インフィニット・ストラトス~少年たちは、誰がために~   作:鈍刀

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第6話 激突

 鈴がクラス代表就任パーティーに乱入した翌日の朝。休日ということもあり、大半の生徒はこれ幸いとぐっすり眠っている中、一夏と辰生、そして箒は柔剣道場で汗を流していた。例のごとく朝の自主トレをしようと早朝から部屋を出た一夏たちだが、直後に廊下で待ち構えていた箒に捕まったのだ。結局、いつもの2人に加えて箒も一緒になってトレーニングを開始したのだが、箒が思った以上に練習内容へ口出しをした結果、いつもよりトレーニング量がずっと増してしまった。もっとも、トレーニングの内容そのものは一夏たちだけでやっていた時よりもだいぶ効率的となり、今後も続けていく上での重要な示唆も得られたので一概に損したとは言えない。

 最後のストレッチを終えた後は、箒の提案で格闘の練習をするべく柔剣道場に向かった。曰くISは身体をフルに動かす以上、体術を修めることでより効率的な身体の使い方が出来るようになるとのことだ。一夏と辰生は柔剣道場に到着後、それぞれ剣道着とトレーニングウェアに着替えさせられた。そして一夏と同じく剣道着を着た箒の指導のもと、受身の練習から始まって打撃や投げ技、寝技の型稽古をみっちり行い、現在はスパーリングを繰り返している。

 元々一夏は箒の実家が開いていた『篠ノ之流古武術』の道場に足繁く通い、剣術だけでなく体術も学んでいたので全くの素人というわけではない。辰生は過去のことが自分でもわからないので格闘技経験の有無は不明だが、打撃のフォームがしっかり固まっていたことから何かしら打撃系の格闘技をやっていた経験があるのでは、と箒は推測し、初日でのスパーリングに踏み切ったようだ。

 今、一夏と辰生は安全のためにオープンフィンガーグローブとヘッドギアを着け、柔道場の中心を挟んで対峙している。腰を落とし少し背を丸めつつ肘を軽く曲げて胸の前に置く構えをとる一夏に対し、辰生は右半身となりつつ両腕をアップライトに構え、やや広く足幅を取っている。一夏の構えは篠ノ之流柔術の基本姿勢だ。一方の辰生は適当に構えていたものを箒がいくつか矯正を加えた末に落ち着いたものである。

 両者は正対したまま一歩も動かない。審判役の箒は少し離れた場所で黙ったまま様子を見ている。

 パン、と乾いた音が道場内に響く。

 それが箒が両手を叩いた音だと気付く前に、2人は同時に動き出す。先手を取ったのは辰生だ。

 

「シッ!」

「クッ!?」

 

 スタンスの関係で重心が一夏より高いぶん、動きの移行が早かった辰生が、鋭い呼気と共に一夏の腹部めがけて前蹴りを放つ。咄嗟に両手を腹の前で交差させて防御した一夏だが、あまりの衝撃に組んだ両手が弾かれ、一瞬大きくのけぞってしまう。その隙を逃さず辰生が一歩踏み込み、今度はローキックで左足を狙ってくる。当たる前に体勢を立て直し、逆に踏み込んで左足を割り込ませることでクリーンヒットこそ防ぐが、鈍い痛みが左足全体に響いて一夏の顔が歪む。

 

(なんて打撃の重さだ! まともに受けたら一発で持っていかれちまう!)

 

 一夏よりリーチがある上に筋力でも上回る辰生の方が打撃戦では圧倒的に有利だ。それを辰生も理解しているのか、今度は左右のパンチの連打で攻め立て始め、一夏はひたすら両腕を盾にして攻勢をしのぎ続ける。それでも辰生の拳が肉を打つたび、鈍い打撃音と共に骨が軋む。だが、一夏は勝負を諦めていない。

 

(確かに速くて重いけど、軌道は素直だ。だったら……!)

 

 辰生の打撃は良くも悪くも真っ直ぐでタイミングも一定だ。次第に攻撃のリズムを掴み始めた一夏は、更に姿勢を低くして間合いを詰める。辰生は下がりながら中段蹴りを放って距離を取ろうとするが、それこそが一夏の狙いだ。

 

「取った!」

 

 辰生の右足が跳ね上がった瞬間、一夏はガードを解いて突進し、腰まで上がった蹴り足の付け根を右脇へ強引に挟み込む。そのまま渾身の力で辰生の身体を『押す』と、辰生は大きくバランスを崩して背中から仰向けに倒れ込む。挟み込んだ足がすっぽ抜けないようにして両手で掴み直し、捻りを加えることで辰生の身体をひっくり返しながら覆い被さり、自分の両足で辰生の右足を挟み込む。そのまま膝上を『てこ』の支点とし、思い切り身体を反らすことで辰生の膝を通常では曲がらない方向へ強引に曲げる。俗に言う『裏膝十字固め』だ。

 辰生は苦悶の声も上げず完全に極めきられる前に抜け出そうと足の角度を変えて妨害しつつ、空いた足で一夏の腿を何度も蹴りつける。たまらずに一夏は辰生の膝を離して立ち上がるが、辰生も膝のダメージが大きいのか立ち上がるのが大幅に遅れる。その隙を逃さず一夏は辰生の左腕を掴み、一度押して重心を崩してから股の間に足を割り込ませ、一気に身を低くして辰生を背中から投げ落とす。そして辰生が受身を取ったところで今度は掴んだ左腕に両手両足を絡ませ、腕を思い切り伸ばしながら首筋を完全に両足で挟んで締め上げる。辰生は空いた右手で一夏を殴りつけるが、最初の勢いはほとんどない。なので一夏も構わずに辰生の左腕靭帯を伸ばして首を絞め続ける。

 

「そこまで!」

 

 しかし箒が声を上げると両者の動きはそこで止まる。辰夫は一夏を殴るのを止め、一夏もまた辰生の首と腕を解放して巻きつけていた手足を離す。両者が立ち上がると箒が歩み寄り、再び口を開く。

 

「この勝負、一夏の勝ちだ。このまま締められていたら御子神は落ちていただろう……少しは出来るようになった」

「昔取った杵柄ってね。打撃はともかく、組み技や寝技なら俺の方に分があるようだしな。何も真っ向からの殴りあいに付き合う必要はない」

「うむ、一夏はわかってきたようだな。御子神、お前は攻撃が単調すぎる。いくら打撃が速くて重かろうが、放つ一瞬を読まれて潰されては元も子もないぞ?」

「……リズムを散らせるよう、努力します」

 

 打撃技に比べると関節技は知識や技術、経験といったフィジカル以外の面がより重要になってくる。その点、ブランクがあるとはいえ経験者の一夏の方が辰生よりグラウンドでの攻防は圧倒的に分がある。なにせ箒とは引っ越すまで剣術だけでなく、柔術も競い合ったのだ。関節の取りっこなら素人の辰生に負ける要素がない。極めて極められで覚えた技の数々は、数年のブランク程度では到底忘れられるものではないらしい。

 

「だが、一夏は余計な被弾をし過ぎだ……もう少しいいのを貰っていたら、寝技を仕掛ける前にお前が倒れていただろう。単純な力では劣るのだから、もっと相手の動きをよく見て機先を制せ。今はまだ勝てているが、いずれ御子神が成長したら通用しなくなるぞ」

「分かってるさ。御子神がどんどん上手くなってるのは、相手をした俺が一番よくわかってる」

 

 同時に、箒は一夏の立ち回りに苦言を呈する。すでに一夏と辰生は何回もスパーリングをしているが、最初はされるがままだった辰生が加速度的にこちらの攻めへ対応してきているのを肌で感じている。もっとも、一夏も最初はあまりの打撃の威力に驚かされてばかりだったが、タイミングやリズムを見切って出掛りを押さえられるようになってきたのだが。ちなみに箒とも何回かスパーリングをしたのだが、一夏も辰生も全敗している。一夏は技術面で全面的に上を行かれており、辰生は初動をあっさり見切られてカウンターの投げや締め技を食らって終わりだ。今のところ、勝てそうにない。

 

「とにかく、今後も格闘の鍛錬は続けていくぞ。一夏も御子神も精進するように」

 

 箒の一言で締めると一夏たちは柔剣道場を掃除し、用具入れにオープンフィンガーグローブとヘッドギアを返してから退室する。着替えを済ませた3人は寮へ戻り、一夏と辰生は自室の前に立つ。しかし箒はなぜか一夏たちについてくる。

 

「箒、言うまでもないと思うけど、お前の部屋は隣だろ?」

「お前の部屋に木刀を一本置き忘れていたことを思い出してな。ついでだから回収するためだ」

「そんなの後でもいいと思うんだけどな……」

 

 辰生が鍵を開けている間、箒から理由を聞き出した一夏だが、なぜか辰生が扉の前から離れない。普通ならとっくに鍵を開けているハズだ。

 

「御子神、どうした?」

「……鍵が開かない」

「え? 何言ってんだよ……ちょっとどいてくれ」

 

 辰生の答えを聞いた一夏は交代して自分の鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。しかし差し込んだはいいが鍵が回らない。いくら力を込めても、抜き差しを繰り返したりしてもまったく鍵が開く気配がない。念のためにドアの錠と一夏たちの鍵の番号を確かめ、合っていることを確認する。

 

「一体どうなってるんだ? なんで鍵が開かないんだか……」

「もしかすると、ピッキングをされたのではないか?」

「ピッキング? 俺たちの部屋が?」

「うむ。ピッキングによって錠前内のシリンダーが変形し、普通の鍵では開かなくなってしまうこともあるからな。お前たちは立場が立場だ、何かしらの目的を持って部屋を漁る者がいてもおかしくはあるまい」

「じゃあどうすりゃいいんだよ?」

「無理矢理こじ開けるしかあるまい。御子神、部分展開は出来るか?」

「はい。織斑、下がっていろ」

 

 辰生は一夏を下がらせると両腕に装甲を纏って葵を呼び出す。専用機は手足の一部のみを展開・稼動させることが出来るので、こういう作業に向いている。ドアの微かな隙間へ強引に葵の刃を滑り込ませると、そのままてこの原理を使って一気にドアをこじ開け、両腕の装甲と葵を格納する。そのまま辰生を先頭に一夏たちは部屋に入り、室内を確かめる。

 中に入ってみるとこれといって机の中やクローゼットなどを明らかに荒らされた形跡はないが、ベッドに乗っていたハズの一夏の枕が床に落ちていたりとどこか違和感がある。一夏と辰生、箒は手分けして部屋の中を探し始めるが、人影は見当たらない。途中で箒が置き忘れた木刀を回収し、一旦集まった一夏たちだが、急に背後から人の気配を感じる。

 

「え?」

「何者だ!?」

 

 最初に反応したのは、箒だ。一夏と辰生が動き出す前に振り向きながら背後の気配めがけて木刀を突き出す。一夏と辰生も少し遅れて振り返る。

 

「ちょっと、危ないじゃないの。こんな危ないものをみだりに人へ向けたらダメだって教わらなかった? 下手したら死人が出るわよ?」

「鈴!」

 

 気配の正体は、鈴だ。薄手のパーカーを羽織ってホットパンツを着用し、黄色のブーツを履いた鈴は右腕に装甲を纏って箒が突き出した木刀を掴み止めている。そのまま呆れたように説教を開始する鈴だが、箒は木刀を手放すことなく反駁する。

 

「お前、なぜここにいる!? いつの間に私たちの背後を取ったんだ!?」

「理由なんてあんたには関係ないでしょ? そもそも幼馴染みの部屋へ入るのに理由が必要なわけ? 人がせっかく来てあげたのになんか留守にしてたからしばらく待ちぼうけ食らってたんだけど」

「ってことは、部屋の鍵をピッキングしたのは……」

「あたしよ。いくらノックしても返事がなかったから、ちょっとね」

 

 一夏が恐る恐る確認すると、鈴はあっけらかんとした様子で答える。さも当然と言わんばかりの態度だ。当然、箒からツッコミが入る。

 

「馬鹿者! 幼馴染みだからと言って不法侵入をしていいものか! 今すぐここから出て行け!」

「うっさいわね! あんたこそなんでドサクサに紛れて一夏の部屋に入り込んでるのよ! あんたに指図される覚えなんかないわ!」

「近所迷惑になるからやめてくれよ……最後に怒られるのは俺たちなんだからな?」

 

 逆切れした鈴が言い返したことで口論が始まると一夏は頭を抱えながら止めようとする。しかし箒も鈴も聞く耳など持たず、結局いつものごとくヒートアップする。またしても蚊帳の外に置かれた辰生は部屋備え付けの通信端末を使って誰かと話している。なおも罵倒し合う箒と鈴だが、息が切れて一旦話が途切れた頃合いを見計らって一夏がようやく割り込む。

 

「互いに色々言いたいことはあるだろうけど、そいつは置いておくとして……鈴、どうして俺たちの部屋にわざわざピッキングまでして入ったんだ? なんか用事がなけりゃそんなことまでして俺の部屋に入ろうとしないだろ?」

「よくわかってるじゃない……実はあんたに聞きたいことが、御子神に頼みたいことがあるのよ?」

「俺と御子神に? とりあえず、俺に聞きたいことって何だよ?」

「その、転校する前に約束したこと、覚えてる? って聞きたかったのよ」

 

 一夏が促すと鈴は急にしおらしくなり、おずおずと尋ねる。

 

「約束?」

「そう、約束よ……ほら、2人きりのときに約束、したじゃない」

「えっと……思い出した。確か料理が上手くなったら毎日酢豚作って食べさせるってヤツで合ってるよな?」

「覚えててくれたんだ……そう、それよ。自分で言うのも何だけど、あたしも料理は上達したし、約束守ってあげてもいいかなーって思ったから伝えにきてやったのよ」

 

 一夏が少し考え込んでいる間はどこか不安げだった鈴だが、約束を思い出すと言い方こそいつもと変わらないが、どことなくうれしげに声を弾ませる。理由は分からないが、酢豚を作ることが好きになったようだ。一夏と一緒だった頃は味はともかく、見た目が微妙な料理ばかり作っていたことから、両親が中華料理店をやっていながら自分で料理することはなかった鈴だが、約束を果たそうと思えるくらいに上達したということなのだろう。一夏はそれを感慨深く思いながら目を細める。

 

「ありがとう、鈴。でも気遣いはもういらないぞ? あの時と違ってお前にタダ飯食わせてもらうほど生活は困ってないしな」

「……は?」

 

 しかし一夏が礼を言いながらも固辞すると、鈴はきょとんとした顔をして聞き返してくる。

 

「だから、お前がわざわざ毎日俺なんかのために酢豚を作る必要はないんだって……お前、俺が家だと1人なことが多いって知ってるからあんなこと約束してくれたんだろ? けど、もう大丈夫だから。こっちの食堂は安くて量もあるし、国からもある程度金銭の補助が出るようになったから、食うことには困らないんだ。だから、毎日タダ飯食わせなくてもいいんだぜ?」

「違うわよ! 一体どこをどうしたらそんな解釈になんのよ!? あたしが帰る前に勇気を振り絞って言ったことが、なんで一生タダ飯食べさせる宣言になってるわけ!? ほんとに信じられない!」

「一夏! お前と言うヤツは! どうしてこう肝心なところが壊滅的に鈍いんだ!? 少し考えれば凰の言いたかったことなど分かるだろうが!」

 

 理由を説明した途端、それまでのいじらしさから一転、般若の如き形相となって口から唾を飛ばしながら鈴は一夏を罵倒する。それどころか箒まで怒りを露にして一夏を糾弾する。

 

「お、おい……なんでそんなに怒るんだよ? そしてなんで箒まで怒るんだよ?」

「やかましい! 前々からどうしようもないバカアホマヌケでシスコン鈍感朴念仁の唐変木だと思ってたけど、あんたどんな頭の構造してんのよ!? 一回あんたの頭カチ割って脳ミソがちゃんと詰まってるのか、詰まってるとしたら何が中に入ってるのか確かめたいくらいよ! あんたの頭に詰まってるのはミソはミソでも脳ミソじゃなくてカニミソなんじゃない!?」

「凰の言う通りだ! 大体転校するときにわざわざお前を哀れんで将来施しをすると約束を交わす上から目線の無礼者がいると思うのか!? このたわけ! まぬけ! うつけ!」

 

 それまでの言い争いはどこへやら、鈴と箒は息を合わせて一夏を一方的に責め立て続ける。反論も許されず罵倒されるがままの一夏をよそに、辰生は通信を終えて足や肘のアイシングをしている。結局、ひとしきり罵倒が終わったところで鈴と箒はようやく話の締めに入る。

 

「ほんと最低! やっぱりあんたってどうしようもないわね! だから放っておけないのよ! これからあたし達がその朴念仁をキッチリ矯正してやるから覚悟なさい!」

「私たちはセシリアと違って甘くはない! 矯正の兆しがなければ骨の一本や二本は折られるものと思え!」

「ワケわかんねえよ、まったく……いつの間にか息をピッタリ合わせやがって」

「誰のせいだと思ってんのよ!? もう、なんでこういうところも昔と変わらないんだか……しかも小さいときからずっと変わらないってホントに終わってるじゃない」

「まったく、私がいなくなってからも凰に迷惑をかけていたとは、やはり一から性根を叩き直す必要がある」

「同感ね。それと、あたしのことは鈴でいいわよ? なんて言うか、同年代ならそっちの方が呼ばれ慣れてるから」

「わかった。では鈴、話は変わるが御子神に何か頼みがあるとも言っていたが……」

「……すっかり忘れてたわ。さっきの話に関係することなんだけど、ちょっといい?」

「何か?」

 

 それまで我関せずと言いたげな態度で椅子に座っていた辰生だが、鈴から水を向けられるとようやく話に加わる。鈴は辰生の近くまで歩み寄り、その顔を覗き込みながら提案する。

 

「あたしと部屋、交換しましょ?」

「……言っていることの意味がわかりませんが?」

「もう、あんたもあんたで鈍いのね。この部屋、あたしに譲りなさいって言ってるのよ。今日からあんたの代わりにあたしが一夏と同室になるの」

「ちょっと待て! なぜそんな話になるのだ!?」

 

 すると箒が鈴の発言に反発する。育まれかけた友情はあっけなく崩壊しそうだ。

 

「あんたは黙ってなさい、ここの部屋の住人でも何でもないんだから。あたしは御子神に話してるの」

「そういう問題ではない! 私でさえ隣室で精一杯だったというのに、事もあろうに一夏と同室などと……!」

「だからあんたには関係ないでしょ! これはあたしと御子神、そして一夏だけの問題なんだから!」

 

 箒を頭ごなしに怒鳴りつけた鈴はニコニコ笑いながら辰生の肩を掴む。その指は、肩に強く食い込んでいる。

 

「ねえ、さっきまでの話聞いたでしょ? 一夏は心配でたまらないのよ、あたしは。あんただって一夏のニブチンなところには参ってるでしょ? だからあんたの代わりにあたしが一夏と一緒に生活するの。悪くない話でしょ?」

「いや、色々と問題だろ……」

「どこが問題なのよ、一夏。それともあたしが一緒の部屋じゃまずい理由でもあるの? 今日はなんか汗臭いし、箒と色々やったんじゃあないでしょうね!?」

「いつもの自主トレだよ! 大体御子神まで汗かいてるのはどうなるんだよ!?」

「そんなのさ、3人で、か、代わる代わるとか……って恥ずかしいこと言わせんじゃないわよバカァ!」

「わけわかんねえ……よぉぅっ!?」

 

 勝手に妄想して赤面した挙げ句、自滅した鈴は一旦辰生の肩から手を離し、なぜか真っ当な抗議をする一夏の頭を思い切り引っぱたく。すぐに肩を掴み直した鈴は再び辰生に語りかける。

 

「じゃあ答えを聞かせてちょうだい。仮に断ったって何がなんでも譲ってもらうけどね」

「……俺の一存では決められません。寮長の先生に話は通してありますか?」

「先生は関係ないでしょ! 先生は! そんなもんあたしたちだけの秘密にして、表向きはそのままで実態だけ入れ替えればバレないわ!」

「上手くいかないと思いますが。第一、寮内にも監視カメラはありますし少し調べればそんな偽装などすぐ見破られるのでは?」

 

 辰生はいくら鈴に捲し立てられても平然と切り返して取り付く島もない。鈴も鈴で辰生の方に理があるためか一夏と違って強く出られないようだ。

 

「とにかく、部屋を交換するならまず寮長に相談するのが筋だと思います。俺はあくまで部屋の利用者に過ぎませんので、部屋換えについてどうこう出来る立場ではありません」

「ホントにやりにくいわね、あんたってヤツは……だったら、寮長に許可させればいいのよ。あたしとあんたが申し出れば、無視できないでしょ? いいえ無視なんてさせない、絶対に話を通してみせるんだから」

「確認しておきますが、寮長は誰か知っていますか?」

「知らないわよ、そんなの。それに誰だって関係ないわ。殴り倒すくらいの覚悟で行けば首を縦に振ってくれるに決まってるじゃない。だからどんな相手だろうと強気でいくまでよ」

「ほう……その相手がたとえ私だとしてもか?」

「ええそうよ! たとえ千冬さんが相手だって……千冬さん、が……」

 

 割り込んできた声に対し、自信ありげに答えていた鈴だが、途中で明らかに威勢が失速する。そして何かを感じ取り、一度首を動かして入り口の方を見る。

 千冬が、いた。

 鈴は一瞬で首を辰生の方に戻し、一呼吸置いてからもう一度入り口に顔を向ける。

 やはり千冬が、いた。

 鈴はその場で完全に静止する。

 千冬はゆっくりと鈴の前まで歩いてくると、眼前に立ちはだかる。

 鈴は、ぎこちない動きで首を動かし、千冬を見上げる。

 最初の威勢など、微塵もなかった。

 今はただシャチの群れに拷問のごとく嬲られ続け、途中で死ぬか食い殺されるかを待つしか出来ない哀れな子アシカのように、絶望に満ちた眼差しを千冬に向けて身体を震わせているだけだ。

 鈴だけでなく一夏や箒も顔を強張らせているが、辰生と千冬は無表情のままだ。

 千冬は鈴を見下げたまま、口を開く。

 

「凰、もう一回言ってみろ。たとえ相手が誰だろうと、何だって?」

 

 鈴は答えない。いや恐怖のあまり答えられない。

 IS学園の学生寮のうち1年生寮の寮長を務めるのは、他でもない千冬だ。つまり、部屋の割り振りもその変更も、全て千冬の一存で決まる。それに異を唱えるということは千冬に逆らうことであり、脅しをかけるとは千冬に真っ向から喧嘩を売ること、すなわち手の込んだ自殺でしかない。

 鈴が口をパクパクさせているのを余所に、千冬は溜息をつく。

 

「まったく、どいつもこいつも盛りのついた獣のように好き勝手やりおって……私の話が聞こえているか?」

「……え? は、はい! 聞こえてます千冬さん! ちゃんと全部聞いてました!」

「休日だから不問に付すが、基本的に学園内では織斑先生と呼べ。わかったら返事をしろ」

「は、はい! あとさっきはなんかもうすいませんでした! 千冬さんが1年の寮長だなんて知らなくて……!」

 

 鈴は慌しく喋り始めると、ひたすら平身低頭で謝り続ける。

 

(やっぱり千冬姉のことが苦手みたいだな、鈴は)

 

 千冬と鈴を交互に見ながら一夏はその光景に懐かしさを覚える。

 一緒だった時から割と好き勝手に一夏の家や部屋まで上がり込んでくるくらいに親しかった鈴だが、どうも千冬に対して苦手意識を持っているようで、千冬と遭遇すると目に見えて萎縮していた。千冬の方はこれといって威圧しているわけではないのだが、やはり雰囲気のキツさがとっつきにくさに拍車をかけているのだろうか。

 

(パッと見の雰囲気のせいで第一印象が悪いってのは、御子神と共通してるのかも)

 

 チラリと辰生に目を向けたところで、千冬が話を再開する。

 

「知らなかったのは問題だが、まあいいとしよう。それより、御子神からお前が部屋のドアをピッキングしたことで錠が変形し、ドアをこじ開けざるを得なかった、とことのあらましを聞いているが、どういうことだ? せっかくの休みの朝だというのにわざわざ私を出向かせおって」

 

 どうやら、千冬は辰生の通報を受けてこちらに来た様だ。先ほど通信で話していた相手は千冬だったらしい。辰生の性格からして、分かる範囲の情報を素直に全部話したに違いない。鈴は一度辰生を睨むが、千冬の視線が鋭くなるとしすぐに萎縮する。

 

「で、なぜピッキングをして一夏たちの部屋に侵入した?」

「えっと、朝に顔を出してみたけど中に誰もいなかったから中で待たせてもらおうかなーと……」

 

 途中で、鈴の頭に千冬の手刀が振り下ろされる。鈴が頭を押さえて悶絶するのを見ながら千冬は冷たく言い捨てる。

 

「そんな理由が許されるか馬鹿者。一夏と御子神の立場を考えろ。もし一緒に入ったのが箒ではなく私だったら、侵入者がお前と確かめる前に息の根を止めていたぞ? お前も国家代表候補生なら軽率な振る舞いはするな」

「は、はい……」

「わかればいい。それと、御子神に対して部屋を交換しろとわめいていたな。どういうことだ?」

「えっと、それは、その……」

「曖昧な答えで誤魔化そうとするな。いつまでも言わないのならばタダで済むと思うなよ」

「その……同室の御子神はなんかもう色々アレなんで、ただでさえバカでアホでどうしようもない朴念仁で頼りない一夏が心配で。だからあたしが同室になった方が一夏にとってもいいと……」

 

 またしても手刀が1発頭に叩き込まれ、鈴は床に転がって苦悶の表情を浮かべる。

 

「性別の違いを考えろ馬鹿者。一夏が朴念仁なのは否定せんがそれでも男だ。いくら幼馴染みとはいえ何かの拍子で間違いが起きる可能性もある。よもやそれを最初から期待して同室を希望しているのではあるまいな?」

「うっ……」

「色気付くのも大概にしろ。そんな公序良俗に反することを教師が許可できるか。とにかく、お前の要求は認められん。わかったな?」

「はい……」

「わかったら部屋を出ろ。今回は特に処分は下さんが、次はないものと思え。それと一夏に会いたいのならば正々堂々と会いに行け。腐っても幼馴染み同士だ、普通に交流する分には私も目くじらを立てるつもりはない」

 

 腕力でも口でも千冬に圧倒されっぱなしの鈴は屈服するほかにない。

 

「ホントに今日は厄日よ……なら今日は退いてあげるけど、一夏! クラス対抗戦では覚悟しておきなさいよ! 根性叩き直すのも兼ねてボコボコにしてやるんだから!」

 

 最後に捨て台詞を残して鈴はその場を立ち去る。

 

「まったく、どいつもこいつも……」

「しかし一夏、お前にも否があるのを忘れるなよ? それと私は今からシャワーを浴びるが、覗くなよ?」

「……どこで浴びるつもりだ? まさかとは思うが、この部屋で浴びようとは考えていないだろうな?」

 

 箒はさりげなく一夏に苦言を呈してシャワーを浴びようとするが、千冬に呼び止められるとビクリと身を震わせる。

 

「その、自室に戻るよりこちらで浴びた方が時間的にも効率がいいので……」

 

 当然のごとく、箒の頭に手刀が叩き込まれる。

 

「さっきの話を聞いていなかったのか馬鹿者。色ボケも大概にしろ。そもそも同じ部屋に男女が長く居座るのは好ましいとは言えん。どうせ部屋は隣同士だだ。シャワーくらい向こうで浴びてから改めて来い。もっとも、今回はドアの修繕の関係はしばらくは会えんだろうがな。わかったらお前も出て行け」

「わかりました……」

 

 箒もまたすごすごと部屋を出て行くが、一度振り向いて一夏を指差す。

 

「いいか! 今日はここで退いてやるが、明日からもそうなると思うなよ!? これからもみっちりと鍛え直してやる!」

 

 結局、鈴と同じように捨て台詞を残す形で箒は部屋を出る。残されたのは一夏と辰生、そして千冬だけだ。

 

「まったく、どうしてお前の周りにはああいう女が集まるんだか……一夏、この後部屋の修理申請用紙を渡すから受け取り次第すぐに書いて出せ。これくらいならばその日のうちに修繕が済むだろうが、肝心のロック部分が破損しているからな……ドア自体の開閉は問題なく出来るし、しばらくは何とかして外から勝手に開けられないように対策しろ。食事は交代で取ってどちらかが部屋に残っていれば大丈夫だろう」

「俺に言われても……わかったよ、千冬姉」

 

 なぜか自分を見て溜息をつく千冬に困惑する一夏だが、言われた通りにすることを決める。異論はないし、仮にあっても千冬に逆らったら碌な目に遭わない。千冬は続けて辰生を見やる。

 

「そういうわけだから、錠の修理が終わるまで外に出るときは交代制にしろ」

「わかりました」

「他の連中もコレくらい素直ならいいんだがな……話は変わるが、一夏と一緒に暮らして、どうだ? 何か迷惑はかけていないか?」

「いいえ、特には」

「そうか……こいつはなかなかのバカだから御子神に苦労をかけているのではないかと思っていたのだがな」

 

 口でこそけなしているが、口調は鈴や箒と話していた時に比べると幾分か柔らかく、口元にもかすかに笑みがある。純粋に一夏がちゃんと生活できているのかが心配だったのかもしれない。

 

「大丈夫だって千冬姉、中学の時だって実質1人暮らしだったんだから。そんな心配されるほど子どもじゃないよ」

「法律的にお前はまだ未成年だろう、馬鹿者が。まったく、大人ぶりおって……一夏、行くぞ。御子神もまた何かあれば連絡しろ」

「わかったよ、千冬姉」

「はい」

 

 辰生が返事をすると一夏は千冬と共に申請用紙を取りに行くため部屋を出る。

 姉弟並んで歩くのは久しぶりだ。千冬は元日本国家代表操縦者で、IS競技の世界大会『モンド・グロッソ』の第1回大会の総合優勝者として『ブリュンヒルデ』の称号を送られたほどの凄腕だ。第2回大会を棄権したことをきっかけに国家代表を引退し、ドイツ軍に出向してからは家に戻ってくるのも年に数回あるかないか程度であった。特にドイツから帰国後はIS学園に来るまで、どんな仕事をしているのかさえさっぱりわからなかったほどだ。しかし、一夏はそんな姉に隔意を覚えることなく、むしろ親しみと尊敬の念を持っている。元々物心ついたときから自分をほぼ女手一つで育ててくれたのだ。一夏にとって、千冬は姉であると同時に母であり、父であるとも言える。そんな千冬は歩きながら顔を向けずに話しかける。

 

「一夏、御子神との生活はどうだ?」

「たまに振り回されることもあるけど、うまくやれてるよ。朝とか放課後の自主トレも付き合ってくれてるし」

「フッ、お前が自主的に鍛えだすとはな……どういう風の吹き回しだ?」

「……やっぱり最初の決闘で箒が怪我をしたり、御子神をギリギリまで止められなかったのを経験して、もっと強くなってまたあんなことが起きたとしても今度は誰も怪我をしないように守りたいって痛感してさ。最初は千冬姉の名前くらい守りたい、程度だったんだけどさ」

「私の名前など、お前に守ってもらう必要はあるまい。それとも私に結婚させない気か?」

「そういうのじゃないって! ただ、千冬姉は世界中のIS操縦者の憧れなんだから、その弟として千冬姉の名前を汚さないようにって思ったんだよ。今はそれどころじゃないってわかっちまったんだけど。むしろ結婚の方は相手が見つかるのかが心配なんだけど」

「生意気を言うな、バカ。今はまだ仕事で忙しい。結婚など落ち着いてから考えればいいのだからな」

 

 千冬は軽く笑みを浮かべて一夏の額をコツンと小突く。普段は自他共に厳しく、公私の区別をハッキリつけるタイプだが、2人きりの時や気心の知れた者たちが集まったときは幾分か態度が柔らかくなるし、本質的にはむしろ情に厚いタイプで面倒見もいい。だからこそ厳しさの中にも自分たちへの愛情があると理解でき、また千冬に親愛の情を抱ける理由でもあるのだが。

 そんなことを思いながら、一夏は千冬の隣を歩み続けるのであった。

 

◆◇◆◇◆◇

 

 数日後。辰生と一夏が訓練を重ねて腕を磨いているうちに、ついにクラス対抗戦当日となる。この日は朝から授業がなくなり、朝のHRが終わると会場へ移動し、張り出されたトーナメント表を確認する。なお、クラス副代表は当初唯一設置していなかった1年2組が鈴の代表就任にともないティナが副代表に横滑りしたことに伴い全クラス設置されたことになり、辰生も対抗戦に出場することが決まった。無論、これから先のクラス対抗行事も同様だ。

 

「えっと俺は……第二試合で、いきなり鈴と当たるのかよ。御子神はどうなんだ?」

「第一試合、4組クラス代表の更識簪(さらしきかんざし)さんと当たることになった」

「つまり俺たちの試合は連続ってことか……どういう星の巡り合わせなんだか」

 

 トーナメント表と辰生の話からそれぞれの試合順と対戦相手を確認した一夏は溜息をつく。一夏としては初戦から鈴と当たるのは想定外だったようだ。なにせ相手は専用機持ちで、なおかつ国家代表候補生である。このクラス対抗戦における優勝候補筆頭と言っていい。辰生の対戦相手となる更識簪も専用機こそないが日本の国家代表候補生だと聞いている。参加者の中では鈴に次ぐ強豪、ほぼ唯一の対抗馬と言える存在だ。そんな上位2名と当たるのは、専用機持ちとはいえつい1ヶ月ほど前までISに搭乗することがなかった男子2人である。特に専用機の性能がピーキーだが明確な強みがある一夏と異なり、辰生の『打鉄改式』は装甲こそ厚いものの、基本性能は通常の『打鉄』と変わらない。相対的な戦力差は辰生と簪の組み合わせが一番酷いかもしれない。しかし相手が決まった以上、逃げるわけにもいかない。勝てるかどうかは分からないが、最善を尽くすまでだ。

 

(もっとも、決闘の時のようなことにならなければいいんだがな……)

 

 しかし辰生の胸裏には一抹の不安が残る。やはりセシリアと決闘した時、理由もわからぬまま周囲を省みることなく暴れたことが未だに蟠りとなっている。今は決闘の時に比べるとISに乗り慣れているし、模擬戦も何回か経験しているが、今のところあの時のような暴走には至っていない。それでもやってきた模擬戦は軽いスパーリングのようなもの、より実践的なものになるであろう今度の試合で、また豹変しないとも限らない。

 

「御子神、どうしたんだ? そろそろ開会式が始まるぜ?」

「……いや、何でもない」

 

 一夏に声をかけられると、辰生は気を取り直して首を振る。内容が内容なので、試合を控えている一夏に話すわけにもいかない。他の者ならばなおさらだ。そのまま真耶の指示に従って整列し、開会式に参加する。学園長の話などが人と通り終わると、辰生と一夏の前にセシリアがやってくる。

 

「いよいよですわね、お2人とも。今までの訓練は今日のため、ですわ。今さらとやかく言う気はございません。今自分に出来ることを精一杯やること。それが一番大事なことなのですから」

「ありがとな、セシリア。初っ端から鈴と当たることになったのは驚いたけど、やれるだけやって、勝ちを取りにいくさ」

 

 一夏は笑ってセシリアに答え、辰生も黙って頷く。セシリアは一夏に微笑み返してアリーナへ向かい、辰生と一夏もそれに続く。更衣室に入ってISスーツに着替え、ISピットに向かうとすでに千冬と真耶が待っていた。

 

「遅いぞ、御子神。あと10分で試合が始まるところだというのに」

「すみません」

「気が抜けているのか? そんな調子では今度の相手に一太刀も入れられずに負けるぞ? それと織斑、お前は指示があるまでピット内ではなく突き当たりにある控え室で待機していろ。試合の様子は備え付けのモニターに映し出されるからそれで確認できる」

「わかったよ……じゃなくてわかりました、織斑先生」

「じゃあ私が案内しますから。ちゃんとついて来てくださいね?」

 

 真耶に案内されて一夏はピットから控え室に行き、その場には辰生と千冬だけが残る。

 

「今回の対戦相手だが、お前も知っての通り日本の国家代表候補生、つまり私や山田先生の後輩にあたる。質問される前に言っておくが、山田先生はああ見えて元国家代表候補生だ。お前ならば心配ないだろうが、あまり舐めた態度は取らないことだ」

「織斑先生は、更識さんとは面識が?」

「いや、私や山田先生が現役を退いたのと入れ違いで国家代表候補生になったからな……教師として顔と名前、簡単な経歴は知っているが、逆に言えばそれだけだ。それより、いつまで突っ立っている気だ? さっさとISを装着しろ」

 

 改めて対戦相手の情報と、さり気なく真耶の経歴を聞かされた辰生は千冬に促されて『打鉄改型』を展開する。そのままハイパーセンサーに表示される情報を確認し、機体各部のチェックを行なう。異常は特にないようだ。

 

「私たちは織斑以外の生徒と共にモニタールームで観戦する。お前も試合に負けたらモニタールームへ来い。勝った場合は控え室になるがな」

「わかりました」

 

 千冬は辰生の返事を聞くとそのまま足早にモニタールームへ向かう。残された辰生は静かに目を閉じ、試合開始時刻が来るのを待つ。

 試合開始まであと3分のところでハッチが解放され、辰生にアリーナへ出るよう通信が入る。PICを起動させて静かに浮き上がり、ゆっくりと前進してアリーナ内に出た辰生は、ハイパーセンサーに表示された位置まで到達したところで静かに着陸する。少し遅れて反対側のピットから1機の『打鉄』が飛来し、アリーナ中央を挟んで辰生と正対する形で降り立つ。そこでようやく辰生は対戦相手、すなわち更識簪の顔を確認する。

 

「確か、アリーナの通路で……」

「覚えていたんだ、私のこと」

 

 入学してすぐ、ダリルとフォルテにレクチャーを受けた直後に廊下でぶつかった少女だ。簪もぶつかった辰生のことを覚えているようだ。

 今、簪は無表情ながらも剥き出しの敵意を視線に乗せて辰生を睨んでいる。見に覚えはないが、どうも簪は敵意を抱いているらしい。

 開始までのカウントダウンが開始されると、簪は静かに口を開く。

 

「御子神辰生……私は、あなたを殴る権利が、ある」

「何……?」

 

 言ったことの意味が分からず聞き返した直後、スタートの合図が出て簪は一気に間合いを詰めてくる。

 

「チイッ!」

 

 呟きに気を取られて一瞬反応が遅れた辰生は一旦距離を取ろうとするが、間に合わず顔面に強い衝撃を受けて大きくのけぞる。

 

(何っ……拳か!?)

 

 無理に戻そうとせず浮き上がって一回転することでどうにか姿勢を戻すと、顔面を襲った衝撃の正体を悟る。簪は勢いをつけて顔面にジョルトブローを打ち込んできたのだ。

 

「まだ、まだ……!」

「クッ!?」

 

 体勢を立て直したばかりの辰生に簪が爪先蹴りを放つが、これは両手を交差させて防ぎ、跳ね上げることでバランスを崩す。その隙に裂火を呼び出して銃口を向けるが、スラスターを噴射して簪は上空へ逃れる。辰生もそれを追いかけつつ裂火の引き金を引くが、散弾はことごとく簪に回避される。辰生が一度リロードに入ったところで簪は手に焔備を呼び出し、フルオートで弾をばら撒きながら一転して突っ込んでくる。

 

(回避は無理か……ならば!)

 

 最初は横に逃れて銃撃を逃れていたが、途中から回避コースを読まれて直撃弾が増えてくる。ならば各所の増加装甲のおかげで通常の『打鉄』より余裕がある耐久力を生かすかしかない。意を決した辰生は足を止め、自分も焔備に持ち替えて銃撃を浴びせ始める。それまで以上の銃弾に晒されながらも引き金を引く手は止めずに撃ちまくり、胸や首元、顔面に銃弾を浴びせることで動きを止めつつシールドを削っていく。簪が微かに顔を歪め、回避に転じると焔備のリロードを済ませて今度はグレネードも織り交ぜて攻撃を再開する。

 弾速の速い銃弾でコースを塞ぎ、グレネードを当てようと試みる辰生だが、簪もそれくらいは想定済みなのか、飛翔速度やコースを不規則に変えて狙いを絞らせない。結局一発も当てられないまま辰生が再びリロードに入ると簪は機体を特殊無反動旋回で反転させ、それまでとは比べ物にならない速度で突進してくる。

 

「瞬時加速(イグニッション・ブースト)だと!?」

 

 ISはスラスター翼からエネルギーを噴射して推進力としている。その噴射したエネルギーを内部に取り込み、圧縮して再噴射することで一時的に推力を大きく増加させ、PICの機能を調整することで再噴射時に発生する慣性も利用することで爆発的な加速を可能にするのが瞬時加速だ。一夏と辰生は最近授業で習い、練習も始めてはいるのだが今のところ一回も成功したことがない。それを易々と使ってくるあたり、流石は国家代表候補生と言ったところだろう。

 しかし感心してはいられない。簪は焔備から葵に武器を持ち替えつつすぐ目の前まで来ている。あまりの速さに後退して距離を開けることも、武器を換えることもままならず、簪が突き出した葵の切先が眉間に直撃して意識が消し飛ばされる。

 その瞬間、辰生の全身に電流が走り、身体が勝手に動いて無事に空中で姿勢を立て直して着地する。そこでようやく意識を取り戻した辰生はハイパーセンサーをチェックする。残りのシールドエネルギーは40パーセントほど、決して余裕がある数値ではない。相手はまだまだシールドに余裕があるだろう。簪は瞬時加速後の減速に移っており、すぐには追撃してこない。辰生は右手に焔備を持ったまま左手に葵を呼び出す。そして減速が終わって静止した簪に突っ込み、焔備を乱射しつつ葵を構え直す。だが簪はすぐに左半身となって肩部にある装甲で銃撃を防ぎ、逆に突っ込んでくる。両肩に装備された装甲は対貫通性能に優れ、各部装甲を繋ぐ特殊繊維の帯による衝撃吸収力、そして装甲そのものの分厚さと自己修復機能により実弾兵器に対しては非常に高い防護能力を持つ。

 簪は肩部装甲を前面に押し出して銃撃をほぼ無傷でしのぎきり、勢いのまま体当たりを仕掛けてくる。辰生は無反動旋回で軌道を変えることで回避するが、簪はすぐ切り返して追尾してくる。辰生は焔備の銃身下部からグレネードを撃ち込んで炸裂させると焔備を格納し、葵を両手で構える。そしてスピードが緩んだ簪の肩部装甲へ自分も全速力で肩から突っ込み、勢いの差で簪を弾き飛ばす。そして体勢が崩れたところに左斜め下から葵を斬り上げる。しかし遅れて簪の繰り出した斬撃で軌道が逸れ、返す刀で腰を斬られてシールドがまた削られる。それでも持ち直した辰生と簪は真っ向からの斬り合いを演じる。だが技量の差は歴然としており、辰生の攻撃は葵の鎬や鍔によってことごとく防がれ、逆に簪は膝裏や腕関節など比較的装甲の薄い可動部分を集中的に斬り付け続け、確実にシールドエネルギーを奪っていく。

 

(銃撃戦でも剣戟戦でも不利か……ならば肉弾戦しかない!)

 

 意を決した辰生は一瞬後退して斬撃を空ぶらせつつ、簪の顔面めがけて思い切り葵を投げつける。咄嗟に柄の部分で投擲を防いだ簪の腰へ、スラスターを最大出力で噴射しながら渾身のタックルをかける。反応が遅れた簪がタックルを切ろうとする前にその背中を保護シールドに叩き付け、腰をしっかりとクラッチして離さないようにする。密着状態では出来ることも限られ、簪は膝蹴りや肘打ちを連打してくるが装甲に阻まれる。辰生は渾身の力で背を反らし、勢いをつけて簪の身体を自らの背後へ投げ捨て、すぐに振り向く。簪も辰生の手を読めなかったのか、抵抗できずに投げ落とされる。簪が体勢を立て直したところで辰生は掴みかかり、葵を持った右腕にしがみ付き両手両足を絡ませて首も足首で挟み込む。

 空中戦ではいつも行なっている格闘技がそのままでは通用しない。どの格闘技も地面があることを前提条件としているからだ。特に寝技はその傾向が強いが、PICやスラスター、ISの装甲などを上手く使ってやれば、一部の技は再現できる。『打鉄』は上腕部や胴体部に装甲がないので、普通に仕掛けると『打鉄改式』の脚部装甲の隙間に嵌って極まりがかなり甘くなる。そこで手首部分を掴んで前腕部分を腿に挟むことでしっかりホールドし、交差させた足首部分で首を挟みこむことで腕ひしぎと三角締めの形に持っていった。訓練の最中、セシリアから何度かかけられたサブミッションからヒントを得て、実際にやってみたのだ。

 簪は腕や首を動かして逃れようとするが、互いの装甲の凹凸部分が引っかかってしっかりとロックされており、首も厚い装甲で両側から押し潰されるような形で圧迫されているので首の力だけでは抜けられない。辰生はスラスターの向きを変え、右腕を引き寄せ全力で背を反らして自重をかけるのに合わせ、最大出力でエネルギーを噴射する。すると簪の右腕が真っ直ぐに伸ばされ、首を締め付ける踵部分が絞られて頚動脈を塞ぎにかかる。ISの操縦者保護機能やシールド、特殊繊維の帯もあるのですぐには効果が出ないだろうが、人体の構造上ある程度のダメージは与えられる。後は向こうのシールドが切れるまでこの状態を維持するだけだ。むしろ、辰生にはもうそれしか勝ち目がない。

 伸びきりそうな靭帯や締め付けられる首に眉をひそめながらも、簪は諦めずに次の手を打つ。関節を極められたまま急降下し、空いた腕で辰生の腰部装甲を掴むとPICとスラスターを使って一瞬辰生の身体を持ち上げる。そして急降下の勢いを乗せて辰生を背中から思い切り叩き付ける。

 

(バスター、か!)

 

 衝撃をもろに受けて息が詰まる辰生だが、それでも技は解かない。ならばと簪は辰生を引き摺りつつ保護シールドへ向かい、今度は頭から保護シールドへぶつける。頭への衝撃でまたしても意識が飛び、僅かに腕や脚が緩むと簪は強引に腕を抜いて締め技から逃れる。間髪入れずに焔備を呼び出し、顔面に狙いをつけたところで辰生もまた我に返る。自分に銃口が向けられているのを見つけると、背筋に寒いものが走り抜ける。

 セシリアとの決闘でミサイルの直撃を受けそうになった時と同じだ。同時に、腹の底からふつふつと黒いモノが湧き出し、頭の中に声が響いて急速に感情が消え去っていく。

 辰生は焔備を呼び出すと両手で構えつつ腕の装甲を消し、奥歯を噛み締めて周囲の動きを静止させる。そして両腕で強引に反動を押さえ込みながらトリガーを引き、銃弾とグレネードを発射させる。銃弾がゆっくりと銃口から放たれ、少ししてグレネードが顔を出したところで時間が少しずつ速さを取り戻していき、世界が元に戻ったところで簪の全身に銃弾とグレネードが叩き込まれる。

 

「なっ……!?」

 

 自分より後に構えたにも関わらず先に銃撃を浴びせられた簪は初めて大きく表情を変えて動揺し、銃撃を中断して離脱する。辰生は躊躇わずその後を追い、今度は葵を呼び出して全速力で簪に突っ込んでいく。背後から迫ってくる影を確認した簪はその場で静止して振り向き、焔備を構えて迎撃しようとする。肩を前に出して銃撃を防ぐと強引に身体を正面へ向けながら腕の装甲を消し、再び奥歯を噛み締めて自分以外の動きをスローにさせる。そして今度は葵を簪の右腕に投げつけ、当たったところで視界が戻るといきなり簪の腕が跳ね上がる。しかし辰生の攻撃は終わらない。減速せずに突っ込んで装甲を戻さぬまま葵を掴み取ると、またしても奥歯を嚙み合わせる。すでに葵の切っ先が首に届く間合いだ。渾身の力で首を貫き、絶命させれば『任務』は完了だ。

 

(任務、だと……?)

 

 だが、そこまで考えたところで頭の中に疑念が湧く。あの時もそうだったが、誰が何のために命じた任務なのか。そしてなぜそれに自分が従わなければならないのか。

 

(しかし任務は絶対、異議を差し挟むのは許されない)

(なぜそう思う? そんなに重要な任務なハズなのに、なぜ俺は何も知らない?)

(目の前の標的の抹殺、それが最優先目標だ)

(どうして殺さなければならない? 更識簪とはほぼ初対面で何の恨みも利害もない。殺す理由がない)

(ISは全て排除しなければならない)

(どうしてだ? 何がそこまで俺を駆り立てるんだ?)

 

 湧き上がってきたドス黒い意志と、自分の理性がせめぎあって自問自答を繰り返す。辰生の動きは完全に止まり、視界もいつの間にか元に戻る。それでも次々と浮かんでくる疑念が消えない辰生だが、ふと我に返ると簪の姿がない。腕の装甲を戻しハイパーセンサーに意識を集中させるが、簪の姿が見つけられない。

 

「どこに……がっ!?」

 

 次の瞬間、下から左腕の付け根に物凄い衝撃が加わり、全身が大きく浮く。咄嗟に左を見ると、左脇に葵の刃が食い込んでいる。続けて簪の身体が自分の横にあるのを見つけ、何をされたのかを悟る。

 簪は一度辰生の真下に逃げ込み、再上昇しながら辰生の左脇めがけて葵を斬り上げたのだ。脇の下も『打鉄改式』では特に装甲が薄い場所だ。そこに勢いのついた斬撃を受けてはたまったものではない。辰生は完全に体勢が崩れ、シールドもほぼ完全に尽きる。辰生の上を取った簪はすぐさま降下して今度は頭へ大上段からの一撃をお見舞いする。それが直撃した辰生のシールドエネルギーがゼロとなり、為す術もなく地面に落下して土煙が上がる。

 

『――試合終了。勝者、更識簪』

 

 同時に試合の終了と勝利者を告げるアナウンスが流れ、簪は地上に降り立つ。そして仰向けに倒れたまま起き上がれない辰生へ近寄り、ボソリと呟く。

 

「……弱い」

 

 辰生を見下ろす目には憎悪や敵意だけでなく、蔑みや失望といった感情も込められている。なんとか上体を起こす辰生を眺めながら、簪は再び口を開く。

 

「あなたたちなんかのせいで、私の専用機は……」

 

(……専用機は?)

 

 簪の言い回しに疑問を抱く辰生だが、息が上がって口に出せない。簪はそれ以上何も言わずに踵を返すと、振り返ることもなくピットに戻っていく。辰生もまた回収用車両に乗ってきた教員たちの手によりピットまで回収される。

 ピットで教員の助けを借りて『打鉄改式』から降りると、今度は作業着を着た教員が数名集まって『打鉄改式』の点検と整備を開始する。辰生は備え付けの椅子に座り、教員たちの動きを見ていたが、目の前に水が入ったボトルとタオルが差し出される。

 

「お疲れさん、御子神。少しは粘れたようだけど負けちまったな」

「織斑……」

 

 差し出された方を見ると、一夏が立っている。タオルを受け取り顔についた汗を拭ってからボトルを手にすると、水を一口飲んでから尋ねる。

 

「どうしてここに?」

「さっき千冬姉からここで待機するように連絡があったから。ついでに水とタオルも持っていってやれ、とも言われたよ」

「そうか……」

「御子神、やっぱり悔しかったか?」

 

 一夏からの問いかけに辰生は黙り込む。

 悔しくないと言えばウソになるが、それ以上に自分への疑念がますます大きくなったことの方が気にかかっている。追い込まれた辰生は懸念通り豹変し、自分でも驚くほど冷静に簪の殺害による無力化を思考し、実行に移していた。今回は途中で中断できたし、相手との技量差も大きく、今回は観客席には人がいないことから大事に至らなかったが、そんなことは問題ではない。むしろ今自分が自覚している意志とは別に、ISを何が何でも抹殺しようとする意志が確かに存在しており、身体もそちらに従っていたことが問題だ。

 もしも相手との技量差がそこまで大きくなかったら、また観客がいる観客席に突っ込むようなことがあったら、また自分はクラスメイトたちを巻き添えにし、怪我をさせていたのかもしれない。一体なぜ自分がISに執着するのか、脳内に浮かんだ任務を与えたのは誰で、いつのことなのか。そしてあの黒い意志はいずれ表に出てくるのではないか。一夏と話したことで薄れかけていた漠然とした疑問や不安が再び脳裏を駆け巡る。

 

「御子神、どうかしたのか?」

「いや、なんでもない」

「お前、なんか最近変だぜ? ボーっとすることが多くなってきたしさ」

「少し、考え事をする機会が増えただけだ。反省もな」

「……ならいいけどさ、あんまり深く考えすぎるなよ?」

「ああ。そろそろ次の試合が始まるだろう。整備も終わったようだし、俺は行くぞ」

「わかった。俺も頑張るからちゃんと応援してくれよ?」

 

 ちょうど『打鉄改式』の整備が終わったのを見て辰生は話を打ち切り、椅子から立ち上がって『打鉄改式』の下へ向かう。教員が離れたところで待機形態に戻し、試合前に指示された通りモニタールームへ向かう。

 モニタールームに到着すると、待ち構えていたクラスメイトが集ってくる。

 

「お疲れさま、御子神くん」

「御子神くんは1回戦負けかぁ……デザート食べ放題の夢が一歩実現から遠ざかったわ」

「けど相手が相手だからしょうがないよね。国会代表候補生なんだから」

「むしろ10分近く粘れただけ頑張った方かな。私たちじゃ下手したら3分も保たなかったかも」

「特に腕ひしぎ三角締めを極めたところと、最後の猛ラッシュは凄かったね……あの瞬間はホントに輝いてたし」

「けどみこりん、最後に立ち止まっちゃったのは痛いミスだったねぇ~。あのまま攻撃を続けていたら、まだ勝負は分からなかったよ~」

「お前たち、さっさと道を開けんか。御子神、少し話があるから来い」

 

 クラスメイトがめいめい勝手を言っていると千冬が道を開けるよう指示を出す。クラスメイトが一旦離れると辰生は千冬の下に向かう。

 

「やはり負けたか、御子神。優位に立てた局面もあるにはあったが、結果は惨敗と言っていい。なにせ向こうのシールドは80パーセント以上残っていたのだからな」

「はい、織斑先生のおっしゃる通りだと思います」

 

 実際、簪相手に多少なりとも優位に立てたのは寝技を仕掛けた時と終盤だけだ。それ以外は終始簪に圧倒されたままだった。やはり自分と国家代表候補生とではまだまだ技量に開きがあると痛感させられた。

 

「だが、収穫は少なからずあった。技量の方はオルコットとの試合時よりも格段に伸びているし、一時的とはいえ国家代表候補生に一泡吹かせることが出来たのだ。特にあの状況で肉弾戦に持ち込み、サブミッションを仕掛けた判断はそう悪いものではない。しかし、それ以上に詰めの甘さが目立ったな……最後、なぜ動きを止めた」

 

 千冬が視線を鋭くして尋ねると辰生は言葉に詰まる。止まった理由を話すということは、あの時に自分の内面で起きたことを話さなければならない。

 しばらく辰生が沈黙していると、千冬は一度溜息をつく。

 

「まったく、答えられんのならばそれはそれでいい。戦っている最中に自分でもワケのわからんことをやらかすのは、代表候補生どころか国家代表クラスでもごくまれにあることだ。後で客観的に捉えられるようになってから反省しろ」

「はい、申し訳ありません」

「だが、IS相手のサブミッションは単に極めただけでは終わらんことはよくわかっただろう。それこそ極めたら即座に折るくらいのことをしなければ、な。そしてもしお前が逆上せたときのことを思って最後に攻撃を躊躇ったのならば……ふざけるな、と言いたいところだ。どんなに殺す気でやったところでお前には更識を殺せるだけの技量はないし、ISはそう簡単に操縦者を死なせはせん。お前が変な心配をしているのならば無用だ。そういう心配は、まず更識に余裕で勝てるようになってからすればいい」

 

 千冬は内心の屈託を見透かしたかのように忠告し、辰生も黙って頷く。

 

「さて、お前の話はここまでだ。もう少しで織斑の試合が始まる。お前も今後の参考としてよく見ておけ」

 

 千冬はそれだけ告げて椅子に座り、辰生もモニターの前に立つ。

 

「一夏……お前は勝てよ」

「大丈夫ですわ、一夏さんならばきっと」

 

 近くでは箒とセシリアがモニターを見ながら呟いている。

 モニターに映るアリーナには、一夏と鈴がほぼ同時に入場していた。

 

◆◇◆◇◆◇

 

 『白式』を装着した一夏と、マゼンタ色の装甲に身を包んだ鈴はアリーナで対峙しながら試合開始の合図を待っていた。鈴は右手に青龍刀に似た近接ブレードを持つと、一夏に突きつける。

 

「いよいよこの時が来たわね……覚悟はしてきてるんでしょうね?」

「とっくの昔にな。お前こそ、覚悟は出来てるだろうな?」

「誰に向かって口利いてんのよ。あたしは中国の国家代表候補生なんだから、あんたに負ける要素なんてないわ。さっきの試合、見たでしょ? あんたたちとあたしたち国家代表候補生には大きな差があるって」

「そうやって油断してると痛い目を見るぜ? 勝負は最後の最後までわからないものなんだからな」

 

 自信に満ちた鈴の発言に言い返す一夏だが、技量差については自分でもよく承知している。まともに戦っては勝ち目が薄いだろう。だが、『白式』には敵のシールドエネルギーを装甲によるダメージ軽減も無視して直接削れる『雪片弐型』が装備されている。そして鈴は雪片弐型については詳しくないだろう。そこに勝機がある。

 再び黙ってにらみ合いを再開したところでカウントダウンが始まり、一夏は深呼吸をする。

 

『スタート!』

 

 試合開始の合図が始まると、一夏は手元に雪片弐型を呼び出しながら突進する。鈴もまた近接ブレードを手に真っ向から突撃して迎え撃つ。雪片弐型と近接ブレードの刃がぶつかり合い、甲高い金属音が鳴り響く。そのまま一夏と鈴は身体を寄せて鍔迫り合いに持ち込む。

 

「へえ、あんたのIS、なかなかパワーがあるじゃない。この『甲龍(シェンロン)』と真っ向からぶつかり合っても力負けしないなんて」

「それはこっちの台詞だ……初めてだぜ、突撃を真っ向から止められたのは」

 

 鈴のISは『甲龍』と言うらしい。『白式』のパワーは『打鉄』はおろか、『ブルー・ティアーズ』をも上回っており、今までは突進からの一撃をまともに受ければ相手は一方的に吹き飛ばされていた。しかし『甲龍』のパワーはかなりのものらしく、『白式』に当たり負けしないどころか気を抜くと逆に弾き飛ばされてしまいそうだ。一夏は腕に力を込めて鈴を押し返そうとするが、鈴は左手をブレードから離し、掌に同じような近接ブレードをもう一本呼び出す。どうも二振り装備されているらしい。

 

「もらった!」

「おっと!」

 

 だが一時的に片腕だけとなったおかげで力も弱まったので、渾身の力で雪片弐型を押し込むことで鈴の体勢を崩す。それでも鈴は近接ブレードを振るってくるが、その前に一夏は一旦距離を取って雪片弐型を構え直す。鈴はすぐに体勢を立て直すと両手の近接ブレードを軽く振るう。

 

「へえ、驚いたわ。御子神もそうだったけど、少しは出来るみたいじゃない。それでもあたしの勝利は揺るがないんだけどね」

「言ったそばからまた油断、三つ子の魂百までもってか?」

「油断? 何のことかしら……これは余裕と言うものよ!」

 

 鈴と一夏は再度突撃を開始し、再び互いの刃が正面からぶつかり合って土煙が巻き起こる。

 その頃、IS学園とは別の場所、どことも知れない薄暗い部屋の中で、何者かが一夏と鈴の試合の様子をモニターで観察していた。

 長い髪を背中まで伸ばし、頭に兎耳型の髪飾りをつけた若い女性だ。女性は一夏と鈴のぶつかり合いが再開したのをモニターで眺めながら鼻歌交じりにキーボードを打っている。

 

「これでよし、と。後はアリーナのシステムを弄っちゃわないとね」

 

 どことなく暢気な口調で独り言を言いながら、女性はキーボードを操作して画面に『何か』の設計図を呼び出す。

 

「さてさて、試作した『ゴーレム』の性能はどんなものかな? そしてゴーレムと対峙したら、どうするどうするどうする? きみならどうする、いっくん」

 

 女性は口元に軽い笑みを浮かべ、一夏の姿をズームで映し出させながら呟く。

 

 この日、学園始まって以来の大事件が起きることになるとは誰も思っていなかった。

 ただ1人、全てを仕組んだ『黒幕』を除いて。

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