東方美貌録 〜天よ、永く泰平であれ〜   作:フライハイト

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その者、永泰天

永く時が経った....

あれから一体どれだけの時が経ったのだろうか。大きな大きな間違いをしてしまったその時から。とてもとても楽しかったその時から。....あらゆるものを失ってしまったアノ時から。一体どれだけ時間が流れたのだろう....

時間が戻らない事など分かっているし、戻せるとも思っていない、それでも ーー。何故か思ってしまう。いつか戻ってきてくれると。また自分を「檻」から出してくれると。どうしても貴方を信じてしまう...

 

 

三蔵法師、玄奬殿よ ーー

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

汚れなき空。輝く太陽。そしてその太陽に届かんばかりにそびえ立つ巨大な山々。そこから流れる静かな川。麓には美しい森が広がり、周りに広がる野原には地をキャンパスにして絵を描いたのではと思ってしまう程の色とりどりの花々。

 

そんな中にぽつんと一つ、質素であるにもかかわらず異様な雰囲気を醸し出している家があった。

 

「やはり幻想郷は美しいですわね、藍」

 

そしてその家ーー八雲邸から、この圧倒的な美しさを誇る自然をたった一言『幻想郷』と称した美しき少女。彼女の名は 八雲 紫。放たれる美しさはどこか妖しさを孕み、まるで少女のそれとは思えない。放たれる視線からも彼女が人間では無い存在である事を物語っている。見つめられると、まるで心のスキマに入り込まれてしまったかと錯覚してしまう程に妖艶である。

 

「...いきなりどうなされたのですか?紫様。今に始まった事ではないでしょう」

そしてその傍らで腕を組み疑問を投げかけているのは、紫に負けるとも劣らない美しさを持つ金色の少女、そして紫の式神である 八雲 藍。

背後に揺れる金色の尾を見れば、彼女もまた人間でない事がわかる。

紫がもう一度話し始める。

 

「空も太陽も、山も川も森も草花も。こんなにも身勝手に、まるで見せつけているかのように美しさを放っているのに」

 

藍は首をかしげる。紫はいつも意味深な事を言う。唐突に、意地悪く、そして口元を扇子で隠して。

式である藍はいつもその意図を計りかねるが、紫が式の自立を願っている事は知っている。藍にはコンピュータになって欲しくは無いのだ。

故に藍は考えるが、どうしてもわからない。

紫が言葉を続ける。

 

「互いに穢し合う事無く、互いに殺し合う事なく、こうして私達に素晴らしい景色を見せてくれる。 そう、こんなにも身勝手なのに....何故だかわかる?藍。」

 

紫はゆっくりとその景色に背を向けて藍に問う。口元に扇子はもう無く、背後には「スキマ」が開いていた。

 

「ここが『幻想郷』だからよ」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

ーーもう何年過ぎたのだろう。1000年だろうか、1500年だろうか。いや、そんな事はどうでもいい。所詮は時間。不老不死である自分にとって時間とは意味を成さない。

 

......

 

.....

みんなどうなったのだろう。旅の中出会った彼は彼女は。旅を共にした仲間は。いや、そんな事はどうでもいい....そんな事は.....

 

「クソ....なんでいっつも....!」

 

頬に涙が流れていくのがわかる。何故だろう。いつもこうだ。いつもこの事を考えると涙が溢れてくる。わかってるのに。もうあの時間は戻らないと。それなのに。

 

「それなのに、なんでっ....」

 

静かに地に涙が落ちる。

そう、わかってる。自分が取り返しのつかない罪を犯してしまった事も。そのせいでこうなってしまった事も。それなのに。

 

「なんで....」

 

わからない。何故こんなにも悲しいのだろうか。何故こんなにも苦しいのだろうか。

 

ーーいや。本当は分かっている。なんでこんなにも悲しいのか。なんでこんなにも苦しいのか。本当は分かっている。自分が孤独だからだと。幸せだった時に戻りたいからだと。

 

「私は...あの頃に戻りたいっ...!」

ああ、次々と言葉になっていく。自分が何を望んでるのかが....

 

「憎いっ...彼がっ....!」

 

黒にも等しい程に深い茶色が広がる部屋

ーー否、監獄。一面だけ檻になっていて、そこかしこにお札が貼られている巨大な岩石の洞穴。不思議な炎を灯す蝋燭が一本だけ揺らめいていて、ただでさえ不気味な雰囲気をより一層際立たせていた。

 

そんな檻の中にひとり足を抱えて涙を流す、黄金に輝く少女がいた。

見た目の年は12くらいだろうか。真っ直ぐ艶やかな髪は肩に届く程度まで伸びており、金のカチューシャのようなもので髪をまとめていた。

服装は上は赤、下は白の表演服のようで、腰には銀色の鎖をこれでもかというほど巻いていた。

そして何より、彼女の眼の黄金色の美しさである。まるで宝石のような。まるで月のような黄金色であった。

 

彼女はかの「孫吾空」。斉天大聖、通天大聖と数々の名を持つ強大な力を持った存在である。凄まじい限りの唯我独尊ぶり、神々をも恐れぬ姿勢と力であたりに大きな歪みを生み出した彼女は、その名を轟かせたと同時に「如来」により封印された。

有名であろう。なぜなら、これらは全て人間の記した「西遊記」に記載されているからだ。三蔵法師と名乗る男と出会い封印から解放され、共に旅を共にし善行を積む事となること、そして最後には認められ仏となること。どれもこれも現在まで伝わる名作「西遊記」に記載されている。

しかし、それはただの作品では無い。今の人間は誰も信じないだろうが、まぎれも無い真実を書いたものであるーー

 

 

 

 

 

 

 

 

【ーー筈だった。】

 

ーー!!

 

あらゆる思考を中断し辺りを見回す。声がした。間違いなく声がした。

ありえ無いのだ。ここは「如来」が自分をもう一度封印した漆黒の牢獄。幾重にも結界が貼られ、自分以外の存在がここに来る事どころか、認識さえ許さない程に強固に封印された場所なのだから。

 

「......」

 

しかし、間違いなく自分以外の何かが存在している。目には映らないし匂いもしない。それでも自分の何かが気配を感じ取っていた。ただ、永い時をひとりで過ごしてきたのだ。気のせいかも知れないという考えも頭に残る。

 

 

 

ーーまあ、気のせいではなかったが。

 

「こんにちは、貴女が孫吾空様ですね?」

 

突如無の空間から、それも結界が最も強く貼られた牢の中に、紫のドレスと不思議な妖しさを纏った少女が現れた。敵意はない。しかし、只者ではない。

 

「.....何者だ」

 

唐突な出来事に少なからず驚いたが、冷静を取り戻して現れた少女に疑問を投げる。

しかし。一切の言葉を発しないまま、少女は不敵に微笑み続けるだけ。何かを見定めるような目でこちらを見てくる。

ドレスよりも更に深い紫の瞳を睨み回答を待っていると、手にあった扇子で口元を隠し、ようやく声を発した。

 

「申し遅れましたわ。私の名は八雲 紫。しがない妖怪の端くれですわ」

 

なるほど、人間でないとは思っていたが、こいつは妖怪だったか。

 

「.....私の事は知っているようだが、過ちを犯してしまった頃の名はもう捨てた。今は如来に 永泰天 と名を与えられた。後、様などと大層なものなど付けなくていい。むしろ不快だ。」

 

「あらあらあら、これは失礼を、永泰天。」

 

もう一度少女の目を見直す。やはり不思議だ。穏やかで聡明な目だが、その目はどこまでも深く暗い。

 

「しかし美しいですわね。その髪といい目といい、実に美しい黄金色。やはり『実際』に会わねばわからない事も沢山あるのですね」

 

「....まだ私の事を知っているものがいるとは思わなかったな。

 

最初から「孫吾空」の名を知っていたのは正直驚愕した。さらにこの口ぶり。永い時間が経ち、もはや自分を知る者が現れるとは思わなかった。

「知っています。ええ、知っていますとも!あなたの破天荒な行いも、三蔵法師達と様々な場所を見てまわった事も。それに貴女が.....『仏』になった事も。」

 

「.....『仏』だと?」

 

次の瞬間、自らの力によって辺りが莫大な殺意に包まれる。岩は砕け、灯火は消え、檻もその力により折れ曲がり、辺りに爆風のような神力が流れてくる。

ーー『孫吾空』とは。否、『永泰天』とはそれほどにまで強力な存在なのである。

それでも尚作り笑いを崩さない紫。さらに逆撫でする言葉を並べる。

 

「はて、何かおかしなことでも?」

 

ーー馬鹿にしているのか?明確な殺意を紫に向け、目の前から消滅させようとした、が。

しかし、それと同時に 永泰天 は気付いてしまった。

 

「.....!!」

 

「.....あらあら。どうかなさいました?」

 

こんなに怒りを覚えたのは久々だった。八雲紫 の発言が気に入らなかったからだ。

しかし、そんなことはもういい。なにせ今、信じられない光景が目に止まったからだ。

 

「.....檻が.....壊れた.....?」

 

そう。強固な封印をなしていた牢獄の要である檻が壊れたのである。戦慄する。あり得ない事続きで頭がどうにかなりそうだ。檻の崩壊。それ即ち、封印の終わりを意味する。

 

 

 

「封印なんてもうとっくの昔に消滅しているわ。科学の蔓延るこの現代。結界なんて曖昧なものは力を発揮できないし、如来なんて超越した者はもはや存在出来ない。貴女を抑えつけていたのは罪悪感だけ。貴女が存在を保てたのは元が猿だったから。

 

ーー貴女を幻想郷ヘ招待します、永泰天。きっと信じられない光景と新しい日々が、貴女を迎えてくれるでしょう。求める答えもきっと、見つかると思いますわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーれいむー」

 

「あー、なーにー?」

 

「冷たい茶が欲しい」

 

「却下」

 

「おい、私は客だぞ!お茶くらい出すのが常識だぜ!」

 

「あら、ここは幻想郷よ?常識に囚われてはいけないって早苗も言ってたでしょ」

 

「何をー!」

 

「何よ?」

 

.....と、騒いでいる少女二人。自分を客と言っていたクセのある金髪の少女は 霧雨魔理沙。傍らのとんがり帽子と箒は彼女の者だろうか。着ている服と合わせると彼女が魔法使いであることが分かる。

そしてもう一人。紅白の巫女服と大きな赤いリボンが特徴的な彼女は 博麗霊夢。巫女服だが白より赤が目立つし、何故か脇を出しているその服装はいってしまえば奇抜なものである。

 

2人がいるのは博麗神社。ここ、幻想郷の要である。

ーー幻想郷。それは有象無象、魑魅魍魎が蔓延る現代から忘れられた理屈なき世界。あるものはあり、ないものはない。何故そうなのか?そんな酒の肴にもならない無粋な話、ここの住民は誰も話さない。

 

「....はぁ。もういい。茶は諦める」

 

「分かってくれてなによりだわー」

 

喧嘩は終わったのか、静けさを取り戻した博麗神社。

今の幻想郷は夏。周りでは蝉がここぞとばかりに鳴き、一層暑さを際立たせている。どうやら2人共暑さに参っているのか。いつもなら争い出したら十中八九弾幕ごっこなのだが。だが仕方のない事だろう。昨日は小雨が降った。そのせいか非常に蒸し暑く、身体から勝手に汗が噴き出てくる。動けと言う方が酷だ。動かないが吉である。

 

が、そういう訳にもいかないようだ。神社の外から「はぁ....」と大きなため息が聞こえてきた。

 

「うっわ.....うるさいのが来たぜ....」

 

「最悪ね。蝉が一匹増えたわ」

 

「人を蝉呼ばわりとは....このままでは本当に人間のクズになってしまいますよ?」

 

そこに腕を組んで立っていたのは華やかな桃色の髪と二つのシニョンが目立つ少女、茨木華扇 。チャイナドレスのような服に美しい薔薇の花が咲いているそれは、派手でありながらも周りの自然と調和している。

 

「うるさいんだもの。蝉と大して変わんないわ」

 

「いや、面倒くさい分、蝉よりタチが悪いな」

 

「あなた達ねぇ....」

 

相当怒っているのがわかる。顔が引きつってワナワナと震えている。

 

「....はぁ、もういいです。ですがこの話だけは耳を傾けて下さい。重要な事です。」

 

「「三文字以内なら」」

 

 

ーー二つの雷が神社を襲ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「こ、これが幻想郷....」

 

美しい。実に美しい。美しい以外表現出来る言葉が見つからない。久しく外を見ていなかったからだろうか。いや、それもあるがそれだけではない。

久しく外を見たのに、懐かしさはあまり感じなかった。何故か。単純だ。

 

「こんな美しい場所、見た事がない....」

 

自分が立っているのは風に波立つ草原。夢か現か、それさえわからなくなりそうだ。数々の場所を見てきたが、ここまでの場所を見た事がない。

頭の先から尻尾の先まで、全身が清々しい。手を広げて寝転がる。一旦考えよう。感嘆しているだけではどうしようも無い。

 

「八雲紫が言っていた求める答えっていうのは一体なんだろう?それに何故私の事を知っているのだろう?.....わかんないなぁ.....」

 

この幻想郷に来た理由。それは八雲紫の言っていた『求める答え』がなんなのか知りたいからだ。彼女が何故私の事を知っているのか。

そして何故、『何故三蔵法師が私を裏切り自らを仏としたのか』。

 

ーー真実がわかるのだろうか?もちろん分からない。しかし幻想郷に来たのは間違った選択だったか?と問われれば、それは断じて違うと言える。答え幻想郷に必ずあると断言できるからだ。

 

勢いよく立ち上がる。強い風が正面から吹いてくる。風は背中を押してはくれないようだが、きっと大丈夫。

 

 

 

永泰天は大きく息を吸った。

 

 

 

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