《ぐーたら男と終焉の剣》~拾ってみたら日常生活でめっちゃ使えましたw~ 作:どるふべるぐ
A 本編をその分短くしてバランスとったよ!――けど読者様にツッコまれたから加筆するよ!
――その刀を前に、俺は動く事などできなかった。
ただただ目を見開き、見る。
地を蹴り迫る、辻斬りを名乗るリーゼントの少年が振り上げた刀を。
夜闇を裂き、紫光の軌跡を描くその斬撃を。
月光を映し、艶やかに輝く刀身を。
刹那の後に俺の命を奪うだろうその刀――村正――を……その美しさを前に……俺はただ……息を呑んで魅入られて――
『やらせん!』
瞬間。鋭い声と共に爆ぜる炎光。
振り下ろされた刃が肌を斬り裂くその刹那、俺を守るかのように炎の壁が出現した。
背中に括りつけた炎剣から噴き上がったその炎は、闇を赤く照らして俺とリーゼントの間に燃え上がる。
「ぬぅ……っ」
熱気と光に顔をしかめ、炎の中に飛び込む寸前で急停止し即座に飛び退くリーゼント。
俊敏なその動きはとても素人の出来るそれでは無い。急でありながら体幹を一切ぶれさせず、無駄を排したそれは武道の心得、それも尋常ならざる域に在る者だけが成せる動きだ。
「面妖な技を使うのぉ……」
刃以上に鋭いその瞳に僅かばかりの驚きが宿るも、すぐに消える。
後に残るのは昏い狂気と、慌てず、騒がず、慄かず、ただ冷徹に、そして冷酷に、ただただ獲物を斬らんとする修羅の光だけがそこに在る。
その手に握る、紫の燐光を纏う妖しき刀――村正のように。
『主よ。戦いの最中に何を呆けておるか!』
「あ――」
叱責する剣の声に、はっと我に返る。
今の今まで見つめていた。いや、魅入られていた。
あの刃の輝きに。その美しさに。
あろう事か生と死の境目たるこの場で、容赦躊躇い一切無く斬らんとする修羅の前で俺は、呆然と我を忘れて突っ立って……
「……すまん。あと助かった」
今更ながらに背筋がヒヤリとして、安堵の息と共に礼を言う。
『謝罪も礼も後じゃ。――さあ早く我を構えよ。敵は目の前じゃぞ!』
「あ……あぁ」
促され、今だ衝撃から立ち直りきれない頭で何とか背中の風呂敷から剣を取り出し、右手で構えた。
それは一見隙だらけのようで、実はやっぱり隙だらけの片手構え。
とりあえずやってみたものの我ながら酷い出来だ。だが、警戒しているのか少年は距離を取り動かない。俺が構えた炎剣、無数の亀裂から炎光を放つ黒き刀身を眺めるその瞳が、鋭く細められ
「異様な剣だのぅ……。日の本の刀とも南蛮の剣とも異なる……だが判るぞ。その灼け付くような熱気と風格そして威容。尋常ならざる大業物じゃとなぁ」
とっておきの玩具を見つけた悪童を思わせる、感嘆の呟き。血生臭い喜悦を滲ませたそれに対して、答えるのは
『ふっ、当然じゃ。それが分からねば貴様の眼は節穴よ。そして我も判るぞ。――貴様、
不敵に語る剣の声。その黒き刀身が放つ熱が赤き光が、徐々に強く、熱くなってゆく。
強者の気配に昂るように。武器の本能が猛るように。これから始まろうとする、戦いの高揚を感じて
『――面白い!』
獰猛なる歓喜が轟く。
『良い好いよいぞ! この展開を! この出逢いを待っておった! 殺し焼き捨て塵と成す、血沸き肉躍る戦いの時を!』
ようやく来た戦いに。待ちに待った敵手の登場に。歓喜する声は夜に轟き、昂る刀身の輝きが闇を照らす。
『やはりこうだ! こうでなくてはならぬ! 平穏などいらぬ。日常は無価値。我が物語は炎の赤と戦の調べによって彩られるのだ!』
迸る熱風と炎光。夜が赤く染められ、大気すらも熱せられる中、リーゼントは――笑った。
「ほう。図体だけで腑抜けた若造かと思うたがなかなかどうして……剣から放つ殺気は凄まじい」
吊り上がる唇。それは獲物を見つけた鬼の笑みだ。
「言葉よりも剣で語る口か。……悪くない。ならば儂も――剣で語るとしようかのぅ」
村正を握る手がぎりりと唸り、その全身に力が籠められる。
こちらにぐいっと上体を傾けた姿勢は、今まさに獲物に飛び掛らんとする飢狼の如く。
対する炎剣もまた、迎え打たんとその刀身の熱と光をさらに強める。
「征くぞお若いの。殺しはせぬが――
『来るがいい敵よ。ただしこちらは――しっかりじっくりと焼き殺すがな』
言葉ではなく、殺意で通じ合う二者。
薄明と薄闇の混ざり合う路地裏で、刃と刃でぶつかり合い殺し合う、修羅の戦いが今まさに始まろうと――ってちょい待てい。
それまで突然の事態に呆然と流されていた俺は、ハッと我に返る。
いや始まっちゃ駄目じゃん。戦いとかごめんだし。
危ない危ない。危うくこのまま流されるところだった。
第一勝っても未成年をボッコボコにしたとかモロ案件だ。「お巡りさんこいつです」からの逮捕拘束レッツゴー刑務所コース確定だ。
そんなわけで炎剣のほうは戦る気満々だけど、どっこい俺は平和(ことなかれ)主義者。やりたくない事はやらないぐーたらイズムに則って何とかバトル無しで切り抜けねばっ。
……とりあえずあれだ。路地裏じゃ逃げ場は限られてるし、第一背中を向けた瞬間にバッサリ斬られそうな気がする。ならとりあえずは、話しかけて隙を作るなり説得するなりしてみよう。大丈夫。故・犬養首相も『話せば分かる』と言ってたし。ではいざレッツコミュニケーション。
「とりあえず落ち着いて話し合おう。同じ地球人同士で争うのはやめようじゃ――」
「きえええええええええええいっ!!!」
『ふははははははははははは!!』
あ、駄目だこいつらそもそも話聞かないや。
地を蹴り斬りかかるリーゼントの咆哮と、それを歓喜で迎える炎剣の笑い。そんなバトル馬鹿共の声を軽く絶望しながら聞きつつ、俺は叩きつけられた村正の刃を炎剣で受け止めた。
激突の衝撃と共に、二つの刃が鳴らす音色が路地裏に響く。
「うわ。意外と重っ……!」
なんとか防げたものの、リーゼントの一太刀は思った以上に重かった。
翳した炎剣を握る右手。その骨の芯まで響く衝撃と、鉄塊の如き重量感。
単純な筋力だけではない。練り上げた技量と卓越したセンスなくば、これ程の一撃は生み出せないだろう。そして俺は冷や汗タラリ。
「いや最近の高校生ってすごいね。日本の高校生がこんな殺人技術持ちとか平和の国の安全神話崩壊っぷりにビックリだ」
『何をぶつぶつ言っておるか! ほらまだまだ来るぞ!』
「我が一太刀を防ぐとはまずは見事! だがこれからよ!」
言葉通り、一撃を防がれた村正は再び閃き、リーゼントが夜気ごと両断するような袈裟斬りを放つ。
慌てて炎剣を盾にしてそれを防ぐも、すぐさま第三第四の斬撃――否、連撃が襲い掛かってきた。
唐竹割り袈裟切り胴薙ぎ振り上げ振り下ろしそれから刺突。夜闇に銀の刃が閃く度生み出される、ありとあらゆる斬撃。
「え、ええー……」
分かっていたが恐るべき技量。時にはフェイントすら混じり視野の外からも襲い掛かるそれらにドン引きしつつ、俺は斬撃を防ぐために炎剣を振り回した。
闇に奔る紫の燐光と、それを受け止める赤き炎光。二つの光が描く赤と紫の二重軌跡が夜闇を彩り、ぶつかり合う刃の音色が路地裏に幾重にも木霊する。
けどぶっちゃけヤバイ重いし速いし鋭いよ何これギリギリ防御が間に合ってるけど素人のなんちゃって剣術だしついてくのがやっとで崩されたら即DEADENDもうやだお家帰りたい。
早くも内心で泣きの入る俺に対してリーゼントはその禍々しい笑みをますます深め
「これほど打ち込んでも崩れぬか……。しかも弾きも受け流しもせず、ただ正面から受けるのみ。文字通り力ずくで耐え切ってみせるとは……くっくっく。技量は素人じゃが、力だけは大したものよ」
うんレバー食ってるからね。レバーは強くて健やかな肉体を作ります。さあみんなでレバーを食べよう健康はまずレバーから!
なんて内心で軽く現実逃避してみるも、事態は好転せずむしろ
『当然じゃろう。度し難いぐーたら男でも我が主、下郎如きの刃に崩されるほど非力でないわ!』
炎剣の闘争心がますます盛り上がっていた。何故だ。
『さあ次はこちらから征くぞ。我が炎の熱と輝き、その身でとくと味わうがよい!』
亀裂の炎光を輝かせ、猛る戦意を燃やしつつ――でも俺に殺る気は全くないわけでして……。
「剣の輝きが増したのぅ。来るか、よいぞ……攻めるだけではつまらぬからのう! 斬って斬られてこその果し合いよぉ!」
でも向こうも殺る気満々もうやだこの戦闘民族。
あまりの殺伐展開に心の中で泣き言を呟く俺の視界に、再び迫る刃の煌めきが映るのだった。
× × ×
薄闇に銀の軌跡を描き、迫る村正の刃。
対して我は薄明を赤く染めて、
鳴り響く刃金の音。舞い散る火花。
重い衝撃が我が剣身に走り、芯金を震わせた。
『おおぅ。これは成程見事な物よ……!』
重く、鋭く、そして美しい。
その一撃は使い手の確かな武技と、そしてなにより
『お主の主は我を大業物と言ったが、お主もまた並の武器ではないな。でなければこれほどの斬撃は生み出せぬ。まさしく名剣……いや、魔剣妖刀の類よ。――まあ』
瞬間、我が身の内に燃える熱。全宇宙をも焼き尽くす超熱量のほんの一部――総量からすればまさしく火の粉にも等しいそれ――を炎として放出した。
『我の方が格上じゃがな!』
再び剣身から噴き出した炎は大気を焼いて、珍妙な髪形をした敵に襲いかかる。が、それがその身を飲み込む前に、敵はまたも飛び退き炎から逃れた。
その間、一秒にも満たぬ正に刹那。ほんの僅かでも判断が遅れれば炎に呑まれる一瞬で見事に回避したそれは、歴戦の戦勘によるものだろう。そしてなによりも――
「くっくっく……何とも面白い剣だのぅ。忍の火遁術の類は見たことがあるが、これはその数段上。なるほど楽しめそうだわい」
それを顔色一つ変えずに行い、修羅の笑みを浮かべる様はまさしく――戦に生きる真の
その眼差しが我を貫く。放つ殺気は怒涛の如くに押し寄せて、血を求める戦意が総身より炎の如く立ち昇っていた。
嗚呼……好い。
そうだこれだ。これなのだ。
この地に墜ちてから今まで碌な事が無かった。
調理に使われトラウマを植え付けられ、悪夢にうなされたあげく主のアルバイト先では変態に絡まれた。……まあ主との朝の一時はそこそこ悪くない物であったが。ともかくこのまま我の人生もとい剣生は、奇妙奇天烈な悪夢の如き日々が続くのではないかと絶望していたのだ。だが、しかし――
『我が声は届かずとも礼を言おう。そして言祝ごう。貴様が我が前に現れた事を。そして、記念すべき最初の敵と成る事を』
それは終わった。
悪夢じみた平穏は今宵終わり、待ちに待った時が来たのだ。
戦いの時が。我が名を高め、そして轟かせるための――最初の一戦が!
『泣いて喚いて歓喜せよ! 貴様の名が生がそして死が! 我らが終焉の伝説の最初の一幕を飾ることを!』
歓喜と感謝と感動を告げ、我は己が火力を上げる。
この戦いを、我の伝説の記念すべき最初の魅せ場をさらに盛り上げるために!
『さあ、燃え上がろうぞ!』
×××
輝きを増した炎剣の赤と、妖しく揺らめく妖刀の紫。二つの光が乱舞する路地裏の剣戟を、楽し気に鑑賞する者がいた。
不気味なローブにその身を包んだ彼――悪神たるロキは、彼らが戦う路地裏に面した建物の屋上から、誰にも知られること無く、喜悦を浮かべた瞳で地上の様を眺め――哂う。
「おやおや……我が娘は随分と大盛り上がりのようだねぇ。元々熱くなりやすい性格だけど、やっぱりストレスの反動かな?」
娘の不憫をクスクスと笑う彼の瞳は、次にそれを振るう青年――九十九洋吾に向いて
「唯我独尊の娘をここまで文字通りに振り回すなんて、なかなかどうして面白い。さすがは我が娘が選んだ男だけはあるね」
興味深げにそれを細めた。
観察対象を眺める学者のように。歌劇を楽しむ観客のように。
「さてさてそんな凸凹コンビの初共闘。どうなるかと思いきや――中々どうしてよくやっているようじゃないか」
彼が眺める先では洋吾が炎剣を振り回し、リーゼントの斬撃を危なっかしくも防ぎ続けている。
「さっそく『契約』の効果が出ているようだねぇ。……今のところは」
成程たしかによくやっているといえるだろう――防御だけは。
その攻防は一見して互角の戦いのように見えるが、実は洋吾の方はまったく攻撃しない防御のみの一辺倒。意識をそれのみに集中しているから何とかなっているに過ぎない。もし下手に攻撃しようと防御を疎かにした時点で、技量においてははるかに上回るリーゼントにたちまち切り捨てられるだろう。
なので防御のみを続ける判断は正しいといえば正しいのだが……それを相方が許すかどうかはまた別の話で
『ええい主よ今なら斬れたじゃろうに何をしておるか!?』「いや斬っちゃ駄目だから特に未成年を」『笑止! 戦場に出たのならば等しく敵。餓鬼も大人もありはせぬ。等しく焼き隔てなく殺すが戦士の掟じゃぞ!』「どっこい日本では戦士の掟よりも少年法だ。どんな理由が在ろうと大抵、高校生相手の暴力事件で大学生は裁判じゃ勝てないんだよ」『バカーー! 漢ならば後先考えずとりあえず殺ってから考えよ!』「法治国家で人を殺していいのは裁判で勝てる時だけだ!」
「なんとも息ピッタリの仲違い振りだねぇ。仲が良いんだか悪いんだか……これはこれで面白い。でもまあたしかに、君からしてみれば力こそ劣るものの武技では圧倒的に上の相手に防御だけっていうのはもどかしいだろうねぇ。………だが娘よ安心おし。村正はたしかに人が造りし刀の最高峰だが、君は神が造り上げた剣の最強格。君の格をもってすれば、そもそも攻撃などいらない」
仲良く口論する一人と一本に苦笑するロキの瞳は、見た。
リーゼントが放つ一際強く、鋭い斬撃。それを炎剣が受け止めた瞬間――
「ただ受ける。それだけで――有象無象など打ち砕ける」
鳴り響く破砕音。幽玄なる月光の中、飛び散る破片。
悲鳴の如きそれを上げた村正の刃には、深々と亀裂が走っていた。
「ほう……」
その様に、リーゼントの昏い瞳は見開かれる。
「やはり格の違いは圧倒的か……。しかしぶつかり合うだけで村正が耐えきれんとは……思った以上の名剣よ」
『ふっふっふ……当然じゃ。我は総ての武器の頂点。至高にして最強! 凡百の刀剣など鎧袖一触よ!』
感嘆の声を漏らすリーゼントと、勝ち誇る炎剣。
一方、洋吾は表情の乏しい顔に安堵を浮かべて
「あー大変だこれじゃもう戦えないな。名残惜しいけどバトルはお終いだ。というわけで警察には通報しないであげるからこれっきりにしような……な!」
早速説得にかかろうとする。
だが、しかしそれに対してリーゼントは、口元を吊り上げ――哂った。
「確かに……たしかにこれではろくに斬れぬのう。今のままでは、もってあと三度も振れば折れて砕けよう。ならばここは――」
その表情に落胆は無い。
刀を傷物にした後悔も、それを成した敵への怒りも。
在るのは
「血を、貰おうかい」
血を啜り、肉を喰らう鬼の笑み。
刹那、闇に奔る銀光。
ひび割れた村正の刃が、紫銀の軌跡を描く斬撃を繰り出し――油断した洋吾に、それを避けることは出来なかった。
「――でも、忘れてはならないよ。たとえ格下であろうとも君達が対峙するそれは、まごう事無き《妖刀》であることを」
夜の闇に鮮血が舞う。
肉が切られ、噴き出た血が刀身を赤く染めて
『主ーーーッッッ!!!』
洋吾は、己が名を叫ぶ声を聞いた。
己が斬られた、その痛みを感じながら。
× × ×
初めに感じたのは、異様な痛みだった。
刃物で切った痛みなら知っている。包丁で指を切った時。バイトで商品の刀剣を手入れした際に、うっかり刃を触ってしまった時。だがこの時感じたものは、今まで味わったどの刃の痛みとも異なる――ピリリとした、どこか快感にも似た痺れるような痛みだった。
それを感じながら、ゆっくりと崩れ落ちていく身体。
右肩から左脇へ、袈裟斬りに斬られた胸板から噴き出る赤。乱れ飛ぶ、命の色。
あ、こりゃ死んだかな。
何て、どこか他人事のように思いながら見る。傾いてゆく視界に映る、村正の刃を。
ぼんやりとした月明かりの中で、血に濡れて艶やかな赤を纏うその刃。
月光に煌めく銀の柔肌の上を、濡れた赤が、つう……と流れ、落ちる。
その様から、目が離せない。恐ろしくて。凄絶で。なによりも――美しくて。
血に穢れ、ひび割れてなお、否――それだからこそ、村正は更に美しく成っていた。
それは斬れば斬るほどに、屠れば屠るほどに花開き、見る者を惹きつけて止まない魔性の美。
「ああ……そうか……」
実際に斬られてようやく分かった。何故一目見て、魅入られたのか。
平和のために生み出された武器がある。誰かを救うために造られた武器もある。
だがこれは――斬り、殺す、ただそのためだけに生み出され、そこに全てを特化させた物だ。それは『武器』という概念の、一つの到達点。
ある意味で最も純粋な究極の機能美が、俺を魅せたんだ。
血に濡れた村正を映す視界が、ぼやけていく……。
あ……うん……これはいよいよお終いっぽいなぁ……ダルいし……眠いし……。
『主ーーーーーー!』
遠くから俺を呼ぶ、そんな声がするけど……返事をしようにも、口を動かす力すらとうに抜けていて……。だんだんと……光が消えて……闇に閉ざされていくように……暗く……くらく……――
――レバー食いたいなぁ……
×××
『主ーーーーーー!』
袈裟に斬られ倒れゆく主の手の中で、我は叫んだ。
崩れ落ちるその身体を引き止めるように。消えゆかんとする意識を繋ぎ止めるために。叫んだ我の声は、だがしかし何も止める事叶わず、主は虚空に鮮血の尾を引いて地へと倒れた。
『主っ、主ーーーー!』
墓石めいた黒く冷たいアスファルトに横たわる、うつ伏せの長身。その瞳は力なく閉じられ、傷口から溢れ出した血が路面を濡らし、じわりと広がって……。立ち込める濃密な血の香りと共に、赤黒い血だまりと成った。
『くっ……!』
でも、主は我を離さなかった。
たとえ意識を失っても、その指は我が身を握りしめて……だが、ああ、それも冷たくなっていく。主の身体から、血が、熱が消えていく……!
『目覚めよ! 目覚めるのじゃ主よ! 目を開き立ち上がれ! 我を振り上げて敵を討て! 討ってくれ!』
数奇な偶然によるものだとしても、ようやく見つけた主なのだ。
ようやく出逢った、我を振るう者なのだ。
ゆえに冗談ではない。ここで死なれては
――我は我が
『我のために戦え! 洋吾! 我はそのためにお主と――』
叫ぶ。
必死に。声を張り上げ震わせて。血だまりの中で動かぬ主に向かって、契約者としての務めを果たせと。
だが我が訴えは届くことなく、路地裏の薄闇に木霊し虚しく消えて……。
後には主を斬った敵の呟きだけが、不気味に響いた。
「殺さぬつもりであったが……ちと深く斬りすぎたかぁ。くく、年甲斐も無く熱くなって加減を誤ったか……儂もまだまだじゃのう」
敵はそう呟くと、握っていた村正を今も広がり続ける血だまりへと向け、その切っ先を浸した。
闇に浮かぶ銀の刀身が、月光に照らされた赤黒い血に塗れる様は、妖しくもどこか淫靡で
「では、血を貰うぞ……」
次に起こった光景もまた、おぞましくも官能的だった。
ず、ずず……。
村正が切っ先を浸す血だまり。
その赤い表面が独りでに波打ち、生き物の如く蠢いた。それは蠕動しながらゆっくりと村正の刃の下へと集まり、そのひび割れた刃に絡みつく。まるで淫婦のように。あるいは自らを捧げる生贄のように。銀の刃が、赤に濡れて
ぐびり。
呑んだ。主の血を。
じゅるじゅると、そんな音が聞こえてきそうなほどの勢いで、鮮血が刃の中に染み込んでゆく。貪欲に飲み卑しく啜り、主の血が妖しの刀に呑まれてゆく。
「ほれ呑めたんと喰らえい村正。
その様を愉し気に眺める敵の笑みは、血肉を喰らう悪鬼のそれ。
そうして血が次々と呑まれていく中、その刀身に刻まれた亀裂に変化が起こる。
その傷が、今にも折れそうであった筈の罅割れが見る間に塞がってゆくのだ。
ぐびり
一つ呑む事に薄くなり、次に飲めば小さくなって、最後に血だまりをあらかた飲み干した時――村正はもはや完全なる姿を取り戻していた。
薄ぼんやりとした月明かりの中で、紫の燐光を纏う傷一つ無い刃。それを満足げに眺め、鬼が哂う。
「お若いの。お主の血、しかと貰うたぞ……」
倒れ伏す主に向かって
「死ぬほどには呑んでおらぬが、ちと傷が深いからのう……生きるか死ぬかは運次第じゃろうて」
そう語りかけると踵を返し、昏い夜闇に包まれた脇道へと歩き出す。
その手に、血を喰らい輝きを増した妖刀を握りながら
「まだまだ斬り、まだまだ喰らわねば……。我が大願を成就させるにはのう……」
鬼は哂い、脇道の闇の中へと消えていく。
いや、駄目だ。それはいかん。
気が付けば我はその背中に向かい叫んでいた。
『やめろ! 行くな! 戦え! 我と戦え! こんな、こんな……』
我の最初の戦いが。
我が創るはずだった
『こんなものであってたまるか!』
血を吐くように、叫ぶ。
だがそれは遂に届く事無く、敵は去っていった。
ただその姿が闇に消えるその時、ほんの刹那に……
『ご……め……』
微かな声とも知れぬ音が聞こえた気もするが、我が動揺が生んだ幻であったのかもしれない。
後には、血の臭いと夜の闇、そして傷つき横たわる主と二人の餓鬼と――激情に震える、我だけが残った。
『くぅぅっ……!』
何たる、屈辱。
我が、全ての剣において最強たるこの我が。あのような格下に後れをとろうとは……ッ。
見逃された。敵にもとより殺す気が無かったとはいえ……こんな、生き恥を晒す様な真似を……ッ!
誇りを踏みにじられたあまりの恥辱とそして屈辱。目眩がする。身の内から湧き上がる、臓腑を焦がすが如き怒りで気が狂ってしまいそうだ。
ああじゃが、それもこれも何よりも……。
九十九洋吾。
こ奴じゃ。こ奴のせいじゃ。
こ奴が戦いを拒み、躊躇うせいでこのような様に……ッ。
『くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!』
夜に叫ぶ。
怒りを。屈辱を。この身を焦がす煮え滾るどろどろのぐちゃぐちゃを吐き出すために。
『あああああああああああああああああああッッッ!!』
叫び、叫んで、そしてようやく僅かに落ち着いた頃……。
『はぁ……はぁ………じゃが、どうする?』
目の前の現実に、思わず苦渋の声を漏らした。
横たわる主。いくら使えぬとはいえ、ただ一人の契約者なのだ。こ奴がいなければ、我は戦えぬ。何も成すことが出来ず、このまま……。
『こ奴にここで死なれては、我は……ッ』
だがどうする? 動かそうにも我に手足は無く、声は誰にも届かない。契約によって繋がった
しかしこうしている間にも、主は……ッ。
横たわる主の肌は血の気が失せて、時が経つごとに生気が失われていく。生きるか死ぬか、敵は運次第と言っていたが……これではおそらく……。
『くそ……ッ。どうにかしなければ……どうにか……ッ!』
必死に考えるも、焦る思考からは何の解決策も浮かばない。どうにもできない無力感に歯噛みし、苛立ちだけが募っていく……――その時、
「……よう……ご……!」
主の名を呼ぶ、声がした。
小さく、震え、掠れて、だが確かに主に向けられた声が。
聞き覚えの無いそれが響いた方向へと目を向ければ、こちらに駆け寄って来る小さな人影が見えた。
薄闇の向こうからやって来るそれが何者かは分からない。影がかかって、その顔も、正体も見えないのだ。
だが、たとえ誰であろうとかまわない。今、主を――我を救ってくれるのならば……!
『我が伝説に敗北など許されぬ。必ず……次こそは勝たねばならぬのじゃ……絶対に!』
そう……絶対に……ぜったいに……でないと、我はただの……――
『だから死ぬなよ……洋吾。お主は我の――』
× × ×
――後に思う。この戦いが、この敗北こそが、我と洋吾が決して分かり合えぬ存在だと知る、最初の切欠であったのだと。
投稿完了。そしてお待たせしてしまって申し訳ありませんでした!
とくに感想への返信が遅れてしまいお詫びします。それでも感想には必ず返信することにしてますので、どうかこれからも気軽に感想をお寄せ下さい。
さて、言い訳じみてますがここまで難産だったのは全て主人公のせいです。こいつやる気無さすぎてとにかく動かしづらいんですもの! 自分が書いてる他の主人公達は女かおっぱいをやればすぐ動くので楽なんですが、こいつはレバーでしか動かないからやりにくいったらない。次回はもう少し頑張ってほしいな。いやマジで