寄り道   作:亜和

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唐突に父と母の離婚を知らされ、一人っ子の冬奈はなぜだかわからないまま母と暮らすことになった。
 夏、引っ越しが終わったアパートの部屋。母は買い物へ行き、冬奈は自分の部屋で昔のことを思い出した。
 冬奈は母に昔虐待されたことがある。そのことを父に話したら、無視された。周りの子の通告で虐待は落ち着いた。しかしその時のトラウマがまだ残っている。


104号室

 台所から、グツグツと鍋の煮る音がした。ハッとして、冬奈は目を覚ました。自分で驚くほど息が荒かった。頭に血が上っているのがわかり、酸欠で重くて、くらくらした。起き上がってみようとしたが、過呼吸がひどくて動こうとすると、とても気持ち悪かった。地獄のような日々は、母が子育て相談室に通い始めてから、吹雪が過ぎ、肌を破るような寒さを家族に残した。そして、窓から生える氷の氷柱が今の私と母なのだろう。

母はもう帰宅していて、夕食の準備をしているようだった。目を閉じて、心臓の音を聞きながら私は暫く上向きで寝ていることにした。「オヤコウコウ」と「リフジン」という言葉は今の私は、「仕方ない」という言葉で片付けることができる。母とこれから暮らすことに対しても、私は楽観的でいる。母が意味わからなく私を叱っても、私は仕方ない、と飲み込んで許せばいい。それに、母のように何かに対して腹を立ち続けているよりも、許してしまった方が断然楽だ、と私は気付いていた。白い天井をみていると心が幾らか落ち着いた。鼓動も呼吸も静かになってきた。横に布団が畳んであったのでドスッと寄りかかった。いつの間にか冷や汗をかいていることに気がついて肌寒くて、少し震えた。部屋の奥を見ると、下から4個、2個、1個と、合計7個の大きな段ボールが積まれていた。多いのは、私の部屋が一番玄関に近いから母がとりあえず運んだのだろう。5畳の部屋にはそれが、とても高い、雪がのった山の様にみえて、私は立ち上がる気力を無くし、脚が冷たい床にスライムのように張り付いた。面倒、と無気力を感じた。

暫く横たわっていると、母の声がした。「冬菜!荷物も片付けないで何横たわっているの!」

「……はい」気分が優れないというと、母に深く追求されるので言えなかった。

「ご飯もう直ぐで出来るから、出来るまで片付けて置いてよ」と言って、母は部屋の奥の押入れの前に積んであるダンボールを指差した。

 はい、と言って私はゆらりと立ち上がった。急にバシッと、後ろから頭を叩かれた。不快に感じながらも母の方を向いた。

「自分の部屋がまだあって、夕飯も作ってもらうんだからもっと嬉しい顔したらどう?」ははっ、と私は苦笑した。まるで独裁者だ。本意でない嬉しい顔をされても彼女は嬉しいのか、それでいいのかと言いたいが余計に怒るだけだろう。私は作った笑顔で会釈した。

「あんたの死んだ顔は人に向けるものじゃないよ。ずっとその顔しててね」と、捨てゼリフを残し、母は台所に戻った。笑顔にしてろと言われると笑いたくなくなる、母のその言葉が私を天の邪鬼にするのだと、空気の中で反論した。

私は再び積み上げられたダンボールと向き合うと、どこからか虚しい、空っぽな感情が湧き出てきた。暫く、ずうっとダンボールの山を棒立ちのまま観た。それから、1つ目の箱をカッターで開けた。中身は洋服だと分かると、同時に母から声が掛かった。「ご飯出来たよー!」「……はーい」

嫌なタイミングだ。母が言うことは正しい、そうわかっているのに。

知ってる家具と知らない家具が混ざった部屋。テーブルとイスがこたつ用の机と座布団に代わった。周囲の壁が圧倒的に近くなり、あぐらをかいた坐高は、天井を高く感じさせた。小さな箱に入れられてる感じだ。違和感の中、私は母といつものように夕飯を食べた。

母はため息をつきながらチラチラと時計を確認している。父は今日はいつ家に帰ってくるだろうか、と思っているのだろうか。

ベランダからは、外で走る車の音があからさまに聞こえた。父が帰ってくるのはもうこの部屋ではないと、新しい家の空間と音が教えた。私はとっさの不安な気持ちを押し隠した。毎月の養育費と母のアルバイト代があればなんとかやっていけるだろう、きっと、そんな考えは子供の特権なのだろうけど。結局、環境が変わっても私には本と日課があればいい。

「はぁ」と母がまた、重いため息をついた。黙って下を向いて煮物を食べる母の顔には青黒いクマと豊齢線。「煮物美味しいね」母の機嫌が悪くなっては困るのでとっさの思い付きで褒めた。母は私を一瞥した後、真顔で「父さんは帰ってくるよ」と言った。

「え?いつ?」

「いつか。いつか、よ」

「どうゆうこと?」

母の眉間にシワが寄った。ジロリと睨んだ目は冷たかった。言い間違えたか?

「そうさせるのよ。嫌じゃない、こんな生活!汚いじゃない!」

母の顔とキンキンする声量に圧倒された。何もわからない私は口を閉じるしか他に方法は思いつかなかった。私はいるべきなの?そんなような疑問がいくつかあったが、母の雷のような形相を見ると喉から落ちた。

「あんたも協力するのよ!父さんとヨリを戻すの!あんたは私たちの子なんだから、離婚したのはあんたの責任でもあるんだからね!他人事みたいな顔しないでね!ね、お願いだから!」

わかった、わかったと私は何度も頷いた。母の声は嵐のようだった。

それから母は付属品の古びたカーテンを黙視して、ずっと上の空だった。母は情緒が不安定だ。二人暮らしになった今、母の顔色を伺ってなるべく争いは避けるように努ようと覚悟した。自分の眉間にシワが寄るのを感じた。あとは2人とも黙々と食べた。

 

夜、毛布にくるまって明日のことを考えた。段ボールの山はもう、山ではなかった。母がどうあれ、私は新しい気持ちだった。青色のカーテンから漏れる夜の街頭で薄暗くなった、慣れない部屋は不安と、何かをしなければ、という衝動を駆りたてた。

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