「暮らす……って? あんたと? 二人で?」
「そう。……萃香はどうかな?」
「……どうもこうもないでしょ? わたしにはそれ以外に道はないし、受け入れるべきなんだと思う」
すまし顔でそう返す。同時に頭の中では天秤にかけられた両皿がゆらゆらと揺れていた。
考え方によってはそれがある意味最良かも知れない。言われた瞬間はただただ驚くだけだったけど、着るものはともかく食べ物と住むところはこの場で確保できるわけだし。
わたしの反応が考えていた以上に好感触だったのが嬉しかったのか、食い気味にそいつは話し続けようとした。
「本当? なら――」
「でもちょっと待って。こう言っちゃなんだけど、もしも一緒に住んだとして、明日の夜にでもあんたに寝首をかかれて殺されたりしたら、わたしはどうしたらいいんだ? せっかくあんたに拾ってもらった命だけど、そうなったらわたしはあんたを怨んでも怨みきれないよ」
「そんなこと言われたって、私が君を殺してもなんの利益もないんだけど……」
「もちろん、そんなことはわかってるさ、その通りだと思う。あんたが損得で考えるようなら、私をこうして連れ帰ることに意味なんてないんだからさ。
でも、わたしはあんたのことをよく知らないし、実はわたしが気がつかないだけでそういう得することがあるのかもしれないとも考えちゃう。ひょっとしたら、今の言葉だって嘘なんじゃないかって思ってしまうんだ。
単にわたしが疑り深いのかもしれないけど、いくら助けた恩人とはいえ、まだ会って数分なんだ。生まれたての動物じゃあるまいし、あんたの言うこと為すことなにもかもを信じろっていう方が無理だよ。ただでさえ物騒なんだし」
その言葉を聞いて、腑に落ちる点があったのかそいつはまた腕を組み、悩み始めた。
わたしが即断即決できないのもそこなのだ。確かにここに住み込むことは良い手かもしれないが、そう簡単に選べるものでもない。ほかの村を探しに行くなら空家でもなんでもいいが、とにかく一人きりになれる場所を確保できる。けれど、ここに住むとなるとそうもいかない。同じ屋根の下に住むわけだから、それこそ相手に何をされるかわかったものではない。
もちろん、何かあってもどうにかできるだろうとは思っているが、一緒に住むとなると話は別だ。言葉を選ぼうともきつい言葉になってしまうのは分かっている。それでも、そう思わずにはいられないし、助けてくれた恩人相手だからこそ余計なものは含みたくなかった。
しばらくして、そいつが何か思いついたかのように顔を急に上げると、立ち上がってこちらに近づき、小指を突き立てた状態で手を出して言った。
「じゃあさ、こういうのはどうかな?」
「ん? 小指?」
「そう。指きりげんまん、って知らない?」
「いや、知っているけど……、それがなに?」
「だから約束。私は萃香に嘘をついたりなんかしないっていう約束。これが証拠。……だめかな?」
「……はあ?」
妙案!と言わんばかりに自信満々に提案した割に冷めているわたしを見てだんだん不安になったらしい。こちらを伺うようにして訊いてくる姿はなんとも情けなく見えた。
呆れた、というか何言ってるんだこいつ?指きりげんまんで約束したから嘘は付きませんてこと?
初めから、というかわたしを拾ったという話を聞いてからずっと思っていたけれど、やっぱりわたしとは違った意味で頭がおかしいと思う。そんなので信じてもらえると思っているあたりに呆れるしかない。
思いっきり見下すように突き放して言った。
「なあ、あんたってひょっとしなくても馬鹿ってやつなのか?」
「そ、そんなことはない。確かにちょっとばかし考えることは苦手だが、馬鹿になったつもりはないぞ。うん、たぶん」
「どうだか、怪しいもんだ」
「あ、あははー……」
頭が痛い。そこで反論できない程度には自覚があるということだろうか。そういう意味では救いようはあるのかもしれない。わたしにはもう関係ないが。
そいつは笑顔のまま、居心地悪そうにどこかを見上げながら首筋を掻いていた。
……もういい、十分だ。これで最後にしよう。
「……じゃあさ、なんであんたはわたしのことをを助けたんだ? こんな小娘が1人で道端で倒れていても、あんたが見捨てたところでなにも損はしないだろ? どうしてなんだ?」
「え、あー…、確かにね。それはそうなんだけど…」
焦らすような物言いにイライラしたがここは我慢だ、短気は損気っていうし。疑わしい相手でもあるからこそしっかりと答えは聞きたい。
少しして、彼女は諦めたように頭を大きく横に振ると、言葉を探っていくように話し始めた。
「ん~……、簡単に言えば自分のためかな」
「自分のため?」
「そう、自分のため。……最初言ったとおり、初めは生きてるなんて思ってなかったから、君を埋めようと思ってたんだ。こんな綺麗なままの骸を晒し続けたまま放っておくのはかわいそうだって思ったから。何もせず見て見ぬふりをして自分を嫌いたくないっていう自己愛と安っぽい同情だよ、こんなご時世にも関わらずね。いや、こんなご時世だからかもしれない」
「…………」
「ともかく、本当に、それだけ。悪いけど、助けた理由なんて偶然に偶然が重なっただけなんだ。私は萃香が考えてるほどきっと良い人じゃないし、悪い人でもない。中途半端な人なんだよ。
きっと萃香が目を背けたくなるようなほど無残に死んでいたなら、私はそもそも関わろうとすらしなかっただろうし、かといって、見つけたときに萃香の生死に関わらず絶対に救おうと思って動いたわけでもない。どっちつかずなんだ。
それでも、生きてる萃香は見捨てられなかった。死の淵にいたようだけど、必死に生きようとしてた萃香をほうっておけなかった。
だから助けたんだ。たったそれだけなんだよ」
「……なにそれ」
「…………やっぱり信じられない?」
「そりゃね。結局、理由になってないし」
「うっ……」
今度は目をそらすでも首筋を掻くでもなく、普通に俯いて落ち込んでいた。さすがに堪えたらしい。情けないといえば、情けない姿にも見える。
なんだか馬鹿らしくなってきて、わたしは腰を持ち上げると、自分のきていた服を取りに行った。
なんだってこんなのに引っかかったのかなー。馬鹿だし阿呆だし安直だし無茶苦茶なやつにさ。運が悪いというべきか、前世の業というべきか……。ま、引っかかっちゃったてことは変わんないのが困りどころなんだけどさ。
ホント困ったもんだよ。
「でも、あんたのその包み隠さない能天気さは認めるよ。わたしはそれを信用することにする」
コイツに対しても、それを信じようと思っちゃった自分にもさ。
予想外の返答だったのか、それとも単純に聞こえてなかっただけなのか。そいつはしばらく1人でブツブツと言っていたが、すぐに聞き返してきた。
「そりゃそうだよねー、自分だってよくわかっていないことを他人にわかってもらおうっていうこと自体がもう甘いもんねー。そんなんで納得してくれるわけがないよねー。…………って、今なんて言った?」
「信用するって言ったのさ。あんたのことを」
「それ、本当?」
「……あんたがわたしを疑ってどうするのさ」
「それもそうか、ごめん。それじゃ」
「それじゃ……、ってなに?これ」
「え、小指だけど?」
「小指出してどうするのさ」
「指きりげんまんをするんだよ」
「するんだよ……って本気で言ってたの!?」
冗談ではなかったらしい。というかわたしが信じるといってるんだからしなくたっていいんじゃないのか?今更いらないと思うんだけど……。
ただそいつはそれを譲る気は全くないらしく、首をかしげながらわたしに言った。
「え? むしろ本気じゃなかったの?」
「なんでそんな不思議そうな顔をしてるのさ!!だって、普通……。ああ、もう、わかった。すればいんだろすればっ!」
「うん、しよう。じゃあ小指出して」
「ゆーびきーりげーんまん、うそつーいたらはーりせんぼんのーます、ゆーびきった……」
恥ずかしい。どうしてとかなんでとかじゃなくてとにかく恥ずかしい。誰かが見ているわけでも、これのせいで何かが変わるわけでもないのだが、なぜかこそばゆい感じがした。
体の奥のほうがあったかくなるような感覚を誤魔化すかのように、わたしは早口で言った。
「……これからよろしく」
「うん、よろしくね。萃香」
「ところでさ、いい加減教えてくれない?」
「ん?なにを?」
「あんたの名前だよ、名前。わたしはまだあんたの名前すら知らないんだ」
そう。いい加減こいつだとかそいつだとか言うのはわかりづらくてたまらない。わたしの名前を聴きながらこいつはこいつ自身の名前をまったく言わないのだ。
そいつはとぼけたようにしていたがこいつの場合は
これが標準なのだろう。すぐに真顔になってからまた首をかしげた。
「あれ?まだ私名乗ってなかったっけ?」
「うん。してない」
「そっか、じゃあ、改めて。私の名前は今柄。これからよろしくね、萃香」
本当にふざけたやつだ……。でもあの約束は信じてもいいかもしれない。
それがこいつ、いや今柄との最初の約束だった。
タイトルが好き勝手付けられるのって楽しいですね()