◇
「あ〜〜〜〜〜〜、疲れた〜〜〜〜〜〜……」
職員室の自分のデスクに突っ伏し呻く優。
「だ、大丈夫ですか?」
満身創痍といった風情の優に、隣のデスクの教師が心配げに話し掛ける。
「は、はい、何とか……ええと……」
「あ、私〈
「ああ、貴女があのクラスの……俺が言うのもなんですけど、大変じゃありませんでした?」
「あ、あはは……」
山田先生が苦笑いするのも無理は無い。
何せ、先程まで一組と二組は休み時間の度に一年ばかりか二年と三年の女子まで廊下に詰め寄せ、このIS学園に二人しかいない「男」に好奇の視線を浴びせまくっていたのだ。
流石に予鈴が鳴り学園主任が来ると蜘蛛の子を散らすように逃げていくものの、授業が終了するとまた集まってきて熱視線を向けてくる。
これだけでも相当神経に来るのに、優の場合は更にオマケが付いていた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「って、何で職員室にまでついてきてるんだよ……」
優の妹、〈
二ノ宮家四女にして末娘の彼女、実はかなりのブラコンだったりする。
優にとっては只でさえ実の家族に自分の授業を見られるという羞恥プレイを強いられる上、由香は兄に褒めて貰いたいからと他の生徒を押しのけるが如き勢いで手を挙げまくっていた。
しかも、由香はこう見えて成績も優秀な為他の生徒と比べても正解率はズバ抜けて高く、結果由香が手を挙げる度に皆の前で褒める羽目に陥っていた。
その度に他の生徒から様々な感情の篭った視線が飛んでくる為、昼休みを迎える頃には優の精神は擦切れる寸前にまで疲弊していた。
幸い、今日の昼飯は弁当を持ってきていたため、もう一人の「男」のように食堂にて更なる視線の集中放火に晒されずには済んだのだが。
流石に休み時間毎に廊下を占領するアグレッシブな乙女達も、優と同じ場所で昼食を取っている「鬼」の逆鱗に触れようとする程命知らずでは無いらしい。
「まあ、珍獣扱いされていい気分で居られる者などそうはいまい。 つくづく災難だったな」
「ホント勘弁して欲しいですよ……」
鬼ーーいや、学年主任の言葉に、心底情けない声を漏らす優。
「お兄ちゃん、女の人苦手だもんね」
「そうなんですか?」
「ええ、まあ……色々ありまして」
適当に言葉を濁す優。
と、そこに養護教諭と思われる白衣姿の女性がやってくる。
「けど、そんなんじゃこの先辛いわよ? 何なら相談に乗ってあげましょうか?」
「そうですね……どうしてもガマン出来なくなったらお願いするかも知れません。 事情はどうあれここでの仕事を選んだのは俺ですし、何とかやってみますよ」
そう言って力無く笑う優の姿に、その場の全員が心配げな視線を向けていた。
◇
放課後。
「お兄ちゃん、まだ?」
「もう少しだから待ってろって……よし、終わり!」
そう言ってデスクから立ち上がる優。
「あら、二ノ宮先生もう帰るんですか? これから皆で二ノ宮先生の歓迎会を開こうって話があるんですけど」
教頭先生の誘いに、優は傍らの由香の頭に手を置きつつ返す。
「気持ちは嬉しいんですけど、今日の所は帰ります。 こいつを女子寮まで送っていかないとならないですし、俺も自分の部屋の場所を知っときたいんで」
「ああ、この学園は全寮制ですからね。 解りました、それではまた後日という事で」
「すいません、それでは失礼します」
IS学園は原則として全寮制である。
それは徹底されており、外泊許可が降りなければ家に帰る事もままならない程だ(余談ではあるが、優が最終的にIS学園への赴任を決めた理由もこれだったりする)。
「そういえば由香、お前何でここに通う事になったんだっけ?」
「もう……前に言ったでしょ、中学での検査の結果が良かったから志望校を変更する事になったって。 そりゃ、お兄ちゃんやお姉ちゃん達やお母さんと離れて暮らすのは嫌だったけど、こっちの方が奨学金の条件も良かったし、お母さんにこれ以上負担掛けたくないもん。 ……あいたっ!?」
その言葉に、少し強めのデコピンで返す優。
「お前なあ……ガキが変な気を遣ってんじゃねえよ」
「あうー、やめてよお兄ちゃーん」
乱暴に頭を撫でられ、楽しそうに悲鳴を上げる由香。
と、その目に一人の
「あれ? お兄ちゃん、あの人……」
「ん? 」
見ると、少年は男子用にアレンジされてはいるものの由香と同じデザインの制服に身を包み、先程の優にも負けず劣らずといった疲れた感じの雰囲気を引きずりながら歩いていた。
「ふーむ……おーい、どうした少年! 随分とお疲れみたいじゃないか!」
「え?」
優の呼び掛けに振り向いたのは、いかにも爽やかな印象の美形だった。
「(お、男?)あの、貴方は?」
「俺か? 今日から二組の副担任を務める事になった二ノ宮だ。 んで、こいつは俺の妹兼教え子の由香」
「兼って何よ、もう! えっと、お兄ちゃんの妹の二ノ宮 由香です」
「あ、どうも。 俺は一組の〈
「よろしくお願いします!」
「よろしくな。 で、随分と疲れてるようだけど何かあったのか?」
その問いに、一夏と名乗った少年は苦笑いを浮かべつつ答える。
「いや、ここってどっち向いても女子ばっかりじゃないですか。 妙に気疲れしちゃって……」
「あー、わかるわかる。 俺のクラスも女子が押し寄せてきて大変だったな」
「先生のとこもですか? ったく、ウーパールーパーじゃあるまいし、俺達を観察して何が楽しいんだか……」
「だよなあ……」
「「はあ…………」」
「あ、あはは……」
完璧にハモった溜息に、由香は引き攣った笑いを浮かべるしか無かった。
◇
数分後。
「じゃあ、お前も女子寮で暮らす事になったのか?」
「ええ。 何でも、たった一人の男性IS操縦者を野放しにして、誘拐されたり殺されたりしたら目も当てられないからって、部屋が足りないのを無理矢理ねじ込んだらしいです。 だから、部屋の調整が付くまでは女子と相部屋という事らしくて……」
「うわ、最悪だなそれ。 只でさえ大勢の女子と一つ屋根の下だってのに」
「あ、でも教員寮もお兄ちゃん以外男の人はいないんだよね?」
「まあ、教員寮は全室個室だからその辺はな。 お、あれじゃないか?」
そう言って優が指差したのは、ホテルと言われても違和感の無い豪華な造りの建物だった。
「凄いなこれ……」
「あたし、こんなに豪華なの落ち着かないかも……」
「だよな……ま、まあとりあえず中に入るか」
気をとり直して入口へと向かう一夏。
「おお、また明日な」
「えっ、お兄ちゃん一緒に入らないの?」
「あのなあ、俺に年頃の女子のプライベート空間に立ち入れってのか? 下手すりゃ痴漢扱いだぞ」
「むー、仕方ないなあ……じゃあまた明日ね。 明日は一緒に登校しようね!」
そう言って由香は入口へと消えていった。
「ったく、いつまで経っても兄離れしない奴だ」
「けど、ちょっと羨ましいですよ。 俺の肉親なんて鬼より怖い世界最強ですから」
「おいおい、実の姉に対してその言い草……は……」
「? どうしたんですか二ノ宮せんーーぐあっ!?」
突如脳天に炸裂した衝撃によって、一夏の台詞が強制中断される。
「担任に向かって随分な言い草だな、織斑」
見ると、一夏の背後には出席簿を携えた学年主任が立っていた。
「あたた……ち、千冬姉……うごっ!?」
「織斑先生、だ」
一夏の言葉遣いを出席簿の重い一撃で矯正すると、そのまま優へと向き直る。
「すまない、二ノ宮先生。 うちの愚弟が世話になったようだな」
「あ、いえ、こちらこそ」
「ぐ、愚弟って……じゃあ先生、俺はこれで」
「ん、ああ。 あ、そうだ織斑、一応言っておくぞ」
「? 何ですか?」
首を傾げる一夏の両肩をがっしと掴むと、優は真剣な表情でこう告げた。
「くれぐれも、ノックも無しに女子の部屋に入るなよ。 中から返事が返ってくるまで、しっかりノックし続けろ。 中に誰もいないならまだしも、シャワーを浴びてて聞こえなかったなんて事があったら、下手したら全裸の女子と鉢合わせする事になるぞ。 最悪、問答無用で警察を呼ばれても文句は言えないんだからな。 わかったな?」
優の余りの迫力に、一夏は言葉も出せずに頷くしか無かった。
「よし。 じゃあまた明日な」
「は、はい。 それじゃ」
多少混乱しながら寮の入口へと消えていく一夏。
その姿を、学年主任は呆れ顔で見送っていた。
「全く、あの馬鹿は……重ね重ね済まないな、二ノ宮先生」
「いや、その……俺の家って女系家族なんで、そういう事に気を遣わないとならなくて……」
「ほう、女系家族か……まあ、とりあえず寮の皆と顔合わせするとしよう。 付いてくるといい」
「え? 今からですか?」
「ああ、私はこの寮の寮長も務めているからな。 それに、ここからなら教員寮に向かうのも学生寮を通った方が早い」
「は、はあ……」
首を傾げながらも学年主任に着いて行く優。
だが、その足がふと止まる。
「? 学年主任、どうしました?」
「……いや、どうやらネズミのようだ」
「ネズミ? ……もしかして苦手なんですか?」
「苦手という程では無いがな」
その言葉を最後に二人も寮へと消えていく。
その背後、学年主任が鋭い視線を向けていた茂みがガサッと音を立て、白い何かが姿を見せる。
それは、暴走族のクラクションを思わせる音を鳴き声の如く上げると、二人を追うように寮の中へと入っていった。
やっとライダー要素が出せた……
次回もお楽しみに