無限の空を翔ける者と、夜闇を渡る魔法使い 作:Xi_GR648
オープニング2 IS適性検査と紅い月
あの事件の翌日、改めて捜索に来た警察に無事保護された俺は身寄りがなかったことから児童養護施設に一旦入所する事になった。
施設では俺みたいな完全に身寄りの無い人間は稀で、むしろ親から捨てられたり母親から虐待を受けていた男子が多かったのだが、そのせいか性根が荒んだ人間が多かった。加えて男女問わず職員からの虐待もあったので、俺は早々と施設から脱走し行方を眩ませる事にした。
結果的には、あの事件のあった日にさっさと家があった場所から移動したのと大差はなくなってしまったが、瑣末なことなので気にしない事にする。
捨てられた児童に男子が多かったのは、この世界の本社会に女尊男卑思想が浸透しつつあり、その影響で女性が家庭よりも個人の欲求をより一層重視するようになった結果、育児放棄する大人が増えたからだ。そうなった切欠はあるパワードスーツ、正式名称「インフィニット・ストラトス(略称IS)」の登場である。
元々宇宙開拓用として篠ノ之束という人物が個人的に開発したものらしいが、降り注ぐミサイルとか戦闘機とか戦艦相手に無双するという明らかに間違ったプレゼンをした結果、ただの高機動多目的兵器としてしか扱われなくなった上に、このパワードスーツには女性しか扱えないという欠点があった。
これが初めて世に出たのは俺がまだ2歳の頃。7歳の誕生日にウィザードに覚醒したから……初めてISが世に出てからもう5年は時が流れている。その間に「IS=強い」そして「IS=女性しか扱えない」故に「女性=強い」という割と頭の悪い三段論法が展開され、それを基に調子に乗った女性が世に出てきた。
まともな社会ならそんな暴論は笑いの種になるか一蹴されるのがオチなのだが、そうするにはISという兵器はあまりにも強力だった。なにしろ「ISに対抗できるのはISだけ」という位強力で、例のプレゼンの際には大陸間弾道弾の雨霰を撃ち漏らしなく全て撃墜し、その後鹵獲を試みたアメリカ・ロシア・中国その他日本近隣のアジア各国の海空軍の全てを相手取り、その圧倒的物量の差を跳ね返してたった1機で無双して無傷で勝利したのだからその評価は決して過大ではない。
故に、各国政府がISパイロットになれる可能性のある女性達を抱き込むために「人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない」なんて言う憲法の理念を無視してあらゆる面で優遇策を推し進めた。こうした風潮は結果として女性達にとって追い風になり……男性にとっては逆風になったのである。
施設を脱走して以降、俺は一般社会から隔絶された場所に生活の拠点を築いていた。具体的には日本国内でも普通の人が立ち入れないような野山の中だ。登山やハイキングのルートからも完全に外れているため、人目につくことはまずありえない。
生活には何故か月衣内にあった、前世のファンタジー世界で使っていた冒険者基本セットを活用した。寝泊まりは一人用テント、風呂はテントの直ぐ側にある源泉掛け流しの天然温泉。食料は野兎などの動物を狩ったり釣り竿を使って川魚を獲ったり天然の木の実を採集したりという自給自足が基本だ。伊達に前世でファンタジー世界の冒険者をやってはいない。そもそもあの当時は月衣なんてなかったし文明の利器が存在しなかったから、それに比べたら大分楽だ。
そんな大自然に囲まれた場所でも、理屈はさておきネットワークにアクセスする事は可能だ。そう、O-Phoneならね。
エミュレイターが絡む事件は大体都市伝説とか心霊スポットをはじめとしたオカルト系の与太話の体をなしていることが多いから、O-Phoneを使ってインターネット上のそっち系の話題を漁ったり、偶に人里に降りて学生が集まりそうな場所で噂話に聞き耳を立てたり、あるいは公立図書館等でオカルト系の本を読む事で情報を仕入れガンナーズブルームを使って現地に赴いては、そこに根を張ろうとしていたあるいは根を張っていたエミュレイターを狩り出していた。
活動範囲は洋の東西を問わず、ある時はフランス、ある時はドイツ、ある時は中近東……と文字通り世界を股にかけて飛び回ってエミュレイターを狩っていた。そうでなければウィザードとしても人間としても、生きていく上で必要な金が稼げなかったのだ。
そんな生活をしてた俺が12歳くらいの頃、内戦中の某紛争当事国。
正規軍が男性主体で、反乱軍が女尊男卑主義者の女性陣という内戦真っ只中のこの国でエミュレイターが出現し軍事基地がまるまる1つエミュレイターの月匣に飲み込まれた。
月匣のルーラーとなったのは正規軍女性兵士であるIS操縦者だ。女尊男卑主義思想に染まった彼女にとって、男の上司の指揮下で動く事は苦痛だったのだろう。そこをエミュレイターに付け込まれ、取り憑かれた感じだったか。
で、その軍事基地の一角にあるIS用格納庫で、俺はそのエミュレイターと対峙した。
エミュレイターとなった女性の乗るISの名前はラファール・リヴァイブというフランス製の最新鋭機。既存の兵器を無改修無改造で搭載・管制可能で機体本体以外の導入コストを圧えられる事から、開発後進国の治安維持組織を中心に広く採用されている機体だ。
勝負はほぼ一瞬でついた。
前世からの相棒である刀を中段に構え、そのまま一気に間合いを詰め、裂帛の気合を込めて纏っているISの装甲ごとエミュレイターを叩き斬る。
斬撃を受けてもISの操縦手であるエミュレイターには傷一つ付かない。しかしこの攻撃でISが解除され、ISから投げ出されたエミュレイターが地面に転がる。
エミュレイターは直ぐ様体勢を立て直し、携行していた拳銃でこちらを撃ってきた。だがそんなヌルい攻撃は無意味だ。
迫り来る拳銃の弾丸を持っている刀で叩き落とし、その勢いを利用して踏み込み、鉄をも斬り裂く神速の一撃を繰り出す。見事直撃したその一撃によるダメージに耐えられなかったエミュレイターは無事IS操縦者から離れこの世界から消滅した。
後には装備解除され地面に転がるISと気絶したその操縦者が残っている。一応操縦者を攻撃する時は峰打ちで済ませ、止めは刺さない事にした。もしかしたら着ている服の下は逆刃刀による天翔龍閃を受けた後みたいになったかもしれないが、そこは気にしたら負けだ。
こうしてルーラーの消滅に伴い月匣も解除されたが、念のため自分が張った月匣はそのまま維持してある。ふと魔が差した俺はISとはどんなものかと思い、ものは試しと格納庫に出撃可能な状態で保管されていたもう1機のラファール・リヴァイブに触れてみた。
結果、何故か男の俺でも普通に装着出来た。そのまま操作操縦も出来はした。使った感覚としては前世で使っていた兵器型箒の一種みたいな感じだが、何というか「もう1人のウィザードとパワードスーツを二人羽織りしている感」がする。飛行や歩行といった簡単かつゆっくりとした動作ならまだしも、高速機動や刀を振るうなどの戦闘行為になると馴染んでいないこともあって途端にやりにくくなる。
そもそも、ウィザードは生身でも空を飛べるだけでなく宇宙空間での戦闘や大気圏突入も出来るので、別にISを使えなくても全く困らないのだがそれはさておき。
折角だから月匣内で拾ったという事で、エミュレイターが使用していた機体と試しに乗った機体の合計2機を月衣内に収納し、日本に戻ってから俺のウィザードとしての活動支援をしてくれているオクタヘドロンの商人に売り払おうと思って連絡をとった所、彼を経由してファー・ジ・アースの有名箒メーカーであるアンブラまで話が行き、この世界独自の兵器型箒ということで結構いい値段で引き取ってくれる事になったのだった。
なお、機体を鹵獲した後パイロットはそのままその場に放置しておいたが、その後どうなったかは知ったこっちゃない。
この時の収入に味を占めた俺は、軍事施設周辺でエミュレイターが出現した時は優先してそこに行き、あわよくばISを鹵獲しようと思っていたのだが、2匹目の泥鰌はそうそう見つかるはずもなくISを入手出来たのはこの時だけである。
ウィザードとして覚醒してから何回目かの誕生日が過ぎ去った。計算上今は16歳のはずだ。
身長も直前の前世と同じ170cmまで伸びたので、月衣内で日の目を見ていなかった防具類が使えるようになり、身体能力も大分向上している。髪の毛は今まで適当にナイフでバッサリという感じでマトモに整髪していないため前髪で目元が隠れているし、後ろは肩に触れる辺りまで伸びている上に寝癖もそのまま。ついでに顔には無精髭だらけでイイ感じに不審者っぽいが、毎日温泉に入っているのとコインランドリーでの洗濯のおかげでおかしな臭いはしない……ハズ。これでも戦闘に不自由はしないので問題はない。まあ、そもそも人里に降りている時は顔や髪型は魔法を使って変えているのだけど。
基本的に他人と交流がなく世間と隔絶されている俺という第三者の視点から見れば今の女尊男卑の日本社会はバカバカしいことこの上ない。
時事に関する情報収集の為にちょくちょく街の図書館で新聞やら週刊誌やらを読んでいる影響もあるから、知識や視点が偏るのは避けられないのだが、それを差し引いても酷い状況だ。
痴漢冤罪、言いがかりに近い迷惑防止条例等の適用、女性が主犯となった男性相手の陰湿ないじめ、等が社会面の記事の片隅に乗らない日はないし、裁判の判決まであたってみれば、男性である事が罪と言わんばかりの状態だ。自殺者の男女比も男性が圧倒的に多い。ただ児童虐待に関しては、発生件数の総数に限れば被害者でそんなに男女差がないっぽいのがなんともはや。
あと、娯楽の類では前世(=他の地球における日本)に比べると、いわゆる男性をターゲットにしたヲタク系コンテンツが少ない。悲しいことに数多くのインドア系娯楽が子供達の健全な育成のためという名目の下に弾圧されているみたいだ。おそらく女性権利主義に染まった教育に熱心な狂育ママ達が斜め上の方向に頑張ったお陰だろう。この世界ではクールジャパンなんてなかったのだ。
また、ただでさえ弾圧により半ば強制的に市場を縮小させられたアニメ・ゲーム・漫画・娯楽小説の類で、メカ系・ロボ系は例え架空の存在でもISの優位性を揺るがしかねないということからIS以外を題材にしたものはほとんど見受けられなくなった。
萌え系とかR-18な男性向けに関してはたとえ架空の人物でも女性の人権が云々という主張により発表の場そのものが潰され、クリエイターもそういう作品を手がけていることが露見したら社会的に抹殺されていったみたいだ。
また、過去に発表されたものは現状絶版状態であり、媒体を問わず中古市場やオークションでは凄まじい高値で取引される一方で俗に女性権利主義団体と呼ばれる集団が定期的に「検閲」と「処分」をしているらしいが、詳細は知らないし知りたくもない。
更にその手の聖地と呼ばれていた地域、具体的に言うと秋葉原の表通りで中古・新品問わず男性向けヲタク系コンテンツを扱っていた店は今では「表立っては」ほぼ存在せず、入手手段はweb上のアングラ系サイトに限られている。普通の人であれば存在すら知ることは出来ないだろう。
逆にBLやレディコミをはじめとする女性向けコンテンツに関しては全年齢・成人向けを問わずふつーに店頭でも扱っている。特に池袋は他世界よりも女性ヲタク向けコンテンツが充実し栄えていた。主に腐ってる方向にだけど。
俺は、過去にそんな数多の妄想が具現化する祭典の会場として使われた事のある某埠頭の旅客船ターミナルビルに来ていた。あちこちの学校ではとっくに卒業式を終えた3月末のこの時期、諸事情により今で適性検査を受けられなかった者達のために、男性IS適性検査会場が設営されているからだ。
聞いた噂では、今年の2月半ば辺りに日本の男性でIS適性のある人間が発見されたらしい。なので最近は二匹目の泥鰌を狙うべく全世界で男性を対象にした適性検査が行われていた。
日本でも全国各地の学校や行政機関等で行われていたが、老若や健康病弱を問わず未だに第2の男性IS適性保持者は見つかっていなかった。そして、公にはなっていないが受検した男性のうち何人かが検査後に行方不明になる事件が発生しているという話を某ファーストフード店で食事をしている時に耳に挟んだので、Webでちょっと調べてみると「政府に秘密裏に保護されている」だの「実は適性があった者がいたが、検査会場に潜んでいた女性権利主義者に殺されてしまった」だの「ミスカトニック大学付属の遺伝子研究所に送られ邪神召喚のための生け贄にされた」だの、真実とも何ともいえない噂も流れている。
そして、大分昔に自分で試した結果、何故かISを男なのに起動・操作できたという事実から導き出される推論。
『もしかして、この世界ではウィザードとしての素質かプラーナの保有量がIS適性と関係有るのではないか?』
であれば、適性がある人間はプラーナを欲するエミュレイターにとって格好の餌食となる。もし試験会場でエミュレイターが見張っていて適性がある人間(あるいはそうでなくともプラーナの量が多い人間)を捕食しているとしたら? まして世は女尊男卑のまっただ中、日本全国の男性のうち1人や2人や10人や100人行方不明になった所で大した影響はないし、あっても「まあ、良くある事か」で済まされるし、そもそもエミュレイターの月匣に囚われた者は世界結界の効果で最終的に「存在していた事実そのものがなくなる」のだ。
そんな訳で、あちこちの学校ではとっくに卒業式を終えた3月末のこの時期、諸事情により今で適性検査を受けられなかった者達のために設営された男性IS適性検査会場である、首都の某埠頭にある旅客船ターミナルビルにやってきた。
嬉しくないことに推測は見事にビンゴだったらしく、空を見上げれば、紅い月が不気味に輝いている。
……交通の便が世辞にも便利とは言えないこのターミナルビルを検査会場に選んだ理由は何となく想像がつくものの、それでも周辺には警察と陸上自衛隊が警備体制を敷いており、更に海上自衛隊の護衛艦が同じ港内に停泊している。もっとも、ウィザードである俺やエミュレイターには全く意味は無いのだが、それはさておき。
ここは異界、この世界のあらゆる常識が通用せず、この世界の常識以外のあらゆる非常識が通用する場所。
さて、狩りの時間の始まりだ。