『一秒一瞬が美しくて、愛おしくてたまらないわ』
また、彼女の声が俺の中で再生される
俺の記憶の片隅にあった大切な人との記憶、もう戻らない日常の中心にいた少女の笑顔が眩しかったのを今でも覚えている
一秒一瞬が、なんて君は他人の事を考えて
「何も出来ないのかな、神無」
青い空の下目の前では暗殺訓練をしている生徒たちが努力していた
俺は暗殺に加わらずに、それを側で見ている事しかできずに、時間は刻一刻と過ぎていく
別に嫌で抜けているわけではない、けれど俺にはやる意味がないのだ
暗殺の力ではないにしろ、既にある程度の技量はある
俺に今ナイフと銃を使え、何て言われても刀の技術と全く違うものを使う事など出来ないのだ
「何か悩み事ですか?」
「はい」
いつも通りの速さで、訓練中はハブられている殺せんせーが横に座る
体操服の姿でヌルヌルと触手を動かす姿は変わらず
このタコにも何か辛い過去があったりするのだろうか
「殺せんせーは、何か辛い過去があったりしますか?」
「ええ、先生にだって一つや二つ、ちゃんとありますよ」
「そうですか」
それ以上は追求しない
ここから先は殺せんせーのプライベートの中でもトップクラスの機密、誰にも言えない物だろうから
俺と彼女の記憶ぐらいの物だろうから、俺は追求しない
時間は過ぎ、授業が終わろうとしている
今日は昼寝をしようかな、こうおう気分が暗い時は昼寝に限る
そう思っていた時だった
背中がゾクッとしたのは
何かが何かを狙う時に放つ殺気のような何か、蛇が蛙を睨む時のような静かな圧力攻撃
「一体何が……」
その殺気を目で辿った先にいた人物はたった一人
潮田渚、俺がこのクラスに来てから仲良くしてもらってる人間
これまでは特に何も感じずに居たがさっきのは……いや、可笑しい
これまでの殺し屋や今のクラスメート達、先生達は気配として相手の感情のある程度を察知できていたが、彼だけが俺は何も感じ取れない
いや、微弱ながら気配はある、けど余りにも小さ過ぎる
まさか
「殺せんせー、渚は」
「ええ、あるでしょうね、殺し屋の才能が」
烏間先生が俺と殺せんせーを通り過ぎて校舎に戻ろうとした時、何故か教室のドアが開いた
其処から現れたのは大荷物を担ぐ大男
平然な顔はしてるが、何か恨みと憎しみの気配、それとは別に何か、下らない物を感じる
「よ! 烏間」
挨拶だけして皆んなの所にいく
全ての荷物を置いてから、あの男は体について来たような大声で自らの名を叫んだ
「やっ! 俺の名前は鷹岡明! 烏間の補佐して働く! 宜しくなE組の皆んな!」
次の日
どうやらあの男は烏間先生の負担を軽くする為に新たに送られてきた教師だそうだ
烏間先生は本格的に外部の殺し屋の手引きに専念、代わりにあの男がここの体育教師を務めるのだそうだ
クラスの皆んなともすぐに馴染んで仲良く会話しているが、俺はあの人の事を好きにはなれない
「よーし皆んな揃ったな! 今日から新しい体育を始めよう!」
目の前の男は皆んなの心をさらに掴もうと様々な手を使って皆んなを笑かして賑やかにする
烏間先生の訓練じゃなかった賑やかな空間、だがこれの裏には何かあるような気がする
一応木刀を横に置いてあったりする、木刀に知覚拒否の応用技『
万が一の話あの担任が手を出すようならば守り抜く必要性がある、あって損はない
「さて、俺が担任になった事で時間割が変更になった、これを皆んなに配ってくれ」
渡された紙は時期に全員に行き渡り、一斉に目を通した
……なんだこの時間割
普通6校時までの筈が10校時まで、更に土曜日も追加されその半分以上が訓練、明らかに可笑しい
「こんなの無理だ!」
前原が声を上げた
瞬間、僅かながら奴の脚が動いた
やっぱり、貴方はそっち側ですか、下らない何か、それは奴の存在そのものだったということだ
俺の体もすぐに反応し、木刀を握って立ち上がり、前原と鷹岡の間で思いっきり振った
鷹岡に少し当てる感じで払ったのだが見事避けられた
「大丈夫? 前原」
「ああ、ありがとう」
どうやら前原は無事のようだ
しかし横側はそうでもない、何か滾ってらっしゃる
「俺はお前達の家族であり父親だぞ? 何をやってるんだ?」
「何をやってるって、妨害阻止ですが」
この人がやろうとしてるのは暴力、教師がとって良い行動ではない
守護者として守る以前に、そんな事を許すわけがない
「罰としてお前は見学だ、あっちで見ていろ」
少し顔色を変えて言われたので言われた通りその場を去って校舎前の階段に移動する
俺が去った途端先ほどと全く同じ笑顔でクラスの皆んなに説明していく
訓練開始、一斉にスクワットを始める
俺の聞き間違えじゃなきゃ100×3セット、普通に考えて中学生にさせるには余りにも酷すぎる
今すぐにでも行って止めたい、けれど俺にその権限はない
ならせめて、次手を出すようならば容赦はしない
皆んながスクワットをする中、奴が神崎さんと三村の肩に手を回す
何をする気だろうか、ここからだと聞き取れにくい
話が進む中、奴が神崎さんに何かを訪ねた
勇気を振り絞り、彼女が素直に口にした途端、口がにやけた
その手が動く、が、
俺の脚は既に地を蹴っていて、奴の手よりも早くその場にたどり着いて、彼女の背中と膝裏に手を回し、そこから脱出する
ブレーキをかけると同時に鷹岡の方に向くが、思った以上にスピードが出てたみたいで止まるのに数秒かかってしまった
「ごめんね、後で何かお詫びするから」
顔を赤くしている神崎さんから視線を外し、鷹岡止めを合わせた
「どういうつもりですか、これは明らかに中学生でやるものではありません」
「文句があるのか」
「文句しかありませんよ、貴方が指導してきた人たちと彼らは違う」
あの男が教育してきたのは軍人、それに対し此方は中学生、まだ体も発展途上の人間が体が発達した人間の、しかもそれでもきつい訓練をして無事であるはずがない
「文句があるなら」
「力で示せ、とでもいうつもりですか? 別に良いですが」
彼女を下ろして木刀を構える
どうやらプッツンいったようだ、思いっきり腕を振りかぶって、俺に向けて放った
が、その拳は烏間先生によって止められた
「それ以上、生徒に手を出すな。暴れ足りないなら俺が相手になる」
それを聞いた鷹岡はまた表情を変えた
今度は何を企んでいるのか、もし仮に仲間が危険に晒されるような事ならばその顔面に思いっきり木刀を打ちつけるが
暴力ではなく、あくまで教師として対決すると言い出した奴が取り出したのは対先生ナイフ
「烏間、そいつ以外の一押しの生徒1名を選べ」
一発でも当てれば素直に去ると宣言した奴は何処か誇らしげだ
過去にやって失敗した事はない、そこからくる自信に満ちた表情は更に追い討ちをする
バックから本物のナイフを取り出した
「殺す相手が俺なんだ、当たり前だろ?」
なるほどな
大方本物を持った生徒とこれをやって、抗えない事実を知らしめ、もう逆らえなくする、こんな所か
「さあ選べ烏間!」
もうあいつの姿は人間には見えなかった
人間の形をした悪、絶望に陥れようとする悪魔そのものだ
投げられたナイフを烏間先生が引き抜き、選別し、歩き始めた
あの人の足は、ゆっくりと進んで、俺を通り過ぎて
渚の前で止まった先生は、静かに告げた
「渚君、やる気はないか?」
……なんで、なんで渚を
「取らなくてもいい、その時は俺が鷹岡と話をつける」
だめだ、そのままじゃ
「やります」
彼の未来が、別の未来に向かってしまう!!!
「織村君、ここは見守りましょう」
「殺せんせー!!!」
「大丈夫です、渚君は君が思うほど柔ではない」
この先生は知っている、勝負はたった一瞬で終わることを
殺せんせーでさえ、先ほどの条件ならば彼を選んだはずだ
渚にはこの状況を打破する力があることを知っているからこその選択、けれどそれは彼の未来を壊しかねない
「危険だと判断したら俺があの人を止めます」
「ええ、ですが今は見守りましょう」
わかってる、この言葉が無意味な事を
それでも言わないと気が済まなかった
鷹岡と渚が向き合った
相手は警戒はしているが油断している
そこに、まるで友達の元に歩いていくように、普通に歩いていく渚
鷹岡はそれを認識できずに、渚の接近を許して、攻撃も許した
首元に襲いかかる刃に気づきとっさに回避したが重心が後ろに行った事が裏目に出た
渚が服を後ろに引っ張りこかして、背後に回り首筋にナイフを這わせ
「捕まえた」
結果、理事長先生のおかげという事もあり無事解決した
皆んな帰る頃にはいつも通りになっていて、どんどんと帰っていく
俺一人を残して全員が帰った頃、教室に一人入ってきた
「……烏間先生」
あの人は何も言わず、ただ俺を見ているだけ
「渚の事は知っていたんですよね」
知っていなければ彼を出したりしない
殺気を隠し近づき、殺気で相手を脅し、本番であって物怖じず立ち向かう才能
これは殺し屋の才能だ、普通じゃ絶対開花しない才能
一回開いた花は萎れるまで閉じる事はない、才能の開花は逆に言えば後戻りできない事を指している
つまり彼は、もう後戻りできないのだ
「俺の知り合いが言った言葉があるんです。当たり前の日々こそが最高の宝だって」
俺の考えではあるが、当たり前とは自分のルーツの事だ
その人が慣れてしまった物は、その人にとっては当たり前となる
殺し屋は、殺す事が普通になっていて、それが当たり前になってしまう
普通の人間から見ればそれは異常以外のなんでもない、それでも彼らにとっては普通の事なのだ
「俺は、何を護るべきなのか、分からなくなってしまいました」
温かい何かが俺の頬を伝っていくのがわかる
涙で目の前が滲んで、今あの人がどんな表情をしているのかもわからない
でもあの人から感じるのは、申し訳ない、謝罪が籠った物だった
ベットの上で俺はぼーっとしていた
何のために自分が存在するのかが分からなくて、それを考えれば考えるほど分からなくなっていく
「どうすればいいんだろ……」
こんなんじゃ次の学校で皆んなに会わせる顔がない
なんとかしないと、そう思ってる時、誰かからメールが届いた
差出人は神崎さん、何かあったのだろうか?
『明日、一緒に遊びませんか?』