0話:プロローグなんて言えるほど洒落たもんだといいよね。
ある冬のこと。
私は今日も今日とて変わらぬ泰平の世を謳歌していた。
平和が一番。何事もなく続く日々が何よりも代え難い。
少し仕事をして、少し酒を楽しんで、のらりくらりと生きられる。これ以上に幸せなことはないだろう。
そして今日もそんな日常の延長戦。雪を踏みしめ鼻歌まじり。左手に提げた酒を家に持って帰って一杯やることを夢想しながら、またムフフフと気色の悪い笑みを浮かべる。この時間なら、誰かに見られることもないだろう。何も気にすることなく楽しそうに軽く飛び跳ねながら帰る。
そして、いつもの帰り道も半ばを通り過ぎ、家に着いたらどうするか、具体的に空想しながら道の端を通っている時のことだった。
唐突になにかに足を取られた私はその体ごと勢いよく地面の雪上に顔から突っ込んだ。それも生半可な勢いではない、体中、雪にまみれているというのに、冷たさよりも地面にこすれた時の熱さのほうが転んでからすぐの間は優っていたほどだ。
それでも持っていた酒を投げ出さず、なおかつ割れぬように両手で持ち上げた状態で倒れたのは我ながら褒めてやりたい。と同時に、自らの体をお酒の身代わりにしたにも関わらず、そう思ってしまうのは酒好きの持つ業という他ないと、内心、自分のことながら呆れていた。
それにしても日も暮れて夜になったとは言え、そして、今日は雪のおかげで足元だってそこまで暗くないのに浮かれて転ぶなんて……不注意にも程がある。そんなに浮かれていただろうか?
これぐらいならいつものことだし、別になにか特別な日でもないのに。
なんにしてもこの時間だと妖怪だっているだろうしシャンとして気を付けないとなあ。まだ死にたくないし。
けど、私は一体何につまづいたんだろう。何もなかったと思うんだけど。
少し擦った鼻先を押さえながら、とりあえず立ち上がり、私が転んだあたりの方を見てみた。
そこにあったのは雪に隠れたくぼみでも道にはみ出した木の根っこでもなく、丸く雪をかぶった棒状のなにかだ。
誰だよこんなところに丸太なんて置いたままにしたのは。あれか、こんなに細い丸太は使えないから捨ててしまえってことなのかね?自然に感謝できない奴は神様から天罰が下るんだぞ、まったく。
体についた雪を叩き落とし、せっかくだから家に持ち帰って、薪代わりにでもしようかな、なんて考えた。無造作に近づいたその丸太の上にかかった雪を軽く払ってみる。
そこにあったのは、雪をかぶった小さな子供と力なく伸びきった右腕だった。
「……なにこれ?」
それがその子との最初。
寒さが身にしみる、雪の季節のことだった。