放課後、一夏は教室で先ほどの授業の復習をしていた。IS関係の授業は、予習をしただけに何とかついていけるが、これ以上に理解を深めなければならないので、復習は大切だ。
「一夏、授業ってのは意外と面白いもんだな。ああやって、人間は学ぶんだな」
一夏に最も近い存在 魔導具 ヴリルは本日の授業を一通り聞いていた。
「私たちが生まれる前から居て知識は豊富な癖して、授業が面白いのか?」
てっきり、退屈をしているかと一夏は思っていた。
「ああ、俺達のような魔導具は、魔戒騎士のパートナーとして居る。だけど、こんな風にここのお嬢ちゃん達の授業を聞くのは初めてでな」
言われてみれば、学生生活というのを魔導具が体験するなど皆無に等しい。学園で魔戒騎士がこんな風に授業を受け、魔導具が傍らでそれを聞くなど今までに前例がないのだ。ましてや、男性にしかなれない魔戒騎士が女子高などに居ることは………
「お前も物好きだね、ヴリル。学んで、どう役立てるつもりだ?」
「それは、特に考えてないな。まあ、貴重な体験だ。思いっきり楽しませてもらうつもりだ」
ヴリルの言葉に一夏は、半ば呆れながらも復習を続ける。そんな一夏達に訪れる二人の女性が
「あ、織斑君。まだ教室に残っていたんですか」
山田 真耶である。少し遅れた千冬が続く。
「はい、まだ寮の部屋が決まっていないので、こちらで復習をしていたところです」
「そうですか……寮の部屋は、寮長室です」
「そうだ、私と同室だ」
千冬が真耶に続くように応える。
「お前を他の女子と相部屋と言う意見があったのだが、お前の”身体”のこともある。同室にはできん」
「織斑先生?織斑君の身体のことって?」
「そのことだが、山田君。織斑は、事故で誰にも見せたくない傷がある。それを見せるのは、織斑自身も嫌がっていてな」
一夏は、男でも女でもある中性、IS”インターセックス”である。ISを動かしたのは、この体質が原因と言われている。
この事は、一夏が男性のIS操縦者である事を事実としている今、一夏が女であることは色々と都合が悪いため、秘密事項になっている。
「……はい、それを聞いて安心しました、ですが教師と一緒だというのは、色々とまずいことがあるんじゃ、例えば、生徒に見られたらいけないものとか……」
「ああ、そのことだが、お前なら安心だ。お前は口が堅いし、べらべらと喋るほどの社交性もないしな」
余計なお世話だと一夏は思った。思わず睨みたくなった。
「睨むな、一夏。まったく、どうしてお前は…昔はもっと優しい目をしていたのに」
先生から姉に変わってしまった。事あるごとに目付きの悪さを嘆く姉に一夏は内心、うんざりしていた。
「……目つきの悪さはいいでしょう。今日、箒にもオルコットにも言われてますから……」
「そこだけは、私に似ていないのに……」
(いえ、先輩。織斑君の目付きの悪さはどうみても先輩似です)
二人が並ぶとよく分かる。双子と言えるぐらいに二人の容姿は瓜二つだ。違いは背は若干一夏が高く、肩幅はほぼ同じ程度。声は千冬のハスキーな声と比べると一夏のほうがより女らしい声である。
「どうでもいいですが、姉さん。そんなことを態々、言いに来たのではないのでしょう?」
「どうでもいいだと……この事は、後で話すとして、お前の専用機だが……」
「そうでしたっ!!!織斑君!!!その専用機はいつ、誰に渡されたんですか!!?!」
「あの場では、伏せていたが、篠乃之 束博士、束さんからだ」
「ええっ!?!篠乃之博士がですが!?!!」
驚きの声を上げる真耶とは対照的に千冬は落ち着いた感じである。
「……一夏。いつ、渡された?あいつは、どういう訳か、私からも連絡が取れなくなっている、今、何をやっているのだ?」
長年の付き合いである千冬ですら、行方が分からなくなり、連絡さえつかなくなった親友が何故、一夏を尋ね、さらに専用のISまで与えたのか?
一夏の脳裏に、一ヶ月前に尋ねてきた束の姿が浮かんだ。かつては、髪をピンクに染め、カラーコンタクトをし、派手な格好をしていたが、会ったときは髪を黒くし、カラーコンタクトを外し、質素なシスターの服を着ていた。
彼女を古くから知るものからみると、その姿は別人そのものだった。
”いっくん、どうかな?この格好……”
”いっくん、私は今までのことを振り返ってみたら、碌な事をしてないよね。お父さんとお母さんには、恩を仇で返すみたいに生活を滅茶苦茶にして…作ったものは、魔戒騎士さん達にも迷惑を…男の人達にも恨まれることを”
”私はしばらくISは作らないよ。だけど、この子だけは特別……いっくんは、護りし者だから、絶対に政府やIS委員会の思い通りにはならないで……”
”これをちぃちゃんに渡しておいて、これさえ、あればいっくんをみんなが如何こうするなんてできないよ”
私は特に何も言わなかったが、あの人はまるで自分の罪を悔いている罪人のようだった。確かに束さんは、ISを作り女尊男卑の世界を招いた。
だけど、それが自分勝手な世界を作ろうと言う願望ではないことを私は知っている。ただ、私達にとって幸せな世界を作り上げようとしたのだ、それがあまりにも強引過ぎた。ただそれだけだ。
そのために、様々なものを壊し、気づかずに居て、それにようやく気づいただけ……
一年前のホラー遭遇と魔戒騎士との出会い。これが、束さんの心を変えたのだ。何よりもこの人が一番悔いているのは…
”ごめんね、箒ちゃん。私が自分勝手なばかりに、箒ちゃんの人生をめちゃくちゃにして……”
「……私からは、何も言えない。ただ、束さんの事は、あまり詮索しないでほしい。あの人には、まだ時間が必要なのだから」
「………そうか、それで渡されたままではないのだろう。動かしたのか?」
「はい、初期化と最適処理化は済ませている。これは確かに、私の専用機だ」
左手首のブレスレットに視線を向けた。これは、あの人の願いだろう。
「なるほど、それで準備は整ったと言っていたのか、まったくお前は、私の目の届かないところで、何をやっとるんだ?」
呆れ顔の姉さんと話がついていけない山田先生を見つつ、私は、苦笑いを浮かべるしかできなかった。
一夏
あの後、姉さんに束さんからの手紙を渡しておいた。あれは、私の処遇に関して製作者の意向が書かれている。
イレギュラーな対応なだけに私を調査するために、専用機を渡し、そのデータを取るために様子を見ると言うことである。
そのため、IS委員会を始め、各国の干渉および、何処にも所属はさせないという、無理にでも干渉、所属をさせた場合は、各国のISを使い物にならなくすると。
姉さんと違い、束さんは、私が魔戒騎士であることに抵抗を感じていない。むしろ認めてくれている。
私が魔戒騎士として不自由を掛けないように、手を回してくれるのはありがたい。
「しかし、あの嬢ちゃんが束さんの妹だったのか?性格は似てないが、根本的な所はそっくりだぜ」
寮の部屋に向かう途中で、ヴリルが話しかけてくる。
言われてみれば、そうかもしれない。あの二人は、性格こそは正反対だが、根本的にはよく似ている。
特に人付き合いに関しては、とことん苦手なのだ。
「一夏、束さんは、何故、箒のお嬢ちゃんに会いに行ってやらない?このままだと、根本的な解決にはならんだろう」
「確かにね…だけど、それだけに束さんは、自分のせいで箒を苦しめていたことに悔いているんだよ。踏み込めないのは、まだ決心がついていないんだから……」
「ったく、人間の心ってのは、色々とややこしいんだな。俺は、もっとシンプルに気持ちを伝えてほしいところだ」
「……それができたら、人間は苦労しないよ」
古くから人間を知っている魔道具達から見たら、私達人間は自分で自分を拘束しているようなものなのだろうか?
「そういや、束さんだけじゃなくて、お前も箒の嬢ちゃんに声を掛けられた場所に居たのに、それをしないで去ったよな」
ヴリルの言葉に、私も人のことは言えないと思った。箒も知らなかっただろう、半年前に”ホラー”に狙われていたことを……
半年前
人間が立ち入る事のできない異界に彼らは居た。
「●●を南へ向かわせます」
「何故、我々の管轄ではない場所に、●●を?」
声は、一つの空間から複数に聞こえる。どれも男性の声である。
「●●は、これまでの魔戒騎士よりも格段に若く、成長が早い。故に多くの試練を積ませなければならない」
「一体でも多くのホラーを狩る。ホラーとの戦いの一つ一つが魔戒騎士にとっての試練なのだ」
「故に、●●は、多くの戦いを経験することで、屈強の魔戒騎士へと至る」
「あのIsと言うモノのおかげで魔戒騎士も魔戒法師も人出がいくらあっても足りない。優秀な魔戒騎士は、多くほしい」
南の管轄
「しかし、一夏。お前も随分とお人よしだな、見ず知らずの奴の尻拭いなんてな……」
「うるさいぞ、例え尻拭いでもホラーは狩らなければならない」
「そうだったな。相変わらず生真面目な奴だ。それにしても管轄外のところに俺達を送るとは、何を考えているのかね?」
腕輪のヴリルは、相棒の一夏に苦笑する。一夏は、今、普段の管轄区域から離れた町に来ていた。本来は、西の管轄であるが。
理由は、昨日ホラーが”陰我”のあるオブジェから現れ、それをここの管轄の魔戒法師が討伐に赴いたのだが、返り討ちで重傷を負ってしまった。
本日、番犬所から南の管轄へ赴き、ホラーを狩れと言う指令が出たのだ。本来なら南の魔戒騎士が行えばいいのだが、西の魔戒騎士の一夏に白羽の矢が立った。
理由は、一夏に多くのホラーを狩らせ、その成長を促そうと言うもの。これまでの魔戒騎士の中では最年少の一夏に寄せられる期待はそれなりに大きい。だが、一夏はそれをあまり気にしていない。
「話に聞くと、現れた奴は、非常に凶暴だというけど、心当たりはある?」
「ああ、やられた法師の傷と”号竜”の壊された具合から察すると、”ヴレイド”と見て間違いないな」
ヴリルが、ホラー”ヴレイド”について語る。
「奴は、人間の”怒り”を感じて、それに憑依する」
「……怒りに…」
「奴は、本能の赴くままに”怒り”を持つ人間を探し、それを食らう。頭のイッチまった奴だ」
濃い青のコートを揺らめかせながら、一夏は昨日、剣道の全国大会が行われた武道館へと足を踏み入れた。
「ヴリル。ホラーは此処から現れて、誰に憑依した?」
「ここで悔し涙をした学生の思念を感じる。決勝戦で、そいつに負けて、激しい怒りを持っていたようだな」
その少女は、誰よりも真面目に”剣道”に打ち込んでいた。剣道は、己の精神を鍛える尊いものだと信じて疑わなかった。
故に真面目に打ち込んできた剣道とは、間逆の剣道が許せなかった。相手は、天才 篠乃之博士の妹だった。
立派な天才の妹だ。それは素晴らしい試合をしてくれる。そう期待していた。だが、天才の妹の剣道は私が信じた剣道とはまるで正反対だった。
暴力的な剣道に何もできずに、負けてしまい、そんな剣道に恥すら感じない天才の妹に対して、強い怒りを覚えた。
あいつは、まるでサンドバックか何かを見るような目で竹刀を打ち込んできた。憂さ晴らしをするかのように……
許せなかった。剣道を憂さ晴らしの行為に貶める暴力が、なによりそれに負けてしまった自分自身が……
部員達は自分を慰めてくれるが、自分の怒りは収まらなかった。何が天才の妹だ。あんな剣道が許されると思っているのかと……
怒りに震える彼女の前にそれは突然、現れた。それは、噂に聞く”悪魔”そのものだった。
”いやああああああああああああっ!!!!!!!!!!!”
悲鳴は、武道館内に響いた。その後、悲鳴を聞きつけた部員達が跡形もなく消えたと言う……まるで、神隠しに遭ったかのように………
「……ここで憑依し、何人も喰らったようだ。まったく、何て奴だ」
ヴリルの言葉に一夏も同意する。いつもながら、ホラーの行動には怒りの念を感じる。だが、今回の相手はその”怒り”感じて取り付くのだ。
何もいえなくなるが、やはり、怒りを感じずには居られない。
「……ヴリル、そのまま何処に?」
「此処を出てから、入り口で魔戒法師と交戦。そのまま行っちまった様だ。今晩、現れる。たぶん、取り付かれた奴が”怒り”を感じた人間のすぐそばに……」
一夏はすぐに、先日の予定を確認する。昨日はここで、剣道の全国大会の決勝戦が行われた。その決勝戦の対戦表には……
篠ノ之 箒 西川 美登里
「……箒……」
まさか、こんな所で六年前に分かれた幼馴染の名前を聞くとは思わなかった一夏は、思わず声を上げてしまった。
「なんだ、一夏。知り合いか?」
「……私の幼馴染だ。まさか、ホラーが憑依したのは?」
「ああ、お前の幼馴染に負けたお嬢ちゃんに憑依した。お前の幼馴染を喰うつもりだ」
ヴリルの言葉に一夏は、今、箒が通っているであろう学校へと急ぐ。今の時刻は、午後五時半過ぎを回っていた。
●●中学 剣道部 道場
時刻は既に六時半を過ぎ、ほとんどの部員達が後片付けを始めている。
「篠ノ之 さんは、もう帰ったの?」
「ええ、あの子はいつもそうよ。用が済んだら、挨拶もなしに出て行くわ」
「天才の妹って言うから、もっと凄いと思ってたんだけど……」
「さあ、あれも一種の天才じゃないの?」
何気ない会話をしているが、ここで名前の挙がっている篠乃之に対して、あまり評価は良くないようだ。
「それでも、全国大会優勝だもの……結果だけを見れば、大したものよ」
一人の剣道部員に同意するように他の部員も同意を示すように、頷く。時刻は夏の夕暮れ、少しずつではあるが夜の闇を迎えようとしていた。
夜の影に追従するように、一人の剣道着を着た少女が道場に近づく。その少女の目に一瞬だけ、”魔界文字”が浮かび上がり、つられるように口元が釣り上がった。
箒
いつものことだ。誰も私のことなど気にかけてはいない。いや、私の日頃の行いが悪いからだろう……
六年前、姉が政府から重要人物として指定され、私は育った町を離れ、こうやって転々としてきた。
そこには、味方なんて誰も居ない。いつもあるのは、あの姉の妹と言う肩書きと政府の監視だけ……
もし叶うのなら、姉がISなど作らずに、誰にも迷惑をかけないように世界を巻き戻してほしい。
願わくば、私が好きだった初恋の人の居るあの場所へ私を帰してほしい。
いつも縋るのは、今、手元に持っている六年前に一夏が私にくれた”花のブレスレット”
六年も経つのだが、これを枯らしたくなかった私は押し花のようにして栞として使っている。これだけが、私と一夏を繋いでくれるもののようがして……
一夏は、男の癖に花が好きな奴だった。あさがお、ひまわり、あじさい、ゆり、桜などとあいつの隣にはいつも花があったような気がした。
最初に出会った頃は、私よりもかわいい女の子かと思ったが、あいつは男だった。花が好きと知ったときは軟弱者とも言った。
”箒は、どうして、花が嫌いなの”
”こんな、軟弱なものの何処がいいのだ?竹刀で叩けばそれで散るだろう”
”そうかな。ワタシは箒のそっちのほうが弱く思えるよ”
”なんだとっ!?!”
”だって、花はこうやって限られているけど、どんな場所にでもがんばって咲けるんだよ。がんばっている花を”力”が強いからって散らすほうの方が弱く思えるんだ”
幼い頃の私は、今と変わらない餓鬼だった。一夏は、私よりもずっと強かった。育てた花を千冬さんや私に見せていた。そのたびに私は、”軟弱なものを”と言っていた。
分かれる間際に、一夏が編んでくれた花のブレスレットは、私と一夏を繋ぐ唯一のものとしか思えなかった。この”花の鎖”だけが………
だから、私は好きだった人の名を呼ぶ。今は、遠く離れてしまった幼馴染の名を……
「………一夏……寂しい………」
顔を伏せて、下校する箒を一夏は、物陰から見ていた。ホラーが狙うであろう彼女のすぐ傍まで来ていたのだ。
すぐにでも声を掛けたい。だけど、今、声を掛けたら……
「一夏。ホラーは、あの嬢ちゃんじゃなくて、学校のほうに出たみたいだ」
「……わかった。少なくとも箒には危険はない」
寂しそうな箒の背中を後にして、一夏はホラーが現れた学校へと足を向けたのだった。
箒
「……一夏?」
すぐ傍に、懐かしい感じがした。それは、私が焦がれていた一夏と同じ。
「……まさかな。居るわけがないものな」
夜が近づいてきたのか、近くの街灯に明かりがともり始めた………
●●中学 剣道部 道場
突如現れた訪問者は、突然、剣道の試合を申し込んできた。
「試合をしましょう」
「ちょっと、今はもう練習時間も終わっているのよ。そういうことは、事前に……」
いきなり、妙なことを言い出した訪問者 西川に対して剣道部員は断りを入れたのだが…突然、部員は倒れてしまった。
倒れた部員から、夥しい血が道場の床に広がり始めた………
「いやああああっ!!!!!」
「……何を騒いでいるの?お前達の剣はこういうものではないのか?」
その言葉とともに大きく飛翔し、手に持っていた竹刀で近くの部員めがけて切りかかったと同時にまるで、真剣のようにざっくりと切られてしまった。
血が飛び散り、部員達は恐怖に駆られ、我さきへと道場から逃げ出す。
「…………あいつは、いない?まあいいわ……少しだけ、憂さ晴らしの相手になってもらいましょうか?」
ニヤリと笑ったと同時に、目に魔界文字が浮かぶ。もはや剣道を嗜んでいた少女の姿はなく、それは、まさしくホラーであった。
ホラーは、すぐ近くで足を絡ませ、倒れてしまった数人の少女達に視線を向け、すぐに足を進めた。
恐ろしいものがすぐ近くまで迫っている恐怖感で、少女達は逃げ出すことができない。
「いや、いやっ!!!!こないでっ!!!!!!!」
近くに落ちてあった竹刀を投げつけるが、まるで効果がない。あと二歩、三歩という所まで来たときだった。
「そこまでにしてもらおうか……試合が不本意で、怒りを覚えるものだったとしても、それを理由に八つ当たりをしていいわけではない」
ここにホラーを狩るもの 魔戒騎士 織斑一夏が立った。
「……誰?織斑千冬?」
暗がりではあるが、その顔はあの織斑千冬に瓜二つのものだった。
「……すまないが、人違いだ」
と同時に、ホラーめがけて矢を三本纏めて放った。放った矢に対して、ホラーは鬱陶しそうに叩き落す。
「………逃げろっ」
怯える少女たちに視線を向け、この場から去るように一夏は促した。
ホラーは、逃げる少女達に目を向けるが、間合いに踏み込んできた一夏の斬撃に対応すべく、その腕を鋏状の物に変えて迎え撃つ。
一夏は、斬撃を防がれ、さらに魔戒弓の刃が挟まれたことに対し、これを解除するために一旦、魔戒弓を手放し、大きく飛翔し、頭部めがけて強烈な二段蹴りを浴びせた。
「っ!!?!!」
顎と顔面をけられたホラーは大きく仰け反り、挟んだ魔戒弓を放してしまった。放された魔戒弓を手元に戻し、腰元にある矢筒から、矢を取り出し、弓とともに構え放った。
放たれた矢は、胸部に命中し、ホラーの黒い血を噴出す。
「キッ、シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
もはや少女の声の原型を留めていない叫びを上げ、血走った目と赤く染まった歯を剥き出しにして、一夏に敵対心を燃やしていく。
対する一夏は、表情一つ変えずに魔界弓を構え、矢筒からさらにもう一本の矢を抜く。
「まったく、花の女子中学生にそんな面をさせんな」
ヴリルの言葉に応えることなく、一夏は矢を構えるが、それに合わせてホラーはその驚異的な力で駆け、一夏の眼前に迫ったのだ。
一夏の首を落とさんとすべく鋏を向けるが、一夏は構えるはずだった矢をその鋏の中心に突き立て。去り際に魔戒弓の刃を使い切りつけ、背後に回った。
一夏に対し、ホラーはその姿を変え、更なる敵対心を燃やしていくのだった。
その姿は、憤怒の貌を正面にした”悪鬼”そのものであり、身体のいたるところから炎が上がり、禍々しい突起物を肩に備えていた。
「ちょっとやっただけで、あの怒りよう……沸点の低い奴だぜ」
「………………」
一夏は、姿を変えたホラー ヴレイドに対して魔戒弓を頭上に掲げ、円を描くと同時に蒼く輝く鎧を召還する。
鎧の召還とともに魔戒弓も姿を変える。先ほどよりも大きく変化したその武器を正面にし……
「……お前の悔しさは分かる。だけど、このままにはできない。だから、ここでその”陰我”、断ち切らせてもらうぞ」
猛々しい狼を模した緑の目に決意を浮かべ、一夏は駆ける。
「GWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッ!!!!!!!!!!!」
凄まじい雄たけびとともに鋏上の両腕を掲げ、切りかかる。一夏もそれに応戦すべく魔戒弓の刃を正面に構えて、交差する鋏を一気に両断する。
腕をいきなり両断されたヴレイドは、突然の事態に処理が追いつかなくなり、一瞬呆けてしまった。
正面には、矢を構える蒼い狼の猛々しい貌がある。矢は、放たれ、ヴレイドの首を吹き飛ばしたと同時に緑色の炎が上がり、その体が弾けて飛んだ。
ヴレイドの姿が消滅したと同時に、鎧が解除され、一夏はヴレイドが消滅した場所のとある一点を見つめていた。
「く、悔しい……なんで、あんな奴に……どうして、あたしが………」
下半身を失い、まるで壊れたガラス細工のような姿をした西川 美登里の成れの果てがあった。まだ、怒りが収まらないのか、その目には憤怒の色が浮かんでいる。
「………私からは、何も言えない。だけど、お前がホラーに取り付かれた時点で、もうこれ以外にできることはなかった」
「なら、あんた。………あいつを一回負かしてよ。そしたら、私、満足するから……」
苦し紛れの台詞なのか、そのまま次の言葉を言うことなく崩れ、消えていった。
「………善処するよ。ただ、私は箒の前では、かなり甘くなってしまうから……」
なんともやりきれない気持ちであったが、一夏はその場を後にした………
そして、現在
「俺がこんなことを言ってもなんだが、やっぱホラー狩りの最中に声を掛ける訳にはいかなかったもんな」
ヴリルは、少し一夏を責めるように言ってしまったことに対してフォローを入れたいようだった。
「別に、ヴリルが気にすることではない」
誰の問題でもないと言うのが、一夏の考えである。箒の境遇は、周りのために酷く歪んでしまったことによる。
今まで、彼女をちゃんとみて、分かってあげられる存在が居なかったからだ。
だけど、今は……
「今は、私が近くに居る。箒に対して、何ができるかはわからないけど、一人で悩まないようにはしてあげたい……」
「……そうだな。人間ってのは、一人じゃ生きていけないっていうしな」
一夏は、自身がこれから過ごす寮へと足を踏み入れた。寮長室へ…
今は、姉は居ないがこれから、三年間はここで過ごすことになる。
部屋の内装は、それなりに金を掛けているのか、ホテルよりも豪華だ。ベッドの枕元に、魔戒騎士にとって見慣れたものが目に付いた
「姐さんが一緒じゃなかったのは、良かったな」
ヴリルの言葉の通りだった。ベッドの枕元に赤い封筒が置かれている。これは番犬所からの指令書だ。
魔道火で燃やし、指令の内容を確認する。
”その地での活動については、追って連絡を行う。ゲートが開かれる気配はないが、念のため陰我のオブジェの封印を行え
番犬所からは、こちらと繋がりのあるものの協力を要請してある。その者は近々、お前達の前に現れる”
「……番犬所もここには、それなりに気にかけていたのか」
「そうだな。やれやれ、協力者ってのは、どこのどいつだ?名前ぐらい知らせろよ」
「ヴリル。魔戒騎士ほどじゃないけど、それなりに闇に通じている名前に心当たりはある?」
「そうだな、一番に思い浮かぶのは、更識だ。確か今の当主が国家代表だっけな」
「よく知っているね。私もつい最近までは、その辺の事情は疎かったのに……」
「俺もだ。だが、勉強した」
どこでそんな知識を仕入れてくるのかは、分からないが、こういうところは頼りになる。
「後で更識について、調べてみようか?」
「ああ、だが、骨が折れるかも知れんぞ。更識は、確か隠し名だ、堂々と名乗っているなんてことは……」
今、この場にホラーは現れては居ない。だが、用心だけは怠ってはならないと思う一夏であった。
翌日
箒
分かっていたことだが、剣道部に見学に行ったのだがあまり好意的ではなかったな。当然だ、あんな剣道、歓迎されるはずがない。
何処で知ったかは知らないが、私が篠乃之束の妹だと誰かが言いふらしたようだ。ここでも姉に振り回されるのかと思うと嫌気が差す。
また、怒鳴ってしまった。すぐに頭に血が上りやすいのは、私の悪い癖だ。いつもながら成長をしていない。
一夏は、今どうしているだろうか?結局、あの後、一夏の顔を見るのが恥ずかしくて逃げるように出て行ってしまった。
寮に住むと思うが、何処に住むというのだろうか?誰かと相部屋になるのか、もし来るのなら、私と一緒に……いや、男女、七日して同衾せずというではないか……
そんなことを考えていたら……
「おはよう、箒」
と、その一夏が話し掛けてきた。
「い、一夏っ!?!」
すこしデジャブを感じる光景に箒は、自分は相変わらず成長していないと思った。昨日もこんな風にやり取りをしていたのではと……
「お、お前、なんで、こんなところに居るっ!?!」
「何でって、私も朝食を取りにきたんだけど……」
昨日から思っていたが、一夏はオーバーな対応の箒に対して苦笑するしかなかった。
「な、何を笑う。一夏っ」
「いや、相変わらずだなって……成長していないってわけじゃなっくて、私の知っている箒なんだなって」
一夏の言葉に箒は、
「なんだ、そういうお前だって……変わっていないぞ」
「……そうかな」
何処かはにかむ様に笑う一夏は、少し照れているように見えた箒であった。
「せっかくだから、一緒に朝食を取ろうか?」
「……ああ、別にかまわん」
箒
何故、一夏はこうも私の虚をつく形で現れるのだろうか?普通に言葉を返したいのだが、何故か喧嘩腰になってしまう。
こんな自分がものすごく嫌になる。もう少し、愛想よくできれば……普通の女子高生らしく…もっと…普通に……
今、朝食を二人並んで取っているが、一夏とは会話はない。一夏も私に気を使っているのだろうか?
昔から、そうだ。一夏は、あの姉と違い必要以上に構うことはなかった。私の事を少し離れて見守ってくれると言った感じだった。
気になることといえば、明日には一夏は”クラス代表戦”をあのセシリア・オルコットと行うというが、大丈夫なのだろうか?
「一夏、お前は明日、ISでセシリアと戦うと言うが、大丈夫なのか?お前は、ISに触れて間もないだろう」
「私にも私なりの意地がある。少なくとも、ああいう輩には負けたくはないし、好き勝手には言われるのは不愉快だ」
少しだけ、一夏の口調がきつくなった。一夏は、こうだった。私が”男女”と虐められた時、いつも助けてくれた。男なのに”私”という奴で、私よりも虐められそうだったのに
誰かを心無い暴力で傷つけられるのが我慢できないのだろうな、一夏は……
女尊男卑もある意味、心無い力による抑圧だ。姉が作ったアレのせいでセシリアのような考えがまかり通っている。
私も一度、負けてしまえばと思う。男に……一夏ならと思うが、ISの国家代表候補生となると、付け焼刃程度の技術では対抗が難しい。
「なあ、一夏。私がISを見てやろうか?お前は、私達、”女子”と違い、ISには、あまり触れていないだろう」
私にしては、うまく言えたなと思う。
「確かにね。だけど、やれることはやった。私もこの一ヶ月は、ただ遊んでいたわけじゃないから……」
そう言って、一夏は左手首にあるブレスレットに目をやった。あれが一夏の専用機らしい。昨日の件では、驚いたが、なにより嬉しかったのは、一夏が私を気遣ってくれたことだ。
一夏の専用機は、間違いなく姉が渡したものだ。あそこで、姉の名前を出さないでくれたのは、ありがたかった。
「そうか……なら、それだけのことをいうのなら、私にその”実力”を見せてくれ。同門としては、お前が負けるのは恥ずかしい」
駄目だ。これでは、威圧的ではないかと思う。もっと柔らかく言えない物かと………
「そうだね。箒は、実際に目で確認しないと納得してくれないよね。分かった、じゃあ、放課後に久しぶりに試合でもどうかな?」
一夏からの試合の誘いだった。正直、あの剣道は一夏には見せたくなかったが、相手が一夏ならば、あんな暴力的な剣は振るわないかもしれない。
一夏と離れ離れになったことによる苛立ちで私は憂さ晴らしの暴力に走ってしまったのだ。
でも、一夏ならば…私は、私の望む剣を振るえるかもしれない。何より、私は一夏と一緒にいたい。
「ああ、その試合受けてたとうではないか」
なあ、一夏。お前は今でも、花は好きか?好きならば、私達の”花の鎖”は決して途切れてはいないよな…………
私達は、これからは、ずっと一緒にいられるよな?
”泣かないで、箒。また、いつか会えるから”
”いつかって、いつだ?わたしは、これから遠くへ行くんだぞ。もう会えないかもしれないじゃないか”
”ううん、そんなことはないよ。ワタシ達ははなればなれになるかもしれないけど、いつかまた、会える日がくるよ、だから、これを”
幼い日に私の右手に結ばれた花で編まれたブレスレット。これは、私と一夏のいつかの再会を願って作られたもの……