なざなざなざりっく!   作:プロインパクト

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誤算~スレイン法国編~1

夢を見た。

 

広い大地、幾万にも居る兵士を尽く蹂躙し、魂を啜る化け物を。

 

 

夢を見た。

 

期待に応えようと、なれもしない理想像へとすがり少しずつ摩耗していく化け物を。

 

 

夢を見た。

 

いつしか廃れ、誰も居なくなった廃墟に独りぼっちで佇む、化け物を。

 

 

夢を見た。

 

自分の事が分からなくなった、化け物になった自分を。

 

 

 

「――っぁ」

 

ビクリと跳ねるように目が覚めたモモンガは、ベッドでむくりと起き上がる。

着ていた寝間着は汗でぐっしょりと濡れており、身体中嫌な汗でベタついていた。

 

「またか……」

 

最近見ることが多くなった、悪夢と言ってもいいか躊躇う夢に、モモンガは頭を抱える。

ふぅ、と息を整え、喉を潤そうと水の入ったピッチャーへと手を伸ばしたとき、部屋のドアが叩かれた。

 

「アルベドです。スレイン法国へと出立する準備が整いました」

「分かった。すぐに行くと伝えろ」

「畏まりました」

 

ドアの前からアルベドが去ったのを確認して、モモンガは自室の姿見を見た。

人間の姿に化けた自分が居たが、真っ青な顔をしてこちらを見ている。

自分の顔にぺたぺたと指を這わせて、モモンガは呟く。

 

「あの夢の奴、俺だったよなぁ……」

 

ポツリと呟いたその言葉は、部屋の静寂に消えていった。

 

 

「おはよう御座います、モモンガ様」

「あぁ、おはよう」

 

書類の束を持ったデミウルゴスが、モモンガへと頭を下げた。

それを簡単に流しながら、今回同伴するギルメンの所へと行く。

 

今回スレイン法国へと行くのは、プレイヤーからはモモンガ、たっち、ペロロンチーノ、茶釜、やまいこだ。

もしもの事があるから、ナザリックの警備にほとんど残ってもらっている。

守護者からはアウラ、マーレ、アルベドの三人を選抜した。

 

アウラは召喚獣で牽制、マーレは撤退時の撹乱、アルベドはその防御面からの選択だ。

スレイン法国は亜人や異形の者を受け付けないため中には入れないが、外からの応援なら出来る。

戦闘時には【転移】等で外に出る算段だ。

 

今回はあくまでも交渉がメインであり、戦闘をする気は更々ないが。

 

 

「モモンガさん、これを」

 

タブラから差し出された拳大の水晶を受けとる。中にはキラキラと淡い光を放つものが入っていた。

モモンガはそれを懐へとしまうと、その場に居た者に向き合う。

 

「それでは、これよりスレイン法国へと行きます。……プレイヤーとの遭遇率が高い国ですので、充分用心してください」

 

それと、と守護者へと向いて、

 

「お前たちは問題発生時、直ちにナザリックへと逃げろ。これは絶対だ」

「ど、どうしてでしょうか?」

「もしプレイヤーと戦闘になった場合、お前達が居ては全力を出せない。私たちの身を案ずるならば、ナザリックに戻り報告を優先しろ」

 

モモンガの言葉に、守護者達は渋々といった様子で頷いた。

 

それに満足して、自分の持ち物に不足がないかを確かめたのち、【ゲート】を開く。

 

「では、行こう」

 

展開の段取りを頭のなかで組み立てながら、モモンガは足を踏み入れた。

 

 

「……どちら様かな?」

 

「失礼するぞ、最高神官長?」

 

突如現れたモモンガ達に対して、スレイン法国最高神官長は、大して驚きもしなかった。

その事に訝しげに思いつつ、モモンガは言う。

 

「我等はナザリックから来たものだが。そちらの者達が、私たちの大切な物に手を出してな……。【解放】」

 

懐から取り出した水晶を掲げると、光と共に砕け散った。

そこから出てきたのは、元“陽光聖典”隊長、ニグンと、元“漆黒聖典”であるクレマンティーヌだった。

二人とも意識はなく、ぐったりと床に倒れている。

 

「捕まえてこちらで情報を収集した結果、スレイン法国からの刺客だということになってな。……異論はあるか?」

 

要するに、

 

おどれの国の者がうちのシマで大暴れしやがった。この落とし前どうつけるねん

 

ということだ。

 

大義名分を元に、交渉を強引ながら締結させる。

それが、プレイヤーが居た場合でも問題なく進むであろう今回の作戦だった。

 

モモンガの言葉に、神官長の顔に皺が入る。

自分の立場を分かってくれたかとモモンガは思ったが、全く違った。

 

「そうか。……あなた方は“ぷれいやー”ですね?」

「……何のことだ?」

「私どもが崇拝する方々と、同じ気配を感じました。そして、常軌を逸するその力」

 

その老人が、ゆっくりと椅子から立ち上がる。戦闘を警戒したたっちが、腰の剣へと手を伸ばす。

一気に剣呑な雰囲気になった場で、声を上げたのはモモンガだった。

 

「幾つか聞きたいことがある」

「何でございましょうか」

「……“ワールドアイテム”と呼ばれる物を、そのプレイヤーたちから受け取ったか?」

「それかどうかは分かりませんが、秘宝と呼ばれる物は数々ありますよ」

「……それを見せて貰うことは?」

 

モモンガの言葉に、プレイヤー陣から僅かに困惑の空気が流れる。

 

モモンガが警戒しているのは、ワールドアイテム、またはそれに準ずる物を使用されることだった。

キャラクターが死ぬことで発動する“呪い”の様な効果を持つものもあるので、下手に動くことが出来ないのだ。

 

「(あの余裕からして……、おそらくワールドアイテムはあるはず)」

 

死の類いならば、【死の超越者】であるモモンガは対抗出来るが、他のプレイヤーは厳しい。

見せてもらえれば一発で看破できる自信はある。だからこその提案だ。

でも、素直に見せてもらえるとは思っていない。この後の展開を考えながら、緊張する頭を必死に回した。

 

 

「良いですよ」

 

 

だが、神官長から出た言葉は、予想外の言葉だった。

一瞬思考が止まるモモンガに、神官長は言う。

 

「私どもが崇拝する方々から施された物ですが……、あなた方が人間であるならば、問題はないでしょう」

 

フワリと。

 

神官長を中心にナニかが吹いたのに気づいたとき、既に遅かった。

 

 

 

「この部屋がワールドアイテムか?!」

 

 

 

モモンガが驚愕すると同時に、部屋の四方がグニャリと歪み、鏡へと変貌する。

鏡合わせとなった空間で、即座に動いたのは三人だった。

 

「撤退を!」

 

モモンガが【ゲート】を開き、たっちとペロロンチーノが動けずにいる他の二人を【ゲート】へと放り込む。

 

だが、一歩遅かった。

 

「くそ、間に合わな――」

 

モモンガ、たっち、ペロロンチーノは輝かしい光に包まれた。

 

 

【偽りと真実の合わせ鏡】

 

ワールドアイテムの中の、消費することを前提とした物(カロリックストーン等)、を複数組み合わせて合成できる、罠型のアイテムの一つ。

異形種に大変有効であり、その効果に運営へと異形種プレイヤーからクレームが殺到したトラップアイテム。

 

その効果は、罠へと踏み込んだ異形種プレイヤーと同等の能力を持ったダミーを作り出すという悪質な物。

プレイヤーをコピー出来るという触れ込みで、一時はユグドラシル内で高騰した罠だった。

 

 

 

 

「糞が、完全に予想外だ……」

 

目の前で佇むそれらに、モモンガは悪態をつく。

側に居るたっちも、既に剣を抜いて警戒している。

 

 

「おや……。異形の者でしたか。……それでは殲滅しなければなりませんね」

 

神官長がボールでも放るように手を振ると、モモンガ、たっち、ペロロンチーノの姿を模したそれらが此方へと肉薄した。

 

「一旦撤退を!私が凌ぎます!」

「はい!」

 

剣を打ち合う甲高い音の中、モモンガは【ゲート】を起動した。

その中へと飛び込むと、先に飛ばしていた茶釜達が居る。

 

「モモンガさん!」

「すみません、とちりました。戦闘の準備を!」

 

モモンガの言葉に、二人は身構えた。

見ると、別の【ゲート】が開き、そこからもう一人のモモンガ達が現れる。

 

「くそったれの“合わせ鏡”か!奴等を分断します、皆、準備を!」

 

モモンガの言葉を理解できたのか、即座に動き、それぞれの分担を決めていく。

それを最後まで待たず、モモンガは魔法を発動した。

 

「【嘆きの妖精の絶叫】!」

 

耳をつんざく妖精の絶叫に、誰もが耳を防いだ。

その魔法の使用により、モモンガを除く全員の動きが止まる。

 

その隙に、もう一人のモモンガへと接近した。

 

たっちも、もう一人のたっち・みーへと肉薄する。

 

 

「私と来てもらうぞ。【上位転移】」

 

「お前はあっちだ」

 

 

モモンガは転移で、

 

たっちは凄まじい速度で肉薄すると、勢いそのままで横腹を思いきり蹴り飛ばした。

 

ゴムボールのように吹き飛んだそれを、たっちは追って走っていった。

 

 

「姉ちゃん、やまいこさん、俺の対処法分かる?」

 

「取り合えずは距離を放さず、物が多い場所、でしょ」

「インファイトで叩き込むよ、援護お願いします」

 

その場に残ったのは、ペロロンチーノ、茶釜、やまいこだった。

後援にペロロンチーノ、防御に茶釜、接近にやまいこと、バランスよく配分していく。

茶釜が【メッセージ】を終えると同時に、敵を睨む。

 

こちらを見ているもう一人のペロロンチーノは、簡単に言えば真っ黒だった。

異形の姿のペロロンチーノを、黒を中心とした配色になっている。

 

「あれ、アンタの真っ黒な心のうちってことかな」

「多分それ。前に一回食らったことあるけど、すげぇめんどくさいから気をつけて」

「普段と同じように戦ったらダメってことですよね……。では、行きますよ!」

 

言うが早いか、やまいこが【女教師怒りの鉄拳】を構えてニセモノへと肉薄する。

ニセモノの身体より大きなそれが直撃する寸前で、それは姿を消した。

 

「ぇ、あれ?」

「やまいこさん、離れて!」

 

ペロロンチーノの言葉にその場から後退すると、火を纏った矢が次々と大地に突き刺さる。

バックステップで避けるも、矢の誘導が早すぎて間に合わない。

 

 

「【飛行物遮断】。大丈夫?」

「ありがとうございます。茶釜さん」

 

茶釜のフォローで当たることはなかった。少し時間をおいて、ニセモノが大地に降り立つ。

【転移】で上空へと退避していたのだと、やまいこは理解した。

 

《おい、俺》

 

ニセモノが突然発した言葉に、三人は唖然とした。まさか話すとは思っていなかったのだ。

 

「な、何だよ。もう一人の俺」

《お前、今のままで良いのか?》

 

ニセモノが話す内容に、三人は疑問符を浮かべる。

 

「何、アンタ何か悩みごとでもあんの?」

「ボクで良ければ相談に乗るけど……」

「いや、心当たりがないって」

 

ヒソヒソと話していると、ニセモノが声を荒げた。

 

《ふざけんな!こんな現実になって、テメェは最初に思ったことがあっただろうが!何でそれを実行しない!》

 

「え、何かあったの?」

「言ってみ。出来ることなら応援するから」

 

「…………いやいや、あれは違うだろ、うん」

 

冷や汗をダラダラと流しながら、ペロロンチーノは否定する。

何かあると感じた茶釜が、ニセモノにいった。

 

「何を思ったのよ、言ってみなさい!」

 

《……ふん。俺の姉貴でありながら理解できないとはな……。なら教えてやろう》

「ちょ、待――」

 

 

ペロロンチーノの制止を無視して、ニセモノは声高に言いはなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《なぜ、シャルティアやアウラを襲わないんだ!》

 

「「…………」」

 

 

《お前が夢にも見たロリが目の前に居るんだぞ!それに命令には絶対服従だ、何でもヤりたい放題だろうが!》

 

「「…………」」

 

 

《最近増えた、あの村娘の妹、あの子なんてストライクゾーンだろ、何で欲望を満たさない!》

 

「「…………」」

 

 

ニセモノの言葉に、茶釜とやまいこがゆっくりとペロロンチーノに振り返る。

その目を見て、ペロロンチーノは戦慄した。

 

まるで、道端に落ちているゴミを見るような目

 

ペロロンチーノへと向けられた二人の目は、そんな目をしていた。

 

「アンタさ」

「弟君」

 

「な、何でしょうか?」

 

淡々と冷たい声で言う二人に、ペロロンチーノは震え声で応対する。

 

「後で、話があるから」

「話し合いをしようか、色々と」

 

「いや、あれはもう一人の俺が言った言葉であって俺の意見じゃな――」

 

ペロロンチーノの必死の弁明を遮るように飛来した矢を、三人は避けた。

 

茶釜がスキルを使用しつつ防御する脇で、ペロロンチーノが言った。

 

「と、とにかく、俺の懐に潜り込んでインファイトに持ち込むしかない。やまいこさん、行けますか?」

「分かった。接近戦なら任せて」

 

矢の隙間を掻い潜って、やまいこはニセモノへと肉薄した。やまいこの攻撃に、またも【転移】で避ける。

 

「【上位標的】、【広範囲放射】、おらぁッ!」

 

《ッ?!》

 

ペロロンチーノが放った火の矢が、扇状に広がり【転移】で逃げたペロロンチーノへと殺到した。

すぐさま【転移】で逃げたペロロンチーノに、矢は追尾する。

 

《っち》

 

幾らか着弾し、地面へと降り立つ。そして、またも自分へと殺到する同じ火矢に、ニセモノは防御する。

 

《(ダメージが少ない……、何を考えてい――)》

 

突然視界を覆い尽くすピンク色に、ニセモノは唖然とした。

それが何か理解し回避しようとするも、既に遅い。

 

《ッガアァァァア?!》

 

【女教師怒りの鉄拳】が直撃し、ニセモノは切りもみ回転して吹き飛んだ。

着地した場所で、ズシリと何かが覆い被さり、指先一つもまともに動かせない。

 

「【魔法最強化・強制的な重圧】」

 

視界の端で、茶釜がこちらへと手を向けていた。捕縛の魔法を使われ、ニセモノは動けない。

 

《糞が……、自分勝手に好き放題しろよ。姉貴に押さえつけられて、それでも男かお前、あぁ?!》

 

ペロロンチーノを睨み付け、ニセモノは怒声を上げる。

そんなニセモノにため息をついて、呆れたようにペロロンチーノは言った。

 

「あのなぁ、確かにそう思ったことがあるけどよ。俺は二次のエロゲーだからこそ萌えるんだよ。それに、自分の事を真っ直ぐ慕ってくれるガキ共に、んなことするわけねぇだろ」

 

しゃがみこんで、ニセモノと視線を合わせる。

ニセモノは信じられない、と言いたげにペロロンチーノを見つめていた。

 

「後、姉貴の言うことを聞くのは弟の宿命みたいなもんだ、諦めろ」

 

ペロロンチーノがそう言うと、ニセモノは歯を食い縛り、やがて諦めたように力を抜いた。

 

だが、そんなニセモノに待ったを掛けたのは、保護者二人。

 

「いい感じの所申し訳ないんだけどさ、さっきの事で話があんの」

「まさか、このままはいさよならで終わるとは思ってないよね?」

 

ニコニコと笑顔で言う二人だが、背後では阿修羅が降臨している。

 

 

この後、教育(という名の処刑)がニセモノが消滅するまで行われたが、ここで終わることにしよう。




※【偽りと真実の合わせ鏡】は、プレイヤーに危害を加えるのではなく、その鏡自体が変化するという設定です。
ワールドアイテムを持っていても判定に差はなく全てコピーします。

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