「では、練習をしましょう」
目の前の野球やる気満々のタコがいつも通りの余裕面言った
時期は梅雨明け、この季節に学校は一つ行事を開催する
球技大会
男子は野球、女子はバスケに別れ他クラスと勝負するという何処にもありそうな行事だが、学校が学校なだけに特別な勝負が存在する
E組VS各部活である
当然の如く理事長の嫌がらせのようなものだ
全部終わった後にやり始め、負けた人達は無様に負ける様を見て綺麗に忘れられ、更にE組に落ちればああなるという見せしめにもなる、まさしく一石二鳥、あの人にも困ったものだ
さて、本題に入ろうと思う
普通なら負けるこの勝負、E組にとってはやる意味さえ正直見当たらないが、この中に1人、闘志を燃やす少年がいた
まあ杉野なんだけど、勝ちたいという気持ちに応えた先生が俺たちに指導してくれるそうだ
杉野以外は殆どが素人、俺に関してはルールも然程知らない
だが皆んな決して諦めてはいない、逆に楽しそうまである
「では今から先生が球を投げますので、じゃんじゃん打ってください」
ユニフォームを着てやる気満々の殺せんせーの最初の相手はE組野球筆頭杉野だ
彼は暗殺にも野球を用いているあたり相当情熱を注いでいる事だろう、我らがエースである
分身殺せんせーと生徒たちが見守る中、殺投手が構えた
左触手を上げ、思いっきり投げた! って速!?
顔がガチだあのタコ、何km出てるんだろ
しかも杉野なんか顔赤いぞ、なんで?
「どうしたの杉野」
「聞かないでくれ……」
何だろうか、羞恥心のような物を感じる
その後に続く仲間達もなぜか顔を赤くして帰ってくる
なんで? 殺せんせーは一体何をしているんだ?
「こ、殺せんせー、それ何km出てるんですか?」
「ざっと300km位です」
「「「300!?」」」
300kmって言ったらプロの約2倍ぐらい? 流石人外生物、伊達にマッハ20ではない
さて、次は俺の番か
バットを手に、バッターボックスの上に立つ
殺せんせーはそれを確認し、投げるために左触手を上げる
甘いですよ殺せんせー、300km位ならまだ見切れます
先制点は、俺が貰う
殺投手が球を投げた
いける、俺はバットを思いっきり……
「神崎さんとベンチでお昼寝、気持ちよさそうでしたね」
「!?」
思わぬ呟きに思いっきり空振ってしまった
……なんで知ってるの?
「なんで知ってるんですか!?」
「廃棄スポットの近くだと自然と見つかります」
「いやいやいや、あの時何処かに行ってたじゃないですか!」
「少し用を思い出しまして、写真もあります」
「!?」
「今の所現像しているのは2枚、どうします?」
に、二枚?
もし仮にその写真がクラスの誰かに行き渡った途端、俺は終わるのじゃないか
特に杉野辺りには本当に何されるか分かったもんじゃない
つまりここで俺が取れる最大の行動は……
「……貰います」
「はい、後でメールでも送ります」
「メール!?」
待て待て待て、つまり写真を入手した所で元を排除しない限り俺に平凡な未来はないのか?
「誰か、ナイフ持ってない?」
「ほれ」
投げられたナイフをキャッチし、構える
「覚悟してください」
「にゅや!?」
あれから数十分、現状はと言うと
「「「はあ、はあ」」」
全員が疲れ果てていた
あの球の速度に鉄壁の防御、囁き戦術の所為で体力を思った以上に消費した
もうやだあ、俺あのタコに逆らえないよ
「さて、先生とのマッハ野球にも慣れた所で、次は対戦相手の研究です、竹林君」
「面倒でした」
いつも通り眼鏡を上げた後、パソコンを開き動画を流し始めた
其処には今の野球部主将、進藤という豪速球を投げる若きプロの姿
説明によれば球の速さは最高140.5km持ち玉はストレートとカーブ、だが殆どの試合はストレートなんだそうだ
「なので此処からの練習は先生が進藤君と同じフォームと球種で
成る程、これが狙いか
先生の球が300km、それに慣れた今の俺たちなら140kmは打てないこともない
人間の慣れって、本当に怖いと思う
「ヌルフフフ、それでは行きますよ」
そして当日
そろそろ下山か、そう思いながらも空を眺めているとポケットの中にあったケータイが震えた
取り出して画面を見れば名前不明のメールが一通
「話がある。球技大会を抜け3ーEに待機してもらいたい? 何これ」
いたずらメールか? けど俺のアドレス知ってるって事は本校舎の人間ではないだろうし、E組の皆んなのメアドは登録済みだから名前不明な訳ないし
ええ、まさかの面倒事? なら逃げたいな、なんて思いながらもケータイを仕舞おうとしたら再度震えだす
又か、今度は何を……え?
「私は依頼者であるって、この仕事のか?」
其処に書かれていた一文が真実であるとするならば会わないといけない
俺に仕事を依頼した理由、依頼書の内容を見るに確実に殺せんせーの存在を知っている存在である事に間違いはない、ならなせ知ってるのか、その人は俺の何を知っている?
「さて行くぞ!」
仲間達がどんどんと現れて下山していく
「織村君は行かないのですか?」
いつの間にか横にいた殺せんせーはいつも通りニヤついた表情で俺を見ている
そういえば、何故この人がこのクラスに来たかも、俺は知らないのか
なら一層、会わなくちゃならない、もしかすれば俺の依頼者は、それを知っているかもしれない
「依頼者がこちらに現れるそうなので、先に行ってて貰っていいですか? 後で必ず行きます」
「依頼者? 君の仕事の?」
「はい」
理由を知り、分かりましたと言い残してこの場には俺ただ一人になった
教室に戻って木刀を一本抜き取り、再度外に出て教室と運動場を繋ぐ階段に座る
運動日和と言わんばかりの快晴、俺の名前が付けられた理由は、どう意味だったのだろうか
「母さん、父さん」
「過去に浸っているのかい?」
「!?」
反射的に立って後退、木刀を構えた
目の前にいる人間はこんな暑い日にも関わらず茶色のコートを着て、キザな帽子を被っている
右手には自分を支えるための杖が握られていて、その脚はどこか落ち着きがない
「やあ、織村快君」
帽子を取って俺に挨拶したのは烏間先生より少し歳をとったような人だった
「貴方は、誰ですか」
彼方は俺の事を知っている
依頼書を出すにしても、俺のメアドを知ってるにしても、相手は俺の個人情報を知っているといってもいい
もしかすれば知り合いかも知れない、本当に知り合いだったら申し訳ないけど
「神無の父、と言えばお分かり頂けるかな?」
神無、その名前だけで血の気が引いていく気がした
体が震え出して、汗が流れ始めて、心臓が煩くて
「神無の、父親? そんな筈はない、だって彼女の父親は」
「母親と共に死んだ、って言われたかい?」
そう、俺は彼女に言われた
私が父と母を殺した、と
なのに目の前の人間は神無の父親と言い張っている
「安心したまえ、私は君に怨みや妬みがある訳ではない。ただ君に神無からの伝言を貰っていてね」
「……伝言?」
「ああ」
言うが早いか、神無の父親はポケットから録音機を出した
少し古めで手の平より少し大きめの録音機の中心にある再生ボタンを押し、音声を再生した
『一秒一瞬が美しく愛おしく感じるほどに、貴方が幸せでありますように』
もう、立っていられなかった
膝から崩れ落ちて、頬に涙が伝っていき、地面に落ち行く
久しぶりの彼女の声、懐かしい彼女の声が発した言葉は彼女の口癖と俺への希望
『私は当たり前の日々が、その一秒一瞬が美しくて、愛おしくてたまらないわ』
脳内で彼女の言葉がリピートされる
それと同時に頭の中をよぎる彼女との思い出が何かを崩していくような気がした
「私が言いたいことは一つ」
俺の姿を見て尚、あの人は話を続けた
さっきよりも何か意思のこもった力強い言葉は、俺に告げた
「ーーー神無の事を忘れないでほしい」
それだけ言ってあの人はここを去った
何もない空の下、静かに倒れこんだ
涼しげな風が俺の頬を慰めるように撫で、太陽の光は俺の涙を乾かしていく
それでも俺は過去を振り払えなくて
「ごめん、ごめん」
ただ、それしか言えなかった