「初めまして、バーサーカーのマスターさん。僕はセイバーのサーヴァントです」
床に座ったまま上半身を起こした雁夜にセイバーは恭しく礼をした。雁夜とセイバーの距離は10mも無い。セイバーがその気になれば容易く雁夜を殺せる距離であるし、雁夜がバーサーカーに命じれば縊り殺すことが出来る距離でもある。
互いに表面では落ち着いている様子だったがセイバーは内心では焦っていた。何故なら敵であるはずの自分が目の前にいるというのにバーサーカーがまったく行動しようとする素振りを見せないからだ。雁夜にバーサーカーを現界させるだけの魔力が無いのか、それとも雁夜がバーサーカーに命じているのか。前者であるならセイバーの企みは上手くいくが後者ならそうはいかなくなる。
「で、サーヴァントが俺なんかに何の用だ?」
「では単刀直入にーーーバーサーカーのマスター権を僕に譲っていただきたい」
このセイバーの言葉に雁夜は反応を見せた。サーヴァントがサーヴァントのマスター権を欲しがるというのは今までの聖杯戦争と比較しても珍しい事である。そもそもマスターとは魔術師である事が前提なのだ、サーヴァントがマスターになるなど聞いた事も無い。
「(いや、待てよ)」
マスターは魔術師であるがサーヴァントが魔術師として生きていたのならマスターになる事は可能かもしれないと雁夜は仮定を考えた。セイバーを観察してみれば騎士のクラスであるはずなのに小柄、魔術と剣を組み合わせた戦闘をしていたのならセイバーのクラスで召喚された事も、サーヴァントでありながらマスターになろうとしていることも納得出来る。
「……こちらからバーサーカーを差し出すと。ならそっちからは何が出てくるんだ?少なくともこちらに利益が無いと一考する気にもならないぞ」
「そうですね……貴方の身体の治療では如何でしょうか?僕はこの世界でいう魔術を嗜んでいました。元通り、というのは無理ですが日常生活を行える位には貴方の身体を治すことはできます。貴方は身体を治す為に聖杯戦争に参加したのでしょう?」
このセイバーの言葉で雁夜の仮定が合っていた事が証明された。そして成る程、セイバーの提案は雁夜のような人間には魅力的に見えた。
身体の治療の為に聖杯戦争に参加したのなら、ここで身体が治れば聖杯戦争に参加する意味が無くなる。それはつまりサーヴァントを指摘する理由が無くなるのだ。わざわざ苦痛を味わいながら最後の一騎になるまで戦うよりもここでセイバーの治療を受けた方が遥かにマシだろう。
「それで足りなければ僕が出来る事であるならば何でもしましょう」
「そこまでバーサーカーに拘る理由は?魔力喰らいのバーサーカーよりも他のサーヴァントの方が良いんじゃないか?」
「バーサーカーが強いから、です。それに魔力に関しては心配無用です。僕はセイバーのクラスで召喚されましたがキャスターとしての適性を持っています。バーサーカーに前衛を任せ、僕が後衛を勤めれば盤石の布陣になりますから」
出来る限り丁寧な言葉を使っているのだろうがこの一年妖怪の悪意を体感していた雁夜はその言葉の裏に隠された意味を理解できた。セイバーはバーサーカーを囮にしようとしているのだ。魔力が供給されている限り規格外の不死性を誇るバーサーカー、キャスターの適性を持つというセイバーならそのバーサーカーの魔力問題を解決する事が出来る。
それを聞いて、雁夜の考えは決まった。令呪が宿る右手を、セイバーに向かって差し出した。それを見たセイバーは交渉が上手くいったのだと思い、安堵する。
それはこの場ではしてはいけない事だというのに。
「ーーーえ?」
雁夜から令呪を摘出しようとしたセイバーの胸から、手が生える。確認するまでも無い、これは霊体化していたバーサーカーの腕だ。セイバーが安堵した一瞬の隙に、バーサーカーがセイバーの胸を貫いた。
「ガハッ!?な、なんで……」
「俺を舐めるよな?英霊風情が」
セイバーから飛び散った血が顔を濡らしているというのに雁夜は態度を崩さなかった。それを見てセイバーは理解する。これはバーサーカーの意思ではなく雁夜の指示で行われたのだと。
「バーサーカー」
「Aaaaaaaaaaaaa!!!!」
バーサーカーが腕を振るう。胸を貫かれたセイバーはそれによってまるで人形のように飛ばされて蟲蔵の壁にぶつかった。その衝撃によって壁が崩れてセイバーの身体が瓦礫に埋まる。
「身体の治療をしてやるからバーサーカーのマスター権を譲れ、か。成る程、俺が身体の治療を目的に聖杯戦争に参加したのなら、それに飛び付いただろうな……舐めるなよ。俺は命なんて惜しくは無い。この命の使い道なんてもう決めているんだ。今更延命なんて物で心変わりする程俺は尻軽じゃないぞ、英霊風情」
「ーーー交渉決裂か」
瓦礫の山が魔力の放出によって爆ぜる。瓦礫の一部が雁夜の元にも向かうがバーサーカーが壁となったので被害はなかった。
瓦礫の下から現れたセイバーは無傷。バーサーカーによって貫かれたはずの胸の傷も再生されていて服に穴が空いているだけだ。
「しょうがない、死体から令呪を剥ぎ取るか」
「元から断られたらそのつもりだったんだろ?それで良いのかよセイバーのサーヴァント」
「それは僕が剣を持っていたからセイバーになっただけだ。騎士道なんて知らないよ」
セイバーの影が蠢く。そのから感じられるのは獣性。宝具か魔術なのかまでは判断出来ないがセイバーが何かを呼び出そうとしているのは雁夜にでも理解出来た。
「バーサーカー!!」
「Gaaaaaaaaaaaaaa!!!!」
雁夜の指示を受けてバーサーカーがしたのは震脚。昨夜のコンテナ置き場の戦闘でキャスターが使っていた物と同じ。だが規模が違った。キャスターの震脚は足元のコンクリートが砕ける程度、対してバーサーカーの震脚はーーー地震が起きたかと思う程の規模だった。
バーサーカーによって引き起こされた局地的な地震により蟲蔵は崩壊を始める。そして天井が崩れて、外の景色が見えた瞬間にバーサーカーが雁夜を抱えて蟲蔵から飛び出した。あのまま閉鎖的な空間で戦えばバーサーカーは負けないだろうがマスターの雁夜は殺されるだろう。それに間桐邸には鶴野と桜がいる。二人に被害を出さない事を前提で考えるのならここで打てる手は逃げの一択しか無かった。
「ーーー
『Yes,master』
崩壊した蟲蔵の中から影が溢れ出した。闇夜と視力の低下によって雁夜にはそれしか分からなかったがバーサーカーと視覚を共有する事でそれの正体を知った。
影の正体は獣だった。毛並みは闇に溶け込むような漆黒で、金の瞳がバーサーカーと自分の事を獲物として捉えている。姿は狼だが体長は2mを優に超えている。数は百を超えてなお蟲蔵から溢れている。
「絶対にキャスターだろ……バーサーカー、郊外の森に向かえ」
雁夜の指示を受けてバーサーカーは雁夜を抱えたまま郊外の森に向かう。セイバーが行動を起こしたがここは住宅地、ここでやり合えば一般人に被害が出てしまう。感性が一般人の雁夜はここで戦うことで被害を出したく無かったのだ。
だがバーサーカーの移動速度は遅い。バーサーカー単体ならば敏捷の高さを生かして数分で郊外の森に着くことができるだろうが雁夜を抱えているのだ。死にかけている雁夜を気遣えば全力で走る事など出来るはずがない。対する狼は速い。元々人よりも走る事に特化した身体で音も無く地面を駆けてバーサーカーとの距離を徐々に詰めていた。
「来るぞ!!」
そして追いつかれる。狼が飛び掛かり、さらに踏み台になる事でそれよりも高い所にいたバーサーカーと雁夜を襲う。バーサーカーは雁夜を片手で抱え、空いている手で狼を掴んだ。そして後続の狼に目掛け投げる。力任せの投擲によって投げられた狼は弾丸の様な速度で後続の狼とぶつかり水風船が弾けるような音を奏でた。
それでも狼は止まらない。投擲によって出来た僅かな距離を埋めようと死んだ狼の身体を踏みながら疾走している。
「まだか……!!」
雁夜が急かすように言うがバーサーカーの速度はもう上がらない。雁夜の身体を気にしなければ速くなるのだろうがバーサーカーがそれを選択するはずが無いのだ。このままでは狼の群れに囲まれて雁夜は殺され、そしてバーサーカーのマスター権がセイバーに奪われてしまう。
それならばと、雁夜の頭にある考えが浮かんだ。普通のマスターからすれば間違いなく悪手であろう考えだが、バーサーカーにとっては最善手になると雁夜は確信した。
「令呪を持ってーーー」
聖杯戦争における三度限りの絶対命令権、それを雁夜は使おうとしてーーー狼の足が止まっている事に気付いた。群れの一部が死んでも止まらなかった狼が止まっている。原因は分からなかったがチャンスが訪れたのは疑いようも無い。
「バーサーカー!!」
バーサーカーがその隙に狼との距離を開く。この速度で行けば後二分で郊外の森に辿り着くだろう。そうすれば被害を気にせずにバーサーカーを戦わせる事ができると雁夜は思っていた。
だがーーー郊外の森がすでに他の陣営の領域である事を雁夜は知らなかった。
「ーーー」
蟲蔵から出てバーサーカーの後を追いながらセイバーはバーサーカーの処分に付いて考えていた。セイバーの中ではバーサーカーのマスター権を得る事はもう決定事項である。それは慢心などでは無く客観的な観測から基づく事実。バーサーカーは全陣営から真っ先に倒さねばならないと認識されている。それを助けると考える者はいない、つまりバーサーカーと雁夜は孤立しているのだ。
逃げたバーサーカーと雁夜に追い付いてマスター権と令呪を奪い取る。その時に他の陣営からの監視があるかもしれないがそれは必要経費として受け入れるしか無い。
だがーーーセイバーは内心でバーサーカーに対して怒りを抱いていた。それはあの蟲蔵での不意打ちの一撃、スキルによる恩恵で再生したのだが不意を打たれて許せる程セイバーはお人好しでは無かった。
「(同じサーヴァントだからと気にかけるのは止めだ。マスターから令呪とマスター権を奪ったら令呪を使って絶対服従させる)」
セイバーの中でのバーサーカーの位置は道具に固定された。非道と呼ばれるかもしれないがセイバーの考えは間違っているわけじゃ無い。
叶えたい願いがある、そのためには何でもするとセイバーは誓ったのだ。それならばバーサーカーを道具扱いすることも厭わない。
だが、そんなセイバーにも計算違いがあった。
それはとある陣営、己の事を神秘に対する天敵と言ったサーヴァント。彼だけはバーサーカーですら他の陣営と大差無いと考えていたのだ。
「っ!?」
セイバーの持つ直感スキルが警鐘を鳴らす。セイバーは確認するよりも速く漆黒の剣を頭上に持って行った。
「ーーーハァッ!!」
そして衝撃が襲う。確認をしていたら間に合わなかったタイミングで上から大剣が降って来た。それを何とか受け止めて弾き返す。
「セイバーのサーヴァントだな?」
そこにいたのは鎧を纏ったサーヴァント。機械仕掛けの大剣を持っている事は変わらないが昨日とは決定的な違いがある。それはサーヴァントが乗っている炎馬、生気の感じられない炎馬にサーヴァントはマスターであるウェイバーと共に跨っていた。
「そういうお前はライダーか……どっか行け、俺はこれからバーサーカーを負わないといけないんだ」
「そう冷たくするなよ。バーサーカー程度いつでも倒せるんだ。だったら、せっかく呼ばれた英霊相手と戦いたいと思って何が悪い?」
ライダーの返事にセイバーは舌打ちをする。バーサーカーを追い掛けたいと言うのにライダーが邪魔なのだ。
「ーーー上等だ、クソ野郎が。まずはお前から駆逐してやる」
セイバーが漆黒の剣をライダーに向ける。
ここに、騎士と騎兵のサーヴァントの戦いが始まる。
「ゲホッ!!ゲホッ!!……巻けた、のか……」
郊外の森に辿り着いたバーサーカーと雁夜。だが雁夜は血を吐きながら木に縋っていた。それはそうだろう、本来なら病院送りの重体でありながら気にかけられていたとは言えどバーサーカーに連れ回されたのだ。この程度で済んでいる事が幸運と言えた。
何とか森には辿り着く事ができたが追手の狼の姿は見えない。それどころか気配も感じられない。考えられる可能性は主人であるセイバーに何かあったとしか考えられなかった。
だとしても雁夜に間桐家に帰るという選択肢は無い。セイバーに狙われている以上、鶴野と桜を巻き添えにするわけにはいかないからだ。時間はようやく日付が変わるかどうかといったところ、セイバーが諦めるのは夜明けだろうと推測出来る。つまりそれまでこの森で身を潜めるしかないのだ。
「はぁ……」
「ーーー
一息つけると安堵した雁夜とバーサーカー目掛けて光の矢が降り注ぐ。四方八方から襲いかかる光の矢を動けない雁夜を守るためにバーサーカーが全て薙ぎはらう。事なきを得た雁夜だったが今の光の矢には見覚えがあった。
「今の矢はキャスターの……もしかしてここは……」
答えは雁夜の想像通りだ。この郊外の森の持ち主はアインツベルン。聖杯戦争に参加している御三家の一角でキャスターのマスターでもある。そんなところにサーヴァントを連れてやってくればどうなるか?答えは簡単だ、敵とみなされて攻撃される。
しかもキャスターはバーサーカーとのステータスの差を理解しているのか姿を見せないで雁夜の方を集中的に狙っていた。
狂戦士と魔術師のサーヴァントの戦いが始まる。
セイバーステータス
筋力、A(A+++)耐久、B+(A++)敏捷、A+魔力、A幸運、C宝具、EX
セイバー、バーサーカーの勧誘に失敗。そもそもおじさんの目的を理解していなかった時点で勧誘の成功率は0、もしもこれが同盟だったなら成功していたかもしれない。
そしておじさんピンチアンドピンチ。セイバーの追手から逃げれたと思ったらアインツベルンの森にいたという。役立たずのおじさんを守りながらバーサーカーは戦えるのだろうか?
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