インフィニット・ストラトス~少年たちは、誰がために~   作:鈍刀

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第5話 現れた『二人目』

 1年1組のクラス代表と副代表が決定した数日後の早朝。2つの人影がIS学園の敷地内を走っている。片方は一定のペースで息を切らすことなく走っているが、もう片方は肩で息をしながら辛うじて着いてきている。しばらく走り続けていた2人だが、学生寮の前に到着したところでスピードを緩めて歩きに移行し、少し歩いてから立ち止まる。すると息を切らせていた方はその場に座り込む。

 

「ゼェ……ゼェ……流石に敷地を5周するのはまだキツいな……もうこんなに息が上がっちまった。御子神は大丈夫、そうだな」

「ああ。問題ない」

「どんだけタフなんだよ、お前は……」

 

 敷地内を走っていたのは一夏と辰生だ。一夏の息が整うのを待ちながら辰生は軽く屈伸をする。

 クラス代表が決まった日、一夏から朝に自主トレを提案された辰生は断る理由もなかったので承諾した。別にする理由もないのだが、決闘で改めて自分の未熟さを痛感し、少しでも自分を鍛え直そうと意気込む一夏の熱意に押されたような形だ。それからは毎朝学園の敷地外周を走ってから各種トレーニングを行なっていたのだが、持久力で劣る一夏はいつも息が上がってしまっている。流石にかなり広いIS学園の敷地を5周もすると相当な走行距離になるのだが、辰生はいつもより少し呼吸が早くなる程度だ。苦痛に耐性があるせいか、持久力は人並み以上にあることは自覚している。

 それでも一夏はぼやくことこそあるが走ることをやめようと言ったことはないし、走りそのものに手を抜くこともない。むしろかなり速いペースであるにも関わらず息切れしながらも最後まで走りきれる辺り、精神面のタフさは一夏の方が上かもしれない。

 

「よし、と……もう大丈夫だ。続きをしなくっちゃあな」

 

 一夏の息が整ったところで今度はその場で寝転がり、筋トレを開始する。

 内容としては普通の腹筋運動100回を3セットやったら足を上げて捻りを加えることで負荷を増した腹筋を20回3セットやる、というように負荷は小さいが長くやるトレーニングと、負荷は大きいが回数が少ないトレーニングを交互に行なうものだ。それを腹筋の側面や下部など、部位ごとに狙いを定めたトレーニングで行なっていく。もちろん背筋や股関節周りといった体幹部分や、腕や胸などの筋肉も同様だ。セットの間にレストを挟み、動きが雑にならないよう互いに注意しながら筋トレを続け、最後に腕立て伏せを終えると今度はストレッチだ。

 一夏と辰生で互いの身体を交互に押すことで1人でやる時よりもずっと深く、なおかつ長く身体を伸ばし続ける。こちらは数をこなすのではなくしっかりと身体を伸ばしきることを重視しており、息を吐き出しながらゆっくりと身体を倒して静止する。ストレッチも一通り終われば朝の自主トレは終了だ。

 

「ふぅ、いい汗かいた……けどこれくらいじゃまだ足りないよな。慣れてきたらどんどん負荷を大きくしていかないと」

「ずいぶんと熱心だな」

「前も言ったけど、俺はまだまだ強くなりたいからさ……やっぱりセシリアに全然手も足も出なかったのは悔しいし、強くなかったら守りたいものも守れないからさ」

「守りたいもの、だと?」

「ああ。それこそ今まで俺を守ってくれた千冬姉を今度は俺が守りたい……んだけど、こんなんじゃまだまだ足りなさ過ぎて」

 

(守りたいもの、か……)

 

 何の屈託もない様子で言った一夏の言葉を辰生は内心で噛み締める。

 一夏は何かを守るということにこだわりがあるようだが、それが自主トレの提案のような強さに対する向上心に繋がっているのかもしれない。

 一方の辰生にはそれがない。守りたいモノと言われてもせいぜい家族は義父だけ、大切に思っていないわけではないが、成人男性なこともあって何が何でも守りたいと思うほどでもない。かと言って強くなって国会代表になろうだとか、世界大会で優勝して名声を掴もうとする意志もないし、少しでも成績を良くしてより良い企業に就職したいという欲もない。そもそもISに乗ることになったのは完全に偶然で、IS学園に通っているのも結局のところはなりゆきでしかない。なので、どうしてももっと強くなろうとする意欲が起きない。

 無論、副代表として恥じない技量を持つべく努力しようと思うが、それは周りから求められているからだ。もし代表にも副代表にも選ばれていなければ授業さえ出来ればいいと思っていたかもしれない。また、試合の時には負けられないという思いが沸いたこともあるが一時的なモノなうえ、根本的な理由がわからないので自発的に強くなろうとすることには繋がらない。

 

(ここで一番場違いなのは、俺なのかも知れんな)

 

「どうした? どっか痛いのか?」

「いや、なんでもない。それより時間があまりないし、戻るぞ」

 

 己が一夏に比べていかに主体性がなく、空虚であるかとぼんやりと感じて沈黙していた辰生の顔を一夏が覗き込む。我に返った辰生はすぐ首を振り、一夏を促して寮の自室に戻る。

 自室に戻ってすぐプロテインを飲んでマッサージを行い、酷使した筋肉にアイシングを施しながらカバンの中に教科書などを放り込むと制服に着替え、カバンを手にして食堂に向かう。辰生はともかく、クラス代表の一夏は朝から忙しい。職員室へプリントを取りに行くついでに千冬や真耶から今日一日の予定を聞かなければならない。特に千冬は時間に厳格なので、あまりに遅いと確実に殴られる。なので部屋に戻らなくていいように食堂から直接職員室へ向かうのだ。

 人もまばらな食堂に入り、カバンの持ち手を手首に引っ掛けながら食券を買ってカウンターに置くと、料理がトレーに配膳されるまでの間にテーブルを見渡して空きがないか探す。すると一夏が辰生のわき腹を軽く肘で突く。

 

「あそこにいるの、箒だよな?」

「そうみたいだな。それがどうかしたのか?」

「いや、せっかくだから同席させてもらおうかなって。御子神はいいか?」

「俺は問題ない」

 

 一夏の視線の先を見ると、剣道着を着た箒が一人静かに食事を取っている。トレーの配膳が終わって料理を持つと一夏は箒のいるテーブル席へ向かい、辰生もそれに続く。

 

「そこ、空いているか?」

「一夏……と、御子神か。空いているが、どういうつもりだ? 他の席はまだ空いているというのに」

「たまたま見かけたから相席させてもらおうと思ってさ」

「勝手にしろ。どうせ私は長居しないがな」

 

 声をかけられ一夏の顔を見た箒は目を見開いていたが、すぐに後から来た辰生の姿を見てどこか落胆したように名前を付け加える。一夏は気付いていないし、辰生もそんなことは気にしないので指摘しなかったが。

 相変わらずぶっきらぼうな口調で相席を許可した箒の隣に一夏が、一夏の向かいに辰生が腰掛ける。一夏と辰生が食事を始めると、何か思い出したように箒は一夏を横目に見ながら口を開く。

 

「それにしても今日はずいぶんと早いのだな……どういう風の吹き回しだ?」

「最近はこれくらいの時間に飯食ってるぞ? ここのところは朝から自主トレやってるんでね」

「自主トレだと?」

「ああ。箒から教えてもらったトレーニングメニューにちょっと手を加えて御子神と一緒にやってるんだ。放課後にはトレーニングルームで器具使ったトレーニングもやっているし」

「ふん、素人のお前ではどうせ非効率的な鍛錬しか出来ていないだろう……その、なんだったら私を呼んでもいいのだぞ? 鍛錬中にお前が弛んでいないかしっかり監督してやってもいい」

「気持ちだけ受け取っておくよ。箒だって毎日朝練やってるだろ? わざわざ俺たちに付き合わせるのも悪いからさ」

「お前というヤツは……!」

 

 遠回しに一緒にやろうという誘いをかけたにも関わらず、真意を理解することなく謝辞した一夏に箒の機嫌が目に見えて悪くなる。正直、かなりストレートに言わないと一夏には通用しないと思うのだが、どうも箒は箒で素直になれないタイプらしい。

 何度となく傍で見てきたどこか嚙み合わないやり取りを尻目に食事を進めていた辰生に、なぜか箒が水を向けてくる。

 

「では御子神、お前は一夏の組んだメニューに不足を感じていないか? どうせ一夏のことだ、半端なことをしているに違いない。だから私がメニューをk見直してより効率的なモノにしてやってもいい。お前にとっても悪い話ではないと思うが」

 

 どうも、自分をダシにして一夏と接近しようという算段らしい。そこまでして近付きたいのならばいっそ正直に言えばいいと思う辰生だが、そうもいかない事情があるのだろう。しかし悪い話でもないので受け入れようとした矢先、乱入者が現れる。

 

「それでしたらわたくしが見て差し上げますわ。国家代表候補生として、効率的なトレーニング方法は知っておりますから。それとおはようございます、一夏さん。今日もお早いですわね」

「おはよう、セシリア。そっちこそ今日は早いんだな」

 

 声をかけてきたのはセシリアだ。どうも一夏を狙ってわざわざこの時間帯に食堂へ出てきたらしい。セシリアは当然のごとく一夏の隣に座り、一夏は両側から箒とセシリアに挟まれる形となる。すると箒が眉をひそめて唸るように声を低くする。

 

「一体何のつもりだ? 一夏の鍛錬については私が監督する。お前の出る幕などない」

「あら、まだそのようなことをおっしゃるなんて……一夏さんはすでに断ったのですから、もうあなたにそんなことを言う資格はないのでは?」

「そんなことはない! 一夏はただ私に気を使って遠慮しているだけだ! そうだろう!? 一夏!」

「それこそ道理に合いませんわ! 一夏さん、そもそもわたくしはクラス代表として相応しくなるよう指導するとあなたに約束しました……ならば朝のトレーニングにもわたくしが監督役としてつくのが妥当だと思いません?」

「ありがとな、けどIS実習や放課後のIS使った練習に付き合ってもらってるのに、朝まで付き合ってもらうのはちょっと、な」

「もう! そんな遠慮などしなくても! わたくしと一夏さんの仲ではございませんか!」

「待て! いつからお前と一夏がそんな仲になったと言うんだ!? そんなこと、私は聞いていないぞ!」

「別にあなたに教える必要はないでしょう!? 大体幼馴染だからと言って一夏さんの意志を無視していいものではありません! 一夏さんにもパートナーを決める権利というものがございますわ!」

「その言葉、そのまま返してやる! いくらコーチ役を買って出たからと言って四六時中一夏とベッタリする必要などないハズだ! 自主鍛錬なのだから、それこそ一夏に監督役を決める権利がある! それをお前に強制する権利などない!」

「……盛り上がってるとこ悪いんだけどさ、俺以外にも御子神がいること、忘れてないか?」

 

 結局一夏の取り合いとなって激しく鞘当てを始める箒とセシリアに一夏がツッコミを入れるが、聞こえていないのか2人の舌戦はヒートアップするばかりだ。完全に蚊帳の外となった辰生は食事を終えるとトレーを持って椅子から立ち上がろうとする。

 

「ちょっと待てって! こんな状況で俺を置いていく気かよ!?」

「俺には関係のない話だからな。監督するのは、どちらでもいいしなくても構わん」

「いやそういう問題じゃないだろ! 俺はこれから職員室行かなくちゃいけないってのに!」

「それは俺じゃなくて両隣に言え」

「聞いてくれるわけないだろ! こんな状態で! ああ、もう……御子神、ちょっと頼みがある。俺の代わりに職員室行ってプリントの受け取りと予定を聞くのをやってくれ。もしなんか言われたらちょっと捕まってるって」

「……わかった。授業には遅れないようにしろ」

 

 一夏の頼みを聞き入れた辰生は席を離れる。食堂から出るときになっても箒とセシリアの口論は止まず、周囲の視線を集めてることもあって一夏は気まずそうだ。

 カバンを手に職員室の前に立ち、扉をノックしてから入ると千冬や真耶の席に向かう。2人ともすでに出勤してデスクに向かっており、辰生が声をかける前にどちらも顔を上げる。まずは千冬から口を開く。

 

「どうした御子神、何か用でもあるのか?」

「はい、織斑が諸事情によりこちらへすぐ来れなくなりましたので、自分が代わりにプリントの受け取りと予定を伺いに」

「……篠ノ之とオルコットに捕まったんだな?」

「……はい」

 

 辰生の説明を聞いた途端、千冬は大方の事情を悟って確認し、辰生も素直に頷く。どうせ誤魔化したところで通用しない。

 

「まったく、色気付きおって……山田先生、御子神に今日の予定を教えてください。私はこれから織斑を回収してくる」

「は、はい!」

 

 こめかみを押さえて頭を数回振った千冬は真耶に後を託し、椅子から立ち上がる。箒とセシリアを止めにいくのだろう。

 

「アハハハ……織斑くんも大変みたいね。それじゃあ、今日の予定なんだけど……」

 

 残された真耶は乾いた笑い声を上げると、言われた通りに今日の予定を辰生に教える。

 

 一夏が解放されたのは、駆けつけた千冬に箒とセシリアがまとめて殴られた後のことであった。

 

◆◇◆◇◆◇

 

 昼間のISアリーナを3つの機影が高速で飛び回る。セシリアの『ブルー・ティアーズ』、辰生の『打鉄改式』、そして一夏の『白式』だ。3機のISはアリーナに張られたシールドに触れるか触れないかの距離を保ちつつ周回し、時折PICを使いその場で静止して逆方向に回るということを繰り返す。先頭に立つのは『ブルー・ティアーズ』で、少し遅れて『打鉄改式』が後に続き、最後尾は『白式』だ。時に高度を変え、時に回転を縦方向にしてとめまぐるしく変化をつけて飛翔を続けていたISだが、地面に対して垂直方向に回転している最中、いきなり轟音と共に土煙が上がる。ISのうち1機が急降下から再上昇に転じるのが一瞬遅れ、地面に突っ込んだのだ。残る2機はある程度上昇したところで一旦静止し、墜落した1機の下へ向かう。

 

「痛ってえ……クソ、やっぱりまだ感覚が掴めないな、『無反動旋回(ゼロリアクト・ターン)』ってヤツ」

 

 墜落したのは『白式』だ。土煙の中から立ち上がった一夏は再び宙に浮くが、頭を軽く撫でながらぼやく。

 

『これで墜落は3回目だぞ、織斑。今のところ失敗しているのはお前だけだ。しかもスペックでは「白式」が一番速いというのに、いつまでオルコットや背御子神の尻を追い続けている?』

 

 更にアリーナの通信塔からスピーカーを通して千冬のダメ出しが聞こえてくる。

 今はIS実習の授業中だ。授業開始から今まで、一夏は同じ専用機持ちの辰生やセシリアと一緒に無反動旋回という技術の練習をしている。

 無反動旋回とはPICの効果を最大限に使い、旋回時に発生する遠心力を打ち消すことで旋回半径を大幅に縮めるものだ。これを使えば超音速で飛行しているISを1メートルにも満たない短距離で急旋回させることが可能になる。無反動旋回を更に発展させると、最高速の状態からその場で、なおかつ静止のタイムラグなしで機体を急旋回させる『特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)』になる。

 先ほどからやっている練習は、高速でアリーナを周回し続けながら先頭のISがランダムなタイミングで旋回をかけ、後続のISがそれに合わせて旋回することで無反動旋回のタイミングを覚えるのが目的となる。この際、IS間の通信は禁止されており、先読みも通用しないので文字通り見てから旋回に移る必要があるのだが、少しでもタイミングが遅れたりオーバーシュートしたりすると、一夏のようにずっと最後尾を回り続けることになる。特に上下の旋回運動中はタイミングを誤ると地面に墜落してしまうのでなおさらシビアだ。

 今のところ、セシリアはもちろん辰生もまだ墜落していない。どうもまだ感覚が掴み切れていないようだ。

 

「ですが焦る必要はございませんわ。こればかりは自分でタイミングを掴むしかございませんから」

「ありがとよ。けど御子神はそれなりにうまくやれてるよな……なんかコツとかあったら教えてくれないか?」

「特にない。強いて言えば距離表示が縮まり始めたら旋回を開始するくらいだ」

「つまりイエローアラートが表示されたら、か……もしかしたらいけるかもしれない。セシリア、御子神、もう一回だけ付き合ってくれないか?」

「ええ、構いませんわ」

「俺も問題ない」

「なら早速始めようぜ」

 

 辰生から聞いたことを自分なりに噛み砕いて理解すると、2人を促して再びアリーナを高速で周回し始める。先頭に立つのはやはりセシリア、続くのは辰生で一夏は最後尾のままだ。

 今まで一夏はセシリアや辰生の動きにばかり意識がいっており、互いの距離までは気が回らなかった。しかしよく考えれば逆方向に旋回すれば距離は一瞬縮まるし、高度や角度を変えるときにもごく僅かにだが距離が縮まる瞬間が存在する。ISには距離が一定まで縮まるとアラートを流してくれる機能があり、これを使えばいけるかもしれない。

 しばらく3人は一定間隔を保って周回を続けるが、いきなりセシリアが方向転換して逆方向に回り始める。その瞬間、視界に黄色の文字で接近中の警告が流れる。

 

(今だ!)

 

 その瞬間、一夏はPICを最大まで起動させて機体を減速し、身体を反らしつつスラスターを最大出力で噴射させることで素早く切り返すことに成功する。タイミングは、辰生より僅かながら速い。機体の最高速度の違いもあり、周回中に辰生を追い抜いてセシリアの背後にぴったりと着く。

 

(よし、これならいける!)

 

 一度コツを掴んでしまえばしめたものだ。その後もセシリアが旋回する度に追いついて距離を保ち、辰生を追いつかせない。やがてセシリアが急降下に転じ、地面へ一度向かってから急上昇に転じようとする。負けじと一夏もスラスターを最大出力で噴射し、あと一歩のところで追いつくところまで迫る。同時に地面にぶつかるとの警告が視界に躍る。

 

(だけどこうすれば!)

 

 それを見て即座に上昇へ転じ、ベクトルが上向きになった瞬間スラスターを思い切り噴射するととうとうセシリアを追い抜いて先頭に立つ。後は簡単だ。シールドや地面にぶつかりそうになると発生するアラートに合わせて旋回し続けるだけでセシリアと辰生を追いつかせない。

 

『よし、そこまでだ。一度着陸しろ』

 

 千冬から終了の命が下ると一夏たちは旋回を止め、ゆっくりと地面に着陸する。

 

(やっぱり『白式』の加速性能はスゴイな……直線なら『打鉄』どころか『ブルー・ティアーズ』だってぶっちぎれるんだから)

 

 一夏は改めて自分に与えられた専用機のポテンシャルの高さに感嘆する。武器こそシールドエネルギーを消費する雪片弐型しかない白兵戦特化の機体だが、最高速度や加速性能は打鉄とは比較にならないし、その割には小回りも十分に利く。関節部の柔軟性も高いので激しい動きもスムーズに出来るし、なによりレスポンスが良好で変なクセもなく、一夏の挙動にも素直に応えてくれる。逆に言えば操縦者の腕をダイレクトに反映してしまうので、腕が未熟ならそれがモロに出てしまうのだが、それを含めて自分には勿体ないくらいの良い機体だと一夏は確信する。格闘戦用のISとしては最高峰だろう、と素人ながらに思ってしまうほどだ。

 

「どうやらタイミングは無事に掴めたようですね……後はこれをいかに発展させるか、ですわ」

「ああ、わかってるよ。後は好きなタイミングでいつでも出来るようにしていかないと。御子神、また放課後付き合ってくれないか?」

「問題ない」

「わたくしもお付き合いしますわ。まだまだ教えたいことが……」

「そこ! 何を突っ立っている! さっさとISを解除しないか!」

 

 なぜかセシリアが笑みを浮かべて隣に寄り添ってくると、それまで地上で『打鉄』を装着して訓練していた箒が近接ブレードを向けて怒鳴る。

 専用機持ちの一夏たちと異なり、数が限られる訓練機を使いまわす必要がある一般生徒の操縦訓練はシミュレーターがメインとなる。だがシミュレーターは再現度はなかなかだが実機に比べて負荷がどうしても軽くなりがちという欠点があり、シミュレーターに慣れすぎるといざ実機を使うとその負荷の違いに戸惑うことが多いと聞いている。なので、最初の1ヶ月間は地上で素振りや格闘訓練を繰り返すことで実機の感覚を身体に染み込ませるらしい。

 箒たちはIS実習だと訓練機を2交代で使用し、今がちょうど交代の時間となる。それでも一向にISを脱がず食ってかかる箒に、セシリアは真っ向から受けて立とうとするがマイク越しに千冬の咳払いが聞こえてくると即座に箒はISを脱ぎ、セシリアも専用機を格納して青いイヤーカフス型の『待機形態』に戻す。一夏と辰生もそれぞれ専用機を格納し、白いガントレットと黒いチョーカーに移行させる。

 そのまま一夏たちは後半搭乗する生徒たちの補助に回る。一応、待機形態がない訓練機でも1人で搭乗出来ないことはないが、慣れないと時間がかかるので最初のうちは補助がつく。一夏もショートカットの生徒が『打鉄』に乗るのを手伝うことになる。

 

「それじゃよろしくね、織斑くん。私の名前、覚えてる?」

「えっと、相川さん、で合ってたかな?」

「ピンポーン! 大正解! 一応改めて自己紹介するけど、私は出席番号1番の相川清香(あいかわきよか)。部活はハンドボール部で趣味はスポーツ観戦とジョギング。ちゃんと覚えてね?」

 

 その生徒、相川清香は快活に笑って手を差し出し、一夏もそれに応えて握手をする。そのまま手を取って補助台を使い清香がISに搭乗し終えるまで寄り添う形となる。途中、鋭い視線が二つほど向けられたがあえて気付かないフリをして辰生の方を見る。

 辰生は前にモナカを8個取っていってちょっとした騒ぎを起こした生徒……一夏はそののほほんとした態度と口調から『のほほんさん』と勝手に名付けている……の補助をしていた。

 

「それじゃあ補助よろしくねぇ~、みこりーん。私がちゃあんと乗るまで手を離したらダメだよ~」

「……みこりん?」

「ほら~、御子神くんだから略してみこりん。わかりやすくていいでしょ~?」

「はあ……それより、早く搭乗を」

「う~ん、なんだか反応が薄いなぁ~。もっとこう、驚いたりしてくれるとよかったんだけどなぁ~」

 

(なんだよ、この微妙に嚙み合ってない雰囲気は)

 

 マイペースなのほほんさんといつもの仏頂面を崩さない辰生の何とも言えない嚙み合わなさにある種の感心すら覚える一夏だが、辰生がのほほんさんの手を取ってISに乗せる段になってトラブルが起きる。

 

「みこりん、もうちょっとしっかり支えてくれないとぉ、私転んじゃうよぉ~?」

「……転びながら言うことですか?」

 

 バランスを崩したのほほんさんが前につんのめり、咄嗟に前へ回って支えようとした辰生の身体を押し倒す形で『打鉄』から転がり落ちたのだ。流石に辰生ものほほんさんを支えきれず仰向けに倒れるのだが、その際にのほほんさんの豊かな胸の膨らみの間に丁度顔が押し付けられる形になる。しかしのほほんさんは気にする素振りも見せず、のんびりとした口調で話し始める。

 

「あ~あ、転んじゃったぁ。みこりん大丈夫~? 怪我とかしてない~?」

「はい、こちらは大丈夫です。そちらは?」

「うん、私も平気だよぉ。みこりんがクッションになってくれたからねぇ~」

 

 のほほんさんは谷間に辰生の顔を突っ込ませたまま、いつもと変わらぬ態度で辰生を気遣う。喋るたびにぴっちりとした黒のISスーツに包まれた果実が揺れて辰生の顔に当たって弾む。しかし辰生は全くと言っていいほど気にする素振りも見せない。

 

「それより、どいてくれませんか?」

「ええ~起きるの面倒くさいしぃ、もうちょっとこのままでいさせてよぉ~」

「授業中ですよ?」

「だったらみこりんが起こしてよぉ~、私自分で起きたくないしぃ~」

 

 メチャクチャな理論を振りかざしたのほほんさんは辰生から離れるどころかしがみついて起きようとしない。当然、胸の膨らみはよりキツく辰生に押し付けられて頭全体を包み込んでいる。それでも辰生はいつもの調子を崩さず、片腕でのほほんさんの首根っこを掴み、もう片方の腕を使って上体を無理矢理起こしながらのほほんさんを強引に引き剥がし、更に立ち上がらせてから首を離す。

 

「起こしましたので、早く搭乗を」

「みこりんってやっぱり変わってるよねぇ~。じゃあ、テイク2いってみよ~」

 

 結局、どうにかしてのほほんさんを『打鉄』に乗せた辰生はその場を離れる。一夏も清香から距離をとって辰生に歩み寄る。

 

「しかし大変だったな……それとも役得ってヤツか?」

「どこが役得だ」

「いや、のほほんさんのアレが顔を包んで、さ……少しは興奮したりしたか?」

「……邪魔でしょうがなかった」

「なあ、それってマジで言ってるのか?」

「冗談に聞こえたか?」

「御子神、お前ってヤツは……」

 

 自分もあまり色欲がある方とはいえないが、流石に辰生のような目に遭ったら恥ずかしくなる程度には健全なつもりだ。しかし辰生は本当に鬱陶しがっているようにしか思えなかった。同じ男子高校生として思わず心配になるくらいだ。

 

(けど、御子神がいるおかげで助かってる部分もあるんだけどな……)

 

 しかし、辰生の存在は今の一夏にとって決して小さなものではない。自分たち以外は全員女という状況で、唯一いる同性だ。どうしても頼りたくなる時もあるし、男同士でしか話せないこともある。なにより、幼馴染の箒や姉の千冬は辰生以上に親しいとはいえ女だ。やはり男の方が生活していても機を使わなくて済む部分が多い。その意味ではストレスだらけの学園生活における数少ない癒しとも言えるだろう。性格が性格なので別方向で頭を抱えることもたまにあるが。

 

(それに、御子神が付き合ってくれるからこそここまで頑張れてるっていうのはあるし)

 

 それだけでなく、ISの習熟に関しても辰夫という同じ立場の人間がいるのは大きい。自分と同じ素人がもう1人いることで自分の習熟度が分かりやすくなるし、辛いことがあっても辰生もまた同じなのだと思えば耐えることが出来た。何より、切磋琢磨とは近いレベルの者同士でしか起こらないものだ。もしIS学園に辰生がいなければ、周りは自分よりずっと熟達したものばかりで自分がどれだけ上達したのかが見えず、周囲との差が大きすぎることから高みを目指そうという気も起きなかったかもしれない。

 

(なにより御子神が再認識させてくれたんだよな、俺の本当の気持ちを)

 

 そして間接的にだが辰生は一夏の誰かを守りたい、という気持ちを再認識させてくれた。アリーナで辰生が暴れた時、一夏は自分の迂闊さと無力を痛感した。もしあの時もっと早く動いていたら、箒は負傷することはなかったかもしれない。辰生の暴走ももっと早く止める事が出来たかもしれない。そうした悔しさをバネに、次こそは誰かを守れるように強くなろうと思えたのだ。もし決闘で辰生がいなかったら、いても辰生が暴走しなかったら、そして万が一セシリアに勝ちそうになっていたりでもしたらここまで強くなりたいと思えなかっただろう、と一夏は確信している。

 

(いずれにしても、今俺がこうして頑張ってるのは御子神がいたからこそ、なんだろうな。良くも悪くも)

 

 辰生の横顔を見ながらそんなことを考えていた一夏だが、辰生が顔を向けてくる。

 

「どうした?」

「あ、いや、なんでもない」

「そうか……それより、いいのか? あの2人がお前に何か用のありそうな顔をしているが」

「……どんな顔をしてるのか、見たくない」

 

 しかし一夏の願いも空しく、箒とセシリアはほとんど同時に一夏たちの近くに到着する。

 

「一夏、少し話がある」

「先ほど相川さんと話したことについて、ですわ」

 

 その後、授業が終わるまで清香と何を話したのか問い詰められたのは言うまでもない。

 

◆◇◆◇◆◇

 

 1人の少女が、ボストンバッグを片手に雌伏姿でIS学園の敷地に入る。夕方ということもあって学園の授業は全て終わり、部活もぼちぼち終わるところも出てきている。

 そんな静かになり始めた学園の中を少女はゆっくり歩き続ける。背はやや小柄で少し茶色がかった髪をツインテールにしており、口元から覗く八重歯が目を惹く。時折学園生と少女がすれ違い、時折学園では見かけない格好をした少女に奇異の視線を向けるが、気にせずに建物へ入って廊下を突き進む。だが十字路の差し掛かると一旦立ち止まり、バッグの中から冊子を取り出して眺め始める。時折自分の周囲と冊子を見比べて頭を捻る。

 

「えっと、事務室ってどっちに行けばいいのかしら……この内部図、ちょっとゴチャゴチャしててわかりにくいのよね」

 

 少女は道に迷っているらしい。今は事務室に行きたいようだ。十字路の真ん中で身体の向きを変え、冊子を逆さにしたり斜めにしたりとせわしなく試行錯誤を繰り返していたが、やがて冊子をパン、と閉じる。

 

「よし、大体わかった。こっちに進めば着くのね」

 

 そのまま冊子をバッグに放り込んだ少女は再び歩き始め、今度は迷う素振りも見せずに事務室へと向かう。廊下を道なりに進んで事務室の看板を見つけると少し足を速め、受付用の小窓に立って軽くノックする。少しして中から事務員が顔を出すとバッグの中から書類を取り出して見せる。事務員は少女が持参した書類の記載内容を確認し、部屋の奥に引っ込んでいく。

 事務員が戻ってくるのを待ちながら、少女は手持ち無沙汰な様子で周りを見渡している。首を盛んに動かしどこか漫然と廊下や階段を眺めていた少女だが、ふと廊下の端に人影が4つ通るのを見つける。最初は横目で流し見していた少女だが、話し声が聞こえ始め顔もおぼろげながら見えてくると急に振り向き、思わず目を見開いて凝視する。

 

「あれって、一夏!?」

 

 廊下を歩いている人影の1つは、一夏だ。少女はそれに気付くと驚きながらも、それでいてどこか嬉しそうな様子で一夏の姿を見つめ続ける。

 しかし、一夏の両脇に黒髪と金髪の少女が並び立っているのを見ると急速に熱が冷め、表情がみるみるうちに曇っていく。

 

「なんなのよ、あいつら……なんで一夏にベタベタと……!」

 

 少女たちと一夏の距離は、ただ友人が並んで喋っているにしてはかなり近い。特に金髪の少女の方はわざと身を寄せてさり気なく手を取ろうとし、その都度黒髪の少女に妨害され続けている。黒髪の少女も黒髪の少女で一夏の横をしっかりとキープし続けているが。

 

「一夏も何やってのよ、あんなヤツらを侍らせちゃってさ……!」

 

 同時に、少女2人を両脇に従えている一夏への怒りも見せて歯軋りをする。そのまま一夏たちの方へ歩いていこうとする少女だが、事務室のドアが開いてスーツカバーや紙袋を持った事務員が顔を出すと表情を戻して足を止める。

 

「こちらが学園の制服と教科書類になります。万が一破損や紛失があった場合、事務室まで申し出て下さい。それとこちらにサインを」

 

 ペンと受領書が挟まれたバインダーを手にした少女は手早く署名し、事務員に返す。

 

「ありがとうございます。これで転入手続きは全て完了です。ようこそ、IS学園へ」

 

 少女はIS学園に転入してきたようだ。しかし少女は事務員からの歓迎の言葉に軽く会釈をし、すぐに視界から遠ざかりつつある一夏たちの姿を目線で追う。事務員もそれに気付いたのか、一夏たちの方を見て話し始める。

 

「やっぱり気になりますか? あの2人が。なにせ世界でまだ2人しか確認されていない、男性のIS操縦者ですからね。前の方を歩いていたのが織斑一夏くん、少し後ろにいたのが御子神辰生くん、どっちも1年1組の所属で織斑くんはクラス代表、御子神くんは副代表ですね」

「クラス代表?」

「簡単に言えばクラスを代表してクラス対抗戦に出場したりする生徒、ですね。織斑くんも今度やるクラス代表戦に出場するんですよ?」

 

 女性の話を聞き終えたところで一夏たちの姿が視界から完全に消え、少女は一度手元の書類に目を通す。そして自分のクラスが一夏と違うことを確かめ、事務員に向き直る。

 

「明日からあたしが転入するクラス、つまり1年2組のクラス代表って決まってます?」

「え? ええ、もう決まっていますけど……それが何か?」

 

 すると少女はニッコリと笑い、答える。

 

「クラス代表、あたしに譲ってもらおうと思って」

 

 表情こそ笑顔で声色は明るいが、纏っている雰囲気が剣呑だ。そんな異様な少女に怯む事務員だが、すぐに切り返す。

 

「譲ってもらうと言いましても……すでに全クラスで決定している以上、簡単にひっくり返せるようなことでは」

「いくら決まったと言っても本人が辞退したら流石に通りますよね?」

「そりゃあ、理屈の上ではそうですけどそう簡単に譲るとは……」

「大丈夫ですよ、何が何でも譲ってもらいますから。あたし、一度やると決めたらなんでもするタイプなんですから」

「……ん? 今『なんでもする』って言ったよね?」

 

 笑顔のまま殺気すら放って言葉を続ける少女の背後から、事務員とは別の声が割り込む。

 振り向いてみるといつの間にか女子が数人背後に立っている。ただし、学園内でよく見かける制服姿ではなく全員黒スーツに黒いレイバンのサングラスをかけ、黒い付け髭までしている。

 怪し過ぎて驚く以前にどう反応したらいいか困る少女を尻目に、先頭に立つ怪しい女子は一歩進み出る。

 

「驚かせたのならごめんなさい。私たちは決して怪しい者ではないわ」

 

(どこからどう見ても怪しすぎじゃない!)

 

 ふざけているとしか思えない台詞にツッコミを入れたくなる少女だが、突っ込んだら負けだと思い辛うじて我慢する。

 

「で、あんたたちは一体なんなの? あたしに何か用?」

「私たちはあなたの味方、あなたの願いを叶える者。あなた、2組のクラス代表になりたいんでしょう?」

「え? ええ、まあ……」

「ならばその願い、叶えてあげるわ。私たちが2組のクラス代表を説得して辞退させて、あなたを代わりにクラス代表へ推薦する。その代わり、あなたは今度のクラス対抗戦で優勝してくれればいい。悪い話ではないでしょう? 中国の代表候補生で専用気持ちのあなたならば、優勝なんて朝飯前でしょうから」

「なっ!? どうして……!」

「どうしてあなたが中国の国家代表候補生であることを知っているか、と聞きたいんでしょう? 私たちの情報網を舐めないことね。あなたがここへ来る一週間前からあなたのことを色々調べたんだから」

 

(どういうことなの? 同じクラスのヤツが今のクラス代表を引き摺り下ろしたいなんて……それもわざわざあたしのことを調べるなんて)

 

 なぜか自分のことを知っている女子たちに驚きながらも、内心疑念を抱く。一体1年2組にどんな事情があるのだろうか。

 それまで蚊帳の外だった事務員は、ふと先頭の女子を見て口を挟む。

 

「クラス代表を説得するって、クラス代表はあなたじゃ……」

「勘違いしないで下さい。私は1年2組クラス代表のティナ・ハミルトンとは無関係です」

 

(あ、こいつがクラス代表なんだ。と言うか本気で隠す気あるの?)

 

 どうも先頭に立つ女子こそが2組のクラス代表、ティナ・ハミルトンらしい。ティナの意図が読めないことと正体を隠す気があるのかないのか分からない言動に混乱する少女をよそに、ティナは更に詰め寄ってくる。

 

「コホン、では改めて答えを聞きましょうか。あなたにとっても決して悪い取引ではないハズよ」

「……少し、考えさせてもらえる? 話が急だから」

 

 いくらなんでも怪しすぎる。タダより高いものはないとも言うし、一度ティナたちから逃げた方がいいと少女は直感的に判断し、そそくさと荷物を持ってその場から離脱しようとする。

 

「離脱? ダメよ、頷いてくれ」

 

 しかし別の女子に回り込まれる。ならばと反対方向に逃げようとする。

 

「言い逃げはよくないなぁ。ちゃんと責任とってくれないと」

 

 だがまた別の女子に道を塞がれる。

 

「全ては私たちのシナリオ通り、残るはあなたの承諾による幕引きよ」

「面白い経歴の持ち主と聞いている、期待してるわ……」

「手こずっているようね、手を貸しましょう」

 

 それどころか残りの女子だけでなく物陰から出てきた女子たちにまで取り囲まれ、完全に逃げ道を塞がれる。

 

(なに!? こいつら一体なんなの!? もうわけがわかんない!)

 

 内心パニックになりながらも後退りする少女だが、すぐに壁まで追い詰められる。ティナたちはジリジリと距離を詰めていき、またしてもティナが問いかける。

 

「これで考える必要はなくなったわね……それじゃ、答えを聞かせて?」

 

 ティナの問いかけに少女は思わず頷いてしまう。あるいは実力行使をすればあっさり突破出来ていたのかもしれないが、国家代表候補生が一般生徒相手に暴力沙汰を起こしたとなると問題になる。ティナたちは別に暴力を振るってきたわけではないのでなおさらだ。ある意味どんな暴力よりももっとタチが悪いが。

 少女が頷いたのを見たティナたちは喜びを露にし、一様に笑みを浮かべる。

 

「ありがとう、あなたならそう言ってくれると思ってた」

「では改めて……1年2組へようこそ! 歓迎するわ、盛大にね!」

「これからは刺激的にヤりましょう?」

 

(やっぱり来ない方が良かったのかもしれないわ、IS学園……)

 

 来て早々の手酷い洗礼に、少女はIS学園へ転入してきたことを少し後悔する。世界中から人が集まる関係でかなり個性的な人間が多いと噂には聞いていたが、いきなりこんなツッコミどころしかないクラスメイトと遭遇するなど想定外だ。そしてこれから1年間、目の前にいる人間と一緒に過ごしていけるのかが不安になってくる。

 

(けど、これも試練だと思って我慢しないと。待ってなさいよ、一夏。今度こそあんたを振り向かせてやるんだから!)

 

 しかし一夏のことを思い浮かべた少女は気を取り直し、決意を新たにするのであった。

 

◆◇◆◇◆◇

 

「それじゃあ織斑くんのクラス代表就任と、御子神くんのクラス副代表を祝して、カンパーイ!」

「カンパーイ!」

 

 その日の夜、食堂では1年1組が一夏のクラス代表、および辰生のクラス副代表就任を祝うパーティーが開かれていた。もっとも、クラス代表就任祝いというのは名目で、実際は懇親会と言っていい。乾杯の音頭が終わるとクラスメイトはめいめい会場内に散らばって話に花を咲かせ始める。

 そんな中でも辰生は1人で紙皿へ料理を取り分け、黙々と食事を済ませていた。すぐ近くではやはり一夏が箒とセシリアに絡まれている。

 

「はい、一夏さんもどうぞ。このサンドイッチ、とてもおいしいですわよ?」

「一夏、この唐揚げも美味しいぞ。少し食べてみろ」

「2人ともありがとう。御子神、ちゃんと食べてるか?」

「ああ、問題ない」

「御子神は子どもじゃないんだからイチイチ気にしなくてもいいだろう……」

「そりゃそうだけどさ、やっぱり性格が性格だから心配になっちまって」

「かえって御子神さんに失礼ですわ。それより、口を開けてくださらない?」

「え? こうか?」

「はい、あーん、と」

 

 絡まれている最中でも辰夫を気にする一夏に箒とセシリアがツッコミを入れる。辰生がシュウマイを食べ終えたところでセシリアは一夏に口を開けるよう頼み、素直に従った一夏の口にサンドイッチを入れて食べさせる。一夏がサンドイッチを飲み込むとセシリアは微笑んでみせる。

 

「一夏さん、美味しいですか?」

「ん? ああ。けどわざわざ食べさせてくれなくても自分で食べたのに……」

「お気になさらずに。もう1個いかがですか?」

「一夏! そんな破廉恥なことに付き合ってやる必要はない! 自分の分は自分で食べろ! 子どもではないのだから!」

「あら、ご自分では出来ないからひがみ、ですか? 嫉妬は見苦しいですわよ」

「私はお前ほど破廉恥ではないと言っているのだ! だが、一夏がどうしてもやって欲しいというのならば、やってやらんことはないが……一夏とて誰かに食べさせて欲しい、と思うことだってあるだろうからな」

「気を使ってくれてありがとう、箒。俺は大丈夫だから。セシリアももういいから自分でも料理食べておけよ? あんまりうかうかしてるとみんなに食べ尽くされちまうぞ?」

「一夏、お前と言うヤツは本当に……」

「もう、一夏さんったら……」

 

 鈍感な一夏に箒とセシリアが溜息をつくところで新たな料理を食べに行こうとする辰生に、横から声がかかる。

 

「あ、いたいた。やっぱり御子神くん1人で食べてる。そんなんじゃあみんなと仲良くなれないぞー? なんてね」

「そうだよ~、いつもブスーってしてたらおりむーみたいに女の子からモテるようにならないよ~?」

「確かに、もうちょっと楽にしてくれていいというか、ちょっと堅すぎるっていうのは賛成かな」

 

 丸眼鏡をかけた少女に袖が異様に長い制服を着た少女、後ろ髪を二つ縛りにしている少女だ。辰生が黙って顔を向けると、丸眼鏡の少女が顔を覗き込む。

 

「もしかして、私たちの名前まだ覚えてないとか?」

「いえ、岸原理子さんに布仏本音(のほとけほんね)さん、谷本癒子(たにもとゆこ)さん、ですよね?」

「あ、よかったぁ。ちゃんと私たちの名前覚えててくれたんだ」

「みこりんはおりむー以外とはあんまり喋らないから、みんな心配してるんだよ~。ちなみにおりむーって言うのは織斑一夏くんのことだからねぇ」

「布仏さんの言う通りよ。だからたまには御子神くんと話したいなーって思ったんだ。ちょっと時間いい?」

「はい、構いませんが」

「もう、言葉遣いからして堅いって! 同い年なんだから敬語とかなし!」

「最初のうちは難しいかもしれないけど……ほら、織斑くんと話している時と同じ感じでさ」

「わかりま……わかった。慣れてそうにあ、ないが、努力する」

「う~ん、敬語はなくなったけどやっぱり全体的に堅いよねぇ~。篠ノ之さんとはまた違った堅さって言うか~」

「そりゃあすぐにクセが抜けるわけがないって」

 

 不慣れながらも敬語をやめてみるが、本音から早速ダメ出しを受ける。癒子もフォローを入れこそするが、本音と同意見らしく顔に苦笑いが張り付いている。理子に至っては不満げな顔を隠そうともしない。

 

「そもそもいつも変わらないこの仏頂面がダメなのよ! もっと口を広げて、キープスマイリング!」

「岸原さんって結構強引なんだね……なんか口だけじゃかえって不気味じゃない?」

「そうだね、織斑くんに比べると目付きが悪いから目元もどうにかしないと」

 

 理子に無理矢理口角を上げさせられていると、今度は長髪の左側にヘアピンをした少女とセミロングの髪をした少女が寄ってくる。

 

「確かに鏡さんとか夜竹さんの言う通りかも……口元だけとかむしろ怖くなっちゃいそう」

「でしょ? 笑顔で大事なのはまず目元なんだから……それはそうと御子神くん、私たちのことは分かる?」

「鏡さんと夜竹さん、ですよね?」

「じゃあ下の名前は?」

「……すみません」

「えー、谷本さんや岸原さんの名前は覚えてて、どうして私たちの名前は覚えてないの?」

「鏡さんはともかく、私は特徴がないのが特徴みたいなものだし……しょうがないのかも」

「夜竹さんは自分を卑下しすぎよ。じゃ、せっかくだから……鏡ナギよ。ちゃんと覚えてね、御子神くん」

「私は夜竹さゆか、これからは下の名前も覚えてくれるとうれしいな」

 

 先に声をかけた鏡ナギと夜竹さゆかは改めて名乗り、握手を求めてくる。辰生は2人と握手を交わすが、理子は本音と一緒に今度は口と目を同時に無理矢理動かそうとする。

 

「2人とも何してるの? そんなことしてたら御子神くんに迷惑でしょ?」

「まあまあ、いいじゃありませんか……御子神さんも嫌がっていないようですし」

 

 更に通りかかった静寐が理子と本音を止めに入るが、その隣を歩いていた黒髪を後ろで団子状に纏めた少女がやんわりと止める。それだけでなく今まで少し離れていた一夏、箒、セシリアまで人だかりを見て近付いてくる。抵抗しないのをいいことに辰生の口元や目尻を好き勝手に弄っていた理子と本音だが、一夏たちが来ると一旦手を離す。

 

「お、来た来た。保護者の織斑くんからも御子神くんに言ってあげてよー、もっと笑ったほうがいいってさ」

「俺はいつから御子神の保護者になったんだ……まぁ、そんな無理に笑わせなくてもいいんじゃないか? それも御子神の個性なんだし」

「でも毎日ぶす~っとしてたらみんな話しかけにくいと思うよぉ~。これから1年はずっと一緒なんだしさぁ~」

「……散々御子神を弄っておいてそんなこと言っても説得力がないよ、のほほんさん。それにしたって大人気だな、御子神」

「そうでもないと思うが」

「最初に比べたらえらい違いだぞ……入学してすぐの頃なんか俺には物珍しさで人が集まったのに、御子神は雰囲気が雰囲気だったからみんな遠巻きにするだけだったし。今はむしろ御子神の方が周りに人が集まるようになったけどさ」

「ほう、お前は入学したての頃みたいに女子に囲まれちやほやされたかったのか?」

「別にそんなんじゃないって。大体、俺は珍獣扱いでちやほやなんかされてなかったじゃないか……」

「どうかな~? おりむーって見た目はなかなかカッコイイしみこりんよりだいぶとっつきやすいからウチのクラスじゃ人気あるよ~? かなりモテモテ、かもしれないよ~?」

「……だ、そうだが?」

「なんで俺を睨むんだよ、箒……比較対象が御子神なら俺だってマシに見えるだろ。御子神も第一印象さえ乗り越えれば結構いいヤツだってすぐわかるんだけどな……」

「あら、一夏さんも御子神さんに負けないくらいの輝きを持っていますわ。だからこそ、わたくしも期待しているのですから……色々と」

「一夏に色目を使うな、油断ならんヤツめ」

「篠ノ之さんも少し素直になられてはどうですか? みなさん、あなたの想いには感付いてますよ? いわゆる公然の秘密、というものです」

「し、四十院! 滅多なことを言うな! 私は決して一夏のことを……!」

「神楽、でいいんですよ? 同じ剣道部でもあるんですから。それに肝心の本人は気付いていないようですし」

「ほらほら、かなりんもコッチに来なよ。織斑くんや御子神くんと話せるチャンスだよ」

「わ、私はいいよ、国津さん……ちょっと恥ずかしいし」

「はいはーい、ちょっとごめんなさいねー! 少し通りますよー!」

 

 次々とクラスメイトが集まってめいめい勝手に盛り上がっていると、途中で誰かが人ごみを掻き分けて中心にいる辰生たちのところへやってくる。辰生が顔を向けると、ちょうどすぐ近くに立っていた四十院神楽の横をすり抜け、一人の女子生徒が辰生と一夏の前に立つ。制服のリボンは黄色、つまり2年生らしい。左腕には新聞部と書かれた腕章をし、眼鏡をかけている。見慣れぬ顔に疑問を抱き一夏を見るが一夏もまた誰だと言いたげな顔をしている。一夏の知り合いでもないようだ。すると女子生徒は腕章を見せながら話し始める。

 

「盛り上がってるところごめんねー。私は新聞部の黛薫子(まゆずみかおるこ)、今日はここで織斑一夏くんと御子神辰生くんのクラス代表・副代表を祝うパーティーをやるって聞いたから来てみたんだけど……少しだけでいいから取材させてもらえない?」

「取材、ですか? 俺たちなんかを?」

「そうよ、君たちは自覚がないかもだけど、世界でたった2人のISを動かせる男の子のことなら学園中の話題よ。だから私たち新聞部も入学したときからずっと取材の機会を狙っていたの。色々あって今まで出来なかったんだけどね」

 

 女子生徒こと黛薫子は懐からメモ帳とペンを取り出し、取材に取りかかる。他の生徒も囃し立てこそするが取材の邪魔をする気はないようだ。

 

「じゃあ最初に、IS学園に入学しての感想は?」

「えっと……周りが女の子ばっかりで困ることもたくさんあるといいますか。でも、クラスのみんなは色々よくしてくれるんで助かってます」

「俺も、織斑と同じです」

「ふむふむ、カワイイ女の子ばかりで目のやり場に困っているけどみんな気持ちよくしてくれる、と……」

「いやちょっと待ってくださいよ! 明らかに意味合いが違うじゃないですか!」

「いいのよ、こういうのはちゃんと行間を読まなくっちゃね」

「歪曲報道じゃありませんか!? それ! とにかく取り消しを要求します!」

「まったく、冗談が通じないのね……記事はちゃんと無難にまとめるから安心して。では次の質問。クラス代表と副代表になった抱負をどうぞ」

「あ、えっと……クラス代表に選ばれた以上、やれるだけやります」

「クラス副代表に恥じぬ成績を残せるよう、努力します」

「うーん、面白みがないわねぇ……あとはこっちで付け足しておきましょう。では最後の質問、好きな人とか気になってる人はいますか?」

「いません」

「即答すんなよ、御子神……けどどうしてそんなことを聞くんですか?」

「そりゃあみんな知りたいからよ。で、どうなの?」

 

 薫子が一夏に話を振ると、その場が静まり返って全員が聞き耳を立てる。一夏は一拍置き、ゆっくりと口を開く。

 

「いまのところはいない、ですね。正直言ってここに来てからは大変なことだらけで……なんでそんなガッカリするんだよ?」

 

 一夏の答えを聞くと、辰生以外の生徒はあからさまに落胆の色を見せる。しかし薫子は真っ先に立ち直り、懐からデジカメを取り出す。

 

「まぁ、全然話を聞けなかったよりはマシかな……じゃあ最後に一枚撮らせてくれない? 他の子もみんな入ってさ」

「俺は大丈夫ですよ? 御子神は?」

「問題ない」

「決まりね、じゃあなるべくみんな中央に集まってね。もちろん真ん中は織斑くんと御子神くんで」

 

 薫子が少し離れると一夏と辰生を中心にクラスメイトが全員集まり、カメラのファインダーに入るよう位置を調整する。もっとも、一夏の隣は例のごとくセシリアが強引に確保し、その隣を辛うじて箒が確保して余計なことをしないよう監視しているが。

 

「みんな入ってるわね……それじゃあ撮るわよー! 円周率の小数点以下21桁目はー?」

「え? 何でそんな微妙な……」

「にーっ!」

「って、答えられるのかよ!」

 

 数人が正答を叫び、一夏がツッコミを入れた瞬間、一夏の腕にセシリアの腕がからみつき、シャッターが切られた直後に遅れて気付いた箒がセシリアを引き剥がす。しかしセシリアはむしろ胸を張って勝ち誇ったような表情だ。箒も箒でくやしげに歯噛みしている。

 

「結構いいのが撮れたわね……それじゃ今日はありがとう。クラス対抗戦、頑張ってね?」

「はい、やるからには優勝を狙っていきますよ」

「残念だけど、それは無理ね」

 

 薫子が挨拶してその場を立ち去ろうとする直前、聞き慣れない声が割り込んでくる。辰生たちが声の主を探して辺りを見渡すと、入り口から別のクラスの生徒らしき学園生が数人やってくる。先頭に立つのは、茶色がかった髪をいわゆるツインテールにした小柄な少女だ。辰生たちの視線が集まったところで少女たちは立ち止まり、先頭の少女が口を開く。

 

「聞こえなかったの? ならもう一度言ってあげるわ。1年1組がクラス対抗戦に優勝することは出来ない。なぜなら、このあたしが2組のクラス代表になったからよ」

「あら、ずいぶんな自信ですこと……どこのどなたかは存じあげませんが、大口を叩くと後で恥をかきますわよ?」

 

 自信満々な少女に対し、早速セシリアが前に進み出て言い返す。しかし少女は態度を変えず、鼻で笑ってみせる。

 

「そっちこそどこの誰かは知らないけど、狭い了見でモノを考えすぎよ……大体常識的に考えて、ISに乗るようになって1ヶ月もないようなド素人2人に負ける要素なんてあるわけがないじゃない」

「ですが一夏さんと御子神さんは専用機持ちで……!」

「なら、あたしも専用機持ちで、しかも国家代表候補生だったら?」

 

 少女は不敵に笑うと右腕に嵌めた腕輪をセシリアに見せ付ける。その態度にウソがあるとは思えない。目の前の少女が専用機持ちで、国会代表候補生というのもなんとなくだが真実味を帯びている。流石にセシリアも少し身構え、他の生徒たちも小声での雑談を打ち切る。

 

「あなたは、一体……」

「ふふん、教えてあげるわ。あたしは……」

「……鈴! お前、凰鈴音(ファン・リンイン)だろ!? どうしてお前がIS学園にいるんだ!?」

 

 少女が名乗る直前、それまで少女の顔を凝視していた一夏が声を張り上げる。すると視線が一夏へ集まる。辰生もまた顔を向けて話しかける。

 

「一夏、知り合いか?」

「ああ。見間違いじゃなければ、こいつは俺のもう一人の幼馴染みなんだ」

「ちょっと待て一夏、私は彼女を見たことがないぞ?」

「そりゃ箒とちょうど入れ違いになったからな……鈴は俺が小学5年の時に中国から引っ越してきて、それからまた中国に戻った中学2年までずっと一緒だったんだ。実家が料理屋をやってたんだけど、よくご馳走になってたっけ。それで、人違いじゃないんだよな?」

「一夏、あんたねえ……そんなの当たり前でしょ!? むしろなんですぐに気付かなかったのよ!? まだ別れてから1年ちょっとしか経ってないのよ!? お互いそんな見違えるほど変わるわけないじゃない!」

「悪い悪い、あんまりにも急だったし日本で会うとは思ってなかったからすぐに思い当たらなくて」

 

 一夏に凰鈴音と呼ばれた少女はそれまでの自信ありげな態度から一転、目を吊り上げて八重歯をむき出しにしながら早口で一夏に捲し立て始める。一夏も一夏で馴れた様子で謝りながらもどこか楽しげだ。幼馴染みであったというのは事実らしい。

 

「まったく、あんたは相変わらずね……鈍いところもマヌケなところもホントに昔のまま」

「そこまで言うかよ……けど、元気そうでよかったよ。弾や数馬も鈴が元気でやってるか、ってたまに心配してたしさ」

「懐かしい名前ね、あいつらは……心配しなくても元気でやってるんでしょ? 花梨と文、枝理は?」

「3人とも元気でやってたさ。数馬と花梨、弾と枝理は同じ高校で文は藍越学園に合格したって離任式で言ってたっけ」

「そう、ならよかったわ。で、そっちの男がもう一人ってわけ?」

「ああ。御子神辰生って言うんだ」

「以後、お見知りおきを」

「ご丁寧にどーも、今後ともよろしくってね」

 

 懐かしげな様子で共通の知り合いの話に花を咲かせた鈴は一夏の紹介でようやく辰生を見る。そのまま爪先から頭まで値踏みするように眺めると辰生の挨拶に軽く挨拶し返して視線を外す。そしてすぐに箒とセシリアを軽く睨んで一夏に尋ねる。箒も負けじと鈴を睨みつけ、セシリアも険しい表情をしている。

 

「ところで一夏、さっきからあんたにベタベタしてるそこのポニーテールと金髪は誰よ?」

「……篠ノ之箒だ。一夏とは小学校1年から4年まで同じクラスで、剣道場の同門だった。付き合いならば私の方が1年長い」

「わたくしはセシリア・オルコット。UK、イギリスの代表候補生であなたと同じ専用機持ちですわ。今は一夏さんの指導をつきっきりでしております」

「ふーん、つまりは昔の女とつい最近出会ったばかりのミーハー女ってわけね。あんたも災難ね、一夏」

「なんだと!?」

「その言葉、聞き捨てなりませんわ!」

「なら言わせてもらうけど、篠ノ之箒だっけ? あんた、一夏と別れて何年経ったと思ってんのよ……一夏が中学に入ってからどれだけ苦労したか、知ってるの? 小さい頃からずっとやってた剣道やめて、学校に許可貰って少しでも家計の助けになろうとバイト掛け持ちしてたのよ? あんた、そんな一夏の苦労してる姿を見たことがある? そっちの金髪に至っては一夏と出会ってまだ1ヶ月も経ってないのにちょろ過ぎじゃない。男なら誰でも良かったんでしょ?」

「キサマッ!」

「言わせておけば!」

「篠ノ之さん、落ち着いて!」

「オルコットさんも挑発に乗っちゃダメよ!」

「鈴! さっきから言い過ぎだろ!」

 

「ダブルスタンダード、というヤツか」

 

 鈴の挑発に激昂した箒とセシリアを周囲が止めに入って揉み合いになり、一夏も鈴に苦言を呈するが、その最中に辰生がポツリと思ったことを呟く。するとそれまでの騒ぎが一転、しんと静まり返る。

 最初に沈黙を破ったのは鈴だ。

 

「ちょっとあんた、今なんて言ったのよ?」

「いえ、何でも……」

「隠したってムダよ! ちゃんと聞こえたんだから! 今、あたしのことを見てダブルスタンダードとか言ったわよね?」

「はい」

「やっぱり……どこがダブルスタンダードなのよ!? 今すぐちゃんと理由を言ってみなさいよ!」

 

 辰生が頷いた途端、鈴は怒りを露にして詰め寄る。一夏は止めに入ろうとするが鈴にあっさり押しのけられる。どうせ誤魔化してもしょうがないので、辰生は正直に答えることにする。

 

「そちらの言い分では篠ノ之さんは別れてから日が経っているので織斑の現状を知らず、オルコットさんは逆に付き合いの浅さを指摘していましたが、それはどちらもあなたにも当てはまるのでは? 付き合いの長さで言えば篠ノ之さんの方が長いようですし、現状を知らないという点では1年以上前に別れて連絡も取り合っていない様子のあなたも同じです」

「それは……そうだけど。でも昔から付き合いがあるのとそうでないのとでは差は大きいし、つい最近のことを知ってるのと知らないのともまた差は大きいじゃない!」

「ですが『士別れて三日なれば刮目して相待すべし』とも言います。1年という期間は大きな変化が起きてもおかしくない長さでは?」

 

 辰生の反論を受けて、鈴は目を白黒させつつ唖然とした様子で黙り込む。なので辰生も黙り、またしてもその場を沈黙が支配する。

 

「ま、まあ、要するに先入観を持って人と接するのはよくないってことだな。それでいいだろ? 御子神」

「ああ、そう捉えてくれて構わん」

「そ、そうよね! 一夏だってあたしにすぐ気付かなかったし、1年も経てば結構な変化もあったりするわよね! ……なんなのよ、もう」

「う、うむ! 付き合いの長さに胡坐をかいていては本当の姿は見えぬものだしな……今さらながら忠告するが、御子神とはこういうヤツだ」

「おっしゃる通りでございますわ! わたくしたちはある意味同じスタートラインに立っているのですから……いずれ、慣れますわ」

「そう言えば、鈴はホントに代表候補生で、専用機持ちになったのか? 日本にいた時とかISとほとんど関わってなかったじゃないか」

「中国に帰国してから本格的に始めたのよ。専用機を受領したのはほんの1月前だけどね」

 

 半ば強引に一夏たちが話題を変えたところで、辰生が再び口を開く。

 

「ところで、凰さんはどうしてこちらへ? 何か用事があってここに来たのでは?」

「そう言えばそうだったわね……すっかり忘れてたわ」

「なら私が代わりに話すわ」

 

 するとそれまで今までの修羅場を面白がってみていた2組の女子のうち、金髪碧眼の少女が割り込んでくる。少女は一夏を指差し、胸を張ってみせる。

 

「ズヴァリ! 宣戦布告だよ!」

「宣戦布告?」

「ええ、そうよ。凰さんが来るまでの私たちは本当に暗澹とした気分だったわ……1組には男子2人と専用機持ちがいて、4組にも専用機はないけど国家代表候補生がいたのに、2組と3組にはいない。これが何を意味するかわかる? ……私たちは、どう足掻いても1組と4組の引き立て役、かませ犬になることが運命付けられたの。だってそうでしょう? どんなに頑張ったって相手は専用機持ちや代表候補生、どんなに足掻いても同じ土俵に立つことさえ出来ない。それくらい経験や待遇に差がある。だから2組では誰も代表なんかやりたいと思わなかったわ。わざわざ自分から貧乏くじを引きたくなんかないからね。結局、私がくじ引きで選ばれちゃったんだけど……」

「でも、中国から代表候補生がウチのクラスに転入してくるという情報が入ったのが転機になったわ! 調べたところ凰さんはISを本格的にやるようになって1年足らずで国家代表候補生にまで登りつめ、専用機を受領するまでに至った天才肌の操縦者、と判明した。そこで私たちはどうにかして彼女にクラス代表を代わってもらおうと様々な策を練ったわ。幸運なことに、凰さんがクラス代表をやる意志を見せていたから話はすぐまとまったけどね」

「……あの状況で断れるワケがないじゃない。渡りに船だったのは確かだけど」

「コホン、それは置いておいて……これで2組のクラス対抗戦優勝への道筋は整ったわ! あとは当日、凰さんが他クラスの代表や副代表を蹴散らして優勝するのみ! そして私たちは勝利の栄冠と食堂のデザートフリーパスをゲットしてこれから毎日スイーツを好きなだけ食べ続けるバラ色の学園生活を送るの!」

「ちょっと待ちなさいよ! フリーパスの話って今初めて聞いたんだけど!?」

「俺も初めてなんだけど、みんなは知ってたのか?」

「当たり前じゃない! だから織斑くんと御子神くんに頑張ってもらうためにパーティー開いたんだから」

「おりむー、みこりん、私たちのデザート食べ放題生活のために頑張ってねぇ~」

「そうよ! 絶対に勝ってね! 2人の責任は重大なんだから!」

「マジかよ……」

 

 クラス対抗戦に副賞が出ることを外野だけが知っている状況に一夏は唖然とする。鈴も鈴で頭を抱えている。だがすぐに立ち直って胸を張る。

 

「残念だけど、フリーパスは私たち2組のモノよ! そして今まで2組は織斑一夏と御子神辰生の踏み台になると言われてきたけど、今日で終わる! 2組が織斑一夏と御子神辰生を踏み台にするのよ!」

 

 少女が一際大きな声で告げると、鈴も改めて一夏と対峙する。

 

「そういうわけだから、手加減はしないわよ。だからあんたも覚悟しておくことね……もっとも、あたしは仮にも代表候補生だから、あんたに胸を貸すつもりでやってあげてもいいんだけど」

「貸せるほど胸は大きくないけどねー」

「うっさいわね! 大仰なこと言っておいて後ろから味方を撃つ真似をすんのよ!?」

 

 制服を脱いでもその慎ましさは変わらないであろう胸の膨らみを揶揄されてキレる鈴を余所に、少女は辰生の前に立つ。

 

「あ、申し遅れたけど私はティナ・ハミルトン。クラス副代表にスライドしたんでこれからよろしく」

「御子神辰生です。こちらこそよろしく」

「そこ! 宣戦布告しといてフツーに挨拶してんじゃないわよ!」

「なんだかお前も大変だな、鈴」

「やかましい! 同情するならこいつら何とかしてよ!」

 

 その後、しばらくの間ティナたちが勝手に盛り上がって鈴を煽てては茶々を入れ、その度に鈴が怒るということを繰り返していたが、やがて憔悴しきった様子で鈴は食堂を去り、ティナたちも礼儀正しく一礼して食堂を出ていった。

 

(一夏にとって二人目の幼馴染みが、オルコットさんに次ぐ専用機持ちの代表候補生か……これは偶然、ではなさそうだな)

 

 ティナたちの背中を見送った辰生は、パーティーが締められて始まった後片付けを手伝いつつ内心思案する。

 一夏にとって二人目の幼馴染みが国家代表候補生で、入学式を少し過ぎた今の時期にいきなり転入してきたことが偶然とは思えない。鈴が代表候補生になれた理由はともかく、IS学園に転入してきたのは一夏との繋がりを見込んだ中国政府や軍部の意向ではないのか。そもそも、本来なら代表候補生や専用機持ちは各学年に1人か2人いればいいと聞く。しかし鈴の転入ですでに代表候補生が1学年に3人、専用機持ちに至っては辰生と一夏を含めて4人になる。

 自分と一夏の立場が極めて特殊なことは承知しているが、自分たちも知らないところで世界レベルの大きな動きがあるのかもしれない。だとしても辰生はただの学生、出来る抵抗などほんの些細なものだろう。

 

(これだけで済めばいいんだがな)

 

 先のことを考えていくうちに胸騒ぎを感じながらも、辰生は一夏と共に後片付けに精を出すのであった。

 

「ところでみこり~ん」

「何でしょうか?」

「喋り方、また敬語になっちゃってるよ~?」 

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