる。
そして時は流れ。
悪神の手によって幕は再び開かれる。
さあさあとくとご覧あれ。これより始まるは日の本一の妖刀《村正》の物語。
妖刀と成ってしまった、哀れなる刀の物語……。
お久しぶりですいやまじで。
大変長らくお待たせしたこのシリーズ。今より新章開幕でございます。
初っぱなからインチキ時代劇ですが時代考証のズタボロ感とかは生暖かい目で許していただけると幸いです(土下座)。
特に天海さんネタは許して。トンデモ裏設定詰め込んだらああなったのよ。
ちなみにその後の天海さんは村正の刀を収集するため、黒い肌のSAMURAI弥助と日本全国を旅しつつ恐るべき村正の使い手たちと激闘をくり広げます。一癖もふた癖もある敵と奇想天外な技の数々。そして徐々に明らかになる幕府転覆の陰謀。全ての裏で暗躍する怪人・正雪の正体とは!?
それはまた別の物語です(チャンチャン)
……あれどこかで聞いたことある話かしらん?
とはいえ頑張って執筆するのでどうぞ次回もご覧いただければ幸いです。作者が。でわ