今は昔   作:何某

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2話:持ち歩く金は六銭ぐらいが丁度いい。

  

 

 

 

 

 夢を見る。

 酒を飲む夢だ。だが、ただ飲むわけではない。

 

 いわゆる飲み比べ。いくらでも飲める代わりに相手が飲むのを止めるまで終わらない単純な勝負。

 そして、どういった経緯でこうなったのかよく分からないまま、私は私は何度も盃に注がれる酒を飲み干し続けていた。きっとこれが夢だから、そんなことはどうでもよかった。私はただ一心に酒を飲み続けていた。

 

 

 しかし不思議なことにその盃に注がれる酒が無くならない。注いでる瓢箪が一向に空になる様子をみせないのだ。まるで無尽蔵に湧き出てくるかのようだ。それもある意味夢らしいといえば夢らしい理不尽さだった。

 

 盃を空けること数十回。もう数えることを辞めたほど飲んでいる。それは勝負している向こうも同じ。まだ飲み続けているはずだ。相手ながらよくもまあ潰れずにいられるものだ。

 だが、私とて酒に取り憑かれた人種。元よりそうそう簡単には酔いつぶれたりはしない。幾度となく酒を胃に納め、喉を潤し、この舌で味わってきた。

 

 そして、今の私はそれほど飲んでいるというのにも関わらず、未だに喉が渇いていた。さらに飲みたい。もっと飲みたい。私に酒を、さらに酒を。浴びるほどじゃ物足りない。溺れ、息が詰まってしまいそうなほどの酒を。

 

 そう思いながらまた杯を空ける。まただ。ま足りない。そうして不満を募らせてゆく。いくら飲もうと、一滴として未だに私の喉を潤すことがなかった。

 きっと、それはこれが夢だからなのだろう。そうに違いない。

 

 

 だが、夢だろうとなんだろうと勝負は勝負。たとえ私はこんな状態でなかったとしても、真っ向から行くだろう。そうだ。………こんなところで負けるものか。こんな相手に負けてたまるか。そう思いながらまた漆器の盃に口を付け――――。

 

 

 

「――ええええええええっ!?」

 

 

 

 夢はそこで途切れ、酔いどれの頭にはなかなかに刺激的な朝を迎えた。家を震わすような甲高い声はもちろん私ではない。起きたと同時に大声をあげ、その声で起きるなんていう奇っ怪な起き方はしたことがない。

 

 ならさっきの声はなんだったんだ。地震でも起きたか雷でも落ちたかついにこの世の終わりか世界の破滅か。酒さえ飲めれば私はそれでも一向に構わん。

 

 

(…それは流石に言いすぎか)

 

 

 出来ればつまみも欲しいし、酒の肴にもなるおかしな話とか物とか、そういった何かがなければそれはそれでつまらなそうだ。ということでこの世の終わりも世界の破滅も却下。

 

 そんなことよりも起きなければまずいのではないのだろうか。いくらなんでもあんな大声をあげるなんてよっぽどだ。しかも聞こえてきたのは自分のすぐ真横。他人事ではない。

 

 

 ひとまず体を起こして、閉じていた目をゆっくりと開ける。いつもは見えない朝日が着物の上に指していて、思わずくぁっとあくびををしてしまった。だが同時に冬の冷たく澄んでいる空気が入ってきて、湧いてきた眠気もそれなりに収まってくれた。

 

 いつもよりはるかに早い朝だ。いつもといっても非番のときのことだけど。

 

 非番の場合、こんな時間に起きることはまずない。私がこの時間に起きなければこなせないような私用はまず作らないからだ。同時にこんな朝早くに私自身が大体起きれないためこの時間に用事を作れないとも言えるがそれは脇に置いておく。

 そんなことはさておき、まずは壁際で難しい顔をしている絶叫娘をどうするか、か。

 

 

 

「……ええと、おはよう?ってところかな」

「お、おはよう……?」

「そうだよ、目を覚ましたら誰かに伝える挨拶。なにかおかしなこと言った?」

「いや……、いやいやいやいやいやいや。ちょっと待ってそこじゃないけど色々とおかしいでしょ!? なんでそんな冷静に挨拶なんだ!? わたしたちお互いに顔見知りでもないじゃないか!」

「顔見知り?冷静って、なにかそんなに慌てるようなことあった?」

「いや、だって、ほら、い、一緒に……ね、寝てたし」

 

 

 

 彼女はモニョモニョと顔を下に向けて指先を弄っている。なんかかわいい。

 まあ、なんて言ったのかよく聞こえなかったのだけど、とにかく受け答えが出来る程度には元気になったようでよかった。正直、酔った勢いで同じ被せた着物の中に潜り込んだけれど、私が寝るときになってもまだ彼女の体があまりにも冷たくて、せっかくの酔いが醒めてしまいそうな程だったし。

 

 

 

「よく分からないけど、とりあえず生きてて良かったよ。君、昨日の夜まで雪みたいに冷たくなったまま目を覚まさなかったから」

「え? そうなのか?」

「ん? そうだよ。こんな季節の道端にあんな格好で気絶していたら当然でしょうよ。正直死んでるとすら思ってたぐらいだし」

「あんな格好? 道端で気絶?」

「……まさか何も覚えていないの?」

 

 

 

 その言葉に首を縦に振ると、彼女はまた俯いてしまった。

 

 どうしたもんかなあ。単なる行き倒れとか迷子とかならそこそこに世話をしながら里親を捜そうかと思っていたんだけど、これじゃあ里親どころか代わりの保護者を探すことすら出来るかどうか……。

 

 

 元々、家に運んだ時点ですでに両親、または代わりとなる保護者が見つかるまでは自分で世話するつもりだった。しかし、それが記憶喪失ともなれば話は別。 里親の元へ返すことは本人が何も覚えていない以上おそらく絶望的だろうし、同様に代わりの保護者というのも彼女あるいは彼女の親と親しい関係や血のつながりのある人たちが分からないためまず見つからないと考えるべきだ。

 

 そしてこんなご時世だ。どこから来たかも分からないような小娘をずっと育てるつもりで引き取ってくれる人などいたほうが驚きだ。まず見つからないだろう。

 ……ま、仕方ないかあ。

 

 

 

「じゃあさ、名前とか、年齢とか、なんでもいいから覚えていることってない? どんなに些細なことでも構わないから」

「自分が誰かぐらいは覚えてるよ。わたしの名前は萃香。それは自信持って言える。でもそれ以外は……、ごめん、よく分かんない」

「なら萃香。君はこれから一体どうしたい?」

「これから……、これからって?」

「その言葉のとおりだよ。萃香はこうして目を覚まして、動けるようになって、次にどうしたいと思った?」

「分からない……。今のところ、なんにもない」

 

 

 

 うん、そうだろうなと思った。というか、それ以外の答えが返ってきたらどうしようかと思ったけど、しっかりこっちの誘導に乗ってくれたみたい。ひとまず、ひねくれた子じゃないようで一安心。

 

 ならもう私がすることは簡単だ。毒を食らわば皿まで。乗りかかった船が泥船だろうとなんだろうと1度でもこうして漕ぎ出したからには彼女のためにも目的地に到るまで操り切るのが筋だろう。

 

 

 

「そっか。じゃあさ、1つ提案をしてもいい?」

「なに?」

「一緒に暮らしてみない? 君と私、二人でここでさ」

 

 

 

 





大晦日です。一年間お疲れ様でした。


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