今は昔   作:何某

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7話:若気の至りに悶え死ぬ。

 

 

 

 萃香が立ち去った後、今柄は周囲に向かって言った。

 

 

 

「しつこいよ、君。ひょっとして私のこと恨んでるの?」

「独り言にしてはずいぶんと大きな声ですね」

「そりゃそうさ、あんたに向かって言ってるんだから。それに、なんだってこんなに追いかけてくるの知りたいしね」

「その答えはあなた自身がすでに言ってますよ」

「なに?ホントに怨恨ってこと?恨むほどのことだった?あれ」

「別に恨みとまで言うつもりはないんですけどねえ。さすがに天狗ともあろうものがやられたままそのままなんてのは気に入らないんですよ」

 

 

 

 がさりと音を立て、頭上の木の上から降りてきたのは見たことのある顔だった。だが勘違いしないで欲しいのは、そいつが旧知の仲だとか、竹馬の友だとかそういうことじゃなくて、昨日あったばかりで、切羽詰っている時にわざわざ邪魔してきたやつだからというだけだ。

 当然だが、今のところの印象は最悪である。

 ……くっだらないなあ。そんなことでずっとつけ回してたのか。萃香も一緒にいたし、いろいろと気が気じゃなかったんだけど、変なこと考えていた私がバカみたいだ。

 

 

 

「やれやれ……、呆れた。そういうのを恨みって言うんじゃない? くだらない矜持で拾った命をいちいち捨ててたら身が持たないよ?」

「うるさいですね。人間ごときにそんなことを言われる筋合いはないです。それに負けたことを言いふらされたりしてほかのやつらに聞かれたらなんて言われるか……」

「そもそも言いふらすつもりなんてないし、君のそんな都合私は知ったこっちゃない。……とはいえ昨日は急いでたし、見逃したけど、これ以上私たちに付きまとうって言うなら容赦はしないよ?」

「上等です! 昨日のことはなにかの間違いだったってことを教えてあげますよ!」

 

 

 

 そんな天狗のやる気の高さとは対照的に今柄は両腕を下げ切ったまま、半眼でその様子を見ていた。

 昨日も思ったけど、威勢はいいよねー。元気なのはいいことだけどさー。他所でやってくんないかな、ホント。

 天狗の特性か、あの娘の特性かわからないが、どうやら風が吹いたとき、または流れた時にそれを意図的に手を加えることができるらしい。なんと恐ろしき力である事か南無南無。

 さて、そんなトンデモ能力を持っている相手に対して舐めきった態度をとっているわけだが、私だってそこまでちゃらんぽらんじゃないし、もちろんれっきとした理由がある。これも昨日の話になってしまうのだが、あの時出会ってからいろいろと行っている間に明確な力量差というものをこちら側が把握してしまっちゃってるってこと。

 例えば、こうしている間もあの天狗は私に攻撃を仕掛けている。羽で風を起こした後、お得意の能力で礫や枝を操り飛ばしてくる。しかし、油断ならない相手なのは間違いないが、如何せん、その手の小ささ故に一気に相手に致命傷を与えるともなると、必然的に狙いが限られてしまう。

 ともなれば、私がそういった類のものは特に注意を払うのは当たり前だ。危険なことは明白であるから。しかし、この天狗にはそれがまったくわかっていない。わかっていないことがそれだけならまだしも、この天狗には駆け引きというものすらもなかった。

 

 

 

「ふっ、ほっ、はっ、と」

「ええい、ちょこまかと!」

 

 

 

 今日は昨日とは違い、なにか持ってきたらしく、葉で作られた団扇のようなものを携えていた。しかも、どうやらそれは強力な風を起こすことができるらしく、前回に比べて格段に飛ばしてくるものは速くなっている。風切り音すら聞こえるほどの速さだ。初めて目にしたものはきっと恐れおののきあっという間にあの世行きになるに違いない。

 ……とはいえ、ねえ。巻き上げて散らしたものを除いて、この天狗が操って当ててきてるものは全部昨日と同じ、急所にしか狙ってきてないんだよねえ。

 相も変わらず。とにかく戦いにおける経験というものが圧倒的に足りていないのはもう昨日の時点で分かってしまっていることだったのだ。加えて、圧倒的力量差がないともなれば、こうして生死がかかった場面で私の死にあの天狗の指が届くことは間違いなくない。馬鹿にしているわけではないが、そんな調子で意気込んで来られたところで、肩に力を入れるわけがなかった。

 しまりなく、ただのらりくらり避け続ける私に対して、苛立ちを隠さぬまま風を巻き起こし続ける天狗。 そんなことをしばらく続けていると、思わず本音がこぼれる。

 

 

 

「……ねえ? 本気でやってる?」

「う、うっさいです!」

「まったく……」

 

 

 

 その言葉が相当堪えたのか、先ほど以上に闇雲に撒き散らしてくるものの狙いは変わらず。必然的に動きも少なく済ませてしまう。

 あー、怖い怖い。けど、本人は無自覚にそこだけ狙ってるみたい。……なら、これ以上付き合う必要もないかな。私だっていつまでも動いてれば疲れるし。

 眉間にしわを寄せ、目を凝らして見極める。腰に下げた刀を抜き放ち、自分を狙ってくるものだけを刃で弾き飛ばし始めた。

 初めこそ偶然だとでも思っていたのか、天狗は驚きこそしていたものの押しを強くした上で攻め続けていたが、一向に私が崩れる様子も、焦る様子すらもないと分かると、次第に頬を引きつらせながら青ざめ始めていた。

 これ以上、この攻勢が激しくなることはないとわかり、当てることに慣れてきたところで飛んできた大きめの石ころを打ち返した。

 場所は狙い通り、その天狗の眉間へ一直線。

 

 

 

「うわっ!?」

「っと! ほいっ」

 

 

 

 さすがは天狗といったところか、驚きながらも目前にまで迫った石をなんとか避ける。しかし、そのせいか操っていた風が乱れ、私の方を狙っていた木片たちが不規則に動き回ってしまった。

 それをひとつ残らず叩き落とすと、刀をしまう。佇まいを直すと、目の前には腰を抜かし呆然とする天狗がいた。何が起きたのかすら分かっていないのか、私が歩いて近づいても身じろぎ一つしない。心配になり、声をかけてみた。

 

 

 

「おーい、大丈夫?」

「……はっ!」

「せっかくの力なのにそれじゃあ宝の持ち腐れだよ、まあ昨日も思っていたことだけどさ」

「~~~~ッ!! こっの!!」

「お?」

 

 

 

 顔を真っ赤にして急に立ち上がったかと思うと、一気にこちらのほうへと近づいてきた。どうやら、この天狗、本人の移動速度もかなり速いようだ。

 元々、それほど遠い距離ではない。走れば十数歩でたどり着いてしまうほど近づいていた。両者の距離が消え去ったのは刹那ほどの時間もない。

 めずらしく表情を崩した私を見て気分を良くしたのか、その天狗は得意げに笑うと威勢良く叫んだ。 

 

 

 

「この距離なら逃げられませんよ!」

「そりゃこっちのセリフだって」

「え? ひゃあっ!」

 

 

 

 当然だが、刀を平然と下げているような人物が、飛んでくる小さな動体を弾き飛ばすことに特化しているわけもない。今柄もその例に漏れるような奇人変人ではなかった。

 何を勘違いしてるのかねー、この娘は。さっきの曲芸みたいなのを得意にしてるわけじゃないのよ、別にさ。

 天狗自慢の速さもこれだけ近くてはあまり意味はない。相手が足掻くまもなく足払いを決めて、馬乗りになってからその首元に刀をかざした。

 

 

 

「はい、詰み」

「…………」

「せっかくのその奇っ怪な能力だってもったいない、君がそんなんじゃね」

「…………あなたに言われる筋合いはないです」

「ふ~ん……、そういう態度なんだ」

 

 

 

 まだまだ元気みたいだね。こういう手合いはさっさと殺しちゃうのがいいんだけど、ここまで差がある相手にそれじゃ気分悪いし……。

 実際、必死に強がっているのか天狗はこちらを睨みつけるているが、微妙に口元は震えているし、よく見ると目も微妙に涙目だ。このまま首を飛ばしてしまうのもすこしいたたまれない。

 しょうがないなあ。こういうことは苦手なんだけど、あんまり引っ付かれるのも面倒だしね。やるしかないかな。

 喉元にかざしていた刀をひと思いに天狗の首元スレスレに突き刺した。本当に振り下ろされるとは思っていなかったのか、天狗はか細い声を上ずらせながらしゃくり上げるような怯え声を上げた。

 

 

 

「天狗さん、天狗さん。人間ごときの分際ですが、おせっかいな親切心がてら、ほんの少しだけ教えてあげましょう」

「な、なにを突然……。あなたか教わる事なんてなにも……」

 

 

 

 一度、突き刺した刀をわざとらしく大きく引き抜き、引き際に首筋を浅く切る。紅い道筋を描きながら滴る血により現実的な死の想像を感じ、恐怖したのか、その天狗は言いかけた言葉を半ばで途切れてさせてしまった。

 その間に私は引き抜いた刀を馬乗りのまま構え直す。今度は首ではなく眉間。細い首ではなく、首と同様、貫けば死に、なおかつ大きな的となる頭に狙いを定め、刃を掲げた。

 凶刃は雪の反射光を受けて、艶かしくも冷たく、そして縊殺するかのように、ゆるやかに死の存在感を振り撒き続ける。

 今までとは明らかに異なる声音で語りかけた。

 

 

 

「喧嘩を売るときは相手を見ましょう。本気を見せるときは自尊を捨てましょう。

でないと、こういう死にたくなるほど恥ずかしいことになるんだよ?人間ごときに負けた哀れな天狗さん?」

「…………ッ!」

「今度は、外さないからね?」

 

 

 

 私はゆっくりと右腕を引き絞り、わざとらしく刀を引き上げた。それを見た天狗は真っ赤にした顔を真っ青にして、私を押しのけてからあっという間にあさっての方向に飛び去ってしまった。

 ……っとと。ま、いっか。あれだけ言えばしばらくは来ないでしょ。たぶん。

 体についた雪を振り払い、立ち上がると空は一面真っ黒になっていた。空が低い。この様子だとまた雪が降り始めるのかもしれない。

 そう思うと急に寒くなってきた気がして、くしゃみが出た。軽く身震いをして一人愚痴る。

 

 

 

「うー、寒いな。さっさと帰って下ごしらえしないと……」

 

 

 

 慣れてないことしたせいか、肩が凝ったなあ。こじんまりとした宴でもしたら、こっそり萃香が寝てから酒でも飲んでのんびりしようかねえ。

 木についた目印と、足元に残っている萃香の足跡を確認しながら足早に下山した。

 

 

 

 

 

 






 世間様ではどうやら今日はセンター試験らしいですね。受験生の皆さん、お疲れ様です。


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