◇
「外泊許可?」
「はい」
学年主任の言葉に、優は若干疲れ気味の様子で頷いた。
「別に今取らずとも、今度の日曜に取れば良いだろう」
「俺もそう思ってたんですけどね……」
溜息と共に、ポケットからスマホを取り出し学年主任へと手渡す。
「……出ろと?」
無言で頷く優。
その様子に訝しみながらもスマホを耳に当てる学年主任。
その表情が時間経過毎に険しいものになっていく。
「……事情は理解出来た。 今日の所は帰宅を許可しよう」
十数分後、学年主任は優と似たような面持ちでスマホを優に返した。
「うちの愚姉がすいません……」
「あ、あの……二人共どうしたんですか?」
申し訳無さそうに頭を下げる優の背後から、真耶の声が掛かる。
「いや、うちの下の姉が「家から通え」ってうるさくて……規則なんだから仕方ないだろって何度言っても聞かないんですよ」
「そりゃ大変ね。 ま、心配してくれるだけ世間一般の馬鹿女より百倍マシなんじゃない?」
そう言って桜と共に職員室に入ってきたのは、養護教諭の柴田先生だった。
「そうなんですけど、限度ってもんがありますよ……って、柴田先生保健室空けてきて大丈夫なんですか?」
「今の時間は〈増田先生〉の受け持ちだから大丈夫よ。 そんな事より、今日は帰るにしたって明日以降はどうする気? 流石に毎日家から通うのは大変なんじゃない?」
「柴田先生の言う通りよ優くん。 優くんの家ってあの団地だから結構遠いし、モノレール代もタダじゃないんだから」
IS学園は主にセキュリティの観点から、メガフロート計画の一環として巨大な人工島を丸々一基敷地として建造されている。
その為周囲は海で囲まれており、学園と本土を繋ぐ唯一の移動手段はモノレール以外に存在しないのだが、維持費も馬鹿にならないので教師や生徒からもちゃんと運賃を徴収していたりする(一応、特待生は学園側から払って貰えるが)。
桜の言う通り、毎日外部から通うとなるとモノレール代も馬鹿にならないだろう。
「だよなあ……いいかげん弟離れしてくんないかな、あの天然メガネは……」
そう言って、またしても深い溜息を吐く優。
その様子に、真耶は学年主任にこう切り出した。
「あ、あの、織斑先生。 今日の仕事は私が全て引き受けますから、二ノ宮先生に付いていってあげてくれませんか?」
「む……だが、流石に自分の仕事を置いていくのは……」
「大丈夫ですよ、今日は仕事もそんなに多くありませんし、副担任の私だけでもこなせます。 それより、早目にご家族の方々の理解を得た方が良いと思いますから」
真耶の言葉に、学年主任は少し考え込むと、
「……わかった。 確かに、早目に話を着けておいた方が良いだろう」
そう言って優に向き直った。
「二ノ宮先生。 悪いが、私も同行して構わないだろうか」
「あ、大丈夫です。 というか非常に心強いです」
地獄に仏、といった表情で手を合わせる優。
「気を付けてね優くん」
「ああ。 というか、たまには遊びに来いよ。 優子も久々にお前に会いたがってたし」
「じゃあ、今度の日曜にね。 織斑先生、優くんの事宜しくお願いします」
「わかった、任せておけ」
◇
約二時間後、優の自宅。
「ゆーくうううううん!!!」
「ごっふぇ!!?」
ドアを開けるなり、ラグビーのタックルばりの強烈な抱きつきが優を襲った。
「大丈夫!? 怪我はしてない!? 風邪は引いてない!? 同僚から仲間はずれにされてない!? 意地悪な生徒にいじめられたりしてない!?」
「だーっもう、大丈夫だから落ち着けっての!!」
いきなり抱き付いてきた女性を必死に引き剥がそうとする優の姿に、学年主任は優が帰宅するならと特別に帰宅許可を出した由香に困惑気味に尋ねる。
「二ノ宮……お前の姉はいつもこの調子なのか?」
「えっと……いつもはもう少し大人しいんですけど、この前の日曜から会ってないせいで禁断症状が出てるらしくて……」
答える由香も恥ずかしそうだ。
その時、場に漂っていた雰囲気を振り払うかの如く手拍子の音がひびく。
「はいはい、お客さんも来てるんだからいい加減にしなって」
「うー……でもお……」
「いいから晩メシの用意しなっての。 あ、お騒がせしてすいません。 あたし、こいつの妹の優子って言います」
快活そうなポニーテールの女性は、そう名乗ると学年主任に向かって頭を下げ下げた。
「いえ、私も急にお訪ねして申し訳ありません。 私はIS学園一学年主任、織斑 千冬と申します」
「あ、どうもご丁寧に。 そうだ、良かったら織斑先生も晩メシ食べてってくださいね」
「いえ、そこまでお世話になる訳にはーー」
優子の提案を断ろうとする学年主任。
そこに、台所からもう一人の女性が出てくる。
「ああ、いいんですよ。 優から電話があったんでもう用意しちゃったんです」
「お母さん、あたしの分は?」
「勿論用意してるさ。 さあ、そんな所で突っ立ってないで入った入った」
「はーい」
母親らしき女性の呼び掛けに、由香は部屋の方に消えていった。
「ほら、あたし達も行くよ。 あたしもう腹ペコだよ」
「はーい……あっ、あたしゆーくんの姉の美紀って言います。 それじゃまた後で」
優に抱き付いていた女性も優子に引き剥がされて連行されていった。
「あー……家に入る前から疲れた……」
「大丈夫か?」
「何とか……あの調子だと、晩飯中も絡んでくるんだろうな……」
学年主任の問いに、心底疲れた様子で答える優。
そこに母親らしき女性が声を掛ける。
「すいませんね、本当に騒がしくて。 あたしは〈二ノ宮 由梨〉って言って、優達の母親やってます。 ほら優、あんたも突っ立ってないでお客さんを案内しなって」
「あ、そうか。 じゃあ織斑先生、狭い所ですいませんが」
「ああ、お邪魔します」
◇
数十分後、食卓。
「ーーじゃあ、優はちゃんと先生やれてるんですね」
「ええ。 生徒からも慕われていますし、授業も問題無くこなしています。 私の目から見ても優秀な教師かと」
「あたしから見てもいい先生だよ」
「ふーん、優がねえ……」
母親の質問に対する学年主任の返答に、家族がそれぞれの反応を見せる。
「う〜ん……」
「? どうしたのよ美紀?」
「だってえ……ゆーくんが立派な先生だって褒められるのは嬉しいけど、それってまた当分帰ってこれないって事でしょ?」
「当分って……日曜には確実に帰ってくるでしょうが」
「だってえ……先生になるまでは毎日一緒だったのにい……」
「いい加減に弟離れしなっての」
美紀の度を超えたブラコンぶりに思わず呆れ返る母親。
「ま、美紀姉なんだから仕方ないって」
「仕方ないじゃ困るから言ってんのよ。 只でさえ紀子は出戻ってきてんだし、この上美紀まで行き遅れたら目も当てられないわよ」
その言葉に、隣に居た(というか食卓に着く際に引き摺り込んだ)優の腕に絡みながら答える美紀。
「いいも〜ん、その時はゆーくんに貰ってもらうから」
「ちょっ、美紀姉、って熱っつ!!」
美紀に引っ張られた事で、自分の鉢に取り分けようとしていた鍋の汁が優の手に掛かる。
「だ、大丈夫お兄ちゃん!?」
「大変、救急箱持ってこないと!」
「いや、そこまで酷くないから! 冷やしとけば大丈夫だから!」
急いで救急箱を持ってこようとする美紀を必死に宥める優。
「美紀姉はあたしが抑えとくから、さっさと冷やしてきなよ」
「頼んだ!」
優子の言葉に、優は急いで台所へと退避した。
「む〜、何するのよ優子ちゃん。 ゆーくんの手当てしてあげようと思ったのに〜」
「美紀姉に任せたら確実に悪化するでしょうが」
「そんな事無いもん」
「この前優が自転車に当て逃げされたからって、ぶつけられた場所を触り過ぎて医者から怒られた事忘れた訳?」
「だって心配だったんだもん」
「状況と加減を考えろっての!」
途端に言い合いを始める二人。
と、そこにもう一人女性が入ってくる。
「はいはい、食事中に騒いでんじゃないわよ」
「あ、紀姉おかえり。 遅かったね」
「ちょっとスーパーでトラブルがあってね。 あれ、お客さん?」
紀姉と呼ばれた女性の疑問に、学年主任は席を立って挨拶する。
「どうも、IS学園一学年主任の織斑 千冬と申します」
「IS学園……ああ、優の上司の方ですか。 あたしは優の姉の紀子です。 今日はどういったご用件で?」
その問いに、学年主任は神妙な面持ちで本題を切り出す。
「実は、二ノ宮先生の家族の皆様がIS学園の規則に納得が行かないと聞き及びまして。 一度お話を伺いたいと思いまして、こうしてお訪ねした次第です」
その言葉に、優子と言い合いをしていた美紀が不満気な視線を向ける。
「家族っていうか……文句あるのって美紀だけよね?」
「だってえ……」
「だってじゃないわよ、優の上司にまで迷惑掛けて。 先生、この際ですからしっかり話を付けて貰っていいでしょうか?」
「ええ、そのつもりです」
心底呆れた様子の母親の言葉に頷く学年主任。
その時、優がいつの間にか付いていっていた由香を伴って台所から帰ってくる。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ったく、毎度毎度美紀姉は……あれ、紀姉帰ってたのか」
「まあね。 とりあえずさっさと食事にしましょうか」
その言葉に、それぞれ席に着く面々。
只、美紀は食事の間優から離れる事は無かった。
◇
数時間後、玄関。
「すいません織斑先生、こんな時間になってしまって」
「構わんさ。 私の方こそ食事までいただいてしまって申し訳ない」
「それこそ構いませんよ。 美紀姉の説得も手伝って貰いましたし」
その言葉に思わず苦笑する学年主任。
「まさか、ここまで時間が掛かるとは思わなかったがな。 だが、いいお姉さんではないか」
「それは同意します。 もうちょっと常識と加減を覚えて欲しいてすけどね」
「それは私も同意する。 さて、私はこれで失礼する」
「一人で大丈夫ですか? 何なら、駅まで送りますけど」
優の言葉に、不敵な笑みを浮かべる学年主任。
「ふ……私を誰だと思っている。 現役では無いとは言え、素人に遅れは取らんさ」
その言葉に、優も苦笑気味に笑みを零す。
「ああ、そういえば織斑先生って「世界最強」でしたっけ」
「そういう事だ。 では、また明日」
そう言って、織斑先生は玄関を後にした。
「ふう……さて、俺も明日の支度を……って、何してんだよ美紀姉」
ふと振り向くと、いつの間にか美紀が腰に抱き付いていた。
「ねえ、ゆーくん……今日は一緒に寝よ?」
「あのなあ……」
とても二十歳を超えた大人の発言とは思えない言葉に、思わず顔を顰める優。
だが、美紀も一歩も引かない。
「だって、今度の日曜まで帰ってこないんでしょ? 「最後まで」しようなんて言わないから……駄目?」
目を潤ませながらの言葉に、優は溜息を吐きつつ答える。
「今日は「本番」は無しだからな。 もう寝る時間だし、皆同じ部屋で寝てるんだから」
「うん!」
途端に笑顔になる美紀の様子に、優は思わず苦笑を浮かべた。
因みに、この後由香と美紀の間で一悶着があった結果、美紀と由香の二人掛かりで抱きつかれながら寝る羽目になったのだが、まあ余談である。
……この回って必要あったのだろうか
因みに、パソパラのバックナンバーを読み返してもわからなかったので母親のフルネームはオリジナルです
ついでに、優の名前も原作と変えてます(原作だと二宮 優(にのみや まさる))
次回お楽しみに