「さて、ひと段落しところでどうしようか?」
「どうしようかってなに? 別に普通にしてればいいじゃん」
「いや、そういうことじゃなくてさ」
久方ぶりの休日。普通という言葉を聞いて少しだけ邪な考えが頭をよぎった。確かに普段通りだらだらとと酒を飲んで過ごすというのも魅力的だ。幸い、家には酒の貯蔵がまだある。萃香と適当に喋りながら、一杯というのも乙だろう。
しかし、これは悲しいことにそのために取った休暇ではない。萃香のことでいろいろとごたついたものの、今日のうちにやるべきことしっかりとやっておきたかった。
……あんまりだらしない姿はまだ見せたくないし、立派とまでは言わなくても、それなりに張りたい意地だって私にだってあるからね。
だから問題は私がやるべきことをしている間に萃香をどうするか、か……。
「まあ、訊けばいいか。萃香。とりあえずこの後、私は山に行くつもりなんだけど、どうする? 萃香も一緒に来る?」
「行くよ。何しに行くか知らないけど、家にいたって何もすることなんかないし」
「まあね。一人でお留守番ってことになるからねー」
「そういうこと。じゃあさっさと外に出よう。こんな狭いところにいたら息が詰まりそうだ」
「狭いところで悪かったね……」
「しかも、埃っぽいしね。体に悪そう」
「あれ!?慰めもなし!?」
小声で言ったのに、わざわざ拾って追い打ちをかけてくる御仁だったでござる。さらっと毒を吐いた萃香にため息混じりで愚痴ったら、容赦なくまた毒を吐かれて私はもう瀕死寸前ですよ。
「遠慮はしない性質なんだよ。馬鹿なこと言ってないで早く着替えれば。先にわたしが外に出とくから」
「え?なんで着替えるのに萃香が外に出る必要があるの?」
「……あ、当たり前だろ!んなこと訊くなアホッ!」
「…………?」
赤面した萃香はそれだけ叫ぶと本当に外に出ていってしまった。
確かに今は寝巻きなので、外に出るには着替える必要があるのは事実なのだが、どうして着替えるだけで萃香が出ていかなければならないのか、それがよくわからなかった。寒いのに。
きっと私なんかが頭をひねったところでわからないことなんだろうなー。ならそれよりも早く着替えてしまおうかな。あの様子だと無理に中へと入れるよりも、私が折れたほうがいいだろう。
ちなみにその後、萃香が着替え始めた時に部屋にいたら喚き散らされながら外に放り出されたことは忘れない。
なぜかって?そりゃ、そのときの萃香の顔がめちゃくちゃかわいかっ(ry
⇔
「んで、ここに来て一体何するの?」
「萃香の歓迎宴のための食材集め」
その言葉を聞いた萃香は思い当たるフシがないのか、顔をしかめながら、首をひねっている。
家を出てからしばらくして、寒さに震えながら歩き続けた後、近くの山の麓についた二人はそんなことを話していた。
確かにこんな季節に食材なんてあんのかって感じだよねー。実際、野菜関連はほとんどないしさ。ここらへんの山菜は結構質が良くて美味しいから、是非ともたくさん食べてもらいたいんだけど……難しいかな。残念ながら、量を求めるのは望むべくもないってところかね。
「食材って言ったってこんな寒いところに食いもんなんてあるの?なんにも採れそうにないけど」
「まあまあ、しっかり準備はしてあるからそう心配なさんな」
「たぶんあんたじゃなければ心配なんてしないで済むんだけどねー」
「どういう意味だよ、まったく……」
「アハハッ」
カラカラと笑う萃香は本当に楽しそうだ。内心、微笑ましく思いながらも外面では呆れたかのようにため息を吐き、山の奥へと入っていった。
⇔
「ということで,ごとーちゃくっと」
「なるほど、罠ね」
「ま、そゆこと。これなら萃香の言うとおりこんな寒い季節に山菜なんか採れる理由ないしねえ」
「だから、獣狩ろうってことか」
「そうそう、しかも、こんな時期の獣なんてたいがい飢えてて危なっかしいったらありゃしないから。安全に、確実にしようと知恵を絞るわけさ、非力な人間は」
そう言いながら、罠の周りを歩き回り、おかしなところや傷んでいるところがないか確認していった。この罠は鍵となる大きな板と、それを落とすきっかけとなる柱が大切だ。その規模だけにたまに大物も捕れるので調整も念入りに行っていく。
そんなわたしの様子を見た萃香は感心したように、頷いていた。あんまりにも素直に驚いているようだったからすこし嬉しくなって調子づいて言葉を続ける。
「なるほどねー……、今柄がそんな知恵を持ってるとは思わなかったよ」
「人は見かけによらぬもの。色々とあるのさ、私にも」
「ふーん……」
⇔
黙々と歩いてきたあと、足を止め、今まで獲ってきた獲物を下ろしてから、周りの様子を伺い、罠の方を覗き込んだ。
今度は動くものはない。
「ん~……何もいないかあ……。となると、もう帰りますかね」
「ってことはこれで最後?」
「そ、一応他にも仕掛けはあるけど流石にこれ以上はなにかかかっていても持って帰れないからね」
「え、まだあるの?」
「まあね」
上に乗せておいた枝と雪で出来た偽装をどかす。中を覗き込むと数本の尖った杭が上を向いた状態で置かれていた。
もちろんそこに動物の姿はなかった。偽装もなにもまったく変わっていなかった時点でだいたい予想ついていたことではある。すでに十分な量は取れているし、特別悲観するようなことではない。
私は枝のしなり具合や周囲の雪の感じを確かめて、再度穴の上にこしらえる偽装の施し始めた。
「備えあれば憂いなし、ってやつだよ。蓄えもなくなって、冬に一人寂しく飢え死にしましたー、なんてなったら死ぬ間際に笑うに笑えないでしょ?」
「笑えないのは本人だけで、他人から見たら笑いもんだけどね」
「言わないでよそういうこと……、ともかく今日はここで終わり」
「ふーん、じゃあ帰り道はそれ持つよ」
「それって、この今まで獲ってきたやつ? かなり重いよ?」
「まあ、持ってみればわかるって」
それだけ言うと萃香はくくられた紐に手をかける。グイグイと紐の締まり具合と重さを確かめていた。
萃香の体はどう見ても子供のそれだ。引きずるとまでは言わないものの、かなり不格好な形で持つことになると私は思っていた。
しかし、萃香はその大きさがどう見ても抱えて持つには難しいと判断すると一気に頭上に持ち上げ、片手で背負い込んでいた。
「おおー、萃香持てるの? それ」
「割と。けっこう軽いんだなって感じかな」
「あ、っそう……。じゃあさ、悪いんだけどこのまま先に帰っててくれないかな?私、他の仕掛けも念のため確認しに行ってくるから」
「別に分かれる必要はないんじゃない? わたしも付いてくよ」
「んー、でも、もう暗くなるし、出来れば部屋を暖めておいて欲しいかな。寒い部屋は萃香も嫌でしょ?火のつけ方はわかる?」
「たぶん、なんとかなると思う。それなら、えーっと、帰り道って……?」
「ああ、そっか。萃香にはわからないか。迷わないように木の幹に目印を付けてあるから、それを辿っていって。目印はこんな感じのやつ」
「りょうかい。それじゃ、お先」
「うん。気をつけてねー」
離れていく小さな背中が消えていくまでに手を振り、木々の先に消えていったあたりで腕を下ろす。
さってとー。とりあえず萃香も遠ざけられたし、もうそろそいっか。
「しつこいよ、君。ひょっとしなくても私のことうらんでる?」
不定期更新って言葉と何か縁がある気がします。自己管理能力がない(; ^ω^)