群像劇って難しい・・・
拙い文章で読みにくいところ、見苦しいところがあるでしょうが、誠心誠意頑張っていきたいと思います。
読んで少しでも楽しんでいただければ幸いです。
それではどうそ。
「あ~疲れた疲れた」
そう言って気だるそうに歩くのは一人の青年だった。
カルデアから支給された白い服装に、眼鏡をかけた短髪の彼は、カルデアの長い無機質な廊下を歩く。
顔を含む全身から滲み出る疲労感を漂わせながら、魔術師にしてマスターである彼、『ユージ』は誰にとも言わずに一人言葉をこぼす。
「もう今年も終わりか。クリスマスのイベントも何とかこなしたし、寝正月を迎えながら泥のように寝るか」
ユージの足は最短ルートでマイルームへと向かっている。疲れているからこそ効率よく、それでいて体力を浪費せずにいたいのだ。何より寝たい。
すっかり見慣れた同じような風景を歩き、何回か角を曲がってユージはマイルームへと行き着いた。
「あぁ~やっと休めるぅ~」
扉に手をかけた瞬間、ふと彼は思った。
「あれ、2016年になったら人間って滅ぶんじゃ……」
近未来観測レンズ・シバによって、2016年には人類が絶滅することが予測され、それを食い止めるために彼らは幾度も戦って来たはずだった。
そう考えてみれば、もう年末となってしまっているこの状況は不味いのではないか――ユージはそう思ってしまった。
途端にユージの体が不安に駆られる。その直後、目の前のマイルームの扉が開かれた。
「うわっ!?」
驚き、思わず後ずさった彼の前に現れたのは――
「やあ! 待ってたよユージ君!」
「Dr.ロマン! 何してるんですか、ここ俺の部屋ですよ!? 不法侵入!?」
何故かユージの部屋に居たのは、やや薄いオレンジ色の髪をポニーテールした明るい雰囲気の優男、『Dr.ロマン』ことロマニ・アーキマンだった。
ロマンは「いやいや」と笑いながら手を軽く振り、ユージを部屋へと招き入れた。元々ユージの部屋なのだが。
サーヴァント達によってクリスマス仕様に模様替えされたマイルームに入ると、ユージはベッドに座る、見慣れた少女の姿を見た。
端正な顔立ちをした、ショートカットの髪に前髪で片目を隠している不思議な雰囲気を纏っていた。彼女の名は『マシュ・キリエライト』。皆からはもっぱらマシュと呼ばれることが多い。
彼女はユージのサーヴァントの一人であり、人間とサーヴァントの融合体のデミ・サーヴァントと呼ばれる稀有な存在である。
ユージにとっては頼れる戦友でもあり、数少ない本当の意味で真っ当な友人である。
「おお、マシュか」
「お疲れ様です先輩。お邪魔しています」
ユージは軽く手を挙げて挨拶をし、それにマシュはベッドから立ち上がって深々と礼をして返した。
一方、ロマンは勝手気ままに手近な椅子を引っ張り出し、臆面なく腰をかけた。そしてにこやかな顔のまま楽しそうに声を弾ませながら言う。
「君を待っていたのは他でもないんだ」
「と言うと?」
「ほら、もう今年も終わりだろう? ユージ君達は人類の未来の為に戦い続けてくれた訳だし、たまには羽目を外すのもいいんじゃないかなって思ってさ!」
「はい?」
「僕たちの、僕たちによる僕たちの為の慰労会を開こうと思ってね! こう言うのを日本では忘年会というんだろう? マシュから聞いたんだよ」
「ええ……」
露骨に困惑するユージだったが、ロマンは何かに気づいたのか「ああ」と言って手をポンと叩いた。
「未来のことなら心配しないでいい。キミやマシュ達の活躍のおかげで、どうやら人類絶滅までの猶予はまだありそうなんだ」
「へぇ、そうなんですか」
どこかホッとしたユージは胸を撫で下ろした。流石に朝起きたら人類終了していましたなど、洒落にもならない。寝正月が永眠になってしまうではないか。
ユージの緊張の糸が解けたことを感じ取ったのか、マシュが安心したように微笑んだ。
「という訳です先輩。さあ、行きましょう! 皆さんが待っています!」
「うわっと。ちょ、ちょっと!」
「僕も行くぞー。いやーホントに楽しみだねぇ!」
そう言うやいなや、マシュはユージの手を取り、グイグイと引っ張っていく。
マシュの目はキラキラと輝いており、その姿はさながら、初めてのことにワクワクする子供のようだった。
普段の大人しいマシュの姿とはまた違ったその姿に、今更付き合えないなどとは言えなくなったユージは、薄く笑いながら呟いた。
「まあ、いいか」
マシュに連れられてユージが来たのは、カルデアにある食堂だった。
元々は多くの職員やマスター候補生が使用するはずだっただけのことはあり、その広さは相当なものである。
そして、その食堂の前でマシュはユージの手を放し、声を弾ませる。
「先輩、どうぞ」
扉を開けるように促すマシュにユージはコクリと頷き、食堂の扉を開いた。
扉を開けた瞬間、まずユージが感じたのは光だった。眩い照明が一瞬だけ目をくらませる。
光に目はすぐに慣れ、続けて彼は食堂の中を見た。
用意された長いテーブルに数多くの料理が所狭しと並んでおり、それを囲む形でユージにとって見慣れた姿のサーヴァント達が立っていた。
「遅いぞマスターよ。料理が冷めてしまったらどうするのだ」
「ヴ、ヴラド公……すすす、すいません」
テーブルの上座に立ち、尊大な口調でユージを鋭く睨み付けるのは、このカルデアの最大戦力であるサーヴァント『ヴラド三世』であった。
闇に溶け込むような黒い貴族服に身を包み、王の威厳と力を体現した立ち居振る舞いは、マスターであるユージに畏怖を与えている。
「ええ、まったくその通りね。この私を待たせるだなんて。貴方、少々弛んでいるのではなくて?」
腕を組みながら、これまた威圧的な口調で話すのは、黒いドレスを纏った長身の美女だった。仮面で顔の上半分を覆い隠す彼女の名は『カーミラ』。ヴラド三世と同じく吸血鬼の一面を持つ英霊である。
「あら、別にいいじゃない。主役もアイドルも遅れてやって来るのがお約束でしょ? ねぇ、マスター?」
「エリザ……ハロウィンはもう終わってるぞ?」
「なっ――! わ、分かってるわよそんなの! ていうか、フォローしてあげたのにこの仕打ちは何よー!」
顔を真っ赤にして怒り散らすのは、ハロウィン風のフリルをふんだんにあしらったドレスを着ている、鮮やかな赤毛の少女――『エリザベート・バートリー』だった。
頭に竜を思わせる――否。本物の竜の角を生やしていることと、尻尾が生えていることさえ除けば、まさしく深窓の令嬢を思わせる美少女である。
キャイキャイと自分の扱いについてユージにまくし立てるエリザに、いい加減ストップがかけられた。
「ええい! やかましいぞ、そこのドラゴン生娘! 俺はタダ酒が飲めると聞いて来たのだ。仕事もサボれるからな! だと言うのに、お前が姦しく喚くせいでいつまで経っても話が進まんじゃないか! 序盤での中だるみは読者をイラつかせるだけだと知れ!」
エリザ以上の早口でまくし立てたのは、水色の髪をした小柄な少年――の姿をしたサーヴァントである。
真名は『ハンス・クリスチャン・アンデルセン』。少年とは思えない大人の声をした、いわゆる『見た目は子供、中身は大人』なサーヴァントである。
「だ、誰が生娘よ! アタシにだってそういう経験ぐらい……って! 何言わせる気よ! この変態作家!!」
ムキになって否定する方が却って嘘くさいのだが、エリザはそんなことに気が付かない。というより、耳まで真っ赤になっていて、恥ずかしさと混乱が入混じって訳が分からなくなっているようだ。
「失敬な、誰が変態だ! 俺は倒錯的な趣味など持ち合わせてはいない。ましてや拷問マニアのまな板娘に発情するような趣味はな! だが安心するがいい。どんなマニアックな属性持ちであっても、それが良いと言ってくれる物好きはいるだろう。マスターみたいにな!」
「おおい! さりげなく俺を変態にするな!」
アンデルセンが切れ気味に言い返す中、さらりと巻き込まれたユージが抗議の声を挙げた。心なしか、マシュが遠くなっているような気がした。
「何だ、違うのか?」
「アタランテお前ぇ!」
翠緑の衣服を着た野性味と気品を併せ持った、獣耳の少女が真顔で言う。彼女は『アタランテ』という名前のサーヴァントである。彼女も忘年会に呼ばれたのだろうが、ユージにとっては少し意外だった。
こんな俗物的な催しに、高潔な狩人のアタランテが参加するとは思っていなかったのだ。
「冗談だ。許せ。日頃マスターには世話になっているのでな、今日くらいは礼をさせてもらおうと思ってな」
「……めっちゃいい人じゃん……」
癖が強すぎる主力メンバーの中で、マシュ以外にまだ真っ当に接してくれるアタランテに、ユージは素直に涙ぐみながら嬉しがった。
やいのやいのとカオスを極めつつある食堂で、牛若丸と清姫はおどおどして何をしてよいか分からずに視線を右往左往させ、ナーサリーライムはそんなカオスを手を叩いて楽しんでいた。
だが、このままではいつまでたっても忘年会が始まらない。流石にマシュとロマンが、いい加減仲介しなければと一歩歩み出た時だった。
「静粛にせよ」
それはまさしく、王の一喝であった。厳かにして不遜。ただの一声で人々に己の力を知らしめる、圧倒的なカリスマと覇気であった。
エリザを始めとして起こった、あれだけの喧騒がヴラド公の声と共にピタリと止んだ。
「余興は良い。だが、それも度が過ぎれば下らぬ茶番と成り下がる――エリザよ」
「は、はいっ! ヴラドおじさま!」
突然名を呼ばれたエリザは、思わず背筋を伸ばして気を付けの姿勢をとっていた。リンゴのように真っ赤だった顔も、今では血の気が無いほどに真っ青になっていた。
「祭りを前に盛り上がるのは良いことである。若く瑞々しいお前ならではの愚直さはこういった場では必要だ。しかし……今は抑えよ。これは命令である」
永い時を経た岩石のように低い声でヴラド公はそう言った。そこにエリザに対する怒りなどは無く、ただひたすらに彼女を厳正に律しているに過ぎない。
エリザはヴラド公の言葉にコクコクと連続で頷き、自分の口を自分の手で塞いだ。傍から見れば変な格好だが、エリザ本人は至って真剣であった。
ヴラド公はその後小さく息を吐き、両腕を広げて皆に響く声をあげ、すっかり静まり返った場の雰囲気を改めた。
「さあ、皆の衆。マスターも来たことだ、そろそろ我らの慰労会――忘年会を始めようぞ」
そう言うと、ヴラド公は笑みを浮かべながらグラスを手に取り、上へと掲げた。ユージ達も彼に続いてそれぞれが、飲み物が揺れるグラスを掲げた。
「お前達の勤勉なる働きに、惜しみなき感謝を送ろう――乾杯」
「乾杯!」
全員が声を合わせて乾杯を挙げ、各々が好きな席へと腰かける。
そして、先程までの静寂が嘘のように、皆が好きなことを好きなだけ喋り、好きな料理を口に運び始める。
その様子に何ら陰りや隔たりは存在せず、英雄としての責務や主従のしがらみはひと時だけ肩から降ろし、身も心も軽くして会話に花を咲かせていた。
「マスターよ、余とお前は対等だ。特別に余の右方の席に着くことを許そう」
「ああ、どうもありがとうございます……」
にこやかにヴラド公に席を勧められたユージだが、内心ではこう思っていた。
(隣がヴラド公とか怖すぎんだろぉぉぉぉ!? 下手なことしたら杭が飛んでくるじゃあねぇかぁぁぁぁぁ!!)
手がまるで真冬の中に晒されたようにガチガチと震えながらも、ユージはオレンジジュースを何とか口に含んだ。しかし味はろくに分からない。
そんなユージの隠れた心労を知ってか知らずか、ユージの隣から艶めかしい女性の声がかけられた。
「あらマスターどうしたの? まるで子鹿みたいに震えて。このカーミラが隣に座ることがそんなに光栄なのかしら?」
ユージから見て右隣に座ったカーミラは盛大な勘違いをしながら言った。
上機嫌な笑みを浮かべ、赤い液体が漂うグラスを優雅に傾けるカーミラの姿は、まさに貴族と呼ぶにふさわしい気品を持っていた。
しかし、ユージからすれば左右を吸血鬼コンビに挟まれた状況であり、逃げ場も無ければ救いも無い。どちらかの機嫌を損ねれば、一直線にバッドエンド逝きだろう。
「い、いやぁ。まあ、うん。そうかな?」
冷や汗が滝みたいに流れる中、ユージは動揺しながらも答えた。動揺のあまり、目が泳ぎすぎてバタフライしているほどにだ。
一方のカーミラは、そんなユージの動揺を見逃さない。途端に冷たい目を彼に向けてグラスをテーブルに置いた。
「……マスター」
「な、何だよ」
流石に不味いかと思い始め、全霊の謝罪を構えるユージ。
「……そんなに緊張しなくてもいいのよ?」
「え?」
冷たい目を途端に緩ませながらのカーミラの言葉に、肩透かしをくらったユージは思わず疑問の言葉が出てしまった。
カーミラは真っ白な頬にほのかに赤い色を浮かべ、困ったように手を当てて続けた。
「だって私と貴方の仲じゃない。何を今更遠慮する必要があるというのかしら」
いやんいやんと身をよじらせる乙女チックなカーミラに、ユージは可哀想なものを見る目で息を漏らした。
(ああ、これはエリザと同一人物だわな。だって根っこが同じだもん)
酔ったカーミラの脳内花畑な一面を垣間見たユージは、とりあえずそっとしておこうと目の前の料理に手をつけることにした。
長いテーブルに和洋中様々な国の料理が並ぶ様は壮観なものがある。その中からユージが手に取ったのは、黄金色に焼かれた大きなチキンであった。
「うん! こりゃあ美味い! 皮がパリパリでしかも肉汁が溢れるっ!」
料理の素人であるユージでも分かるほどに、そのチキンは美味であった。噛めば噛むほどに鶏の肉の味と塩味が口の中に広がってくる。
料理に舌鼓を打つユージ。そのせいで自身の背後から迫り来る影に気付かなかった。
「ま・す・た・ぁ」
「――っ!?」
耳元に囁かれる愛らしい声と同時に、背筋を絶対零度の如き悪寒が走る。
この這い寄って来るような愛情たっぷりの少女声は――ユージは軋む歯車のようにぎこちなく振り返った。
振り返ってすぐの所に立っていたのは、浅黄色の着物を着た清楚そうな少女に見えた。長く流麗な薄緑色の髪の間からは、エリザほど禍々しくはないが、竜の角が生えている。
「いきなり耳元で喋ったらびっくりするだろ、清姫」
清姫と呼ばれた着物姿の少女は僅かに頬を染めて言う。
「申し訳ありませんでした、マスター。でも、真心を込めてお作りした料理を褒めていただけて、わたくし嬉しくて」
気恥ずかし気に口元を扇子で隠しながら言う清姫に、ユージは食べているチキンに目線を落として関心の声を出す。
「へぇ、これお前が作ったのか。流石の家事スキルだな。美味くできてるよ」
素直な賞賛をユージは清姫に送った。
すると、ますます清姫は頬を赤く染めた。ここだけ切り取れば奥ゆかしい大和撫子な美少女で終わるのだが。
「そこまで褒めていただけるなんて……これはもう婚約したと言っても過言ではありませんね。いえ、むしろもうしていますね」
「はい?」
「不束者ですが、よろしくお願いいたしますね。
清姫はさらりととんでもない爆弾を投下した。最早核弾頭レベルのものをだ。
彼女はバーサーカーのクラスで顕現したサーヴァントなのだ。彼女に真っ当な受け答えや言葉を期待してはいけない。
むしろ、下手なバーサーカーよりも清姫の方が違った意味で狂っている。ユージはそれを失念してしまっていた。
清姫の爆弾発言に固まるユージと空気。傲岸不遜なヴラド公ですら食事の手を止め、静止している。
(いや、そのりくつは、おかしい)
内心ではそう思っても、声に出せないユージだった。何故なら、今の清姫の表情があまりにも幸せそうでありながら、有無を言わせない圧力を放っていたからである。
忘年会で崖っぷちに立たされたユージは両手を合わせ、全身全霊で神に祈った。
(誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!)
奇跡を信じる彼の願いが天に届いたのか、凍った空気に一石を投じる怒声が響いた。
「ちょっとちょっと!! 何バカみたいなこと言ってんのよアナタッ! 妄想こじらせるのも大概にしなさいよね!?」
「うおおおお、エリザぁぁぁ!」
清姫の言葉を妄想と切り捨て、意図せずしてユージを救ったのはエリザであった。エリザは目尻を吊り上げ、怒りの色を露わにして続ける。
「それはアタシの
「誰がストーキング蛇ですか!! 言うなら、秘めたる淡き愛の殉教者と言ってくださいなっ!」
何処かズレた論点でエリザと清姫二人の論争が始まった。間に挟まれているのは無論ユージである。
清姫がユージの右肩を掴み、エリザが左肩を掴んでユージを取り合っている。巻き込まれた彼からすればたまったものではなく、目が虚空に散ったように死んでいた。
「……何か、あの二人のマスターの意味合いが違ってるように思えるんだけど?」
離れた安全圏でロマンが言うと、マシュは嘆息を吐いて答えた。
「非常に残念ですがドクター。その通りだと思います」
「やっぱり?」
「先輩も大変ですね……来年も大丈夫なんでしょうか」
「うーん。少なくとも命までは取られないとは思うんだけどなぁ。まあ、保証はできないし、確証も無いけどね!」
「ドクターは黙ってシャンパンを1ガロンほど飲んでてください」
「それ死んじゃうよ!? 3.8リットルは人間的にきついって! 急性アルコール中毒になっちゃうよ!!」
清姫とエリザの二人がユージを取り合っていると、彼の隣に座っていたカーミラがわなわなと肩を震わせ、とうとう席を立ち上がった。
仮面越しでも分かるほどに怒りを湛えながら、カーミラは二人の間に割って入った。
「ちょっとっ! さっきから聞いていれば何を言っているかしら貴方達!」
「カーミラ……」
悟りの境地を開こうとしていたユージの死んだ目に光が戻る。カーミラならばこの状況から自分を救ってくれる――そう思っていた。
カーミラはユージの後ろへと回り込むと、彼の胴に腕を回して威風堂々と高らかに言い放つ。
「彼は私の
(あー駄目だったかー)
希望が潰えたユージの目からまた光が消えた。このまま涅槃に赴きそうな勢いで彼の精神が昇天していくのが誰の目にも分かる。
ユージが三方向からサーヴァントの力で引っ張られつつある中、その様子をじっと観察していたサーヴァントが一人居た。
「はははっ! 流石はマスターだ。両手に花ならぬ、全身に茨とでも言うべきか? いやはやまったくもって羨ましくないな! 人外に好かれる呪いにでもかかっているとさえ思えるほどにモテモテじゃないか」
ユージと向かい合う席に座り、手を叩いて笑っていたのはアンデルセンであった。ニヒルな笑みを浮かべ、ユージを取り合う三人娘の状況を粛々と観察していたのだ。
「恋愛小説など俺の人生経験からして見れば吐き気がするが、これほど面白いネタを提供してくれたんだ、一筆書いてみるのも一興だな。まあ完成は未定だがな」
素っ気なく言うと、アンデルセンは自分のグラスにワインを並々注ぎ、一息に飲み干した。
恰幅よく酒をあおるアンデルセンだが、サーヴァントとしての彼は子供の姿で顕現している。故に、絵面だけで見ればどう考えても子供の教育的にアウトである。
恐らくアンデルセン本人もそれは分かっているだろう。だが、分かっているからといって止めるつもりなどさらさら無い。
「じー」
仕事をクビになった中年サラリーマンのように酒を飲むアンデルセン。ほのかに酔いが回り、顔が赤くなりつつある彼の顔をじっと見つめる幼い少女が一人居た。
「ん? 誰かと思えば、
『ナーサリーライム』。黒い可憐なドレスを着た、人形のように愛らしく幼い少女に見える彼女の真名がそれである。
本来ならば生命ですらない、文字そのもののサーヴァント。
子供達の為に生まれ、子供達によって形作られた、夢の物語。
それが彼女――ナーサリーライムという存在である。
「むぅー。アナタって意地悪ね! そんなんじゃないわ!」
ナーサリーライムは、アンデルセンの嫌味たらしい言葉にぷくーと頬を膨らませて子供らしい怒りを露わにした。
「今日こそはアナタに聞きたいことがあって来たの。とっても重要で大切なことよ」
「ほう、何だ? 言ってみろ。今の俺は機嫌が良い。大抵のことは鼻で笑って答えてやる」
そう言うと、ナーサリーライムは指を一本立てる。すると、彼女の指先からクラッカーのような音と同時に、一冊の本が召喚された。
彼女の魔術によるものだろうか、呼び出された本は重力を無視してフワフワと浮いている。
その本のタイトルは『人魚姫』と書かれていた。途端に、先ほどまで上機嫌だったアンデルセンの表情が険しくなる。
「……お前が何をしようとしているのか、何を言いたいのか、それを見ただけで予想が立ったぞ。いいや、正確には立ってしまったというべきだな」
アンデルセンは手に持っていたグラスを置き、椅子の向きを変えてナーサリーライムと向き合った。
その顔には僅かな嫌悪と多くの倦怠感、そして期待が入り混じった複雑な表情が浮かんでいた。足を組んで頬杖を突き、彼は
一方のナーサリーライムは、形のいい眉を歪めたまま人魚姫の本をアンデルセンにズイッと突き出して言った。
「どうして人魚姫はこんな結末なの!? これじゃ、お姫様があまりにも可哀そうよ!」
彼女が言うには、『人魚姫は王子様と結ばれるために大切な声まで失くして人間になったのに、結局王子様は人魚姫の愛に応えることなく、悲恋のままに終わったことが気に入らない』とのことだった。
「ふんっ、何を言うかと思えば。やはり俺の予想通りだ。どんな作品を書こうと俺の勝手だろうに。感情移入も大概にしておけ」
「でも、こんなの悲劇的過ぎるわ。綺麗な愛に生きた人魚姫が幸せになることは間違いなんかじゃないでしょ?」
ナーサリーライムの言葉をアンデルセンはやはり鼻で笑うと、頬杖をやめ、ナーサリーライムを指差して言い返した。
「何を言う。意味のない喜劇よりも、価値ある悲劇だ。ご都合主義など片腹痛い。人間という存在を書く以上、どうしたって悲劇は起こるものだ」
アンデルセンは厭世家である。彼自身は生前に何一つ望んだ物を手にすることが出来ず、絶望のままに本を書き続けたのだ。
「ならば、その悲劇に意味を与えよう。犠牲には使命を、運命には試練を、終幕には茨で飾った美麗な幕を下ろしてやる」
暗い瞳を向け、アンデルセンは口元に笑みを浮かべながらそう言った。彼のその姿には、退廃的な雰囲気が感じ取れる。
希望も無く、夢も無く、ただ世界が暗く淀んだ物である――彼の瞳はそう語っている。
だが、そうは思わない者が居る。
「違うわ。犠牲には手向けを、運命には祝福を、終わりには笑顔で繋がったみんなの幸せが必要よ! 物語は誰かのために、そして登場人物のためにあるのよ!」
ナーサリーライムはそう言った。物語そのものであり、子供達の光として在り続けた彼女にとって、世界とは美しい物だと信じているのだ。
(――なるほど。そう来たか)
彼女の大きな瞳には希望の光が満ちている。この世全てには救いがあり、誰もが夢見るハッピーエンドがあると信じている瞳だ。
アンデルセンは彼女の瞳を直視出来なかった。
あの光は、自分には眩し過ぎる――アンデルセンは小さく笑って俯いた。
「ほとほと、お前のハッピーエンド至上主義には呆れを通り越して感心する。いや、だからこその
誰かのための物語など、考えたこともなかった。
「アンデルセン?」
俯いたアンデルセンを心配するナーサリーライムが彼に近寄ろうとした。
「ナーサリーライム」
しかし彼はそれを手で制すると、顔を上げ、またニヒルな表情を浮かべた。
「お前は、誰かのために在り続ける物語だ。お前を望み、読み続けてくれる読者がいる限り、お前には価値がある。今ではないいつかで、ここではないどこかで、お前という物語は続いていくだろう」
しかし、と彼は続ける。
「俺にはそんなものはない。俺の物語を待ち望んでくれる物好きなど居るわけがない。ならば、俺が誰かのために物語を書くまでだ。俺が誰かの無二になるんじゃなく、誰かを俺の無二にする。自給自足の自家発電という訳だ」
自虐ともとれるアンデルセンの言葉に、ナーサリーライムはひどく悲しそうな表情で彼を憐んだ。
「アナタ、悲しい人ね。アナタは人を、愛を信じていないのね」
「ふん。愛も恋も人間の欠陥に過ぎん。だが、それらが無ければ、人間は獣と同じだ。俺は獣になどなるつもりは毛頭無いのでな」
アンデルセンがそう言ったのを聞いた時、ナーサリーライムは一瞬呆気にとられたように目を丸くした。
そして、小さく笑って優しい顔を彼に向けた。
アンデルセンは決して悪人ではない。ただひたすらに捻くれ、人間嫌いで、読者に対して真摯なだけである。
「うふふ。素直じゃない人ね。でも、それはそれとして。人魚姫はどうしてこんな意地悪な結末にしたのか、まだ聞いてないわ」
「ちっ、覚えていたか。目ざとい奴め。いい姑になれるぞ」
舌打ち混じりにアンデルセンは皮肉を言う。どうやら本心半分に、人魚姫を書いた理由をうやむやにしようとしていたらしい。
「ぶぅぅぅ!」
ナーサリーライムは最初の時よりもっと大きく頬を膨らませて怒り、ズイズイと距離を詰めて詰め寄る。
それにアンデルセンは辟易した様子の顔で、近寄る彼女をグイッと引き剥がす。そして嘆息を吐き、また舌打ちをして言う。
「分かった分かった、答えてやる。……正直、あれはやりすぎたと思っている。沸き立つジンマシンを堪えながら、リア充爆発しろ! と叫ぶのを堪えて書いたからな」
目を逸らしながら言うアンデルセン。あれ程の悲劇を書いた理由が、リア充爆発しろなど、ナーサリーライムにとって到底許容出来るものではない。
「……やっぱり、アナタ嫌な人ね! ちょっとでもいい人かもって思ったアタシがバカだった!」
頭からプンプンと湯気でも出そうなほどに怒るナーサリーライムに、アンデルセンも眉をひそめて声を荒げた。
「何だと!? 勝手に期待しておいて、勝手に文句を垂れるか! 性質の悪い批評家もどきかお前は!」
「いーっだ! アンデルセンの意地悪! 性悪嫌味のサボリ魔作家ー!」
「口の減らないガキめ。しかも全部当たっているのがなお腹立たしい!」
子供のように喧嘩を始めた二人の様子を笑って見ているユージ達。
彼らは、互いに「非合法ロリ」だの「だらだらおじさん」などと、程度の低い言葉同士でバカにしあっていた。
「こりゃいい。流石のアンデルセンも子供にはたじたじか」
三人娘の万力地獄から逃げ出せたユージがジュースを飲みながら笑う。
マシュの決死の働きによって、カーミラとエリザは大人しくなり、清姫は説得(物理)で大人しくさせた。
「マシュのおかげで三途の川を渡らずにすんだよ。ありがとさん」
「いえ、そんな。礼には及びませんよ」
涼しい顔で語るマシュだが、髪はギャグみたいなアフロヘアーになり、服も所々焦げている。よほど激しい説得だったのだろう。
「いや、本当に助かったよ。何かお礼をしたいぐらいさ。何せ命の恩人だからな」
「そ、そんな! 先輩からお礼だなんて……私にはもったいないぐらいです!」
いつの間にか髪が直ったマシュは、ユージからのお礼という言葉に顔を赤らめて目を伏せている。
マシュの内心では飛び上がりそうなほどに嬉しいが、好意を表に出すことに慣れておらず、次いで恥ずかしいのだ。
それを察したエリザは、「はは~ん」と小悪魔的な表情で横槍を入れる。
「ねえマスター。さっきは悪かったわね」
「お、おう。いきなり改まってどうした」
エリザは艶めかしく指を自分の唇に這わせると、蕩けた熱い視線をユージに送っている。誘惑しているつもりなのだろう。声も猫撫で声になっていた。
「お詫びと言ってはなんだけどぉ。今夜はアタシとヒートでロックな血祭りパーティしなぁい?」
ユージに寄りかかり、彼の胸に指を這わせるエリザ。健全な青少年の育成に悪いその光景を見た時、マシュの羞恥ゲージが振り切れた。
「だ、駄目ですっ! 断固として阻止します! シールダーの名に懸けてでも、先輩の貞操は守ります!!」
「いや、マシュお前何言ってんの!? オーバーヒートか! キャパシティオーバーだな!? 誰かマシュに氷を持ってこぉぉい!」
顔を真っ赤にして混乱するマシュが盾を振り上げるのをユージが抑え込み、説得(物理)が再び始まった。
原因となったエリザは、いつの間にかその場を離れてけらけらとその様子を笑って見ていた。
「あっはははは!! いいわ、とってもいいわ。ああいう初心な娘はちょっとつついただけで面白いくらいムキになるんだから」
ひとしきり笑った後、エリザは喉の渇きを癒そうとかぼちゃジュース(自作)に手を伸ばした
「あー笑い過ぎて喉が渇いたわ。喉はアイドルの命なんだから、大事にしないとね――ぶるぁ!?」
エリザがジュースを一口喉に入れたその瞬間、彼女の頭に突然の衝撃が襲いかかった。
頭頂部から帽子ごと踏みつけられたような衝撃――実際、エリザは踏みつけられたのだ。
その所為で、エリザは飲んでいたかぼちゃジュースを盛大に吹き出し、さらに気管にまで入り込んで滅茶苦茶むせた。
「げっほげっほ! ヴぇっへぇ!! うぇっほん!! だ、誰よアタシを踏み台にしたのはぁ!?」
目深になった帽子を直しながら、涙目でエリザは怒声を張り上げた。
広い食堂を縦横無尽に駆け回る影が二つあった。その人物こそ、エリザの頭を踏みつけた犯人だ。
片方は、翠緑の衣服を着た獣耳の少女――アタランテ。彼女を追うもう一つの影は、異常なほど露出度が高い和装の少女――『牛若丸』である。
逃げるアタランテを牛若丸が追いかける形となっており、互いに優れた健脚で壁や天井を跳ね回っている。
「お待ちなさい! それは主殿の為にとっておいた猪肉ですっ! 返してくださいっ!!」
牛若丸はマスターであるユージの為に。レイシフトしたついでに猪を狩っていたのだ。新鮮な内に捌いた新鮮な肉をマスターに届けるという、彼女の主思いが成せる業だろう。
それを焼いた肉は、今現在アタランテの口の中と手の皿に盛られてある。アタランテは肉を食べながら反論する。
「ふぁふぁいふぉのふぁちだ」(早い者勝ちだ)
「食べながら言わないでください! いくら天才の私でも解読出来ませんから!」
ある程度宙を飛び回った二人は、シュタッと着地し、互いに睨み合う。牛若丸は肉を取り戻すためならば、宝具の使用さえ辞さない考えでいる。
「この肉を獲りたいならば全力で来い、極東の天才児よ。アルカディアの峻険なる山々さえ越える我が俊足、ついて来られるか!」
口に含んだ肉を飲み込み、アタランテが吠える。いかなる英雄であろうとも、自分の脚力は誰にも劣ることはないと豪語し、それを身を以って証明せんとする。肉を片手に。
「……よろしいでしょう。ならば! アタランテ殿よ。我が鬼一が兵法、それにより織り成される縦横無尽の八艘跳――お見せしましょう!」
対する牛若丸も身を屈め、腰に差す刀に手をかける。相手は英雄の中でも最高峰の速さを誇る、ギリシャ最高の狩人である。
しかし、それでも牛若丸は恐れることはない。恐れなどどいう感情など、始めから持ち合わせてなどいない。
あるのはただ二つ。主君への忠義と奉公のみ。ただひたすらに、マスターに新鮮な肉を届け、目一杯褒めてもらうために――
「――参るっ!!」
「――来いっ!!」
弾丸のように一気に加速する牛若丸と、風の如き速さでその場から駆け出すアタランテ。地面から椅子へ。椅子から壁へ。壁から天井へと飛翔しては跳躍し、それぞれの残像を残す。
その速度は加速度的に上昇し続け、最早常人では目で追うことさえ不可能なほどである。
今この場に、肉のために全力で追いかけっこをする英霊が二人居る。ということになるのだが、彼女達の仁義なき戦いを見る者も止める者も居ない。
忘年会に参加するサーヴァント各々が好き勝手に暴れ回る中、ユージは最も頼りにしているサーヴァントと向き合っていた。
仕立ての良い黒衣を身に纏った男――ヴラド公は、他のサーヴァントと違い、優雅な手つきで料理を食べている。その様子は、彼が高貴な生まれであるということを如実に表していた。
「今宵は騒がしいな」
厳かな声でそう言ったヴラド公は、静かにナイフとフォークを置き、血のように赤いワインに手を伸ばす。
騒がしいと言いながらも、ヴラド公の顔には嫌悪や怒りといった感情は浮かんでいない。むしろ、どこか楽しんでいる節さえ見受けられる。
「ヴラド公、あんたには長い間世話になりました」
ユージは椅子に座ったまま、改まった口調で頭を下げた。
自分がマスターとして戦い始めた頃から最前線で戦い続けてくれたヴラド公に、感謝の気持ちもあれば尊敬の念もある。
ヴラド公はそんなユージの感謝の言葉に「ふむ」と頷くと、グラスを置き、指組んで答えた。
「そう改まるな。余が好きでお前の召喚に応えたまでのこと。それにだ」
彼は頭を上げるようにユージに促すと、乾いた笑みをユージへと向けて声を弾ませた。
「お前が望むのであるのならば、余の忌まわしき吸血鬼の力を振るうこともやぶさかではない。臣下の望みに応えるのは、王として至極当然のことであろう?」
「ヴラド公……ありがとうございます! 俺、もっとあんたの……皆の役に立てるマスターになれるように頑張りますっ!」
尊敬する王に心からの言葉を賜ったユージの目には、感激のあまりに涙が僅かに浮かんでいた。
ユージにとって、信頼を向けられることほどに嬉しいことはないだろう。ヴラド公は涙ぐむユージに静かに頷くと、スッと右手を差し出した。
「年月は過ぎようと、お前は余のマスターだ。これからもよろしく頼むぞ」
そう言うヴラド公は優しく微笑んでいた。それは威厳ある王の不遜な笑みではなく、一人の人間として、信じる者に向ける暖かな微笑みであった。
「……はい!」
ユージは力強く頷くと、ヴラド公の手を握り返した。その手は強く固く、二人の絆を象徴するかのようだった。
いつの間にか、体の疲れもどこかに吹き飛んでいた。
「先輩、嬉しそうで良かったです」
忘年会の喧騒の中、マシュは呟いた。
元々はユージのためにマシュが言い始め、ロマンが広げ、後はなし崩し的に始まったこの忘年会。
最も長くユージと戦い続けてきたからこそ、彼に助けられたことも多かった。その恩をほんの少しでも返せるようにと、自分なりに考えた恩返しのつもりだった。
最初は、疲れていそうなユージを見て心配であったが、今の彼の晴れ渡った表情を見ればそれが杞憂であったことをマシュは悟った。
「あら、マシュ。そんな所で何をしているのかしら?」
「カーミラさん」
しばし物思いにふけていたマシュの所にやって来たのは、カーミラだった。カーミラはテーブルの端に立つマシュを少し見やると、彼女の隣に立った。
「彼の下へ行ってあげたらどうかしら? こんな隅でくすぶっていては、女が廃るわよ」
マシュにユージの所に行くように薦めるカーミラ。それにマシュは一瞬だけユージの方を見てカーミラに問いかけた。
「私なんかが行ってよいのでしょうか……? 正直に言って、私には世間話や面白い話などとても……」
自信無さ気に目を伏せるマシュに、カーミラの口から小さな含み笑いが漏れた。
「うふふっ」
やがてその笑いは高笑いになり、マシュを困惑させた。
「え? あの、カーミラさん?」
ひとしきり笑った後、カーミラは咳払いを一度してマシュを見下ろして言う。
「貴方、何か勘違いしていないかしら? マスターと顔を合わせて話をするのに、理由なんている?」
「それは……確かにそうかもしれませんが」
「ならいいじゃない。いいのよ、それで。ただ声を聞かせてあげればそれだけでいいのよ。理由なんて後付けで構わないし、会話の内容なんて考えるだけ無駄よ」
カーミラはマシュの頭に手を置くと、彼女の髪をすくようにして撫でた。そして撫でる手と同じように優しい顔で続けた。
「行きなさいな。マスターも貴方と話をしたがっているかもしれないわよ?」
「カーミラさん……ありがとうございます!」
カーミラの言葉に背中を押されたマシュは、礼を述べるとすぐにユージの所へと向かった。そうただ、彼のために。
走り去るマシュの背中を見送ったカーミラは、再びグラスを手に取り、少しだけ回す。グラスの中で波打つ酒の調べがカーミラの瞳に映る。
「ふふふ。可愛いわねぇ、本当に」
先ほどのマシュの礼を言って来た時の表情を何度も反復する。感謝と光に満ちた、年相応の少女の笑顔だった。
まさか吸血鬼たる自分に、あんな笑顔を向けてくる者が居るとは――カーミラは小さく笑うと、グラスを傾けて酒に口をつけた。
「この宴も今宵限り。だからこそ美しく、耽美なものなのでしょう」
忘年会は続く。夜が明けるまで。
それぞれの思いをひけらかし、心を伝え、手を取り合った。
さらなる絆を得た彼らに、敵などあるものか――
ここまで閲覧いただきありがとうございます。
ハーメルンでの投稿は初めてだったので、至らぬ点も数々あるだろうと思います。しかしそれでも、ここまで読んでいただけただけでも私としては嬉しい限りです。
駄文失礼しました。
補足説明。
・お前は、誰かのために在り続ける物語だ~ ……ナーサリーライムの宝具は『誰かの為の物語』(ナーサリー・ライム)という名前です。
・俺が誰かのために物語を書くまでだ~ ……アンデルセンの宝具は『貴方のための物語』(メルヒェン・マイネスレーベンス)という名前です。