一夏と箒は、午前の授業を終え昼食を取っていた。授業では、本格的にクラス代表戦が明日の放課後に決定した事が伝えられた。
「なあ、一夏。本当に大丈夫なのか?あのオルコットは、あれでも代表候補生だぞ。本当に勝つつもりか?」
箒が一夏に対して、クラス代表戦の事を聞く。今朝も似たようなやり取りをしていたが、
「今朝も言ったよ、箒。私にも意地がある。ああいう輩には、負けたくはない。力で抑えられるのは不愉快だからね」
一夏は、今朝と同じように応える。箒は思う。この幼馴染は今時の”女尊男卑”の世界で、よくもまあこんな風に堂々と構えていられると……
(まあ、その外見では、女に絡まれることはないか……)
箒は、一夏を見る。幼い頃から、女のようであったが、今もまさに”女”そのものだ。姉である千冬に瓜二つだ。
「……箒。何か、私に失礼なことを考えなかった?」
「な、何を言っているっ!!?!一夏、お前も男ならば、その長い髪と華奢な身体は何とかならんのかっ!!?!」
”そういう事を考えてたか”と言う具合に一夏は、箒が自分に対して思っていることを察した。
「別にどういう外見をしようとは、関係はないよ。ただ、女っぽいからと言って髪を切るのは、それを認める事になる」
箒は、知らないが一夏は女でもあるのだ。女でもある故にそれなりに髪のことは気にしている。
「……お前も自分の外見は承知しているのか」
一夏は、自分が女でもあるので、特に箒に返す言葉はなかった。この時、少しだけ、一夏が睨んだように見えたのは箒の錯覚だっただろうか?
「ねえ、あなたが噂の子?」
見たところ、上級生のようだ。1人ではなく、2、3人連れている。上級生は、一夏に注目している。
「本当に織斑先生に似ているわね」
人と会う度にこう言われる。魔戒騎士として活動している時にも姉の千冬と間違えられたことがあった。
「ねえ、代表候補生と明日、クラス代表を掛けて戦うって本当?」
「……別に賭けて戦うわけじゃない。ただ、私は勝って、オルコットのような輩と同じになるのは、嫌なだけだ」
一夏は、勝ってもクラス代表にはならないようだ。負けるつもりは、無いらしい。
「本気で言っているの?男が強かったのは、昔のことだよ」
ISが女性にもたらされた事により、男女間のバランスが崩れ、男と女で戦争をしたら三日で男は負けると言われている。
半ば失笑しているような上級生に対して、一夏は気にすることなく
「それは、ISがあることが前提の話だ。ISが無ければ五分ぐらいにはなる。それに………」
一夏の脳裏には、自身が憧れる魔戒騎士達の姿があった。彼らなら、ISを装備した者達が相手でも負けることは無いだろう。
「以前の男尊女卑をやっていたことの仕返しをISの力で、無理やり押さえつけて、それを”強い”と勘違いしている、先輩方の助けはいらない」
「ちょっと、あなたっ!!いくらなんでも失礼じゃないのっ!!!!」
上級生は、一夏の態度に声を荒げた。理由は親切心で接したあげたのにそれをこのような反抗的な態度で返されるなど思いもよらなかったからだ。
「………私にとっては、さっきの先輩の方が失礼だ」
一夏も分かっているが、ISの力=強いと言う考えに反感を持っている。強いと言うことは、力ではなく、もっと別の意味を持っていることを知っているからだ。
「分かったわよっ!!!無様に負けても知らないからねっ!!!!」
ご立腹な態度で上級生は去っていった。一夏は何事の無かったようにお茶に手を伸ばした。
「おい、一夏。いくらなんでも、あれは言い過ぎではないか?」
先ほどのやり取りを見ていた箒が一夏に問いかける。
「……そうでもない。私は”強さ”と言うものをあんな風に言われるのが我慢ならなかっただけだ」
”だから言ってやった”と言わんばかりの一夏に内心箒は、自分の心に陰が差すのを感じた………
箒
この六年間で一夏に何があったというのだ?先ほどの一夏は、私とは違う遠くを見ているように見えた。
その華奢な外見からは思えないほどの”強さ”を感じる。何故だ、何故お前は、そこまで強くなれたのだ?
昨日もオルコットに対して一歩も引かなかった。それと比べれば私は弱い。昨日もオルコットが一夏の事を罵倒したときも擁護できなかった。
理由は明白だ。私がオルコットの”力”に恐れをなしたからだ。ISの代表候補生となると私達の同じ年代の者達よりも”力”がある。
その代表候補生に一夏は、臆することなく勝負を受け、それに勝つと言った。
”勝つ積もりだ。お前の”陰我”断ち切らせてもらうために”
私も聞きなれない”陰我”と言う言葉、オルコットの何を断ち切ろうと言うのだ?クラス代表など、問題ではないほどのものをお前は見ているのか?
今、お前が見ているものが何なのかは知らぬが、放課後の試合で見せてもらうぞ、一夏。
放課後
一夏と箒は、ともに剣道着を着て剣道部の道場に来ていた。
一夏自身、胴着を着るのは久しぶりではあるが、それを感じさせることの無い落ち着きを持っている。
その様子に箒は、
「一夏、随分と様になっているな。あれからも剣道は続けていたのか?」
「……まあ、剣自体は続けているよ」
返ってきた返事に対して、箒は剣道を続けていたと解釈したのか
「そうか、お前も続けていたのだな」
少しだけ上機嫌に防具を身に付けていく。歓喜にも似た気分に水を差すような言葉が箒の耳に入った。
”篠ノ之 さんよ。ここで試合をするんですって、織斑君と”
”えっ!?!織斑君、大丈夫かな?怪我とかしないかな?”
”千冬様の弟だから、大丈夫じゃないの?でも、篠ノ之さんって、相手をただ叩きのめすだけで有名だし”
いつのまにかギャラリーができていたのだが、その中には剣道部の部員の姿もあった。
箒
自分の評判が悪いことは理解している。分かりきっているのだが、それでも……辛い………
でも、一夏となら自分はあんな剣道はしない。一夏となら……絶対に……
二人は向かい合い、礼をし互いに剣を構えた。
先に動いたのは、箒だった。先手必勝と言わんばかりに突きを行うが、一夏はそれを防ぎ、カウンターを返した。
返された一撃はそのまま箒を吹き飛ばしてしまった。
「うわっ!?!」
受身を取れずに箒は、道場の床に転がってしまう。腰に痛みを感じつつも一夏を見ると、そこには何事も無かったように立つ姿があった。
「織斑君って…こんなに強かったの?」
「……凄い。息一つ、切らしてないよ」
箒
私は、一体何があったのか分からなかった。先手必勝で突きを繰り出したと同時に一夏がそれを防いだと同時に私は衝撃を受け吹き飛ばされてしまった。
一体、何だと言うのだ。
何度、一夏に竹刀を打ち込んだだろうか?一撃をまったく与えられない。競り合っても弾かれ、一本を取られる。
かつても一夏は私よりも強かった。でも私は、別れてからも剣を続けていた。そのおかげで全国大会で優勝できたのに、この差は何だ?
私は竹刀を取り、一夏に向かっていった。
「やあああああああああっ!!!!!!!」
叫びを上げ、竹刀を振りかぶった。振り落とされた竹刀を一夏は、何事も無く防ぎ、再び私は一本を取られた。
「……箒。ただ、打ち込むだけでは、私に一撃は与えられない。もっと護りに気を配って……」
一夏は、私に何かを言っている。何をいうのだ、何事も攻めなければならない。攻撃こそ最大の防御ではないか。
「一夏っ、攻撃こそが最大の防御だ!!!!」
突きを可能な限り私は放った。それを、あいつは何事も無いように避け、鋭い踏み込みと共に鋭い一閃で一本を取られてしまった。
まただ…一夏の動きがまったく見えない。攻撃が来るのは分かるのだが、それがまったく分からないのだ。
だけど、一つだけ分かったことがある。一夏は強い。私が思う以上に遥かに強くなっていた。
それは、それで嬉しかった。だけど…
「一夏……お前も剣道は続けていると言ったな。それだけの強さを持ちながら、何故私は、お前の名前を聞かなかったのだ?」
一夏が剣道部に居たのなら、当然のことながらその強さ故に名前を聞くはずだ。だが
「確かに私は、剣は続けている。だけど……中学の頃、部活動はやっていない。だから、箒が私の名前を聞かなかったのは当然だよ」
一夏は剣こそは続けていたが、剣道部そのものには入っていなかった。そのことを知ったとき、私の中で何かが切れた。
「なんだとっ!!!!お前は、自分の”力”だけで、そこまで強くなったとでもいいたいのかっ!!!!!!」
私も剣の師であった父と別れ、一人で訓練を行ってきた。そしてより実践的なものを求めて剣道部に身をおいた。
一夏も条件は同じなのに、この差は………これが、もって生まれた才能と言うものなのか?あの姉と同じく、お前も”持つべき者”というのか?
「私一人だけの”力”ではない。箒と分かれた後にある方の元で”剣”を学んだ。その方と、その後に出会った人達が……私を”強く”させてくれた」
その言葉は、私が思っていた以上のものだ。自分自身の力だけではない何かを、知った上での………
何なんだ、私などでは足元にも及ばない。勝負になどならないと思ったのか、私の手から自然と竹刀が離れてしまった。
一夏
”……一夏、この魔戒弓を持ってみろ。そして、これを使いこなすんだ”
私は、師の言葉を思い出した。私が師と出会ったのは、小学生の頃。まだ、箒と出会う前だった。
”なんだ?お姉さんが、元気が無いって、そうだな。女は”花”が好きだ。こいつを見せてやれ”
私に花の美しさと穏やかさを教えてくれた。そして……
”……一夏。人間ってのは、自分が思う以上に弱いんだ。どんな奴でも、弱さと脆さは持っている。だから、支えあうんだ”
今なら良く分かる。箒は、確かに剣道で全国大会を制するほどの”力”を得た。だけど、それは、苦しみや悩みに振り回され、そこから逃れようと相手を打ちのめすだけのものだった。
私に負けてしまった事に対して、箒は顔をうつむかせている。昔から箒は、落ち込んでしまうと顔を俯かせてしまう。
今の箒に半年前に見た後姿が浮かぶ。あの時は、声を掛けられなかったけど…
「……箒……」
私は箒に近づき、幼い頃のようにそっと彼女を抱きしめた。
箒
「……箒……」
気がつくと一夏が私を抱きしめていた。
「な、何をしているかっ!!!?!一夏っ!!?!!!」
私は頬が自分でも真っ赤になるくらい熱くなっているのがわかる。
こいつは、幼い頃からこんな感じだった。言葉ではなく、行動で示すのだ。だからと言って、もう子供の頃とは違うんだぞ!!!!!!
「は、離せっ!!!!!」
恥ずかしさのあまり私は、一夏から離れようと抵抗するが、一夏は私から離れようとはせず、抵抗するとより強くに私を抱きしめたのだ。
「離したら、箒は私から逃げる。小さい頃は、嫌なことなことが遭ったら、いつもこうしてたよね」
幼いときから、私が落ち込んだり嫌なときがあったら一夏はこういう風に私を抱きしめてくれた。
両親が姉に掛かりっきりで、私は甘えたいときに甘えることができなかった。唯一、甘えることができたのは一夏だけ……
恥ずかしさもあるのだが、なにより、六年ぶりに感じる一夏の暖かさを感じていたかった。
それにこんな状態の私を一夏が放っておくわけもなさそうだから、私は自分の気の済むまで一夏に甘えることにした。
一夏
昔から、箒はこうすると大人しくなる。両親が姉の束さんにかかりっきりで箒は甘えたいときに甘えることができなかった。
道場で剣を教えている箒のお父さんと接することができる剣道に打ち込んでいた。私も姉さんの勧めでここで剣を学んだ。
その時から箒は、男勝りで口調と態度が厳しかった。それ故に男子からは”男女”と虐められ、口調ゆえに女子とは中々、打ち解けられなかった。
落ち込んだ箒は、両親に相談することができずに道場の裏でいつもうずくまっていた。
口だけでは、箒の気が晴れないことは幼いながら私は知っていた。花を見せたとしても。
”一夏…人間が人を傷つけるのは、その人の”温もり”を知らないからだ。だから、”温もり”を知ることで傷つけようとは思わなくなる”
”人間は、忘れやすい生き物だ。だから、時々、温もりを思い出させてやれ。優しく抱きしめてやれ”
姉さんも私が寂しそうにしていたら、何も言わずに抱きしめてくれていた。だから、箒にも……
箒が剣道で相手を叩きのめすようになったのは、人の温もりという物を忘れかけただけだから………
道場でギャラリーが固唾を呑んで見守っていることに二人は気づかない。
「織斑君って……大胆……」
「篠ノ之 さん。幼馴染だからって、それはないよ」
「……男に抱きしめられているというよりも、あれってお姉さんに甘えているみたいなんだけど……」
後に箒は、クラスメイトや剣道部の面々に追及されることになるのだが、それはまた別の話である。
道場で試合を終えた二人は、寮へと戻る道を歩いていた
「なあ、一夏。少し遅れたが、六年前に私に渡してくれた”アレ”は覚えているか?」
箒は、自らが持つ”花のブレスレット”について一夏に聞く。
「私が箒に渡したブレスレットだね。まだ、持っていてくれたんだ。私も栞にして持っているよ」
一夏の言葉に、箒は嬉しそうに笑みを浮かべ
「そうか、そうか」
本人も何を言いたいのか分からないのか、そんな風に言葉を繰り返しただけだった。
「箒。夕食のときに、お互いに見せ合おうか?六年振りの再会だから……」
「そうだな。絶対に忘れるなよ」
箒
一夏は、私が思う以上に強くなっていた。力だけではなく、心も私が思う以上に強く……
同時に思う。どうすれば、その”力”が得られる?どうすれば、強くなれるのかと……
私は未熟者だ。確かにある程度”力”は得たが、心があまりにも弱すぎる。
幼い頃のように一夏は、私を気遣ってくれる。だけど、私は、ただ一夏に護られるだけの女にはなりたくない。
私から一夏を抱きしめ、支えられる立場になりたい。一夏に遠く及ばない私は、本当の意味で”強く”なりたい。
いつかは、自分が一夏を護れるようになりたい……
だから、オルコットには絶対に負けるなよ。いや、お前が負けるはずがないものな……
ISという”力”で押さえつけるだけの者に、本当の意味で”強い”お前が負けるなど……
夕食の時、向かい合う二人の間に六年前と変わらない”花のブレスレット”があった。
「一夏、私はこれだけは絶対に枯らさなかったぞ」
「私もだよ、箒。私も絶対に枯らせないよ。これからも・・・・・・」
「ああ、これからもだ。一夏」
それは、六年前に別れた二人の再会を願って作られたもの。六年ぶりに二人は再会を果たした。