もし、通常の11話をご覧になってない方はそちらからどうぞ。
ルパンはいつも演習出向の部隊がある程度揃ったあたりの時間になると、執務室を出て、彼女たちの控えも兼ねたテントへ向かう。
これはいくらルパン鎮守府の艦娘たちが食べていいと言っても、扱いが酷い鎮守府の艦娘たちは躊躇してしまうのだ。
酷い鎮守府では甘い言葉で釣って、乗ったところで掌を返して暴力などで心を折る連中もいる。
それが繰り返されると何をしようとしても折檻されるのではないか、と疑心暗鬼を生じてしまい、反抗も何も出来なくなってしまうのだ。
それを解く鍵として、ルパンが顔を出して食べてもいいと保障してやる。
それでも躊躇するようならルパンが提督としての命令だ、ということで食べさせてやる。
ルパンは怪盗として動く際に怪しまれないように無邪気というか、無防備な顔を演じるのにも慣れている。
元々人好きのする性質というのもあるが、陽気で快活な男だ。
道化のように振る舞って笑いかければ、何とかなる。
今日もそうして挨拶をしてから少し離れたところでテントの方を次元と五右衛門の三人で眺めていた。
「随分と酷いものだな。ふと頭を掻こうと手を上に上げただけで身を竦める者までいた。」
「そこまで露骨にやってるのは、とっつぁんと浦賀に報告すりゃいいだろ。
完全にトラウマになってるならそれはそれで十分な証拠だろ。」
険しい顔をした五右衛門が吐き捨てるように言う。
正直、ルパンは完全に黒い鎮守府に関しては手を出す気はない。
ルパンは怪盗であり、盗むのが仕事だ。
気に食わない悪党を叩き潰すのは別に構わないが、あくまで盗みの結果として、だ。
盗んだ後でそのお宝を誰かにくれてやって、タダ働きになることもあるが、それは結果論。
ルパンは盗みという表現方法で芸術を為す芸術家ともいえる。
あくまでその『芸術』を為すことが目的で、その成果はそこまで重要じゃない。
だが、善行のために前面に立って全てを度外視するのは違う、とルパンは結論付けた。
あくまでそれは『正義の味方』のやるべきことだ、と。
「ま、そうなるだろうな。大規模なドンパチやるにゃ、ちと早い。」
「しかしだな…それではあの少女たちがいつになるかは…」
「なら、五右衛門。お前が全員引き取って養うか?
昔みたいに俺らは身軽なわけじゃねぇんだ、アシがついたら面倒だぜ?」
次元はそう言って煙をふかして肩を竦めるが、五右衛門は不服そうに言葉を漏らす。
しかし、それも予想が出来ていたのか次元はテントで給仕などをしているルパン鎮守府の朝潮たちを顎で指す。
次元にもそうだが、何かと五右衛門と朝潮型はよく仕事をすることが多い。
その朝潮型たちに自分の一存で迷惑をかけるわけにはいかないと、次元の言葉にムッとしながらも黙ることにしたようだ。
「それによ、あんだけわかりやすい証拠があるんだ、俺たちが出張る必要もねぇだろ。
お互い安月給なんだからよ。」
ルパンは笑って五右衛門の肩を抱いて、吸いかけの煙草を咥えさせる。
それを五右衛門は一吸いだけすると、ルパンのもう片手にあった携帯灰皿にねじ込んだ。
ルパンも次元も五右衛門も、全員海軍に名目上だが所属している。
調べたところ数々の盗みのデータは残ってはいたものの、この世界の過去のルパンの民兵としての活動による恩赦と、死亡という公式見解が出たせいで犯罪歴は全て白紙になっている。
死んだはずの人間なので、あくまで同姓同名だ、ということになっているのだった。
そして海軍に所属している以上、全員に国からの給与が支給されている。
勿論提督という特殊な仕事であるため、かなりの高給である。
あくまで安月給というのは、ルパンの基準から、でしかない。
そうやって三人で話しているところにテントから木曾がやって来た。
「提督たち、あの長門のところは微妙だ…名目で何とか誤魔化せる程度ではあるが…。」
「ってーと?」
「俺たちが聞く限りは刑務所生活でしかないんだが、あくまで管理の一環だって言われりゃそれまでなんじゃないか?
ただ、龍田はそんな運営方法で経費がどうなってるのか、って言ってたがな。」
「…なるほどねぇ、いい目の付け所だ。」
木曾の言葉に静かに頷くが、龍田の言葉を聞いてニィと笑った。
それを見て次元がニヤリと笑ってルパンのわき腹を突く。
「嫁の教育が上手くいってるじゃねぇか。不二子なんざよりはよっぽどいいと思うぜ?」
「勘弁してくれよ、次元。そんなんじゃねぇよ。」
次元の言葉は本心だろう。
多少過激なところはあるし、次元でも恐ろしく感じるときはあるにしても、なんだかんだルパンのために行動してくれる。
友としてどちらを勧めるか、といえば龍田の方になってくるのだろう。
それを聞いて苦笑気味に肩を竦めるルパンに木曾が少し驚いた顔で見つめる。
「…なんだ、違うのか?あの龍田があれだけ積極的に動いてるからてっきりそういう関係なのか、と思ったんだが。」
「木曾ちゃんまで止めてくれよ、もう…たまたま、俺が一番に会ったってのが大きいだろ。
ちと、あっちで話そうぜ。」
うーんと複雑な顔をしたルパンが少し離れた位置の堤防を指差す。
そのまま納得しない顔をしつつも木曾はついていき、4人で堤防に腰掛ける。
「なんつーのかね…お前もだが、俺たち三人は純粋にお前らを『女』として見てないわけよ。」
「……酷くムカつくが、どういう意味だ?」
ルパンは堤防の上で胡坐をかいて、煙草の煙を吐き出せば風に乗って消える。
ルパンのあまりといえばあまりな言葉に木曾は睨み付けるが、激昂まではする気はないらしく言葉を促す。
「言葉に出来ねぇが、お前たちは綺麗すぎるんだよ。
…いくら大人の身体をしてても、純粋過ぎて…な。」
「ま、俺らが泥棒とか殺しとかの裏家業の人間って意識があるのもあるんだが…な。」
ルパンと次元の言葉をまだ理解できないのか、木曾は不満そうな様子を隠さない。
ルパンは言葉を継げずに黙ったのを見て、今まで何も言わなかった五右衛門が口を開く。
「……あくまで拙者の意見だがな…拙者らからすると艦娘達は…なんというか、娘とかそういう感じなのだ。」
「…娘?」
「うむ…まぁ、なんというか、そこまではいかなくとも……ルパンからすれば、庇護の対象なのだろうよ。」
ルパンは五右衛門の言葉に苦笑して頭を軽く掻くが、あえて否定はしなかった。
それを聞いて、唸るように木曾は考え込むが、納得したのか頷いた。
「なら、提督たちの事を親父、とでも呼ばせてもらうかな?」
「…そんな歳でもねぇんだがな。」
笑いながら言った木曾の言葉に三人で苦笑するが、あえてそう呼ぶなと言うほどの事でもないためそれだけに済ませていた。
しかし、木曾は表情を引き締めてルパンを見て言った。
「ま、俺は納得しなくはないが…だからといって、龍田とか他の連中が求めてもそれを禁止するようなことはないでくれ。
親父たちがどう思うかは自由だけど、アイツらがどう思うかも自由だろ?」
それなりに付き合いが続く中で木曾はルパンの性格を読んだのか、そう言って釘を刺す。
ルパンは一本取られたと天を仰ぎながら苦笑して、煙を真上に吐き出す。
「だが、受け入れるかどうかも俺の自由だぜ?」
「そこまでは責任は俺もとれないな。」
ふっと笑って木曾は防波堤から飛び降りる。
そして、話はこれまでだとばかりに背中を向けたまま何も言わずに鎮守府へと帰っていった。
「えらく男前な娘ができちまったな。」
「…うむ……まさか本気では、あるまい?」
「…どうだろうな。」
男三人で顔を向け合って苦笑した。
その日の夜。
三人は鳳翔の小料理屋の座敷で顔を突き合わせていた。
「意外に、中華もイケるぜ。このマーボー丼、美味いわ。」
「へぇ、今度試してみるか。」
ルパンは新メニューのマーボー丼定食、次元は豚カツ定食、五右衛門は焼き魚定食をつついていた。
ルパンは辛さからか軽く汗ばみながらもマーボーをかきこむ。
そして、食べ終わったのを見計らって次元は煙草に火をつけた。
「…んで、調べはついたのか?」
「ついたにはついたがよ、杜撰もいいとこだぜ。
出入り業者もだが、多分監査の誰かを抱き込んでるな、アリャ。」
「…なるほどな。」
ルパンは一時期を境にデジタル化されていく社会に適応していった人間である。
そのため、昼に木曾たちと別れてから執務室に戻ると大本営のシステムをハッキングして
すると出てきたのは健全この上ない経費処理。
しかし、所属艦娘の話を聞けばそんなにかかるはずもない費用ばかりが計上されていた。
それを聞いて、次元は軽く鼻で嗤う。
「…で、中はどんな感じだ?」
「あぁ、所属する軍人の異動はなんだかんだでないから、子飼いだろう。
匿名掲示板で地域のスレ見てみたら、評判は最悪。
ロクな訓練もしてねぇみたいだな。」
「…度し難いな。」
ルパンの説明を聞いて首を横に振って呆れたという様子の五右衛門。
そのまま茶を啜る。
「俺はどうする?」
「いや、いらねぇな。空き巣の真似事で済みそうだ。」
「じゃ、明日の昼ぐらいに近くに迎えに行けばいいか?」
「それで充分じゃねぇか?というわけで、鎮守府頼むわ。」
ニッとルパンが笑って、座敷で腰を上げる。
それ以上は二人は何も言わずにルパンを見送るのだった。
「……ヘッ、ザルもいいところだぜ。」
深夜、ルパンは鎮守府を抜け出すと、そのまま自分の手でレストアした廃棄されていたバイクで件の鎮守府まで移動。
そして、静かに警戒の網を抜けて塀から忍び込んだのだが、むしろ楽過ぎて呆れていた。
「…とっつぁんに警戒もしなくていい、見回りもブラついてる程度。
楽なのはいいが、張り合いが無さすぎて困ったもんだぜ。」
軍事施設だけにそれなりに巡回もあれば、防犯設備もある。
しかし、それはあくまでも『それなり』であり、ルパンからしてみればないも同然。
鼻歌交じりに潜入するくらいのレベルでしかなかった。
防犯設備をものによっては一時的に無効化、またはすり抜けてルパンは執務室へと移動していた。
暗い部屋でマグライト片手に部屋を捜索する。
そして、机の中などにある書類などを確認して筆跡も確認をする。
本棚に特製の粉を吹き付けて人の触れた形跡を確認すれば、本棚に頻繁に触れた場所を見つける。
そこにあった本をどけると、奥にスイッチがある。
「へぇ…ご丁寧に隠し金庫、ねぇ。」
そのスイッチを押すと、本棚が動き、壁に埋め込まれた金庫が見つかる。
しかし、費用の関係か金庫は一般的に出回っているレベルのものだった。
「ハッ、こんなもん鍵がついていねぇのも同然だっての。」
金庫に耳をつけてダイアル式のカギを回し、鍵穴を道具で弄れば数分もかからずに解錠されてしまう。
「おーおー、ご丁寧になんで証拠品を残すかねぇ?」
中にある数々の書類をマグライトで照らしながら嗤う。
その書類をより分けて並べなおす。
「さーて、お仕事お仕事っと。」
中の書類や貴金属、通帳なども全て取り出した後に執務机に座ると書斎にある道具を使って書き込んでいく。
時折書類を確認しながら書き進めて、封筒におさめる。
そして準備が出来たのか、満足そうに机の上に並べる。
その中には『辞表』などという文字が並んでいる。
「…どんだけ油断してんだか。」
そのまま懐に何かを仕込むと、息を吹き込んでいく。
すると仕込んだ道具が膨らみ、体格が痩身から肥満に近くなっていく。
そして、顔に特殊メイクのマスクを被る。
「…もうちょっと、ここら辺が引っ込ませて…っと。」
道具を触れて何やら体格を調整していくと、腹の出っ張り具合などを調整する。
そして満足がいったのか、そのまま立ち上がって執務室を後にすると近くにある提督の個室へと忍び込む。
「…む、ぅ…誰だ?」
「誰だっていいじゃねぇか…寝てなよ、いい夢の最期を楽しみな。」
虫の知らせか個室のベッドから身を起こす提督に、提督と全く同じ顔の男が笑いかける。
ギョッとして目を大きく見開くが、その機先を制して言うとともに提督の顔にスプレーを吹きかける。
「ムッ、んっ…な、ん……ッ…ンゴォォォッ、ゴッ…」
目の前の男に声をかけようとするが、すぐにグラリと身体を揺らすとベッドに倒れ込み、高いびきをかきはじめる。
どうやら肥満の影響なのか、いびきが常態化しているらしく室内にいびきの声が響く。
「チッ…うっるせぇなぁ…ったく。」
そのまま部屋を物色してタオルを見つけると猿ぐつわをして黙らせるとともに、縛りあげてから執務室に放り込む。
そして私室を漁った上でもまだまだ時間が余ったため、子飼いの軍人たちの個室をも漁って金品を懐に収め、時間を潰す。
「…も、帰って寝てぇけど、そういうわけにもいかねぇよなぁ…。
あーつまんね。張り合いが無さすぎて嫌になってきちまったなぁ…。」
ひとしきり愚痴を漏らすが、ここで放り投げれば中途半端な結果になるか、揉み消されかねないため、諦めて執務机の椅子で仮眠をとることにするのだった。
そして、全てが終わった後。
「なぁ、次元よ。」
「なんだよ、相棒。」
問屋街に向かう途中で、銀行に寄って汚職軍人たちの隠し預金を全ておろしてきたきたところで次元に真面目に話しかける。
「…少しでもストレス発散になるかと思ってよ、あそこの連中を捕まえるのを艦娘達に任せたんだけどよ。
そりゃまぁ、すげぇ勢いでぶん殴ってたぜ?」
「ほぉ、よっぽど恨み骨髄だったんだろうな。」
「それでも、じっとアイツら…耐え続けてたんだぜ。
ひょっとしたら、明日も、明後日も。」
次元は車に乗り込んで、黙って煙草を新たに咥える。
「…俺たちにゃ、マネ出来ねぇな。」
「逆に、俺たちのマネが出来ねぇんだろうよ。」
車にルパンも乗り込んで助手席で外を眺める。
二人とも笑いもしなければ、怒りもしていなかった。
「…情が、湧いたか。」
「悪ィか?」
次元の言葉にルパンは反発せずに、ただ淡々と問い返す。
そして次元は首を横に振ってから車を動かす。
「ま、不二子みたいな女に利用されようってんなら手を引くがな。」
「不二子ちゃんもいい女なんだけどなぁ。」
「言ってろ。…女は裏切るもんだが……アイツらは、な。」
ふっと二人で軽く笑うと、頷き合う。
「裏切られ続けてるヤツらを助けるのも、たまにゃいいんじゃねぇか。」
「ハッ、毎度毎度だが…お前の我儘に付き合ってやるよ、相棒。」
笑いながらも肩を竦めて次元は頷いた。
というわけで、裏話のリメイク(?)でした。
本当にプロット作っても、プロット通りに書けないんですよね…。
木曾が勝手に動いちゃったし。
木曾の呼び方をどうしようか少し迷いました。
『親父』・『兄貴』・『叔父貴』とか。
もしかしたら、話の流れで変えるかもしれません。