俺は物心ついた時から、深い森の中にある孤児院の中にいた。
時間が経つにつれ、俺は親に捨てられたのだと確信にも似た答えを導き出した。
そこからは、只々平凡に生きてきた。
孤児院にいた仲間達と戯れて、ご飯を食べて、静かに暮らして。
それが、木更快の全てだった。
何もない俺、空っぽな俺に唯一あったもの、それさえも意味があるかと問われれば俺はこう答えるだろう。
意味なんてない、あるとすればこれによって俺は保たれているのだ、と。
親に捨てられ、孤児院の中で外に出ることもできない。身内は10人にも満たない孤児院の仲間と、そこで働く従業員だけ。
「はあ」
雲ひとつない綺麗な青で塗られた空を見上げる。
この景色とて、日々変わっていくのに、俺は何一つ変わりはしない。
そういえば今日のニュースで何処ぞのテロリストが自爆テロを起こしただとか言っていたか。
それだけじゃない、イルカの赤ちゃんの誕生、数日前には絶滅危惧種の動物が見つかっただらしい。
世界は変わっているのに、なんで俺は変わっていないのだろうか。
「なんでだろ」
自問自答したって答えなんて出てきはしない。
だって自分の心の問題なのだ、自分にもわからないのに他人にもわかるはずがない。
「何かお困りなのかしら?」
ふと、鈴のような綺麗な声が俺の耳に入ってくる。
こんな声聞いたことがない。ここで暮らし始めて8年以上経過しているのに、一体誰のだ?
疑問を抱えつつ、俺は顔を声のした方向へ向けた。
窓から吹く風に揺らめく黒く鮮やかな長く漆黒の髪、髪よりも深く飲み込まれてしまいそうな瞳。
すらっとした立ち姿は何故か大人びた雰囲気を醸し出し、周りの目を惹きつけんとするその姿。
「あら、私と話すのは初めてだったかしら? なら自己紹介をしましょう。私はね」
神有神無、覚えておいてね?
それが、俺と彼女の出会いにして、悲劇の始まり、物語のプロローグの始まりだったのだ。
「貴方は、木更快、であっているかしら?」
「えっと、まあ」
「よかったわ、私ここにいることが少ないから」
そう言いながら彼女は俺の横に腰を下ろした。
俺は、彼女の事を知っている。
あくまでここの仲間が言っていたことだ、深く信じているわけではないし、真実だとも思ってはいないが、彼らはこう語る。
「本人が言うんだ、私は家族をこの手で斬ったって」
みんなはそれを聞いて彼女から身を引き、何時だって彼女は一人で行動していた。
朝も昼も夜も、彼女は誰とも喋らず、誰とも遊ばずにずっと孤独に生きている。
「快? どうしたの?」
少女は俺が目を向けていることに気づいたのか、顔を傾げ聞いてきた。
だから思っていた事を口にしてしまったのは、きっと真実を知りたかったからなのだろう。
「君は家族を」
「殺したわ、この手で」
何故だろう、彼女の声は先ほどまでの柔らかく綺麗な声とは違い、冷酷な、冷たい声だった。
いい例えが浮かび上がらない、彼女の出す雰囲気は明らかに強大なもののはずなのに。
俺は、何もわからないでいる。
「ねえ快、貴方は死ぬのが怖い?」
突然のことだったから、俺は先ほど同様に本能的に答えた。
「どうだろ、わからないかな」
だって死ぬ、なんて経験した事がある訳もなく、目の前でそれが起こったことがない。
それをどう思う? 何て言われてもこう答えるしか今の俺にはできなかった。
「ふふ」
俺の解答を聞いた彼女は笑みをこぼした。
笑い始めた理由が分からない、俺の解答はそんなにもおかしかったのだろうか?
わからないと言っただけなのに、どこに笑う理由が……
「そう。私は怖くないわ。だって死は人間が逆らえない物の一つだから。すべての命に終わりがあって、いずれ必ず来るとわかっているのに怯える意味なんてないわ。だから私はこう思うの」
「どう?」
「失うとわかっているからそこまでの一秒一瞬を愛おしく生きていくの。私の人生そのものが大切な宝物なのだから。そうすれば死ぬときに悔いは残らないでしょう?」
「……ふふ」
今度は俺が、笑みをこぼした。
なんか、やけにしっくりくる言葉だ。まるで最初から知っていたかのような、心の中に響く言葉たち。
「そういう物?」
「そういう物よ」
最後は、二人して笑った。
心の底から、俺の中に何かが溢れていった。
真っ白だった俺の心に、新しい色がどんどんと加わっていく。
赤、青、緑、それに続いて、どんどん色が、俺の心を塗りたくっていく。
「私は当たり前の日々が、その一秒一瞬が美しくて、愛おしくて堪らないわ」
それから俺と彼女はいれる時はずっと隣にいた。
いろいろ話した、彼女の経験の話や、ニュースの事件についての口論、花にある花言葉のことなんかも。
孤児院の周りに出ていろいろ見た。自然の中で生きる動物達の姿、花の姿、それ以外のものも。
とても充実していた、けれど。
「快、明日は会えないわ」
「何かあるの?」
「ええ、少し用事よ」
いつもお通り柔らかく微笑む彼女に俺も笑いながらそっかと返した。
もしかすれば、ここで既に狂い始めていたのかもしれない。
俺の運命の歯車は。
「さて、行きましょうか」
私は部屋の片隅にある刀にそう言いながら腰に下げ、知覚拒否を掛ける。
ああ、私はまた誰かを斬るのですね、なんて悲しみながらも、私は扉を開け、ゆっくりと、ゆっくりと歩く。
私、神有神無は生まれながらにこの刀、私と同じ名を持つ
なんだったか、確か数百年前に月の欠片が12に分かれ地球に落下、そのうちの一つを使って10月に作られた刀らしいこの刀は、私を人間では無くした。
圧倒的な力、もはや人間なんて呼べない私の体は何に使うのだろう、そう思うこともしばしばあるが、最近ははっきりしているのだ。
大切な日々を守る為に、この力を振るうと。
孤児院を出て背伸びをしていざ行こう、足を一歩前に出した時。
明らかに大きな殺気を感じた、それも私に向けられた物。
私は目を前に向け、刀の持ち手に手をかけた。
「嬢ちゃんかい? 凄腕の妖刀使いと言うのは」
「貴方は誰かしら? 相手に名を聴くときは自ら名乗るものよ」
「はっは! それもそうだな。ならこう名乗っておこうか。グリアだ」
「そう。貴方の探し人なら多分私であっているわ」
さて、ここで戦う以上、速攻で終わらせるしかない。
流石に孤児院の仲間を巻き込むわけにはいかない。相手はプロの中のプロ、どんな手を使うかわからない。
「
刀の刃を抜き、最初から全力全速の一刀を放つ。
地を蹴り、まるで空を飛翔するように一瞬で距離を埋めた私は刀を振り下ろす。
切断、まるで何もなかったかのように着地し振り向くと、男の姿はない。
今先ほど放った攻撃は、正直言うと確実に相手は終わる技だからそんなに使いたくはなかった。
知覚拒否という技はとても危険だ、最悪使用者さえ終わらせかねないスキルだ。
何故か? それは自分さえも知覚できなくなってしまうからだ。
自分という存在も、立っていることさえもわからなくなり、そこからどんどん悪化し。
とうとう、自分という存在を知覚しなくなる。
故に受けたものは時間がかかるとはいえ、確実に堕ちる。
「貴方の生をここで止めて、ごめんなさい」
幾ら恐れることはないと言っても、まだ長い未来を生きていけるのに、ここで止めてしまった事を謝罪する。
だから、これも……
運命だったのかもしれない。
一刀を繰り出して数秒した時、孤児院が爆発した。
「や、っぱりな」
「貴方は、何て事をっ!!!」
あの男は片手に何かのスイッチを握り、その口の両端を釣り上げていた。
怒りで我を忘れてしまいそうなほどに、怒っている自分がいた。
ドス黒い何かが自分の底から溢れ出そうで堪らない、今すぐにでもこの男を切り裂いてやる。
すぐに死なすわけにはいかない、苦痛に苦痛を与え、その最後に。
「神無!」
最近聞き慣れた声が、後方から聞こえた。
「快!? こっちに来てはっ!」
「へえ、あの爆発の中で」
私が動揺しているうちに、男は動き始めた。
袖からナイフを出しつつ、重傷をものともしないとても高スピードで快に接近する。
だめだ、このままだと快がが死んでしまう。でもいま彼を守る方法なんて一つしか。
いや、迷うな。守れ、守り切るんだ、彼を、絶対に!
「神、無?」
世界は、現実だろうか。
俺たちの孤児院は爆発、炎上していて、そして何よりも。
彼女が俺を庇ってナイフに突き刺されている。
これを現実として飲み込むのに数秒掛かった。
両者共に倒れていく。
精神が現実に戻ったら既に倒れかけだったので俺は彼女を抱き上げた。
その体は、本当に強くして仕舞えば壊れそうなほどに細く、そして柔かった。
「……大丈夫だった? 怪我は?」
「俺の心配よりも君は自分の心配をして!」
「ふふ、それもそうね」
弱々しい笑顔を見せる彼女は、とても遠く感じた。
だめだ、このままじゃ彼女は……
なんで己はこんなにも愚かなのだろう、なんで己はこんなにも弱者なのだろう。何もできない自分が悔しくてたまらない。
その時、俺と彼女の間に、一筋の光が刺さった。
光は徐々に消えていき、姿を現したのは一本の刀。
最初、彼女は驚いたような表情を、その後にいつもと変わらない柔らかな微笑みを浮かべる。
「貴方なら
今にも消えてしまいそうなほどに弱い声はそう言った。
やめてくれ、目の前から消えないで。
彼女は俺にもたれかかり、今ある力を全て使って俺の頭を優しく撫でて。
最後の言葉を告げた。
「どうか、絶望しないで」
彼女の最後の笑顔は、月のように美しく、けれど儚く消えたのだ。
「神無? 返事をして、神無!」
目の前の少女は動かない、その温もりは消えていないのに、彼女の瞼は固く閉ざされている。
なんで、なんで彼女がこんな目に合わないといけない。
彼女だって女の子だ。誰とも変わらない、普通の女の子なんだ。
なのになんでこんなことをしなくちゃいけない。なんで身を呈して俺を守らなくちゃいけない。
そんな彼女を、なんで俺は何もできずただじっと見ているんだっ!!!
「なら、守る者になればいい。もう誰も失いたくないのなら、自らが守る存在になればいい」
聞き覚えのない声が、空に響く。
大人びた声の先にいるのは、一本の刀を腰に吊るす男。
「お前には二つの選択肢がある。一つはここで泣きじゃくって何もしないでいるか。もう一つは守るための存在になるか、だ」
「守る為の、存在?」
「そう、お前にはその選択肢がある。さあ、お前はどちらを選ぶ?」
その答えに、俺は迷わずに、即答で返した。
「守りたい、もう誰も、傷つけさせないために!」
今回で前編は終了、次は後編です