インフィニット・ストラトス~少年たちは、誰がために~   作:鈍刀

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第2話 撒かれた火種

 セシリアに絡まれ、怒らせてしまった後。相変わらず悪戦苦闘して授業を受けていた一夏と辰生は、次の授業に臨もうとしていた。一夏はぐったりしているが、辰生は仏頂面のままだ。

 

「御子神、疲れてないのか?」

「別に。疲れたか?」

「ああ、精神的にかなり」

 

 質問に答えた一夏は、黙々と準備する辰生を観察する。

 辰生はかなりマイペースな人間だ。何があろうと自分のペースを崩さない。加えて表情の変化に乏しく、口数も少ないので人によっては不気味に映る。一夏と違い、一向に声をかけられないのもこれが原因だろう。

 しかし、誤解されやすいだけで悪い人間ではないと思う。ズレたところはあるし、発言も辛辣に聞こえる時もあるが、悪意があるわけではない。本人なりに常識や良識は弁えているようだし、なぜだか憎めない。あるいは、姉や幼馴染と長く接していたので、多少とっつきにくい相手でも付き合っていけるからだろうか。

 同時に、一夏は辰生に違和感を覚えている。辰生から強い感情が感じられないのだ。感情がまったくないわけではないことは分かる。表情の変化が乏しいだけで感情表現もちゃんとある。しかし今見せている感情も、コンピュータがプログラムに従って反応しているみたいで、無機質に思える。なんとなくだが、空虚なものを感じるのだ。

 一夏の視線に気付いた辰生は顔を上げる。

 

「どうした?」

「あ、いや、その図太さが羨ましいと思ってさ」

 

 慌てて一夏がごまかした直後にチャイムが鳴り、千冬と真耶が教室に来る。

 次の授業は最大の鬼門だ。授業を受け持つのは千冬で、内容もかなり専門的なものだ。真耶も今回は聞き役に回る。つまり、千冬の圧力がモロにかかってくる。矛先は一番出来の悪い一夏たちに向くだろう。女子は羨ましがるし辰生は平気そうだが、一夏はたまったものではない。千冬の性格からして真耶のような授業は期待できない。出来る人間に合わせて出来る部分を伸ばし、ついていけない者は無理矢理尻を叩いてついていかせるのが千冬だ。

 

「では、授業を始める。教科書を開け……と、言いたいところだが、変更だ。本来はHRで決めることだが、私は会議が入ってな。再来週に行なわれるクラス対抗戦の代表者をこの時間で決める」

 

 授業は中止らしい。生徒が一斉に教科書を閉じると、千冬が再び話し始める。

 

「クラス対抗戦の代表者、すなわちクラス代表は今度の対抗戦出場以外にも、一年間通してやることがある。教員との連絡や補佐、生徒会主催の会議や委員会への出席、授業開始前後の号令や点呼……要するに学級委員、監督生、班長だな。もちろん、クラス対抗の試合にも引き続き出場する。クラス代表の補助や不在時の代行をする副代表もいるが、こちらの設置はクラス毎の任意だ。他の3クラスのうち1つでも副代表を出さなければ、対抗戦に出場することもない。副代表の設置については代表が決まってから決める。この時点で質問は?」

 

 千冬は一度言葉を切り、誰も質問する気配がないことを確認して話を再開する。

 

「では、クラス対抗戦について説明する。今回行なう対抗戦は、代表の試合を通して現時点でのクラスの習熟度を測るものだ。つまり、代表の戦いぶりでクラス全体の評価を下す。もっとも、今はまだ大した実力差は出ないだろう。対抗戦は競争心を生み、向上心を育む。差が出てくるのは、それからだ」

 

 かなりプレッシャーがかかる立場らしい。一夏はやりたくないと強く思う。周りについていくので精一杯なのに勘弁して欲しい。

 

「最後に言っておくが、クラス代表はよほどの事情がない限り交代しない。相応の責任を伴うが訓練機の優先貸与などメリットもある。そのことをよく考えろ。では、選考に移る。まず、我こそはと思う者はいるか?」

 

 千冬の問いに誰も手を挙げようとしない。

 

「やはりこうなるか……では、推薦したい者はいるか? 自薦も引き続き受け付ける。意見が出なければ勝手に指名するぞ」

 

 千冬が言葉を切った途端、一気に手が10本挙がる。一夏が押し付けられる側を憐れむと、千冬がまず1人指名する。

 

「はいはーい! 私は織斑一夏くんがいいと思いまーす!」

「……え?」

 

 一瞬、耳を疑う。今、誰を推薦すると言ったのか。

 

「私も、クラス代表は織斑くんがいいと思います!」

「私も夜竹さんに賛成です! 織斑くんにお任せしたいと思います!」

「不肖岸原理恵、織斑一夏くんをクラス代表に推薦しまーす!」

「右に同じ! やっぱりインパクトとかあった方がいいと思いますし!」

「って、ちょっと待った! どうしてそうなるんだよ!?」

「騒ぐな、織斑。推薦されただけだろう。座っていろ」

 

 今のところ、指名された5人全員が一夏を推薦した。一夏は席を立って声を上げ、千冬が冷たく遮る。今はまだ推薦されただけだ。他の推薦や自薦を祈りつつ一夏は座り直す。千冬は残りを指名していく。

 

「私も織斑一夏くんを推薦しようと思って……いましたが! 変更します! ここはあえて変化球、御子神辰生くんを推薦しちゃいまーす!」

 

 6人目が名前を挙げた瞬間、辰生も女子へ顔を向ける。表情には僅かな驚きがある。

 

「私も御子神くんを推薦しちゃいたいと思いまーす!」

「御子神くん、真面目そうだしプレッシャーにも強そうだし、クラス代表に最適だと思います!」

「インパクトなら御子神くんかな。だから御子神くんに一票で!」

「無投票で終わりじゃつまらないし、御子神くんには織斑くんと一騎打ちをしてもらいたいでーす!」

 

 一夏だけでなく、辰生まで担ぎ上げられてしまった。一夏は小声でぼやき始める。

 

「まったく、無責任なこと言ってくれるよ」

「……やられた」

「え?」

「俺たちは、スケープゴートだ」

「御子神、どういう意味だよ?」

「代表の成功は目立つが、失敗はより目立つ。一番劣ったものが目立てば、周りはより良く見える」

「……なるほど、そういうことかよ」

 

 一夏は辰生の言わんとしていることを理解する。

 彼女たちは興味本位だけで推薦したわけではない。クラス代表は確かにメリットがある。練習機を優先的に使え、教員に顔を売れること、試合で自分を売り込む機会が増えるのは魅力的だ。しかし、失敗を晒すリスクも大きくなる。最初は気にされないだろうが、次第に評価が厳しくなる。他クラス代表という比較対象がいれば、些細な差もよく目立つ。前提条件が同じなので、その差は才能や努力の差を表す。少なくとも、周りはそう見なす。スタートが同じことが平等とは限らない。才能のある者とない者にとっては不平等で、残酷だ。

 一夏や辰生と違い、彼女たちは激しい競争を潜り抜けたエリートだ。一見ただの女子高生だが、頭の良さや思慮の深さは一夏と比べ物にならない。それに自分の限界を何度も見ている。座学の成績、操縦適性、模擬戦の結果、同年代の国家代表候補がいる事実が、己の限界を突きつける。大半の生徒は頂点に立てないことを諦観の念と共に受け入れている。だから、クラス代表は己の限界を内外に晒すだけで損だ。仮に上手くやれても、今度は嫉妬が集まり足を引っ張られることもありえる。

 そこで一夏か辰生を祭り上げる案が出てくる。一夏と辰生はずぶの素人、未熟で当然だ。周囲もISを動かせる事実を重視しているので、上手い下手は二の次だろう。なにより、代表が失態を晒していれば、周囲はマシに見える。いわば引き立て役、踏み台だ。クラスの評価が下がるリスクはあるが、ISとは所詮個人競技の世界、最終的な個人評価はさほど下がらない。一夏と辰生が上達しても女子に損はない。姑息だが、安全策としては悪くない。

 だが、一夏は責める気になれない。彼女たちは将来を少しでも良くせんと努力している。彼女たちは競争を続けるうちに、こうした処世術を無意識で身につけてしまったのだ。高校生活を楽しむ一方、自然と打算も働かせているだけだ。それに、一夏も一度は『諦めた』側の人間だ。気持ちは理解できる。

 もっとも、押し付けられるのはごめんだ。一夏は囁くように辰生へ話しかける。

 

「御子神、代表をやる気は?」

「ない」

「だよな……俺もやりたくない。こっちも誰か推薦するか?」

「無駄だ。数が違う」

「それに俺たちが『敵』認定されちまうか」

 

 辰生の言うとおり、誰か推薦しても女子に数で押し切られる。下手をするとクラス中から『敵』と認定されかねない。

 

「けど、こんな見事にやられるなんてな……悔しいとか、こんな結果ひっくり返してやろうとか思わないか?」

「今さらだ。推薦されたことは覆らない。逆転の目もない」

「つまりは、どうしようもないってか。これからどうする?」

「推薦が2人出た以上、決定権は織斑先生にある。判断を待つ」

「ですよねー……それにしても切り替えが早いな、御子神は」

「反省は後でいい。引き摺っても仕方がない」

 

 辰生はすでに頭を切り替えたようだ。やられたと言った瞬間は悔しかったのかもしれないが、言い終わるときには切り替わったのだろうか。

 

「他に推薦はないか? なければ……」

「お待ちくださいッ! 織斑先生!」

 

 千冬の話を遮り、机が荒々しく叩かれて金切り声が響き渡る。一夏や辰生も声の主に注目する。

 

「オルコット、どうした?」

「どうしたもこうしたもございません! こんなの、納得がいきませんわ!」

 

 声の主はセシリアだ。椅子から立ち上がり、怒りが全面に出ている。しかし千冬は静かに問いかける。

 

「何が納得いかないと言うんだ?」

「全てが、ですわ! 推薦された者も推薦された理由の軽々しさも異を唱えない方々も、全て!!」

 

 セシリアは一気にまくし立てると今度はクラス全体を睨みつけ、吼える。

 

「あなたたちにはISに携わる者としての自覚や誇り、向上心がございませんの!? 自分たちがどれだけ努力を重ね、才能を磨いてきたかよく分かっているはずです! せっかくその成果を示す機会を得たのに自らドブに捨て! 面白半分でド素人を推薦するとは何事ですか!? 不真面目極まりないですわ! 恥を知りなさい!」

 

(正論、だな。だからこそ避けられんだけど)

 

 言い方こそキツいが正論だ。推薦の理由が理由だ。だから誰もセシリアに反発せず、気まずそうな顔をしている。

 同時に、一夏はセシリアが推薦されない理由を悟る。正論とは常に耳が痛い。だから正しくても反発するし、言う側を敬遠する。

 それでもセシリアに喝采を送りかけた一夏だが、すぐ水を差される。

 

「クラス代表に無知で無礼で無力な男を据えるなど、学園中に恥を晒すようなものですわ! クラス全体の評価が落ち、わたくしたちの悪評に繋がります! そんな辱め、耐えられません! 代表ならばよりふさわしい者がいるではありませんか! 国家代表候補生で、入試首席でもあるわたくしが! 実力から言えばわたくしを推薦するのが当然、それを物珍しいだけで男どもを推薦されては、たまったものではありません! サーカスや動物園のマスコットを決めるのとは訳が違いますのよ!? わたくしがここに来たのはISの修練を積むためであって、獣を調教したり、世話をするためではないのです!」

 

 自分が推薦されなかったことが気に入らなかっただけらしい。機嫌を損ねていたこともあり、セシリアは2人を人間扱いしていない。

 

「気候も文化も違う極東の地で暮らすのはただでさえ大変だというのに、珍獣2匹と意識の低すぎる方々に合わせるなど、我慢できません! 織斑先生も甘い対応をしていては『ブリュンヒルデ』の名が泣くと……!」

「いい加減にしろって。見苦しいんだよ」

 

 セシリアが捲し立てる途中、一夏が割り込む。自分だけならまだしも、辰生や箒をはじめとしたクラスメイト、そして千冬まで槍玉に挙げたことで頭に血が上り、言い返してしまった。一瞬後悔する一夏だが、つかつかと歩み寄るセシリアを見て立ち上がる。

 

「今、何と言ったのですか? 見苦しいと言ったように聞こえたのですが?」

「ああ。推薦されなかったからってごねるのは見苦しいって言ったんだ。耳掃除してるか?」

「あら……どこが見苦しいと!? わたくしは物の道理を説いただけのこと。見苦しいと言われる筋合いはございませんわ!」

「偉そうに。もっともらしいことを言って、結局は思い通りにならなかったことをひがんでるだけじゃないか」

「そんな下衆な捉え方しか出来ないとは、無知蒙昧でどこの馬の骨かも分からぬ卑しい男は言うことも違いますわね! 何を言っても無駄でしょうから、口を閉じていなさい!」

「図星突かれて逆上かよ。あんたこそ、これ以上醜態晒すのやめなよ。それとさっき言われたこと、そのまま返してやるよ……お里が知れたもんだな。どんなにカッコつけてもメッキが剥れてるぜ、エセ貴族!」

 

 自分の生まれを侮辱することは、千冬の生まれも侮辱することだ。一夏の怒りが最高潮に達する。セシリアも顔が真っ赤に染まる。

 

「わたくしを偽貴族呼ばわりするなんて! 『ステュアート朝』より続くオルコット家の現当主として、侯爵(Marchioness)の称号を持つこのわたくしを! その発言、今すぐ取り消しなさい!」

「知るかよ! 今時そんな代物、ケツ拭く紙にもならないってのに!」

「口を慎みなさい、下郎! やはり無知蒙昧を通り越した畜生のようね! こんな愚物の下につくなど、尊厳に関わります! なのに周りはこんなモノを祭り上げて!」

「なら最初から自薦すればよかっただろ!?」

「高貴なる者ははしたない真似をいたしません! 優れた者が相応の地位を得るのは当然、なので皆さまの良識に任せましたのに、推薦されたのは男が2匹……こんな不条理、許せるものではありません!」

「結局はひがみか。しかもチンケなプライドが理由とか、聞いて呆れるな。肩書きが立派で強くても、獰猛なブルドッグをお上品なプードルの品評会に出す馬鹿がいるかよ! あんたを代表にしたら、末代までの恥だ!」

「言わせておけば! ではあなたが代表になると!? 笑わせないで下さいな! 省みなさい、あなた方が晒してきた醜態を! 挨拶も出来ない参考書はなくす授業はついていけない常識も知らない! こここまで能力も意欲もない者など、他におりません! そんな者が代表になるなどおこがましいですわ!」

「別に俺は代表なんか……!」

「よせ、織斑」

 

 セシリアと口論を続ける一夏を、辰生が遮る。今度は視線が辰生に集まる。注目されても辰生は静かに話を続ける。

 

「続けても無駄だ。時間を考えろ」

「でも御子神! なんとも思わないのかよ!?」

「罵倒は別として、正論だ」

 

 辰生の指摘に呆気にとられた一夏と対照的に、セシリアは得意げに笑って辰生の隣まで歩み寄る。

 

「あら、あなたには多少良識があるようですね」

「我々の能力不足と推薦理由については、事実なので」

「話が通じて助かりますわ。まったく、愚かな獣の相手がここまで大変だと思いませんでした。今後は身の程を弁えてほしいものです。ねえ?」

 

 答えて前を向いた辰生の横でセシリアは言い募り、最後に甘ったるい声で同意を求める。

 

(同意求める相手、間違えたな……)

 

「……何か?」

 

 内心一夏が呟くと、辰生は一拍置いて尋ねる。するとセシリアの口元が微かに震える。

 

「聞いていなかったのかしら? わたくしは、獣の相手に苦労したと言ったのです」

「そうですか」

「そうですか、ではございません。何か言うことが、ありますでしょう?」

「大変でしたね」

「ええ、大変でしたのよ……まだ、ございませんの?」

「まだ?」

「まだ、ですわ」

「……お疲れ様です」

「違いますわ!」

 

 少し思案した辰生が答えた直後、セシリアは怒りを再燃させる。

 

「あなた、やはり馬鹿にしておりますの!? ねぎらいなど求めておりません! 同意を求めておりましたの!」

「同意?」

「話の流れからしてそうだったでしょう!? ただ一言『そうですね』と言えばよかったものを!」

「では、そうですね」

「今さら遅いですわ! あなたも負けず劣らずの能無しだったとは! 大体、わたくしが正しいと認めたのですから、間違った男を咎めるべきでしょうに!」

「織斑は、間違ったことを言っていませんが」

「何を言っているのですか!? 先ほどと矛盾しているではありませんか!?」

「いいえ。あなたは代表選考に異議を唱え、織斑は抗議の理由について言った。論点が違うので矛盾しません」

 

 詰まることなく辰生が言い終えると、セシリアが全身を震わせながらゆっくり口を開く。

 

「あなたも、わたくしが、代表に推薦されなかった、『ひがみ』で突っかかっただけだと……それが、正しいと?」

「はい」

 

 辰生が即答した瞬間、セシリアが机を思い切り叩く。

 

「いい加減にしなさい! 男の分際でケチをつけるなんて! 身の程を知りなさい! この、極東の猿(イエローモンキー)どもッ!!」

 

 セシリアは激昂して机を何度も叩きながら辰生へ罵声を浴びせ始める。

 

「いいこと!? わたくしたちとあなたたちでは格が違うのよ!? あなたたちが疑問を差し挟むことも逆らうことも、許されない! あなたたちはただ服従すればいいの! 理解していますか!? していないのならすぐ理解しなさい! できないなら無理矢理にでも理解させる! 今すぐ! この場で!!」

「そうですか。では我々に何を望むのですか? 謝罪、または同意ですか? どうすれば満足しますか?」

「黙りなさい! これから調教してあげるのだから! どうせぶたなければ理解出来ないでしょう!? 言ってもダメなケダモノは!」

「わかりました、ご自由に。織斑先生や他の生徒が迷惑するので、早く済ませて下さい」

「その態度が不遜だと言っているのよ! 大体あなたは……って、話はまだ終わっておりませんわ! ちょっと、聞いているの!?」

 

 罵倒を続けるセシリアに気圧されず言い捨てた辰生は再び前を向く。セシリアが机を強く叩き、罵声を飛ばし続けても反応しない。喚かれても視線を送りさえしない。

 黙って前を向く辰生に一夏が話しかける。

 

「御子神、いいのかよ?」

「これ以上は無駄だ。付き合う理由もない」

「無駄って、調教とか色々言ってるぞ?」

「口だけだ」

 

 セシリアの罵倒と机叩きが、ピタリと止まる。

 

「口だけって、どういうことだよ?」

「殴る気があるなら、もう殴っている。しかし、手を出していない。つまり気がないか、出せない」

「確かにそうだな……反撃が怖いか、怒られるのが怖かったり? どっちにしても情けないな」

 

 セシリアの顔から、血の気が引く。

 

「理由は知らん。だが、騒ぐだけなら害はない。疲れるか、織斑先生が制止すれば勝手に終わる。むしろ、制止が望みかもしれないが」

「制止が望みってどういうことだ?」

「脅しで拳を振り上げたはいいが、降ろすタイミングを失った。自分から降ろしたくないから大義名分が欲しい。だから、待っている。殴るとは早く止めろという合図だ。十中八九、殴る気はない」

 

 セシリアの体から、震えが消える。

 

「なるほど、本当にしょうもない……」

「お二人とも、少しよろしいかしら?」

 

 そしてセシリアは一転し、静かな口調で問いかける。一夏は顔を向け、辰生も少し遅れて続く。

 

「何か?」

「お二人は、わたくしが暴力を振るわないのは、臆病だからだとか、脅しのつもりだったからだと、思っているのですか?」

「さあ? もしかして、どっちもだったり?」

「……では、もしあなた方に『決闘』を申し込んだら、いかがしますか?」

「決闘? おい御子神……」

「脅しなら、受ければ勝手に退く」

「なるほど……いいぜ、俺は」

「では、あなたは?」

 

 セシリアが尋ねると、辰生は答える。

 

「ご自由に」

 

 教室内が無音となり、妙な空気が流れる。

 セシリアは無言で辰生の席を離れ、教室のロッカーへ向かう。扉を開けて自分の荷物から何かを取り出し、再び最前列に戻る。その手に乗馬用の白い手袋が握られているのを一夏が見つけると、セシリアは立ち止まる。そして一夏の顔面に手袋の片方を投げつけ、もう片方を辰生に叩きつける。二人が顔に当たった手袋を手にした瞬間、セシリアが声を張り上げる。

 

「決闘、ですわ!! セシリア・オルコット、この場で織斑一夏と御子神辰生の両名に決闘を申し入れます! その手袋を手にした以上、拒否することは許しません! わたくしが言葉を尽くし、敢えて手を出さずにいたことをここまで侮辱されて黙っていては、沽券に関わります! 場所と時間はわたくしで指定します! 手段は2人で決めなさい! 拳闘、剣術、ナイフ、拳銃、いかなるモノでも受け入れます! よく考えて選ぶことね!」

「そこまでだ、オルコット」

 

 一夏と辰生が返事をする前に千冬が口を出す。剣呑な雰囲気に呑まれて何も言えなかった他の生徒や真耶と違い、敢えて静観していたようだ。

 

「織斑先生! なぜ止めるのですか!?」

「いかなる理由があれ、生徒同士の私闘は認めん。それがルールだ。例外はない。若い操縦者なら変に賢しらぶるより、闘争心のある方が好ましいと個人的には思う。どうせこの後、力ずくで矯正されるからな。しかし、口喧嘩ならともかく私闘に及ぶのは見逃せん」

「では屈辱を甘んじて受けろと言うのですか!?」

「最後まで話を聞け。決闘そのものを否定したわけではない。代表は優れた者がなるべきと言ったな? ならば手っ取り早い方法がある」

 

 千冬は一度言葉を切り、改めて一夏、セシリア、辰生に告げる。

 

「オルコット、織斑、御子神、お前たちには1週間後、ISによる決闘を行なってもらう。その勝敗によりクラス代表を決定する。オルコットは自分の『専用機』を使用しろ。織斑と御子神のISはこちらで用意する。オルコット、異存はないな?」

「はい! もちろんですわ!」

「それと織斑、御子神、お前たちにも責任があることを忘れるな。喧嘩を買ったのは織斑だ。決闘に至った原因は御子神にある。拒否権はない。ケジメはつけろ」

 

 セシリアはもちろん、一夏も異存はない。売られた喧嘩は買うまでだ。辰生も異を唱える気はないようだ。

 

「しかし、あなた方に勝ち目がなくなりましたわね。先に言っておきましょう。決闘が終わり次第あなた方を下僕、いえペットとして躾けてあげますわ。二度と逆らえぬよう、従順になるまで」

「そういうのは勝ってから言うもんだろ? 後で吠え面かいても知らないぜ」

「無知とは恐ろしいですわね。とはいえ、弱者を一方的に嬲る趣味はございません。ハンデをあげてもよろしくてよ? 何でも構いませんわ」

「いらないね、そんなの。逆にこっちがハンデをやろうか? 俺は男だからな」

 

 セシリアに負けじと言い返す一夏だが、教室から笑い声が聞こえてくる。

 

「織斑くん、本気で言ってるの? そういうのってもう古いよ?」

「しかもIS同士の戦いで言ってもねぇ……」

 

 女子たちが言う通り、男は女より強く、女を守るものという時代は終わりつつある。ISが登場してからは急速にそれが進んでいる。

 続けてセシリアは辰生へ水を向ける。

 

「あなたはどうかしら?」

「こちらは完全武装、そちらは非武装というのは?」

「構わなくてよ? 戦力差を少しは冷静に計算出来ているようですが、わたくしの勝利は揺るぎません」

「では追加でそちらは一歩も動かず、攻撃と防御も一切……」

「いや、流石にダメだろ」

「……先ほどの発言、訂正します。決闘が成立する範囲で、と付け加えますわ」

 

 辰生に一夏がツッコミを入れ、セシリアも頭を抱えて付け加える。そこで千冬が口を挟む。

 

「だが織斑、御子神の方がまだ戦力差を見れているのは確かだぞ? オルコット、ハンデをやりたければ私から指定してやる。今回の決闘、織斑と御子神を両方相手にしろ。私の前で大口を叩いたのだから、相応の力は見せてもらうぞ?」

「わかりました。2人がかりなら多少はマシでしょうから」

「いくらなんでも、2対1ってのはちょっと……」

「自惚れるな。今のお前たちは2対1で辛うじて試合になるレベルだ。それほどの差があると理解しろ」

 

 男2人で女1人に挑む構図に難色を示す一夏を、千冬がバッサリ切り捨てる。辰生は無反応だ。構わないらしい。

 

「クラス代表については決まった。さっさと席に戻る……前に、やることがある。立て」

 

 話が終わると千冬は座っていた辰生を立たせ、一夏と共にセシリアをその場に残す。

 

「授業妨害の罰、受けてもらうぞ」

 

 そして3人の頭へ出席簿の一撃を加えるのであった。

 

◆◇◆◇◆◇

 

 最後の授業とSHRが終わった直後。辰生は鞄に教科書を詰めていた。借りた参考書は真耶へ渡した。代わりの参考書は職員会議が終わったら取りに行く。時間が空いているので、1週間後に備えて操縦の練習をするつもりだ。ISは申請して借りられると真耶から説明された。

 隣に座る一夏には女子が寄ってきているが、辰生は遠巻きで何人か視線を向けるだけだ。そっちの方がありがたいが。辰生は着替え類が入った手提げ袋を持って教室を出ようとする。しかし一夏が呼びかける。

 

「御子神、どこ行くんだよ?」

「ISの練習だ」

「なら俺も行くよ。1週間後だもんな、決闘。でも断らなくてよかったのか?」

「俺に決定権はない。やるだけだ」

 

 責任を取るのは当然だ。練習もせず負けては責任を取ったと言えない。どこまで出来るかわからないが、やるだけだ。

 

「でも練習するって言ってもISはどうするんだ?」

「申請すれば借りられると聞いた」

 

 立ち上がった一夏は女子に別れを告げて辰生と合流し、並んで教室から出て行こうとする。

 

「待て、一夏。どこへ行く?」

 

 しかし廊下に出たところで呼び止められる。一夏は振り向き、辰生も足を止める。

 呼び止めたのは、箒だ。両腕を胸の前に組んで立っている。表情はやや険しい。

 

「箒、どうしたんだ?」

「どうしたんだ、ではない。御子神を連れてどこへ行くのかと聞いたのだ。1週間後に決闘があるというのに」

「その決闘に備えて訓練するんだよ」

「訓練だと? 素人2人でか?」

 

 一夏が正直に答えると箒の表情がますます険しくなる。

 

「だって他に相手がいないし」

「ふん、素人同士で練習になるか。せめて経験者を混ぜろ」

「簡単に言うけど、相手になってくれる人なんて……」

「あら、ちょうどいいタイミングだった?」

 

 扉の前で話していると、廊下から女子生徒が話に割り込む。胸元を見ると、箒やクラスメイトと違いリボンの色が赤い。見覚えのない顔だ。一夏を見ると怪訝そうな顔をしている。箒も知り合いではないようだ。3人が黙るのを見た女子は笑って続ける。

 

「驚かせてごめんなさい。私は見ての通り、3年生よ。えっと、織斑一夏くんと御子神辰生くん、よね。どっちが織斑くん?」

「俺、ですけど」

「じゃあ彼が御子神くんね」

 

 赤いリボンを見せた女子は2人を交互に見比べて再び口を開く。

 

「OK、覚えたわ。2人とも、1週間後にISを使って決闘するのよね? 隠しても無駄よ、女の情報網は光より速いの。みんなもう知ってるわ。2人ともISをまともに動かすのは初めてでしょ? だからレクチャーしてあげようと思って」

「なぜですか?」

 

 レクチャーを申し出た上級生に辰生が疑問を差し挟む。

 

「うーん、フェアじゃないから、かな。素人を代表候補生がいじめるなんて不公平だし。だから手助けしようと思って。あとお近づきのしるしに、ね? 悪い話じゃないと思うんだけど」

「御子神、どう思う?」

「断る理由はない」

「そっか、なら……」

「結構です! 一夏は私が指導しますから! これから練習があるので、失礼します!」

 

 一夏が答える直前に箒が割り込み、腕を掴んで引っ張り始める。呆気に取られた一夏は引き摺られるが、上級生が進路を塞ぐ。

 

「ちょっと待って。織斑くん、彼女が言ったこと、本当?」

「え、いや、その……」

「本当です。どいてください。時間が惜しいんです」

「なんで嘘をつくの? 彼、戸惑っているし。第一、あなたは1年生でしょ? 教えられるだけの実力があるの?」

 

 箒は一夏の発言を再び遮り、上級生の言葉に答えず睨んでその場を去ろうとする。

 

「……もしかして、篠ノ之箒さん? 篠ノ之束博士の妹の」

 

 しかし上級生がISの発明者の名を出すと、ピクリと身を震わせて立ち止まる。同時に、面白半分に見ていたクラスメイトが何人か口を出してくる。

 

「やっぱりそうだったんだ。篠ノ之って苗字、珍しいからまさかと思っていたけど」

「すごいよね、千冬様の弟と博士の妹がウチのクラスにいるんだから」

「でも羨ましいなぁ、お姉さんにたくさん教えてもらっただろうし」

「専用機とかもお願いしたら作ってくれるんじゃない?」

「ねぇ篠ノ之さん、お姉さんに私のこと紹介してくれない?」

「あまり、関係ないと思いますが」

 

 上級生やクラスメイトが囃し立て始めた途端、箒が振り向いて何か言おうとするがその前に辰生が指摘する。

 箒や上級生、一夏とクラスメイトの視線が一気に集まるが、構わず話を続ける。

 

「年齢的に彼女がISの発明に携わったとは思えません。また、代表候補生や入試首席でないことから、特別な指導や教育を受けていない可能性が高いかと」

「言われてみれば……けど家族ってだけでもすごいじゃない?」

「どこが?」

「え?」

「彼女のどこに価値があるのですか? 博士の業績は博士個人によるもの。彼女は関係ありません」

「でもほら、そこは家族だしお願いすれば便宜を……」

「篠ノ之博士は3年前に失踪したと聞きます。つまり、家族とも連絡がつかないかと」

 

 辰生が疑問点や推測したことを正直に話すと、全員が沈黙する。なので辰生も黙る。

 少し沈黙が続くと、一夏が口を開く。

 

「ま、まあ、俺もそうだけど家族と言っても所詮は他人、同一視しないほうがいい。だよな? 御子神」

「ああ」

「う、うむ。そういうことだ。御子神、一夏を借りても構わんな?」

「どうぞ」

「って、いいのか? 一緒に教えてもらわなくても」

「構わん。すでにいる」

「でも俺、箒から教えてもらうなんて……」

「後はお前の問題だ。俺は関係ない」

 

 箒の頼みを承諾したのを見て一夏が疑問を差し挟むが、辰生は首を振る。結局、言い募る一夏に辰生が一言告げ、箒は一夏をどこかへ引っ張っていく。集まった女子たちも解散し、上級生と辰生が残る。

 

「あなた、空気読めないって言われるでしょ……まぁいいわ。あなたはどうする? 指導、受けてみる?」

「お願いします」

「決まりね。ついてきて」

 

 辰生が頭を下げると上級生は歩き出し、辰生も続く。

 自分は人としておかしいのだろう。周囲からの感情や評価に無頓着なところがある。だから諍いになりやすい。しかし直す気も起きない。それが良くないことも、将来困るとも理解しているが、他人事で危機感がない。あるいは、自分自身に一番無関心なのかもしれない。

 そんなことを考えながら上級生の先導に従い、ISアリーナに到着する。廊下を通ってゲートをくぐると、目の前に広大な空間が広がる。上級生に従って中心部に向かう。周囲には観客席やモニター、電光掲示板が立ち並ぶ。アリーナの中心には1機の『打鉄』が鎮座し、周囲に2つの人影がいる。

 どちらも女性で、身体にフィットした薄手の黒い『ISスーツ』を着用している。片方は背が高く、長い金髪をホールテールにし、豊かな胸の膨らみがISスーツを突き破りそうだ。もう片方は小柄で猫背気味な体躯と、無造作に伸ばした太い三つ編みの髪が特徴的だ。いずれも見たことがない。疑念を抱きつつ『打鉄』の前に到着したところで、長身の女性に上級生が声をかける。

 

「お待たせ。ご所望どおり、連れてきたわ。御子神辰生くんの方をね」

「お疲れさん、わざわざ悪いな」

「いいのよ、すっぽかしたお詫びだから」

 

 上級生は女性と会話を交わすと辰生の方を向く。

 

「後はあの2人が指導してくれるから」

「どういうことですか?」

「実は彼女たちと模擬戦をする予定で訓練機を借りたんだけど、急用が入って。でも彼女たちは忙しい中時間を作ってくれたのに、何もしないのは申し訳なくて。何かお詫びが出来ないかと聞いたら、君か織斑くんを連れてきてほしいって言うから」

「では、指導は……」

「ウソじゃないぞ? 指導するのは、オレだがな」

 

 説明を聞いている途中で女性が割り込み、話を続ける。

 

「オレはダリル・ケイシー。アメリカの代表候補生で、3年生だ。IS学園に男が入って、イギリスの代表候補生と決闘すると聞いて、興味が沸いてな。どんなヤツか確かめたかったんだ」

「私もちょっと興味あったッスしね。ISを動かした男たちがどんなものかと。でも、見た目は意外と普通かな。あ、私はフォルテ・サファイヤ。2年でギリシャの代表候補生。よろしく」

「じゃあ、私はここで。頑張ってね?」

 

 長身の女性ことダリル・ケイシーともう一人、フォルテ・サファイヤは全身を舐め回すように観察する。上級生が歩き去ると2人は観察をやめて辰生の前に立つ。

 

「まぁ、そういうこった。時間が来るまで、オレが少し稽古つけてやんよ」

「なぜ、訓練を?」

「言われなかったか? フェアじゃないって。代表候補生が素人2人とISで決闘なんて、虐殺に近い。だから同じ代表候補生として、少しでも勝負が成り立つようにって思ったのさ」

「それと借りた訓練機を使わずに返すの、もったいないしね。訓練機借りるのがどんだけ大変かわかる? ここ1週間は全機予約が埋まってるんスよ。1時間しか借りられないのに」

「説明はここまでだ。ISスーツはあるだろ? 近くにロッカーがあるから、着替えてきな」

 

 指示を受けた辰生はロッカーに向かい、着替えて再び2人の下に戻る。

 ダリルとフォルテの前で立ち止まり次の指示を待つと、ダリルが辰生の手足や胴を触り始める。

 

「へぇ、悪くない。胸板はそこそこあるし、腹筋もちょっと浮き出てる。何かスポーツはやってたのか?」

「いいえ」

「それでこれとは大したもんだ」

「先輩、何してンスか?」

「何って、ボディチェック。妬いてんのか?」

「い、いや、そういうワケじゃ……」

「安心しろよ、終わったらシャワー室で可愛がるから」

「なっ!? そーいうのは他人に聞かれないよう言ってくださいよ!」

 

 途中からダリルのからかいにフォルテが顔を赤らめて声を上擦らせる。どんな関係かは知らないが、早く始めてほしい。

 

「まだ、続きますか?」

「あれを見て顔色一つ変えねえとか、やるな。なに、もうすぐ終わる、さ!」

 

 腹筋を指でなぞっていたダリルは突然拳を固め、腹を殴りつける。鈍い痛みと衝撃が走り、拳がめり込んで軽く跳ね返る。するとダリルの口元が微かに歪む。

 

「へぇ、なんて堅さだよ……ゴムで包んだ鋼鉄を殴ったようだ。しかも呻き一つ漏らさず、表情も全く変わっちゃいない。本当に何もやってなかったのか?」

「はい」

「おまけに度胸も据わってる。コッチも縮んで……」

 

 ダリルは続けて股間に手を伸ばすが掴んで止める。

 

「おいおい、こっちのチェックはさせてくれないのか?」

「急所ですから」

「ったく、オレに触られるのはイヤか? 色気とかないのかね……ここまで動揺されないと、女として自信がなくなる」

「なくてもいいじゃないっスか。その方が安心できますし」

「やっぱり可愛いヤツだ……今日は6回戦までだな」

「だから! 他に人がいないときで言ってくださいよ!」

「まだ、ですか?」

 

 再び2人だけの世界に入ろうとするダリルとフォルテに辰生が割り込むと、フォルテが呆れた顔をする。

 

「あんた、かなりのツワモノだね……心臓が毛むくじゃらになってそう」

「だが、丁度いい。ISを着けな。まずは歩くことと飛ぶこと、だ」

 

 指示を出した直後、光と共にダリルの四肢を装甲が包み、機械の翼が出現する。ISだ。

 

「専用機を見るのは初めてか? こいつがオレの専用機、『ヘルハウンド』だ。専用機には待機形態ってものがあって普段は量子化、物凄く細かく分解された状態で格納されてる。そして必要な時に展開する。着け方はわかるか? フォルテ、補助してやんな」

「了解っス。さ、こっちだよ」

 

 辰生はフォルテに呼ばれて『打鉄』に歩み寄り、レクチャーを受けつつ装着を開始する。自分の意思で装着するのは初めてだ。手順を確認し、全身に装甲を纏ってシステムが立ち上がる。視界が一気に広がり、視野に様々なデータが表示される。相変わらず妙な感覚は残っているが、無視できる範囲だ。

 辰生はゆっくり大地を踏みしめて歩き出す。動作はぎこちなく、少々おぼつかない。だが、入試会場で模擬戦をした時に比べればマシだ。最初は歩くことさえ出来ず、模擬戦中は教員から歩行と飛行の指導を受けていた。

 

「大変だろ? ISのせいで歩くことを『意識』しちまうからそうなる。御子神、考えるな。歩くと思うな。フォルテのところまで『行く』と思え。そうすりゃISが勝手に補正する」

「わかりました」

 

 ダリルのアドバイスを、辰生は実行に移す。装甲への違和感を無視し、いつもと同じようにフォルテがいる地点まで歩みを進める。するとぎこちなかった手足が、見えない力に導かれて動き始める。フォルテがアリーナの中を歩き回り、それを追ううちに動作が自然なものに変わる。最終的にフォルテの動きを追わず、アリーナを滑らかな歩行で一周したところで、ダリルが止める。

 

「上出来だ。この感覚を忘れるな。次に飛ぶ練習だ。これはもっと簡単、『飛ぶ』じゃなくて浮く』と考えろ。力を抜いて身を委ねろ。後はISが浮かせてくれる。止まりたい位置を思い浮かべれば、自然と止まる」

 

 ダリルの身体が静かに空へ浮かび、アリーナの外壁程度の高さで静止するのを見て辰生は『浮く』ことを意識する。身体がゆっくり浮き上がり、ダリルの近くで止まろうと思うと本当に静止する。

 

「空中の移動も基本は同じだ。行きたい場所を思い浮かべ、『行く』と思う。ゆっくりと思えば遅く、急いでと思えば速く移動するようにスラスターの推力は調節される。大まかな動きもISがやってくれるが、細かい調整や急な制動は身体の動きが必要になる。ちょっと身体を曲げたりとかな。感覚は身体で覚えるしかない。ついてこい」

 

 ダリルはアリーナ内を飛び回り始め、辰生もダリルを追う。ダリルは時にゆっくり、時に速く、スピードやコースを変えて滑らかに飛び続ける。辰生の飛行はぎこちなく、荒っぽい。それでも少しずつコツを掴み、ダリルの動きを真似る。最終的にダリルの飛び方をほぼ真似出来るようになったところで地上のフォルテが合図を出す。

 

「最後は、着陸だ。これも簡単、地面に降りるとイメージしろ」

 

 ダリルの身体がゆっくり降下をはじめ、辰生も少しずつ高度を下げる。ダリルより少し遅れて辰生も無事着陸する。

 

「なるほど、いいセンスだ。けど今日はここまで、時間切れだよ。明日以降も付き合ってやりたいが、こっちも忙しいし練習機が確保できない。後はシミュレーターで復習しな。今の状態なら、変なクセもつかないだろ。武器や各種機能は授業で習うからいいや」

「後片付けはやっとくし、先に帰ってよ。シミュレータールームは図を見ればわかるでしょ」

「はい。ご指導ありがとうございました。失礼します」

「おう、頑張れよ?」

 

 辰生は一礼し、ISを脱いでアリーナから離れる。途中で振り向くとダリルはフォルテの腰を抱き、顎を持ち上げ顔を近づけている。すでに辰生は眼中にないようだ。そのままロッカーへ戻り、着替えてアリーナの出口を目指す。

 

(あの目は、妙な……)

 

 分厚い金属製の壁に囲まれ、薄暗く長い廊下を歩きつつ辰生はダリルのことを思い出す。

 訓練中、自分を見るダリルの目に、妙なものを感じたのだ。クラスメイトやフォルテは、珍しいものを見る目だった。セシリアの目には侮蔑や怒りがあった。だが、ダリルは違う。獲物を狙う肉食獣に似た『何か』がある。

 

(思い過ごしかもしれない、だが……)

 

 釈然としないものを抱え、思索する辰生だが、丁字路に入ったところで横から誰かに衝突される。衝突した方は尻餅をついたのか、ドサっという音が鳴る。辰生は振り向き、助け起こそうと手を伸ばす。

 

「すいません。大丈夫ですか?」

「ありがとうございま……!?」

 

 転んだ相手は手を取ろうとするが、辰生の顔を見て動きが止まる。

 少し小柄で、眼鏡をかけた少女だ。リボンの色はクラスメイトと同じ、1年生らしい。やや長く色素がどこか薄い髪は、一部の毛先が内に跳ねている。精巧に作られた人形に似た整った顔立ち、特に下がった目尻には男を惹きつける色気が漂い、儚げだ。身体つきは箒やセシリアに比べて凹凸が少なくスレンダーだが、均整が取れてたおやかな印象を受ける。見覚えがないので、違うクラスだろうか。

 少女は差し出された手を凝視していたが、払いのけて立ち上がる。そして険しい表情で冷たく睨み、口を開く。

 

「……誰?」

「御子神辰生、です」

「そう、御子神の方……」

 

 名前を聞いても少女は睨んだままだ。視線に敵意が篭っている。辰生は少女を知らないし、心当たりもない。

 

「何か?」

「……別に。次からは注意して。迷惑だから」

「すいません。気を付けます」

 

 冷たい口調で注意した少女に辰生は謝罪する。少女は何も言わず、急ぎ足で辰生の横を通り過ぎる。辰生も少し遅れて反対方向に歩き出し、廊下を抜けてアリーナから出る。

 手提げ袋から案内図を取り出し、校舎の廊下を歩く辰生に視線が集まる。やはり珍しいのだろう。視線を気にせず歩き続ける辰生の耳にドタドタと響く足音が入る。

 廊下の向こうから、剣道着を着た一夏が走ってくる。疑問を感じつつつつ足を進める辰生に、一夏も気付いて駆け寄る。

 

「御子神、ちょうど良かった! 助けてくれ! 箒に殺される!」

 

 一夏の口から穏やかではない言葉が発せられる。表情も必死だ。

 

「どういうことだ?」

「時間がないんだよ! とにかくどこかに匿ってくれ!」

「場所がない」

「そんなこと言うなよ! でも確かに場所が……そうだ! 俺、ここに隠れるから箒が来ても俺のことは黙っててくれ!何か聞かれても知らぬ存ぜぬで頼むぞ!」

 

 一夏は慌しく言うと手近な教室の掃除用具入れを開け、身を隠す。タッチの差で別の足音が聞こえ、顔を向けると箒が袋竹刀を手に猛然と駆けてくる。表情は、鬼気迫っている。箒は辰生の前で立ち止まる。

 

「丁度良かった! 御子神、一夏を見なかったか!?」

「いいえ」

 

 言われた通り、辰生は首を横に振る。しかし箒は納得せずに食い下がる。

 

「本当に見ていないか!? 実は一夏に口止めされているのではないのか!? 正直に言ってくれ!」

「見ていません」

「嘘をついてはためにならぬぞ! 一夏がしたことは到底許されることではない! 後生だから教えてくれ!」

「一体何を?」

「一夏のヤツ、破廉恥にも剣道部の先輩の胸を、む、胸を、さ、さ、触って! 揉んで! 顔まで埋めたのだ! そんな一夏を許すわけには……!」

「だから違うって!」

 

 顔を赤くして箒が説明する中、一夏が掃除用具入れから飛び出して反論する。頭には、モップの繊維部分が乗っている。一夏は早口で捲し立てる。

 

「御子神、誤解するなよ!? 俺は箒に剣道場まで連れられて、剣道の特訓をしていたんだけど、箒のヤツ、たまたま肘が先輩の防具の胴に当たったのを、触ったとか言い出しやがったんだ! 揉んだのは角度的にそう見えただけだし、顔を埋めたのに至っては、鍔迫り合いの時に箒が足かけたせいで、先輩の谷間に突っ込んだのが原因だからな! 俺はそんな……!」

 

 辰生相手に捲し立てていた一夏は、冷たい視線で我に返る。

 すぐ横に、箒がいる。

 顔には、憤怒すら通り越した殺意が浮かんでいる。

 

「箒!? あ、いや、その……」

「やはり、御子神に口止めを頼んでいたか……そこへ直れっ!! 腐った性根、叩き直してくれる!」

「だからあれは誤解だって言ってるだろ!」

「言い訳無用! 他人に口止めを頼む根性も気に食わん!」

「そんな無茶苦茶な!?」

「御子神、お前も残れ! 一夏に加担した以上、無関係ではない!」

 

 校舎中に響かんばかりの怒声を飛ばす箒に従い、辰生も残る。加担したのは事実だ。一夏は辰生にしがみついて必死に訴える。

 

「御子神、いいのかよ!? 残ったらお前も箒に殺されちまうかもしれないぞ!? あいつ、居合用の真剣で斬りかかってきたんだぞ!」

「確かにやりすぎだったと反省しているが……お前がやったことは、それほどの重罪だと知れ!」

「だからあれは不可抗力だって!」

「問答無用! ええい、逃げるな! おとなしく罰を受けろ!」

 

 黙って立つ辰生を中心に、箒と一夏がめまぐるしく動き回る。途中で一夏の頭に乗ったモップが落ち、足を取られた一夏が辰生の正面で転ぶ。同時に、辰生の手から案内図が落ちて一夏の額に落ちる。今の一夏は、前後を辰生と箒に挟まれて転がって逃げることが出来ない。

 

「ヤバ……!?」

 

 一夏の動きが一瞬止まる。

 

「覚悟!!」

 

 箒が、袋竹刀を大上段に振りかぶる。

 

「む……」

 

 案内図を拾おうと、辰生が身を屈める。

 結果、一夏と袋竹刀の間に、辰生の頭が割り込む形となる。袋竹刀が風を切り、頭を上げた直後の辰生へ振り下ろされる。箒は慌てて止めようとするが、間に合わない。

 その瞬間、辰生の身体が勝手に動く。身を起こしつつ踏み込み、肘を曲げた左腕を突き出す。袋竹刀の根元が前腕部に当たると乾いた音が響き、箒の姿勢が一瞬崩れる。戸惑いを覚える意識を余所に、身体は次の段階に移行する。

 もう一歩踏み込んで右拳を箒の喉元へ放つ。何の躊躇いもなく、予備動作もほとんどなく、当たり前のように身体が動いた。辰生は何も考えていないのに、体は防御と反撃を遂行した。

 

(不味い……!)

 

 同時に、箒は無事で済まないと悟る。喉は急所の一つ、まともに一撃貰えば死さえ見える。後悔が脳裏をよぎるが、拳は喉へ突き入れられる。

 だが当たる直前、箒の姿が消えて拳が空振る。

 何が起きたか分からない辰生の胸倉が掴まれ、足を刈られる。重心が大きく崩れ、身体が持ち上がる。次の瞬間、辰生は背中から廊下に投げ落とされる。

 

「がは……っ!」

 

 全身を強い衝撃が走り、肺から空気が一気に吐き出されて意識が数瞬途切れる。意識が戻っても痺れが全身を包み、すぐには動けない。そこでようやく、何が起きたのかを悟る。

 拳が当たる直前、箒は身を低くして拳を回避し、左手で制服の襟を捉えて辰生を投げ落としたのだ。柔道で言う『背負落』に近いが、箒は右手をほどんど使わず、左腕と両足、そして全身のバネを使ってやってのけた。並外れた腕力と反射神経、体裁きの上手さ、重心を崩せる技量や瞬発力がなければ出来ない芸当だ。

 その箒はと言うと袋竹刀を手放し、呆然と辰生を見ている。立ち上がった一夏も同じだ。痺れが消えた辰生が立ち上がると、箒が恐る恐る口を開く。

 

「その、すまない……大丈夫、か?」

「……ええ。こちらこそすみません」

「い、いや、偶然とはいえ先に手を出したのはこちらだからな……無事ならばいい」

「御子神、マジで大丈夫か? まともに投げ飛ばされてたけど」

「問題ない」

 

 一夏の心配に首を振った辰生は箒に向き直る。

 

「それで、いつまで残れば?」

「その、御子神はもう行っても構わん。一夏への罰は向こうで与える」

「わかりました。では」

「って待てよ御子神! お前、巻き込まれたのに……!」

「もう解放された。後はお前たちの問題だ」

 

 ズボンについた埃を払った辰生はその場を離れ、シミュレータールームに入る。

 校舎の最上階にあるシミュレータールームには、『打鉄』の四肢を模した機器とゴーグルがセットになったISのシミュレーターが数十台並んでいる。すでに全台使用されており、部屋の隅に置かれた椅子に座って数人が順番を待っている。辰生もまた椅子に座って順番を待ち、静かに目を閉じる。しばらくしてシミュレーターが数台空くとそのうちの1台に向かい、機器を手足につけてゴーグルをかける。ゴーグルにアリーナの映像が投影され、四肢に装甲の重みに似たものを感じる。後はアリーナで習ったように歩行と飛行を繰り返す。

 

(なるほど、実機とは少し違うな)

 

 似たような機材を使うゲームの『IS/VS』と違い、各種挙動の重さなど実機を動かす際の感覚をかなり再現出来ている。だが、実際に手足を動かすのとはやはり違いがある。空中での細かい制動はこちらの方がだいぶ楽だし、胴や背にかかる圧力までは再現されていない。本当に1から始める場合のとっかかりや、実機でやったことのおさらいには使えそうだが、何から何まで実機を代用できるほどのものではない。実機とのズレを意識して動かなければ、ダリルが言った通り変なクセがついてしまいそうだ。

 そのまま慎重にシミュレーターを使っていた辰生だが、時間が来ると機器を外して部屋を出る。腕時計で時間を確認すると、職員会議の終了予定だ。一旦1年1組の教室に戻って荷物を手にして職員室に向かい、参考書と部屋の鍵を取りに行く。IS学園は全寮制だ。今後3年間は、学園の敷地内で生活していく。明日には一度学園を一通り見て回った方がよさそうだ。

 職員室に到着し、ドアをノックして入室した辰生は千冬の席を見つけ、歩いていく。千冬は隣に座る真耶と何か話していたが、辰生の存在に気付くと顔を上げる。

 

「失礼します。参考書と部屋の鍵を取りに来ました」

「遅かったな。鍵を取りに来たのはお前が最後……ではないか。鷹月もまだ取りに来ていない。山田先生」

「はい。御子神くんの鍵は……これですね」

 

 千冬から参考書を受け取り、名簿をチェックした真耶が金属ケースを開けて鍵を取り出す。

 

「すいません、遅くなりました。部屋の鍵、いただけますか? 受け取るのを忘れてて」

「遅いぞ、鷹月。御子神は今鍵を受け取った。お前が一番最後だ」

「って、御子神くんもいたんだ。もしかして決闘に備えて特訓してたり?」

「はい」

「やっぱりそうだよねぇ。あ、鍵を下さい」

「はい、鷹月静寐さん、ね? これで鍵の引渡しは完了です」

 

 鍵を手にしたところで女子生徒が1人、職員室に入ってくる。黒いショートヘアの両側をヘアピンで留めた彼女が、鷹月静寐らしい。真耶が静寐に鍵を手渡すと辰生は一礼して席を離れ、静寐も少し遅れて職員室を出る。辰生が黙って歩く横に並び、静寐が話しかけてくる。

 

「御子神くんの部屋ってどこ? やっぱり同室は織斑くんになるのかな。私は誰と一緒になるんだか……出来れば親しみやすい人と一緒がいいかな」

「ここです」

 

 静寐の問いに対して辰生は鍵の番号を見せる。静寐は顔を寄せて番号を見ていたが、自分の鍵と見比べて首を捻る。

 

「あれ? おかしいな……御子神くんと私の部屋番号、同じなんだけど」

 

 辰生も鍵を見比べる。確かに同じだ。2人1部屋なので男同士で相部屋と思っていたが、違うのか。疑問に思う辰生と静寐だが、すぐ解決する。

 

「あ、良かった! まだ部屋に行ってなくて!」

 

 真耶が顔を青くして走ってきたのだ。辰生たちが振り向くと真耶は立ち止まり慌てた様子で口を開く。

 

「ごめんなさい! 実は私、御子神くんの部屋の鍵を間違って篠ノ之さんに渡してしまって! その鍵、本当は篠ノ之さんに渡す鍵だったの! 織斑くんと御子神くんの部屋と、鷹月さんと篠ノ之さんの部屋、隣同士だったからうっかり……!」

「それ、本当ですか? ってことは、篠ノ之さんと織斑くんが……! 御子神くん、急いで! 多分大変なことになってるよ!」

 

 真耶のミスで鍵の取り違えが起きたらしい。静寐の顔色も変わり、辰生を促して駆け出す。辰生も従って走り始め、真耶も続く。本来、自分が入る予定だった部屋の前に到着すると、真耶がドアをノックして呼びかける。返事がない。辰生がドアノブを捻ってみると、鍵はかかっていないようだ。

 

「御子神くん、お願い」

「はい」

 

 静寐の一言に頷いた辰生はノブを回し、ドアを開ける。

 辰生が自室に入って最初に見たのは、吹っ飛ばされてきた一夏の背中だった。

 

◆◇◆◇◆◇

 

 その日の夜。箒は自室の机でノートに向き合っていた。書かれているのは、一夏用の練習メニューだ。

 

(まったく、良くも悪くも相変わらずだ。しかしあれだけ腕が鈍っていたとは。情けない)

 

 ノートにペンを走らせながら箒は一夏の姿に苛立ちを覚える。

 小学校の頃から剣道を始めた箒だが、実家の剣道場に通っていた一夏には一度も勝てなかった。しかし、自分が腕を上げたのを考慮しても、今の一夏は弱すぎる。聞くところによると、中学に入ってから剣道を止めたらしい。

 ただ、技量自体はさほど落ちていない。問題はむしろ勝負勘と呼ばれるものだ。特に一夏は技量はさほどでもなかったが、この勝負勘はずば抜けていた。ほんの一瞬であっても勝機を見逃さず、技量的には格上なはずの相手に勝利してきた。技量で上回っていた箒が負け続けたのも、これが理由だ。しかし、肝心の勝負勘がブランクでスポイルされている。

 

(とにかく、今は勝負勘を取り戻させることが肝要だな)

 

 箒は、一夏にISの操縦訓練をさせるつもりはない。1週間の付け焼刃で勝てるほど国家代表候補生は甘くない。むしろ、なまじ基礎基本を身に着けてしまうと動きが読まれやすくなり、勝ち目が薄くなる。なので敢えてISについては最低限だけ教え、ぶっつけ本番でいかせる。実戦では生半可な兵法をかじった者より、セオリーを知らない素人の方が厄介だ。何も知らないが故に動きが型に捉われず、予測不能なのが厄介だ。思い切りのよさもあるとなおいい。正攻法で一夏がセシリアに勝つなど不可能だ。勝ちを掴みにいくなら、素人ならではの部分を武器にするしかない。分からん殺し、というものだ。

 だから今はむしろ、勝負勘を取り戻させることに尽力する。いくら予測不能な動きで相手の読みを外し、翻弄できてもごく僅かに出来た勝機を掴み取れなければ意味がない。完全に勝負勘さえ取り戻せば、一夏が勝利できる可能性もゼロではなくなる。今はそれに賭けるだけだ。これからの1週間は、そのためにある。

 

(そして相変わらず、鈍いヤツだ)

 

 箒は昔から一夏に想いを寄せていたが言い出せず、一夏も全く気付くことはなかった。

 姉がISの発明者ということもあり、小学校4年の終わりに重要人物保護プログラムが適応され、箒は家族や幼馴染と引き離された。それからは偽名を定期的に変えつつ全国各地を転々としていた。友達も出来ず、姉が失踪してからは執拗な取調べを受けた。役人から心無い言葉を受けたことなど、数え切れないくらいある。それでも続けてきた剣道と、一夏への想いが辛うじて自分を支えてくれた。

 高校進学を機に、姉との関係でIS学園へ進学するよう要請された時は、まさか一夏がISを動かせる男の片割れとしてIS学園に入学し、再会することになるとは思わなかった。政府からの監視がなくなったこと以上に、これから3年は一夏と共に過ごせる。そのことが無性に嬉しい。箒の頬が、一瞬緩んで笑みが零れそうになる。

 

(まさか、大会のことまで覚えていてくれたなんて……)

 

 中学3年生になった箒は、剣道部顧問の勧めで大会に出ることを打診されたが、その場は立場ゆえに断った。しかし、自分の実力を思う存分発揮してみたいという思いや、家族に自分の無事を知らせたいという気持ちから、政府に掛け合って本名のまま大会に出場することを承諾させ、優勝を果たした。実を言えばあまり思いをしなかった大会だが、一夏に祝われると途端に胸が温かくなり、嬉しさが滲み出てくる。

 

「篠ノ之さん、どうしたの? 嬉しそうな顔して」

「え? 私、が?」

「うん、すごく嬉しそうな顔してるよ。もしかして、織斑くんのこと考えてたのかな?」

「い、いや、断じてそんなことはない! 鷹月の気のせいだ! 一夏はただの幼馴染で……!」

「はいはい、そういうことにしてあげるから」

 

 ルームメイトの静寐に顔を覗き込まれながら指摘され、箒はようやく顔が緩んでいることに気付き、慌てて表情を戻す。

 鍛錬と一夏への制裁が終わった後、一夏を医務室に送り届けた箒は、職員室で部屋の鍵を受け取り、荷物を置いてシャワーを浴びていた。シャワーを浴び終えたところ、ルームメイトが入ってきたと思い出迎えると、なぜか一夏が居た。

 

(だが、第一声が『ブラ着けたんだな』はないだろう……気が動転したのかもしれないが)

 

 しばらく沈黙が続いた末、一夏の口から驚きでも謝罪でもなく、なぜかブラを着け始めたことを感慨深く思う台詞が出た。その後は身体が勝手に動き、近くに置かれた木刀で渾身の突きを放って一夏を吹き飛ばし、ドアを開けて突入してきた辰生にぶつけ、まとめてひっくり返した。

 その後で真耶から事情説明と謝罪を受けた箒だが、すでに箒は荷物を広げてしまったのに対し、一夏は来たばかりだったことから、一夏たちが隣の部屋を利用することになった。一夏と同室でないことを心の隅で残念に思う箒だが、隣というだけで良しとしよう。

 

(だが、御子神は……)

 

 しかし、一夏と同室で、もう1人の男性IS操縦者である辰生に考えが及ぶと、急速に頭が冷えてくる。

 人よりズレたところはあるが、そこまで悪い人間ではないのだろうと箒は思う。しかし、心を許せるかと言えば、ノーだ。箒は部屋の隅に立てかけられた袋竹刀に視線を向ける。

 

(あの手応え、とても同じ人間とは思えなかった。まるでゴムで包んだ鋼鉄へ打ち込んだような……)

 

 辰生の腕に当たった袋竹刀は、後から調べると根元から真っ二つに折れていた。竹刀が折れることは意外と多いが、新品の袋竹刀が一撃で折れることなど、そうあるものではない。何より、打ち込んだときの手応えが明らかに異質だった。鍛えこんでいる人間の筋肉ともまた違う、とても硬質で不可解な反発。打ち込んだ瞬間、それが手に伝わってきた。

 不可解といえば、反撃もそうだった。殺気はおろか攻撃する気配さえなく、いきなり反撃してきたのだ。動きも無駄がなく迅速だった。ただ、その分動作が真っ直ぐでフェイントもなかったので、鍛錬を積んできた箒には対処出来た。それでも手加減する余裕はなく、反射的に投げてしまったが。

 

(御子神は、一体何なのだ? 人間ではなく、機械か何かのようで……)

 

 辰生の防御も反撃も、自分の意志でやったものではないと箒は確信している。あの時、確かに戸惑いが表情に出ていた。それでも無関係に身体が動いていたのだ。まるで、身体が意志に関係なく、事前にプログラムされた動きを自動的に実行したかのように。まともに投げ落とされたにも関わらずすぐ立ち上がる耐久力と回復力といい、同じ人間なのかと思う。

 辰生について考えていた箒の耳に、ドアをノックする音が聞こえてくる。すると静寐がドアを開けて顔を出す。こんな時間に誰が来たのだろうか。来客と少し話していた静寐は部屋に戻り、箒へ声をかける。

 

「篠ノ之さん、お客さんだよ」

「私に?」

「ええ。会えば分かると思うから。じゃあ、私はシャワー浴びるから、またラッキースケベをやらかさないようにって伝えといて?」

 

 静寐は意味ありげに笑って入浴道具を持ち、バスルームに入る。首を捻りながらも箒はドアへ向かい、顔を出す。

 

「よ、箒」

「一夏……!?」

 

 来客は、一夏だ。静寐の笑みや発言の真意を理解した箒だが、内心の嬉しさを隠していつも通りの態度で尋ねる。

 

「私に、何の用だ?」

「ほら、さっき間違ってシャワーから出たところ、見ちまっただろ? だから謝っておきたくて。ごめん、箒」

「ふ、ふん、今さら謝ったところでどうにもならんぞ。明日から訓練はみっちり行なう。忘れるなよ?」

「はいはい、よろしくお願いしますよ、センセイ」

「なんだその不真面目な態度は!? もっと厳しく指導されたいか!?」

 

 一夏の間に立つと、どうも素直になれない。そんな自分に内心溜息をつきつつ、一夏が自分から会いに来てくれたことに喜ぶ自分もいる。

 

「勘弁してくれよ……相変わらず真面目すぎるんだよ、箒は」

「お前が不真面目すぎるだけだ。この1週間でその性根も叩き直してやる」

「もうちょっと肩の力抜いて、表情も柔らかくしたほうがいいと思うんだけどな……箒ってかわいいんだから」

「か。かわいい!? ふ、ふん! おだてたところで無駄だぞ」

「これだもんな……それじゃ、また明日な? おやすみ」

 

 一夏と6年ぶりの、昔と変わらぬやり取りをして胸に甘酸っぱいものが去来する箒だが、一夏は用が済んだので帰ろうとする。それをもったいなく感じた箒は、無意識のうちに声を上げる。

 

「待て、一夏」

「どうした? 何かあるのか?」

「……御子神のことを、どう思う?」

 

 一夏を呼び止めたはいいが話題が浮かばず、咄嗟に辰生のことを尋ねる。別に話題はどうでもよく、少しでも長く一夏と話せればそれでいい。

 

「どうって?」

「なんでもいい、御子神についてどんなことを思っているかを答えろ」

「そうだな……ちょっと、いやかなり変わってるけど、そこまで悪いやつじゃないと思う。箒と同じで誤解されやすいタイプって言うか」

「そうか……他には、ないか?」

「他に? いや、特にはないけど」

 

 疑問を呈する箒に対し、一夏はきょとんとした顔で答える。一夏は辰生に疑念を抱いていないようだ。あるいは、箒が過剰に意識しすぎているだけなのか。沈黙する箒に一夏が声をかける。

 

「もう終わりか? じゃあ俺は行くけど……」

「ああ、呼び止めて悪かった。今日はゆっくり休め。それと……気を付けろよ?」

「ん? ああ、身体とか壊さないように気をつけるさ」

 

 一夏は一瞬首を捻るが、すぐに笑みを浮かべて自室に戻る。箒もドアを閉めて施錠し、机に戻る。

 

「相変わらず鈍いんだな、一夏……私は、御子神のことを言ったのに」

 

 座り直した箒は、ポツリと呟く。

 なぜ辰生をここまで警戒するのかは分からない。一夏の隣に座り、一夏に頼られていた辰生が妬ましいのかもしれない。しかし、それだけではない。何か得体の知れないものを辰生に感じている。

 

(御子神辰生……あいつが何者なのかは分からない。だが、今のところ一夏や私に害を与える気はないようだ。だから、無駄に警戒する必要はなさそうだ。だがもし一夏や私に害を加え、私たち2人の邪魔をするのならば、その時は……)

 

「――その時は、斬る」

 

 箒の口から、無意識のうちに剣呑な言葉が漏れる。

 

 こうして、IS学園最初の1日は幕を下ろした。

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