今は昔   作:何某

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8話【side萃香】:あややがあややであやややや(ry

 

 

 

「……暇だねえ」

 

 

 

 今柄の出て行った扉の方を見ながら萃香はそうぼやいた。

 今日からまた仕事があるとかなんとか言いながら今朝がたに慌ただしく家を出ていってしまった。昨日とは違い、その仕事があるために一日中家にいることは出来ないらしい。南無三。

 かく言うわたしはもちろんお留守番である。

 

 

 

「当たり前っちゃあ当たり前なんだけど、こうして実感してみるとなかなか耐え難いもんだ」

 

 

 

 お留守番なことに特段なにか文句がある訳ではない。元々わたしは拾われの身なわけだし、家主がそういうなら反対するつもりもない。

 しかしこのヒマを持て余すようなこの時間に堪えることが萃香にとっては苦痛だった。

 

 今柄が農民かなにかなら、小さなわたしでもなにか出来ることがあっただろうけど、朝の出かける時の様子を見ると、どうやら今柄はそういったことをしている訳ではないようだ。もしかしたら、今の今柄の仕事でも手伝えることがあるかもしれないけど、そもそも何をしているかすら分かっていないから今日はまず無理。とはいえわたし一人でなにか出来るかと言えばすぐに思い付くようなことなどなにも無い。

 結局、萃香はやれることも、やるべきことも分からないし、なにも実行出来ない状態だった。

 何度目かわからないようなため息とともに肩を落とす。それから大の字になって床に寝転がった。

 

 そりゃ忙しい身の今柄からしたら今のわたしはとてもうらやましいものなのだろうけど、わたしからしたら真逆。むしろ代わってほしいぐらいだ。どうやらわたしにはじっとしているよりも体を動かす方が性に合ってるみたい。

 思い切って、今柄の後をこっそりひっついていったほうがまだよかったかもしれない。こんなふうにイモムシみたいに寝っ転がっているよりも意地でも今柄の後を付いていった方がまだ良かったんじゃないか、と少し後悔していた。

 

 

 

「でもなあ……」

 

 

 

 今朝、今柄がバタバタしていたのは昨日の宴の片付けがあったからだ。本人が酔いつぶれていて、朝が来てもすぐに起きていなかったとしても、私を歓迎しようとした催し事の後始末が原因なわけである。今柄自身がしたくてしたことだとしても、朝方忙しくさせた責任の一端は私にあるのは間違いない。そういった負い目があるため、迷惑を増やすようなことはしたくなかった。

 

 あー、でも暇だ。暇なのは暇だと自覚するがゆえに自身が暇になるとしても、暇だということ自体を意識せずに暇つぶしをするには余りにも暇すぎるという暇人の思考。

…なんだか暇って言葉がよくわかんなくなってきた。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 大の字の状態から寝返りを打つとチラッと窓枠の下端に影が伸びていたような気がした。何かがそこで動いたような、そんな感じ。

 …元々暇だったし、何かあったら儲けもんでしょ。何もいなかったところで別に構いやしない。たぶんいると思うけど。

 

 

 

「そこにいるのは誰だ?」

「あ、あれ?」

 

 

 

 声を軽く張り上げると、壁の向こう側から素っ頓狂な声が聞こえてきた。これはありがたい、どうやら本当に儲けもんがいたようである。案外私の山勘も捨てたもんじゃないようで。

さてさて、特に罠を仕掛けたわけではないけど、引っかかった獲物はなんだろうね?

 少しだけ期待に胸を膨らませながら私が窓からヒョコっと下の方を覗いてみると、そこには家の壁面に体を預け、気まずそうにこちらを見上げる子がいた。

 

 

 

「おっかしいなあ…、今のに気づくなんて。伊達じゃないってことですかねえ…」

「他人の家の周りをうろついて、一体何がしたいの? あんた。それとも、なに? ここになにか驚くような事でもあった?」

「あ、いえ、この家自体に用があるわけじゃないんですが…」

「ふむ、じゃあ、どうしてこんなところに?悪いけど見ての通り大したもんは家に置いてないみたいだよ」

「みたい?それは一体どう言う…っと。今はそういうことじゃないですね。えーっと、あの男は……?」

「あの男って今柄のこと? 今は出かけていていないよ」

「そ、そうですか……」

 

 

 

 しかし、なんだか随分と落ち着きがない。そわそわしていると言うか居心地が悪そうというか、餌を目前に待てを食らっている犬(というより烏か?)みたいな………よくわからない。

 いつまでも窓枠につかまったまま話すのは疲れるので、窓枠を取り外して、そこから外へと出る。

 くるっと一回転しながら着地してみる。うん、いい調子。寝起きだけど思ったよりは体は元気みたいだね。

 

 

 

「それはそうとあんた、今柄のこと聞いてきたってことはあいつになにか用事があったんだろ? 言伝でいいなら預かるけど」

「ああ、いやいや。言伝なら結構です。用事もたった今あったような、なかったような」

 

 

 

 こちらから言い寄ってみると分かりやすいほど慌て始めた。身振り手振りで必死に伝えようとしているあたり口元がにやけそうになったが初対面なので自重する。

 んんー、あきらかにはぐらかそうとしてるなあ。露骨に目を逸らそうとするあたり根は素直な子なんだろうね。でも、せっかくこうして捕まえたんだからこっちとしては申し訳ないけどもう少し引っ張っていたいしなあ。まずは部屋にあげてしまうのが手っ取り早いかな。

 

 

 

「どっちなのさ、はっきりとしないな」

「ま、あんまりあなたが気にしなくてもいいことってことですよ」

「今この家にいるのは私だけで、あんたはこの家に訪ねてきたのに気にしなくてもいいわけないじゃん」

「言われてみるとそうですねえ」

「…よくわかんない奴だな、あんた」

 

 

 

 素直に思っていたことを吐露してしまった。この心と舌がほぼ直結している自分をどうにかしなくちゃなあ、と思う。しばらくはこのままでいいけども。

 それを聞いた彼女は一瞬こちらを向き、目を合わせてからすぐに俯き何やらボソボソと呟いていた。

 

 

 

「(あ…た……で……い……い……よ)」

「え? 今なにか言わなかった?」

「気のせいですよ」

「本当?何も言ってない?」

「いいえ、なにも」

 

 

 

 怪しいなあ。明らかに首の周りの筋肉が動いていたから、口を動かしたのは間違いないと思うんだけど。

 胡散臭そうに見つめる私を宥めるように彼女は念を押し、そして、立ち上がって逃げるように立ち去ろうとした。

 

 

 

「大丈夫、言ってませんよ。まあいないというなら今日のところは帰らせていもらいます。それでは……」

「っと、ちょっと待った」

 

 

 

 そういうわけにはいかないんだって、私だって暇なんだ。そう簡単に引き下がれるか。

 今に飛ぼうと腰をかがめる彼女の羽を掴む。ふわふわとした毛並みとは対照的に、羽の多くは筋肉で覆われているらしく、力んで熱く硬くなった感触が指先から伝わった。

 相当予想外だったのか、一瞬エビ反りになってから彼女は顔を真っ赤にして抗議する。

 

 

 

「あやややや!? い、痛いですよ!」

「ああ、ごめんごめん。悪気はなかったんだけど掴みやすかったもんで」

「うー……、なんだって言うんですかあ。もう、私は用なんてないって言いましたよね」

「それはもう聞いた。そうじゃなくて、ちょっと付き合ってよ。私の暇つぶしに」

「ひ、暇つぶしですか? 私、まだ死にたくないんですけど……」

「なに言ってるんだ?単なる世間話をしてもらいたいだけさ。こんなか弱い女の子相手になにを怯えてるの?」

「え、だって――」

 

 

 

 そこで口をつぐむと一呼吸入れ、何やら考え始めた。

 さっきからなんなんだ?どうしてこんなに怖がってるんだ?心当たりも何もないんだけど。家を訪ねたのと何か関係があるのかな。

 会話がぶつ切りになってしまったこともあって、わたしは何を考えているのか気になって仕方なかった。彼女が続きを話し始めるのを待ちきれず、こちらから切り出してみる。

 

 

 

「だって……なに? ひょっとしてて簡単に話せない事情でもあんの?」

「そうじゃないですけど……確かに話したら私にとって不都合になりそうな話ではありますね」

「それってさっき窓からこっそり覗いてたのと何か関係があるの?例えば、良からぬこと、とか」

「ち、違いますよ!それは誤解です!」

「本当?」

「もちろんですよっ!そんなのは否!断じて否ですっ!」

「わ、分かったから!近い!近いって!」

 

 

 

 聞き返したのが悪かったらしい。ひとまず、眼前にまで近づいてきた彼女の顔を後ろへと押しのける。

 そこまで言うからにはきっと本当なのだろう。嘘をついている様子もないし、間違いないんだろう。うん。

 しかし、そうだとするならばどうして入口からじゃなくて窓から覗き込んでたのか、とか、なんで見つかったら隠れたのか、とか他にも訊きたいことは山ほどあった。

 ………が、すぐにやめた。

 

 

 

「そう、なら深くは聞かないさ。じゃあ残念だけどやめとこうか」

「え?」

「だから、これ以上あんたのことについて訊くのも、引き止めるのもやめる」

「…はあ?」

 

 

 

 なんだか気にするだけ馬鹿らしい気がした。それに初対面の相手にそこまで根掘り葉掘り訊く必要はない。そこまで用心しなければならないような後ろめたいことも今のわたしにはなにもなかった。

 そう思うと不思議と執着する気持ちもなくなってくる、むしろあまり引き止め過ぎることに負い目すら感じ始めていた。

 

 

 

「帰り道には気をつけてねー」

「ずいぶんあっさり諦めるんですね」

「無理強いしたって仕方ないしね、そこまで性根が腐ってるわけでもない」

「そうですか…、では私もお暇させていただきましょうか」

 

 

 

 そこまで聞き届けてから部屋の方へと引き返す。

 さて、これからどうしようかな。家の中にこもりっきりもいやだが、今柄の帰ってくる時間も知らずに出かけてるのも心配かけそうで怖い。となるとすぐに帰って来れるようにするか、家の中でなにかしてるか。前者はまず無理、この家に帰るまでにかかる時間の目算もまだ付かないし、そもそも出かけたらここに帰ってくれるかすら怪しいから。となると後者だけど………家探し、とか?

 そこまで考えたところで彼女が未だに離れようとしないのに気がついた。

 はて、どうしたのだろうか。彼女があそこにいる理由はもうないはずだけど。

 

 

 

「どうかしたの?」

「いや、せっかくのお誘いですし。受けさせてもらいますよ。いろいろ話したいことも、話してもらいたいこともありますしね」

「え、本当!?」

「もちろん」

「ホントの本当?」

「冗談なんかじゃないですよ」

「ホントのホントの本当?」

「ホントのホントの本当ですよ。だって私があなたに嘘をついたことはまだ無いでしょう?」

「それもそっか…よっし! なら善は急げだ。さあ、中に入ったはいった!」

「へ、あ、ちょ、わ、分かりましたっ!入ります!入りますからっ、羽を引っ張らないでえええええぇぇぇぇぇ………」

 

 

 

 

 

 楽しみだなあ♪

 

 

 

 

 




雪は好きです。だが雨の混じった雪、テメーはダメだ。
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