「――ここが、その【アインズ・ウール・ゴウン】の本拠地か?」
「えぇ。報告ですと、その通りで御座います」
バハルス帝国、帝都アーウィンタール。
皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、その建物を見上げていた。
周囲の物とは特に変わらないその外観は、新しく塗装をし直したのか、綺麗な色使いをされている。
入り口の脇には小さな旗が立てられており、見たこともない紋章があしらわれていた。
「ふむ。今回ここに来ることは?」
「既に伝えております。時間も問題ありません」
傍らに居る秘書のロウネ・ヴァミリオンが、持っている書物を確認して言う。
四騎士の一人、“雷光”バジウッド・ペシュメルと、“激風”ニンブル・アーク・デイル・アノックが、口々に言った。
「んにしても、“ふぁみれす”だっけかぁ?レストランを開いてるんだってな」
「隣の建物では保育所を開いてるらしいですね。街中で噂ですよ、高い金を払わなくても勉強させて貰えるって」
そんな二人の言葉を聞きながら、ジルクニフは建物の扉に手を掛けた。
カラン、とベルの音が鳴ると、一人のメイドが恭しく頭を下げる。
その所作とメイドの美貌に、ジルクニフ以外の男連中は目を奪われた。
「いらっしゃいませ。【ふぁみりーれすとらん・マッシュヘッド】へようこそ。何名様で御座いますか?」
「……、ぁあ。すまない、連れが先に来ているはずだ」
「さようで御座いますか。お連れ様のお名前を伺っても?」
「ミラノだ」
「……。畏まりました。それでは、此方へとお越しください」
メイドに促されるがままに、ジルクニフ一行は入って左手の階段を上がる。
奥のドアにはめられたガラスの先をチラリと見ると、家族連れの子供が、サンドイッチを笑顔で頬張っていた。
「“ふぁみれす”とは、家族連れが気軽に楽しめるレストランと聞いたが、どうやらそのようだ」
「お褒め頂きありがとうございます。私共の主たる方々が考案されたシステムで御座います」
「安価で食えるって聞いたけど、そうなの?」
「えぇ。お客さま方からは、称賛のお言葉をよく掛けていただきます。私共も、安価で美味しく食べていただけたら幸いです」
「なるほど。……失礼、貴女のお名前を聞いても?」
「はい。リュミエールと申します」
その様なやり取りをしている間に、一つの部屋に着いた。部屋の扉を叩き、リュミエールが声をあげる。
「モモ様。皇帝御一行様がお着きになられました」
「えぇ。入ってもらいなさい」
「畏まりました。……それでは、どうぞ」
促されて入った部屋を見て、ジルクニフは目を見開いた。
極上の装飾品があるという訳ではない。
身の危険を感じるような凶暴な獣や、化け物が居たわけでもない
「どうも、私は【アインズ・ウール・ゴウン】の一人、モモと申します。今日はよろしくお願いします」
そこに居た者、モモという、どう見ても子供でしかない者が異質とも言える雰囲気を放っていたからだ。
友好的な笑みを浮かべてはいるが、皮一枚剥げば化け物だった、そうともいえるその異質さに、ジルクニフは僅かに躊躇した。
「今日はお招き頂き、実に感謝する。モモ殿」
「いえいえ、せっかく来てくれたのにこんな部屋で申し訳ない。せめて、もてなしは上等な物にさせて貰おう。――アルベド、頼む」
「えぇ、分かりました。旦那様」
アルベドと呼ばれた妖艶な女性が、お辞儀をして隣の部屋へと入っていった。
その女性を見つめていた数人の足を踏みつけ、ジルクニフは口を開こうとするが、それより先にモモが言った。
「それでは席にお座り下さい。お互い時間はそれほど無いでしょうが、良い時間を過ごしましょう」
コイツをガキだと思って対応したらダメだ。
作り笑顔を浮かべながら、ジルクニフはそう思っていた。
◆
「それにしても、たっち殿が茶釜殿とお知り合いだったとは」
王都、エ・ランテル。
その中にある【ふぁみりーれすとらん・マッシュヘッド】では、もう一つの対談が行われていた。
「昔馴染みなんですよ、たっちさんとは。でもまさか、ガゼフさんとこんな再会をするとは思いませんでした」
「それはこちらもですよ、茶釜殿。……そういえば、やまいこ殿は居られないのか?」
「えぇ、彼女はバハルス帝国の支部に担当して貰っているので」
「なるほど……。それは残念です、改めてお礼をと思ったのですが」
「気持ちだけで充分ですから。――料理が来たようですね」
茶釜の言葉に、一同はドアへと視線を向ける。そこには、カートに料理を乗せた女性が立っていた。
「今日はウチの料理を味わって貰おうと思いまして。……王族の方が普段食べている物には数段劣りますが、召し上がって下さい」
たっちの提案に、その場に居た者が一人の老人、ランポッサⅢ世を見る。
だが、本人は至って乗り気の様で、料理が運ばれるのを楽しみに待っていた。
「いえ、突然来たにも関わらずこのようにしてもらってすまない」
「こちらこそ、至らぬことが多いでしょうが……。では、どうぞ」
配膳が終わったのを確認して、ランポッサ一同は食事に手を伸ばす。一口食べて、皆が目を見開いた。
「うまっ!」
「これは旨い!初めて食ったぞこんな物!」
「凄いな……、王国中で人気になるのも分かる」
評価はどれも良いものばかりで、それを聞いたたっちの顔も綻んだ。
夢中でがっついたのを恥ずかしく思ったのか、ランポッサがフォークを一先ず置く。
「こほん……。それでだな、たっち殿。このように素晴らしい料理を、国民に安価で振る舞っていただけるのはありがたい、が――」
ランポッサの言葉に反応するように、二人の男、冒険者組合代表のプルトン、魔術師組合代表のテオが立ち上がり、懐から書面を出した。
「貴方達【アインズ・ウール・ゴウン】が販売している、この紫色の【ポーション】だがな。これを、組合に登録してはくれないだろうか」
「そして、このレストランもだ。これだけの料理を安価で出すのは、他の料理店から客が来ないと苦情が出ているんだ。……分かってくれ」
要するに、組合で決めた配分金額を渡すから、貴方達の作る【ポーション】と、料理のレシピなどを全て渡せ。という物だった。
その暴力ともいえる命令に、何も知らなかったガゼフが唖然とする。
「お、お待ちください。日々研鑽し、己の実力を身に付けた果ての結果ではありませんか。これでは彼らがあんまりだ」
「だが彼らが作り上げたこれらの功績のおかげで、我々の被害が甚大すぎるのだぞ!」
「【ポーション】だってそうだ!従来の物より高性能になった上で安価。そして薬師であるンフィーレア殿もそちらに従事されている。これが文句も言えずにいられるか!」
その言葉を聞いて、ガゼフの動きが止まった。確かにそうなのだ。
彼ら【アインズ・ウール・ゴウン】は、最近急にその頭角を現した。
アダマンタイト級は軽く見積もってもあるその実力に、他の冒険者そっちのけで指名されまくっている。
その他の冒険者も、その実力差からなにも言えない、というのが現状だった。
「――そちらの言い分は分かりました」
他人事の様な顔をして、たっちはそう言った。その異様な程の余裕に、その場に居た者はそれぞれの対応を取った。
力に訴えでた時用に剣に手を取り
逃げれるように体勢を整え
守護する者を庇えるように身構える
「――私たちは、この地から出ることにしましょう」
だが、たっちが言ったのは全く違うことだった。
あまりに予想違いに、皆しばらく口が開かなかった。
たっちの隣に居た茶釜が、同意したように頷く。
「そだね。なら、何時出る?」
「今夜辺りに店を畳むとしましょうか。思い立ったが吉日と言いますし」
「なら、皆に連絡しておくね」
そこまで行って、ようやくプルトンが口を開いた。
「ま、待ってください。今夜出る?」
「えぇ。他の地で店を開きます。あぁ、それと――」
たっちは馴れた手付きでそれを外す。
冒険者の身分証とも言える、プレートを。
アダマンタイト以上の価値があるそれを、プルトンに手渡した。
「今までお疲れ様でした。これからは、フリーで活動しますので」
「な、何故だ?!なにもそこまでしなくとも」
「そちらの不出来な内情のおかげで、私達のことを滅茶苦茶にされては困るんですよ」
「~ッ!」
アダマンタイト級冒険者という、国を離れては惜しまれる存在が、国を離れていこうとする。
淡々と出る計画を練るたっちに声を掛けたのは、一人の老人だった。
「――少し、お待ちいただけませんか、たっち殿」
「……どうされましたか。ランポッサⅢ世様」
柔和な、見るものを落ち着かせる表情でランポッサは言う。
「先ほどは申し訳ありません。この【ふぁみりーれすとらん】を気に入って、楽しみにしている国民は、いまや数多くあります。それに、貴方達の様な実力者をみすみす手放すのも、国民の安全を考える私共としましてもあってはならないことでしょう」
そこまで言って、ランポッサⅢ世はたっちへと頭を下げた。
一国の長が、ただの冒険者に頭を下げたのだ。
「もう一度、考え直しては貰えないだろうか。こちらの者達への非難なら、私が全て受けましょう。ですから、何卒」
「たっち殿、茶釜殿、私からもお願いする。どうか気を直して、もう一度考えて頂きたい……ッ!」
ランポッサ以上に、それこそ地面に付くぐらい、ガゼフは頭を下げた。
その二人の対応を見て、プルトンとテオの二人も言う。
「申し訳ない。もう一度、落ち着いて話させて貰えないだろうか」
「此方ばかりで、そちらの事も考えてはいなかった。申し訳ない」
「……分かりました」
プルトンからプレートを返してもらい、また首にかけ直す。
「それでは、お話しましょうか」
完全に主導権を握られた現状に、プルトンとテオは項垂れた。
◆
一方、バハルス帝国では。
「た、頼む。貴女様方の魔法を伝授下さいませんか?!」
「ギャアアアァ?!何だこの爺?!痴漢!変態!」
「ウールさん逃げて!頑張って!」
「貴方安全な位置に逃げすぎでしょこの裏切りも――何処触ってんだぁ!」
怒声と共に、ウールのフックが老人、フールーダ・パラダインの鳩尾へと突き刺さる。
ふぎょッ!と潰れた声を上げて、フールーダは仰向けに気絶して倒れた。
「取り押さえろ!……申し訳ない、普段はこの様な事はないのだが」
突然起こしたフールーダの奇行に、流石のジルクニフも動揺する。
取引先の、しかも年頃の女性に対して起こした不祥事だ。機嫌を損ねられても当然の事態である。
――数分前
「此方は、【アインズ・ウール・ゴウン】の一人、ウールです」
「どうも、遅れて申し訳ありません。ジルクニフ殿下」
「いや、畏まらなくても良いよ。ジルクニフと気軽に呼んでくれ。ウールさん」
にこりと微笑むウールに、ジルクニフも笑顔で応対した。
心の中では、化け物が二匹目か、と毒吐きながら。
「それに、申し訳ないがこちらも一人遅れているんだ。それが――」
ジルクニフの言葉の途中で、扉からノックの音がした。モモが入室を促すと、先ほどのリュミエールがお辞儀をして言う。
「失礼します。ジルクニフ陛下、フールーダ・パラダイン様がご到着されました」
「グッドタイミング。……我が帝国の誇る最強の魔法使い、フールーダ・パラダインだ」
メイドの脇から現れたその老人、フールーダは、部屋に入ると中を見渡した。
自らの主であるジルクニフが訪問したところを、ジロリと、それこそ観察するようにゆっくり。
そして、モモとウールをチラリと見たとき。
「うぉわぁッ?!」
ジルクニフでさえ聞いたことのない声を上げて、床に尻餅を着いた。
その事に、その場に居た一同が唖然とする。
その冷凍された空間の中、フールーダは鼻息を荒くして床を這い、ウールへとすり寄った。
――そして、今に至る。
「最悪だ……だから女性は嫌だったんだ……」
そうブツブツと呟いているウールを、大丈夫かとジルクニフは心配する。
正面に座るモモが大丈夫だとハンドサインをした所で、話始めた。
「先ほどは申し訳なかった、お二人共。フールーダはあの通り拘束してあるので安心してくれ」
「えぇ。まあ、過ぎたことは気にしないでいい。……それで、話とは?」
モモのその言葉に、ジルクニフは心のなかで待ってましたとばかりにガッツポーズする。
突然雰囲気を変えたジルクニフにモモが警戒するのが分かるが、それを無視して言った。
「貴方達【アインズ・ウール・ゴウン】を、我が帝国の戦力として迎えたい」
「……ほぅ?」
目を細めて訝しげに見るモモに、ジルクニフは秘書から受け取った書類を見せて言う。
モモが書類に目を走らせている途中だが、口を開いた。
「我がバハルス帝国が、隣の王国と争っているのは知っているかな。その戦争の戦力として、貴方達を迎えたいのだ。報酬は望むだけ出そう」
ジルクニフの言葉を聞き、書類をウンウンと頷きながら読んだモモは、ゆっくりとテーブルに書類を投げて言う。
「断る」
「……報酬は金だけではない。異性も、望むなら土地もやろう。それでも足りないか?」
「足りないなぁ。……そうだな、ならば――」
子供の放つ雰囲気ではないソレに、ジルクニフとその一同は背筋に冷や汗が伝った。
コイツの機嫌を損ねれば、死ぬ。
今までウサギだと思って接していたのが、獅子の類いだと発覚したときのように。
「――ならば、この国を貰おうか」
だから、モモのその言葉は、ジルクニフからすれば予想以上の事だった。
軽く放られたその言葉に、一同は何も言えない。
数瞬の後、現状を理解したバジウッドとニンブルは即座に剣を抜いた。
「陛下、お逃げ下さい!」
「早く逃げろ!」
「ま、待て、二人とも!」
モモがジルクニフを殺すのでは、と思ったのだろう、誤解した二人が剣を構えるのを、モモはただ見ていた。その隣に居たウールもだ。
「はっ、余裕だなぁおい。アダマンタイト級ってだけでそこまでつええのか、あ?」
「バジウッド、挑発もそこまでにして。……モモ殿、先ほどの言葉の意味を教えてもらっても?」
「意味って……、そのままだが?」
何言ってんの?と言いたげなモモの言葉に、二人は動いた。
爆発的な加速の後、ニンブルはモモに、バジウッドはウールへと肉薄する。
腰だめに構えた剣を、自身が持つ最大の威力で首もとへと振り抜いた。
「――ジルクニフ。話を続けても?」
「え、ぁ?」
「嘘だろ……?!」
モモとウール、両名の首もとに剣が添えられていた。
いや、――皮一枚すらも傷つけれず、首の筋肉だけで受け止めたというのが正解だが。
「さて、何やら誤解されているようだが、別にこの国を乗っ取ろうとか考えている訳ではない」
そう言ったウールへと、視線が集まる。腰を戻したジルクニフを見て、モモは満足そうに笑っていった。
「協力関係を築こうじゃないか、皇帝殿。我ら【アインズ・ウール・ゴウン】と、バハルス帝国で」
「協力関係……?」
「あぁ。我らの活動の全面的な肯定と理解、それだけで良いよ。……金も土地も、奪おうとすればいつでも出来るからなぁ」
おい、アルベド。という言葉に、隣の部屋から先ほどの女性が現れる。
その手にあった書類を受けとると、ペンを手渡された。
「そこにサインをしてくれ。……何、後から契約を変えるなど、狡い手は使わんよ。安心してくれ」
ジルクニフは言われるがまま、書類にペンを走らせる。書類に目を通しても、何ら変なことは書いていない。
畜生が
自らの名が自分の手でサインされていくのを他人事の様に見ながら、ジルクニフは思う。
悪魔との契約をしてるみたいだ
「これからよろしく頼むよ、ジルクニフ?」
サインの様子を、薄く笑いながら見ている二人にジルクニフはそう思っていた。