インフィニット・ストラトス~少年たちは、誰がために~ 作:鈍刀
山も谷もない人生などない。人は誰でも、一生に一度大きな転機を迎える。そしてその転機とは突然にやってくる。
今、二人の少年が人生最大の転機を迎えていた。
「なんだよ……何がどうなってんだよ、これ……」
広く薄暗い部屋の中で二人の少年は、灰色の巨大な装甲に四肢を覆われた姿で呆然と立ち尽くしている。両肩のすぐ上には翼のような物体が浮いている。少年のうち、一人は時折信じられないと言いたげに呟きを漏らし、もう一人はひたすら沈黙を保っている。少年たちが身に纏っているモノの名は
最初のIS『白騎士』が突如世界各国から発射された2000発以上のミサイルを撃ち落とし、調査に現れた各国の艦隊を無力化した『白騎士事件』から10年。ISは既存の兵器を上回る最強の兵器として君臨しているが、ISには二点、他の兵器とは異なる点が二つあった。まず第一に、ISの中枢部『ISコア』の情報を開発者の束がほとんど開示しておらず、ブラックボックスと化している点だ。故に束以外の者がISコアを製造することが出来ず、自然とISの最大数は限られることになる。3年前に束が467個目のコアを残して失踪したこともあって各国はコアの解析および製造方法の割り出しを進めようとしているが、上手くいっていないのが現状だ。
もう一点、ISはなぜか女性にしか操縦することが出来なかった。いくら実験を繰り返しても男がISを動かすことが出来ずに終わり、その原因を探る試みも上手くいかなかった。各国で行なわれたISとそれ以外の兵器による模擬戦の結果がISの優位を確固たるものとしていく中で、まず各国の軍でそれまでとは一転して女性が男性を見下し、幅を利かせる風潮が広まり始めた。やがてはフェミニズムとも結びついて先進国を中心に女性を優遇する政策が取られ始め、社会全体にも女尊男卑の風潮が世に蔓延しつつあるのが現状だ。
しかし、二人の少年は男の身でISを装着することに成功している。しかもISを見つけたのも偶然で、両者ともにISに直接触れたのは今回がほとんど初めてなのだ。
「何!?」
「これは……!」
呆然としている少年たちがいる部屋にしばらくすると数人の女性が大慌てで飛び込んでくるが、目の前で少年がISを装着しているという信じがたい光景を目の当たりにして絶句し、次の行動に移れない。
(なぜ、こうなったんだ……?)
それまで沈黙を保っていた少年は、混乱するもう一人の少年と女性たちを余所に、こうなるに至った経緯を振り返り始めるのであった。
◆◇◆◇◆◇
毎晩、同じ夢を見る。
夢の中はいつも太陽が照りつけ、荒野が広がっていた。夢を見ている間、赤い上下の服を着て黄色いマフラーを首に巻いた男たちが傍にいた。顔はおぼろげにしか見えず、声も分からない。正体不明な男たちと共に、なぜか立ちはだかる兵士たちと戦い続けるのが夢の内容だ。
兵士たちは時に怒りの表情で、時に恐れを露にして銃を向けて発砲してくる。しかしその度に自分以外の時間が遅くなったかのように兵士の動きが止まり、弾丸が緩慢とした速さで少しずつ迫るのだ。あっさりと銃弾を避けて手にしたナイフを喉に突き入れ、拳銃を頭蓋に撃ち込むと兵士たちが再び動き出し、血しぶきが舞う。後は全員倒れるまでその繰り返しだ。
兵士たちが恐怖の色を浮かべても、必死の形相で抵抗してきても刺したり、斬りつけたりすることに何の抵抗も覚えなかった。撃ち方など知らないはずなのに慣れた手つきで再装填を行い、引き金を引いていた。兵士たちを全員倒すと死体の山を踏み越え、血で染まった地面を駆け、別の兵士たちを見つけて全滅させる。それを繰り返す。今日もまたナイフを振るい、銃を撃ち続け、命を奪い、走り出そうとしたところで視界が暗転し、目が覚める。
「う、ん……」
意識が少しずつ覚醒して瞼が開き、視界が広がる。首を動かして辺りを見渡すと白い壁紙で覆われた天井と壁に、最低限の物しか置かれていない勉強机が見える。壁には時計とカレンダーがかかっている。重い手足を強引に動かしてベッドから離れ、棚の上に乗せられた鏡を覗き込む。襟足まで伸びたボサボサの黒髪に三白眼、浅く日焼けした肌。鏡に映っているのは、いつもと変わらない自分の姿だ。少年は鏡から時計に目を移し、時刻を確認する。まだ朝の7時にもなっていない。
「ちょうどいい時間、か」
少年こと
辰生は中学3年生だ。今の時期は私立高校の入試がすでに始まっており、辰生も何校か受験している。今日も
キッチンを使っているのは40台くらいの男だ。やや短い黒髪に眼鏡をかけ、顎や鼻には無精ひげがうっすらと生えている。辰生と同じく寝間着を着て、スリッパを履いている。男はフライパンを手に何かを焼いている。辰生が声をかける前に男が気付き、顔を向けて口を開く。
「もう起きたのか」
「……ん」
「まだ寝ていても大丈夫だろ?」
「なんとなく、目が覚めたから」
「そうか」
男と辰生は言葉少なく会話を交わすと、男は再びフライパンへ顔を落とし、辰生は手を洗って冷蔵庫からキャベツとトマトを取り出す。男はスクランブルエッグを作っているようだ。辰生と男は何も言わず、黙々と調理を続ける。
男は
サラダを作り終えた辰生は食パンをトースターに入れてタイマーをセットし、丈人もスクランブルエッグを作り終えて皿に乗せる。コップを二つ棚から出して牛乳を注ぎ入れ、サラダやスクランブルエッグと共にトレイへ置く。最後に焼けたトーストとマーガリンを加えてリビングに向かう。テーブルに朝食を置いたところで丈人が椅子に座り、リモコンを手にしてテレビの電源を入れる。朝のニュースが流れる中で、二人はどちらともなく朝食を食べ始める。
「今日は何時に終わる?」
「6時には、全部終わる」
「そうか、なら夕食は先に食べていろ。今日は遅くなる」
「わかった。作り置きは?」
「しなくていい。食べて帰る」
辰生と丈人は時折会話を交わすが、最低限のやり取りが終わると黙々と朝食を食べ続ける。傍から見ると異様らしく、話を聞いた同級生や教師から心配されたこともある。しかしこれが日常だ。同級生が語る『親子の会話』というものには何の共感も羨望も覚えない。むしろ互いに口数は少ないので、今くらいがちょうどいいと思っている。
食べ終えた辰生は食器を片付けようとするが、あるニュースが聞こえてくると手を止め、テレビへ顔を向ける。
『……次のニュースです。現地時間の昨夜8時、「マシャフスタン」東部の街アガンで乗用車6台が連続で爆発、炎上しました。治安当局の発表では死者7名、負傷者40名以上となっており、反政府組織によるテロの疑いが強いと見て捜査を進めていると……』
「やはり気になるのか、マシャフスタンが」
「理由は分からないけど、なんとなく」
やや遅れて朝食を終えた丈人が問いかけると、辰生は静かに頷く。
辰生には丈人に引き取られるまでの記憶が一切ない。気がついた時には病院のベッドの上で、傷だらけの状態で横たわっていた。その時は自分が誰かさえ思い出すことが出来なかったが、付き添っていた丈人が色々と教えてくれた。今でも記憶が戻らないので、自分の名前にも実感がわかず、名前を呼ばれてすぐ反応できるようになるまで1月ほどかかったが。幸い、知識や技能はほとんど失われておらず、学校は問題なく通えたが。
そして丈人と出会ったのが中東某所にある国、マシャフスタンだ。曰く、医者だった辰生の両親は内戦続きのマシャフスタンに外務省などの警告を無視して移住、医療活動に従事していたらしい。しかし内戦末期の1年前、住んでいた街で大規模な戦闘が行なわれ、一家も巻き込まれた。両親はその際に亡くなり、辰生もまた瀕死の重傷を負って病院に担ぎ込まれた。数日後、内戦が終結した時に丈人が兄夫妻の死亡と、甥が辛うじて生きているという情報を得て急遽駆けつけた、らしい。
そのせいか、ニュースでマシャフスタンの名前を聞くたび、身体が反応する。もっとも、それだけではないような気もする。なぜだか、テレビに映るマシャフスタンの砂漠や荒野がいつも夢に出てくる風景と重なってしまうのだ。
しばらくの間、テレビの画面に釘付けとなっていた辰生だが、次のニュースに移るとすぐに片付けを再開する。食器洗いを済ませて洗顔と髭剃りを終え、自室に戻ると着替えて鞄に筆記用具と受験票、地図に参考書が入っていることを確認する。再び1階に下りて髪を整える。丈人も準備を終えて玄関まで出てきている。辰生が一度戸締りを確認してから二人は家を出て、それぞれ反対方向に向けて歩いていく。
最寄のバス停に到着すると、すでに受験生らしき男女が数人いる。少ししてバスがやってくるが、そのバスも座席が埋まっている。目的地まで立ったままになりそうだ。バスに乗り込み吊革に掴まったところでバスが発車する。バスに揺られている辰生の耳に、他の乗客の声が聞こえてくる。
(今日はIS学園の受験まであるのか……道理で多いわけだ)
IS学園とは白騎士事件の後、ISの軍事利用制限や技術公開などを定めた『アラスカ条約』に基づき、日本政府によって設立・運営される世界で唯一のIS専門の教育機関だ。扱いとしては高校に準じるらしく、中学を卒業、もしくはそれに準じた者が受験資格を持つ。もちろん、各国でも軍が中心となってIS操縦者の育成を独自に行なっているが、ISの絶対数が少ないことから狭き門となっている上、生徒に十分な指導が出来る教官の数がまだまだ少ない。そのため、日本はもちろん海外からも入学希望者が殺到しているらしい。辰生には関係ないことだが。
しかし、話を聞いているうちにどうも藍越学園とIS学園の入試会場が同じらしいことに気付き、考えを改める。IS学園の入試はあまりに希望者が多いことから会場を何十箇所にも分けて開催しているが、そのうちの一つと被ってしまったようだ。藍越学園もまた地元企業と太いパイプを持つことから就職を希望する学生を中心に人気があり、また交通の便もあまりよくないことから外部の会場を借りなければ入試を開催出来ないので、被ってもしょうがないのかもしれない。日付くらいはずらして欲しいとは思うが、そうも出来ない事情があるのだろう。
バスに揺られつつ思案していた辰生を余所に、バス停で停車するたびに受験生がバスに押し寄せて車内は鮨詰めとなる。バスが会場最寄のバス停に到着した瞬間、一斉に降りようと人波が動き始める。押し出されてバスを降り、会場前に到着すると目の前には数千人はいそうな人ごみが広がっていた。藍越学園とIS学園の教師や係員が拡声器を手に呼びかけ、整理を行なっているが数が多すぎて追いついていないし、声もよく聞こえない。鞄から受験票取り出し、誘導の声を聞いて歩き続ける。
『アイエ……学園受験番号232から281番までの方、こちらに集合してください』
途中、アナウンスが入るとそちらへ向かおうとするが、人波に押されてなかなか進めない。辛うじて人波から抜け出たものの、押し流されて場所が分からなくなり、地図を頼りに再び歩き出す。そこで前方への注意が疎かになり誰かと衝突してしまい、尻餅をつく。
「痛たた……大丈夫ですか?」
「ええ、すいません」
ぶつかったのは、辰生と同じ年頃の少年だ。藍越学園の受験に来たのだろう。先に立ち上がった少年の手を取り、立ち上がると謝罪してそそくさと歩き出す。少年もまた歩いていこうとするが、やはり人混みに揉まれてどこかへ消える。
辛うじて集合場所に到着して会場に入るが、場内は外以上に人でごった返しており、集団からはぐれて押し出されい、まったく違う場所に出てしまう。会場図を頼りに進んでも、回り道を余儀なくされるなどして上手くいかず、迷子になってしまう。
(時間がない、な……)
腕時計を見ると、試験開始時間まで10分を切っている。人ごみを強引に掻き分けて先を急ぐと、ようやく人がほとんどいない廊下に出る。受験票に書かれた部屋番号と案内図を覗きつつ急ぎ足で進む。十字路に入ったところでまたしても誰かとぶつかり、手から受験票がすり抜けて落ちてしまう。
「痛ってえ……またかよ……すいません、ちょっと急いでいて」
「いえ、こっちも前を見てなかったので」
痛む頭を押さえながら近くにあった受験票を掴んで立ち上がり、謝罪もそこそこに歩き出そうとする。だが、受験票を見て足を止める。自分の受験票ではない。振り返ってぶつかった方に声をかけようとするが、相手の顔を見てあることに気付く。向こうも同じらしく、目を見開いて口を開く。
「あれ?確か会場の外でも……?」
ぶつかった相手は、外でも衝突した少年だ。受験票も少年のものだ。名前は織斑一夏と言うらしい。身長は辰生より若干低く、髪の長さはやや短い。癖毛なのか、横髪が少しばらけている。顔立ちは整っているが、どことなく女性的な部分がある。格好はなぜかジャージだ。どこで着替えたのだろうか。しかし、格好よりも気になることが辰生にはあった。
(この顔、どこかで見たことがあるような……?)
少年こと織斑一夏の顔に既視感を覚える辰生だが、すぐに一夏へ受験票を渡そうとする。
「あの、ちょっと聞いてもいいですか? 御子神、さんの受験票にある部屋なんですけど……これで合ってますか?」
「……いきなりどうしたんですか?」
「いえ、余計なことかもしれませんけど、俺の受験番号の一つ前なのに会場が全然違うんで。俺の受験会場はあの部屋なんですけど、御子神さんはずっと向こうじゃないですか。だからどっちかが間違っているんじゃないかなと思って」
しかし一夏から指摘を受け、すぐに一夏と自分の受験票を確認する。指摘通り、番号は一つしか違わないのに会場がかなり遠い。どちらかが間違っているのだろうか。幸い、一夏の受験票に書かれている会場は近い。確かめるのは簡単だ。
「なら、確かめましょう。会場はすぐそこですから」
「俺も同じこと考えてたところです」
一夏も辰生と同じ考えだったらしく、一夏の受験票に書かれた部屋に向かい、扉を開ける。
「俺のほうが間違いだった、みたいですね……でも、これって……」
「IS……」
扉の先には、薄暗い部屋の中に数機のISが鎮座していた。IS学園の入試では実技も行なうらしいので、それ用のものだろうか。
踵を返して部屋から離れようとする辰生と対照的に、一夏はなぜか逆に部屋の中にふらふらと入っていってしまう。
「……どうしたんですか?」
「いや、こうやって間近でISを見るのは初めてだなって」
どうやら、興味本位が先立ってしまったようだ。付き合う義理はないので黙って出て行こうとする辰生だが、ISを改めてみるとなぜか足が止まってしまう。妙な胸騒ぎを感じるのだ。それに抗えず辰生もまたISの前まで歩み寄ってしまう。
「これが、IS。最強の兵器で、力の象徴で、女が強くなった理由で、そして……」
ISの前に立つ一夏はぽつりと呟く。全て事実だ。しかし、辰生の口からは全く別の言葉が漏れ出す。
「俺たちの、敵……」
「敵?」
「いえ……何でもないです」
なぜか、ISに僅かな敵意と恐怖を感じる自分に戸惑いながらも誤魔化す。一夏はそれ以上何も言わず、今度は触ってみようと手を伸ばす。
一夏の右手が装甲に触れた瞬間、異変が起きた。
「え?」
「なっ!?」
触れられたISが急に光り、一夏の身に装着されてしまったのだ。女にしか動かせないはずのISを、一夏が装着した。衝撃を受ける辰生の脳裏に、ある映像が流れる。
黒いISと銀色のISが夢で自分と共にいた男たちを斬殺し、叩き潰していく光景だ。同時に、無意識のうちに後ずさりをしてしまう。だが、背後にISがあることに気付かず、装甲に背中が触れてしまう。
「これは……!」
辰生の脳内に直接、ISの情報が流れ込んでくる。『打鉄』という機種名、機体スペック、武装名、各種機能、基本的な操縦方法、所属、型番。気付くと辰生もまたISを装着してその場に立っていた。
二人が呆然とする中、IS学園の教員が数人部屋に駆けつけ、絶句してしまって現在に至る。
教員たちも気が動転しており、軍に連絡しようとするかと思えば辰生と一夏に武装解除を要求したり、かと思えば説得を試みたりとパニックに陥っている。一夏に至っては教員の声が聞こえていないのか、呟きを漏らすだけだ。周りが大騒ぎになったことでかえって冷静さを取り戻せたのか、辰生は教員の中で一番若く、一番小柄で、一番気が動転して慌てふためいているメガネをかけた女性に声をかける。
「……あの」
「と、とにかく落ち着いてくださいね!? 変な気を起こしたらお父さんやお母さんも悲しみますから!」
「あの、すいません」
「ひゃ、ひゃい!?」
声を掛けられたとたん、女性は大きく身を震わせて返事をする。しかし辰生はいつもと同じように問いかける。
「これ……どうやったら脱げるんですか?」