大本営の夕方。
「失礼いたします。」
「どうぞ。」
大規模な検挙を成し遂げてから、銭形は大本営へと帰って来た。
勿論、容疑者(とはいえ、証拠は十分だが)の検挙も全て指揮した上で、艦娘達も一度大本営預かりとなってやって来ている。
そして、報告のために銭形は上官である浦賀の下にやってきたのだ。
「ああ、大まかには報告が来ている。重要なのは事後処理だな。」
「十中八九ルパンの仕業でしょう。」
「だろうが、表沙汰にしてもなにもいいことはないな。」
浦賀は書類から顔を上げることもなく、ただ書類を処理しながら銭形に答える。
それに銭形は気に留めずにただ淡々と言うが、浦賀はその言葉にも動じない。
「…盗人を容認されるということですか。」
「銭形『元』警部。一つ勘違いされているようですね。
貴方は出向とはいえ、今は海軍軍人に属しています。
犯罪者を捕まえるのが第一の目的ではない、軍に反する者を捕まえるのが仕事です。」
銭形の言葉にペンを止めると顔を上げて淡々とした口調で言う。
それに銭形は眉を寄せてはっきりと不満を示す。
「…今の社会情勢が平和であるなら、銭形『元』警部がルパンを追うのを止めません。
アイツもその辺は理解したうえであの仕事をしているのでしょうから。」
「わかっております。今は、それどころではない。」
あえて浦賀は銭形に元という言葉を強調して言う。
銭形も決して無能ではない。
派出所勤務から叩き上げで警部まで出世した上に、ICPOにまで上り詰め、ルパンという世界的な大泥棒担当捜査官へとなっているのだ。
仮に今回の件でルパンを捕まえてしまった場合の社会への影響は計り知れないとも理解していた。
「今回の件に関して、艦娘達の生の声を聞きました。
ルパンの艦娘達への扱いの改善の動きを止めた場合、下手すれば艦娘に反旗を翻されかねない。
いや、艦娘は翻さずとも妖精がボイコットした瞬間に人類は詰む。」
「そういうことです。
例えるなら今ルパンを捕まえることは、貴方がルパン逮捕を放棄して万引き犯検挙に血道をあげるようなものです。
皮肉なものです…人類の天敵が現れたのに、人類の最大の敵が人類なのですから。」
フッと鼻で笑った後にまた浦賀は書類に顔を落とす。
「…浦賀大佐は、ルパンが用済みになればそれで切り捨てるおつもりですか?」
「ふむ、中々面白い質問ですね。
貴方もですが、ルパンとは同じ大学の
助けを求められたら借りを返すくらいのことはしたいですが……あの男がそんなことを求めると思いますか?」
「愚問でしたな。」
「ふふ…まるで、犯罪者を切り捨てるのを責めるみたいですね。」
一枚の書類にサインを終えた浦賀が顔を上げて、ニヤリと笑いながら煙草を咥える。
それに動じずに銭形は直立不動のまま答える。
「元警察官としてはそれを当然と思います。
が、一人の人間としては道義的にどうか、とも思いますな。」
「正直な方だ…私は貴方が好きですし、尊敬しますよ、銭形先輩。」
銭形の愚直とも言える不器用さに珍しく穏やかな笑みを浮かべると静かに頷く。
なお、銭形・不二子・ルパン、そして浦賀は同じ大学の出身である。
銭形は浦賀の言葉ににこりともせずに、敬礼を返して部屋を後にした。
入れ替わりを待っていたのか、廊下には長門と矢矧が立っていた。
「ム、待たせてしまったか。」
「いえ、先ほど来たばかりですので。」
鎮守府運営をしてはいないものの、矢矧が浦賀の秘書を務めているのか、銭形に表情を動かさずに答える。
そのまま銭形が立ち去ろうとすると、長門が呼び止める。
「すまない、ちょっといいだろうか。」
「…どうした?」
そのまま浦賀の部屋の前を移動しかけたところを足を止め、長門に振り返る。
長門も身長は高い方だが、銭形も身長181cmの偉丈夫である。
自然と長門は見上げる形となった。
「私の鎮守府の一部の人間が、憲兵隊に所属したいとの申し出もあった。
浦賀大佐殿には事前に話はしているが、気に留めておいてもらえたら助かる。」
「ワシもどこまで力が及ぶかはわからんが…覚えておこう。」
銭形の言葉に安心したように笑うと、長門は黙って敬礼を送った。
それに答えようと銭形は同じように敬礼を返す。
「ふふふ、銭形特別大尉、海軍式ではこうだ。」
その敬礼は警官風で肘が開いたものだったが、穏やかな笑みを浮かべた長門が肘に手をやって脇を閉めさせる。
それが気恥ずかしいのか、すぐに敬礼を解いて頭を掻く。
「う、うむ。いかんな、刑事人生が長くて中々癖が抜けん。」
「頼むぞ、尉官殿。ではな。」
「ああ、君も頑張れ。なに、人生山あり谷ありだ。
これからは山だろう。」
不器用な銭形の励ましに薄く微笑して頷いてから、長門は矢矧とともに浦賀の執務室に入るのだった。
「そうか、やはり一線を退く者が多いか。」
「うむ、いくら浦賀大佐をはじめとした大本営の方々が健全な鎮守府を紹介してくれるとはいっても、不審を抱いている者が多くてな。」
浦賀は長門からの報告を受けて小さく唸った。
長門には今朝方解体された、元所属鎮守府の艦娘の取りまとめを頼んでいたのだったが、今後の身の振り方の希望をそれぞれまとめさせたのだった。
しかし、浦賀の予想よりも多くの艦娘が艦娘としての活動を拒否してきたのだった。
「一部、重巡をはじめとした者達は憲兵隊に配属を願っていた。
それでも一応艦娘としては予備扱いもしくは、艦娘としての今後の活動は拒否したいらしい。」
「君たちの練度を考えれば、できることなら予備兵力としてでも構わないから完全に引退は避けてもらいたいね。」
浦賀が手元のリストを見ながら、希望を言えばわかっていると長門は頷いた。
そして一枚の紙を手に取って、浦賀は頭を掻いた。
「ちなみに君たちにはルパン鎮守府へ異動してもらいたいと思っている。
練度は日々上げているとはいえ、まだ南西諸島にさしかかった程度だ。
君たちの経験を活かしてもらいたい。」
「了解した。あとは赤城・加賀をはじめとした航空母艦たちは大本営の指導艦など後進の育成に力を貸したいらしい。」
「となると、どうしても戦艦に偏る鎮守府になってしまうな。」
浦賀としては既にいる赤城以外の空母にも異動してもらい、大規模作戦にも対応できる鎮守府へと仕立て上げたかったらしい。
しかし、裏腹に浦賀の手元にある資料にあるルパン鎮守府への異動希望者リストを見て苦笑せざるを得ない。
・長門
・陸奥
・大和
・武蔵
・瑞穂
・萩風
・嵐
・秋月
・照月
・江風
・海風
見事に、最近加入したばかりの艦娘か、大型艦のみである。
理屈としては浦賀にはわからなくもない。
新加入の艦娘達は、毒されるというか、ひどい目にあった時間が少ないから人間や提督への不信感まではいかなかったのだろう。
大型艦は戦意故か、その消費資材量だけに温存され続けていたためにそこまで酷使されてないためだろう。
「その辺りは提督になんとかしてもらうしかないだろう。
元々そういうものだしな。」
「ま、仕方ないな。」
経歴が長いのか、長門の苦笑交じりの言葉に浦賀は静かに納得する。
そのまま異動に関する書類に決済印を押して、長門に差し出す。
「うむ、ありがたい。ちなみに引退希望の艦娘達は?」
「ルパン鎮守府や岩隈鎮守府をはじめとした新型の酒保を導入した鎮守府での売店の管理などをしてもらう。
まずはルパン鎮守府での研修を受けてもらうところから、だな。
慣れてきたら仲のいいグループを選出して異動してもらう。」
浦賀の説明にホッとしたのか、顔を少し綻ばせてから頷いて命令書を受け取る。
それで納得したのか、浦賀は別の書類に目を落とす。
「うむ………幸せになれよ。」
囁くような、しかし低く響く声に長門は一瞬浦賀を見据えつつも、何も言えずに頷いてから執務室を後にした。
さて、銭形である。
憲兵隊には特別な宿舎と演習場が準備されている。
現在の憲兵隊は少々特殊な立場にある。
海軍全体の監査も行えば、また警察などの業務も兼ねている。
そのため、所属している多くの人間の出身が警察や特殊部隊などと幅広い。
また、汚職も絡むことが多いために知能犯対策のための専門班も組み込まれている。
その結果、憲兵隊の動向は一切公にはできないため、外部と切り離されている。
その演習場では艦娘にも劣らぬ訓練が行われていた。
「ふむ、中々やるじゃないか。血が騒ぐな。」
憲兵隊に所属することになった那智がそれを満足げに眺めて頷いた。
その隣にいる銭形もまんざらでもない表情である。
「うむ、相手は軍人や、下手すれば艦娘だからな。
そこそこであっては困る。」
「ああ、銭形殿。私も頼りにしてもらっても構わんぞ。」
銭形に辞令で部下が配属されることになった。
それが長門の元所属していた鎮守府の那智である。
「とはいえ、あくまで我々の任務は捜査だ。
そこのところを取り違えてもらっては困る。」
「わかっている。しかし、その時には拳を振るっても構わんのだろう?」
どうも那智は今朝の強制検挙で味をしめたらしく、ニヤリと笑って拳を見せる。
それを見て深い溜息を漏らす。
「あくまで、それは最後の手段だと覚えておけ。
ワシは捜査の上、逃れようのない状況に追い込み、逮捕する。
それがワシのやり方だ。」
「わかったよ、銭形殿。」
那智は肩を竦めながら笑った。
「現場に出る前には君には学んでもらわんとならんことが多くある。
逮捕術、射撃術、法律…幸い、ここにはスペシャリストが揃っている。」
銭形の言葉に反応したのか、訓練場から数人の人間がやってきてニヤリと笑う。
その男女交えた人々と、銭形を交互に見る。
「埼玉県警の逮捕術、覚えてもらおうか。」
「そうね、勿論捜査にかかわる法律もね。」
「元自衛隊、レンジャー部隊の技も覚えてもらわねばな。」
警棒を片手に持った男、スーツ姿の女性、そして野戦服を着たいかつい男がニヤリと笑う。
「だ、だまされたあああああああああ!!!」
「勝手に勘違いしただけだろうが。」
銭形は頭を抱えて叫ぶ那智をバッサリ切り捨てて、その場を後にするのだった。
そしてルパン鎮守府に長門たちが翌日の朝にやってきた。
ルパンは朝一で目の前に並んだ艦娘達と、渡された書類を交互に見る。
その書類には浦賀からの許可で鎮守府の所属艦娘の所属枠を最大値にする許可。
それに伴って宿舎の拡張許可。
さらに酒保関連の引退艦娘の宿舎も拡張許可。
ルパン鎮守府も大所帯になって来た。
とはいえ、所属艦娘はそこまでではないが、主に酒保関連が大きい。
「というわけで、よろしく頼む、提督殿。」
長門が11人を代表して先頭に立って挨拶をする。
それにほんの少しの渋面とともにペンで頭を掻く。
「ってもなぁ、ウチはまだ南西諸島だぜ?
名高い大和型や長門型を運用するような局面じゃねぇんだがな。」
「とはいえ、大本営も思惑があるんだろうさ。
特に我々長門型と大和型は今は解消されたが、ケッコンカッコカリをする練度はあったしな。」
やれやれ、とばかりにルパンは椅子の背もたれに身を預ける。
ちなみにケッコンカッコカリとは言うものの、本当の意味の結婚として行った艦娘は決して多くない。
特にブラック鎮守府にいたっては言わずとも知れた話である。
ちなみに今は提督が大本営に捕まった結果、ケッコンカッコカリは解消。
練度は99に戻されてはいる。
ちなみに練度はあくまで大本営が出撃回数や演習回数によって算出した目安に過ぎず、同じ練度でも実力は千差万別と言っていい。
例えるならば武道の段位などと思って差し支えない。
「ま、経験豊富なのはありがたいね。
ウチの戦艦は今のところ扶桑ちゃんしかいないから、教えてあげてよ。」
「扶桑は航空戦艦だから全てが全て教えれるとは限らないが…同じ鎮守府に所属する以上は仲間だ。
出来る限りをしよう。」
長門とともに後ろに控えていた陸奥、大和、武蔵が静かに頷く。
「ま、俺や江風とかはまだ練度は低いから世話になるぜ。」
「はい、秋月姉には劣りますが、この照月は防空駆逐艦としてそれなりには鍛えています。
提督のお力になれるよう頑張ります。」
その隣に並ぶ嵐、照月がそう言うと、全員が敬礼をする。
それに苦笑すると、この日の執務室詰めの愛宕を手招きする。
「愛宕ちゃん、全員の部屋を割り当てちゃって。
今としてはこの前、川内ちゃんがやってきたから南西諸島に挑んでるところだからな。」
「と、なるとこれから金剛型の捜索及び建造か?」
武蔵がルパンの言葉の続きを推測して問いかける。
その言葉にニッと笑う。
「いや、70点だな。昨日まではそういう感じだったが、あえて建造するまではしない。
既に十分すぎるほどの大型艦が揃ったからな。
建造は空母に専念することにする。」
「よく考えているんだな。だが、航空戦艦も今後の任務や海域では必要になるぞ?」
「オリョールやバシーでも伊勢型、扶桑型はよく発見されているから建造は不要だろ。
それよりも出撃した方がいいんじゃねぇの?」
武蔵の言葉にルパンは肩を竦める。
武蔵も本気で勧めたというより、ルパンを試すのが目的なのか反論に満足した様子で頷いて黙った。
「これからの急務は制空権の確保のための空母、特に加賀の確保だと思ってる。
そして、資材確保のために第四艦隊の解放、それからの沖ノ島沖戦だな。」
「ふふふ、よく調べて考えているのだな。」
武蔵はルパンの回答に満足してニッと男らしい笑みを浮かべると愛宕から鍵を受け取る。
それを全員が訝し気に見る。
「ああ、ウチの鎮守府は全員個室。私物もあるから鍵も渡してるんだ。
詳しいことは愛宕ちゃんに案内がてら聞いてくれ。」
「は~い。じゃ、皆行くわよ~。」
鍵を配り終えた愛宕がバスガイドさながらに先に立って、ドアの外へと促す。
それに困惑しながらも長門たちはついていくのだった。
「で、どうすんだよ、ルパン。」
「どうすんだもこうすんだもねぇだろ。後は海域を解放して、資材貯めて大規模作戦に備える。」
長門たちが去っていった執務室でルパンに次元が問いかけるが、肩を竦める。
「これで、次回の大規模作戦じゃある程度の戦果を求められることになるだろ、天下の長門型・大和型が揃っちまったんだ。」
煙草を咥えて次元が火をつける。
それにルパンは苦笑する。
「そして、大型建造の手間を考えたら空母の建造してません、じゃきかねぇよな。
しかも成功率を計算すりゃ備蓄も出来てません、じゃ通じねぇな。」
「今回の件の報酬なのか、逆に枷をつけられたのかわかんねぇな、こりゃ。」
次元がルパンから渡された長門たちのデータの記載された書類を眺めて苦笑する。
「報酬の色の方が強いだろ、大型建造で100連敗なんてよく聞く話だしな。」
ルパンの冷やかし半分といった言葉にもそれなりに真実は含まれていて執務室詰めの艦娘も頷く。
しかし、次元はニヤリと皮肉に笑う。
「しかし…絶対に必要、というわけでもない。」
「だが、その火力も含めて装備品などは貴重って言葉じゃすまない。
全員46cm三連装砲に試製51cm連装砲、九八式水上偵察機、水上観測機、高射装置。
大本営は一切手を付けずにそのままこっちに送り出した。
借りは大きすぎるぜ、コリャ。」
装備品のリストを思い出して、ルパンは目を閉じる。
ずっと黙っていた高雄が少し考えてから口を開く。
「何をされたかわかりませんが、普通では考えられない報酬です。
ですが、先払いならそれに応じるかどうかはこちら次第じゃないですか?」
「…そりゃそうだ。一度もらったもん返せ、とは浦賀も言えないだろうな。」
高雄の指摘にルパンは目を見開いて、高雄を見つめるが笑って言う。
「それに、今後への期待、があったとしてもどのジャンルへの期待かはわかりませんよね。
全体の艦娘の待遇改善に関することなのか、政治なのか、それとも深海棲艦の関することなのか。」
「現状では、判断がつかないな。」
高雄の言葉に浦賀の思惑が読めないのか、次元は天井を仰ぐ。
「ただ、アイツの性格上できないことや、意味のないことは求めない。
なら俺たちのやりたいようにやるだけさ。」
ルパンがニヤリと笑って、窓の外を眺める。
その眼下には、穏やかな青い海が広がっていた。
というわけで、長門さんたちがルパン鎮守府に着任しました。
そして、とっつぁんのアシスタントに那智さんがやってきました。
さてさて、これからどうなることやら。