シャドウラン4th Japanese Imperial State 作:てるもこ
また、実際のシャドウラン4thとの設定の食い違いが出てきますが、仕様です。
油断するな。迷わず撃て。弾を切らすな。ドラゴンには絶対、手を出すな。
―――ストリートの警句
-1-
今日は朝からツイてなかった。西池袋廃墟群(バーレン)の片隅に、小分けして埋めておいた非常用の合成大豆食料(ニュートリソイ)は、誰か(あるいは、何か?)に掘り返されている。
次に、僕の職業―――ストリートチルドレン兼ゴミ漁り―――の縄張りでは、恐らく脳みそまで筋肉が詰まっているトロールギャングどもが、コンクリ塊が付いた鉄パイプを振り回して辺りを闊歩していて、仕事どころの話じゃない。
絶食の予感を振り払い、まだ生きている水道があるビルの廃墟に入ると、いつもは蛇口からは水が溢れているのに、カランを捻っても水が出ない。
もう三日も固形物を食べていない。腹の虫は限界で、飢えて動けなくなる前に、何か手を打たなければならない。さて、どうする?
ゴミ漁りで金目のものも見つけられず、水も飲めないのであれば、間抜けな他人様、または用心の足りない店からかっぱらうしかない。となると、人と店が集まる場所に行く必要があった。
目指すは池袋駅。2061年の「環太平洋火山帯連続噴火」による甚大な被害から、公式記録では「放棄」されて久しい巨大な建造物。ヤクザや一部の企業が「非公式」に復興させ、今や巨大なブラックマーケット(しかもそのままの意味での闇市であり、規模はデパート!)となっている。
勿論、狙うのは建物内部の「マジでヤバい店」などではなく、駅周辺にある店に狙いを定める。命が惜しいからだ。金目の物をかっぱらって換金するより、手っ取り早く腹を満たす為、串焼きの屋台をターゲットへ設定。
醤油ダレが焦げる香ばしい香りを嗅ぎつつ、店主が別の客の会計を済ましている所を狙って、3本引っつかんで走る!
10歩目あたりで、後ろから銃声。おっかねえ、串焼き3本で「ストリートチルドレンの命より高価い」と思われる弾丸を浪費するなんて、あの店主は気が狂っているに違いない。だいたいもう僕の小汚い手で握られた串焼きに、商品価値はないだろうに。
適当に走り回り、人気の無い廃墟へ隠れて、串焼きに舌鼓を打つ。ンマい。
―――冷えたニュートリソイよりマシな程度にはンマい。手についた醤油ダレまで舐め取り、ようやく腹八分目。
胃袋が満ちて気分に余裕も出た。心機一転、廃墟を後にして仕事場の様子を見に行こうとした時、僕は頭に強い衝撃を感じ、そのまま気絶した。
-2-
目が覚めると、小さな、体育座りで入っているのがやっとの、背の低い檻に入れられていた。手足は縛られていて、どんなに力を入れても、拘束は緩みすらしなかった。また、縛られて血行が悪くなっているのか、だいぶ痺れている。痺れ方からするともう結構な時間が経っているようだ。辺りは薄暗く、下方向からの振動があるので、恐らくこの檻はトラックの荷台か何かに設置されているんだろう。
「大ピンチ?」
左右を見渡すと…僕と同じように手足を縛られている子供が満載されていた。人の事を言える身分ではないが、みんな僕と似たり寄ったりの、薄汚れた服装ばかりだ。対面の檻は、場違いに「綺麗」で「高級そう」な服を着た子がいるが。
しかし…突然さらわれる、檻に入れられてどこかへ連れていかれる。これが噂に聞く「SINレス狩り」というやつだろうか?
僕たちストリートチルドレンには、システム登録番号……つまり戸籍や身分証明である「SIN」が存在しない。幸運にも(普通の生活からの転落してストリートへ来たという事は、不運にも?)SINを持つストリートチルドレンやホームレスがいないわけではないが、少なくとも僕は持っていない。
つまり僕がどこかの研究所で、人体実験の被験者にされようが、体に爆弾を詰め込まれて要人暗殺用の人間爆弾にされようが、非合法な娼館に売り飛ばされようが、誰も困らないわけだ。SINが無い人間は、存在していると看做されないから。
「ねえ君たち、生きてる?」
左右と対面の檻に声をかける。自分ひとりの力で脱出出来ないのなら、他の人間の計画に相乗りすれば、あるいは…という打算からの行動だ。ふ、不安だから気を紛らわせたいわけじゃないんだからねっ!
右と左の檻からは返答がない。気絶しているのか、それとも死んでいるのか、ピクリとも動かない。唯一対面の檻に入ってた子だけが返事があった。
「なんとか」
綺麗な…といっても、捕まった時に暴れたのか、袖が少し破けた服を着た子を改めて観察する。年齢は15歳である僕より少し下、金髪をボブにしたエルフの女の子だ。
日本ではメタヒューマン差別があるというが、僕のような普通のヒト種がストリートチルドレンで、エルフの子が普通に暮らしているのだから、差別なんかはあまりないんじゃないかな?この誘拐犯達に至っては、ヒトかエルフか気にせずさらっているようだし。……そうだ、SINレス狩りにしては、明らかにSINがありそうなこの子までさらってるが、どういう事だろう。
「どうにかして逃げられないかな」
「私は無理かな、さっきから怖くって震えが」
確かに、彼女の声は哀れなほど震えていた。
「前途多難だね」
ハァ、とため息を一つ。このツライ現実から逃げ出したい。いや逃げ出す為に色々考えてるんだけどね。
そんな僕を、彼女は胡散臭そうに見ながら
「君は随分落ち着いてるみたいだけど、怖くないの?」
「僕らは、普段から生き死ににかかわるトラブルが結構あるから……」
実際、僕らの人生で「九死に一生」のトラブルは結構ある。路上で生きる限り、普通の人間なら問題ない病気にかかるだけでもアウトだし、武器を持ったジャンキーあたりに出会ってしまったりすると、殺されるか犯されるか犯されて殺される以外に無い。
恐らくこのままぼけっとしていても状況は好転しないだろう。目の前の子にも秘策がないようなので、奇跡を待つより捨て身の努力しかない。
後手に縛られている腕の結束バンドを、ところどころ錆の浮いた檻にこすりつける。当然、後ろに目がついているわけではないので、結束バンドだけをこするような器用な事は出来ない。皮膚もすれ、血が出る。幸いな事に痺れているので、傷みだけは感じない。
「ねえ、何してるの?」
「ごめん、ちょっと静かにしてて」
急に小刻みに震えだした(今の僕を正面から見たら、きっとそう見えるだろう)僕に、エルフの少女が声をかける。が、何をしているかを口に出して、どこかで聞いているかもしれない拉致の実行犯を刺激したくない。いくらその連中がアホであっても、脱出しようとする僕を放っておくほどのアホではないだろう。
そう、実行犯はアホなのだ。僕らをこの檻に閉じ込めた連中の正体は判らないが、ストリートチルドレンと思って油断し、ボディチェックを怠るようなアホの甘チャンである事は間違いない。別段隠し持っているわけでもない、シャツの下に手挟んでおいたナイフが取り上げられていない事が何よりの証明だ。
ごりごりと皮膚と結束バンドをこすり削り、ブツンという音と共に手首から先への血流が回復する。痺れが切れ、酷い擦り傷になった手首がジンジンと痛むが、作業の手は止められない。あとどれだけ時間が残されているか判らないからだ。
「ねえ」
「静かに」
自由になった手でナイフを使い、足の結束バンドを切る。鍵を買う金がなかったのか所詮子供と侮られたのか、錠前ではなく結束バンドで檻を閉じられているのは、幸運としか言いようが無い。
檻を出て、あたりの檻を片っ端から開け、拘束からも解放する。我ながら下種だとは思うが、他のストリートチルドレンは僕と女の子が逃げる際のカモフラージュにして逃走の成功率を上げ、女の子は保護者に送り届ける。あわよくばお礼をせしめようという算段だ。
自由になったにも関わらず、10人居た「小汚い」連中は全員無言で、僕に軽く頷くだけだ。全員10代半ばくらいだろうか。ストリートチルドレンとしてこの年齢まで生き残るには、目端が利いて、ある程度賢くなくちゃならない。つまり全員が全員、ほかの人間を囮に逃げ出す算段を立てているのだ。
しかし、僕は少女を救うと決めた。自分の為に。都合が良すぎるかもしれないが、どうせ失敗したとしても、支払いは僕の命くらいのものだ。(彼女は一人では生きて脱出出来そうにないのでノーカン)逆に、賭けに勝てば『未来』が手に入るかもしれない。
そう、未来だ。
ゴミのように捨てられ、日の当たらない路地裏でネズミのように生きてきた。「カチグミ」は無理にして、「普通」のレベルになるにはジャンプボードが必要だ。いくばくかの現金、またはコネクション。
「あの…ありがとう」
彼女の檻と体の結束バンドを切り、小声で返答する。
「どう致しまして。僕はカオル。君は?」
最後に水浴びしたのがいつか思い出せない。女の子に声をかけるような状態ではないと思うが、非常時なので勘弁して頂きたい。ストリートチルドレンと衛生という概念は、相性が絶望的に悪いんだから。
「……ミシェル。ミシェル・デラージュ」
エルフのミシェルを間近で見ると、大きなくりくりとよく動く目と、さらさらの金髪ロングヘアが綺麗な、可愛い女の子だった。頬が腫れているが、人攫いに殴られたんだろうか?
「ミシェル、逃げる気はある?」
「も、もちろん……でも、逃げられるの?」
おびえた声のミシェル。僕の心に、何かがモヤモヤと湧き上がる。いじりたい!ほっぺたとか引っ張りたい!これが嗜虐心ってやつか?
「100%安全で快適に、とはいかないけど、勝算が無いわけじゃないよ。なあ、みんな?」
檻の中にいる連中が、無言の頷きを返してくれる。
「OK、頼もしい。ミシェル、走る速さに自信は?」
「あんまりない」
「そう。じゃあ細々した作戦はナシ、檻に入って気絶したフリして待ってて。車が止まって扉が開いたら、開けた奴に僕が飛び掛る。そしたら、まっすぐ走って。追いつくから」
「それだけ?」
「あと、後ろから悲鳴が聞こえても、振り返らないで逃げる事」
「なんで?」
「逃げ延びられたら、教えてあ」
げる、と言おうとした瞬間、車が停止するのを感じた。いよいよだ。長年着古した上着を脱ぎ、左手に持つ。右手には当然ナイフだ。ジャリジャリと何かを踏みしめる音と、11人のストリートチルドレンと、1人の少女の押し殺した吐息だけが、車内を支配する。カチャリと鍵を開ける音。
ギイと、扉が開きかける。隙間から夕日が差し込み、薄暗い車内になれた目に痛い。アドレナリンが過剰に分泌され、視界はスローモーションだ。どうか、扉を開ける奴が一人でありますように…と祈りつつ、開いていく扉を蹴り飛ばす。
硬いものが金属にぶつかる音。扉の外に倒れてるのは、幸運な事に一人だけ。そいつの顔めがけて上着を投げつける。
「うわあああああああ!!」
「クソ、ガキどもが!」
見事顔面に引っかかってくれた。愛着を持って長年着ていた上着に別れを告げつつ、それを振り払おうとする奴の目があるあたりに、ナイフを突き立てる。
「がああああ!」
手に伝わる、嫌な感触。弾力のある肉に、ナイフの切っ先が潜りこんでいくのが、ありありと伝わってくる。
ほかの連中が檻から脱出して、思い思いの方向へと走っていくのを横目に確認。肝心のミシェルはというと…トラックの扉のあたりでぶるぶると震えていた。
「刺したの!?」
「刺されるよりはいいでしょ!さあ、早く!」
無理やりに手を取り、走り出す。後ろからは、人攫いが待てと叫んでいるが、古今東西待つ奴はいない。
僕とミシェルは、がむしゃらに走った。
-3-
夕日が落ち、すっかり夜だ。
小道を抜け、路地を行ったりきたりして、大通りに出る。朽ちた標識には、駒込とあった。さらわれたのが池袋なので、あのトラックはそこまで長距離の移動をしたわけではないようだ。
「ごめん、カオル、私もう限界」
走っていたのは最初の5分かそこらで、後は延々歩いてだけだが、頭にストリートと付かない類の子供には、辛いようだ。
「ちょっと休もうか」
比較的マシな一軒家の廃屋に入る。このあたりは環太平洋火山帯連続噴火の際、避難がスムーズに行われ、比較的被害が少なかったと聞いた事がある。
そして火山が治まった後は政府の「放棄宣言」により元の住人は戻れず、無人となった後でも貴重品を取りに戻る人は殆どいなかった。そしてごく少数の貴重品を取りに戻った人たちは、それを目当てに入り込んでいた連中により、自宅に近付く事が出来なかったか、行方不明となったそうだ。
そんな無人の家は大体が泥棒やゴミ漁りに侵入され、結果的にセキュリティは破られているが、まあ路上よりは幾分マシだ。
室内に入り、台所や戸棚を漁り、ロウソクとマッチで灯りを付ける。冷蔵庫を開く勇気はないが、非常用とプリントされたミネラルウォーターのペットボトルがあった。消費期限を確かめると、ギリギリ範囲内だ。
「冷えてないけど、無いよりいいよね。取りあえず座ろうか」
「うん」
なるべく埃を立たせないよう、注意しながらソファに腰掛ける。
「さっきも言ったけど、ボクはカオル。池袋のストリートチルドレンだよ」
「ミシェル・デラージュ。パパの仕事の都合で日本に来て、もう10年ぐらい」
仕事の都合、ね。ミシェルのパパとやらが「さらりまん」なら、おそらく大企業だろう。今のご時勢、わざわざ人間が海外出張で10年となると、よほどの大企業以外ありえない。それだけ、通信技術は発達したのだ。
「で、ミシェル。どのあたりまで送っていけばいい?」
万が一遠くを指定された場合、まずは交通費を稼ぐ必要がある。
「えーと、新宿でパパとはぐれて、パパの所に連れていってくれるって人が……」
今時そんな口説き文句で誘拐されるやつがいるか!と突っ込もうと思ったが、経緯を思い出して怖くなったのか、ミシェルが唐突に泣き出した。
「ううう……」
「お、落ちついて…大丈夫、送っていくから。パパのコムリンクに電話したりも出来るし」
この子、実は結構幼いんじゃないだろうか。
「あ、ありが…ヒック」
「今日はもう遅いし、暗いと凄く治安が悪いから、今日はここで一泊しよう。明日の朝、送っていくよ。…ちょっと待っててね」
毛布を探し出し、彼女に渡す。カビ臭さと埃っぽさに顔をしかめるているが、ソファで横になり、目をつぶって数分後には寝息を立て始めた。
色々な事件が重なり、逃避行で体力精神力ともに消耗し尽くしたんだろう。すぐに眠れる少女を、図太いとは思わなかった。
眠っている彼女をおいて、本格的に家捜しを始める。自分のサイズにあう洋服や、武器になるものでもあれば良いなと思いつつ、1時間ほどで目的のものが揃った。
まずは衣服、黒い合成レザーのジャケット。タグを確かめると、ちょっとした防弾処理がされている事で有名なメーカー「ディフェンスフォース」のものだった。本格的な防弾ジャケットではないが、そこらを歩くだけならこれで十分だろう。
さらに安価で有名な縞村のジーンズと、胸に大きく逆五芒星がプリントされたシャツ(どんなセンスだ、正直ヒく)、大きめのナイフがあった。
贅沢を言えば銃が欲しかったけど、実は銃を撃った事がないので、あったとしても脅し程度にしか使えないだろう。
家捜し中、風呂場の蛇口を捻ると水が出た。インフラが途絶して長いはずなので、恐らく地下水くみ上げ、電源は非常電源がまだ生きていたんだろう。
物は試しに、蛇口近くにあるコンソールで水温を40度に設定すると、温かいお湯が出てきた。ツイてるなと思うが、さらわれた事を考えるとまだマイナスの方が大きそうだ。
衛生面が心配なので、少しお湯を出しっぱなしにする。その間に洗面所を探り。口の開いていないボディソープとシャンプー、ハミガキと歯磨き粉まで発見した。
そろそろプラマイゼロかもしれない。我ながら安い人間と呆れるね。
-4-
翌朝。昨日寝るのに使ったソファに腰掛け、備蓄されていた消費期限ギリギリの非常食糧をで食事をし、今日の予定を立てる。
「今日の予定なんだけど、ミシェル。お金か、コムリンクは持ってる?」
コムリンクは、つまり携帯端末の事だ。文明のある場所ならほぼ全ての場所で無線P2Pネットワークに接続し、電話、メール、マトリックス接続、キーボード、ビデオカメラ、PDA、GPS、チップリーダー、財布、その他色々な便利機能がついている。
ちなみに僕のは、カツアゲに捕まって盗られた。……もともと、僕のも死体についてた奴をひっぺがして手に入れた奴だけど。さらに、コムリンクが普及し切ったおかげで、紙幣や貨幣なんてのは生まれてこの方見た事がない。コムリンクがない場合や、口座からのやり取りをしたくない、または出来ない場合は、銀行が発行する「支払い保証済みクレッドスティック(スティック状の記録媒体に、金額が入力され、それと同額の通貨として扱われる。金額は好きに設定可能)」が使われる。
当然、僕にはコムリンクも現金もクレッドスティックもない。出来るとすれば、物々交換で誰かに電話を借りる事くらいだ。
「コムリンク用の眼鏡は取られちゃったけど、コムリンクの本体ならある。でもここ、電波来てない。普通に人が沢山いるところなら、電話出来ると思う」
「じゃあ、池袋まで出ればどうにかなるかな。ここからだと」
銃声。僕の横にあったクッションが爆ぜる。
咄嗟にミシェルに覆いかぶさると、さらに銃声。僕の腕をかすり、またひとつクッションが弾け飛ぶ。
ガーディアンフォースのジャケットを着ていなければ、流血間違いなしだ。着弾の場所からして、恐らく表の道路からの射撃だろう。
「出て来い!クソガキ!昨日の借りを返しに来たぜ!」
貸したまんまで取り立てないから、出来ればそのまま帰って欲しいなあ…
僕の下で震えるミシェルに、簡単な地理を説明して、逃げるべき方向を教える。顔を真っ青にしたミシェルが
「待って、カオルはどうするの?」
「アイツを足止めする。もし出来たら、助けを呼んでくれると嬉しいけど、ここら辺だと警察もいないし、望み薄かな」
こちらの武器はナイフのみ。防具だって心許無い。
昨日、目の辺りを抉ったというのに、今日ピンピンしているという事は、もともと目やそのまわりにサイバーウェアを埋め込み、改造していたんだろう。
サイバーウェア。人間が人間を超える為に生み出した、人体改造技術とそのパーツ群。
人を超えた膂力を得るためのサイバーマッスル。
例え防具なしでも銃弾を受け止める皮下装甲。
反射神経を加速する強化反射神経。
その他、人類が思い描く強化ならほぼ全て実現可能だ。ただし、それを叶えるだけの金が用意出来るのであれば。
僕に出し抜かれる程度のチンピラが、カリッカリに人体改造出来るだけの金を持っているとは思えない。恐らくサイバーアイと皮膚装甲くらいだろう。
それでも、完全に生身で、かつ不意を打てない状態なら、僕にとっては死を覚悟するレベルだ。
「早くしろ!嬲り殺してやる!!」
嬲り殺す、ね……油断してるうちにどうにか出来れば、勝ち目がゼロじゃないかもしれない。どのみち、これを切り抜けなければ、明るい未来どころか明日はおろか、今日すら無い。なら、やるしかない。
「どうして?どうして助けてくれるの?」
半泣きの表情で、ミシェル。さすがにここで『いやー、カネとコネが目当てッスよ』とは言えない。ニッコリ笑って
「ミシェルが大人になったら、教えてあげる」
大人になっていれば、「コイツきったねえ!!」とちゃんと受けとめてくれるだろう。もっとも、ミシェルが大人になる頃に接点があるとは思えず、また五分以上の確率で僕はここで死ぬ気もしてるが。
「さ、行って。なるべく急いで」
「怪我しないでね、すぐ助け呼んでくるから」
彼女はそれだけ言うと、裏口を目指して走り出す。僕も立ち上がり、表へ。ジャケットの内側に吊るしたナイフが、いやに頼りなく感じた。
-5-
太陽の下、10メートルほどの距離をあけて、一体どこの西部劇だ……と自嘲しながら、チンピラと対峙する。
昨日つけてやった傷は額と目元にあった。皮膚がめくれ、額からはクロームの銀色と、目元からはサイバーアイの赤い光が漏れている。
「会いたかったぜ、クソガキ。テメーの顔にもナイフぶち込んで、苦しめてから殺してやる」
「こっちはそうでもないよ。出来れば一生会いたくなかった」
チンピラの右手には銃。中型のオートマチックで、威力もありそうだ。レザージャケットの防弾効果はあまり期待出来そうにない。万が一頭にでも当たれば、即死は間違いない。そうでなくとも、ただのジーンズである下半身に命中すれば、一発貰ったらそれだけで動けなくなるだろう。
「メスガキの服に仕込んでおいた発信機に気付かなかったか?まあバカガキならしょうがねえか」
バカにバカ呼ばわりするとカチンと来る。短気は損気と言うけれど、ここで煽って冷静さを奪うのも手か?
「そのガキをさらうのを失敗して、ブサイクな顔が余計ブサイクになったのは誰だっけ?あ、お前か」
思いっきりバカにした顔で、さらに言葉を重ねる。
「ごめんね、お前の顔、どんなに整形しても手遅れだから…死んでやり直せば?オススメ」
「てめえ!」
何がてめえだ。お前にてめえ呼ばわりされる筋合いはない。チンピラはこめかみに太い血管を浮かべ、完全にキレた表情だ。
「ぶっ殺してやる!」
こちらに銃を向けてるが、手がぶるぶると震えている。これなら、ひょっとしたら最初の一発くらいは外れてくれるかもしれない。
「バァーカ!そんなんだからいつまでもチンピラなんだよ!僕が策もなしに出てくると思ったか!」
チンピラの背後に向かって左手を振り、合図を出すフリ。同時にジャケットの内側に右手を滑り込ませ、ナイフを順手で抜く。
「なんだと!?」
振り返るチンピラ。ここまでアホだと、今後の彼の人生が心配になる。生かして帰すかどうかは流れ次第だけど。
両腕で頭を庇いつつ、姿勢を低くしてチンピラにダッシュ。このまま、相手が体を捻っている所にタックルして、倒せればいいんだけど…
「また引っ掛けやがったなてめえ!」
5メートルほど距離を詰めた所で、バカの一つ覚えのフレーズを繰り返しながら、こちらを振り向くチンピラ。だが、この距離なら一発くらい貰っても
銃声が3回。
一発は僕の頬近くをかすり、一発は左肩を直撃、最後の一発は左足の太ももに着弾した。
「……!……!」
声にならない、僕の悲鳴。くそっ、なんだってこんな目に。歯を食いしばり、無事な右足で踏み切って飛び掛る。右手のナイフで切りつけるようなマネはせず、腰だめに構えて体当たりだ。
「うあああああああ!!!」
ナイフごと体当たりした結果、チンピラが地面に倒れ、その上に僕が乗る形になる。ナイフはチンピラの衣服を貫通し、肉を抉る感触がありありと手に伝える。
手抜きはしない、コイツが殺さなきゃ僕が死ぬ。
「クソガキいいいいいい!」
全体重をかけて、ナイフを柄まで押し込む。ただ「肉」というだけではなく、命を繋ぐための重要器官を、断ち斬っていく手応え。
トドメとばかりに、ナイフで体内をかき回すように、抉る。
「がああああああああああああ!!」
狂ったように両手を振り回すチンピラ。慌てて飛び退こうとすると、ちょうど目の前に奴の銃口があり、そして
「道連れだクソガキ!!」
銃声、激痛、暗転。
-6-
目が覚めると、ベッドに寝かされていた。当然、どこのベッドか判るはずもない。
体に感覚がなく、視界すらぼやける。目の焦点を天井に合わせようとしても、なかなか合わない。
横を見ると、ミシェルと見知らぬエルフ男性、ヒューマン男性の三人が何やら会話していた。
「助かった、のか……」
心の底から安堵する。声が聞こえたのか、ミシェルがこちらに歩いてくるが、彼女の笑みを見て気が抜けたようで、僕はまた気を失った。
二度目に目覚めた時は、前よりも意識もはっきりして、体もある程度動かせた。その代わり、凄まじい痛みが襲ってきたが。
視界内に人はおらず、相変わらずここがどこだか不明だ。状況を把握するべく上半身を起こそうとすると、それだけで脂汗が出る。5分ほどかけて、そろりそろりと上半身を起こすと、丁度そのタイミングで男性が部屋に入ってきた。ミシェル、エルフ男性と一緒に居た男だ。
「目が覚めたか」
「おかげさまで。ここはどこ?あと、お金は無いよ。作るアテが無いわけじゃないけど」
男は苦笑いしつつ、医療費その他もろもろについてはデラージュ氏から全額前払いされてるから大丈夫だ、と保証してくれた。そして、僕が今置かれている状況を語り始めた。
ミシェルとその父親は、飛行機のチケットがギリギリなので、元々住んでいたヨーロッパの方(どこの国かは教えてくれなかった)へと帰った事。
彼女がさらわれたのは、帰国前の最後の休日だったそうだ。
最初は迷子かと思ったそうだが、さらわれる直前に父親にメールを送ったらしく、それで誘拐である事が判明。
新宿の警察に届出ようとするも、手続きだなんだと時間を食い、業を煮やしたデラージュ氏は非常手段を取った。
……シャドウランナーへの依頼。
イミダス2070年版から引用すると、
「シャドウラン(shadowrun)とは、非合法、あるいは少なくとも合法とは断言できないような一連の活動を意味する。どのような理由によるものであれ、高額の報酬と引き換えにハイリスクな依頼を引き受けてこの一連の反合法的活動に従事する者達のことを、シャドウランナー (shadowrunner) と呼ぶ」
となっている。トリッドやシムセンス(完全没入型のヴァーチャルリアリティソフト。俳優の感情まで再現して追体験可能)ではシャドウランナーを主人公にしたものも多い。
え?ランナー?本当に?
「そいつは…大事だね」
ランナーへの依頼料は、彼等の命の金額だと聞いた事がある。企業に使い捨てられる事も多い「存在の否定が可能」な、社会の暗部を象徴する人材こそをシャドウランナーと呼ぶからだ。そんなシャドウランナーへ依頼するには、相応の金が必要である。
「で、暇してた3人のランナーを雇い、一昼夜探したところで、一人必死に走るミシェルを見つけた」
まあその暇な一人だったんだが、と男性が頬を掻きながら説明を続ける。
彼女を落ち着かせ、状況を聞くと一人のストリートチルドレンが体を張って逃がしたらしい。ソイツを助けないと一歩も動かない!とミシェルが主張したそうだ。
その後、僕とあのチンピラが仲良く相打ちになっている場所に駆けつけてくれたらしい。
「いやー、お前、愛されてるね。まるで王子様を見る目だったぜ、ミシェルはよ」
こいつはビッグトラブルの予感。
「で、お前の傷だ」
顔と腕は掠り傷で、肩と太ももの銃創については傷跡を残さずに治療出来るそうだ。だが深刻なのは最後に頭に喰らった銃弾だろう。
「顔に向けて銃を撃たれたな?銃弾による脳への影響はないが、残念な事に左目は完全に失明してる」
むしろ、脳に障害が残らずに済んでラッキーだ。サイバーウェアの発達のおかげで、超高性能な義眼がある程度の金額で買えるので、それほど不自由ではない。
特定の職業になると、生身の目よりも高性能である事を求めて、健康な目をサイバーアイにしてしまうくらいだ。
問題は、僕にサイバーアイを買うような金がない事。
「安心しろ、サイバーアイ代も前払いされてる」
顔に出ていたんだろうか。ポーカーフェイスの練習した方がいいかもしれない。
「さて、ここで提案だ。お前は見ず知らずの女の子のために体を張れる勇気がある。チンピラ相手に立ち回る技術と度胸もある。大怪我をしても、助けが間に合う運がある。足りてないのは、経験と年齢くらいのもんだ。お前……俺の所でランナーになってみねえか?」
何を冗談を、と思いつつ男の顔を観察すると、どうも真剣なようだ。
つまり本気?え?僕が?
ランナー?
トリッドで見た、ランナーを主役とした作品群が脳裏で高速再生される。
一攫千金を果たし、悠々自適の人生を送るランナー。裏社会でVIPとなるランナー。惨めったらしく、路地裏のゴミ捨て場で人生を終えるランナー。
例えどんな結末だろうと、ストリートチルドレンよりはマシに思える。
「なれるものならなりたいけどね、カネも無けりゃコネもないよ、僕」
「コネはこれから作っていきゃいい。カネは、独り立ちしたらローンで返しゃいいさ」
「ローン持ちのシャドウランナーとか、聞いた事ないよ……それにしても、なんで僕を?僕よりも才能ありそうな奴なんてどこにでもいるでしょ」
もう一度言うぞ、と男。
「お前より勇気がある奴はいるだろう。お前よりケンカが上手い奴もいるだろう。だが、運となると話は別だ。死にかけたのに助かり、助けた相手は、今時珍しく義理に報いる事を知ってる金持ち、その愛娘だ」
「……そう聞くと、僕が運しか取り得が無いみたいじゃないか」
バカヤロウ、と笑う男性。
「いくら努力したって身につかないのが運だ、その時点でお前は逸材だよ。で、イエスか、ノーか」
「……よろしくお願いします」
「ある程度の言葉遣いは出来てるんだな」
ニヤニヤしながら、男は言う。
「で、お前さん……なんで男の格好なんかしてるんだ?」
-第一話 終-
カオルくんはカオルちゃんだったのです。
2/20 改行ミスを修正。ご指摘ありがとうございます。