インフィニット・ストラトス~少年たちは、誰がために~   作:鈍刀

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第7話 奮戦のち乱入

 クラス対抗戦の第二試合は、一夏と鈴の真っ向からのぶつかり合いでスタートした。最初の激突はほぼ互角、2回目の激突も両者は拮抗しており、今は二度目の鍔迫り合いに移行したところだ。一夏は力を込めて両手で握った雪片弐型を押し込み、鈴は両手に持った近接ブレードを交差させて刃を挟み込み、左右に振って体勢を崩そうとするが、どちらもギリギリで踏ん張るので均衡を破れない。

 

「だったら!」

「甘いわよ!」

 

 痺れを切らした一夏は前蹴りを放とうとするが、その前に鈴が膝蹴りで腹部をしたたかに打ち、一夏の姿勢が一瞬崩れる。それを見逃すことなく挟み込んだ雪片弐型を思い切り左に反らした鈴は、そのまま近接ブレードを振り回して斬撃を浴びせ始める。一夏もすぐに姿勢を戻して防ごうとするが、日本刀型の葵による攻撃とはまた違った独特な軌道を描く攻撃の数々に翻弄され、二の腕や脇腹に痛撃を受けてシールドが削られる。負けじと一夏も喉元や両脇、腹など装甲がない部分を狙って反撃するが、全て鈴にいなされてカウンターの一撃を貰って終わる。

 

「わかった? これが実力の差よ。いくら機体のパワーは互角以上でも、操縦者の腕が違い過ぎればね!」

「まだまだ勝負はこれからだぜ!」

 

 鈴は得意げに笑って両手のブレードによる斬撃を浴びせ続けるが、一夏は一旦後退すると今度は装甲のある右肩から一気に突っ込んでいく。そして肩の装甲で鈴の一撃を強引に止めると同時にまずフェイントで喉元へ突きを放つような動作をする。

 

「そんな攻撃!」

「引っかかったな!」

 

 鈴は空いた手の近接ブレードで喉を守りに入るが、それが一夏の狙いだ。一夏はそのまま装甲がある太腿へ全力で雪片弐型の切っ先を突き入れる。フェイントに気付いた鈴だが、装甲があるところだからと攻撃を黙って受けると、切っ先が当たって脚が弾かれたところで表情が変わる。一夏は間髪入れずに今度は小手打ちを放って左腕を切りつける。同時に、鈴が一夏の狙いに気付く。

 

「その武器、シールドを直接削るの!? だから装甲がある場所でもシールドが……!」

「ああ、その通りさ! これならイチイチ急所を狙わなくてもダメージを与えられるからな!」

 

 雪片弐型は通常の武器と異なり直接シールドバリアにダメージを与えられるので、たとえ装甲に当たろうとも関係ない。つまり、一夏は装甲のない箇所さえ守ればいくら当たってもフォローできるのに対し、鈴は一発でもどこかに当たれば少なからずダメージを与えられる。鎧武者と剣道着を着た者による真剣勝負のようなものだ。片方の攻撃はよほどうまくやらなければ致命傷にならないのに対し、もう片方の攻撃はどこでも当てさえすれば傷をつけられるのだ。

 真っ向からの白兵戦を続けるとリスクが大きいと判断したのか、鈴はスラスターを一気に噴射して距離を取る。一夏は一旦雪片弐型を格納すると鈴を追いかけ、突撃しながら手元に雪片弐型を呼び出して斬りかかる。

 

「この『双天牙月』にはこんな使い方もあるのよ!」

 

 近接ブレードこと双天牙月の柄を連結させた鈴は、右手で軽く振り回してみせるとそのまま投擲する。構わずに肩で受けるが速度が鈍り、鈍い痛みで視界が微かにぶれる。すかさず鈴は前に出て弾かれた双天牙月を回収すると、反応が遅れた一夏の頭に浴びせ蹴りを叩き込み、動きを止める。そのまま連結させた状態の双天牙月をめまぐるしく振るって腰や腕、膝裏を連続して斬り付け、時折蹴りや肘打ち、掌打を織り交ぜて一夏の反撃を許さない。一転して防戦一方に追いやられた一夏は苦し紛れに雪片弐型で胴を払おうとするが、双天牙月で受け止められ、上段蹴りを側頭部に受けて体勢を崩す。

 

「もらった!」

「そうは、いくかよ!」

 

 双天牙月を両手で持ち直し、思い切り振り下ろそうとする鈴の喉元へ雪片弐型を投げつけながら、一夏は身を低くして腰にタックルを仕掛ける。投げつけられた雪片弐型を双天牙月の刃で叩き落し、返す刀で一夏の後頭部を突こうとした鈴だが、いきなり仰向けに倒される。

 

「何!? タックルじゃなくて、蟹鋏!?」

 

 一夏はタックルに入ると見せ掛け、思い切り身を仰け反らせることで身体を倒しながら蟹鋏を仕掛け、右足を挟み込むや身体を捻って鈴の体勢を崩したのだ。足を挟んでしまうことで鈴の自由を一時的に奪うことに成功した一夏は雪片弐型を呼び出し、脇腹や足に何度か突き刺してシールドを削っていく。しかし鈴はPICとスラスターを使って強引に姿勢を変え、無理矢理直立状態に持ち込むと分離させた双天牙月で交互に攻撃し、足を引き抜いて戒めから逃れる。そのまま鈴は一旦一夏から距離を取り、一夏も今度は雪片弐型を格納して様子を窺う。

 

「驚いたわね、あんたもISで寝技を仕掛けてくるなんて思わなかったわ」

「悔しいけど、真っ向から斬り合っても勝てそうになかったからな……やれることはなんでもやるさ。卑怯とは言わないよな?」

「言うわけないでしょ、これは実戦なんだから。ルールはあるけどそれに抵触しないことなら何でもあり、それがISよ」

 

 鈴は余裕綽々な様子で右手の双天牙月を肩に軽くかけて嘯く。先ほどの蟹鋏からの奇襲も意外ではあったがダメージそのものはそこまで与えられなかったようだ。どの道、一夏が不利なことには変わりない。内心少し焦りを覚える一夏をよそに、鈴は双天牙月を格納する。

 

「さて、あんたの実力は見極めさせてもらったけど、乗り始めたばかりにしてはやるじゃない。見直したわ。御子神もそうだったけど、生半可な鍛え方はしてなかったようね。でも、まだまだ足りないわ。この試合が終わったらあたしが指導してあげる必要があるわね」

「まだ始まったばかりだってのに随分な余裕だな。そんなこと言って負けたら末代までの恥だぜ?」

「あんた、まだ分かってないの? あたしが手加減してあげてることに。まさか、こっちの武器があんたと同じブレードオンリーだと勘違いしてるんじゃないでしょうね?」

 

 鈴の言う通り、まだ双天牙月以外の『甲龍』の武装は使われていない。鈴の口ぶりからして、恐らく飛び道具があるのだろう。そうだとすると一夏は一気に不利になる。ならば取る手は一つしかない。飛び道具を使われる前に攻めるだけだ。

 

「そうかい、じゃあ双天牙月以外を使われる前にケリをつけてやるよ!」

 

 一夏は雪片弐型を手元に呼び出し、スラスターを一気に噴かして鈴めがけて突撃する。しかし鈴は焦る素振りさえ見せない。

 

「ブレード持って突撃とか結局はバカの一つ覚えってヤツね、ホントに。せっかくだからいいことを教えてあげるわ。この『甲龍』は第3世代機、つまりイメージインターフェースを使った武装がある。どういうモノかは、実際に食らった方がわかりやすいわね」

 

 鈴はその場で静止し、一夏と正対すると両肩についたカバーが開いて内側に隠されていた『何か』が露出する。一夏は構わずに突っ込み、間合いに入って雪片弐型を胸に突き入れようとする。

 その瞬間、『何か』が一瞬光り、一夏の全身に強い衝撃が襲いかかり、為すすべなく吹き飛ばされる。

 

「何……がっ……!?」

 

 自分の身に何が起きたのか理解できず、空中で何回転もした末に保護シールドに叩きつけられてようやく止まり、一夏は頭を振る。突然の出来事に頭が混乱しながらも鈴が接近してくると気を取り直し、迎え撃つべく雪片弐型を構えて前進する。しかしまたして強烈な衝撃が全身を打ち据えて一夏にダメージを与え、身体が大きくのけぞる。

 

(クソ、なんだ!? 一体何を使ってきやがったんだ!?)

 

 今度はすぐに体勢を立て直した一夏だが、突撃しようとして鈴の両肩が光るたびに衝撃を受けてシールドが削られ、一夏の身体が派手に吹き飛ばされる。そして何度目かの衝撃を受けたところで地面へ勢いよく叩き付けられ、土煙が舞い上がりクレーターが一つ出来上がる。

 

「ぐぅっ……!」

「どうしたの? 双天牙月以外を使われる前にケリをつけるんじゃなかったの?」

 

 上空から見下ろしながら鈴は挑発めいたことを言うが、一夏には言い返せるだけの余裕がない。鈴との実力差を見せ付けられたこと以上に一体なぜ自分が打ちのめされ続けているのかがわからないからだ。肩のパーツが光ってこそいたがビームではない。ビームならば発射直前に熱源かエネルギー反応が確認されるし、セシリアからビームの直撃を貰ったときとは衝撃が段違いだ。かといって銃弾やミサイルのような実弾兵器とも違う。自分を襲う攻撃の正体が掴めず、頭がパニックになりかけるが軽く拳で頭を叩いて持ち直す。

 

(せめてどんな攻撃かさえ分かれば、まだ対策の立てようがあるんだけど……)

 

「もう打つ手なしって感じね……大人しく降参したら? 今だったらこれ以上痛い目見ないうちに終わらせてあげられるわよ」

「冗談、まだ勝負はついちゃいないって」

「ホントに強情ね。いいわ、だったらその生意気な鼻っ柱、バキバキにへし折ってやるんだから!」

 

 一夏が再び飛翔する前にその全身が見えない何かによって地面に叩き付けられ、無様に倒れ込む。そのまま鈴の肩がもう一度光って全身を衝撃が襲い一夏の全身を軋ませ、土煙をもうもうと上げさせる。

 

(クソ、このままじゃなぶり殺しだ! なんとかして抜け出さないと!)

 

 全身を揺さぶられて骨を軋ませながらも、一夏は鈴を見上げて必死に頭を回転させる。それを嘲笑うかのように、鈴は両肩のパーツを向けてまたしても一夏を打ち据えようとする。

 しかし、肩が光ったすぐ後に土煙が膨れ上がり、すぐに霧散したのを見て一夏はようやく攻撃の正体を掴む。

 

(まさか……そうか! そういうことだったのか!)

 

 身体を強かに打ちつけられた一夏だが、目を凝らして周囲に舞う土煙の動きを注視する。そして土煙が鈴のいる方向に一瞬巻き上げられた瞬間、スラスターを最大出力で噴射して大きく横に逃れる。攻撃を避けきれず足に当たり、痛みが走るが歯を食いしばって耐えると急上昇に転じ、鈴と同じ高度まで逃れることに成功する。すると鈴は軽く笑って口を開く。

 

「へえ、驚いたわ。避けきれなかったとはいえさっきの一発に反応できるなんて。あんたが初めてよ、不完全とはいえ前情報なしで見切れたのは」

「何発も食らってりゃ今までの攻撃のタネもわかるさ……ついでにようやく気付いたよ、俺は今まで大きな勘違いをしていたってことに。何が俺にこんな強い衝撃を加えているのかって今までは思ってた。でも実際は違ったんだ。俺は大きな衝撃を加える『何か』じゃなくて衝撃そのものを受け続けていたんだ……そう、お前が今まで撃っていたのは衝撃波だったんだな!? あんまりにも単純すぎで気付けなかったぜ……だから攻撃されても何も見えなかったんだ」

「ご名答。ようやく気付けたようね。ま、ISを学び始めて1ヶ月も経ってないあんたにしちゃ上出来な方ね。この際だから教えてあげるわ。『甲龍』が装備するイメージ・インタフェース採用兵器の名前は、『龍咆』。あんたが言った通り、衝撃波を飛ばして攻撃する兵装、衝撃砲ってヤツよ。もっとも、衝撃波を収束して撃ち出すための砲身も空間を歪めて作るわけだから、普通の砲撃みたいに砲口の向きから砲撃のタイミングや照準を予測して回避する、なんてことは不可能なんだけどね」

「いいのかよ、鈴。ここまでペラペラ喋って。自分からタネ明かしまでしちまうなんて、油断もいいところじゃねえか」

「さっきも言ったでしょ? 油断じゃなくて余裕だって。それにどうせIS学園に入った以上は技術開示でタネなんか遅かれ早かれバレるんだから。何より、わかったところで対処できるもんじゃないわ……そのことを、身を以って知りなさい!」

 

 平気な顔をしてタネ明かしを終えた鈴は、一夏へ向けて不可視の砲撃を再開する。

 一夏の試練は、まだ始まったばかりだ。

 

◆◇◆◇◆◇

 

「そう、衝撃砲の一番厄介な点は原理が分かったとしても対処が難しいということ。極論すれば衝撃砲とは砲身も砲弾も全て空気で出来た大砲、目視ではもちろん、大半の手段では攻撃の瞬間はおろか砲身が形成されたことさえ探知できない。だからこそ回避も有効な防御も難しい。ですが、まさか中国が少雨撃砲の実用化に成功していたとは……」

 

 モニタールームではセシリアが辰生をはじめとする1年1組の生徒に解説をしながら、『甲龍』の使用技術に感嘆していた。他の生徒も『甲龍』の性能のすごさを理解できるのか、一夏が圧倒的な劣勢に追い込まれているにも関わらず感心した様子でしきりに頷いている。もっとも、箒だけは最初からずっと不安げな顔をして一夏が追い込まれていく様を見つめていたが。

 

「けどあれだけ直撃を食らった割にはそこまでシールドが減ってないよね。まだ65パーセントも残ってるよ」

「それが衝撃砲の数少ない欠点の一つ、ですわ。衝撃砲は結局のところ、純粋な衝撃波のみで攻撃する兵器、超音速で格闘戦までこなすISにとってはさほど効果的とは言えない攻撃ですわ。機体やシールドバリアは至近距離で発生したソニックブームや高高度からの墜落にも耐えることを想定しているのですから、対衝撃という点では既存の兵器とは比べ物になりません。加えて銃弾やビームに比べて攻撃範囲が広い分、貫通力ではかなり劣りますわ。なので放たれた衝撃が装甲などにも分散して加わり、結果として被弾側のシールドエネルギー消費が抑えられます。その分、操縦者や内部機構に対して与えるダメージは凶悪といっていいほどのモノなのですがね。いくら機体やバリアが優れていても、人間の身体には構造的な弱点や限界がありますから。まぁ、今回は競技用にリミッターがかけられているのでそこまでの威力は出せないでしょうが」

「つまりISそのものじゃなくて乗ってる人を倒すための兵器ってワケだね……うわぁ、結構えげつないなぁ」

「元々『甲龍』は第3世代機の中でも実戦における有用性を追求した機体だからな。言い換えれば、競技用にシールドを削ることに特化した機体とは対照的に、操縦者にダメージを蓄積させて倒すことを念頭に置いた機体と言っていい。ISの数少ない弱点が、それだからな」

 

 セシリアが解説している最中、癒子が軽く身震いして呟くと、椅子に座ってコーヒーを飲みながら千冬が付け加える。セシリアや千冬の言う通り、ISのシールドエネルギーよりむしろ操縦者の一夏の方がダメージを受けているらしく、時折身体がふらついている。それでもモニターに映し出された一夏は衝撃砲から逃れようとスラスターを噴射し、一零停止や無反動旋回などを駆使して飛行速度や軌道を不規則なものに変えて狙いを絞らせまいとしている。それでも時折一夏の身体が吹き飛ばされ、保護シールドに背中から叩きつけられる。頭を振ってなおも接近を試み、時に急旋回を交えて真上を取ったり背後に回り込もうとしても結果は同じだ。

 

(しかし、どうなっている? 正面はおろか真上や斜め後ろに居ても砲撃を貰っているようだが……)

 

 一連の流れを見ていた辰生は、一夏が上や横、時に背後を取っても鈴は身動き一つせず、逆に一夏が吹き飛ばされるという光景に疑念を抱く。空間を歪めて衝撃波を収束・発射する以上、見かけの上ではともかく、実態としては一定の方向にだけ衝撃波を飛ばすための砲身がなければならないハズだ。にも関わらず鈴は一夏がどこにいようとも大きく動くことなく砲撃を当てているのだ。

 辰生の疑念を見抜いたのか、真耶が近くによって話し始める。

 

「織斑くんがどこにいても衝撃砲に当たっていることが気になるんですね? なら私から説明をしますね。衝撃砲はオルコットさんが話した通り、周囲の空間に圧力をかけて歪ませることで砲身を形成します。これは単に砲身が見えなくなるということだけではなくて、砲身の動きに物理的な制約がないことも意味するんです」

「と、言いますと?」

「例としては戦車なんかが分かりやすいかもしれませんね。戦車の砲身は砲塔が回ることで横には広く展開出来ますが、縦方向については構造上仰角に限界があるので、真上には砲撃が出来ません。だからこそ、上部装甲の薄さと併せて戦車ヘリには対抗できないんですが。これはISの銃火器も同じこと、腕の回る方向や角度、設置場所の兼ね合いでどうしても攻撃できない死角になる箇所が存在するんです。けど、衝撃砲は自分の身の回りの空間を自在に歪めて砲身を形成できるので、多少のスペースがあれば上下左右360度、あらゆる箇所に砲身を設置出来て、しかも砲口の向きを自在に変えられる。これが衝撃砲の回避を困難にしているんです」

「そういうことでしたか……ありがとうございました、山田先生」

「いえいえ。もっと私のことも頼ってくれていいんですよ? 先生、なんですから」

 

 辰生が例を述べると真耶は柔らかい笑みを浮かべて首を振る。言われてみれば、空間を自在に歪めて砲撃できるのだから、通常の兵器と違って構造上の死角など出来ようがないのかもしれない。そうなると一夏の不利は否めない。元々白兵戦しか出来ない機体だが、衝撃砲は接近する敵への迎撃手段としてはこれ以上なく優秀だ。当てやすいうえに突撃の勢いも簡単に止められ、操縦者の自由も短時間とはいえ奪ってくる。仮に接近出来たとしても単純なパワーは互角で操縦者同士の技量なら鈴に軍配が上がる。一夏にとってはセシリア以上にキツい相手と居えるだろう。すでにクラスメイトの大半は早々に勝負へ見切りをつけ、デザート食べ放題はなくなったと愚痴っている。セシリアも見切りこそつけていないが、だいぶ勝ち目が薄いことは冷静に判断しているだろう。ただ、箒だけは違うようだ。

 箒は千冬の近くまで歩み寄り、尋ねる。

 

「その、一夏が勝つ方法は、ないのでしょうか?」

「ほう、いきなりどうした? そんなに織斑のことが気になってしょうがないか?」

「いえ、そんなわけでは。ですが一夏はまかりなりにもクラス代表ですし、1年1組の代表として1勝くらいはしてもらいたいと。御子神は負けてしまいましたので、なおさら。それに今後の勉強としても対策は知っておきたいので」

「ずいぶんとつまらん言いわけだな。だが、まあいい。ヒントくらいはいくつか教えてやろう。せっかくの機会だ、自分の試合だけでなく他人の試合を見ることで学べることも少なくない。他の者も早々に見切ったりせず試合をちゃんと見て、どうすれば織斑が状況を打開出来るのか考えてみろ。なぜお前たちにもわざわざ試合を見せているのか、その意味を今一度思い出せ」

 

 箒の言葉を受けた千冬はコーヒーカップを置いて一度後ろを向き、雑談に興じ始めたクラスメイトたちに釘を刺す。するとそれまでめいめい勝手に喋っていたクラスメイトたちが静まり返り、一斉に画面を注視し始める。今も、一夏は鈴の砲撃から逃れようとアリーナ中を飛び回り、鈴はそれを最小限の動きで追っている。千冬は映像を見ながら口を開く。

 

「さて、まずは最初のヒントだ。織斑と凰の動きを見てどう思う? 織斑に対して、凰はどう対応している?」

「どうって言われても……必死に逃げ回る織斑くんを追い掛け回して嬲っているようにしか」

「本当にそれだけか? 織斑と凰の距離を見ても、それしか分からないか?」

「……そういうことですか」

 

 大半の生徒が首を捻るなか、セシリアは映像を見直して合点がいったと言いたげに頷く。すると千冬はセシリアに水を向ける。

 

「オルコット、何かわかったようだな。どうせ間違っても構わん。答えてみろ」

「ではわたくしの見解を。わたくしが見た限り、凰さんは一夏さんに対して一定の距離、いわゆる付かず離れずの状態を保っています。ですがよく考えればおかしなことです。飛び道具を持っているのならば、基本的に離れれば離れるほど有利になるもの。一夏さんの『白式』には白兵戦用の武器しかなく、それでありながらその装備はシールドを削ることに長けているのですから、凰さんとしてはリスクを侵してまで白兵戦を行なう理由がありません。わたくし、いえ大半のIS操縦者ならば限界まで距離を取って銃撃を続けるでしょう。アリーナは狭いので接近されるリスクは高まりますので、少しでも遠距離から一夏さんのシールドを削っておきたいので。しかし凰さんは中距離から近距離までの間をウロウロしている。ここに衝撃砲、ひいては『甲龍』の限界があるものとわたくしは見ています」

「ではお前の言う衝撃砲の限界とはなんだ?」

「……衝撃砲は通常のIS用銃火器に比べてだいぶ射程が短いのではないでしょうか? 少なくともISに十分な打撃を与えられるだけの威力を出せるのは中距離戦の間合いまで、アリーナの端から端まで距離を離すと衝撃波は届かないか、届いてもISにダメージを与えられないのでは? そして『甲龍』には衝撃砲と近接武器以外の兵装がない……つまり、『甲龍』は中近距離での戦闘に特化した機体だとわたくしは見ます」

「その通りだ、オルコット。衝撃砲はPICを応用して衝撃波を収束して撃ち出すが、距離による減退がビーム以上に激しく、ある程度の距離まで飛ぶと衝撃波が急速に拡散して威力が大幅に落ちる。それこそアリーナの端から端ではISにダメージを与えられんほどにな。ならばお前ならどう対策する?」

「簡単な話ですわ……一定以上の距離を保って遠距離から攻めればいいのです。アリーナの広さからして逃れ続けることは不可能でしょうが、試合ならば先に相手の死シールドエネルギーを削ってしまえばいいだけのこと。仮に撃ち合いになったとしても衝撃砲はシールドエネルギーを削る能力が低いので、身体へのダメージに気をつければダメージレースで勝つことは十分に可能です」

「流石は代表候補生といったところだな。だが、相手もバカじゃない。実際はそう上手くいくことはないものと思え。向こうも迎撃を掻い潜って衝撃砲を当ててくるのを狙ってくるだろう。特にお前の『ブルー・ティアーズ』は白兵戦に弱い。過信は禁物だぞ。そして今の一夏にとっては全く意味のない解答だな。『白式』の武器が何か、忘れたわけではないだろう?」

「……織斑先生のおっしゃる通りですわ」

 

 セシリアの答えが模範解答だったらしく、千冬も一旦は褒めるが得意げな様子を見て釘を刺し、改めて一夏の姿を見やる。最初は胸を張っていたセシリアも、飛び道具を一切持たない一夏では実行のしようがない対抗策であることを改めて認識させられ、しゅんとして引き下がる。

 とはいえ、辰生たちにとっては大きな収穫だ。他のクラスメイトはともかく、クラス副代表の辰生は今度鈴と戦うことも十分にあり得る。実際はセシリアが言った通りのことを国会代表候補生相手に続けるのは困難だろうが、それでもまったく対策出来ないよりはいいだろう。少なくとも、今の一夏のように一方的な攻撃にさらされ続けることだけは回避出来る気がする。

 しかし今回の課題は飛び道具を持たない一夏が衝撃砲にどう対処するか、だ。セシリアも改めて考え直しているようだが、すぐには案が出せそうにない。他のクラスメイトも同様だ。辰生も他に策が思い浮かばない。誰も別の答えを出せそうにないのを見ると、千冬が話を再開する。

 

「詰まったようだな。では、次のヒントをやろう。凰はなぜ砲撃を続けて一夏を封殺しようとしない? いくらシールドを削る能力が低かろうとも、釣瓶打ちに砲撃を続けられていれば一夏もひとたまりもないだろう」

 

 千冬の言う通り、鈴の衝撃砲はほとんどが一夏の動きを捉えて迎撃するための使用が主で、連射で一夏の動きを封じたり追撃したりという使い方はしていない。しばらく鈴と一夏の動きを見比べていた辰生は、あることに思い至って口を開く。

 

「衝撃砲は連射が利かないから、ですか?」

「ほう、お前が正解するとはな……御子神の言う通りだ。衝撃砲は、形成した砲身につき一発しか衝撃波を発射出来ないし、砲身そのものも1つしか形成できん。つまり一発発射すると再度砲身を形成するまでにタイムラグが発生する。そして衝撃砲も通常の大砲と同じで威力や射程は砲身の長さや砲口の大きさに比例するが、当然砲身や砲口を大きくしようと思うとより広範囲の空間を歪めなければならず、形成自体に時間がかかる。無論、砲身を小さくすれば歪曲にかかる時間は少なくなるが、今度は威力が犠牲になる。では御子神、それを踏まえてお前ならばどう対策する?」

「……砲撃後に最大戦速で突撃、白兵戦に持ち込みます」

「なるほど、だが突撃中に砲撃を食らう可能性もあるぞ?」

「肩部や腕部の装甲を使って防御姿勢を取れば、衝撃砲のダメージ及びノックバックを緩和することは可能と考えます。防御後、すぐに突撃を再開すれば再度の砲撃前に白兵戦へ移行可能かと」

「御子神、お前の言っていることは間違いではない。だが腕や肩で衝撃砲を受ければいくら防御姿勢を取っても弾かれるし、操縦者に伝わる衝撃や痛覚がなくなるわけではない。大抵は痛みや衝撃でバランスを崩して追撃どころではなくなるだろう。お前のようによほど痛みへの耐性があって、なおかつ頑丈なヤツでもない限りな。第一、そんな対策が実行出来るならば織斑はここまで苦しめられていないだろう」

 

 辰生の回答も千冬を満足させられるモノではないらしく、冷静に問題点を指摘されて終わる。辰生も指摘の内容を聞いて改めて納得し、黙って引き下がる。実際、辰生が考え付くようなことなら一夏もとっくに思い付いていてもおかしくない。それでも一方的にやられ続けている辺り、現実的な策ではないというのは確かだ。

 

「これまでオルコットと御子神が対策を考え付いたわけだが、他に何か思いついた者はいるか?」

「あの、織斑先生。ご確認したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 

 するとそれまで沈黙を保っていた箒がおずおずと手を挙げる。

 

「質問に質問で返すな、と言いたいところだが……関係のある質問のようだな。何だ?」

「はい、失礼します。その、ISのハイパーセンサーで空間の歪みを捉えることは可能、でいいのでしょうか? もしくは空間を歪める際に使用するエネルギーの発生や流れを捉えることですとか。教本には書いてありませんでしたので」

「空間の歪みを捉えることは不可能ではないが、実践するのはかなり難しいだろう。それこそ周囲の景色が歪んで見えるくらいならば話は別だが、微かな歪み程度ならばよほど注意深く観察しなければハイパーセンサーは操縦者が気付けんことが大半だ。エネルギーの発生や流れを捉えることも出来るが、衝撃砲で使うエネルギーなど砲身の形成と砲撃直前だけ、しかもそれぞれ一瞬しか反応しない。で、お前が思いついた対策は?」

「衝撃砲の形成時に発生する空間の歪みやエネルギーをハイパーセンサーで捉えて砲身の形成と砲撃があることを予測し、発射直前のエネルギー反応を探知して回避行動に移れば、衝撃砲の直撃をもらう可能性はかなり低くなります。そして回避したところで接近出来れば、勝機も見えてくるかと」

「篠ノ之さん、それはちょっと無茶じゃないかな? 簡単に言ってくれるけど、実践するのはかなり難しいっておうか、ある意味オルコットさんの言うアウトレンジ戦法や御子神くんの肉を切らせて骨を断つやり方以上に理想論というか」

「確かに見えなくはないんだろうけど、あくまで理論上の話だしねえ……実際に出来るかどうかとなると、まず無理だと思うよ?」

「そもそも高速で飛び回りながら戦っている中で僅かな空間やエネルギー反応を注視して、なおかつ一瞬で反応して回避に移るなんて織斑くんどころか人間に出来る芸当じゃない気がするよ」

 

 箒の出した答えに対し、クラスメイトから続々と意見が飛び出してくる。確かに、箒の言っていることは単純だが非常に難しい。まともに考えたら一夏にはまず実行不可能だろう。もっとも、そう思っていない人間もごく少数ながらいるわけだが。

 

「あら、そうでもありませんわよ? ISのハイパーセンサーは単に視覚を補正するだけでなく、反応速度も大幅に向上させます。だからこそISはIS用銃火器の攻撃を見てからでも回避出来るわけですから。それに一夏さんのことをあまり見くびらないことです。わたくしとの試合では御子神さんとの2対1でも勝てずに終わりましたが、一次形態移行さえしていない機体で『ブルー・ティアーズ』の攻撃を受けても持ち堪え、あまつさえ特性と限界を見抜いて破壊までしたのです。そのときに比べて、一夏さんも格段に成長しています。難しいのは間違いありませんが、不可能というのは早計だと思いますわ」

 

 真っ先に異論を唱えたのはセシリアだ。惚れた弱みというのもあるのだろうが、一夏の成長を肌で感じているからこその発言なのだろうと辰生は考える。実際、間近で見てきた辰生から見ても一夏は驚くべき速さで成長している。理論ではなく感性で勝負するタイプのため、新しい技術を学んでも最初のうちこそ辰生以上に悪戦苦闘するが、一旦コツを掴んでしまえば辰生よりずっと早くその技術を習得してしまえるのが一夏なのだ。

 今度は千冬が不敵に笑って口を開く。

 

「それにお前たちは忘れているようだな……ISとは『出来るわけがない』、『あり得ない』と言われたことをことごとく覆し続けた兵器なのだと。最初の頃など酷い言われようだった。人間サイズの兵器に超音速を出せるわけがない。超音速で飛べたとしても操縦者の身体が保つわけがない。慣性を無視した機動を取るなどあり得ない……今となっては戯言にしか聞こえないことも、大真面目に言われたものだ。ましてや既存の兵器の大半を上回る戦闘能力がある、などと言っても一笑に付されるのが常だった。すでに最初のIS『白騎士』が各国の機動部隊相手にそれを照明した後だと言うのにな」

 

 千冬が言っているのは、10年前に起きたとされる『白騎士事件』のことだ。

 辰生が聞いたところによると、10年前に突如として世界各国から2300発を越えるミサイルが日本へ発射されたが、最初のISである『白騎士』が飛来したミサイルを全て撃墜し、『白騎士』を捕らえるべく派遣されたアメリカやロシア、中国を中心とした機動部隊が返り討ちにあった、という事件のことだ。それまでISは宇宙開発用として学会に発表されていたらしいがほとんど注目されず、この事件がきっかけとなり新たな兵器として各国が目をつけたらしい。そしてISの研究が進む中でISが女性にしか扱えないことが発覚し、急進的なフェミニズムと結びついて女尊男卑とまで言われる女性優遇の風潮が世界的に広まった。もっとも、人間の意識が高々10年で変わるわけがないことは記憶のない辰生にでもわかる。丈人曰く、昔に比べて過剰に自らを誇る、いわゆる『意識が高い』女性が大っぴらに行動するようになり、悪目立ちするようになったくらいで、後はセクハラの規制が厳しくなったことと産休や育児休暇がより取りやすくなったことしか目立った変化を感じられなかったそうだ。

 辰生がぼんやりと考えている中でも、千冬の話は終わらない。

 

「この際だからお前たちに改めて教えておく。ISには確かに限界があるし、不可能なことだってある。それは実際に運用して判明しているからな。だが、試してもいないのに『あり得ない」やら『無理に決まっている』という言葉で可能性を頭ごなしに否定し、思考停止するな。むしろISに乗っている以上はあり得ないことなどないと思え。元々今までの常識から大きく外れた兵器だ。運用方法も確立しつつあるがまだまだ模索すべきことは多いのだし、余計な先入観は邪魔なだけだ。無理だと思うのは、実際に試してダメだった時からにしろ」

「織斑先生の言う通り、ISにはまだ未知の部分もありますからね。私たちは既存のセオリーを学ぶだけでなく、新たなセオリーを作っていく側でもあることを覚えておいてください。それはともかく、一番の問題は織斑くんが篠ノ之さんの言ったことに気付けるか、ですね。傍目八目と言うように、第三者とは当事者より勝負を客観的に見ることが出来るから対策を考えつくわけですけど、追い込まれている織斑くんにそこまでの余裕が残っているか……」

「大丈夫です、一夏ならばきっと気付けます。あいつの勝負勘は、今のように追い込まれた状況でこそ真価を発揮するのですから」

 

 千冬の言葉を引き取った真耶が懸念を口にすると、箒がどこか自信ありげに答える。確かに、追い込まれてからの一夏は恐ろしく勝負強くなった気がする。セシリアとの試合や、自分の暴走を止めたときはその最たるものだろう。

 

(さて、お前はどう切り抜ける? 織斑)

 

 辰生は画面を眺めながら、一夏に視線を送り内心問いかけるのであった。

 

◆◇◆◇◆◇

 

 第二試合の開始から20分後、龍咆に撃たれ続けた一夏の顔には、疲労の色が浮かんでいた。シールドはまだ6割以上残っているが、全身の筋肉や関節が痛め付けられ、悲鳴が上がっている。今はISの操縦者保護機能のおかげで痛みが緩和され、動けてもいるがこの状態でISから降りたら1分と保たずに倒れてしまうだろうと、一夏は確信している。それほどまでに龍咆は一夏の身体へダメージを蓄積させているのだ。

 しかし、打開策はこれと言って思い浮かばない。やはり砲身も砲弾も目視が出来ず、発射前の探知も難しいことがネックだ。現状では回避はおろか防御すら出来ない。せめて発射されるタイミングさえ分かれば話は別なのだが。鈴もまた一夏が手詰まり状態なのを見越してか、余裕綽々と言いたげな態度だ。

 

「どう? 少しは反省した? 今のアンタじゃどうやったってあたしには勝てないし、指一本触れることさえ出来ない。つまり将棋で言うところの詰みってヤツね」

「いや、まだだ。まだ終わっちゃいない……どんな兵器にだって弱点はあるハズだ。そいつを突けば、まだ勝機はある!」

「あんたじゃ無理よ。いくら腕を上げたとはいえ所詮は初心者に生えたルーキーで、機体も白兵戦しか出来ない代物。そんなんで勝てるわけがないじゃない! 大人しく諦めて、降参しなさいよ!」

「ヘッ、鈴も知っての通り俺はどうも物分かりが悪くてね……倒れる瞬間まで、勝負を諦められねえんだよ!」

 

 自分自身を鼓舞するように叫んだ一夏は意を決し、スラスターを最大出力にし全速力で鈴へと突っ込む。どうせ変に逃げようとしたところで砲撃に当たるのだ、ならば自分の得意分野で勝負したほうがまだマシだ。それでも何かしら突破口を見出そうとハイパーセンサーに目を凝らす。鈴は一度肩をすくめてみせ、肩のパーツを一夏の正面に向ける。

 構わずに突撃を継続する一夏だが、途中であることに気付く。

 

(なんだ? 鈴の姿が、少し歪んでる?)

 

 正面にいる鈴の姿が、ごく僅かだが歪んで見えるのだ。それこそハイパーセンサーを使って注意深く観察し、ようやく疑いが持てるほどのほんの些細な違いだ。しかし、一夏は鈴が言っていたことを急に思い出す。

 

(龍咆は確か、周囲の空間を歪めて砲身を……そうか! だから鈴の姿がほんの少しだけど歪んで見えるんだ! だったら!)

 

 鈴が歪んで見えたのは鈴と一夏の間にある空間が歪められたから、つまり龍咆の砲身が形成され始めたからだ。一夏が注視を続けていると、鈴の姿の歪みはほんの少しずつだが大きくなり、少しして歪みの大きさが変わらなくなる。一夏が直感的に左へ身体を曲げ、無反動旋回も併用してコースを変えると、一夏の顔のすぐ横を圧縮された空気の塊が通り過ぎ、髪の毛が舞い上がる。少し遅れてスラスター翼に衝撃が走ってバランスが大きく崩れ、一夏はまたしても地面に墜落する。しかしすぐに再飛翔して上空に戻る。

 

「悪運が強いのね、まぐれで直撃を避けるなんて思わなかったわ」

「ああ、俺も驚いてるよ、ようやく回避できたことにな」

 

(だけど、これはまぐれなんかじゃない。掴めそうだぜ、勝利への糸口ってヤツが)

 

 一夏はある種の確信を持って再び突撃を開始し、今度はハイパーセンサーで空気の歪みを捉えることに集中する。ハイパーセンサーの能力はきわめて優秀だ。何を重点的に見るかを操縦者がちゃんと意識出来ていれば、どんな小さな変化でも操縦者に知らせてくれる。ただ、普段は情報量が多すぎるので自然と操縦者が入ってくる情報の選別をおざなりにしてしまうだけなのだ。鈴は少し距離を取りながらも一夏を正視し、一夏もまた意識を集中させる。案の定、鈴の前面の空間が少しずつ歪んでいき、歪みが一定の大きさになったところで拡大が止まる。その瞬間、一夏はまたしてもスラスターを最大出力で噴射する。ただし、今度は左斜め後ろ方向に、だ。

 ハイパーセンサーに意識を集中させていると、歪んだ空間からほんの一瞬だが高エネルギー反応が検出され、空間の歪みが一気に開放されて轟音が鳴る。同時に、右スラスター翼の先端に衝撃を感じるが、先ほどに比べればずっと弱弱しいのですぐ体勢を立て直す。そして一夏はようやく龍咆攻略の糸口を掴む。後は全力で手繰り寄せて、勝利まで突っ走るだけだ。無論、勝ち目は限りなく薄いが、ゼロではない。それだけで一夏の身体に勇気と活力が湧いてくる。

 一方の鈴は二度も直撃を避けられたことに驚きの表情を見せていたが、やがて何かを悟って声を上げる。

 

「二度も回避するなんて、まさかあんた……!?」

「ああ、ようやく読めたぜ。龍咆の弱点と限界が。何回も同じ攻撃を食らわせ続けただけじゃなくて、ヒントまでくれたお前のおかげでな!」

 

 一夏は確信に満ちた表情と声で答えると先ほどまでと同じように突進する。ただし、今までと違って龍咆への対応策がある状態だ。故に迷いや躊躇いもなく真っ直ぐ突っ込む。鈴は舌打ちして距離を開けると、一旦高度を下げてから龍咆を展開する。しかし、ハイパーセンサーに意識を集中させている一夏にはすでに筒抜けだ。空間の歪みが拡大しきる直前にまっすぐ降下し、一零停止で刹那の間だけピタリと静して鈴と同じ高度となり、そのまま突撃を再開する。すると空間の歪みが消失し、今度は正面に砲身が形成され始める。

 

「何度やっても同じだ!」

 

 だが一夏はまたしても拡大がちょうど終わるタイミングで上昇に転じ、今度は発射された衝撃砲をギリギリのところで回避する。鈴が目を丸くしながらすぐ追跡に移ると、一夏は無反動旋回で鈴の方を向き、真っ直ぐ突っ込みながら声を張り上げる。

 

「一つ目! 龍咆には砲身を作り始めてから砲撃するまでの間に、タイムラグがある! 空間を歪めてある程度の大きさにするのにワンアクション、空気を収束して衝撃砲として撃ち出すのにワンアクション、つまり衝撃砲が発射されるまでの間に二つのアクションがあるから、どうしてもアクションとアクションの間に切れ目が出来て、タイムラグに繋がる! それはコンマ1秒の世界だから普通は隙にならないかもしれない。けどこの狭いアリーナで、超音速で飛び回れて、ハイパーセンサーで視覚や反応速度が補正されるISなら、集中してよく見れば対応できないワケじゃない!」

「グッ、けどだからと言って完全に攻略されたわけじゃないわ! いくら回避が出来るようになったって接近できなきゃあんたも攻撃できないんだから!」

 

 一瞬鈴は悔しげな顔をするが、すぐに気を取り直して一夏を迎撃しようとする。今度は少し上の方に砲身を設置し、頭から撃ち据えようとしてくる。それでも一夏は怯まない。空間の歪みが形成されていくのを見ながら、今度はエネルギー反応に意識を集中させる。そしてエネルギー反応が増大した瞬間、一夏は瞬時加速を使って鈴に突っ込む。突撃そのものは回避され、いつもと同じように保護シールドに突っ込んでしまう一夏だが、すぐ振り向いて鈴と対峙する。

 

「二つ目! 衝撃波の弾速は、ビームはもちろんIS用のミサイルやアサルトライフルに比べると遅い! だからある程度の距離があれば、発射される瞬間のエネルギー反応を察知してからでも十分回避が間に合うし、距離が近くても瞬時加速を使えばギリギリで回避出来る!」

「だから、どうしたってのよ! だったらタイミングを散らせてやればいいだけの話じゃない!」

 

 鈴は少しイラつきながらも不規則な機動で飛び回り、龍咆の砲身を展開してはすぐに消すフェイントを織り交ぜ始める。だが、一夏にとってはかえって好都合だ。迷わずに最短距離で鈴を追って突き進むと、迎撃すべく鈴は本命の砲身を展開して発射しようとする。だが一夏はギリギリまで回避行動を取らない、そしてエネルギー反応が検出されたと同時に右肩を前に出し、軽く前傾姿勢を取って衝撃砲を装甲のみで受け止め、それと同時にスラスターを噴射してノックバックを最低限に押さえてすぐ追跡に戻る。すると鈴は一転して逃走に専念しようとするが、加速力ならば『白式』が上だ。すぐ間合いに入って雪片弐型を振るうが、間一髪のところで回避される。それでも鈴を見やりつつ、一夏は言葉を続ける。

 

「三つ目! 一度に形成できる砲身の数は1個だけ、1つの砲身から発射出来る砲弾も1発だけで、撃った時点で砲身が消滅する。つまり、衝撃砲は2発以上同時に撃つことも短時間に連発することも出来ない! 1発をやり過ごせれば、今みたいにその隙をつくことだって出来る! この『白式』ならな!」

 

 鈴は何も言わずに飛行速度や軌道をめまぐるしく変えてアリーナ内を飛び回り、一夏へ狙いを絞らせまいとする。それでも一夏は迷うことなく鈴を追い続け、少しずつ距離を詰めていき、油断なくハイパーセンサーに注目して僅かな変化も逃さず捉えようとする。しばらく逃げ回っていた鈴だが、痺れを切らしたのか真横にスライドして逃げつつ自分の前面に砲身を展開し、一夏の動きを見極めて発射しようとする。

 

「そいつを待ってたぜ!」

 

 だが、鈴の動きがほんの僅かだが鈍くなったのを見逃さず、全速力で突っ込みながらも一夏は手元に呼び出した雪片弐型を渾身の力で鈴に投擲する。すると鈴は投擲への反応が一瞬遅れ、砲撃にこそ成功するが雪片弐型の切っ先が胸に当たって完全に動きが止まる。一夏はギリギリのタイミングで真上に飛んで衝撃砲を回避し、急降下しながら投げつけた雪片弐型を一旦量子化させて再展開する。

 

「四つ目! 龍咆も『ブルー・ティアーズ』のビットと同じくイメージ・インターフェースを使った兵器だから、どうしても意識を集中させなくちゃならないタイミングが存在する! そしてビットを操作しているとセシリアが動けなくなるように、お前も龍咆を使うときは動きが鈍って反応もほんのちょっとだけど遅くなる!」

「回避は……無理か!」

 

 雪片弐型を握った一夏が突っ込んでくるのを見て回避を諦めると、鈴はカバーを閉じて双天牙月を再び呼び出し、両手に持って真っ向から迎え撃つ。そのままめまぐるしく刃を振るって何十合と打ち合い続ける一夏と鈴だが、鈴は少し後退して斬撃を回避しながら肩のカバーを再び開く。

 

「この距離なら回避出来ないでしょ!?」

「する気はないさ! 最初からな!」

 

 しかし一夏は回避するどころか全身を選択し、右手に持った雪片弐型を掲げつつ左手を伸ばす。直後に龍咆が発射されて一夏の全身を衝撃が襲う。しかし一夏と鈴の距離は離れない。

 

「そんな!? この距離で龍咆を受けたら……!」

「……使ったのさ、撃たれる瞬間に瞬時加速を。そして鈴、左手をよく見てみな!」

「これは、取られてる!?」

 

 一夏は龍咆が発射されるのと同時に瞬時加速を使い、ノックバックを相殺した。加速そのものはなんとか出来るレベルにまでなっており、苦手な減速は考えなくてもいい状況だったのが幸いした。もっとも、全身に走った衝撃もそれまでとは比べ物にならなかったが。しかし辛うじて持ち堪えた一夏は隙を突いて鈴の左手を取って手首固め、いわゆるリストロックを仕掛けて鈴の手首を極めにかかったのだ。鈴は左手を引き抜いて逃れようとするが、その前に完全に関節を極めてしまい、鈴の逃げ道を実質全て封じる。ならばと殴りかかる鈴だが、一夏は頭突きで拳を迎撃しつつ、右手の雪片弐型を鈴の左肩へ突き入れる。そして左肩のパーツを破壊することに成功する。だが残る右肩のパーツが光って衝撃波が遅い、一夏の頭が強かに叩かれて手首のロックが解除される。

 

「詰めが甘いわね! こいつでおしまいよ!」

「いや、まだだ!」

 

 鈴が双天牙月を連結させて振り上げると、一夏は強引に間合いを詰めて互いの身体を密着させることで攻撃を封じる。しかし一夏もまた攻撃出来ない状態だ。

 

「あんた、どういうつもりよ?」

「龍咆最大の弱点、それは密着状態になると使えないことだ。そりゃそうだろうな、空間を歪ませて砲身を作るってことは、作れるだけの空間がないと使えないってことになるんだからな。そして砲身を展開できる空間は自分のすぐ近くに限られる……違うか?」

「当たりよ。けど、それがどうしたの? あんただって攻撃できないのは同じじゃない」

「ああ、俺自身はな。だが『白式』と『甲龍』のパワーは互角だが、スラスターの性能は最高速度や加速力はこっちが勝ってる。この状態で押し合いになたら、どうなると思う?」

 

 一夏はしてやったりと笑ってみせ、意味ありげに背後の保護シールドを顎で示す。すると鈴の顔色が変わる。

 

「まさか保護シールドに叩き付ける気!?」

「今さら気付いても遅いんだよ!」

 

 一夏がスラスターを噴射して押し込み始めると鈴もまた負けじとスラスターを噴射させ、辛うじて踏みとどまる。両者はアリーナの中央付近でこう着状態になるが、今度は鈴がニヤリと笑う。

 

「えらそうなこと言って押し切れないなんて、やっぱり詰めが甘いわね……切り札ってのは、最後まで取っておくものなのよ!」

 

 直後に鈴は瞬時加速を発動させ、均衡を一瞬で破って一気に一夏を壁まで押し切りにかかる。

 

「残念だったわね! 当てが外れて!」

「いいや、俺の読み勝ちだ!」

 

 しかし一夏は瞬時加速が始まった直後に無理矢理身体を左にずらすことで押し合いから離脱し、結果的に鈴は瞬時加速の勢いのまま自分から壁に突っ込んでいく形になる。最初から自滅を促すために押し合いをすると見せかけたのだ。

 

「けど、あたしは代表候補生! これくらいの距離なら!」

「背中がお留守だぜ!」

 

 何とか減速して追突を逃れ酔うとする鈴だが、一夏がスラスターを噴射して右肩後ろに体当たりをかけて妨害し、鈴は右肩から保護シールドに突っ込んでしまい、龍咆用の肩パーツが火花を散らして破損する。これで龍咆は使えなくなった。それでも鈴は後ろ蹴りを入れて一夏を蹴飛ばし、双天牙月を構え直す。一夏も距離を開けて雪片弐型を呼び出す。

 針の穴を通すようにして読み勝ち続けた一夏だが、結局のところ出来たのは龍咆を封じることだけだ。鈴としては攻め手の一つを潰されただけ、白兵戦に持ち込んでも一夏の不利は否めない。むしろ龍咆を使用不能にしたところでようやく試合になる、と言えるくらいに一夏と鈴の力量差はある。そして、今の鈴はすでに油断がない。

 

「まさかあんたにここまでやられるなんて……いや、当然の結果ね。勝手知ったる相手で男だからと侮りすぎていたわ。今回ここまでやられたのは、あたしの油断が招いたこと。それは認めるしかない。だから、今度は本気で行くわよ!」

「望むところだぜ、鈴!」

 

 一夏も気合を入れ直し、両者は最初と同じように真っ向からぶつかり合おうと突撃を開始する。

 しかし次の瞬間、一夏はぞくり、と背筋に寒いものを感じて直感的に後退する。鈴も一夏と同じように突撃を中止して下がる。するとそれまで一夏がいた場所を太いビームが通り過ぎ、着弾した地面が爆発して大きく抉られる。

 

「なんだ!?」

「誰!?」

 

 一夏と鈴は同時にビームが飛んできた方へ向き直り、武器を構える。

 視線の先には、誰もいない。観客席には誰もいないし、保護シールドは健在だ。つまり、一夏と鈴以外に誰かがいなければおかしいのだが、全く姿が見当たらない。唖然とする一夏だが、いきなり背後から頭を殴られて姿勢を大きく崩す。

 

「うおっ!?」

「一夏!?」

 

 鈴はすぐに双天牙月を連結させて投げつけるが、手応えはない。それどころか今度は鈴が腹部に一撃を貰って吹き飛ばされ、保護シールドに叩きつけられる直前で持ち直す始末だ。だが、鈴はある程度姿なき乱入者の正体をつかめたようだ。

 

「気をつけて、一夏! 光学迷彩、つまり透明になったように見せかけてるISが近くにいるわよ!」

 

 辛うじて姿勢を立て直した一夏は頭を一度振り、改めてハイパーセンサーに意識を集中させる。すると、周囲の景色に同化した人型の何かが近くを飛行しているのを見つける。

 

「鈴!」

「わかってる!」

 

 鈴もまた気付いたらしく、連結させた双天牙月を今度は乱入者に対して正確に投げつける。投擲が当たって乱入者の動きが止まると、一夏が雪片弐型を振りかぶって突進と共に振り下ろす。

 

「これで、どうだ!」

 

 すると確かな手応えと共に鈍い衝撃と金属音が響き、直後にスパークが走って姿を消していた乱入者が姿を現す。一夏は一旦離脱して鈴と合流し、改めてラン入者と対峙する。

 

「なんなんだよ、こいつは……」 

 

 乱入者は、『異形』としか言えない姿をしていた。

 2mを越える灰色の体躯に、異様に長く垂れ下がった両腕。首がなく肩と一体化した頭部には、剥き出しのセンサーレンズらしきものが不規則に並んでいる。その異様な姿に一夏は圧倒されかかるが、すぐに気を取り直す。鈴もまた乱入者の姿に眉を顰めていたが、やがて静かに口を開く。

 

「こいつ、多分『全身装甲(フルスキン)』のISよ」

「IS? 一体誰がこんなISを作って、こんな場所に……」

「知らないわよ、そんなの。それより、来る!」

 

 一夏と鈴が話している途中、乱入者のISは長大な右腕を向け、装備された砲口を一夏に突きつける。それがどんな装備であるのか、そして何のために向けているのかが分からないほど、一夏は単純ではない。

 

「クソ! ビームかよ!」

 

 反射的に一夏は真下に逃れ、少し遅れて発射されたビームが頭のすぐ上を通り保護シールドに当たる。ISは一夏を狙ってまたしてもビームを撃とうとするが、鈴の妨害を受ける。

 

「あたしを無視するなんていい度胸じゃない!」

 

 一気に間合いまで飛び込んだ鈴は右手の双天牙月を頭めがけて叩きつけつつ、左手の双天牙月で腹を貫こうとする。通常ならば回避を諦めるか、もしくはなりふり構わず距離を離しにかかるかのどちらかしかない。しかし、ISが取った行動はどちらでもなかった。

 腰の部分が直角に折れ曲がり、上体を180度倒して頭と腹狙いの攻撃を両方とも回避すると、そのままの状態で股関節を開き、股下から腕を伸ばし、通常可動する部分とは逆に手首を折り曲げてビームを撃ってきたのだ。

 

「ちょっと! 一体どうなってんのよ!?」

 

 人間には到底出来ない動きに驚きながらも鈴はビームを回避し、一夏はある結論に達する。

 

「まさかこいつ、人間が乗ってないIS……無人機なのか!?」

 

 鈴に見せたあの動きは生身の人間が入っていては絶対に出来ない類のモノだ。一応、各国でISの無人操縦について研究されていると授業で習ったばかりだが、国家代表候補生とも渡り合えるレベルの無人操縦技術を、どこが完成させたのか。そもそもなぜ無人機をIS学園に送り込んだのか。疑念が尽きない一夏だったが無人機が殴りかかってくるとすぐに離脱して鈴の隣まで移動する。鈴も体勢を立て直し終えたところだ。

 

「鈴、無人機に狙われるような心当たりは?」

「あるにはあるけど、あんたに比べたらずっと少ないわね、でも、今はそれどころじゃない。誰が何の目的で送り込んだのかは知らないけど、こいつはあたしたちの敵で、こっちを本気で潰す気よ。まずはこいつを黙らせる。目的とかそういうのを考えるのは、その後よ」

「奇遇だな、俺もそう思っていたところなんだ……ここは一つ、共同戦線といこうぜ」

「ええ。どうせ先生たちが来るまではイヤでもこいつの相手をしなくちゃいけないんだから……気合入れていくわよ!」

 

 鈴と一夏は互いの武器を軽く打ち合わせ、同時に無人機へ突っ込んでいく。

 無人機はそれを見ると、顔面のセンサーを赤く光らせるのであった。

 

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