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今日も朝日が上りかけた時間に無慈悲かつ単調なベルで目が覚める。
目を開けて、空を眺めて今日も一日が始まったと少しだけぼんやりした頭でふと思う。
この鎮守府には呪いが蔓延している。
呪いで悪ければ、檻だと言ってもいい。
しかし、その呪いは身を蝕んだりといった自分を殺すものではない。
のそのそと長門は布団から必死の思いで抜け出してから、寝間着のボタンを外す。
ふと振り返って先ほどまで自分が包まっていた布団を見る。
まるで、この鎮守府のようだ。
そう考えると、しっくりきすぎて長門は軽く笑う。
この鎮守府はあまりにも居心地が良すぎる。
このルパン鎮守府以外の環境に耐えられなくなるほど。
見下ろしている布団は陸奥と話し合って、最初の給料の半分ほどをつぎ込んでそれなり以上に高級な羽毛布団を選択した。
長門の身体を下から柔らかく受け止めてくれるので、起きて背中や腰が痛いということもない。
セットで買った毛布や掛け布団は柔らかくて包まれば幸福な気持ちになれるし、すぐに温かくなって今日のような寒い朝には抜け出すのが苦痛なほどだ。
現に。
二段ベッドの上にいる陸奥はまるでカタツムリか何かのように色違いのカバーに包まれた、お揃いの羽毛布団に包まっている。
暖気を逃さない、という固い決意が見えるほどに頭まで布団の中に入り込んでいる始末。
「起きろ、愚妹。朝食を食いそびれても知らんぞ。」
「朝っぱらから随分じゃない!?」
デフォルメされた猫の絵が描かれたパジャマを脱ぎ捨て、普段の服装の上に冬用のダウンジャケットを着た長門の辛辣すぎる言葉にカタツムリは顔を飛び出させた。
長門はどちらかといえば朝は弱い。
陸奥は目覚めも早いが、布団の誘惑に弱く、起きても布団にくるまって微睡むのが常だった。
「そんなカタツムリのようなビッグセブン
「長門、貴女とは拳で語り合う必要がありそうね。
「まずは布団から出ろ。殴り合いたいなら受けて立つからな。」
布団の中から顔だけを出してすごむ陸奥をぞんざいに流し、そのまま部屋を後にした。
「ちょっ!?待ちなさいよ、長門ぉ!!」
「起こすだけ起こしたからな。
食いそびれても一切の責任を負わんぞ。」
二人の部屋のドアを閉じて一足先に食堂へと向かうのだった。
長門が食堂に着くと、何か違和感を感じた。
はて、と長門は盆を手に持ったまま右に首を傾げる。
ずらりと並んだカウンターの向こうで、卵が乗った小鉢で満たされた新たな盆を持った伊良湖も長門と同じように、彼女にとって右に首を傾げる。
その結果、お互いがお互いに逆に首を傾げたように見える。
「長門さん…何かあるんですか?」
「いや、その質問がわからんな。
むしろ、今日は何かあるのか?何か食堂が変なんだが…?」
お互いがお互いの言葉が理解できないと、お互いにまた左に首を傾げる。
「今日は節分祭りの日で、鎮守府は最小限の出撃以外はないんですよね?」
「ああ!それで皆私服なのか!」
違和感の原因に気付いて、大きく口を開けて今気づいたとばかりに声を挙げる。
伊良湖の言った通り、この日は先日にルパンに鳳翔・間宮の提案したイベントをするために設定された休日である。
出撃をする必要がないのであえて艤装の一部である制服を身に着ける必要がないため、ほとんどの艦娘がそれぞれ自分の買った私服で食堂へやって来ていたのだった。
違和感の原因に気付いた長門はなるほどと小さく頷きながら長いカウンターに並べられた食品の中から気に入ったものを選んでいく。
最初は従来の決まったメニューだけがカウンターに並び、それを全て取っていくだけのものだった。
しかし、ルパンがそれにストップをかけた。
「朝の胃とか体調とか人それぞれじゃねぇの?
朝から和食がいいヤツもいれば、洋食とかでガッツリいきたいヤツもいると思うんだが。」
朝から各自食べたいものを自由に注文されたらいくら手があっても足りない、ということで流石に完全自由というのは無理となった。
しかし、間宮・伊良湖で和洋などで数種類のおかずなどをカウンターにいくつも並べて用意したバイキング形式での朝食が常となったのだ。
多少は作りだめしなくては人数をはけないため、多少は冷えているおかずがあるのは仕方ない。
しかし、そこは流石の間宮たちで温かくて美味すぎるし、冷めても全然美味い。
長門は気分で和食をチョイスしてお盆にとって、テーブルに着くのだった。
「ふむ…長門は和食か。」
「おはよう、二人とも。洋食か。」
たまたま、と言っては嘘になるが、気分で座ったテーブルには伊勢型戦艦姉妹が座っていた。
二人の盆にはパンとサラダ、そしてウインナーに小ぶりなオムレツが乗っている。
ふと二人を見ると髪が濡れていた。
長門は小鉢に卵を割って入れ、白身と黄身をかき混ぜながら問う。
「今日も鍛錬か?」
「ああ、今日もいい鍛錬だった。
何度も早朝鍛錬に陸奥を誘ってはいるが、来ないな。」
「…ま、アイツもアイツで色々あるのさ。」
「でも勿体ないじゃん。三好艦長譲りかわかんないけど、いい腕前してんのにさー。」
口いっぱいにパンを頬張っていた伊勢が軽く唇を尖らせる。
それに静かに頷いた日向はパンを皿の上に戻す。
「ああ、大和もいい腕だが、陸奥も中々だな。
足柄も捨てがたいが…足柄は少々攻めっ気が強すぎる。
天龍は…まぁよく言えば我武者羅で、悪く言えば基本からなっちゃいない。」
「なるほどな。私はどちらかと言えば柔道・空手だな。」
そう言って長門はご飯に醤油をかける。
その様子に不審そうに二人は眉を寄せる。
それに気付くことなく、長門は何も入れていない、かき混ぜただけの卵をご飯にかける。
そのままご飯と卵をかき混ぜずに掻き込む。
「「ちょっと待て。それはおかしい。」」
「…む、何がだ?次元提督から教わったんだが。」
二人にツッコミを入れられるが、長門の言葉に二人は鼻白む。
次元が言ったなら正しいのかと困惑気味である。
「一般的ではないらしいがな、あえて混ぜないことで味の変化が楽しめるんだ。」
「…今度試してみよう。」
「うふふ…何だか変な話ね。
他の鎮守府の話が嘘みたい。」
少し真剣に受け止めた日向と真逆で伊勢は笑う。
伊勢の言葉を長門は理解するが、オリョール海で発見されてこのルパン鎮守府に初めて所属した日向は理解できないのか眉を少し寄せる。
「そうだな…前にいた鎮守府では『美味い食事』というものは存在しなかったからな。」
「そこまで、か。」
日向は重々しく言葉を漏らすが、長門は気にもしていないという様子で卵ご飯を流し込むのだった。
「それでは皆様、準備はよろしいでしょうか。
各自、海苔を巻き簾の上にならべて下さい。」
午前中に最低限の出撃を済ませたルパン鎮守府の面々は昼前に海沿いに長机を一直線に並べていた。
そこに鳳翔の掛け声とともに長机の前に並んだ艦娘達が巻き簾を繋げて並べる。
編み糸を上になるようにきっちり並べた後に、その上に海苔を並べる。
その後に駆逐艦達が大釜で炊いたご飯を大きなボウルに詰め、酢飯にしたものを乗せていく。
鳳翔たちが企画したのは鎮守府全員で作る恵方巻であった。
それを苦笑しながらルパンは見つめていた。
「アイツら、保父としても生きていけるんじゃねぇの?」
「あら、提督。お酷い。」
ルパンは指示を出すための壇上にテーブルを用意されていた。
そのテーブルに座って全員を見下ろしながら、鳳翔の淹れた茶を啜って笑っていた。
「しかし、なんで急に恵方巻なわけ?」
「いえ、恵方巻でも何でも良かったのですがね…。」
テーブルの脇に拡声器を持った鳳翔が控えながら苦笑した。
「要は、皆で作り上げる何かが欲しかったのですよ。
戦い以外で、皆で作り、笑い合える何かが。」
「そうかい…。」
斜め後ろから聞こえる声に静かに答えると懐から煙草を取り出して咥える。
不意に顔を上げるとほんのわずかな雲と、青く澄んだ空があった。
「俺も、女が泣くのは見たくねぇなぁ。
で、グラーフ達の様子はどうだい?」
「グラーフさんをはじめとしたドイツ艦の方々は少々文化的な違いに戸惑ってもいらっしゃるようです。
翔鶴・瑞鶴さん達のやって来た艦娘達と一緒にこれから鍛えあげる必要がありますね。」
厳しめの鳳翔の言葉に苦笑をするが、ルパンはわかっていた。
これは愛するが故、守りたいが故の厳しさだと。
「お手柔らかに、な。」
「ええ、加減は見極めます。」
ルパンは差し出された灰皿に煙草を置いて、湯呑を口につけた。
あえてどういう『加減』なのかは聞くことはしなかった。
聞いても無駄だから。
「だからカツは考えて乗せろよ!!
どう考えても巻けねぇだろうが!!」
「でも、カツよ!?勝利のカツなのよ!?」
長机の一部の前で足柄と次元が言い争いをしていた。
理由はそのままである。
はみ出さんばかりにたっぷりと酢飯の上に乗せられたカツを次元が端で酢飯の長い方向に合わせて長くカツを配置しようとする次元の腕を掴んで足柄が抵抗する。
その周囲で清霜や海風たちがオロオロとしていた。
その近くで目を白黒させ、腰を抜かした秋月、初月たちを五右衛門が介抱していた。
「しっかりせよ!?食堂で食べた事があるであろう!?」
「で、でも…あんなに豪華な具材を湯水のように…。」
「皆で食うのだから、そんな心配は杞憂だ!!」
その様子を深雪が何とも言えない細目で見ながらため息をついた。
「あー……末期の頃の艦はどうしてもそうなるんだよなー。
…アタシも具体的には知らないけどさ。」
どうにもまとまらないルパン鎮守府ではあったが、紆余曲折ありつつも巨大恵方巻は完成に近づいていった。
とは言え、準備開始から30分近く経っているということを考えれば時間がかかりすぎてはいたが。
「んじゃー皆準備はいいかー?
1・2のー3で、隣と息を合わせて巻き込むんだぜ~?」
恵方巻、というよりも単なる細巻きではあった。
具材がそれぞれの艦娘達が希望したものを選ぶのが面倒になったルパンが各自好きな具材を巻けばいいとしたせいである。
当然鳳翔たちが論外な具材は除外したが。
いくらなんでもチョコやスナック菓子はやりすぎだろう。
単純に言えば、巻き簾の上に海苔、酢飯を乗せて具材を乗せたら巻き込むだけであるが、先ほどの騒動に似た騒動のせいで人手はあっても時間がかかったのだった。
しかし、壇上のルパンは腹を立てるどころか拡声器片手に苦笑で済ませた。
これもまた、少女らしいあり方じゃないかと。
「1・2ーのー3!!」
ルパンの拡声器越しの号令に合わせて、ゆっくり、慎重に全員で巻き簾を巻き込む。
その顔は皆真剣でありながら、楽しげであった。
そこには艦種の違いなど一切なかった。
「ほどけないようにグッと巻き込んだら、完成だ!
そのまま巻き簾をほどいて包丁係の子が来るのをゆっくり待ちな!」
やっと落ち着いた次元もやれやれとばかりに首をコキコキと鳴らしながら巻きの甘い部分がないか見回しながら声をかける。
すると、待機していた瑞穂や羽黒といった包丁で切り分ける係の艦娘が長い恵方巻のあちこちに散る。
それを見てから次元も壇上にやってくる。
ルパン達の席は壇上と決められているのである。
理由は、特定の艦娘の席に座れば席の奪い合いになりかねないという理由である。
なお、食事時はルパン達が自分でどこに座るか選んだなら仕方ない、というルールが鎮守府にはある。
当然、勧誘は禁止で。
恵方巻の方は、綺麗に切れるようにと包丁係は濡れた布巾で包丁を丁寧に湿らせながら切り分ける。
恵方巻と謳ってはいるが、流石に大口に巻物を頬張るのは彼女たちの乙女心が拒んだのだった。
「これでやっと昼飯かね?」
「…しかし、作るのを見ていたが…見事に太さも具材もバラバラであったな。」
世話から逃げ出した五右衛門がルパンと同じ壇上のテーブルについていた。
その手にはルパン同様に鳳翔から淹れてもらった湯呑があった。
「いいじゃねぇの、俺たちらしくてよ。」
「…悪いとは言っておらぬ。」
なだめるように言ったルパンに不満そうに五右衛門は言い捨て、瞑目したまま茶を啜る。
すると、切り分けられた恵方巻を皿に載せた艦娘達が壇上に駆け寄ってくる。
「提督!阿賀野たちが作った海老入りの恵方巻、食べてください!」
一番手は阿賀野型姉妹だった。
その皿には中心に海老、そして野菜が一緒に巻かれた細巻きというのに相応しいものだった。
「おう、悪ィなぁ。じゃ、一つもらうぜ。」
「ぴゃぁっ!…一つしか食べてくれないのぉ?」
ルパンが阿賀野の持ってきた皿から一つだけ取ったのを末っ子らしく、自分の感情に素直な酒匂が唇を尖らせる。
それを苦笑して矢矧が酒匂の肩に手を置く。
「そう言うな、ルパン提督も次元提督も皆の提督なんだからな。
私たちのだけでお腹いっぱいになったら、他の子が可哀想だろう?」
「その分、ちゃーんと味わうから勘弁してくれや。」
女嫌いを認める次元も素直な子供といった様子の酒匂を突っぱねることなど出来ないらしく、苦笑しつつも宥める矢矧に援軍を出す。
それを聞いて、渋々といった様子で頷く酒匂の頭を優しく能代が撫でる。
「いい子ね、酒匂…さ、一緒に食べましょ。
色んな恵方巻があるんだから、楽しみましょう?」
「そうだな、ちゃんと美味しくいただくからよ。
またこういうイベントで作ってくれよ?」
ルパンのとりなしに笑顔になった酒匂が大きく頷いてから、壇から降りる。
そして振り返って笑顔で言った。
「また、ちゃんと食べてくれなきゃダメなんだからね!
…いつも、ありがとう!!」
その言葉とともに、四姉妹が揃って壇上のルパンたちに頭を下げた。
ルパンは何も言い返せず、照れ臭そうに笑いながら恵方巻を頬張るのだった。
その後も色んな艦娘たちがグループで壇上のルパン達へ恵方巻を届けてくる。
その恵方巻も艦娘によってまちまちだった。
初春型はシンプルかつ王道な細巻き。
白露型はマグロを使ったほとんど鉄火巻き。
妙高型はレタスの中にカツを挟んだサラダ巻き。
大和・長門型は豪快にはちきれんばかりにかんぴょうや漬けマグロを巻いた太巻き。
例を挙げるとキリがないほど、太さも具材もまちまちだった。
しかし、全員から丁寧に頭を下げられ、感謝を告げられると三人の心中には何とも言えない甘酸っぱい感情がこみ上げる。
ルパン達は恵方巻で腹を八分目以上に満たして、茶を啜ってまったりとしていた。
「…ま、これまでの数か月は…無駄じゃねかったな、ルパン提督殿。」
「そんなんじゃねぇよ、次元提督殿。」
そこに間宮がそっと小皿に小さく切った羊羹を乗せて、三人に配る。
穏やかな笑顔とともに、2月末の風のような爽やかな口調で言った。
「いえ、そんなの、ですよ。
他の鎮守府でこのような穏やかで、にぎやかで、朗らかな艦娘の皆を見れることは稀ですよ。」
「…例外は、あろう。」
間宮の言葉にこの鎮守府だけが特別ということはないだろう、と五右衛門が少ない言葉で示す。
しかし、間宮は穏やかな、小春日和のような優しい笑顔で言いきった。
「ええ、例外はあります。
しかし、それは『例外』です。」
「…ム…。」
五右衛門は間宮の鋭い切り返しに眉根を寄せる。
それは抗弁されたことに対する苛立ちや怒りからではない。
目の前の壇の下で車座になって、談笑しながら恵方巻を食べ。
誰かが酒保から買い出してきたのか、酒や飲み物、菓子を食べて笑い合う。
そんな『日常』が、『例外』でしかないという現実への怒りだった。
それは五右衛門だけではない。
ルパンはわかりやすく唇を尖らせ。
次元は目を見せないようにか、帽子を深くかぶった。
「そのお気持ちを、忘れないで下さい。
そのお気持ちが皆様がお持ちである限り、我々は皆様のために生き、皆様のために散りましょう。」
テーブルの傍らに立ったまま、笑顔で間宮はそう言った。
その顔は穏やかな笑顔でも、間宮の目は戦場を知る一人の軍人の目だった。
護るために生き、護るために散ることを厭わない。
糧食艦という部類に入る間宮の目は、軍人だった。
当然、世話係として控えていた鳳翔も何も言わず、同じ目をしていた。
頷くことすらしない。
何も言わず、ただ立っていた。
言うまでもない。
言葉にするのも無粋。
傭兵をも経験し、数多くの戦場や命のやり取りを潜り抜けた次元にも。
剣術を極めんと数多くの決闘や戦いを繰り広げた五右衛門にも。
その目は貫かんばかりに射抜いてきた。
よもすれば、気圧されたかもしれないと思った。
しかし、ルパンはハッと鼻で笑った。
「バカ言ってんじゃねぇよ。
この俺様が誰かを捨て駒にしなきゃ勝てないような、情けねぇ男だとでも思ってんのか?」
そして鋭い視線で座ったまま傍らに控える二人を睨みつけた。
その鋭さは裏社会で数多くの大組織を出し抜いて生き抜いてきた凄み。
視線はまるで刃物のように二人を貫いた。
ほんのわずかな間の後に、間宮は深く頭を下げた。
「大変失礼いたしました。
提督達の手腕を疑うような発言をしてしまい、まことに申し訳ございません。」
その隣の鳳翔も無言のままただ頭を下げる。
「ま、気負いすぎねぇこった。」
「うむ…そう思い詰まられては折角の羊羹の味もぼけてしまう。」
「違ェねぇや。楽ーにいこうぜ、楽ーによ。」
次元と五右衛門のとりなしに乗って、ルパンがニィッと人好きのする笑みを浮かべてから視線を外す。
その横顔に再度、鳳翔と間宮は深く頭を下げるのだった。
というわけで、イベント終了回となります。
日常回と言えば日常回。