インフィニット・ストラトス~少年たちは、誰がために~   作:鈍刀

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第3話 初陣

 入学式から1週間後。一夏と辰生はついに決闘を迎えようとしていた。一夏は箒の考えた練習メニューをこなし、辰生はシミュレーターで訓練に励んだ。もちろん、授業もきちんと受けて今ではどうにかついていけるようになった。隣室の箒と静寐が協力してくれた賜物だ。

 今、一夏と辰生はISの到着をアリーナのピットで待っている。訓練用の『打鉄』ではなく、『倉持技研』という日本のIS企業が専用機を用意してくれるらしい。専用機が国家代表や代表候補生、それに準ずる者にしか与えられないことも授業で習った。自分たちが専用機を持つのは立場の特殊さゆえだと、一夏は理解している。

 ISスーツ姿で軽くストレッチをして待つ一夏と対照的に、辰生は突っ立っているだけだ。一夏は気分の高揚と緊張を隠しきれないのに対し、辰生はいつもと変わらない。そのせいか一夏も過度の緊張や興奮をせず、平常心を保てている。

 

「御子神、緊張しないのか?」

「今さらしても仕方がない」

「そう言うと思ってたよ、お前なら」

 

 時間潰しがてら問いかけても、辰生の答えは同じだ。ここ1週間で大体の人となりは理解できた。振り回されることも多いが、慣れるとあまり気にならない。マイペースなのはこちらもリラックスできて助かる。

 

「それにしたって遅いな……決闘が始まっちまうよ」

 

 むしろ気になるのは専用機が届かないことだ。時計を見ると、開始まで5分しかない。ぶっつけ本番になりそうだ。時折時計に目をやると、箒がピットに入って声をかける。

 

「何をそわそわしているんだ、一夏」

「箒、どうしたんだよ? 観客席に行ったんじゃないのか?」

「様子が気になっただけだ。来て困る理由でもあるのか?」

「別にないけど……純粋に気になっただけで」

「ふん、まあいい。あれこれ考えたところでどうしようもない。目の前のことに集中しろ。勝敗は勝手についてくる」

「わかったよ、箒。今は最初の一手だけ考えるさ」

 

 箒から激励を受けて一夏は気持ちを切り替える。じたばたしても始まらない。勝負はすぐそこだ。

 改めて一夏が覚悟を決めると、今度は千冬がピットに顔を出す。一夏と辰生が顔を向けるが、千冬は最初に箒へ声をかける。

 

「こんなところにいたか、篠ノ之。間もなく試合が始まる。観客席に戻れ」

「織斑先生……その、専用機は届いていないようですし、もう少し居てもよろしいですか?」

「構わんが、居てどうする? アドバイスでもする気か? 織斑や御子神に比べればマシ、程度だろうに」

「それは、そうですが……」

「居たければ勝手にしろ。織斑、御子神、ISはもうすぐ到着する。何か聞きたいことはあるか?」

「一つ、質問があります」

 

 千冬が言葉を切ったところで辰生が口を開く。

 

「何だ?」

「今回の決闘、我々が勝利した場合、代表はどちらが?」

「今度はお前たちで対戦を行い、勝者が代表となる」

「織斑くん! 御子神くん! 今、2人のISが届きました!」

 

 千冬が質問に答えたとき、真耶が慌しく駆け込んでくる。ようやく到着したらしい。

 

「納期ギリギリか……もう少し早く届いて欲しいところだが、間に合っただけ良しとすべきか。織斑、御子神、すぐ装着しろ。織斑はそちらのコンテナ、御子神はもう一つだ」

 

 真耶が備え付けの端末を操作すると作業用アームが稼動し、身の丈ほどのコンテナが2つ搬入される。一夏と辰生は指定されたコンテナの前に立つ。真耶が辰生の、千冬が一夏の前にあるコンテナの電子ロックを解除するとISが姿を現す。

 

「これが、俺の……」

「そうだ。名は『白式』と言う。スペックについては、着れば分かる」

 

 一夏のISは四肢の装甲と翼が白く、比較的シンプルな形状だ。『打鉄』と違って両肩や腹部にも装甲がある。言われるがまま一夏が『白式』を装着すると情報が流れ込む。続けてハイパーセンサーに表示されるコンソールを視線と思考制御で操作し、装備を確認する。

 

「あれ? 1つしかない?」

 

 武装が一つしか表示されない。何度やり直しても同じだ。『白式』には近接ブレードしか武器がない。

 

「まさかブレードしか武器がないのか!? 納期に間に合わなくて……!」

「いや、仕様通りだ。初期装備はそれしかない。後付装備(イコライザ)が追加されるまでそのままだ」

「ってちょっと待った! 欠陥機もいいとこじゃないか! 千冬姉、こんなのってないんじゃないか!?」

「織斑先生と呼べ馬鹿者。欠陥機ではない。なぜ一つしかないのかはすぐ分かる。それに射撃武器などお前に使いこなせん。反動制御も照準修正も出来んお前にはな。何より、お前は武装もやることもシンプルな方が向いている」

 

 武装について一夏は文句を言うが、千冬の反論を受けて黙り込む。

 一方、辰生の専用機は各部に装甲が追加された『打鉄』とよく似たISだ。頭部は兜状のハイパーセンサーが覆い、腰部スカートアーマーや一体化して丸みを帯びた腹部及び胸部の装甲など、『具足』を思わせる見た目をしている。露出は『白式』より更に少なく、素肌が出ているのは顔だけだ。辰生が黙ってチェックする横で、真耶が呟く。

 

「この機体、『打鉄』の『強攻型』に似ていますね。装甲の形が少し違うくらいで」

「似ているも何も、強攻型がベースだからな」

「あの、『打鉄』の強攻型って?」

「換装の一種だ。各部に装甲を追加して防御力、突破力及び継戦能力を向上させたものだ。強襲用や防御型など、一部パッケージを運用する際に換装されることが多い。装甲の着脱は容易で戦闘中に装甲を任意にパージ出来る。最低限の設備があれば再装着も短時間で可能だ。もっとも、この機体……『打鉄改式』の装甲は外れんが」

 

 途中で千冬が答えたところで、真耶が辰生に声をかける。

 

「御子神くん、どうですか? おかしいところはありますか?」

「今のところ、ありません。武装は近接ブレード『葵』、突撃銃『焔備(ほむらび)』及びオプションの擲弾発射機、散弾銃の『裂火(れっか)』が表示されていますが、仕様通りですか?」

「ええと、仕様書にあるのはそれだけですね」

「装備も通常の強攻型と変わらんか。予備の焔備を外して裂火を搭載したことも含めて」

「裂火を搭載したのは、初心者の御子神くんが扱うことを考慮して、狙いが大まかでも当たりやすいからでしょうか?」

「恐らくな」

「それにしても銃が2つもあるなんて……こっちと大違いだ」

「機体性能は通常の『打鉄』と変わらんがな。改修は専用機化と搭乗者のデータ採取用センサーを搭載したことだけだ……と、時間だ。そいつはこれから長く付き合う相棒だ。決闘で少しでも慣れておけ。今回は両機のデータリンクもしてある。では、行ってこい」

 

 千冬は時計を見て説明を打ち切り、一夏と辰生の前から真耶と共に離れる。2人はPIC(パッシブイナーシャルキャンセラー)を起動させて床から軽く浮き上がる。

 

「一夏!」

 

 出撃する直前、箒が声を上げる。一夏が振り返ると、箒は少し間を置いて再び口を開く。

 

「その……必ず、勝ってこい」

「ああ。勝つさ。ありがとな、箒」

 

 一夏が笑って応えた途端、箒は慌ててそっぽを向く。一夏はすぐ前を向き、辰生と並んでアリーナへ飛び出す。

 外に出ると広々としたアリーナが一夏の視界に入る。クラスメイトが座る観客席や映像を流す電光ボード、囃し立てる生徒の挙動や表情、目の動きから毛先の揺らぎまで、360度全てのモノが一夏には『見えて』いる。この感覚は、まだ慣れそうにない。前方にはセシリアがいる。青い装甲と青い翼をしたISを身に纏い、右手に長大なライフルが握られている。あれがセシリアの専用機だろう。

 アリーナの中央を挟んでセシリアと正対する位置で一夏と辰生も止まり、3人は正面から向き合う。試合開始の合図を待っていると、セシリアが先に口を開く。

 

「よく逃げずに来たものです。まずは褒めて差し上げますわ。ですが、覚悟はよろしくて? これから敗北を刻み込まれ、屈辱に塗れる日々を送る覚悟は」

「生憎だが、そっちこそ覚悟しておくんだな。散々馬鹿にしてきた男に鼻をへし折られる覚悟を」

 

 一夏が負けじと言い返したところでカウントダウンが始まる。賽は投げられた。後は進むだけだ。

 

「行けるな?」

「問題ない」

「なら、行くぜ!」

 

 開始の合図が出た瞬間、一夏は右手に近接ブレードを呼び出しながら突撃するのであった。

 

◆◇◆◇◆◇

 

 開始と同時に突撃する一夏に続き、辰生も焔備を呼び出して右手に持つ。使い方はシミュレーターで覚えた。セシリアに銃口を向け、ハイパーセンサーにターゲットサイトが表示される。すぐ引き金を引こうとした辰生だが、セシリアの持つライフルが光り、一夏が大きく弾かれる。すぐにセシリアが銃口を辰生に向けると、辰生の視界と聴覚に警告が躍る。

 

(ロック!? 着弾まで、0.2秒だと!?)

 

 ロックと同時に着弾時間が表示されたことに違和感を覚えるが、すぐにセシリアのライフルが光を放つ。発射されたのがビームと辰生が気付き、胸部に直撃を貰い大きく後退する。

 ISの防御を担う『シールドバリア』はかなりの強度を誇り、戦闘機の対空ミサイル程度なら4、5発直撃しても余裕で耐える。しかし発動には機体の『シールドエネルギー』を消耗し、これが尽きるとシールドバリアが使えず機体の稼動に支障が出る。エネルギーの減少量は攻撃の威力だけでなく、当たった部位にもよる。装甲ならバリアは最低限しか発動しないが、生命に関わる部位は大量のエネルギーを消費する。今回、当たったのは装甲なのでエネルギーはあまり消費していない。衝撃もほとんど緩和されなかったが。

 辰生はPICとスラスターを使って体勢を整え、一夏も少し遅れて持ち直す。データを見た限り、どちらもシールドはさほど削られていない。挨拶代わりだろうか。

 

「くっ、まさかビームを撃ってくるなんてな!」

「ISの兵装は実弾のみではありません。あなた方の機体は恐らく第2世代ですが、この『ブルー・ティアーズ』はその先を行く第3世代機。つまり、格が違う。ブレード以外に武器がない機体や、『打鉄』を専用機化しただけの急造品とは、ね」

「クソ! 武器が一つだけってのを読まれてる!?」

「この距離で飛び道具を持っているのに、すぐ斬りかかってくるのを見ればわかります。欠陥機を掴まされるとは哀れですわね。しかしこのセシリア・オルコット、容赦しません!」

 

 一夏を鼻で笑ったセシリアは再びビームを撃ってくる。辰生と一夏は散開し、アリーナ内を飛び回り反撃の機会を窺う。しかしビームは辰生に集中し、大半が当たってシールドを削る。一夏も時折飛んでくるビームに阻まれ接近できない。

 

「チイッ! このままじゃどうにもならない! なんとか近付ければ……!」

「同時に突っ込むしかない。合わせろ!」

「ああ! 手っ取り早くていい!」

 

 銃口は一つ、ロックから発射までラグがあるので隙がないわけではない。辰生と一夏が被弾覚悟で同時に突っ込めば、どちらかの攻撃は通るだろう。最悪、攻撃を中断させることは出来る。辰生はセシリアの右側に回りこみ、一夏が左側へ到着したところで同時にセシリアへ突っ込む。少しでも成功率を高めるべく辰生は焔備を構え、引き金を引く。シミュレーターより強い反動を無理矢理押さえ銃弾をばら撒く。弾丸を最低限の動きで回避したセシリアは辰生にビームを撃つ。しかし反対側から迫る一夏に気をとられたか、ビームは辰生の左足を掠って終わる。セシリアは追撃もせず大きく距離をとり、合流した辰生たちと正対する。

 

「素人故の思い切りの良さ、でしょうか。逃げずに突撃した勇気は賞賛に値します」

「その余裕のも今のうちだぜ? ビームは撃つまでにラグがある。だから同時に行けば片方しか撃てないし、精度も落ちる。あまり距離を離せないアリーナじゃあな!」

「頭も悪くないようですわね。『スターライトmkⅢ』は発射までラグがあるのは事実です。しかし、勝機が見えたと思うのは大間違いですわ」

「負け惜しみか? 見苦しいぜ、そういうのは」

「忘れたのかしら? 『ブルー・ティアーズ』は第3世代だと。この意味、理解できて?」

「いきなり何を……」

「織斑、気をつけろ。本命が来る」

 

 首を捻る一夏と違い、辰生は発言の真意を理解する。

 

「御子神、どういうことだよ?」

「授業で習ったISの世代と特徴、覚えているか?」

「確か、兵器としての完成を目指したのが第1世代で、後付武装を採用して用途の多様化に主眼を置いたのが第2世代。それで第3世代はイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵器の……まさか!?」

「そのまさか、ですわ。特殊兵器がまだ残っておりますのよ?」

 

 『ブルー・ティアーズ』のスカートアーマーが一部外れ、セシリアの近くに浮き上がる。

 

「そいつが、『ブルー・ティアーズ』の……!」

「ご明察。『ビット』と我々は分類しています。どのような兵器かは、すぐに分かります……では踊ってもらいましょうか。この『ブルー・ティアーズ』が奏でる円舞曲(ワルツ)を!」

 

 次の瞬間、4つの端末……ビットから砲身が展開され、素早く飛び回って一夏と辰生を取り囲む。

 

「これって、もしかして!?」

「全方位(オールレンジ)攻撃!」

 

 直後、4基のビットが一斉にビームを放ち、2人のシールドを削り取る。辰生と一夏は再び散開してビットから逃れようとする。しかしビットは2基ずつに別れて2人を追い、素早く先回りしたかと思えば片方が逃げ道を塞ぎ、もう片方が攻撃するなど、変幻自在の動きで一夏と辰生を翻弄し続ける。時折辰生は焔備を発砲するが掠りもしない。逆に手酷い一撃を貰う始末だ。

 最早、どこからどう撃たれたのかも分からない状態であったが持ち堪え、ビットが一旦セシリアの腰に戻ると辰生はまた一夏と合流する。どれくらい逃げていたのかは、覚えていない。10分だったように思えるし、1時間以上逃げていたような気もする。ビットが再び切り離され、周囲に浮くとセシリアが口を開く。

 

「驚きましたわ、30分も持ち堪えるなんて」

 

 セシリアは付き従うビットの上部を撫でて嘯く。顔には、薄笑いが張り付いている。

 

(向こうに助けられた、か)

 

 持ち堪えられたのは、嬲っていたからだ。本気なら10分もかからず撃墜されただろう。加えて辰生は装甲でシールドの減少が抑えられ、一夏は素人故の予測不能な機動で偶然回避に成功した。しかしセシリアが無傷なのに対し、辰生のシールドエネルギーは半分を切っている。一夏の残量も60パーセントほどだ。今もセシリアには隙がない。焔備を向けてもビットに撃たれるだろう。

 

「御子神、何か良いアイディアはないか?」

「今は、ない」

「そっか……だったら降参するのは?」

「出来ない。事情が事情だ」

「やっぱり、そう言うか」

「織斑は、何かあるのか?」

「あると言えばある。けど……」

「どうした?」

「……御子神、勝ちたいか?」

「いきなりなんだ?」

「いいから。御子神はこの勝負、勝ちたいのか? 答えてくれよ」

 

 一夏の質問に、辰生は押し黙る。勝ち目はないと頭では理解している。しかし、心の奥底から別の感情が湧いている。敗北は許されないという、強迫観念じみたものが少しずつ自分を侵食している。そして、負けたくないという思いが胸中にある。だから、素直に答える。

 

「……負けたくない、という思いはある」

「意外だな、興味ないとか言うと思ったのに……けど、安心したよ。そういうところがあって」

 

 一夏は一瞬きょとんとするが、すぐに笑みを見せる。そのまま声を落として話を続ける。

 

「俺も勝ちたいさ。箒とも約束したし。今のままじゃ勝ち目はない……けど、もしかしたら勝ち目が1%くらい出来るかもしれない」

「本当か?」

「ああ。御子神、また突っ込むぞ」

「どういうつもりだ?」

「説明している暇はない。とにかく突っ込む。ただし、今度はビットの砲口に注目して、だ。攻撃はしなくていいし、足は止めたって構わない」

「……それで、何か分かるのか?」

「俺の予想が正しければ、な」

 

 何を予想したのかは知らないが、何もしないよりはいい。辰生も異存はない。

 

「それじゃ、行くぞ!」

 

 一夏が合図を出すと、2人は同時にスラスターを噴射して突撃する。それを嘲笑うように、ビットからビームが降り注ぐ。

 

(ビットとオルコットの動き、か……)

 

 ビームを浴びせられ足が止まる辰生だが、顔を両腕でガードしつつビットを注視する。一夏も同じく突撃を止められる。ビットが飛び回り、耐え忍ぶ辰生へビームを浴びせ続ける中、一発が後頭部に直撃する。

 

「ぐぅっ!」

 

 頭が大きく揺れて体勢が崩れ、辰生は堪えようと奥歯を強く噛み締める。

 

(これは……動きが、止まって……?)

 

 辰生の身体に電流が走り、周囲の動きが遅くなる。目にも留まらぬ速さで飛び回っていたビットが急激に鈍くなり、一夏の動きも止まり始める。少し経つとビットは自分の右上と真後ろ、一夏の左上と背中に配置されて完全に静止し、一夏も微動だにしなくなる。それどころか、電光ボードの映像や観客席のクラスメイト、空に浮かぶ雲さえ動かなくなる。自分以外の時が止まったかのようだ。

 

(何が起きて……!?)

 

 続けて、自分の身体も目と首を除いて全く動かないことに気付く。手を動かそうとしても動かない。足も動かず、スラスターも稼動しない。ハイパーセンサーの映像も全く変化がない。

 混乱する辰生だが、すぐに立ち直る。毎晩見る夢も動けることを除けば同じだった。それに気付いた途端、今の現象をなぜか受け入れてしまえた。それに勝負の最中だ。辰生は砲口の向きを観察する。完全に静止しているので調べるのは容易い。すると、辰生はあることに気付く。

 

(背後のビットは、こちらを狙っていないのか?)

 

 背を取ったビットは、砲口を自分に向けていない。ビームを撃ってもその場に居れば当たらない方向だ。

 少しして周囲が少しずつ動き始める。最終的に世界は元に戻り、右手のビットから放たれたビームが辰生に直撃し、押し出されて背後のビットから追撃を受ける。一夏も同様だ。しかし構わず一夏は声を上げる。

 

「どうだった!? 後ろのヤツは、俺たちを狙っていたか!?」

「いや、狙っていなかった」

「よし、読み通りだ!」

「織斑、わかったのか?」

「分かったぜ、ビットがどう動くか。御子神、次にビットが止まったら後ろじゃない方を撃て。そうすれば上手くいくはずだ」

 

 一夏はビットの動きを見切ったらしい。理由は分からないが、試す価値はあるだろう。

 

(それに、あの感覚は……)

 

 焔備を格納し、裂火を呼び出した辰生はビットを観察しながら考える。偶然ではない気がする。証拠はないが確信はある。

 

(あの時は、奥歯を……)

 

 再び奥歯を噛み締めると、また全身を電流が走って周囲の動きがスローになる。ビットが自分の左上と背後についたところで世界がまた静止する。やはり身体は動かないが、首を向けて左上のビットを凝視する。背後のビットは自分を狙っていない。背後から攻撃が来ず、狙う位置が分かればだいぶ楽だ。世界が再び動き出すと身体を強引に捻り、左上のビットへ向けて引き金を引く。

 ビットがビームが放つ直前、裂火が火を噴く。発射直前の砲口に飛び散った球が数個飛び込み、内部で爆発が起きてビットを破壊する。同時に一夏は振り向きながらスラスターを噴射し、背後のビットを斬り落とす。残されたビットのビームはあらぬ方向に飛び、あるいは一夏に避けられる。するとセシリアの表情が変わり、一夏はしてやったりと言いたげに笑う。

 

「よし、やってやった!」

「織斑、よくわかったな」

「箒が教えてくれたのさ、見えないところを狙われると見えるところの警戒が疎かになるってな。背中のビットは囮だ。背後を取られると人は無意識のうちに撃たれまいと必死になる。見えるビットを無視してでもな。向こうはそれを利用して背後のビットで誘導し、本命を当てていた。これを続けて気付かなければよし、気付いて対策すれば今度は背後から狙う。そう考えてたんだろ?」

 

 一夏が得意げに解説すると、セシリアは押し黙る。図星だったようだ。

 

「だがビットにも弱点はあった。正確に当てるためには動きを一時止めないといけないし、やっぱり発射までラグがある。つまり、撃つ瞬間は無防備だ。けど御子神、よく見えたよな……俺は全然見えなかったのに」

「……まさか、あなたなどに読まれるとは思いませんでしたわ」

「30分も追いかけっこしてたらイヤでも気付く。もう一つ、気付いたことがある。御子神、ビットを狙って撃ちまくってくれ」

 

 微かに身を震わせて口を開くセシリアに対し、不敵に付け加えた一夏はまた突撃する。2基のビットは辰生を無視して一夏に向かう。辰生はスラスターを噴射し、ビットの1基を狙って散弾を数発打ち込む。金属球がビットの推進部に当たるとそのビットは失速し、地面に落ちていく。それでもビームを一夏めがけて撃つが当たらずに終わる。残る1基は一夏を狙いさえせずセシリアの腰に戻る。そこでようやくセシリアは動き、一夏が振るうブレードを紙一重で避けてスターライトmkⅢからビームを撃つ。数発食らいながらも一夏は離脱し、辰生の下に戻る。

 

「御子神、分かったか? ビットが戻るまでの間、向こうは一切動かなかった」

「……ビットを使っている間、本体はまともに動けないということか」

 

 辰生が気付いたことを口にすると、セシリアが表情を険しくする。

 

「あなた方を、少々見くびりすぎていたようですわね」

「今さら気付いても遅いんだよ。そっちはビットを3基失ったし、弱点も知られた。最初のほどの差はないぜ」

「……舐められたものですわね。最初より差が詰まったことは認めます。ビットを3基破壊されたことはわたくしの油断と慢心が招いたこと、今後の戒めといたしましょう。ですがまだ差は大きくてよ? 次からは、本気を出しますわ!」

 

 セシリアの顔から完全に驕りが消え、今度はスターライトmkⅢを一夏に向ける。ビームを一夏が回避し、辰生が焔備を呼び出して撃つが、セシリアには当たらない。スラスターを細かく噴射して左右にコースを振りながら、辰生に急接近しているのだ。

 

(速い……!)

 

 辰生も逆噴射で後退しつつ弾幕を張るが掠りもしない。速さも動きの切れも今までとは段違いだ。一度リロードしようとする辰生だが、一瞬の間にセシリアがスターライトmkⅢを構え、リロードが終わった瞬間に直撃弾を貰う。大きく体勢を崩した辰生は立て直そうとし、セシリアがすでに背後を取ったことに気付く。

 

(回り込まれた……!?)

 

 辰生の身体が無意識のうちに動いて左へ逃れる。しかしセシリアは銃口を向け直し、ビームが背中に直撃する。

 

「御子神! クソ!」

 

 ようやく一夏も追いついてブレードで斬りかかるが、セシリアは素早く後退して間合いを開ける。遅れて振り向いた辰生は焔備を構え直す。そこで、セシリアの腰にビットがないことに気付く。だがセシリアは後退し続けている。一夏は気付いていないのか、追いかけるのに必死だ。

 

(なぜビットがあるのに……?)

 

 内心辰生が疑問を抱いた直後、辰生の背後にビットが現れる。そして砲口を一夏に向け、その背中に直撃させる。

 

「うおっ!?」

「くっ!?」

 

 完全に不意を突かれた一夏はなすすべなく地面に墜落し、辰生も焔備を向けるがビットはすぐ離脱してしまう。ビットの展開中は動けない筈ではなかったのか。しかし、授業で習ったことを思い出してセシリアが何をしたのか悟る。

 

「PICのマニュアル操作か!」

 

 PICはISにかかる慣性を打ち消すことで、絶対的とも言える機動性と運動性を実現させている。無論、限度はあるが既存の航空兵器とは動きの自由度が比べ物にならない。PICは通常オート制御だが、マニュアル操作に切り替えることも出来る。セシリアはマニュアル操作で逆噴射の慣性をわざと打ち消さず、逆に利用して後退したのだ。だからビットも使えた。

 今、セシリアは空中で静止している。ビットはまだ戻っていない。墜落した一夏も再浮上する。

 

「クソ、さっきとは動きがダンチだ! 御子神、どうする!?」

「もう小細工は通用しない。策は無意味だ」

「だったら一か八かで正面からぶつかるしかない!」

 

 策など最早通用しない。辰生は焔備を連射しながら一夏と共に突撃する。

 セシリアはビットを一夏の背後に回り込ませ、一撃加えて動きを止める。しかし隙が出来た。ビットはまだ戻ってこない。最大のチャンスだ。リロードを終えた辰生はセシリアの頭に照準を定め、引き金を引こうとする。

 

(スカートアーマーが……ない?)

 

 そこでセシリアのスカートアーマーが消えていることに気付く。そこで直感的に危険を察知する。ビットが4基だけではなかったとしたら。奥の手が残っていたとしたら。

 ハイパーセンサーが、別のビットを2基捉える。咄嗟に振り向くと、眼前にミサイルが迫っている。

 身体を寒気が走り抜け、刹那の間に無数の思考が浮かび上がる。

 

(やられた)

(直撃だ)

(どこへ逃げる?)

(織斑は間に合わない)

(レベルが違う)

(迎撃するか?)

(終わりじゃない)

(シールド残量も40%を切る)

(負けられない)

(ブレードで斬るか?)

(所詮素人か)

(さっきの感覚は何だ?)

(せめて一矢報いる)

(シールドは保つか?)

(避けなければ)

(やはり無理か)

(なんだこの懐かしい感じは?)

(直撃だけは……)

(まだだ、まだ俺は……)

 

 しかし、最後に一つの思考で頭が塗りつぶされる。

 

(駄目だ)

 

 2発のミサイルが顔面に直撃し、辰生の意識は途絶えた。

 

◆◇◆◇◆◇

 

「あーあ、いいとこまで行ったけど、やっぱりこうなるか」

「あれだけ動けたのは凄いけどね」

「織斑くんとかビットを見切ってたし、ちょっと見直したかも」

「オルコットさんももう少し接待してあげてよかったんじゃないかな?」

 

 観客席では、1年1組の生徒が決闘の一部始終を見てめいめい話している。ある者は順当な結果に退屈し、ある者は意外な才能や頭の冴えを見せた男2人の健闘を称え、またある者は本気を見せたセシリアに苦笑する。大半の者は一夏たちが負けて当然と考えているので驚くに値しない。勝敗も直接関係ないので気楽なものだ。ただ1人、箒は一喜一憂しながら観戦していた。

 

(思った以上だ。やはり勝負勘が戻れば一夏は強い)

 

 ビットの弱点を辰生より先に見抜き、破壊に成功した一夏を見た時は少し嬉しくなった。箒の思い出にある一夏よりは弱いが、操縦技術は一朝一夕で身に着くものではない。

 

(それでも代表候補生との差は歴然、だな。御子神も悪くはなかったが……)

 

 今、一夏と辰生はセシリアに追い込まれている。ビットこそ3基撃墜したものの、残る1基は健在だ。それだけでなくミサイルを搭載したビットも2基あり、辰生の顔面にミサイルが直撃したところだ。一夏もビットから逃れつつ斬りかかるが、セシリアはビットを戻して離脱しスターライトmkⅢを撃って一夏を近寄らせない。

 辰生は意識が一時的に飛んだらしく地上へ落下していく。それでも途中で意識を取り戻したのか、落ちるギリギリ手前でスラスターを噴射し、土煙を上げながら無事に着陸する。しかし、様子がおかしい。

 

(どうした? なぜ一夏の援護に向かわない?)

 

 辰生は着陸しても再飛翔せず、無言で佇んでいる。上空でビットが飛び回り、一夏が集中砲火されても微動だにしない。

 

「御子神くん、どうしたんだろ?」

「なんかちょっと様子おかしくない?」

「立ったまま気絶しちゃったとか?」

「まさか! 気絶してたら織斑先生が止めに入るでしょ?」

 

 最初は気付いていなかった生徒も顔を見合わせて囁き始める。

 

「おい御子神! どうしたんだ!?」

「余所見する暇はなくてよ!」

 

 一夏も異変に気付き声を張り上げるが、セシリアが割り込んでビームを浴びせ、辰生にも一発発射する。それが翼に着弾して体勢が崩れたところでようやく辰生は動き出す。まず腕を突いて膝が崩れるのを止め、立ち上がると顔を上げてセシリアの位置を確認する。

 そして辰生は飛翔せず、アリーナの壁に全速力で駆け出す。壁が近づいても一切減速しないで突っ込む勢いだ。

 

(一体何をする気だ!?)

 

 全く意図が掴めない辰生の行動に箒は絶句し、他の生徒もざわめき始める。少し離れたところで観戦する真耶も困惑しているようだ。ただ1人、千冬は何の反応も見せていない。

 壁に向けて走っていた辰生だが、あと少しで壁にぶつかるところで大きくジャンプする。そのまま右足を壁の最上部に蹴り込み、足をギリギリまで曲げると反対側に飛ぶ。その先には壁こそないが、観客席を守るための保護シールドが張られている。続けて辰生は左足をシールドに突き立てる。保護シールドが激しくスパークして反発する勢いを乗せ、辰生はまた反対側へ跳んでシールドを蹴っては少しずつ上昇する。辰生がやっているのは、俗に言う三角飛びだ。シールドを蹴って加速しながら辰生は上空に向かう。

 一夏はブレードを手にセシリアへ何度か斬りかかるものの、ビットのビームやミサイルに妨害されて近付けない。必死にビームとミサイルを回避する一夏だがいずれは撃墜されるだろう。セシリアは今のところ無傷だ。勝ち目はほとんど0に近い。どちらも目の前の敵に夢中で、辰生の存在に気付いていないようだ。そこに辰生がシールドを蹴って到着する。しかしセシリアにはすぐ向かわず何度かシールドを蹴りつけ、アリーナ上部を覆うシールドへ両足を着ける。そして一旦静止し、逆さ吊りの形でセシリアに顔を向ける。2人も辰生に気付くが、どちらも攻撃を中止し動きを止めてしまう。

 次の瞬間、辰生は渾身の力でシールドを蹴り、スラスターを最大出力で噴射する。向かう先にはセシリアがいる。かなり近づいても減速する気はないようだ。体当たりを仕掛ける気だろうか。そこで我に返ったセシリアはビットを呼び戻して回避しようとする。しかしビットが腰に戻ったところで辰生がタックルをかけ、腰を捕らえる。

 

「この! 一体何を!?」

 

 慌てたセシリアは振り払おうともがくが、構わずに辰生はスラスターを噴射し続ける。そのままセシリアは箒たちの眼前を守るシールドへ勢いよく叩きつけられ、激しいスパークが発生する。セシリアはなおも抵抗を続けるが、構わずに辰夫はスラスターの推力を上げてセシリアにシールドにめり込ませる。

 

(なんという発想、なんという身体能力……これならばビットもライフルも使えないし、保護シールドとの干渉でシールドバリアを削れる)

 

 普通、飛翔できるISが壁やシールドを三角飛びしてくるとは考えない。三角飛びはタイミングが難しいし、上昇も遅い。だからこそ完全にセシリアの意表を突くことが出来た。三角飛びもISの補助があったところで並大抵の身体能力や反射神経では出来ない。国家代表でも何人出来るだろうか。

 

「御子神くん、やるねぇ。けど保護シールドが破れちゃうんじゃない?」

「大丈夫よ。先にに御子神くんのシールドが切れるだろうし」

 

 生徒からシールドが破られることを心配する声も上がるが、すぐに打ち消される。よほどの事がなければ保護シールドが突破されることはない。この10年で試合中にISが観客席へ雪崩れ込んだのは数回しかない。いずれもシールド発生装置の動作不良が原因でシールドが消失し、時期も最初期ばかりだ。発生装置が改良され、複数台が同時に稼動してシールドが何重にもなった今では一斉に動作不良を起こすか、制御が乗っ取られない限りは起こらない。

 

「裏をかいたのは見事ですが、ここまでですわ!」

 

 辰生を振り払えないと判断したセシリアは、手元にナイフを呼び出して肩へ突き立てようとする。

 

「お前、割と思い切ったことやったな……俺も手伝う!」

 

 やや遅れて一夏も到着し、スラスターの出力も一気に上げる。そのまま身体ごとぶつかるようにセシリアへ斬りかかる。辰生は無言でセシリアを保護シールドに押し込み続ける。次第にシールドへのめり込みが深まり、スパークが激しくなる。

 そこで、異変が起きる。

 

「なんか、結構押し込まれてない?」

 

 セシリアの押し込まれ方が、尋常ではない。通常なら止まる位置を越え、翼が僅かに観客席まで入り込んでいる。それでもセシリアは止まらず、少しずつ観客席内に全身が押し込まれていく。すると千冬が声を張り上げる。

 

「チッ、お前たち! すぐにその場を離れろ! 山田先生、管制室に行ってくれ! シールドの出力が低下している!」

「は、はい!」

 

 千冬の指示を受けた真耶は慌てて駆け出し、生徒たちもその場を離れる。

 辰生の動きは止まらない。一夏は異常に気付いていないのか、速度を落とさない。ただ1人、セシリアは異常を察知してナイフを格納し、スラスターを最大出力で噴射して抵抗する。しかし、一夏が辰生の背中に体当たりしてダメ押しをしたところで保護シールドが眩い光を放ち、3人は観客席に勢いよく突っ込む。突っ込んだ箇所の座席が吹き飛び箒たちの足元に衝撃が伝わるが、アリーナはかなり頑丈に出来ているので床が抜けたりはしない。箒たちからは少し離れているので、大半の生徒はのん気な視線を送るだけだ。

 

「あーあ、本当に突っ込んじゃった」

「シールドが消えかかっている時点で押し込むのをやめなかったから、反則負け?」

「モンド・グロッソやそれに準じた試合ならね。観客がほとんどいない場合はその限りじゃないってあったよ」

「アリーナに入り直してシールド復旧後に再開かな?」

「それって第3次改訂前でしょ? 今は無効試合のはずだよ」

 

 静寐が指摘した通り、この場合は無効試合となる。決闘はこれで終わりだ。それを理解してか、真っ先に立ち上がったセシリアは一夏に手を伸ばして助け起こし、不満げに呟く。

 

「こんな形で終わるなんて……不本意ですわ。命拾いしましたわね、無効試合になって」

「無効試合って……決着はどうするんだよ?」

「恐らくは後日に再試合でしょう」

 

 少し遅れて辰生も立ち上がる。セシリアは振り向き、一度鼻を鳴らす。

 

「あなたも聞きましたでしょう? この決闘、中断ですわ。あなたがした無茶のせいで……」

 

 そのまま文句を付け始めるセシリアに対し、辰夫は無言だ。ただし、いつもとは様子が違う。

 

「いいですこと? いくら勝ち目がないとはいえ往生際が……ちょっと! 聞いております、の!?」

 

 いきなり、セシリアの顔面にISの拳が叩き込まれる。

 殴ったのは、辰生だ。

 

「あー、こりゃとうとうプッツンしちゃったかな?」

「御子神くん、怒らせたらいけないタイプみたいだね」

「でもちょっとスカッとしたかも。実を言うとほんのちょっぴりムカッと来てたし」

「……違う」

 

 自分の周りで交わされる会話に割り込むように、箒が呟く。すると1人が首を捻って尋ねる。

 

「篠ノ之さん、どういうこと? 違うって」

「あれは、怒りからではない、気がする。確信は持てないが……」

 

 辰生はキレて殴ったのではないと、箒は確信している。あの拳や佇まいから、怒りは感じられなかった。むしろ殴る瞬間まで攻撃する感じなかった。自分の竹刀を防ぎ、反撃した時と同じだ。

 

「ちょっと! どういうつもりですの!? わたくしがまだ展開していたからよかったものを!」

「お、おい! ISを着けたまま殴るのはまずいって!」

 

 相手もISを装着していたとはいえ危険な行為に変わりない。セシリアが柳眉を逆立てて抗議し、一夏も止めに入る。

 辰生の答えは、言葉では返らなかった。

 無言で焔備を手元に呼び出し、構える。

 狙いは、セシリアだ。

 

「まさか、あなた……!」

「御子神! 冷静になれって!」

 

 羽交い絞めにしようとする一夏を振り払い、驚愕するセシリアを無視して辰生は引き金を引く。

 

「御子神が『逆上(のぼ)せた』か……! すぐに観客席を出ろ! 巻き込まれるぞ!」

 

 辰生の危険性を認識した千冬が叫ぶ。

 

 第2ラウンドのゴングは、銃声で鳴らされた。

 

◆◇◆◇◆◇

 

 頭の中で、ずっと声がする。ISを破壊せよ、という声だ。

 

『――これが今回の標的だ。何としても敵ISを破壊せよ』

 

 いつ、誰が、どこで下した命令かは思い出せない。しかし拒否権はない。命令に従い、作戦を遂行するだけだ。

 

「標的は健在。作戦を続行する」

 

 青いISを着けた『敵』は何か言っているが、構わずに小銃を撃つ。吐き出される弾丸を敵が回避し、銃を向ける。耳元から警報が鳴るが無視して小銃を向け直す。

 銃口が光り、身体に衝撃が走る。無視して撃ち返すと数発当たって敵の動きが止まる。すかさず足に力を込めて跳躍し、散弾銃を取り出す。散弾は飛び回るIS相手には有効だ。ポンプを引いて排莢しつつ敵に撃ち込む。またビームが当たるが無視する。そこでようやくISを装着していることを思い出す。ならば自分も飛べばいい。敵の兵装も利用しろと教えられた。誰が教えたのかは覚えていない。

 身体が浮き上がり、空気を裂いて前に進む。敵が撃つビームが当たる度、視界に警告文が踊る。気にする時間はない。速やかな作戦遂行が肝要だ。衝撃で持っていかれる肩を強引に戻し、前進する。そして発射直前のライフルを狙い撃つ。ばら撒かれた球がライフルに当たって爆発が起き、敵の手から離れる。しかし敵もビットを3基切り離し、一斉に差し向ける。ビームはともかくミサイルは恐れるに足らない。従来のものより速く、旋回半径が小さくとも迎撃可能だ。背後から迫るミサイルを見つけて振り向き、小銃に持ち替えて奥歯を噛み締める。

 だが、身体が動かない。いや、身体は動くがISが邪魔で動けない。結局、時間切れでミサイルを1発撃ち落すがもう1発は直撃し、ビームも受ける。腕の装甲を外せればいいのだが、上手くいかない。ミサイル搭載のビットが戻り、ビームのビットが飛び回る最中も試し続け、左腕の装甲が消える。機体の一部だけ消すことが出来るようだ。続けて右腕の装甲も消して小銃を持つ。片腕では重いので、両手で持ち直す。敵はなぜか驚き、ビットの動きが完全に止まる。チャンスだ。すぐに引き金を引く。反動を無理矢理押さえ込んでも照準が大きくぶれ、地面に何発も当たるが無事撃墜に成功する。そのまま敵との間合いを詰める。

 敵は腰にビットをつけたまま、発射口のみを向ける。ミサイルを発射する気だ。すかさず奥歯の『スイッチ』を入れ、発砲する。静止した世界で銃弾が肉眼で捉えられるほどの速さで飛んでいく。弾道はバラバラだが当たればいい。再び速度が戻り、発射直後のミサイルと弾丸がかち合って爆発が起き、ビットも破損する。残る武装はナイフだけだ。腕に装甲を纏い直して突撃し、小銃を乱射するが敵はことごとく回避する。腕の装甲を再び消し、スイッチを入れても不規則な動きで回避されてしまう。至るところを飛び回り、撃ち続けても弾丸は壁や床に当たるだけだ。

 点で駄目なら面で攻める。小銃から散弾銃に持ち替える。弾が大きく飛び散るので、何発かは当たるが威力不足だ。敵もそれを見越してか、大きく左右に移動しつつ接近してくる。散弾銃は連射が利かない。引き付けた方がいい。一度発砲を止めて慎重に待つ。しかし、敵が間合いギリギリでナイフを投げつけ、散弾銃の機関部に突き刺さる。咄嗟に散弾銃を投げ捨て、小銃を持つが敵が目前に迫る。アサルトライフルを構える前に殴られ、蹴り飛ばされる。一度床まで叩き落され、立ち上がると小銃を投げ捨て、降下する敵を迎え撃つべく地面に片手をつく。逆立ちしながら両足を向けて胸に蹴りを入れ、敵も落ちたところで格闘戦に持ち込む。

 立ち上がる敵のこめかみを狙い、右拳を打ち込むが敵の両腕で弾かれる。すぐに反対の手で目を狙うがこちらはシールドで防がれる。敵のボディブローは無視し、顔面を狙う攻撃のみ防御する。屈んで足払いを狙い、敵が跳んで回避したところに右足刀蹴りを放ち、防御したところで左足も蹴り上げて追撃し、飛び上がりながら股間に爪先を叩き込む。そのまま後方宙返りして着地し、敵の着地前に踏み込む。喉元に左貫手を放つも敵に弾かれて顎にアッパーカットを貰う。すぐ持ち直して反撃に移ったところで敵はスラスターを使い距離を開け、床に落ちた散弾銃とナイフを拾い上げる。散弾銃はすでに発砲できないが、銃床による近接戦闘が可能だ。

 敵は一気に距離を詰めて銃床で殴りかかってくる。腕を使って打撃を防御し、反撃の機会を窺う。敵は散弾銃の銃身を右手に持ち、今度は銃底で殴りつけつつナイフの刺突を交えてくる。銃底の打撃は無視し、迫るナイフの刃を装甲で弾いていると、先ほど手放した小銃が近くに落ちている。スラスターを敵に向けて思い切り噴射し、吹き飛ばしながら小銃の下に向かう。小銃を手にして構え、発砲するや敵は上空に逃げる。それを追いかけると敵が散弾銃を顔面に投げつけてくる。一瞬視界が塞がれ、敵を見失う。

 

(どこだ? ――下か)

 

 敵は下に回りこんでいる。すぐに銃口を向け、狙いも定めずに乱射しつつ擲弾発射器からグレネードを撃つ。狙って当たらないのなら、数と範囲でカバーする。地上に敵以外の人影もまばらに見えた気もするが、知ったことではない。まずは敵を無力化しなければならない。

 リロードを繰り返し、逃げ回る敵を追うように四方八方へひたすら撃ち続けていると別の影が接近する。白いISだ。白いISは接近するなり、手にしたブレードで小銃を斬り落とす。追撃は避けて一度距離をとると、白いISの操縦者が強い口調で自分に何か言っている。しかし、関係ない。攻撃してきた以上、白いISも敵だ。

 

「敵増援を確認、排除開始」

 

 そのまま、新たな敵の排除に動き出す。

 

 敵の殲滅。今の『彼』には、それしか頭になかった。

 

◆◇◆◇◆◇

 

「一体何が起きてるんだよ……」

 

 一夏は、目の前で起きたことに困惑していた。

 いきなり辰生が豹変し、セシリアを攻撃し始めた。セシリアは攻撃を掻い潜り、反撃しながらも警告を飛ばすが辰生は無視している。

 

「あなた! いい加減になさい! もう勝負は終わっているのよ!? おとなしくISを外しなさい!」

 

 セシリアはライフルやビットを駆使して砲火を浴びせるが、辰生は止まらない。ビームが当たっても強引に前進し、裂火を乱射してライフルを撃ち落した。被弾すれ衝撃は伝わるし痛みもあるはずなのだが、今の辰生は全く意に介さない。それどころか途中で両腕の装甲を格納し、素手で焔備を撃ってビットを撃墜している。ISのパワーアシストなしで撃てば脱臼してもおかしくないはずだ。

 

「一体なんなの!? 無茶苦茶もいいところだわ!」

 

 先手を取って腰のビットを攻撃されたセシリアは驚きながらも追撃を避け、ナイフを呼び出して焔備や裂火の銃撃を回避して接近する。まず裂火にナイフを投げつけて無力化し、焔備を構える前に拳打と蹴撃で地面に叩き落す。それでも辰生は降下したセシリアへ蹴りを入れて反撃し、両者は地上での格闘戦にもつれ込む。素手からセシリアが裂火とナイフで攻め立てて優勢になると、辰生はスラスターを噴射して距離を取り、焔備を持って発砲する。セシリアが上空に逃れたところで辰生も飛翔し空中戦が開始される。途中でセシリアは下から攻めようとし、気付いた辰生も焔備を向けグレネードも交えて銃撃を開始する。銃弾やグレネードをことごとくセシリアが回避し続けると、自然と地上に着弾し始める。

 

「うおっ!?」

 

 それまで呆然と立っていた一夏だが、足元に銃弾が当たると正気に戻る。辰生はロクに狙いも定めず銃を乱射しており、観客席の至るところで爆発が起きている。観客席を見渡すと、まだ生徒が数人残っている。逃げ遅れたようだ。辰生の銃撃は生徒たちがまだ逃げているところにも向かう。そしてグレネードが一発、逃げる生徒へ真っ直ぐ飛来する。このままでは、直撃だ。

 

「クソ!」

 

 一夏は反射的に飛翔し、逃げる生徒の盾となって庇う。爆発が発生し、全身を爆発の衝撃が襲うが必死に踏みとどまる。突如至近距離で爆発の余波で逃げていた生徒が転び、慌てて顔を上げる。

 

「織斑くん!?」

「谷本さんと四十院さん、鏡さんだっけか!? ここは俺が防ぐから、早く逃げろ!」

「で、でも……!」

「俺はISを着てるから大丈夫だって! こっちのシールドが切れちまう前に、早く!」

 

 時折流れ弾が四肢に当たり、痛みと衝撃が走るが歯を食いしばって耐える。クラスメイトの盾となれるのは自分しかいない。

 

「う、うん! 織斑くんも逃げてね? 後は先生に任せるしかないと思うから!」

「谷本! 四十院! 鏡! ここに居たか!」

「織斑先生!」

 

 3人が再び立ち上がったところで、生徒を建物内に避難させていた千冬が駆けてくる。

 

「3人とも何をしていた!? 私の言ったことが聞こえなかったのか!?」

「すいません、驚いて逃げ遅れちゃって……」

「言い訳は後でいい。今はまず退避しろ。叱るのも後悔するのも、安全を確保してからだ」

 

 叱責する千冬に3人は項垂れるがすぐに避難を命ぜられ、そのまま観客席から避難を再開する。続けて一夏は千冬に話しかける。

 

「織斑先生、御子神に何があったんですか!? いくらなんでもおかしいですよ!」

「御子神は恐らく、逆上せたんだ」

「のぼせた?」

「ISに乗ったばかりの新米がたまにやらかすことだ。戦いによる極度の興奮や高揚感、ISの力を自分の力と勘違いして発生する万能感が複合し、目の前の相手を倒すことに夢中になる。たまにいるだろう? 勝負事になると熱くなって周りが見えなくなる者が。それと同じだ」

「けどISには操縦者の精神状態を一定に保つ働きがあるって授業で!」

「気休め程度のものだ。本来はパニックを起こした時の対策や、戦意を最低限保つ目的のものだ。逆上せた場合は周りが見えなくなるだけで、判断は自体は自分の意志で行なっているからな。発動のしようがない」

「じゃあどうすればいいんですか!?」

「簡単な話だ……叩きのめせば止まる。万能感もへし折れられ、痛みや恐怖を覚えるから逆上せる心配もなくなる。織斑、お前も退避しろ。素人にはどうしようもない。もう少しで教員が駆けつける。その前にオルコットが無力化するかもしれんが」

 

 千冬の説明を聞いた一夏は再び上空の辰生とセシリアを眺める。辰生は相変わらず焔備を乱射しているが、セシリアには当たっていない。自分の出る幕はないのかもしれない。

 

「ところで、篠ノ之は見なかったか? 点呼で居なかったのは先ほどの3人、そして篠ノ之だけだ」

「見ませんでしたけど……つまり、逃げ遅れてる!?」

 

 しかし千冬の問いを聞いてそんな思いがすぐに消し飛ぶ。咄嗟に少し浮いてハイパーセンサーを使って周囲を見渡す。飛んでくる銃弾は無視し、観客席をひたすら注視していると、人影を見つける。箒だ。

 ただし、箒は立っていない。うつぶせの状態で必死に這って逃げようとしている。辰生とセシリアも近く、今にも流れ弾が飛んできそうだ。

 

「箒!」

 

 すぐにスラスターを噴射し、箒のいる所まで駆けつける。着陸して近くまでよると、箒が顔を上げて目を見開く。

 

「一夏、お前……何をしている!? 早く避難しないか! お前がISを着けていてもしょうがないだろうが!」

「そんなこと言ってられる状況かよ!? 待ってろ、今運んでやるから!」

 

 一夏はそのまま箒を運ぼうとするが、足を見ると思わず動きを止める。右足から血が流れて膝下が真っ赤に染まっている。歩けずに這っていたのは、これが原因だろう。

 

「これは……」

「流れ弾が、掠ってな。油断したばかりにこんな……しかし問題ない。掠り傷だ」

「問題ないわけないだろ!? 今手当てしてやるから! ちょっと制服、借りるぞ!」

 

 強がる箒を一喝した一夏は制服の片袖を千切り、包帯代わりにして止血する。直後に千冬が駆けつけてくると、一夏は箒を抱きかかえて千冬に引き渡す。

 

「織斑先生、箒をお願いします! 俺が盾になりますから、その間に!」

「待て、一夏! そんなことをしていたらお前も!」

 

 千冬に抱えられた箒が文句を言う途中、流れ弾が飛んでくるのを見て一夏は軽く浮き、銃弾から千冬と箒を庇い始める。するとセシリアも一夏の存在に気付き、声を張り上げる。

 

「あなた、何をしているのですか!? 素人の出番などございません! この場はわたくしが収めますから、あなたは避難しなさい!」

「生憎だけどそうもいかないんだよ……箒と千冬姉が逃げ切るまではな!」

「まったく、とんだロマンチストですわね! 彼女は一般市民ではなくIS操縦者の卵。IS操縦者たるもの自分の身は自分で守って当然! 逃げ遅れて傷付こうが命を落とそうが、全ては自己責任となります! あなたが庇う必要などございません!身の安全の確保を第一になさい! いくらISに乗れてもド素人なのだから……!」

「素人もクソも関係ないだろ! こんな状況で! 箒がIS操縦者だろうとなかろうと、今ISを着ているのは俺とあんた、御子神しかいないんだ! あんたが御子神と戦っていて、流れ弾とかが箒たちに飛んできているってのに、IS着てる俺が盾にならないでどうするんだよ!? 逆の立場になったらあんたは自己責任だ何だって理屈つけて、目の前で人が死ぬかもしれないのを見過ごすのか!? 俺も箒もあんたもIS操縦者とか以前に、同じ人間だろうが! それが血を流して命の危険にだって晒されているのに、見殺しに出来るわけがないだろ! あんたこそ、俺に構わず御子神を止めろよ! 代表候補生なんだろ!? だったら自分が何をすべきか、分かってるだろうが!」

 

 飛んでくる流れ弾を身を挺して防ぎながら、一夏はセシリアを一喝する。理屈など知ったことではない。今、箒と千冬を守れるのは自分しかいないのだから。

 千冬は箒を抱えたまま静かに口を開く。

 

「青いな、織斑。言っていることは立派だが、行動が伴わなければ意味がない。なぜ、お前も御子神を止めに行かない?」

「俺が? 行きたいのは山々だけど、俺は素人だし……」

「さっき自分で言ったではないか、素人もクソも関係ないと。ISを着ているのは自分とオルコット、御子神しかいないと。ならばお前も止めに行け」

「でも今俺が行ったら2人とも!」

「舐めるなよ、織斑。お前に労われるほど錆付いてはいない。それとも、怖いのか?」

「そうじゃないけど……!」

「ならばさっさと行け。姉の言うことくらい信じろ、一夏」

 

 教師ではなく姉として反論され、一夏は言葉に詰まる。すると千冬は軽く笑みを浮かべる。

 

「それにお前ならば今の御子神には負けん。出来が悪くても私の弟だ。これくらいの相手、簡単に倒せる」

「そうだぞ、一夏。お前はまだ未熟だが、今の御子神には負けん。私たちに構わず行ってこい。そして、勝て。私のことを本当に思うのならな」

「千冬姉、箒……」

 

 千冬のみならず箒からも諭されると、意を決する。

 

「分かった、行ってくる。2人は早く避難を」

 

 そして一夏は手元にブレードを呼び出して飛翔し、千冬は箒を抱えてその場を離れる。

 再び飛び立った一夏はセシリアへ銃撃を続ける辰生に接近し、隙を突いて焔備を斬り捨てる。続けてもう一撃当てようとするが辰生に避けられ、距離を取られる。一夏はブレードを構えて辰生と正対する。

 

「もう止めろ御子神! これ以上戦って無意味だ! 周りの状況を考えろよ! お前、人殺しになるところだったんだぞ!?」

 

 そのまま一夏は吠える。これ以上、辰生を暴れさせるわけにはいかない。

 

「敵増援を確認、排除開始」

 

 しかし辰生は冷淡な口調で独り言を漏らし、今度は素手で突進してくる。やはり口では止まらないのだろう。

 

「やっぱ言ってもダメか……悪く思うなよ! 力づくで正気に戻してやる!」

 

 一夏もスラスターを噴射して突進し、真っ向から迎え撃つ。辰生が無言で右貫手を喉下に放つと身を沈めて回避し、ブレードで胴を斬りつけてシールドを削る。辰生の動きが止まったところで逆袈裟斬りで追撃し、頭に唐竹割りで3撃目を加える。締めに喉下へ突きを放つが今度は辰生に身を開いて回避され、横蹴りを腹に貰って吹き飛ばされる。辰生がその隙に距離をとると、背後からナイフを持ったセシリアが急襲して肩にナイフを突き立てる。動じずに首を両腕で絡め取り、首投げでセシリアを投げ飛ばす辰生だが、シールドはだいぶ減っている。すぐに体勢を立て直したセシリアに一夏は近寄る。

 

「大丈夫か?」

「誰に向かって言っているのですか? それより、あなたこそどういうつもりなのかしら?」

「気が変わったんだよ。御子神を叩きのめして、正気に戻す。それが一番手っ取り早い。箒や千冬姉を守るにしたってな」

「守る? あなたが? まだ素人のあなたに何が守れると?」

「確かに俺は素人さ。技量だって全然ない。けど、守れるモノならある。俺が御子神に勝てば千冬姉と箒だけじゃなくて、御子神も守れる」

「彼を、守る?」

「ああ。このまま暴れさせていたら、取り返しの付かないことになる気がするんだ……だから、あいつの将来も俺が守る。今は、それだけだ」

「物好きですわね……勝手になさい。わたくしの邪魔をしなければ、それでいいのですから」

 

 セシリアは呆れた顔をするが、一夏を止めずに再び辰生に向かっていく。一夏も続けてスラスターを噴射する。

 

「素手でわたくしに勝てるとは思わないことね!」

 

 右腕を大きく引いた辰生を見て、セシリアは鋭く踏み込みナイフを突き出す。辰生は一歩も引かず、思い切り右腕を突き出す。殴るより早くナイフが喉下に到着する。セシリアやそれを見ていた一夏は確信する。

 

「なっ!?」

 

 しかし右腕が伸ばされる途中で辰生の手元に葵が出現する。葵のリーチはナイフよりずっと長い。ナイフが届く前に葵の切っ先が、『ブルー・ティアーズ』の左翼を突く。それで推力が一時的に低下し、バランスを崩したことでナイフの一撃が大きく逸れてしまう。すかさず辰生は葵を両手で持ち、今度は右翼を叩く。両方のスラスターが使えなくなると辰生は葵を格納してセシリアにタックルをかけ、床へ叩きつけにかかる。セシリアはもがくが無駄な足掻きだ。

 

「クソ!」

 

 一夏もすぐ追いかけてギリギリで先回りに成功する。そしてセシリアを全身で受け止めながらスラスターを最大出力で噴射し、セシリアが直接床面へ叩きつけられることだけは防ぐ。とはいえ一夏は無事で済ます、全身に強い衝撃が走って一瞬意識が飛ぶ。それでもどうにか持ち直し、セシリアを助け起こす。するとセシリアが食って掛かってくる。

 

「一体何のつもりですか!? 庇わなくとも良かったのに! まったく、とんだ屈辱ですわ! あなたなどに助けられるなんて! これで恩を売れたとお思いでしょうが、大間違いですわ! そういうのを余計なお節介と言うのです!」

「別に恩を売る気はないし、感謝されたくてやったわけでもない。身体が勝手に動いたんだよ。それに、素人が誰も助けてはいけないなんて決まりはないだろ?」

 

 一夏の答えに毒気を抜かれたのか、セシリアも意外そうな顔をして黙り込む。一夏は苦笑いを浮かべて言葉を続ける。

 

「別に俺のことをどう思おうと勝手だし、何を言いふらしても一向に構わない。だけどこれだけは言っておく……中途半端はしないさ。やると言ったからには千冬姉と箒は守るし、御子神も止める。もちろん、あんたも守る」

「わたくしを?」

「流石にまだ戦えないだろ? だから、それまでは守ってやるさ」

 

 一夏は気負いなくセシリアに告げると、再び飛翔する。辰生はすでに葵を手に上空へ逃れている。一夏もブレードを手にし、無言で正対する。

 少しの間、沈黙が流れる。

 先に動いたのは辰生だ。葵を逆手に持ち突撃してくる。一夏もブレードを構え直して真っ向勝負を挑む。

 2人の刃が正面からぶつかり合った瞬間、異変が起きる。

 突然『白式』が光り輝き始め、装甲の形状が変わっていく。同時に、一夏が手にするブレードの形状も変化する。辰生が即座に離れ、距離を離したところで『白式』は変化を終える。ハイパーセンサーには、『一次移行(ファーストシフト)』完了と表示されている。

 

「まさか、今まで一次移行さえしていなかったと言うの!?」

 

 スラスターの機能回復を待ちながら、セシリアは驚きの声を上げる。

 今まで『白式』は一夏に最適化されておらず、専用機としては不完全な状態であった。今、ようやく『白式』は一夏の専用機となった。それが一夏にはよくわかる。同時に、今まで表示されていなかった武装名が始めて開示される。

 

「雪片弐型(ゆきひらにがた)か……こいつなら、いける!」

 

 一夏はブレード改め雪片弐型を構え、辰生に向かっていく。スラスターの出力も今までとは段違いだ。一瞬で間合いを詰めることに成功し、辰生が葵を構える前に胴へ突きの一撃を見舞う。すると辰生のシールドが一気に削られる。威力も大幅に増しているらしい。すぐ葵で斬りかかってくる辰生の一撃を防ぎ、鍔迫り合いとなる。しかしパワーでは今の『白式』が上だ。一気に力を入れて押し切ると袈裟懸けに斬り付け、腰の辺りを薙ぎ、ダメ押しにもう一撃を頭部に見舞う。3連撃をまともに受けた辰生のシールドがごっそり削られて墜落する。飛翔できるだけのエネルギーが残っていないようだ。

 

「よし! 後は・・・・・・あれ?」

 

 だが、一夏のシールドエネルギーも減少している。攻撃は一切受けていないにも関わらず、シールドは減っていく一方だ。最初は訳も分からず混乱していた一夏だが、少しして原因を悟る。

 

「まさか、雪片弐型が原因なのか!?」

 

 雪片弐型は威力が高い反面、持っているだけでシールドエネルギーを消費するようだ。慌てて格納するがすでに遅く、一夏もまたシールドエネルギーが尽きて飛翔できなくなる。それでもPICを使って減速し、無事に着地する。すでにシールドエネルギーは残り僅か、一撃でも貰えばシールドは完全に底をつく。墜落した辰生は葵を構えている。

 

(一か八か、やるしかないか!)

 

 一瞬だけ雪片弐型を手元に呼び出して斬る。それしか手はない。一夏は腰を落として構え、辰生と睨みあう。辰生は少し間を置いて駆け出す。お互いにシールドはほとんどない。次で、決着がつく。辰生が葵を思い切り振りかぶる。一夏は身を低くして踏み込み、間合いを詰める。葵の刃が振り下ろされ、一夏の頭上に迫る。

 

「今だ!」

 

 だが間合いに入った瞬間、一夏は両手に雪片弐型を呼び出しながら渾身の力で振り抜く。雪片弐型の刃が辰夫の腰部装甲に食い込み、残ったシールドを削り尽くす。そして刃が一夏に当たる直前、葵が辰生の手元から消え去る。武装を実体化できるだけのエネルギーがなくなったのだ。それは一夏も同じで、雪片弐型もまた消え去る。両者とも、動けても数秒くらいだろう。しかし辰生はまだ諦めないのか、首を絞めようと一夏へ両腕を伸ばす。

 

「御子神! いい加減目を覚ましやがれぇッ!!」

「っ!?」

 

 一夏は咆哮と共に右拳を握り、思い切り腕を振りかぶる。そして全体重を乗せ、渾身の力で辰生の顔面にパンチを叩き込む。

 辰生は一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐに顔面へ拳がめり込み吹き飛ばされる。

 同時に『白式』のシールドエネルギーがゼロになり、システムが完全にダウンする。当然、パワーアシストも消えるので装甲の重みが一気に身体へかかる。

 

「うおっ……!?」

 

 一夏はたまらずその場で座り込み、疲労も相まって身動きできなくなる。

 殴られた辰生もシールドエネルギーが切れたのか、地面に転がったまま動かない。それでも上半身を起こし、周囲を見渡してから一夏を一瞥し、ゆっくりと口を開く。

 

「織斑……俺が、やったんだな。これは」

 

 いつもと変わらぬ無表情だが、呆然とした様子だ。ようやく正気に戻ったらしい。

 

「ああ……目、覚めたみたいだな。手間かけさせやがって」

 

 一夏もまた力なく笑い、ぽつりと答える。

 顔を向けると、セシリアがゆっくりと飛翔して近寄ってくる。反対側からは、千冬が生徒を引き連れて観客席に戻ってくる。

 

(負けだな、俺たちの)

 

 過程はどうあれ、セシリアはまだ立っているのに自分たちは動けない。この決闘、自分たちの負けだ。しかし、勝敗などどうでもよかった。箒もまた無事に観客席へ戻ってきたのを見て、一夏は心からそう思う。

 

(みんな無事で、よかった……)

 

 誰も死人が出なかったことへの安堵と疲労から、一夏の意識が薄れていく。

 

「俺は、一体……」

 

 最後に自問自答する辰生の呟きを聞いたところで、完全に気を失う。

 

 一夏と辰生の初陣は、苦い結末に終わった。

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